ひまわり博士のウンチク

読書・映画・沖縄・脱原発・その他世の中のこと

金子みすゞのこと

2010年08月28日 | 日記・エッセイ・コラム
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 金子 みすゞ(1903年 - 1930年)は、大正末期から昭和初期にかけて活動した童謡詩人である。わずか27年の生涯のうち、創作活動5年間で500点を超える作品を残した。
 1923年には『童話』『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』の各雑誌に作品が掲載され、西條八十から賞賛されたが、その生涯は家庭生活においては不遇だったといえる。
 夫の放蕩が原因で離婚するものの、一時はみすゞが得た娘の親権を夫が取り戻そうとしたことから、死をもって抗議するようなかたちで睡眠薬自殺を図る。
 
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 きっかけを得て、『金子みすゞ全集』を入手した。
 金子みすゞが創作に使っていた3冊のノートをそのまま書籍化したという。3冊の作品集と矢崎節夫氏による小伝と解題をまとめた小冊子「金子みすゞノート」がケース入セットになったものである。
 
 金子みすゞの作品は、死後半世紀もの間忘れ去られていたが、1980年代になって、『日本童謡集』(岩波文庫)の中の「大漁」を読んで衝撃を受けた児童文学者の矢崎節夫氏らの努力で遺稿集が発掘され、1984年に出版された。
 それをきっかけに、金子みすゞは瞬く間に注目されるようになった。
 現在、「わたしと小鳥とすずと」が小学校の国語教科書に採用されたりしている。
 
 金子みすゞと言えばその「優しさ」に評価が高い。その理由は、矢崎節夫が「衝撃を受けた」という作品、「大漁」に代表されるだろう。
 
 
大 漁

 朝焼小焼だ
 大漁だ
 大羽鰮(おおばいわし)の
 大漁だ。
 
 浜は祭の
 やうだけど
 海のなかでは
 何萬の
 鰮のとむらひ
 するだろう。
 
 
 もうひとつ、似たようなコンセプトの作品がある。
 
 
お 魚
 
 海の魚はかはいそう。
 
 お米は人につくられる、
 牛は牧場で飼はれている、
 鯉もお池で麩を貰ふ。
 
 けれども海のお魚は
 なんにも世話にならないし
 いたづら一つしないのに
 かうして私に食べられる。
 
 ほんとに魚はかはいさう。

 
 いささかセンチメンタルなところが気になるが、ぼくがこれらの詩に注目したのは、多少矢崎氏とは異なる角度であろうと思う。
 目線の位置のちがいである。
 目線のちがいが、地球上の支配者である人間ではない、支配される立場の気持を感じ取っているのだ。
 これが優しさだと言われればそうなのだろうが、それが結果的に、読者に優しさと感じられる点であろう。
 魚を食糧としてだけ見るのでなく、独自の生物としてとらえ、しかも、出来る限り対象に近づこうとする感性を、大正時代の若者がもっていたということだ。
 
 これは、本多勝一氏の『殺される側の論理』に通じ、フォトジャーナリストの土井敏邦氏がいう「事象の下半身に注目し報道する」意識に共通する。
 
 金子みすゞは自分主体に物事を観察するのではなく、意識せず自然にそれぞれの立場に立って、素直にその存在を認める能力を生まれながらに持っているようだ。
 
 その代表的な作品が、教科書にも載っている「私と小鳥と鈴と」だろう。
 
 
私と小鳥と鈴と
 
 私が両手を広げても、
 お空はちつとも飛べないが、
 飛べる小鳥は私のやうに、
 地面(じべた)を速くは走れない。
 
 私がからだをゆすつても、
 きれいな音は出ないけど、
 あの鳴る鈴は私のやうに
 たくさんな唄は知らないよ。
 
 鈴と、小鳥と、それから私、
 みんなちがつて、みんないい。
 
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日本学術会議が否定する「ホメオパシー」とは

2010年08月25日 | 健康・病気
 今朝の朝日新聞の1面トップは、日本学術会議がホメオパシーの効果を否定したという談話についてだった。
 自分はホメオパシーを信奉する立場にはないが、いささかヒステリックな談話が気になった。
 
 まず、ホメオパシーとはどういうものか、簡単に説明しよう。
 一言でいえば、毒を極限まで水で薄めて直径2~3ミリほどの砂糖玉に染み込ませたものを使用する民間療法だ。
 患者の症状にあわせて、植物、昆虫、鉱物などから抽出した成分から調合するとされている。
 特定の人のために作られ、他の人が触れたものを服用してはならないと言われている。
 ガンなどの重大な病気を含め、あらゆる疾患に効果があるとされる。
 ヨーロッパでは200年以上の歴史があり、医療保険が適用されていた国もある。
 
 日本学術会議は、先頃新生児死亡事故(提訴中)が起きたことを受け、「科学的な根拠は明確に否定され、荒唐無稽」であるとして、医療従事者が治療に使わないように求める会長談話を発表した。
 このまま放置すれば、通常の医療から患者を遠ざける懸念があり、同様の事故が再発することを防ぎたいというのが、表向きの理由である。
 新生児の死亡事故とは助産婦が、一般に新生児に投与されるビタミンK2の代わりにホメオパシー療法を行い、死亡させてしまった件である。
 この他にも、通常医療を拒否した結果、悪化したり死亡した例が相次いでいるという。
 
 ちなみに、ぼく自身もかつて薦められて花粉症の治療に使ったことがあるが、好転も悪化もしなかった。
 ようするに、なんの効果もなかったのである。まあ、花粉症なので、悪化したからといってどうということはないが。
 
 最近、医療・健康関係の実用書を手がけていて感じるのだが、通常医療の組織(日本医師会など)の経済優先主義が大変目につく。
 ようするに、医者にとって患者は売上げのための「客」なのだ。
 これまでの医師会のありようから察するに、会長談話でいう「患者を遠ざける懸念」というのが、まるでデパートが客離れを恐れているかのように聞こえる。
 これまで、不快に思いつつも手を下せないでいた民間医療・代替医療を排除するいいチャンスと思ったのではないか。
 
