ひまわり博士のウンチク

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惜別 板谷彩雲居さん

2008年10月09日 | 日記・エッセイ・コラム
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 父の友人、板谷彩雲居さんが亡くなりました。老衰で101歳の大往生です。
 昨日、奥方からわが家に電話があったらしいのですが、那由が受けてそのまま忘れ、今朝聞いてあわてて告別式に出かけました。

 彩雲居は号。画家で俳人です。
 「冬園(とうえん)」という会と同じ名前の同人誌を発行していて、父も会員でした。
 俳句の会で旅行に行く時など、ぼくは父親についていったものです。

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 父の書いた文章が掲載された号でダブっていたものを何冊かいただいて来ました。

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 別室に屏風絵や色紙、著書などが展示され、それらの作品を囲んで参列した人びとと思い出を語り合いました。

 板谷彩雲居さんは、赤紙を受け取ったものの戦地に行く前に終戦を迎え、命拾いしています。そんないきさつから、本物の赤紙を見せてもらったことがありました。
 「あの時の赤紙はまだ持っておられますか?」といつぞやうかがったところ、紛失したとのことでした。

 戦後は日本共産党に入り、ぼくの父が日ソ関係の悪化とともに共産党と袂を分かったときも共産党を離れることはなく、日共・反日共の関係になりながら、父との友情は変わることはありませんでした。

 父の死後しばらくは年賀状だけのお付き合いになってしまいましたが、一昨年ふと思い立って『全国お郷ことば・憲法九条』を持ってうかがったのが最期になってしまいました。

 晩年は耳が遠く、奥方の通訳なしでは会話ができませんでしたが、それでもお会いした時には大変楽しそうでした。

 はがきの余白までびっしりと毛筆の達筆で書かれた年賀状が、もういただけないと思うと寂しいかぎりです。

 どうぞ安らかに。

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