目指すは障害者の年収10倍
新年度、新社長の就任お祝いに胡蝶蘭を贈る機会が多い。千葉県富津市にある、知的障害のある人たちが胡蝶蘭を育てるNPO法人「アロンアロン」のオーキッドガーデンは、3月末が1年で一番忙しかった。
独自の販路を開拓し、障害者に月10万円の工賃を払う。「アロンアロン」を立ち上げたのは、かつてベンチャー企業を成功させた那部智史さん(49)。長男には障害がある。ジャーナリストのなかのかおりさんが、その物語を紹介する。
障害児を授かり「金持ちになろう」
昨年9月、知的障害のある人たちが育てる胡蝶蘭の温室が富津市にできたと知り、私は東京から電車を乗り継いで訪ねた。ところが温室のお披露目だけで、働く障害者がいなかった。どういう仕組みなんだろうと疑問が残り、今年1月に障害ある人たちが働き始めたと聞いて、改めて那部さんに取材した。
那部さんの22歳の長男には、重い知的障害がある。那部さんは大学を卒業後、通信会社でトップセールスマンだった。長男を授かり、2〜3歳の頃に言葉が遅いのが気になって障害があるとわかった。
「最初は、そんなに違うのだろうかと、気にしていなかったんです。でも周りからかわいそう、なんであなたのところだけ、などと言われるうちに、私はうつっぽくなり仕事も手につかなくなってしまいました。障害者の家庭によくあることですが、この子の将来はどうしよう、親は先に死ぬのにと一時は思い詰めました」
那部さんはもともと楽天的な性格。それならみんなに羨ましがられるような家庭にしようと、お金持ちになることを目指した。
会社を売却して千葉へ
勤めていた会社から独立して2000年、インターネットのベンチャー企業を立ち上げた。10年間で事業も拡大。長男は特別支援学校に通っていた。「とてもリッチな家庭になりました。大きい家に住み、外車に乗ってぜいたく三昧もしてみた。だけど40歳ぐらいの時、心の穴は埋まらないとわかりました」と那部さん。
レストランに家族で行くときは個室。長男を人混みに行かせなかった。無意識に、周りに迷惑をかけまいとしていた。「心の穴を埋めるのはお金ではなかった。すべての会社を売却して千葉の房総に引っ越しました。いすみ市に拠点を移し、不動産賃貸業を始めたんです。賃貸業なら長男に継がせられると思ったから」
自身が様々な事業に取り組む中で改めて、「息子がNGなのではない、障害者を受け入れられない社会がNGなんだ」と気がついた。長男が支援学校を卒業するにあたり、那部さんは様々な施設を見学した。
「どこも大変な努力をしていましたが、息子を託す気持ちにはなれませんでした。入所者は面会を待っているのに、親もだんだん来なくなってしまう。毎週、家族が遊びに行きたいと思えるような場所を作ろうと、2013年にNPO法人アロンアロンを始めました」。胡蝶蘭を栽培して販売し、障害者の賃金アップを実現して社会を変える目的だった。
胡蝶蘭は確かな市場
なぜ胡蝶蘭だったのか。那部さんが会社を始めたころ、社員を3人から150人に増やしてオフィスも広げた。そうすると取引先から胡蝶蘭が贈られ、必ずお返しをする文化を知った。生花はディスカウントなし。知的障害のある人は働く場所がないし、あっても収入が低い。胡蝶蘭を売ろうとひらめいた。
「胡蝶蘭のマーケットは年間250~300億円。知的障害者は能力があるにもかかわらず、1ヵ月働いても月の工賃は平均で約1万5千円。障害者年金の約9万円を加えても生活保護に届かない。200坪の温室をフルで使えば、年間2万本の胡蝶蘭を出荷できる。物流コストはかかるものの、売れれば2億円。障害者に月々10万円を払えます」
年間必ず贈り贈られている胡蝶蘭なら、市場があると思ったという那部さん
まず販路を見つけてから
それでも那部さんは、すぐには働く現場作りに動き出さなかった。「作って売りましょうと、すぐに動いて失敗してしまう福祉法人が見受けられます。最初にどこで売るか、出口を見つけてから動かないとダメだと思いました」
ビジネス出身なので、まず販路の開拓を考えた。胡蝶蘭を作っている会社を調べると、ある大企業の特例子会社(障害者の雇用を促進するための子会社)が手がけていた。その指導をしている「アートグリーン」という会社を紹介された。アロンアロンは、この特例子会社の胡蝶蘭を仕入れて売るように。配送は全国に物流センターを持つアートグリーンと組んだ。他は個人的に、取引先を増やしていった。
