ひまわり博士のウンチク

読書・映画・沖縄・脱原発・その他世の中のこと

なぜ今『フィネガンズ・ウェイク』か

2010年10月31日 | 本と雑誌
Finnegans
 
 世の中には、ベストセラーと言われる中で、実は売れたほどには読まれていない本が結構ある。もちろん、蔵書しておいて必要に応じて取り出し、調査することが目的の、資料的な書物は別にしての話である。
 
 売れたのに読まれていない本の代表格が、ヨースタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界』だと言われる。ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』や『フーコーの振り子』もそういった意味で有名だ。
 『ソフィーの世界』は哲学の手ほどき書であって、まあ興味のない人には退屈きわまりない。ベストセラーだというふれこみで買ったものの、読み始めて途中で放り出したというのが実情だろう。
 小説の場合はその多くが大長編で、気力が続かなくなって挫折する。
 長編小説の多くが、物語が面白くなる前の段階が延々と長いので、佳境に入る前に飽きてしまうことが多いのである。
 しかし不思議なことに、トルストイやドストエフスキーの長編は意外に読破した人が多い。あまりに有名すぎるので、時間のある中学高校時代に読んでしまったりするためだろう。
 
 ジェイムス・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』も、日本ではベストセラーとまではいかなくても、そこそこ売れている本だと思う。この作品が翻訳されたのは、ジョイスが死んで半世紀も経ってからで、「ついに」という接頭語がつくキャッチフレーズで告知され、話題にはなった。
 
 ジョイスといえば『ユリシーズ』が有名で、こちらは1963年に伊藤整・永松定訳が「新潮社版世界文学全集」で出たので、それを読んだ。最近は丸谷才一訳が出ていて、こちらの方が読みやすいらしい。
 
 ところが代表作『ユリシーズ』をさしおいて、このところ『フィネガンズ・ウェイク』がちょくちょく顔を出す。
 テレビや新聞・雑誌のコラムで取り上げられたり、昨日送られてきた岩波のPR誌『図書』の11月号に、大江健三郎さんの連続エッセー「親密な手紙」で、「ジョイスと武満」と題し、武満徹が『フィネガンズ・ウェイク』に触発されて曲を作った話が掲載されていた。
 ただし、武満徹自身は「歯が立た」なくて読んでおらず、手紙で大江さんに講釈を頼んでのことだったそうだ。
 
 《川走(せんそう)、イブとアダムの礼盃亭を過ぎ、く寝る岸辺から輪ん曲(わんきょく)する湾へ、今(こん)も度失せ巡り路を媚行(びこう)し、巡り戻るは栄地四囲委蛇(えいちしいいい)たるホウス城とその周円。》
 冒頭からこんな調子で、延々と続く。
 
 全四巻(単行本は「Ⅰ・Ⅱ」「Ⅲ・Ⅳ」の2巻本)の大作の、第一巻を半分ほど読み進んだ頃に、言葉のジャングルに頭脳が絡みとられ、まるで富士の樹海に迷い込んだかのように右も左もわからなくなる。「ああ、この小説は、頭で考えてはいけなかったのだ。この雰囲気を感じ取るようにして読み進まなければ」と思ったとたんに、読み続けるのが嫌になってしまった。
 
 《転落(ババババベラガガラババボンプティドッヒャンプティゴゴロゴロゲキカミナロンコンサンダダンダダウォールルガガイッテヘヘヘトールトルルトロンブロンビピッカズゼゾンンドドーッフダフラフクオオヤジジグシャッーン!)》
 
 翻訳した柳瀬尚紀氏について、丸谷才一のふるったコメントが帯に載っている。
 「柳瀬尚紀さんは大のジョイス好きで、癖が昂じたあげく、つひに『フィネガンズ・ウェイク』の全訳に志した。立派である。一般に道楽は、このくらゐにならなくては本式とは言へない。この人一流の解釈と演奏のおもしろさを、存分に味わひたいと思ふ」
 
 柳瀬氏が「道楽」で翻訳したわけでもなかろうが、読む方もわからないところはさらりと流すくらいの道楽の気楽さがなければ、とてもじゃないが読みこなせない。
 
 緊急性のある書物ではないし、はたして、死ぬまでに読み終えるかどうか、心配な本の一冊ではある。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。


POSSE 8「特集 ベーシックインカム」

2010年10月30日 | 本と雑誌
Poose08
 
 先日、合同出版を訪ねたとき、『POSSE』の8号をいただいてきた。
 最新号を、ということでいただいたのだが、持ち帰ってから7号も手元になかったことに気づいた。覚えておかなければ。
 その話は、まあいい。
 
 本号の特集である「ベーシックインカム」は、最近話題になっているものの、その仕組みについて、自分も含めて詳しく知っている人はあまりいない気がする。
 一言で言ってしまうと、「ベーシックインカム」とは、所得や就労状況にかかわりなく、すべての国民を対象に、一生涯、無条件で一定水準の現金を給付する制度、ということになる。
 
 「子ども手当」はベーシックインカムに類似しているが、制限があるので異なるものである。
 
 それによって、最低限度の生活を保障する制度なわけだけれど、ここまでは新聞などを読んでいれば、あるていど把握できる。
 
 しかし問題はその先にあって、左派は喜び右派は共産主義だと言って毛嫌いするという単純なものではない。
 なぜ、財界や堀江貴文のような新自由主義的な人間が、一見社会主義的ともいえるこの制度を推進しようとするのかを考えてみる必要がある。
 
 問題の観点をわかりやすく言うと、生活保障のすり替え手段になりかねないからだ。
 一定額ということは、物価の変動や、生活に必要なものが市場に出回らなくなっても、その一定額の範囲でなんとかしろということになる。
 重大な病気にかかったからといって、余分に給付されるわけではない。
 社会保険など福利厚生は現在国の責任で行われているが、それらを「一定金額の給付で生活が保障されているのだから」という理由で、年金、健康保険などを民営化する理由になる。
 そうなるとどんな事態が派生するか。
 
 堤未果の『貧困大陸アメリカ』にるように、かえって格差を拡大することになりかねないのだ。
 ベーシックインカムという構想そのものは肯定的にとらえていいと思う。しかし、それを推進しようとする人間が、自らの利益のために利用しようとするところに問題があるのだ。
 
 今の時代、手のつけ方が非常に難しい制度であるといわなければならないだろう。
 
 
           ◇
 
 この号には、清水知子氏による、スラヴォイ・ジジェクの目を通した現代資本主義分析が掲載されている。
 面白いので詳しく紹介したいが、あまり長いブログは嫌われるので、さわりのみ記しておく。
 
