一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

気仙沼~南三陸町

2011-08-15 | 東日本大震災
気仙沼から南三陸町までの国道45号線(Googleマップ参照)は大きな橋が落橋しています。
ただ道路は仮設の架橋がされたり迂回路が整備されたりと復旧していました。
気仙沼線は高架橋が至る所で流されていて当分復旧の目処が立たないなかで、海岸沿いの集落を孤立させないために、優先順位高く進められたのだと思います。



気仙沼線の陸前小泉駅と高架橋。
右手前の盛り土の上の瓦礫が駅舎の跡です




気仙沼線の高架橋は国道45号線の小泉大橋の上をまたいで作られていましたが、その橋げたまで流されています。




橋げたの上に民家が。
ということは、引き波がこの高さまできていたことになります。




その下を通る国道45号線の小泉大橋は仮設の架橋で復旧していました。





国道45号線の歌津大橋(ここから南三陸町にはいります)
これは落橋したままで、迂回路になっています。





気仙沼線清水浜駅
高架橋が落橋しています。




橋げたが落ちてせき止めたためか、土砂と瓦礫がうずたかく積みあがっていて、引き波の勢いを物語っています。




このように海岸沿いの集落と漁港がそれぞれ壊滅的な被害を受けていてしかも道路も寸断されていたので、行政の対応も手が回りきらなかったところがかなりあったと思います。

道路が復旧して孤立集落の存在は回避されたのでしょうが、まだ丘の上で侵入路が崩れて自宅が孤立している家も見かけました。また、避難所も分散しているのでしょうから、物資を円滑に届けるだけでもかなりの大変さだと思います。



北から順に見てくると、素人の感想ですが、岩手県より宮城県の方が復旧が遅れている印象を受けました。

その理由として、岩手県はリアス式海岸で崖が迫っているのに対し、宮城県は比較的海岸部にも平坦地が多いというのがあるのではないかと思いました。

そのため岩手県では国道45号線が海岸沿いギリギリを走っているところが少なく集落には道路が枝分かれしているため、国道の分断が少なかったのではないでしょうか。
海沿いの国道45号線が分断されてしまうと北上高地の方まで経由していかなければならず、物資の輸送に苦労したことが想像できます。

また、海沿いの集落も岩手県のほうが平地が少ないために集落も坂の途中や丘の上に作られているところが多いように思います。
一方で宮城県は川の河口の三角州のような比較的平坦なところが多く、そこに集落・漁港がたくさんあるように感じました。

ちなみに漁港の数を比較しても、岩手県の111に対し宮城県は142となっています。(Wikipedia「日本の漁港」参照)
そのため、宮城県の方が多くの箇所に救援・支援・復旧の手を割かざるを得ないのではないでしょうか。



※ 関連エントリはこちらから被災地に行ってきました。


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