ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

盲導犬同伴、入店拒否6割 改善ほど遠く

2018年04月05日 11時42分19秒 | 障害者の自立

アイメイト協会調査

 盲導犬を連れていることを理由に、入店や施設の利用を拒否された経験がある視覚障害者は、昨年4月~今年2月の10カ月間で63.0%に上ったことが盲導犬を育成するアイメイト協会(東京)の調査で分かった。障害者差別解消法の施行から2年が経過するが、障害者からは「まだまだ多くの取り組みが必要だと思う」などとする声が寄せられた。


宮城・大河原町社協など視覚障害者向けに点字パンフ贈呈

2018年04月05日 11時34分13秒 | 障害者の自立

 宮城県大河原町で5日に始まる桜まつりに向け、町内の点訳グループ「てんとうむし」と町社会福祉協議会は4日、視覚障害者向けに作った点字パンフレットを町に贈呈した。
 パンフレットはB5判、19ページ。「一目千本桜」の説明や、19日まで開かれる桜まつり期間中の各種イベントなどについて紹介している。まつりの本部やJR大河原駅前の案内所、駅近くに特設されるカフェ、町社協に置く。
 てんとうむしの山田睦美さんが町役場を訪問。パンフレットを斎清志町長に手渡し「目の見えない人にも桜を楽しんでほしい」と語った。斎町長は「支援が必要な人には最高のおもてなしになる」と感謝した。
 てんとうむしと町社協は2012年春から毎年、点字のパンフレットを作製し、町に贈っている。

点字パンフレットを手渡す山田さん(左)

2018年04月05日          河北新報


寄り添う学舎50年 ねむの木学園 障害児とともに

2018年04月05日 11時18分22秒 | 障害者の自立

 体が不自由な子どもたちのための養護施設として、女優宮城まり子さん(91)が日本で初めて設立した「ねむの木学園」(静岡県掛川市)が六日に五十周年を迎える。売名行為との批判を乗り越え、半世紀にわたり子どもたちに寄り添い続けた宮城さん。「健康な人も、そうでない人も集まれる場所をつくりたい」と今も夢を追い続けている。

 桜の咲く山道を車で抜けると、赤い屋根と白壁の建物が姿を見せた。現在、身体障害や知的障害のある四~七十八歳の男女七十三人が施設で暮らす「ねむの木村」だ。村には美術館や障害者施設「ねむの木学園」と、特別支援学校があり、うち三十三人が学校に通う。

 楽譜を持った女の子が、職員の演奏に合わせ体を大きく揺らす。「字は読めなくてもね、楽譜は読めるの。不思議よね」。国語や算数といった授業もあるが、学園では音楽や絵画など感性を養う教育に力を注ぐ。

 きっかけは一九六〇年、脳性まひの子役を演じたことだった。障害児に対する教育の場が整備されていないことを知り、悲しさと怒りでいっぱいになった。「この子たちに楽しい勉強をさせてあげたい」。土地を探し、資金を調達するなど奔走した。「売名行為」と周囲は冷笑したが、めげなかった。

 障害者への偏見が強く、旧優生保護法下で障害者への不妊手術が行われていた時代。児童福祉や障害者福祉に関する法律が整っておらず、厚生省(当時)や静岡県に働き掛け、特例で設立が認められた。六八年、同県浜岡町(現御前崎市)に「養護施設ねむの木学園」を開設。九七年に掛川市へ移転した。

 この五十年、「何もしてあげられていないのでは」と無力さを感じるたびに運営から手を引こうと思った。でも、できなかった。「子どもたちが私を愛して、私も子どもたちを愛しちゃったから」

 学園では「母ちゃん、母ちゃん」と子どもが宮城さんを呼ぶ声が絶えない。そのたびに「はーい」と声を振り絞るが、子どもが姿を消すと「苦しい、疲れちゃった」とため息が漏れる。年齢には勝てず、最近は車いすでの移動が多く、横になる時間も増えた。

 それでも宮城さんの夢はぶれない。健常者も障害者もともに過ごせる場所をつくるため、ねむの木村に公園の建設を計画している。「もう私、そんなに命ないわ。でも、まだやりかけだから。一生懸命生きなきゃって思うの」。七十三人の子を持つ母の瞳は、真っすぐ前を向いていた。