 ジジェクはスターバックス・コーヒーを例に、「もはや私たちが商品を買うのは、「利便性」のためでも「地位の象徴」のためでもない。私たちが商品に求めているのは、生活を楽しく有意義にすべく「経験を得る」ことである」といい、消費の時間はそのための「上質な時間」であるべきだと語る。
 フェアトレードに取り組むスターバックスのコーヒーを選ぶということは、そんな「人を思いやる会社」からコーヒーを買うこと、これぞ「コーヒーの倫理」であり、だから「おいしいのも当然」というわけだ、と。
 
 最後の一言はまさに苦みに聞いた皮肉ではなかろうか。
 
 ジジェクの『パララックス・ビュー』はぜひ読んでみたいのだが、今は大冊に手を付ける余裕がない。そこでこの夏に発行された『ポストモダンの共産主義』(ちくま新書)を、荻窪の八重洲ブックセンターで買ってきて、机の脇において、仕事の合間にパラパラとランダムに読んでいるが、思いのほかマルクス・レーニン主義的なにおいが強い。僕自身は大歓迎だが、拒否反応を起こす人もいるのではないか。
 世の中の右傾が進んでいる反面、それに呼応するように押し返す力も現れてくる。
 実に面白い。(福山雅治ではないが)
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。


SPIRYTUS 96°

2010年10月26日 | 食・レシピ
Spirytus
 
 近所の酒の量販店で見つけたので買ってきた。
 「スピリタス」というポーランド産のウォッカで、酒精度が96度ある。つまりほとんどアルコールな訳で、酒の味はしない。
 そしてもちろん、燃える!
 
 保存は冷凍庫でギンギンに凍らせておく。といっても、アルコールそのものなのだから中身は凍らない。
 凍るのは瓶についた水滴だけである。
 
 そんな酒のどこがいい、と言われるかもしれないが、こういうのが欲しいときもあるのだ。
 
 ポーランドでは、果物をつけ込んだりして果実酒を作るそうで、そのまま飲んだりはしないらしい。
 しかし、酒なのだから、果実酒などというしゃらくさいまねはせずに、直接いきたい……ところだが、ストレートでは飲めたものではないので、庭にうんざりするほど成っている酢橘を使うことにした。
 
 まあ、これも果実酒だといわれてしまえばそれまでだが。
 
 ショットグラスにワンフィンガー。指はタテではない、ヨコ。
 そこに四半分に切った酢橘をキュッと絞り込み、カッとやる。
 ワインや日本酒ならどこに消えたかわからないほどの少量なのに、その存在感たるやすさまじい。
 喉から食道、胃に入るまで通り道がわかる。
 胃に収まったとたんに、全身がクワッとなる。
 
 クッハー!
 
 頭の疲れが一気に飛んでいく。
 
 このところ「ギャーッ」とわめきたくなるような忙しさなのだ。
 深夜12時を回ったところで、「今日はもうやめだ」と校正刷りを脇にどけ、テレビのアクション映画で頭を空っぽにしながら、強烈な酒をガツンとやるのは、手っ取り早いストレスの解消になる。
 
 しかし、気をつけないと胃をやられるし、食道がんの危険もある。
 まあ、ほどほどにしておくことにする。
 
 ポーランドと言えば、第二次大戦中はナチスに侵略されて、オシフィエンチムにあの悪名高いアウシュビッツ収容所が建設された。
 ナチスの兵隊たちはこの強い酒をどうやって飲んだのだろうか。

◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
 *コースにより、お待ちいただく場合があります。
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。


姫岡国独資

2010年10月25日 | 本と雑誌
Himeoka

 「九条改憲阻止の会」が、姫岡玲治の「日本国家独占資本主義の成立」を復刻したと言ったきたので、いささかばかばかしい値段と思いつつ同封の振り替え用紙で2000円を送ったら、そう待たずに送られてきた。
 
 おまけとして、姫岡が東大在学中に執筆した論文「民主主義的言辞による資本主義への忠勤-国家独占資本主義段階における改良主義批判」のコピーが同封されていた。
 「ブントの武器になったもう一つの論文」だという一筆が添えられていたが、実はこちらの方が有り難かった。
 1959年に『共産主義』という雑誌に掲載された論文で、後年読んでみたいと思ったものの、探しかたが悪かったのか、未整理だったのか、国会図書館でも見つからなかった。(今はどうか知らないが)
 
 姫岡玲治はこの論文と今回復刻された「日本国家独占資本主義の成立」とをあわせ、「姫岡国独資」として、60年安保当時のブント(共産主義者同盟)にとっての理論的柱になったことは、全共闘世代の誰もが知る。
 
 姫岡玲治という名前は知らなくても、本名の青木昌彦なら知っている人は多いと思う。
 もし日本人でノーベル経済学賞を受賞するとしたらこの人だろうと言われる人物である。
 青木昌彦といい山本義隆といい、東大全共闘出身にはとんでもない人間がいる。

Nikkyovskaido

 この日、かねて注文してあった『日本共産党VS.解放同盟』(筆坂秀世+宮崎学)も届いていた。
 姫岡論文は多忙の折りちょっと面倒くさそうなので、こちらから先に読むことにした。
 
 共産党と解放同盟が「蜜月」状態であった時代をよく知らない。芝居をやっていた当時、劇団三十人会が「日本の教育1960」という同和問題をテーマにした公演があって、劇団としては解放同盟にずいぶん協力してもらっていた。
 共産党系の問題研究所は「差別を根源からなくそうとは思っていない日和見主義」であると言われていた。
 わかりやすく言えば、共産党は「みんな忘れかけているのだから、ほじくり返す必要はないではないか」という方向で、解放同盟は「差別は資本主義社会の中に根強く存在する」のだから、差別の根源を追求して根本からなくしていこう、という方向に見えていた。
 
 差別については、若い頃からぽつぽつと勉強してきたつもりだが、それはあくまでも解放同盟側の資料に頼っていて、そのために、共産党との対立の構図についてはあまりよくわかっていなかったのだ。
 
 筆坂は共産党を離党しているし、宮崎も元共産党のあばれもので、共に保守に寝返っている。
 宮崎は『近代の奈落』(2002年、解放出版社)を出版して、自身民だと言っているようだが事実ではない。
 この本が役に立つかどうかわからないが、まあ、どんなむちゃくちゃが書いてあるか、という意味で楽しみではある。
 
 
 ときどき当オフィスにやってくる解放同盟のU君は、最近スキンヘッドにして若返った。
 スキンヘッド仲間がまた一人増えた。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
 *コースにより、お待ちいただく場合があります。
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。


「Mac OS X10.7 Lion」だとさ

2010年10月21日 | デジタル・インターネット
Apple1
 
 先日、新しいMacを購入したばかりなのに、今日21日、Appleが新しいOSを発表した。
 来年の夏発売らしいが、相変わらずの抜き打ちでユーザーを馬鹿にしていること甚だしい。
 
 次々に新機種を発売して買い替えを促そうという腹なのだろうが、嫌われる寸前(もう嫌われているだろうが)のことを平然とやる。
 金儲けのためにはなりふり構わない、何とも嫌らしい根性が垣間見える。
 
