『美味しんぼ』についての「ご批判とご意見」が掲載されている最新号を買った。発売当日の午後に出かけたら、近所のコンビニでは最後の1冊だった。
漫画雑誌を買うのは学生時代以来である。当時は『サンデー』か『マガジン』で、社会人になってからはまったく読まず、青年向けの漫画雑誌などは他人が読んでいるのを横目で見るくらいで、ほとんど手に取ったことはなかった。
久しぶりに手に取って、真っ先に気づいたのは、編集が大変だろうということだ。
どういうことかというと、製本である。『サンデー』や『マガジン』が背中が四角い無線綴じであるのに対し、『BIG COMIC スピリッツ』は中央でホチキス留めした中綴じなのだ。しかも、400ページ以上ある大冊。中綴じだと左右の幅が中と外とで10ミリ以上違ってくるわけで、ページによって異なるフォーマットづくりが必要になる。漫画家さんたちも自分の作品がどのページに掲載されるかで原稿の寸法を変えなければならない。10ミリも違えば、掲載頁を間違えて大騒ぎになるような事故は、一度ならずあったに違いない。こんな雑誌はつくったことがないから、プロセスはよくわからないけれど、書籍づくりとはぜんぜん違うノウハウが必要なんだろうなあ、とつくづく思う。
もともと、雑誌と書籍では同じ出版物でありながら別世界なので、一方の経験があれば他方もこなせるという論理は成り立たない。雑誌屋さんがつくった書籍は、やっぱり雑誌の延長であることが一目でわかる。
その「ご批判とご意見」は巻末に掲載されていた。投稿者は以下のとおりである。
立命館大学の安斎育郎氏、川内村村長遠藤雄幸氏、大阪市、作家で住職の玄侑宗久氏、京大の小出裕章氏、医学博士の崎山比早子氏、岡山大学の津田敏秀氏、日大の野口邦和氏、NPO法人代表の野呂美加氏、大熊町商工会会長の蜂須賀禮子氏、医師の肥田舜太郎氏、福島県庁、双葉町、琉球大学の谷ヶ崎克馬氏、医師の山田真氏、ジャーナリスト青木理氏(掲載順)
まず結論から言うと、いずれもそれぞれの立場から見れば「正しい」、のだろう。福島という自治体を守る立場、東電という企業を守る立場、国益を守りたいという立場、そして、人々の健康を守りたい立場、子どもの未来を守る立場など、それぞれの立場において、その論理はまぎれもなく「正しい」のだろう。
ただ、読んでいくうちに「正しいのだろうけれど、違和感を覚える」意見がいくつかあった。何度も出てくる「県民」とか「町民」などという言葉で住民の意見を一括りにする欺瞞をまず感じる。県民の中にも町民の中にも異なる考えの人はいるだろうし、国や自治体の言うことに異を唱える人も少なくないだろう。そこで言われている「県民」や「町民」とはいったい誰で、その意見はどんな人々を代表するものなのか。
安斎育郎氏は信頼できる放射線防護額の学者である。しかし、学者でもない作者が、学者の専門分野に踏み込んで放射線の影響などについて書いたのが、ひっかかったようだ。
「鼻血や倦怠感については、福島のほうでそうした症状を心配している方がいるという話は伝わってきています。そして、それが放射能によるものかの議論がある。ただ、原発事故前の鼻血や倦怠感に関するデータと今を比べなければ、増えているのかどうかはなんとも言えません。具体的な、そういう比較データは承知していない。
こうした症状は「後付けバイアス」によって出ることが知られています。これは心理学用語で、鼻血が出た、疲れたという症状が出た場合、福島で放射能を浴びたからではないかと考える。今こんなに疲れているのは、きっと福島に行ったせいだろう、などと考えることはよくあることです」
安斎育郎氏は、通常の異変であっても原発事故を体験したことで、体調不良があると放射能を浴びたからだと考えがちだというのである。たしかにそれは否定できない。
しかし、ほとんどがそうであったとしても、すべて「後付けバイアス」だと決めつけることで、ほんとうに被曝被害を負った人を見過ごしてしまわないか。さらには、「後付けバイアス」が生じるにはそれなりの理由があるわけで、放射線医学だけでは解決できない、心の問題を孕んでいるのではないかということである。
たしかに、雁谷氏は取材結果を自分だけで判断した節があり、軽率だと批判されても仕方がないところもある。統計的、あるいは調査結果などについては専門家の観衆を仰いだほうがよかったのかもしれない。しかしそうすると、専門家の意図が働いて、伝えたいことが伝えられなくなる危険性もあるからむずかしいところだ。
小出裕章氏は、「現在までの科学的な知見では立証できないことであっても、可能性がないとはいえません」と語る。
自然界の出来事で、科学で立証できるのはほんの一部でしかない。わからないことのほうが圧倒的に多いのである。
放射線被害による症状には個人差があり、公式に当てはまらない例がかなりあるといわれている。
元東電福島原発事故調査委員で大熊町商工会会長の蜂須賀禮子氏がいう、「鼻血が出るほど被曝したとなれば、山岡さんは死んでいる」という意見は、いささか乱暴で、また、22・23合併号でのやりとりから「医師が放射線と鼻血とを故意に関連づけないようにしている、という印象を与えます」という意見からは、放射線被害を小さく見せようとする立場が見え見えである。実際、東電寄りの医師の中には被曝線量を低く見積ったり、様々な症状を原発事故との因果関係は見られないなどと診断する人がいる。
それにしても、おかれた立場によって180度、いや、ドラマではないが540度違う論理があるので興味深い。すでに言ったが、いずれの意見も鵜呑みにせず、だれの立場で、だれの利益のために述べているのか見極めることが重要である。
なにより、編集部の見解にあるように、事故から3年経って「放射線物質の影響に関する報道が激減している現在」、議論を継続させるためのきっかけになったことは大きな価値があると思う。