 断っておくが、自分はこれまで、代替医療ではっきりとした効果があったという体験はない。したがって、自分には効かないと思っている。
 しかし、効果がある人もいるのだから、全否定は出来ない。病気というのは、いくら良い薬を使っても、自分に治りたいという強い気持がなければ直らない。逆に、強い意志があれば、治療がどうあれ治ることもある。
 ホメオパシーが、そうした治りたいという気持をサポートするものであるのなら、それも一種の薬なのだから否定することは適当でないと思う。
 プラシーボ(偽薬)ということもあるのだから。
 
 問題は、民間療法や代替医療を行っているグループに排他的な人々が多いということだ。通常医療で扱う医薬品はすべて毒だと言って排除し、手術もまったくするべきでないと言う。
 優れた代替医療の研究者は、通常医療も受け入れている。
 たとえば「痛みがひどくて耐えられないなら、痛み止めを使いなさい。代替医療に即効性はありませんから」という。
 
 つまり、何事も共存である。一方に偏り過ぎればバランスが崩れる。
 日本学術会議もヒステリックに全否定するのでなく、民間医療・代替医療の正しい使い方を教えるくらいの懐の大きさが欲しいものだと思うが、どうだろうか。
 
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韓国併合100年

2010年08月23日 | 国際・政治
Nikkanheigo
 
 2010年8月23日は、「韓国併合」100年にあたる。
 今から100年前のこの日、大日本帝国は「韓国併合ニ関スル条約」(韓国併合条約)にもとづいて大韓帝国を併合した。
 この日から、朝鮮半島に対する日本の植民地政策が始まる。
 
 「半島人も日本人」として、朝鮮人を日本人と同様に扱うとしたものの、本来日本人にあるべき権利は無く、徴兵、労働などの「義務」ばかりが強要された。
 皇民(皇国臣民)化政策により、神社参拝、日本語教育、創氏改名などが朝鮮人民を日本に同化させるために行われた。
 麻生太郎元首相が、「創氏改名は朝鮮人が名前をくれと言ったから」などと発言して顰蹙を買ったが、これは間違いである。法律上は強制ではないと言っておきながら、実質行政が強制していた事実は、現在の日の丸・君が代と同じである。
 創氏改名はただ氏を作り日本風に名前を変えたことにとどまらない。「氏」は、日本でいう「家」に相当する。女性が結婚して男性の姓を名乗ることはその現れで、現在でもどちらか一方の姓に統一しなければならない。つまりこれは家父長制度の名残である。
 しかし朝鮮にはこのような習慣はない。結婚しても姓が代わることはなく、日本人にある「家」という感覚はない。
 つまり、創氏改名とはただ朝鮮人を日本人に同化させようとしただけでなく、タテ社会の基本である家父長制を朝鮮人にも強要し、その頂点である天皇崇拝によって支配しようとしたところにある。
 
 「韓国併合」以来、朝鮮の人々は常に日本人から差別され続けてきた。仕事を求めて日本に来た人々が、朝鮮人であることをカモフラージュするために日本名を名乗った例は少なくない。しかしそれは、法律上の改名ではなく、朝鮮名とは別の通称に過ぎない。
 
 また大日本帝国は、天皇に従わせるため朝鮮人に神道を強要した。
 大日本帝国は、日本古来の宗教である神道(古神道)と「古事記」「日本書紀」などの神話を基礎に、天皇を頂点とする「国家神道」をつくった。天皇は天照大神の子孫であるというのが国家神道であって、天皇を神格化し絶対的な権力に祭り上げる根拠とした。
 朝鮮人に国家神道の象徴である神社に参拝させ、他国の王である天皇に対する忠誠心を養おうとしたのである。
 朝鮮だけでなく、本来神道とは縁のない国々、台湾やフィリピンなどに見られる神社の鳥居の痕跡は、その地で皇民化政策が行われていたことを意味する。
 ちなみに国家神道は、日本の敗戦に伴い制度上は廃止されたが、靖国神社や全国に残る護国神社を始めとして形式上は残っており、そのため天皇を神格化する思想は右翼団体を中心に残存している。
 
 「韓国併合」と日本の朝鮮支配に関する書物は多い。
 入門編としては、岩波新書の『韓国併合』(海野福寿)と『創氏改名』(水野直樹)がわかりやすい。
 
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江戸川放水路ボート沙魚

2010年08月22日 | レジャー
 息子が本格的(?)な釣をやりたいというので、江戸川放水路のボート沙魚(ハゼ)に行った。
 ぼくの得意は船釣りなので、本当は船でアジ・サバか、シロギスと思ったのだが、船に自信がないと言う。
 そこで、すこしずつならすことを目的に、ボートにした。
 岸壁から投げ釣りでは船の練習にならないからだ。
 
 東西線で荻窪から約50分、妙典駅で下車、午前7時に江戸川放水路の「伊藤遊船」に着く。
 ぼくはすべて竿から仕掛けまで自前にしたが、息子とかみさん用には船宿推薦の仕掛けにする。
 自前では大成功することもある反面、失敗してまったく釣れないこともあるからだ。
 その点、船宿は毎日の潮目を見ていちばんいい仕掛けを用意してくれるわけだから、まあ、はずれが無い。
 ぼくは、リール竿に2本針の天秤仕掛け、かみさんと息子はのべ竿に胴つきの一本針だ。
 針の大きさはともに6号。
 
 息子とかみさんの仕掛けをセットしてから、自分の竿に自分の仕掛けをセットしている間に、、さっそくかみさんにあたりが来た。
 かみさんは佐世保の出身で、九十九島などで、子どもの頃から釣をやっている。むちゃくちゃではあるが。
 
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 この時期、数は釣れるが形は小さい。だからまあこんなもんだろう。
 息子の方にはまったくあたりが来ない。
 見ると、宙ぶらりんのところで竿を構えている。
 「川底に着けてご覧。ほっとけば食いつくから」
 ときおり、大きなボラが海面を跳ねる。
 ボラ用の浮き仕掛けを持ってくるんだったと後悔した。
 ボラは回遊魚だが、ハゼは根魚なので、だいたい川底に張り付いている。エサを見つけるとのそのそと動き出す。だからエサは川底に置いておけばいい。当然、仕掛けも釣りかたもまったく違う。
 
 見栄えのいい竹竿をセットして、二人の面倒を見るために置き竿にする。
 他の人間の面倒を見ながらの釣は、たいがいうまく行かないものだ。それは覚悟の上。
 
 と、息子に一匹目が来た。
 
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 リリースしたいくらい可愛いやつだが、それでも記念の初釣果だ。
 