 Mac OS X10.7 LionはiPadなみのフルスクリーンモードが売りだそうだ。
 まあ、仕事上は必要のない機能だ。
  【詳細はここ】
 
Apple2
 
 OSは新しければいいというものではない。
 OSを新しくすると、これまで使用していたアプリケーションや、プリンター、スキャナなどの周辺機器のドライバーが使えなくなる可能性がある。もちろんそれに合わせて対応するドラーバーなどのほとんどはネット上でダウンロードできるはずだが、メーカーの対応が間に合わないこともあるのだ。
 
 たとえば、今使用中のキャノンのスキャナ・ドライバーは、10.6には対応しているものの10.6.4には対応していない。
 (10.6シリーズでさえ間に合わないうちに、どんどん新バージョンが出て、キャノンは対応しきれるのだろうか?)
 極端な場合、ハードそのものが使えなくなることもある。
 したがって、「それっ」とばかり飛びつくとえらいことになるのだ。
 まあ、仕事に支障が出るまでは、無視することにする。
 
 Appleは、OSに、Cheetah、Puma、Jaguar、Panther、Tiger、Leopard、Snow Leopard、 Lionと、ネコ科の動物の名前を付けてきた。
 今回Lionにしたということは、これ以上のネコ科はいないので、OS Xシリーズそのものが終わるのだろうか。
 
 OS9からOSXになったとき、これまで使っていたアプリケーションも周辺機器も、さらにはフォントまですべて入れ替えなければならなくなった。
 「Mac OS X v10.0 (Cheetah)」発売から来年3月でちょうど10年、なんだか嫌な予感がする。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
 *コースにより、お待ちいただく場合があります。
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。


言っておきたいこと

2010年10月20日 | 日記・エッセイ・コラム
●チリ落盤事故
 「チチチ、リリリ」の叫びとともに、地下に閉じ込められた33人の作業員全員が69日ぶりに救出された。
 国家レベルで救済にあたり、近年まれに見る美談として世界中に報道された。
 だがこれは、本当に美談だったのだろうか。
 作業員の安全に会社が万全を尽くしていれば、ハナからこのような事故は起こらなかったのではなかろうか。
 
 日本でも似たような事故が過去に起きている。
 1984年の北炭夕張新炭坑事故である。坑内に53人の安否不明者を残したまま、会社は消火のための注水作業を行った。
 人命を重視したチリと軽視した夕張の対応は、真逆に比較対照された。
 だが、そうだろうか。
 基本的には同じではなかろうか。チリでは閉じ込められた作業員全員が助かったが、それはドリルの先にくくりつけられた手紙によって、生存が確認されたからこそではなかったのか。もしそれがなかったら、本気で安否を確かめ救おうとしただろうか。
 夕張では、「わからなかったから」会社を守るために59名を犠牲にした。救出するための莫大な費用を負担するわけにはいかないと考えたからだ。
 チリでも、生存が確認されていなければ、絶望と見て救出作業は行われなかっただろう。
 2ヶ月以上に及ぶ救出作業で、鉱山は休山。仕事を失った従業員が給料の支払いを求め、会社は莫大な負債を抱えることになった。
 結果、会社は倒産した。
 救出作業などしたくなかったというのが、本音ではなかろうか。
 
 資本主義社会では、人命よりも経済が優先される。
 その経済とは、究極的に国の支配者と資本家を守ることなのだ。
 
●どっちもどっちの尖閣列島問題
 先日、秋葉原にコンピュータの部品を買いにいったとき、昔懐かしいデモ行進のシュプレッヒコールが聞こえた。
 近づいてくる隊列を見ると、何か雰囲気が違う。
 先頭は赤旗ではなく、旧日本軍の軍旗である旭日旗だ。
 右翼のデモである。
 「五星紅旗を掲げるオノデンとソフマップを倒産に追い込むぞ~!」
 例の強面の声ではなく、女性の声である。まるで、メーデーのときの日本共産党のデモのようだ。
 しかしこれは、右翼のデモだ。
 
 「尖閣列島問題」は、昨日今日始まったことではない。1960年代に東シナ海の海底に、広大な天然ガス田と油田が存在するという可能性が判明してから、この小さな島が脚光を浴び、日中両国が所有権を主張し始めた。
 
 仲良く分け合えばいいものを、なぜか強行に所有権を主張し合う。
 「大地はみんなのものだ」と言うチーフ・シアトルの言葉通り、地球は誰のものでもない。所有権を主張する方が不自然なのだ。
 地球に埋められている宝物を、奪い合うこと自体が愚の骨頂だ。環境を考慮しながらみんなで分ければいいと思うのだが。
 
 中国もおかしい。革命のときの純粋さはどこにいった。1960年代、日本に来る中国人は誰もが礼儀正しくまじめだった。
 しかし、最近日本に来る中国人は傍若無人、行列には割り込む電車の中で大声で電話する、マナーも何もあったものではない。
 周恩来が死んでからの中国はめちゃくちゃだ。江沢民以降の中国は資本主義の悪いところばかりを取り入れている。これはもう、共産主義国家ではない。
 
●明るい話もある
 ファシスト杉並区長の山田宏が国会に出ると言ってトチ狂ったおかげで、民主党の田中良が区長になり、これまでの山田区政(臭せえ)を全面的に洗い直すと言う。
 10年後の減税を見据えた基金などという、現実性に乏しい予算の無駄遣いも撤廃し、悪名高い扶桑社の歴史教科書も採用されなくなるだろう。
 これからの活躍に期待したい。
 
 ただし、山田区長も1期目はそれなりによく見えた。再選されてから態度が180度変わった。
 田中区長もそうならないように、しっかり監視する必要はある。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
 *現在満席です。ただし、スケジュールによっては配慮できる可能性がありますのでご相談ください。
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。


ン十年ぶりのオフィス機器大改訂

2010年10月18日 | 日記・エッセイ・コラム
Pc2
 
 さすがに、もうこれまでと覚悟を決めて、オフィスのコンピューター(マッキントッシュ)のバージョンアップを行った。
 
 実は、これまでずっと(20年以上も)「クォークエクスプレス」という編集ソフトをメインで使っていた。
 
 現在主流になっているOSV10ではなく、クラシック環境のV9で稼働するタイプのソフトだ。
 しかしここ数年のあいだに、ADOBEが開発した「インデザイン」にメインの座を奪われてしまった。
 まして、クラシック環境そのものが少数派で、原稿もイラストもV10で作られているために、使用アプリケーションによっては読み込めなかったりする。
 