 ◆清水寛・埼玉大名誉教授(障害児教育)の話 ねむの木学園が設立された当時、体が不自由で歩いて学校に通えない子どもは、当然のように行政から就学免除され、家に閉じこもるしかなかった。制度がない中、こうした子どもの学びの場をつくり上げたことは、先駆的で画期的。その後の障害児教育に与えた影響は大きい。また、絵画や音楽など表現活動を尊重した授業は、自分を表現することを通して自由を獲得するという意味において、教育の神髄だといえる。

写真

終業式で宮城まり子さんの車いすを押す「ねむの木学園」の子どもたち

2018年4月4日         東京新聞


農業と福祉の連携育む野菜工場 秋田で廃校活用、障害者の自立を後押し

2018年04月05日 11時06分02秒 | 障害者の自立

 秋田市河辺の障害福祉サービス事業者スクールファーム河辺が、障害者が農業を担う「農福連携事業」を進めている。廃校を改修した野菜工場が、担い手の減少に悩む農業と社会進出を目指す障害者を結び付ける場になっている。
 スクールファーム河辺は、閉校した旧赤平小の利活用事業を市から受託。校舎を改修して2014年8月に操業を始めた。秋田、大仙両市の精神、身体、知的障害者計22人が週5日、介護福祉士などの資格を持つ職員7人の支援を受けて野菜栽培や菓子作りに取り組んでいる。
 野菜工場の内部は湿度と室温が一定に保たれており、赤、青、緑の発光ダイオード(LED)を24時間照らしてバジル、ルッコラといった7種類の野菜を通年栽培している。現在は20グラム入りのパックを年間約700~800パック出荷する。安定した出荷量と品質が評価され、取引先は秋田県内外のホテルや飲食店に広がっている。
 野菜栽培のほか、アレルギーフリーの菓子作りやコーヒー豆の袋詰めなど、障害の程度に合わせた作業がある。利用者は訓練を通じて自信をつけることで意欲的になり、作業内容の幅を広げていくという。
 昨年10月には、透明なボトルの中にドライフラワーを飾る植物標本「ハーバリウム」の制作工房を新設した。一般にも開放する傍ら、利用者を作家として育て、地域のイベントや雑貨屋で販売している。
 脳性まひの影響で脚に障害のある作家の女性(33)は「こだわりのデザインについてお客さんと話すのが楽しい。社会で働くための大きな自信になっている」と実感を込める。
 曽我裕一社長(52)は運送会社を経営していたが、11年の東日本大震災を機に身近にできる社会貢献を目指し、知人男性と施設の創設を決意した。県内外の農家や福祉施設を訪れ、農業と福祉の知識を独学で学んだ。
 スクールファームはこれまで3人の一般就労を後押ししてきた。曽我社長は「地域の中心だった学校の建物を生かし、障害者の自立を支援したい」と意気込む。

教室を改修した温室ではLEDを活用して野菜を栽培している

2018年04月04日   河北新報


強制不妊「手術は簡単」と説明 障害児施設に積極申請働き掛け

2018年04月05日 10時18分37秒 | 障害者の自立

障害児施設に積極申請働き掛け

 旧優生保護法(1948~96年)下で障害者らへの強制不妊手術が繰り返された問題で、北海道が51年、道内の障害児施設に対し、積極的に手術を申請するよう働き掛けていたことが4日、道の開示資料で分かった。道は手術について「子供を生まれなくするだけ」「簡単なもの」と説明。入所している知的障害児が対象かどうか診断する医師は「嘱託医、開業医等誰でもよい」としていた。

 開示された資料は、道内3カ所の障害児施設に宛てた「精神薄弱児に対する強制優生手術について」と題した文書。施設に手術対象者がいる場合、「申請書を積極的に提出するよう御配意願いたい」と求めていた。

強制不妊「手術は簡単」と説明 障害児施設に積極申請働き掛け

北海道が開示した、旧優生保護法下で障害児施設に手術申請を求める文書

2018年04月04日   西日本新聞