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28日金曜日、岩波書店の食堂で行われたアーサー・ビナードさんの講演会に出かける。誰でも参加ができるということだったが、岩波社員と出版関係者中心の、まあ内輪の講演会で30人くらいが参加した。
彼の著作は多数あるが、有名なのは『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)。岩波からは『ガラガラヘビの味』(岩波少年文庫)、『3.11を心に刻んで』(岩波書店編集部編)などがある。主催が岩波新書編集部だったので、たぶん新書の企画が進行中なのだろう。
日本にはもう25年いるそうで、達者な日本語と詩人らしい豊富なボキャブラリーを駆使して実に饒舌だ。しかし、奔放な性格らしくて、講演の承諾をとってから、当日になっても確認の連絡がとれず、本当に来てくれるのかどうか主催者をやきもきさせた。30分前に会場入りのはずが、予定時間を過ぎても現れない。まるでマイルス・デイビスだ。もっともマイルスのようにお気に入りのワインが手に入らなくて機嫌を損ねたというのではなく、ただの大雑把。
この日は原爆を中心に、戦争で用いられる言葉について、彼なりの解釈を聞いた。
演題は「カリフラワー雲とキノコ雲の狭間で」。
「カリフラワー雲」とは聞き慣れないが、ビナードさんにいわせると、原子雲はキノコの形には見えないそうだ。英語のmushuroom cloudを直訳したのでキノコ雲になったが、日本でキノコといえば椎茸や松茸で、原子雲とは似ても似つかないという。確かにそうだ。
彼は、いろいろ考えた末、カリフラワーの形が近いことに気づいた。スーパーでカリフラワーを買って来て葉の部分を取り去り、モノクロで撮影したらものの見事に原子雲になった。それから彼は「キノコ雲」という言葉は使わないそうだ。
「カリフラワー雲」が一般に広まらないのは、第一に語呂が悪いし、毒キノコはあるけれど、毒カリフラワーはないだろうかという。確かにそうだ。
どうでもいい話だが、面白かった。
原爆体験者の中には、原爆のことを「ピカ」と表現する人と「ピカドン」と表現する人がいる。この違いを知っているかと会場に問いかけたが、即答できる人はいなかった。「ピカ」が光で「ドン」が音だから、時間差で「ピカドン」と表現されたことはわかるし、一定の距離がなければ「ピカドン」とならないことは理解できるが「ピカ」だけで「ドン」がなくなることについてはうまく説明できない。
この二つの言葉の違いは原爆を体験した地域差による。「ピカ」と表現するのは、爆心地近くにいた被爆体験者で、光を見た瞬間に意識を失い、音を聞くことがなかったからだという。爆心地から一定の距離をおいて体験した人だけが「ピカ」と「ドン」の両方を確認できた。それに、爆心地近くでは、音よりも光の衝撃がいかに大きかったかを物語る。
すべてを紹介できないが、ビナードさんの突っ込みは、安倍首相の70年談話について「触れる価値もない」と批判しながら、「何の関わりもない私たちの子や孫に、謝罪をし続ける宿命を負わせたくない」とは全く誤りだと語る。戦争に関わった人間に育てられ、財産を築いたのだから「関わりがない」はずはない、だから戦争の罪は未来永劫忘れてはならないと語る。言葉足らずは否めなかったが、いいたいことはわかる。
彼の突っ込みは今年の原爆の日祈念式典での広島市長の談話にまで及び、いずれも原爆の恐ろしさの印象を薄めようとしているかのようで恐ろしいと言った。
すべてを紹介することはできないが、日本語に対するいささか乱暴な突っ込みもあった。最後のほうでメモをとり忘れたが、なにかの標語に「いえるかな 素直な一言 ありがとう」というのがあり、この中の「素直」という言葉が引っかかるという。英訳すると「obedient」。これは「服従」を意味するから、批判せずに言うことをきけ、黙って政府に従うような子どもに育てということになるからだそうだ。
しかしこの論理は違うと思う。英語には日本語の「素直」に当る言葉はない。日本語の「素直」がイコール「服従」には当らない。「素」は何ものにも染まらないこと、「直」はまっすぐで曲のないこと。つまり素直とは、既成概念にとらわれずに物事を判断し行動するという意味だ。だからこの標語は、「どう思われるだろうか」とか「はずかしい」とか考えずに、感謝の気持ちがあったら、こだわりなく「ありがとう」といおうと言う意味だ。そこからコミュニケーションが育つ。
日本語は表音文字の平仮名と表意文字の漢字で成り立っている。漢字の持つ意味を知らずに単語として英訳してしまうと誤りを犯しかねないのだ。
反論しようと思ったが時間がないのでやめた。
彼の論理は基本的に、言葉を英訳してそこから日本語を解析し、自分の論理を組み立てるところにある。眼から鱗の話も多々あったが、気をつけないと暴走しかねない。
しかし、何はともあれ面白かった。