 これまでは、いくら他の業者が「インデザイン」を使っていたとしても、作業の当初から印刷所への入稿まで一貫してやっている以上、大きな支障はなかった。
 
 クラシック環境にこだわっていたのにはいくつかの理由がある。
 黒澤明がカラー時代に入ってもモノクロにこだわっていたのは有名な話だ。
 カラーになると虚構の世界と現実との境界が曖昧になって、観客を夢の世界に誘い込みにくくなるからだそうだ。
 自分がクラシック環境にこだわったのも……と言いたいが、黒沢とはまったく意味が違う。
 
 最大の理由は慣れである。板前が研いで研いで短くなった古い包丁をいつまでも手放せないのと似ている。
 もう一つは周辺機器の充実度で、それをすべて入れ替えると、思い通りに機能するかどうかわからないので、作業上支障を来しかねない。
 
 一言で言えば、V9からV10にすることで、これまで慣れ親しんできた周辺機器がすべて使えなくなる、ということだ。
 もちろん費用もかかる。だから、簡単なことではない。
 
 しかし、ここにきて急速に風当たりが強くなってきた。
 その一番は校正出しである。
 これまで、印刷したものを校正紙として送っていたが、PDFデータで送ってくれというのが多くなった。
 こうすれば、配送費はかからないし、コピーの費用も節約できる、というわけなのだ。
 
 インデザインなら書類が簡単にPDFに変換できる。しかし、クォークエクスプレスの書類データをPDFに変換するのは容易でない。
 
 追い討ちをかけるように、先日、再編集を頼まれた本の原稿が、インデザインで作られていた。
 それも、比較的新しいバージョンを使っていて、開くことができず、テキストの取り出しを人に頼んだ。
 
 極めつけは、某出版社の仕事が、よそにとられかけている。
 編集技術は自分で言うのもなんだが、1級品である。
 しかし、安さと便利さに負けることがある。
 西友の弁当が売れる理由と似ているかもしれない。
 (インデザインを導入すると言ったら、まだ予定の段階なのにドーンと仕事が来た)
 
 つまり、バージョンアップをしなければならない、ぎりぎりの状態にきたということなのである。
 
Pc1jpg
 
 これまで使っていたレーザープリンターは、購入時の価格は30万円以上もしたが、V10では稼働しない。
 で、買い替えた。
 
 はじめてコンピュータを仕事に導入した20年以上前はは、PC1台とプリンター、スキャナなどで300万以上もかかった。
 そのPCもハードディスクが125MB(ギガではないメガだ)、モニター一体型で14インチ程度の、今ならおもちゃにもならない代物だ。
 ページプリンターのマイクロラインが80万円もした。
 
 2台目はクアドラというばかでかいPCで、立ち上がるときのジャーンという音が和音になっている。
 これも、割引価格で60万円。
 このクアドラ、本体が重くてでかいが、中身はすかすかの空洞だらけで、こけおどしである。
 しかも、鍵がついていて、これがないと立ち上がらない。
 
 今回買い替えたカラーレーザーのページプリンターは5万円ほどである。
 しかもスピードが速い。
 
 弁当箱みたいなマックミニはクアドラの数十分の一の大きさで、性能は数百倍。価格は十分の一。
 
 ばかばかしいったらない。
 
 編集ソフトを「インデザイン」に買い替えるだけでなく、3つの基本ソフトのあと2つ、「イラストレータ」と「フォトショップ」も買い替えなければならない。
 今はこの三つがセットで売っている。
 クォークエクスプレスが20万以上もしたことを考えるとずいぶん安くなった。
 (訳あって、購入価格は非公開)
 
 これまで、クラシック環境のPCを2台と、V10を1台使ってきたけれど、その1台のV10は、V10.4という古いもので、最新のアプリケーション(CS5)には対応していない。
 新しくマックミニを1台買って、V10.4のPCはV10.6にバージョンアップする。
 
 ちなみに、V10.5とV10.6はさほど違いがないらしいが、V10.4とV10.5ではまったく世界が違う。したがって、V4では使えていたアプリケーションのうち、どれかが使えなくなりそうで、びくびくしながらのバージョンアップだ。
 
 で、問題が起きた。
 V10.4のPCにV10.6のOSをインストールしようとしたら、RAMメモリーが足りないと出た。
 急遽、秋葉原に飛んでいって、増設してもらう。
 ついでに、すべてのPCと周辺機器をLANでつなぐために、HUBとケーブルを買ってきた。
 
 知らない人は、バージョンアップというからには良くなると思い込んでいるかもしれないが、すべてが良くなるとは限らないのがコンピュータだ。
 古い環境にこだわるのはそうした理由もある。
 
 最終的に、最新ソフトが使えるV10.6のPCが2台、古いデータも開くことができるように、V9のクラシック環境のPCを2台、合計4台で再スタート。
 まだフォントやスキャナのドライバーなど、未解決の問題がいくつか残っているが、まあ仕事ができる状態にはなった。
 
 結局、この土日は、セッティングですっかりつぶれた。
 タイガースを応援している暇がなかったので、やっぱり負けた。
 
 仕事をするよりも、なんだかとっても疲れた。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
 *現在、1名空きあり。定員オーバーの場合、お待ちいただく場合があります。
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。


「けーし風」68号

2010年10月12日 | 本と雑誌
Kehshikaji68
 
 「けーし風」の最新号が先日届いた。
 相変わらず、「やや遅れ」のペースだ。
 振り込み用紙が挟まれていて、定期購読期間が切れたらしい。
 近日中に2年分、4000円を振り込んでおこう。
 
 今号の特集は「元海兵隊員の言葉から考える」と題し、アメリカの海兵隊に所属していた日本人兵士の講演記録が掲載されている。
 講演のすべてではなく、編集されかいつまんだ内容になっているので、編集者の意図が影響されてしまうのは否めないが、それでもおおかたの雰囲気はわかる。
 
 鳩山前首相が、マニフェストを覆して「学べば学ぶにつけ、海兵隊のみならず沖縄の米軍が抑止力を維持しているとわかった」などと、いったい何を学んだのか、とつっこみたくなる馬鹿な発言をしたことは記憶に新しい。
 
 そこで、当の海兵隊員たちは、自分たちの役割をどう思っているのか、この記事は大変興味深い。
 
 高梨公利氏は23歳で海兵隊に入り、4年間務めた。1995年から半年間、沖縄のキャンプ・ハンセンに所属し、この年の9月に「少女暴行事件」が起きた。
 この事件を重く受け止めた海兵隊員はほとんどいなかったという。
 何か事件が起こるたびに、上官からモラルについての訓示があるが、誰も真剣に聞かない。
 外出禁止になっても、「馬鹿な奴らが面倒なことをしてくれた」くらいにしか思っていない。
 デモの声も、基地の内部までは届かない。
 フェンスの内と外で、非常な温度差を感じる。
 
 基地の存在には、やはり利害が大きく影響している。というよりも、金儲けのために基地が存在していると言っていいようだ。
 「思いやり予算」で自分たちの腹が痛まないから、夏には誰もいなくても宿舎のクーラーはつけっぱなし。本国でそんな贅沢はできない。
 兵士たちは快適な環境に「ラッキー」くらいにしか思っていないのだ。
 「世界でもっとも気前のいい国、日本」の優雅な環境を満喫している。
 