「ビジネスとして成り立つには、販路ありきです。このやり方に反対もありました。まだ温室を作っていないのにと。でも売る土台を作ってあったので、障害者が働くようになって最初の月から充分な工賃を払うことができました」
物語を売る「オーナー制度」
オーキッドガーデンはB型の福祉事業所で、最初に千葉のある街で作ろうと計画した。だが立地の問題もあり、地元の人に反対されて諦めた。富津市で土地を見つけ、地元のロータリークラブの後押しで1千坪を安く借りられて一気に進めた。温室の総工費7千万円のうち、およそ半額は日本財団の助成を得た。
販売方法もユニークだ。胡蝶蘭の苗の仕入れ価格は千円ほど。3万円で30株の苗が購入できる。オーナーが購入した30株の苗は、障害者が半年間かけて開花させ、3本立ての一鉢はオーナーへのお礼として指定通り届ける。残りの27株は企業に販売し、障害者の収入にする。物語を買ってもらい、今は900社が取引先になっている。
2017年12月に福祉事業所として認可が下りるまでは、スタッフが胡蝶蘭を育てていたので、私が訪ねた時は障害ある人が働いていなかったという。今年1月から、7人の障害者が働く。電車で通ってきている人が多い。その他、サポートのスタッフは5人。他に地元のシルバーボランティアやアルバイトも参加している。障害のある人は20人まで働くことができる。
朝は9時からミーティング。10時に作業を始め、水やり、支柱を立てる、芽を摘む、しなだれさせるなど、分業してそれぞれができることをする。お昼休憩や体操の後、また仕事。3時には休憩して4時ぐらいには終わる。集中できなくなったら、外へ出たり掃除をしたり、工夫する。
お金を使う喜びも知ってほしい
障害のあるメンバーからは「お花が好き」「工賃が高くて嬉しい」との声も。いつも世話をされる立場だったのが、植物を世話する喜びを感じている。「グリーンに触れているとセラピー効果もありますし、温室は音楽をかけていて楽しく快適。湿度も低く、暖かくてTシャツで過ごせるんですよ」と那部さん。
「お金を使う喜びも知ってほしい」と、アウトレットやレストランに行くプランを立て、父の日や母の日のプレゼント、旅行を勧めたいという。
昨年度は、1億円の売り上げがあった。さらなる社会貢献を目指し、アロンアロンとアートグリーンは新しい会社「A&A」を始めた。那部さんは説明する。「会社によっては、お花代に年間、5百万から1千万円も使っている。自社栽培に切り替え、経費削減と障害者雇用の両方を達成させましょうと呼びかけています。働く場所はオーキッドガーデンの温室をお貸しし、配送まで引き受けます」
雇用率アップと自立目指して
2%だった障害者の法定雇用率は、新年度から2.2%に上がった。A&AがB型の福祉事業所で技術を身につけた障害者を紹介、企業が雇用する形にすれば、企業側は障害者の雇用率が上がり、障害者も経済的に自立する。職場はオーキッドガーデンなので安心感がある。
こうして利益を上げ、サポートするスタッフの待遇改善も目指す。20人の障害者がいると、福祉の制度で支払われるのは年に約2千万円。この中から送迎の車両費、家賃、光熱費を賄うと、スタッフの給料は少なく、将来の生活を描くことができないからだ。
今後、オーキッドガーデンと同様の温室を名古屋・大阪・福岡にも建設する予定という。近隣の福祉事業所にも、胡蝶蘭の栽培に必要な道具のパーツを作ってもらい、買い取って連携していく。
アロンアロンは、バリの言葉で「ゆっくりゆっくり」という意味だそう。初めは那部さんがカメラを向けると、ぎこちなかったメンバーが今では笑顔を見せるようになった。ゆっくりと、確かに成長している。那部さんと親交のある写真家・渡辺達生さんも現場を訪れ、働く姿を撮影した。写真は「アロンアロンの紹介に使っていいよ」と言われている。
那部さん自身は顔が広く、ビジネスや福祉・メディアなど様々な業界を飛び回る。「勢いがありすぎて、忘れ物が多い。必要な物を全部、トランクに詰めて持ち歩いているんですよ」と笑う。
オーキッドガーデンで多忙な4月にかけ、事件が起きた。黄金虫が発生して大事な花を食べてしまったのだ。そんな時も那部さんは「1匹捕まえたら200円!」とメンバーに呼びかけ、ユーモアを持ってトラブルをプラスに変えていた。
時に笑いに包まれる職場。大変なことに直面してもユーモアは救いを呼ぶ
現代ビジネス