 置き竿が絞り込まれるので上げてみたら、この時期にしてはまあ形のいいのが一発目でかかっていた。しかし、形のいいのはこれだけ、あとは平均7センチぐらいの、ワカサギに毛の生えたようなハゼだ。
 
 午前7時から午後1時まで、のんびりやって65尾。
 普通は一人でも100尾超えする場合もあるハゼ釣だけど、まあ、充分。
 
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 写真の大きい方が最初に釣れたまあまあの形のもの。14センチあった。他のはどれも6、7センチで、丸ごと唐揚げサイズだ。
 
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 揚げたては実に美味。ビールが進む。
 
 川面がいくら涼しいと言っても、今年の日差しは半端でなかった。三人とも真っ赤に日焼けして、それでものんびりとした1日が過ごせて満足だった。
 息子には、秋になったら船に乗りたいとねだられた。まだ不安だが、2回船酔いすれば3回目からは大丈夫。それでも最初は酔い止めが絶対必要だ。

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山本薩夫『戦争と人間』

2010年08月21日 | 映画
 山本薩夫(やまもと さつお、1910年 - 1983年)監督の大作、「戦争と人間」を全編通して観る機会を得た。
 この映画は全三部作で、一本あたりが平均3時間超、合計で9時間23分という強者である。
 放送時間が夜9時からということもあって、都合が良かったこともある。
 
 出演者がとてつもなく豪華だ。
 
Yoshinaga
 まだ20代の吉永小百合。今とは違って大熱演型だった。
 
Kitaoji
 今では白戸家のお父さんの声。若き日の北大路欣也。
 
 ちなみに以下はキャストの一部。
 
 滝沢修、芦田伸介、高橋悦史、浅丘ルリ子、北大路欣也、吉永小百合、高橋英樹、三国連太郎、高橋幸治、山本圭、加藤剛、和泉雅子、岸田今日子、山本学、地井武男、栗原小巻、石原裕次郎、二谷英明、伊藤孝雄、田村高廣、松原智恵子、丹波哲郎、大滝秀治、西村晃、加藤嘉、夏純子、藤原釜足
 
 この豪華キャストと海外ロケの連続で、配給元の日活が経済的に火を噴いてしまい、当初四部作だったものが三部で完結となってしまった。したがって、第三部は完結編とはいうもののちっとも完結していない。
 
 映画は、日中戦争前の満州事変から、ノモンハンで日本が大敗するまでを大河ドラマ形式で追う。
 山本薩夫監督は、南京事件や日本軍の三光作戦などを漏れなく描いているが、しかし、「ふれている程度」でしかないのは残念だ。これはおそらく、配給元の日活が右翼による妨害をおそれて自主規制したのではないかと思える。
 
Sanko1
 共産匪(八路軍)を隠匿しているという名目で、日本軍は中国の村を襲い略奪し、皆殺しにした。
 
Sanko2
 女と見れば、子供や老女でも犯されたという。中国は日本軍の傍若無人な行いを「三光作戦(殺しつくし、奪いつくし、焼きつくす)と呼んで強い怒りを表した。
 
 田中義一首相は、対中国強硬政策を実践するため、治安維持法を強化した。自由をうったえるもの、戦争に反対するものはすべて、アカ「共産主義者」であるとして、証拠の有る無しにかかわらず拘束され、自分が共産主義者であることを認めるまで拷問を受けた。
 小林多喜二は、この拷問によって虐殺されている。
 
 第一部の中心は、「張作霖爆殺事件」と「盧溝橋事件」を発端とする日中戦争の始まりまで。
 第二部は、満州で利権を拡大する新興財閥伍代家内での意見の対立による葛藤。そして、ヨーロッパで戦争が拡大し、第二次世界大戦となる。
 第三部は、南下する日本軍による三光作戦と南京事件。そして、ノモンハンの大敗で終わる。
 
Nomonhan
 最新鋭のソ連軍戦車に、旧態依然とした日本軍の戦車はまったく歯が立たなかった。「一人1台破壊すれば勝てる」と、理屈に合わないことを平気で命じるのが当時の日本軍だった。しかも、火炎瓶で戦車に立ち向かえと言う。
 
 軍隊というタテ社会の理不尽さが実に良く描かれ、それを山本学、圭の兄弟が好演している。
 長丁場なので、DVDを借りて観るというのもそれなりの覚悟がいるが、一度は見ておくことをおすすめする。
 
Gensaku
 
 この大作の原作は、五味川純平(ごみかわ じゅんぺい 1916年 - 1995年)『戦争と人間』全18巻(三一新書)。
 太平洋戦争の終結後、米軍の進駐までが描かれているが、18巻が完結したのは1982年である。
 映画の第三部が公開された1973年11月にようやく15巻が刊行されているのだから、映画では最初から完結させるつもりはなかったのだろう。もし四部まで製作されたとしてもやはり途中までである。
 ちなみに、ノモンハン事件は原作では11巻である。
 
 ぜひとも残りを映画化して欲しいが、社会派の映画監督で山本薩夫と比肩する監督は、現在見当たらない。当時のキャストの多くがすでに個人であることも鑑みて、新たなキャストで大河ドラマにする方がいいかもしれないが、この不景気でどこが作るのだろうか。

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墓掃除

2010年08月18日 | まち歩き
Obon
 
 お盆の墓参りに行けなかったので、事務所をアシのYに頼んで、遅ればせながら墓掃除に行った。
 猛暑のさなかで気が進まなかったが、草刈りをしておかないと秋の彼岸までにはぼうぼうになってしまう。
 薮に潜んだ蚊が、人が近づいたとたんにワッと押し寄せてくる。
 少しでも肌が露出していると、そこが集中的に狙われる。
 そこで、暑いのを我慢して写真のような重装備だ。それでも、長男は首を、ぼくはほっぺたをやられた。
 
 まるでサウナに入っているような状態で草刈りをするわけだから、終わったときには、ご覧のようなぐったりした表情。
 
 たっぷり汗をかいて、お参りして、デトックスとヒーリングを一度にやった感じで、実にすっきりした。
 ストレスの解消と気分転換には良かったと思う。
 
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見つかってしまった!