 抑止力についても、高梨氏は疑問を呈する。
 「緊急時に出動するのは世界の海でパトロールしている部隊であって、沖縄の基地からは出動しない」
 「北朝鮮の危険性について言われるが、戦争はとてもお金がかかること。貧しい北朝鮮が仕掛けてくるとは思えない」
 鳩山元首相の「学ぶにつけ」発言は、「基地でもうけている」人間ども(もちろん、日本人も含めて)から圧力をかけられたことが目に見えてくる。アメリカ政府の脅しに加え、外務省か経団連か。
 
 僕は以前、このブログで述べた記憶があるが、高梨氏も、アメリカが常に戦争を続けていなければ成り立たない国家であることについて、同じように証言している。
 「アメリカの軍事産業は大きくなりすぎて、停止させることはアメリカ政府にとって困難になってきている。お金を回すためだけ、自分たちの軍事産業を守るために戦争をしている」
 「アメリカ政府は戦争を始めるとき、常に都合の良い理由を作り出す。テロも、もともとはアメリカ政府が問題の種をまいた。でっち上げの感は否めない。最近の韓国軍の哨戒艦の攻撃に関しても、アメリカの演出だったとしても驚かない。2001年に9.11が起きたときも、「うわ、今回は大掛かりなことを(アメリカが)したな」という気持ちさえ持った」
 9.11に「ブッシュの戦争」を疑う有力な日本人が、きくち・ゆみの他にもいた。
 
 高梨氏は、アメリカが沖縄に駐留しているのは、「(思いやり予算という)金が入るから」だという。これも同意見だ。
 真っ先に蓮舫に仕分けしてほしい分野なのだが。
 「思いやり予算」こそ「一番である必要」はない。
 
 前述の「パトロール説」が事実なら、極東の安全を保つために、沖縄に米軍が駐留する必要はない。まして「抑止力」というものは戦争が起きないようにする力のこと。「戦争をふっかける」アメリカが、戦争を抑制するなど、あきらかに矛盾している。
 つまり、沖縄の米軍は「戦争を防ぐ」ために存在しているのではなく、「戦争をする」ためと金儲けのためなのだ。
 本文にもあったが、この記事は本当に民主党議員に読ませたい。
 しかし、読まないだろうし、読んでも素直に受け入れないだろう。
 受け入れてしまったら、菅総理以下民主党のアイデンティティは崩壊する。
 いや、崩壊しても受け入れてもらわなければこまる。
 
 高梨氏の発言は、海兵隊に所属する兵士たちのリアルな姿を浮き彫りにすると同時に、米軍の本音が垣間みられる点で大変興味深い。反面、この記事をまとめた宮城公子さんも言っているが、賛成できない部分も多々ある。
 「沖縄で犯罪を犯す人間は元々そういう人間で、軍隊に入らなくてもいずれは罪を犯す」というような決めつけは、究極的に差別につながる。
 さらに、「独立国は自国を守る権利がある」ということを高梨氏が言うと、ナショナリズムのにおいがする。
 「自由は身体的犠牲の上に勝ち取られたものが、世界ではほとんどだ」と武力行為を肯定するような発言に至ってはなおさらだ。
 
 好意的に見れば、自衛隊から海兵隊と、長い軍隊経験から、彼の中に自ずと染み付いたナショナリズムと戦いつつ、彼自身の内部矛盾と葛藤しながら、彼は伝え続けているのだと思う。
 しかし皮肉なことに、高梨氏の内部からその葛藤が薄れたとき、真実の海兵隊の姿も薄れていくのかもしれない。
 
リンク→Sightsong元海兵隊員の言葉から考える
 『ケーし風』購読はこちら→BOOKS Mangroove(ブックス・マングルーブ)
 また、新宿模索舍でも販売。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
 *現在、1名空きあり。定員オーバーの場合、お待ちいただく場合があります。
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。


川上弘美『真鶴』

2010年10月10日 | 本と雑誌
Manaduru
真鶴(まなづる)
川上弘美 著
文藝春秋 刊
 
 朝日新聞の「ゼロ年代の50冊」という企画に選ばれた一冊。
 1位にジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』を据えたあの企画である。
 企画そのものは僕にいわせれば玉石混淆。「確かに」と納得する作品もあれば「なんでこれが」と首を傾げさせられるものもある。
 
 だもので、なんで川上弘美の『真鶴』なのか、これが10年間に出版された膨大な本の中からベスト50に選ばれたというのも、実はよくわからない。
 
 悪い作品ではない、むしろ傑作である。しかし、だからといって、それほどのものか、とも思う。
 だが、美しい魅力的な作品である。
 2000-2009年のベスト50かどうかはともかく、推薦することに躊躇はない。
 
 川上弘美という作家は、ずっと以前から気になっていたものの、1冊読んでしまったら最後、取り憑かれそうで怖かった。
 内田百閒の影響を濃く受けている彼女の作品は、その向こうに内田百閒が生きているのではなくて、内田百閒そのものが「今ここ」に、21世紀に、今風の感性を持って存在している、と思わされてしまいそうな怖さがあるのだ。 
 本来遠くにあるものが、突然目の前に現れてしまったら、誰だって混乱する。
 
 僕の内田百閒好きは、古本屋の店頭ワゴンで見つけた裸本の『阿房列車』にはじまって、映画『ツィゴイネルワイゼン』とその原作『サラサーテの盤』ですっかり確立してしまった。
 
 なぜ好きかというと、それは、「へん」だからである。
 内田百閒の師匠である夏目漱石には「へん」なところがない。しかし内田百閒はまぎれもなく「へん」なのだ。
 
 そして、川上弘美も「へん」であって、その「へん」さが内田百閒とあきらかにオーバーラップしている。それなのに別物であるから、ややこしい。
 
 僕は「弁証法的唯物論」の家庭に育ったものだから、どうしても目に見えないものを素直に信じることができない。
 かといって、頭から否定もしない。世の中には科学で説明できないものがあってもよいではないか、と思うし、実際説明できないものがたくさんある。
 医学一つとってみても、治療法も原因もわからない難病といわれる病気が何百もある。
 
 科学を信じないわけではない。むしろ頼っている。
 代替医療だの自然療法だのと、人から勧められても、拒否はしないが信頼もしない。
 まして祈祷やおまじないで病気が治るなど、てんで信じていないし、それで治ったという人の話も聞いたことがない。
 
 しかし、精神や意識の世界となると、これは摩訶不思議である。
 「自分」はなぜ「今ここ」にいることになったのか、江戸や明治でないのはなぜか、アフリカやヨーロッパでないのはなぜか、誰が選んだのか。
 こればかりは誰に聞いてもわからない。 
 すべてを支配する宇宙存在の指令によって割り振られたとか、天界で悪さをしたものだから、神様によって地上に降ろされて修行させられているという話もあるが、子供を脅かす話としては面白くても、いい大人が疑いもなくそんなことを信じていたら、アホである。
 
