今年、92歳の義父
大変優秀な少年だったのだと思います。
2冊の小学校2年生と6年生の時の日記「綴り方草稿帳」
がありました。
あまりにも素敵な綴り方なので、以前、
「みんなに見せてあげてもいい?」と聞くと、「いい」と
返事をもらいました。
みんなって・・・・・・ちょっと拡大解釈ですが、
昭和の初めの暮らしぶりと、仮名遣い、そして
ユニークで優秀なたかお少年に驚いて下さい。
綴り方草稿帳(昭和元年頃)
たかお少年 7歳
日記 算術 (昭和6年頃)
たかお少年 尋常小学校 忠組(12歳)
これは2年生の時の日記です。
漢字や仮名遣い、内容もほぼそのままです。
イラストは私が書きました。
写真から想像した、たかお少年。
7月25日
「今日は、日曜日だから、お父さんに、早くおこされて、大宮へ、行った。
大宮へ行ったら、すぎ山の、おじさんが、おたきにはいって今出たそうで、
したのおたきへながれて行く、川のようなところで、右の手を、
ふりまはしておった。
ぼくがそばへよって行くと、よくきたなあといった。
ごご三じごろ中川せんせいがおいでて、しゃく八の、
むずかしいところを、たくさんおそへてくださった。
それがすむと、おちゃをのんだ。そのうち中川せんせいが、かえった。
でんきがついてっから、にっきをかいた。
7月26日 はれ
あさおきて、ごはんをたべた。
たべてしまってから、きのふ、むらった、ふながいけの中におるので、
はこにはをもって来て、いけのまん中のところの石へ、かみさまのはこにはを
のせて、こっちのきしの方の、山のような石へ、
おちゃややら、水車やをおいてあそんだ。
たまに、撮影会の中で、たかお少年の日記、紹介します。
たかお少年に会いたくなったら、遊びに来て下さいね。
天気に恵まれ、10時頃、丁度今日のブログの最後の方の写真撮ってました。
こんなに天気良かったのは初めてです。
さすが、体育の日。
山を下りる時、今シーズンはもう八ケ岳に登れないかと思うと寂しかったです。