蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

似顔絵師の秋日和

2008-10-14 01:48:19 | 美術エッセイ
10月13日(月)晴れ。暖。

11、12、13の今日までの秋の三連休。似顔絵師にはまさにかき入れ時である。しかし、初日の11日(土)は朝のうち空には厚い雲がたれこめていた。これでは駄目だと思っていると、昼近く俄かにその雲がきれ青空なんかがのぞいてくるしまつ。これではでかけてみなくてはならない。なかば、なんとも中途半端な気持ちでいつものテーマパークにかけつけた。

 テーブル、椅子、ビーチパラソル、見本写真のパネル板をセッティングして、さあこれからと思っているところへ、急に強風が吹きつけてきた。
 見本を掲示してあるパネル板があっという間に倒れた。ガシャッという鈍い音。急いで起こして見ると一枚の額縁のガラスが無惨に割れていた。忽ち戦意喪失して手ぶらでひきあげてきた。
 
12日(日)朝からの好天。張り切って出かけた。今日は、気温が低目と聞いていたので、日当たりの良い場所を選んで店をひろげた。
 セティングが終わるかおわらないうちに「描いてもらえますか」と声がかかった。5歳の可愛い男の子とそのお父さんである。

 次は、上品な老婦人である。描き終わると、「貴方もどう?」とニコニコして見守っていた傍らのご主人を促した。TVでおなじみの塩川清十郎にどこか似た風貌である。お年は82歳とのこと。若い時は某大新聞の記者だったとのこと。忽ち話がはずんだ。
 最近のジャーナリズムのひ弱な事…。小泉政権の功罪…。語って楽しかった。そして、お二人も絵の出来栄えに満足して帰っていかれた。

  そのあとには乳母車に乗った6ヶ月の赤ちゃんと、その若いお母さんである。こちらも1枚に二人を納めてほしいとのこと。
 席につきながら若いお母さんは「でもこの子だいじょうぶかしら?」との呟き。
 お名前を教えてください。と私。
 直ぐにその名前で呼びかけると、赤ちゃんはちゃんとこちらに正対してくれた。お母さんよりしっかりした顔立ちであった。
 私は1年近くの経験で、子どもはどんなに幼くても、こちらが正面から対等の気持ちでその名前で呼びかけ話しかけると、こちらの気持ちにたいていはちゃんとこたえてくれることを学んだ。
 その若いお母さんは看護士とのこと。黒いウールのしゃれた帽子を被っていられる。モネの絵ベルト・モリゾだったかで見たことのあるような帽子である。
 それを褒めると、帽子が大好きで50個も持っている。これは世界で唯一つの手作り。2万円とか…。なるほどと感心した。私もハンチングが大好きで幾つか買ったがまだこんな値段の帽子は買ったことが無い。
 縦長の画面に母子を描き上げて写真を撮らしてもらった。こちらも満足してもらえた。傍で見守っていた優しい祖父母と4人見送ると斜陽の広場の客足もまばらになっていた。

  そして今日の13日(月)。昨日に続く好天である。今朝も昼前に会場に着き、店を広げた。園内の客足も多い。だがどうしたわけか私の前には座ってくれない。1時間が経ち2時間が経つ。見本のパネルには皆さん見入ってくれ、「よくにているねー。うまいねー」などと漏れ聞こえてくるのにである。
  
  こういうときは、なんともいえないやるせないような、いたたまれないような気持ちになるのである。店晒しになっているような…。直ぐに店をたたんですっ飛んで帰って、こんな良い天気、スケッチにでもでかけたくなるのである。
 しかし、30分もかかって一旦広げた店をたたむのはこれまた億劫なものであり、いまいましい気分にもなる。そこで「まあー、こういうときもあるさ、これも辛抱、修行のうち」と心で呟きつつ、ひたすら耐えるのである。

  とそこえ、天の恵みか「お願いできますか?」優しい声が降ってきた。
  見れば、きりっと切れ長な目に、長いお下げ髪の女の子が若いお祖母ちゃんと立ってくれていた。8歳3年生。剣道6級。ピアノも習っているとか。
 こうして一人客足が付き始めると不思議に後が続くのである。

  次は若いカップルであった。またもや二人を1枚の画面に納めてくれとのご注文。女性は誰かに面影が似ている。そうだ、モジリアニの若妻、ジャンヌ・エピエンヌにそっくりなのだ。忽ち我がエモーションが高まった。そのことを私が口走ると、待ってましたとばかりに男性の方が答えた。
 「そうなんですよ。私も実は絵を描いているんです。彼女をモチーフに今描いているんです。でも私のは抽象ですけどね。印象で描くんです。」とのこと。
 「なーんだ、絵を描かれるんですか。それでは私はまるで試験を受けているみたいですね(笑)」と私。男性は今描いている50号の絵を県立美術館のコンクールに出品するとのこと。見せてもらいに行く事を約束した。

  二人を描き終えると、やすむ間もなく、また帽子の老婦人が座ってくれた。
  そしてその様子を見守っていた老夫婦が続いて座ってくれた。
  聞けば、名古屋からとのこと。元気なうちに二人旅を楽しんでいること。羨ましい限りである。ご夫婦ともに丸顔の円満そのものである。今年は結婚して30年目とか。画賛に御結婚30周年を記念してと、入れた。お二人は私から受け取った絵を大事そうに持って帰っていかれた。
 
  こうして私の似顔絵師秋日和の三日間は終わった。都合12人描いた。12人との一期一会であった。
  私が偶然にも似顔絵師にならなかったら、老妻と二人きりの誰もめったには訪れてくれることのない寂漠たる日々であったに違いない。
  だが、偶然の僥倖から俄か似顔絵師になれたお陰で、今は望むべくもない様々な階層、年齢の方々と巡りあい、つかの間の出会いと会話をたのしめるのである。
  誠にありがたいことである。つくづく人生の喜びは、いやもおうも無く人と人との出会いの中にこそあるのだと思うのである。

  私は、これまで主として風景しか描いてこなかった。だが、今は、人の顔に限りない愛着と興趣を覚えている。これからは人の顔、人の暮らしている様を描いてみたくなった。
  私の画境は、今後一段と深化するに違いない。これをして自画自賛というべきか。

そして密かに思うのである。この似顔絵をもって、日本全国漂泊の旅に出られないものかと…。
  今、この日本という国のあちこちに住む限りなき無数の人々を描き、語らいあえたらなと…。

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