 わずか1キロや2キロの脳で考えたことが、世界を覆すほどの影響を及ぼすこともある。
 不思議である。
 自然界にはまだ解明されていない不思議なことがあっておかしくないと思う。
 同時に、すべてが解明されてしまったら、この世の中はなんと味気ないものになってしまうだろうとも思う。
 いくら科学が発達しても、少しは「わからないこと」をとっておきたいものだ。
 
 いわゆる精神世界と呼ばれる分野の本の翻訳者として名高い某氏は、自身では精神世界などほとんど信じていないという。
 「抵抗ないですか、翻訳してて」
 「だって、面白いじゃないですか」
 おおかた、そんなものである。
 
 てなわけで、「そんな世界があったら、それもまた面白いじゃないか」というような気持ちで、「妖かしの世界」を楽しんできた。
 先日も、岩波文庫の江戸怪談集を古書店で手に入れた。
 
 泉鏡花や上田秋成、京極夏彦なども結構好きだ。
 内田百閒も川上弘美も、乱暴な分類をすればその仲間に入るような気がする。
 
 以前(2008年4月29日)の記事で、川上弘美が生まれてはじめて買った百閒が『鶴』だったと紹介した。
 そこで、「へ、へんなものを、み、みつけちゃったよ」とびっくり仰天したのが、どうやら川上弘美の内田百閒化の始まりだったらしい。
 
 前置き(言い訳)が長くなった。で、『真鶴』である。
 この本も、多少頭を柔らかくして読まないと混乱する。
 「これはいったい何の隠喩だろうか」とか「主人公の妄想と現実をどこで分けるべきか」などと分析し始めるとますます訳が分からなくなる。
 そのままストレートに読めばいい。
 
 

 京(けい)の夫礼(れい)は娘の百(もも)が生まれてほどなく失踪する。
 生死不明のまま十数年が経ち、「いないのに近い」夫の存在を体の片隅に残したまま毎日を送る。
 夫の残した日記に書かれた「真鶴」という文字に惹かれ、目的もなく何度も真鶴を訪れる。実際には三回。
 
 真鶴に行くと、京が行く先々に「女」がついてくる。その女は京にしか見えず、語り合いながら日常と、「よくわからないもの」の棲む異界を往き帰する。
 
 「ついてくる女」は京自身でもあり、妖かしでもある。
 この「女」は内田百閒の『鶴』(自分についてくる鶴)にかさなり、真鶴は『ツィゴイネルワイゼン』の彼岸に重なる。
 『ツィゴイネルワイゼン』では彼岸と此岸が切り通し(鎌倉の「釈迦堂切り通し」がロケ地)で区切られているが、『真鶴』では切り通しと同じ役割を交通機関が担う。
 
 そう、京は此岸としての日常と、彼岸としての真鶴をバスや電車で往き帰しているのだ。
 
 この小説は、真実がわからない小説である。夫の失踪の原因を、不倫の果ての逃避行ともとれるが、それも京の想像の域を出ない。
 夫の礼は実際どうなっているのか、それも不明のままだ。
 生きているのか死んでいるのか。もしかすると京が殺したのか。
 わからない。
 京の喉元に引っかかるものは、単に観念的なものなのか、それとも彼女の未来を暗示する食道がんなどのシリアスな存在なのか。
 
 夫が失踪してからの京は、生活のためにライターを始めてから親しくなった編集者の青茲(せいじ)と、長い愛人関係にある。彼には妻と三人の子供がいる。
 とても近いはずなのに、夫の礼ほどの近さを感じられない。
 青茲は自分が礼の代わりにされていることを認めながら、京を優しく包み込んでいる。
 あるとき、京の夫の実家を二人でおとずれ、そこで京の体から礼が離れずにいることがわかったとき、青茲は京に小説の創作を勧め、元の編集者とライターの関係に戻そうとする。
 
 青茲や礼とのベッドシーンは、短い言葉で綴られているのに、艶かしく淫靡である。
 「した」…「はいった」…「流れ出ないようにすぼめて」…
 心地よい「嫌らしさ」がにじみだしてくる。
 
 京という女性一人を通してみた一人称的な文体は、センテンスが短くてひらがなが多い。しかし、決して読みにくくはない。それが京のつぶやき、心の中の言葉だと感じさせる効果がある。
 ところどころ接続助詞を省いた、こなれていない文章にかえってリアリティを感じさせる。
 
 読み終わって、やはりもう一冊読みたくなった。
 しかし、もう一冊読んでしまったら、この妖しい世界から離れられなくなりそうだ。だから、間を置くことにする。
 
リンク→「へんな本 内田百閒・稲垣足穂」
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
 *現在、1名空きあり。定員オーバーの場合、お待ちいただく場合があります。
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。



「ドームラン」って何だ?

2010年10月09日 | 野球
Photo
 
 「ドームラン」という言葉があるそうだ。
 ジャイアンツファンのアシのYから聞いた。
 東京ドームでは平凡な外野フライがホームランになることが多い。そのために、東京ドームでなければホームランにはならないようなホームランをそう呼ぶ。
 
 東京ドームは1988年に開場した日本初のドーム球場で、後楽園競輪場の後に建設された。
 両翼100メートル・中堅122メートルで、公認野球規則には適合しているものの、もともと限られた敷地面積に、商魂逞しい後楽園がスタンド(観客席)を広く取ったために、左中間・右中間が他球場に比べ110メートルと極端に狭い。
 甲子園や神宮など、日本の一般的な野球場の多くは扇型だが、東京ドームのフィールドは正方形に近いためだ。
 
 扇形のナゴヤドームと比べると、中堅・両翼までの距離はほぼ同じだが左中間・右中間は6 - 8メートルほども狭くなっていて、しかも東京ドームの外野フェンスは4mと低く、総じてホームランが出やすい。
 
 また、フィールドの狭さに加えて、ドームを膨らませるための空調も、たびたび疑惑の対象になっている。
 
 ドームの中は気圧が高いので、逆にボールが飛びにくいはずなのだが、他球場なら平凡な外野フライの当たりが、東京ドームではホームランになったと証言する選手は少なくない。
 36台ある空調用のファンの風が影響しているとの説もある。
 職員がホームチームの攻撃のときだけ、ホームから外野に向かって強力な送風機で風を送っている、などの、嘘みたいなうわさもあったが、これはアメリカのドーム球場で実際にあったことだそうである。
 