2010年08月17日 | まち歩き
Takenaka
 
 図書館に行ったついでに、竹中書店に寄ることにした。
 漱石全集の35巻の探求を頼んであったので、手に入ったことを言っておいた方がいいと思ったからだ。
 
 店に入ったら、おばちゃんとおじちゃんがなんだかニヤニヤしながらこっちを見ている。
 「あ、来た来た」
 何のこっちゃ。
 「見たよ見たよ」
 見たよって、何を? 何か見られてまずいことでもやらかしたのか? 身に覚えが無い。
 「見たって何?」
 「インターネットよ。お客さんがね、教えてくれたの」
 「え、ブログ見たの?」
 「あたしたちコンピューターなんて全然出来ないからね、全然知らなかったんだよ。そしたらお客さんが見せてくれた」
 きっと、ラップトップで見せてくれたんだろう。
 「日本の古本屋ってのあるだろ。組合じゃ皆入ってるんだけどね、ウチはさっぱりわからないからやってないんだ」
 「ウチはやっぱりね、店に来てもらって、手に取って買ってくれる人を大事にしたいからね」
 「まあ、ネットを始めると大変だ。売上げは上がるかもしれないけど、面倒なことが倍以上になる」
 
 「ところでね、35巻手に入ったんで」
 「知ってるよインターネットで見たから」
 「あ、そうか。ときどき話題にしてるんだよ、ブログで。けっこう反応があって、場所教えてくれってメールが来ることもあるよ。少しは宣伝になってるかな」
 「ありがとね」
 「おばちゃんが親切に対応してくれるって、また宣伝しとくから」
 「おばちゃんじゃないよ、お姉さんでしょ」
 「????」 
 
 
 「思いのほか簡単に手に入った。その気になると手に入るもんだね」
 「そりゃついてるんだよ。後の巻が欠本になってると手に入りにくいからね。前の方だったらいくらでも出るんだけど」
 「そうだよね。実は『久保栄全集』を10巻まで持っていて、11と12がなかなか手に入らないんだ。一度ネットで見つけたけれど、タッチの差で先をこされた」
 「そうか、じゃ今度探しとくよ」
 「1冊4000円くらいだと思う」
 「じゃ、安く入れて安く譲るよ」
 「それは嬉しいな。よろしくお願いします」
 
 結局、おじちゃんにお願いしてしまった。
 もし揃ったら、それこそ長年の念願が叶う。
 ちなみに『久保栄全集』は12冊揃っていると、安くても5万以上する。ぼくが持っている10巻までは、昔書店でアルバイトしていた時に、三一書房の営業から、「在庫整理でね、揃いでなくて良かったら上げますよ」と言われてただで貰ったものだ。
 これが揃えばちょっとした宝物になる。
 まあ、あまり期待しないで、少しは期待して待っていよう。
 
 しかし、これからはあんまりいい加減なことは書けないなあ。見つかっちゃったし。
 
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誕生!中国文明

2010年08月15日 | アート・文化
Chugoku1
 
 敗戦記念日の今日、NHKで菅総理の内容のない挨拶を聞いたあと、上野に出かけた。
 それにしても、ひどい挨拶である「哀悼の意を表(ひょう)します」を「あらわします」と読んだ。それ以外にもおかしなことを言ったが、忘れた。
 
 で、「誕生!中国文明」を開催している東京国立博物館は、上野駅からけっこう歩く。路上ライブやジャグリング、パントマイムなどをやっている人だかりの間を抜けて、ようやく門にたどり着いたと思ったら、建物はさらにその奥にある。
 
Chugoku2
 動物紋飾板(紀元前2000年頃)
 中国最初の王朝は紀元前2000年から1600年ぐらいと推測される「夏(か)」であるといわれている。
 その根拠は、河南省で発掘が進められている二里頭遺跡にある。
 しかし、この説には異論もあり、この遺跡が夏王朝とみなして良いものかどうか結論は出ていない。
 
 上の「動物紋飾板」はその二里頭遺跡で発掘された装飾品で、青銅の板にトルコ石がはめこかれた豪華なものである。
 墓に遺体とともに納められていたもので、権威を象徴した装身具であったと考えられている。
 このような装飾品は、王朝の身分の高い人物が用いていたことが想像でき、そこから「夏王朝」誕生の年代が推測されたのである。
 今から4000年前、日本はまだ縄文時代である。
 
Chugoku4
 鼎(てい)(紀元前1000年頃)
 紀元前11世紀の後半に、周は商王朝を滅ぼして西周王朝を樹立した。
 この「鼎」はその頃の時代のもので、祭祀のとき、お供えの肉を煮る容器である。
 当時、金色に輝くきらびやかな祭具であった。
 
Chugoku3
 金のアクセサリー(北宋時代 11~12世紀)
 この時代になると、もの作りの技術が高まりを見せる。極細の金の針金を縒って複雑に絡み合わせ、文様を形づくっている。
 現代でも、中国の細工の技術は目を見はるものがあるが、すでにこの時代からその片鱗があった。
 
 ミュジアムショップでレプリカを販売していた男性に声をかけた。懐かしいものを見つけたからだ。
 かつて、まだ日中国交がなかった頃、晴海で行われた日本最初の物産展にアルバイトで店番をしていたとき、なぜか良く売れていた「爵」という酒器が妙に気になっていた。
 如何にも発掘しましたと言わんばかりに、腐食や泥のついたところまで再現していた。もちろん、飾り物である。
 この日ショップに出ていたものは、当時のものと違ってきれいに磨かれていたが、かたちは同じ、ただし、とてつもなく高価だった。
 当時、300円かそこいらで売られていたものが、5千円以上もする。
 「それ、今持っていたら大変な価値がありますね」
 「そうですね、一つ買っておけば良かった」
 
 しばし昔話をして、しかし結局何も買わずに去った。
 
 想像以上に内容のある展示だった。悠久の4000年に渡る歴史を、3時間ほどで、少しではあるがしのぶことが出来た。
 歴史は何でもない生活道具にも、実に奥深い物語を刻み込む。
 
 (9月5日まで東京国立博物館で開催)
 
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福島菊次郎「講演会&写真展」

2010年08月14日 | アート・文化
Fukushima4
福島菊次郎「孤児たちの島」より。
 
 ちょっと遠かったが、最終公演会ということで府中まで足を延ばした。
 『遺言 Part3』と題した講演会は、500席のホールをほぼ満席にして行われた。
 福島菊次郎さんは1921年の生まれで今年89歳になる。
 広島市の原爆被災者の困窮生活を10年におよび取材した作品『ピカドン ある原爆被災者の記録』が、日本写真評論家賞特別賞を受賞(1960年)たのをきっかけに、42歳でプロカメラマンになった。
 以後、自衛隊や兵器産業、また三里塚闘争などを激しい視線で、特定の人々にとっては辛辣な作品を、多数世に送りだしている。
 
 以前、フォトジャーナリストの土井敏邦さんが言っていたが、「多くのメディアは物事の上半身しか報道しない。物事の下半身には固有名詞で生活する人々が存在する。それを知らせるのがフォトジャーナリストの役割だ」ということの意味が、福島さんの写真を見ると実によくわかる。
 福島さんの写真は、全体から見せて、そして事象の奥へ奥へと入り込んでいき、究極的に個人の生き様に行き当たる。
 
Fukushima3
 
 「私は軍国少年でした。毎朝新聞の1面を見てから学校に行きました。新聞の1面には前日の日本軍の戦果が書かれていて、それを知って学校に行かないと仲間はずれだったんです」
 特攻隊「最初の頃は、飛行機もパイロットも優秀で良かったんです。成功率が16%ですか。でも、特攻というのは飛行機もパイロットも二度と使えないでしょう。だからどんどん質が落ちて成功率も下がる」 
 敗戦「終戦じゃありません、敗戦です。終戦というと、ただ終わらせたということで、勝ったのか負けたのかわからなくしています。敗戦といえば負けたんですから、そこに戦争責任というものが出てきます。天皇の戦争責任を追求されたくないものだから、終戦なんて曖昧な表現を使うんです。私は終戦なんて言う人とは口きかないようにしています」
 
Fukushima2
 
 憲法改正「自民党が法案を提出した国民投票法が今年の6月に発効しました。しかし、自民党の崩壊で混迷しています。国民の中には、憲法改定は反対だが、自衛隊は必要だという人がいますが、これは矛盾しているということに気付いて欲しいです。私は自衛隊の存続にも反対です」
 韓国併合100年「菅総理の声明が話題になっていますが、言葉だけじゃ何にもなりません。実行を伴うことが必要なんです。5億ドルの支援をすると言ったって、そのうち2億ドルは借款で、3億ドルは日本企業が韓国にダムを造る費用です。結局それは日本の企業に返ってくるお金なんですね。支援じゃありません」
 日本海海戦「日露戦争で東郷平八郎の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊に勝ったと言って喜んでいましたが、バルチック艦隊は日本海に来るまでに、喜望峰からインド洋をへて、何ヵ月もかかってるんです。途中で英国の艦隊などに補給がたたれているし、もう戦意喪失してるわけですよ。勝って当たり前なんです」
 
 
 お年なので、喋り口は古今亭志ん生みたいだけれども、内容は激烈だった。展示会場で版にサインをする姿は、普通のおじいちゃんだった。
 
 リンク=「世界187の顔」~「福島菊次郎の仕事」

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鶴見俊介『思い出袋』

2010年08月11日 | 本と雑誌
Omoidebukuro
 
  思い出袋
 鶴見俊輔 著
 岩波新書
 
 この本は、岩波書店のPR雑誌『図書』に「一月一話」というシリーズ名で、2003年1月から2009年12月まで連載されていたエッセーをまとめたものである。
 『図書』は断続的に購読していて、ここ数年は定期購読にしたので毎月必ず目を通すことが出来ている。
 「一月一話」はとくに愛読していて、送られてくると真っ先に目を通していたのだが、昨年末で終了してしまった。
 残念に思うと同時に、読みそこなっていた初期の頃のを読みたいと思い、単行本化されないだろうかと願っていた。
 
 ところが、これが岩波新書として3月に発行された時には気付かなかった。タイトルが「一月一話」でなく、『思い出袋』になっていたからだ。
 5月になって、新聞広告で見つけ、あわてて買った。
 
 鶴見俊輔さんは今年米寿である。この連載が始まったとき、すでに80歳になっていた。本文中にも「もうろく」という言葉がしきりに出てくるが、もうろくとはほど遠い矍鑠たる雰囲気が伝わってくる。
 特に凄いのは、その読書量だ。
 これまで読んできた膨大な本の中から引き出して話題をつくっていて、その幅の広さも感動に値する。
 つまりこの連載は、優れた読書案内としての性格も兼ね備えているのだ。
 アガサ・クリスティもプルーストも夏目漱石も登場し、ジョイスやホッブスにも言及する。橋川文三、保田與重郎そして都留重人。
 
 鶴見さんは、三島由紀夫を「政治的には賛同しかねる」としながらも、その文学を高く評価している。
 ご存知のように、鶴見さんは9条の会に名を連ね、ずっとリベラルな姿勢を貫いている。三島由紀夫と言えば、市ヶ谷の自衛隊駐屯地で檄文を読み上げ、その直後に切腹自殺をした極右の作家である。しかし、作品を読む限りでは、それほど過激な右翼思想は感じられない。鶴見さんに、三島の政治思想と文学を別個のものとして評価できる人間性の幅広さを感じずにはいられない。
 
 「一月一話」の最終回は「もてあそばれた人間」と題し、テーマは原爆である。それは「二重被爆」のドキュメンタリー映画を観て、岩永章の「もてあそばれたような気がする」という言葉からきている。
 
 「もてあそばれたような気がする」と言った岩永章は、二発もったから二発とも使うという米国の事情を探りあてていたと思う。化学が国家と結んで人間をもてあそぶ時代の幕開けだった。
 
 もう一つ。「政治史の文脈」と題する、比較的初めの頃の文章がある。「人を殺したくないと思った」で始まり、張作霖爆殺事件の号外が家に投げ込まれた5歳の頃の話から、それから60年後のイラク戦争へと話題が移る。
 
 イラクの戦争をやわらげにいった三人の日本人が、現地で人質になり、やがて開放されたが、日本政府に迷惑をかけたという声が高くなり、国会では「反日分子」として追求する議員が出た。
 (中略)
 イラクで人質になった三人の日本人を、米国国務長官パウエルはほめて、こういう若い人が出ないと社会は前に進まない、と言った。

 
 「あだ名からはじめて」では、オーブリーの『名士小伝』というイギリスの新聞の死亡記事を集大成した本が紹介されている。
 
 伝記を小伝に、小伝をあだ名に煮詰めてゆくと、人間認識が蒸留されて、老人用の記憶に貯えられる。
 
 あだ名にもレヴェルがあり、小伝の巧みなことは「小学校別にあだ名のつけ方のレヴェルがちがうごとくである」と語る。
 『名士小伝』読んでみたいと思ったのだが、絶版で、新書判の小さな本なのにプレミアがついて数千円もする。そのうちどこかの古本屋の店先のワゴンにでも投げ込まれているのを期待するしかない。
 
 しかし、この本のおかげで、改めて読んでみたい本がまたいろいろ増えてしまった。
 
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旧字旧仮名の「漱石全集」

2010年08月10日 | 本と雑誌
Sosekizenshu
 
 念願(?)の旧字旧仮名「漱石全集」を入手した。
 荻窪の竹中書店で見つけて、半年以上ほっておいた。
 最優先で購入するべきものではないので、売れてしまったらそれでいいと思っていたのだが、ずっと売れないでいた。
 「今度買いにくるからね、売れちゃったらそれでいいから」
 「大丈夫だよ、売れないから」
 おばちゃんと何度同じ会話を交わしたことか。
 しかし、本当に売れなかった。
 ということは、こんなものを欲しがる人間はそうそういないということだ。
 いくら何でも、そろそろ買っておかなければいけないかなあと思い、意を決して買うことにした。
 店を訪ねると、何も言わないのに「漱石だね」という。
 「踏み台を貸すから自分で取ってよ」
 
 新書判上製箱入り全35巻。
 完全な揃いはネット上で探しても数セットしかない。それもほとんど動いていない。
 だから、一般的にはさほど価値のないものだ。
 
 棚から下ろして確認すると、34冊しかない。「あれ、1冊足りないね」
 「でも、全34巻てなってるよ」
 「後から追加で35巻が出てるんだよ」
 「そうかあ、じゃ、負けとくよ」
 いずれにしろ、負けてもらうつもりだったが、何冊か箱の壊れた巻があったことも含めて、だいぶ安くしてもらった。
 おばちゃんが(おじちゃんはそのことを知っていたが)全34巻と信じていたことには理由がある。
 この全集は1957年に34巻で一度完結している。それが、完結から23年も経った1980年に「補遺」として索引つきの第35巻が出版された。
 だから、34巻で全巻揃いとして売っているのはまったく不思議でないし、発行元がこうした出版の仕方をするのも不思議なことではない。
 しかし、23年後とは長過ぎる。
 普通、この手の全集は終わりの方の巻が欠落していると、その巻は極めて入手し難いものだが、ネット書店で思いのほか簡単に、しかも安く入手できた。
 写真の、端にある1巻が真新しいのはそのためである。
 
 この全集の価値は、夏目漱石が原稿用紙に書いた原稿にきわめて近いかたちで出版されていることだ。
 最近の漱石は、全集や文庫で様々に出ていても、ことごとく新字新仮名に変えられているのだ。その理由は「より広範な読者の需要に応えるため」だったり「近代文学の鑑賞が若い読者にとって少しでも容易となるよう」にだそうである。
 
 日本語の文章は表音文字である仮名と表意文字の漢字が合わさってでき上がっている。これはアルファベットだけで構成された欧米の文章との大きなちがいである。
 作家は漢字と平仮名の組み合わせを選択することで、文章に奥行きとコクをもたせる。
 したがって、読み難いからとか、まして当用漢字表にないからといって使用されている文字を変えてしまっては、作家の意図がかなり削られることになるわけである。
 
 新字新仮名のなかった時代に書かれた文章は、旧字旧仮名のままで読むのがふさわしい。
 ストーリーを追うだけならそんなことにこだわる必要はないが、それは、インスタント食品とおふくろの味ほどのちがいがある。
 
 今の時代、旧字旧仮名の本は、薄暗い古書店の隅から掘り出さなければ見つからないかもしれないが、漱石なら岩波文庫の古いのが見つけやすい。
 ぜひ一度読み比べてはいかがだろう。きっと新しい発見があるはずだ。
 
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小林正樹監督『東京裁判』

2010年08月09日 | 映画
Tokyosaiban1
 ミズーリ艦上で降伏文書に署名する重光葵外相。
 
 映画『東京裁判』(1983年公開)をCATVの放送で観た。これまで存在は知っていたが、4時間半以上の長丁場に全編観通す決心がつかなかった。テレビで放映されることもめったにない。ならばこの機会にと意を決して(?)初めて観た。
 
 米国公文書館に保存されているフィルムを中心に、関係各国の記録を5年かけて編集したもので、ドラマではなくすべて実写である。
 つまり、実際にそこで起きたこと、実際に語られた言葉がそのまま表現されているということである。
 
Tokyosaiban3
 被告人席で東条英機のあたまを叩く大川周明。このあと大川は、精神鑑定のうえ松沢病院に送られることになる。この行為が狂言であったかどうかは不明。
 
 梅津美治郎の弁護人、ベン・ブルース・ブレークニーが、「戦争は合法的な行為である」「したがって、そこで行われる殺人も合法的殺人である」「広島に原爆を投下した機長は殺人罪を意識したか」という、衝撃的な発言をしている。しかしこの発言は通訳されず、被告や日本人の弁護団にはほとんど伝わらなかった。日本語の記録文書にも、通訳無しとして記録されていない。
 アメリカの弁護人が東京裁判で原爆に言及したということは知っていたが、そのことがパール判事の判決文と同様、東京裁判に否定的なグループの間で利用されて来たことと、手元にある東京裁判関連の文献にはほとんど触れられていないということもあり、これまであまり意識していなかった。
 戸田由麻の『東京裁判』と粟屋憲太郎の『東京裁判への道』をざっと見渡したが行きつけなかった。
 しかし、実際の発言を聞いて思うことは、右翼が言うように、「だから罪がない」ということではない。第二次世界大戦以前には戦争を違法だとする国際法がなかった、だから法律をもって裁くことが出来ないという意味なのだ。
 この裁判を契機として、侵略戦争(すべての戦争ではない)についての定義とその違法性が国際法に加わり、侵略戦争が犯罪であると規定されたことは、ブレークニーの発言が少なからず影響していると思う。だがこの時点では戦争そのものを犯罪とする国際法は存在していなかった。
 つまり、東京裁判が侵略戦争の犯罪性を問う裁判だとするならば、被告は「事後法」によって裁かれたことになる。
 事後法の有効性については、戸谷由麻の『東京裁判』に詳しいのでここでは言及しない。
 
 結局、ブレークニーの発言は、右翼が言うように日本の「無罪」を訴えたことよりも、アメリカの無差別攻撃、つまり、大空襲や原爆投下の犯罪性をクローズアップしたことになる。それが、通訳されなかった理由だ。
 重ねて言っておくと、東京裁判の被告には罪がないのではなく、その時点での国際法では裁くことが出来ない、もし裁くならば、原爆を投下した飛行機の機長や命令した人間も同時に裁かれなければならないということである。これは裁判をリードするアメリカとしては大変困る発言だ。
 ブレークニーの真意は「被告は法律的には無罪であったとしても、人道的には有罪である」というところにあることを、くれぐれも確認しておきたい。
 
Tokyosaiban4
 罪状認否で無罪を主張する東条英機。
 
 ドラマではなく実写であることをすでに述べたが、ナレーションは後からつけたものである。したがって、監督の思い入れや思い込みもあるだろうから、その点は割り引いておかなければならない。
 粟屋憲太郎は『東京裁判への道』のなかで、「通説」の誤りをいくつか紹介している。その中に、この映画『東京裁判』にも誤りがあることを指摘している。
 被告席があらかじめ28席と決められていたというようなことはなく、そのためにソ連側検事の意向を反映して阿部信行と真崎甚三郎を除外し、そこに重光葵と梅津美治郎を加えたというのは、事実として甚だしい誤りであるという。
 
 それはともかく、この映画は資料的な価値がすこぶる高い。これまで観ていなかったことをやや後悔した。
 いずれ、DVDを買っとこうと思う。
 
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朗読会

2010年08月08日 | アート・文化
 広島・長崎に原爆が投下されて65年。今年も6日から9日にかけて、各地で様々なイベントが行われている。
 『原爆詩集 八月』を使っての朗読会も何カ所か行われていて、実にありがたいことだと思う。
 7日、そのうちの一つ「I hate war! 『愛へいわ』コンサート」と題する朗読会のご招待を受けて伺った。

Matsukawa1
 
 この世界は狭い、と言ってしまえばそれまでだが、奇遇の連続だった。
 まず、出版社から連絡を受けたとき、主催する松川真澄さんが旧知のナレーターで『全国お郷ことば・憲法九条』に付属するCDでも協力を願ったN君と同期だと紹介されていた。
 さらに、彼女の名刺の住所を見ると、事務所どうしが「町内会」といえるほど近い。
 そして、女優である彼女の師匠が、ぼくが演劇をやっていた頃の師匠で、かつ、演劇界の大御所であるF氏であることも知って驚く。
 さらにさらに、開場で先だって『けーし風』の会合でご一緒したWさんに声をかけられた。
 
 
 第一部で、みながわじゅんさんというミュージシャンの弾き語りがあって、第二部が朗読、三部で戦争体験者の話を伺うという構成である。
 
 第一部の弾き語りはきれいな曲が多かった。しかし、歌詞の内容が「命」とか「愛」とか、いささか精神世界的な匂いが強く感じられて、「?」が頭の中をめぐる。
 
 第二部の、松川真澄さんの朗読はさすがにレベルが高い。
 長年の経験からか、独自の解釈によるしっかりした世界観をもっておられることがわかる。
 詩ではないが、『ちいちゃんのかげおくり』がとくによかった。これは市原悦子さんの朗読でも有名だが、松川さんのは内容が素晴しく良く伝わる。変に入れ込みすぎないところがいい。
 詩の朗読というのは、人がいうほど簡単ではない。
 短いセンテンスの連続する文体の中に、作者の思いがぎっしりと込められているのが詩なのだが、それだけに、読者によって受け取るイメージがまったく異なる場合がしばしばである。
 朗読は朗読者の解釈が表現されることになるから、ある意味でイメージを強制的に固定するものでもある。聞く側にとって知っている詩であれば、それが違和感をおよぼすこともある。
 しかし、文としての詩を音にすることで、そこに新しい世界が開けることは事実だ。
 優れた朗読は、作者からも読者からも離れて、そこに新しい芸術作品が創作される。
 
 過去に、優れた朗読者であり、僕自身もファンであった宇野重吉さんと岸田今日子さんがいた。ともに故人だが多く録音が残っていて、今聞いても新鮮さが失われず、何かしら新しい発見がある。
 
 原爆詩の朗読といえば、吉永小百合さんが有名だ。先日もNHKで放送された。吉永さんには『原爆詩集 八月』の推薦文もお願いした。
 彼女の平和に対する明確な姿勢は、実に尊敬に値する。若いタレントが反戦平和を唱えれば、事務所から必ずストップがかかる世の中である。反日だの共産主義だのと批判されることを恐れてだが、いまだにそんな輩がいると思うと日本とは変な国である。大女優として押しも押されぬ立場の彼女を露骨に批難する人はいない。
 
 尊敬する女優の一人だが、個人的には吉永さんの原爆詩の朗読は「?」がつく。彼女の声の質はけっして明るいものではない。そして、原爆の詩に明るいものはほとんど見当たらない。彼女独特の深く入り込む表現方法は、いささか気を滅入らせる。(個人の感想である)
 
Matsukawa2
 
 松川さんは『全国お郷ことば・憲法9条』から秋田弁を朗読してくれた。CDでは前述のN君が朗読している。
 
 
 第三部ではサロントークとして戦争体験者の発表を聞くものだが、そこに真っ先に手を挙げたのは先ほど声をかけて来たWさんだ。
 子供の頃に体験した「銃後」の暮らしの苦労話が手帳に書かれていて、それを読み上げた。彼女ともう一人発言があった。
 ただ、戦争体験は話し始めると必ず長くなる。それを主催者が知っていたのかどうか、やはり時間が足りなくなった。
 戦争体験者をなめてはいけない(笑)。
 
 開場は市ヶ谷の「パステラリア五條」というイタリアンレストランであった。ご招待だったので値段のほどはわからないが、味はなかなかのものである。
 
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広島原爆の日

2010年08月06日 | ニュース
03kinenhi
 
 今年も8月6日がやってきた。
 一昨年昨年と、広島を訪問したが、今年は東京で祈念する。
 
 今年初めて、米国大使が式典に参加するそうだ。オバマ大統領の意向だというが、アメリカではまだ原爆投下を正当化する世論が多数を占めている。
 したがって、米国大使による謝罪の言葉はない。
 しかし、米国民の多くは広島長崎の惨状を直視しようとはしない。それは、後ろめたさの裏返しともとれる。
 スミソニアン博物館での原爆展妨害がいい例である。
 
 とはいうものの、核廃絶の気運が高まるのはいい。
 しかし、アメリカが真っ先に核兵器を放棄するべきだと思うのだが。
 核を保持したままで他国に対し核廃絶を呼びかけても説得力は乏しい。
 
           ◇
 
 日本が米国の核の傘に依存することの是非が問われている。
 核の傘に頼るというのは、やくざに町を守ってもらうようなものだ。
 抗争が起きればとばっちりを受けるのは市民だ。
 
 で、若い人を交えた数人でそんな話をしていたら、一人の若者がきょとんとした顔で言った。
 「核の傘って、キノコ雲のことじゃなかったんですか?」
 周囲が一斉に固まった。
 米国による核の抑止力で日本を守ってもらうという意味であることを知らなかったようだ。
 彼にいわせると、原爆のキノコ雲が傘のかたちをしているので、その下にいて被害に遭うことだと思っていたそうだ。
 学卒で大会社の営業マンである。恥をかく前に知っておくことができてよかったかもしれない。
 
           ◇
 
 今日は、各所で原爆の詩の朗読会が行われる。
 知らせを受けてその一つを覗いてみる予定だ。
 
 それとは別の朗読会を主催する方から、『原爆詩集 八月』に掲載された正田篠枝さんの歌について問合せがあった。
 「大き骨は 先生ならむ そのそばに 小さきあまたの骨 あつまれり」
 後に編まれた歌集では「あまた」ではなく「あたま」になっているために、自分もそうおぼえていたが、初出の雑誌に合わせたのかと質問を受けた。
 それについて、以下のような回答を差し上げた。
 
  正田篠枝さんのこの歌には両意見がありまして、編集当初如何にすべきか慎重に考慮致しました。
 「あまた(数多)」と「あたま(頭)」
 「大き骨」と「太き骨」
 これらは、掲載書籍・雑誌により様々に混同されていました。
 作者が故人であり、その正確なところは確かめようもありませんが、次の理由から本書では「大き骨は 先生ならむ そのそばに 小さきあまたの骨 あつまれり」といたしました。
 
1. 『不死鳥』(昭和21年8月号)に「大き骨は先生なりあまたの小さき骨側にそろいてあつまりてある」という元歌とおぼしき作品があること。
2. 作品から、引率の先生のまわりにたくさんの子供たちが集まり、そこに原爆が落ちた情況が思い浮かぶこと。
3. 歌人の感性からして、散乱した骨の中から、頭蓋骨のみに注目することは不自然。
4. 「あまた」は「あたま」に比べて使用頻度の少ない言葉であり、印刷の際、誤読か誤植が生じたことが否定できないこと。それが校正時にも見逃されたことが、活版印刷の時代には十分あり得ること。

 以上の点から、正田篠枝さんの感性を他の作品も含めて考察した結果、本書では「あまた」を採用致しました。つまり、過去の出版物における掲載数の多少にかかわらず、より良い本にしようという編集者としての観点から、「これが正しいであろう」という判断によるものです。
 しかしこれは、「あたま」とすることを全面的に否定するだけの絶対的な根拠をもったものではありません。今後研究が進むに従い、別な結論に至る可能性も十分に残されています。したがいまして、現時点での最良の解釈をもって掲載したとご理解下さい。

 
 その後、「自分もその判断に賛成する」という主旨のお葉書をいただいた。
 
 
 このように熱心な読者を得たことは、編集者冥利に尽きる。
 
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新刊紹介

2010年08月01日 | 本と雑誌
『原典 ホ・オポノポノ』

Ho_oponopono
 
 マックス・F・ロング 著
 林 陽 訳
(坂井泉 編)
 ビオ・マガジン 発行
 定価1,995円

 この本の初出は1948年である。これまで口伝として伝えられていた「カフナ」の秘法を書物にまとめた唯一のものである。
 昨年、2冊に分冊され、編集が加えられて出版された徳間書店版を本来のかたちに戻すとともに、削除改編された個所を復活した。
 文化人類学の資料としても価値ある一冊。
 
 「カフナ」とは、ハワイの先住民の間に伝わる、伝統的な呪術師のことである。
 ハワイの先住民にとってカフナは、教師であり哲学者であり、そして医師であった。
 この本には、健康、自己啓発、人間関係の改善について、カフナがいかなる秘法を用いたかが解き明かされ、さらにまた、現代人が役立てるための実践法も書き加えられている。
 近年、この秘術を現代風にアレンジして、ビジネストレーニングや自己啓発セミナーが行われているが、そのルーツはこの本にある。
 セミナー受講生や、簡略本の読者はとくに、「ホ・オポノポノ」を正しく理解するために必読の一冊である。
 ★購入は右のおすすめ本の項目からアクセス
 
 
 
『広重名所江戸百景』
 望月義也コレクション
 
Edohyaku
 
 望月義也 著
(坂井泉 取材構成)
 合同出版 発行
 定価1,470円

 広重と言えば「東海道五十三次」があまりにも有名だが、この「名所江戸百景」には「五十三次」を超える名作が多数含まれている。ゴッホに感銘を与え、模写までさせたことはよく知られている。
 「名所江戸百景」は全部で120点あり、完全なかたちでは世界で15組しか確認されていないと言われている。
 日本では岩崎コレクションのものが有名だが、個人で全点を揃えた例は稀である。

Edohyaku2
 108景 深川洲崎十万坪

 この本は、「名所江戸百景」鑑賞の手引きとして全点に解説を付し、画家、岩本拓郎氏による「ゴッホと『名所江戸百景』」を掲載。
 また、巻末の「広重とその時代」では、広重と同時代の人気画家を紹介するとともに、時代背景についても解説する。
 江戸の災害、教育、庶民の暮らし、物価などをわかりやすく紹介した。
 
★近日発売
 
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 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
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