 外野フェンスとフィールドの狭さ以外は、いずれも科学的な根拠はない。しかし、今シーズンホームラン王のラミレスは49本のホームランを打ちながら、甲子園ではわずかに1本。新若大将の坂本は31本のホームランのうち、東京ドームでのホームランが23本もある。
 これはいくらなんでも極端過ぎ、きちんと調査する必要があると思うのだが、まあ、ジャイアンツが調べさせないだろう。

 事実、東京ドームがホームランの出やすい球場であることは間違いなく、公式戦の半分近くを、この球場でプレイする読売ジャイアンツのホームラン数が断トツというのは当然といえば当然。
 
 ちなみに、かつて阪神タイガースに所属していたジョージ・アリアスは、「東京ドームは大好きだ、つまった当たりもホームランになる」といっていて、実際、バットを折りながらレフトスタンドに運んだこともあった。
 
 やっぱり、狭さ以外に何らかの理由があることは否定できない、と思う。
 
 
 
 
2
 
 一喜一憂。
 諦めかけていた甲子園球場でのCS開催がころがりこんできた。
 巨人‐ヤクルトの最終戦、巨人は勝てば2位決定で、一時は4-1とリードしていた。
 両軍の戦力から鑑みて、巨人の勝ちは決定的と思っていたら、6回に畠山の2ランで1点差になった。
 巨人は逃げ切りをはかろうと、リリーフピッチャーを小刻みにつないで、9回は抑えのクルーン。
 ところがお約束の乱調で、9回表2アウト-2ストライク-3ボールから、畠山にタイムリーを打たれて同点。
 あと一つストライクをとれば試合終了だったのに、である。
 
 延長10回には、クルーンの後を継いだ高木が、打率1割8分台の川本に、今シーズン2本目のホームラン(スリーラン)を浴びて大逆転負け。
 
 「川本! 畠山! 大阪に来い! 何でもおごったるで!」
 阪神ファンの声である。
 
 負けた巨人は3位が確定。東京ドームでのCS開催権を失った。
 営業はさぞかしがっかりしているだろう。すでに前売り券を売ってしまっているから、返金しなければならない。
 2位と3位では、興行的にも雲泥の差なのだ。
 
 ホームランの出やすい東京ドームを離れ、甲子園で巨人が勝ち越すことは「99パーセント無理」(達川氏談)だといわれる。
 「1パーセントの確率で勝ったら、その勢いで日本一まで行くだろうね」とも。
 
 しかしまあ阪神は、巨人には勝ったとしても、ナゴヤドームの中日にはめっぽう弱い。
 こんな予想はしたくないが、やっぱり日本シリーズは中日だろう。それこそナゴヤドームで中日に勝ったら、日本一まちがいない。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
 *現在、1名空きあり。定員オーバーの場合、お待ちいただく場合があります。
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。


消しゴム

2010年10月05日 | 日記・エッセイ・コラム
Eraser1
 
 子供の消しゴムがないとカミさんが言ってきたので、最後の買い置きを譲った。
 思えば、自分のために買い置きをしておいたのに、全部子供にとられてしまった。
 それでも、周りにある消しゴムを集めたらこれだけあった。
 
 子供というものは、消しゴムを本来の目的の字消しとして使うだけではない。
 小さなスーパーカーを作って、シャープのノックではじいて競走させた経験はないだろうか。
 嫌な教師を殴り飛ばす代わりに、鉛筆で消しゴムをぐさぐさ刺してストレスを発散させたこともあるだろう。
 向こうの席でよろしくやっている同級生カップルに、消しゴムを投げつけて知らん顔をしたりもするだろう。
 つまり、子供にとって消しゴムはおもちゃでもあり、武器でもあるのだ。
 
 そして、そんな子供たちの想像力を商品化したのが「キン消し」だ。キン消しはすでに消しゴムではない。
 まあ、その話は今度にする。
 
 話を戻せば、消しゴムを消しゴムとして使っているだけなら、そうそうなくなるものではない。
 だものだから、消しゴムの買い置きなど最初からする必要はなかったのだ。

 

Eraser2
 
 
 この消しゴムはステッドラーの製図用消しゴムで、いつから使っているものか忘れたくらい古い。
 以前、ステッドラーのカタログを作っていたときに、撮影用の見本としていただいたものの一つである。かれこれ20年以上は使っていることになる。
 STAEDTLER MARS PLASTIC GRANDという製品で、今は廃番。数年前、新品を買おうと思ったが遅かった。
 
 でかいので、紛失しにくい。しかも減り方が遅い。だからいつまでも手元にある。
 あまりにも長持ちするので、これでは商売にならないと廃番にしたのではないかと勘ぐってしまう。
 
 専門用でなければとんでもなく大きい消しゴムもあって、消しゴム版画家のナンシー関さんが使っていた中には、単行本くらいの大きさのものがあったそうだ。
 しかし、消しゴムの本来の用途としては使いにくいだろう。
 
 仕事で使う消しゴムは大きければいいというものではない。使いやすくカスの少ないものがいい。そういった意味でもGRANDはナイスだ。
 復刻しないものだろうか。
 
 仕事柄消しゴム遍歴は長かった。「電動字消し」というのがあって、電動歯ブラシのようなものなのだが、先端に太さ3ミリ、長さ2センチほどの円柱状の消しゴムを差し込んで使う。
 知り合いの建築士が使っていたのを見てこれは便利だと思ったのだが、いちいちスイッチを入れたり、勢い余って消したくないところまで消してしまったり、大きくて邪魔だったり、思いのほか不便だった。
 邪険にしているうちに故障して動かなくなったので捨てた。
 替えの消しゴムだけが未だに残っている。
 
Eraser4
 
 スティック型の消しゴムも使ったことがある。これは直径一センチ、長さ10センチほどの消しゴムがホルダーに入っていて、シャープペンシルの要領で繰り出して使う。
 だからなんだ? という程度の物である。
 思いのほか減りが速くて、最初から入っていた一本目がなくなったとき、替えゴムを買うまでもないと使うのをやめた。
 
 で結局、オーソドックスな定番品ということになって、GRANDを20年も使うことになったわけだ。
 
 
 ところで、消しゴムというと、いささかネガティブなイメージがつきまとう。
 韓国映画の『私の頭の中の消しゴム』は若年性アルツハイマーがテーマ。
 テレビドラマには、忘れたい過去を消してくれる「消しゴム屋」なるものもあったし、「消しゴムお亜季」なんていうのもいた。
 
 今の時代、政治屋さんたちが最も欲しいものが、「過去を消す消しゴム」ではなかろうか。失言、暴言、失態、スキャンダル。
 もしそんな便利な消しゴムがあったら、鳩山由紀夫は総理大臣を辞めずに済んだろうし、遡って麻生太郎などは、いくつあっても足りなかったろう。
 今そんな便利な消しゴムを一番ほしがっているのは、小沢一郎かもしれない。
 もっともこの人の場合、一度消したところに再び同じことを書きかねないが。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
 *現在、1名空きあり。定員オーバーの場合、お待ちいただく場合があります。
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。



煙草をやめる唯一の方法

2010年10月01日 | 日記・エッセイ・コラム
Tabaco
 
 10月1日からタバコが一斉に大幅値上げされた。今は(基本的に)煙草を吸わないが、かつては相当なヘビースモーカーだった。やめる直前は、一日三箱吸っていた。
 
 当時愛用していたのは「セブンスター」で、一箱150円だった。一日450円の出費が痛かったがなかなかやめられなかった。
 今回の値上げで「セブンスター」は410円になったから、一日1230円、毎月タバコ代だけで36900円以上が煙になって消える計算だ。
 
 一日三箱吸う人はそうはいないと思うが、一箱としても月12000円以上だ。一年だと14万円以上になる。
 
 喫煙者なら誰でも一度は考えることだが、「煙草をやめたらずいぶん金が残るだろうなあ」と思うだろう。
 ところが、それがまったくそうはならない。
 なぜなら、煙草をやめるとメシが実にうまい。そのために、時をおかずしてヘビースモーカーは食道楽に転じるのだ。
 
 また、飲みにいけば手持ち無沙汰になって、煙草を吸う代わりにグラスに手が伸びる。
 結果ピッチが早くなり飲み過ぎる。当然つまみも余分にとるから食べ過ぎる。
 煙草をやめると太るというのは、あながち根拠のないことではないのである。
 
 つまり、タバコ代が食費に化けるというわけである。
 
 煙草を吸ったつもりになって貯金しようと考えている人の腰を折って申し訳ないが、おそらくその考えはうまくいかないだろう。
 
       ◇
 
 僕がヘビースモーカーだったのは、今から30年以上も前のことで、その頃は吸わない人の方が珍しかった。
 今のテレビドラマや映画を見ればわかると思うが、登場人物が煙草を吸うのは稀である。煙草を吸うときは何かしら意味があるときに限る。
 しかし、かつての映画やドラマは、自分が話し終わったり、くつろいだり、何事か一段落するたびに煙草をくわえていた。
 
 自分を例にとれば、車を運転していて信号で止まるたびに、手が自動反応で胸のポケットにいく。外出するときには、必ずタバコを持っていることを確認する。財布を忘れることがあってもタバコは忘れない。
 
 二十代でタバコをはじめて次第に本数が増え、一日二箱になったとき、スティーブ・マックイーンのファンであったガールフレンドに煙草をやめてほしいと真剣に頼まれた。
 スティーブ・マックイーンの死は、タバコが原因の肺がんだといわれていたからだ。
 自分でも一日二箱は多いと思っていて、なんとか減らせないと思っていたし、ガールフレンドを喜ばせたいとも思った。
 減らすということは、やめるよりも難しい。我慢して一日三本までと決めていても、麻雀をやったり飲みに行ったりすれば、必ず本数が増える。
 
 「よしやめる」と宣言した。
 あまりの簡単さにガールフレンドは半信半疑だった。目の前で吸わなくても、隠れて吸うだろうと思っていたようだ。
 しかし、本当にやめるつもりだったので、その証拠にと、数本残っていたタバコの箱をその場で捨てた。
 「これだけ吸ったら」などという未練がましいことを言っているようでは絶対にやめられない。
 
 その後、そのガールフレンドとは別れてしまったが、禁煙は続いていた。
 二年が経ち、ある居酒屋で友人が吸っているのを見て、いたずらに一本ぐらいいいだろうと吸ってみた。
 二年も経っているし、一本ぐらい吸っても元に戻ることはないと思ってのことである。
 ところが、その場で三本ほど吸ってしまった。
 居酒屋の帰り、駅でセブンスターを買うことに躊躇のない自分がいた。
 
 一度煙草をやめた人間は、ダイエットのリバウンドと同じで、以前よりひどくなる。
 本数は極端に増え、一日三箱まで増えてしまった。
 ある日、当時の勤め先の同僚と飲んでいるとき、午後八時頃だと思ったが、三箱目が空になってしまった。
 ここで新しいのを買うことになると、四箱になる。
 その四箱目もその日のうちになくなった。
 明くる朝、二日酔いとも違うクラクラ感がおきて、それが一日中続き、煙草を吸っているときだけそれがなくなる。
 ニコチン中毒である。
 
 「これはまずい」
 
 そうして再びやめる。
 もちろん、やめることを周囲にも宣言した。
 禁煙は最初の二週間がものすごくつらい。部屋にも自分の持ち物にも、それどころか自分の手にタバコのにおいが残っているから、大好きな料理を前にしてお預けを食っているようなものだ。
 
 同僚にイヤなやつがいて、禁煙中なのを知っていながら目の前でタバコを吸い、ごく自然に箱を差し出す。
 箱を差し出されるとつい反射的にそれに手が伸びそうになる。
 
 数々の邪魔や障害を乗り越え、十年以上まったく煙草は吸わずにいた。
 喫煙者の体に残存するニコチンは、完全に消え去るまで数年かかるという。それが残っているうちに再び吸うともとに戻るという。
 逆に十年以上経っていたずらに何本か吸っても、習慣にはならないようだ。
 ニコチンに対する耐性ができているのかもしれない。
 
 写真のラッキーストライクは、数ヶ月前のもので、気分転換にたまに吸っている。
 ライブハウスや居酒屋で友人が吸っていると付き合うことはある。
 しかし、習慣にはならない。
 
 
 友人の中にヘビースモーカーがいると、禁煙を勧めることがあった。
 「はじめから吸ってないやつよりも、やめたやつの方が人の煙草をやめさせたがるよね。自慢なんだろ」
 あながち否定できない。
 
 ちなみに、今は誰にも禁煙を勧めたりしない。
 煙草を吸う人は必要があって吸っているのだろうし、マナーさえ守っていれば、文句を言う筋合いではない。
 
 最後に、僕が煙草をやめた方法を紹介しておく。
 薬も禁煙外来にも行っていない。
 特別な方法も持ち合わせていない。
 それは、
 「やめる!」と決めて、それを実践しただけである。
 それ以外の方法は知らない。
 つまり、自分でやめると決めればいいのだ。
 他人にやめさせてもらおうと思っていては、永久にやめられないだろう。
 
 こういうことを言うから、うざったがられるんだなあ。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
(PR)【GALLAPからのお知らせ】
★ライティング & エディトリアル講座 受講生募集中★
●個別コンサルティング承り。当オフィス、またはスカイプ利用でご自宅でも受講できます。
 *1ヵ月2回コース~12ヵ月24回コース。(1回60~90分)
 *現在、2名空きあり。定員オーバーの場合、お待ちいただく場合があります。
●出張講座承り(1日4~5時間)
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。
 
●自費出版、企画出版、書店流通。
*坂井泉が主宰する編集プロダクション“GALLAP”が、編集から流通まで、責任持ってすべて引き受けます。
 ■ご相談・詳細はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで。