ひまわり博士のウンチク

読書・映画・沖縄・脱原発・その他世の中のこと

「のだめカンタービレ」最終楽章前編

2009年12月31日 | 映画
Nodame1
 
 大晦日、正月の準備はまだ終わっていないが、家族で「のだめカンタービレ」を観てきた。
 原作はコミックだけれど、連続ドラマの頃からコミックでは味わえない良さがある。
 それは、演奏だ。
 演奏が実に素晴しい。このドラマを観てクラシックファンになった人がかなり大勢いたという。
 
 連続ドラマの最終回を映画でというパターンは最近の流行で、僕自身はあまりいい傾向とは思っていないが、「のだめカンタービレ」に関しては許したい。
 映画館なみの音響は、フツーの家庭ではなかなか味わえないからだ。
 したがって、今回は映画館を選んだ。普段なら比較的空いているし近所でもある吉祥寺に行くのだが、新宿ピカデリーまで出かけた。
 
 この映画、ドラマのときからそうだが、現実にはあり得ない表現が多いのは、原作がコミックだからだ。
 自由奔放で気まぐれの天才ピアニスト、野田恵(のだめ)は恋人(?)の若手で有能な指揮者千秋真一とパリで一緒に暮らしている。
 突然千秋に、19世紀から続いている伝統あるルー・マルレ・オーケストラから常任指揮者のオファーが入る。しかし、実はこのオーケストラ、複雑な人間関係の問題を抱えていて多数のメンバーが辞め、急場しのぎのまったく使い物にならないメンバーだ何人も含まれたいた。
 当然演奏はひどいもので、客は減る一方だ。
 かつて日本で経験したことの繰り返しが、パリでも待っていた。
 
 のだめは、ピアノの腕を磨くため、コンセルヴァトワール音楽院に留学中だ。いずれは千秋と同じ舞台での共演をと夢見ているのだが、しかし、どんどん先へ行く千秋との距離が次第に離れていくことにあせりを感じ、ピアノのレッスンがなかなか思い通りに行かなくなる。
 
 のだめと千秋、二人の場面をほとんどコミック仕立てだ。のだめの天然ぼけと妄想癖に千秋は度々振り回されるが、なぜか、しだいに千秋にとって、のだめはなくてはならない存在になっていく。
 
 千秋はのだめを投げるひきずる突き飛ばす。目を剥く、のけぞる、奇声を上げる。コミックの雰囲気そのままである。シリアスなストーリーとのギャップが楽しい。
 
 ドタバタコメディーの中で、ぼろぼろの管弦楽団が、素晴しい演奏をするまでに進化していく過程は感動ものだ。
 劇中、たっぷり聞かせてくれるチャイコフスキーの「序曲1812年」は、涙が出るほど実に素晴しい。
 どこが演奏しているのかと思えば、ロンドンフィルだった。
 いいはずだ。
 (「序曲1812年」はフランスがロシアに敗北する曲で、フランスでは上演されないと聞いていたが、本当はどうなのだろうか)
 
 ぼろぼろの管弦楽団が、演奏とは関係ないところで喧嘩をはじめたとき、強面のコンマスが言う。
 「なにやってんだ! 音楽はハルモニーだ、協調だ。それを表現するのがプロってもんだろう」
 これは、今の世界にも、言えることだと感じ、たいへん印象に残った。
 
 上野樹里ののだめは、ほとんど地のキャラそのままらしいが、見事に合っている。玉木宏のオレ様ぶりも板についている。
 
 それにしても、最近の映画技術はたいしたものだ。指揮をする千秋のクローズアップは、別撮りだろうが、見事に編集されていて、曲の流れとの違和感がまったく感じられない。実写にこだわって、CGを抑えた使い方もなかなかいい。
 
 後編は4月公開だそうだが、今から楽しみだ。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。




橋本毅彦+栗山茂久「遅刻の誕生」

2009年12月29日 | 本と雑誌
Chikoku
 
遅刻の誕生
橋本毅彦+栗山茂久 編著
三元社 刊

 「朝日新聞」の『天声人語』に引用されていて何となく興味があったので、図書館で借りて来た。
 実は購入しようと思ったのだが、あまりに高価(3800円+税)なので、大枚払って買うほどでもないと判断した。
 
 時間の経過速度について、以前このブログに書いたが、この本はまさにそれをテーマにしたものだ。
 
 明治維新前まで、日本人の時間に対する感覚は、かなり悠長なものだったそうだ。
 まえがきに、カッテンディーケの『長崎海軍伝習所の日々」から引用がある。
 
 「日本人の悠長さといったら呆れるくらいだ」という文句が一言述べられると、その悠長さを示す事例が次々に紹介されていく。修理のために満潮時に届くよう注文したのに一向に届かない材木、工場に一度顔を出したきり二度と戻って来ない職人、正月の挨拶まわりだけで二日を費やす馬丁など。そして当時の日記には、「日本人は無茶に丁寧で、謙譲ではあるが、色々の点で失望させられ、この分では自分の望みの半分も成し遂げないで、此所を去ってしまうのじゃないかとさえ思う」と暗澹たる思いで認めていたことが、感慨深げに記されている。
 
 日本人は、明治五年までは「不定時法」で時間を計っていた。
 「不定時報」というのは、日の出を明六ツ、日の入りを暮六ツとし、そこを基準に昼と夜をそれぞれ六等分にした計時方法である。
 この方法では、季節によって時間の長さが変わってくる。しかも、分単位、秒単位の計測は不可能だ。一刻は二時間で、それを分割しても半刻、四半刻までだから、細分化は三、四〇分までがいいところだ。
 約束の時間から1時間やそこら待たせるのは普通のことだったのだろう。
 近頃の若者は、待たされても15分だというから大変な違いである。
 つまり、よほど遅れない限り、多少時間がずれたからといって文句をいわれることはなかった。遅刻という概念はなかったといっていい。
 
 それが、明治五年、大政官達三三七号によって、明治六年からは「定時法」に改められた。これには理由があって、明治五年五月、品川・横浜間に鉄道が開業し、同年九月には新橋・横浜間まで延長され、運転間隔を一定にするために、これまでの「不定時報」では非常に都合が悪くなったからだ。
 
 現代の日本の鉄道は、世界有数の正確さの定時運行を誇っている。よくぞまあ、ここまで方向転換できたものだと驚くが、これには日本人ならではの几帳面さが働いた結果のようだ。
 つまり、その几帳面さのおかげで、遅刻なるものが誕生したことになる。
 日本人は、時代が下るのと並行して時間に追われ、忙しくなり、自ずと時間は駆け足で速く過ぎていく。
 
 「遅刻」とは、明治以降の「定時法」がもたらしたものと言えるようだ。
 たしかに、明治以降、時間は合理的かつ効率的になったことは事実で、それが文明の発展にかなり重要であったことは認めたい。だが、それがすべて良かったのかどうかとなると、首を傾げるところがなくもない。
 
 それにしてもこの本、内容からしてこんなばかばかしい値段を付けるような本ではない。もう少し簡潔にして二千円前後に価格設定をしたら、けっこう売れると思うのだが。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。




そろりと……

2009年12月27日 | 日記・エッセイ・コラム
Shodo
 
 数十年前から机の引き出しに眠っていた書道用品を引っぱり出して並べてみた。
 硯、筆、墨、水差しは、すべて中国製である。
 昔、父親の会社で扱っていた商品を、割引価格で揃えたものである。
 硯は何万円もする端渓も扱っていたが、さすがにそれは購入する決心がつかなかった。いま思えば、小さいのでも買っておけば良かったのだが。
 大きいばかりで何の色気もないこの硯は、そんなに高価なものではないけれど、天然石なので、ずっしりと重たい。
 子どもが学校で習字に使っている硯は、プラスチック製で軽い。しかも学校では墨を擦るという作業をしないそうだ。
 墨汁を使うのだから、硯はなくてもいい、ただのアクセサリーだろう。
 
 中国の筆は羊の毛が主流で、軟らかくて、墨を大量に含むので慣れないと紙がずるずるになる。
 小さい文字を書くために、使いやすい狸の毛の筆を持っていたことがあるのだが、どこにいったか見当たらない。ダメにしてしまったのか、紛失したのか。
 
 墨も中国製だが、大体が固めだ。擦るのにかなり時間がかかり、なかなか濃くならない。
 黄色い箱に入った氣叶金蘭という墨は、柔らかめと聞いて買ったはずのものだったが、なぜかパッケージを開いた形跡がない。
 
 出して並べてみて気づいた。肝心の紙がない。
 実は、紙も中国製があったはずだが、おそらく書道をやる人にあげてしまったのだろう見当たらない。
 紙も様々あって、墨のにじみ具合や筆の走り具合がそれぞれ異なる。
 書道家は、作品によって、また自分の好みによって使い分ける。
 ここにある紙は、先日お茶の水に行ったとき、「そうだ紙がなかった」と思いつき、丸善で100円で買ってきた練習用である。
 
 ところで、筆、墨。硯、紙を文房四宝という。書は心を表すと言う。それぞれが、宝のように大切にされていたことがわかる。
 
 しかしまだ、書き始めていない、まあ「書初め」ということで、そろりと……。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。




速いねえ……

2009年12月26日 | 日記・エッセイ・コラム
 ようやく仕事が一段落……したわけではないが、年賀状作りを始める。
 このところとみに1年経つのが速いという話を聞く。実際そう感じる。
 「速いねえ、ついこのあいだ忘年会をやったと思ったのに、もう忘年会の季節になっちゃったねえ」
 
 たしかに、1年経つのが年々速くなっている気がする。
 時間が早く進はずはないのだから、(そうだとい人もいるが)気分の問題なのだろう。
 
 「たとえば、10歳の子どもにとって1年は、これまで生きて来た10分の1だけど、60歳なら60分の1だろう,だから短く感じるっていう話だよ」
 そう言っていた,旧友がいた。それもそうかもしれないが。
 
 沖縄では、戦後アメリカに占領されてから時間の進むのが速く感じられるようになったという。
 それまでの沖縄では、そんなにしゃかりきに働かなくてもよかったそうだ。
 「沖縄は気候がいいさぁねー。海に入れば食うものもあるし、まわりには自然に生えているものもある。必死に生産しなくても食べていかれれば、時間にゆとりがある」(沖縄言葉ちょっといい話)
 おとうが一日のんびり三線を弾いていても、誰も文句は言わなかった。
 そうして時間がゆったりと流れていた。
 戦争が終わって、アメリカがやって来てから、沖縄の人々の暮しはがらりと変わってしまった。
 アメリカは、これまで沖縄にはなかった様々なものをたくさん連れて来た。家電品やらおしゃれ用品やら、ジャンクフードも。
 人々はあれも欲しいこれも欲しいと、それらを手に入れるために寸暇を惜しんで働くようになった。
 
 沖縄だけではない、本土の人々も、毎日必死に働かなければ暮しが成り立たなくなった。昔のようにろうそく1本、かまど一つでは暮せない。テレビも冷蔵庫も洗濯機も、すべてがあって当然のこととして社会が回っている。したがって、何をするにもお金がかかる。
 
 年賀状のはがきが、5円、7円だった頃があった。その頃、永六輔さんは視聴者からのはがきで募集した詩作品を紹介する「七円の歌」というラジオ番組をやっていて、はがき代が値上がりしても「七円の歌」というタイトルは変えなかった。
 いま、はがき1枚は50円だ。当時から比較して、43円も値上がりしている。
 電車の初乗りは10円、ラーメンが30円だった時代は現代に比較して、たしかにみんなのんびりしていた。
 財布がすっからかんでもなんとかなった。
 味噌や醤油が切れれば、お隣さんから分けてもらったりもしていた。
 近頃そんな近所付き合いはない。
 かっこ悪くてそんなこと出来ないというだろう。
 
 カッコつけるにもカネがかかる。つまりその分働く時間が増えて、余裕がなくなったということではなかろうか。
 
 今朝の天声人語によると、幕末から明治にかけて、日本に文明を伝えるためにやって来たオランダ人が最も悩んだのは、日本人があまりにも時間に頓着しないことだったという。約束の時間に遅れるなどということは当たり前のことだったのだ。
 そういえば、宮本武蔵も佐々木小次郎をずいぶん待たされている。
 江戸時代の学校の寺子屋は、子どもたちが思い思いにやって来て思い思いに帰っていったと聞く。遅刻で叱られるなどということはめったになかったらしい。
 そういえば、江戸時代の庶民は、時刻に、分、秒の単位は使わない。
 
 そんなわけで、オランダ人たちはまず日本人の間に時計を普及することだったという。
 
 最近、時間の経過が早く感じられるのは、まず第一にすべきことが多すぎることだ。いつも時間が足りない。
 だから、時計やカレンダーを見過ぎることだ。
 
 来年は、もう少しのんびりしたいと思う。
 そのためには、もう少し効率のいい仕事に換えていくことも必要かもしれない。
 
 ◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。



ハラルト・シュテュンプケ「鼻行類」

2009年12月24日 | 本と雑誌
Bikorui1
鼻行類
ハラルト・シュテュンプケ 著
日高敏隆・羽田節子 訳
平凡社 刊
 
 初版は1987年に思索社から発行されていて、その後長く絶版になり、1995年に博品社から愛蔵版が出たがそれもすでに絶版、1999年に平凡社ライブラリーとして復刊された。今年の11月に9刷だから、そこそこ売れていると見ていい。
 この本を知ったのはテレビのバラエティ番組だ。本を読む芸人が本を読まない芸人に本を薦めるという番組で、その一回目の放送中に登場した。
 
 1941年、太平洋戦争中に日本軍の捕虜収容所から脱走した一人の捕虜が、南海上に浮かぶハイアイアイ群島に漂着する。その島はこれまで発見されておらず、このとき始めて文明人が上陸したのである。
 現在なら、人工衛星で容易に発見できるほどの島だが,そのころはまだ人工衛星は飛んでいない。まさに偶然発見されたといっていい。
 島の人口は700人。ところが、漂着した捕虜が持ち込んだインフルエンザで、免疫のない住民は全滅してしまったと伝えられる。
 
 この島には,ここだけにしか棲息しない奇妙なほ乳類がいて、その情報をヨーロッパの詩人が収集するが,どのようないきさつで集めることが出来たのかは不明となっている。
 その情報を元に、ハラルト・シュテュンプケ教授が研究を続けまとめたのが本書である。
 
 「鼻行類」とはこの島で発見された、その奇妙なほ乳類の名前である。その名の通り、鼻を使って移動するという、極めて変わった動物である。この島にのみ棲息し、他の島や地域では確認されていない。
 
 Bikorui2
 
 図は、何種類かいる鼻行類の一種で鼻でジャンプして移動する、トビハナアルキである。本には骨格や筋肉の仕組みも紹介されている。
 この他に、鼻が4本に枝分かれして、鼻で歩行するホーナタタもユニークだ。
 
 さて、この本で紹介されているこれらのほ乳類が、その後どうなったのかというと、発見から約20年後に行われた核実験の影響で地殻変動があり,群島そのものが沈んでしまったそうで,今となっては研究のしようもない。
 
 多くの研究者が剥製などの標本は残っていないものかと探したようだが、そうしたものはどこにも存在せず、すべてはハラルト・シュテュンプケ教授の心の中であろうと言われる。
 
 つまり、これは動物学者による、大掛かりな冗談なのだ。
 クリスマスイブの夜、家族でこんな冗談にひっかかってみるのも楽しい。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。




「核密約文書」が発見された

2009年12月23日 | ニュース
Asahi091223
(2009・12・23 朝日新聞)
 
 
 今日の朝日新聞朝刊のトップで、佐藤栄作元首相とニクソン米大統領との間で交わされた、沖縄返還時の核密約を実証する文書が見つかったことが報道された。
 これまでこの文書は、当時佐藤首相の密使として「ヨシダ」という名前で活動した,元京都産業大学教授、若泉敬氏の著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』で存在は明らかにされていたが、それには署名がなく、実際に交わされた現物は破棄されたのではないかといわれていた。また、これまで自民党政府は密約の存在そのものを否定していた。
 
 文書は,佐藤栄作元首相が首相退任後に官邸から運んだ机の引き出しに入っていたと見られ,外務省にもその後の首相にも引き継がれていなかったようだ。
 文書にはニクソン大統領の「重大な緊急事態が起きた際、日本政府との事前協議を経て、核兵器の沖繩への再持ち込みと沖縄を通過させる権利を必要とする」旨が表記されており、さらに,佐藤首相の「米国大統領と日本国首相だけの間で、最高級の機密」であることも明示されている。
 〈機密文書の全文は最後に掲載〉
 Wakaizumi
 『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(文藝春秋 刊)は、英語が苦手だった佐藤首相の密使として米国との折衝に当たった若泉敬氏の証言集で、極秘会談の様子が生々しく描かれている。
 1969年7月21日の記者会見後、キッシンジャー補佐官から「『(知っているのは)4人だけだね』と、抑揚も鋭く」念を押されている。
 これは「つまり、愛知外相や保利官房長官、木村副官房長官らを完全に外さなければならない」ことで、すなわち、ニクソン大統領と佐藤首相の間だけで交わされた密約ということになる。
 この密約がどの程度効力を持つものかはわからないが,沖縄返還を急いだ佐藤首相としては、「本当は受け入れたくなかった」がやむをえず交わしたことであり、「(文書は)破っったっていいんだ」と若泉氏に語ったという。
 そのために、この文書は佐藤元首相の手で廃棄されたと思われていた。
 
 この文書の問題はいくつかあるが,密約の期間も効力も明記されていないために,どうにでも解釈できる点だ。そもそも、「重大な緊急事態」なるものがどのような事態をさすのか明記されておらず、日米の力関係で考えれば、アメリカが必要と言えば日本側の判断如何にかかわらず、沖縄に核は持ち込まれたことになる。
 
 いずれにしろ佐藤栄作氏の、非核三原則(核兵器を作らず、持たず、持ち込ませず)を理由に受賞したノーベル平和賞に傷がつくことは否めない。
 
 この密約文書は、アメリカでは公開されていない。
 
 
■沖縄核密約 全文訳

最高機密
ニクソン米大統領と日本の佐藤首相による共同声明に関する合意文書

米国大統領:
 われわれの共同声明で述べてあるように、沖縄の施政権が実際に日本に返還されるときまでに、沖縄からすべての核兵器を撤去することが米国政府の意図である。そしてそれ以降は、この共同声明に述べてあるように、米日間の相互協力及び安全保障条約、並びにこれに関連する諸取り決めが、沖縄に適用されることになる。
 しかしながら、日本を含む極東諸国の防衛のため、米国が負っている国際的義務を効果的に遂行するためには、極めて重大な緊急事態が起きた際には、米国政府は、日本政府との事前協議を経て、核兵器の沖繩への再持ち込みと沖縄を通過させる権利を必要とするであろう。米国政府はその場合に好意的な回答を受けられるものと期待する。米国政府はまた、沖縄に現存する核貯蔵施設の所在地である嘉手納、那覇、辺野古及びナイキ・ハーキュリーズ基地を、いつでも使用可能な状態で維持し、極めて重大な緊急事態の際には実際に使用できるよう求める。

日本国総理大臣:
 日本国政府は、大統領が述べた上記の極めて重大な緊急事態が生じた際における米国政府としての諸要件を理解し、そのような事前協議が行われた場合には、遅滞なくこれらの要件を満たすであろう。

 大統領と総理大臣はこの議事録を2通作成し、1通ずつを大統領府と首相官邸にのみ保管し、さらに、米国大統領と日本国総理大臣との間でのみ、最大の注意を払って最高級の機密のうちに取り扱うべきものとする、ということに合意した。
 ワシントンDC、1969年I1月19日
                リチャード・ニクソン
                     (直筆署名)
                エイサク・サトウ
                     (直筆署名)
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。




オールセーフ!

2009年12月23日 | 健康・病気
Kenshin2
 
 先日の健康診断の結果を聞きに行った。
 
 診察室に入ったとたん、医者が言った。
 「肝炎のことですが」
 「えっえええ! 何か」
 「前に肝炎やったことは」
 「い、いえ、ありませんが」
 「わざわざ調べてるから、前にやったことがあるのかと思って」
 「いえ、ずっと以前に十二指腸潰瘍の手術をして、そのとき大量に輸血をしたのですが、肝炎の検査をしたことがなかったんで、やっといた方がいいかと思って。何か異常ありましたか」
 「いえ、異常ありません。問題ないです」
 
 脅かすな! 何かあるのかと思ったじゃないか。
 と言う前説があって説明を聞く。
 
 「え~と。これもだいじょぶで、これも正常で、問題ないですね」
 「あの、痛風があるんで、尿酸値はどうでしょう」
 「正常と言うか、むしろ低すぎますね」
 「そうですか。下がり過ぎちゃいましたか。そうそう、内痔があって、いつも検便で血液反応が出るんですが、今回はどうでしょう」
 「ああ、内痔があると直腸がんが見つけにくいですよね、紛らわしくて。でも、陰性です。血液反応ありません」
 
 ここ数年ずっと血液反応があって、毎年内視鏡検査をオプションで受けていた。不思議なことに、いつのまにか内痔が治ったのか。
 
 「痛風のせいか、腎臓がいくぶん弱っていますが、安定していますから問題ありません。病気と判断するものはありません」
 
 というわけで、オールセーフ。めでたしめでたし。
 
 この日、カミさんも結果を聞いた。
 呼ばれて診察室に入ったと思ったら,1分もしないで出てきた。
 
 「どうしたの?」
 「異常ありません、てそれだけ」
 「それだけしか言ってくれなかったの?」
 「うん」
 「うん、て。なんか聞いて来いよ,あっちが痛いとかこっちが痛いとか言ってたじゃない」
 「だって、異常ありませんて、これ(検査用紙)渡されちゃったんだもん」
 
 しかしまあ、すべてオッケーでなによりだった。
 尿酸値が下がり過ぎているそうだから,薬を減らしてもらおう。
 
 誰だったか,健康診断を受けて結果を聞くまでの間が,死刑執行を待つ死刑囚の気分だと言っていた。どこかに不安を持っている人にとってはそうなんだろう。
 そう思って何もなかったらほっとするが、自信を持って大丈夫だと思っていた人に異常が見つかったら,その時のショックは並大抵ではないだろう。
 健康診断の後は,健康のためにも多少の不安は必要かもしれない。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。




冬至

2009年12月22日 | うんちく・小ネタ
 22日は冬至である。
 1年で最も昼の短い日で、言わば冬の頂点ということになる。
 しかし、寒さという点では1月・2月の方が厳しい。
 これは、地球上の温度が変化するのに時間がかかるせいだ。
 同じように、夏至が6月なのに、暑さの盛りが7月・8月になるのと同じである。
 
Yuzu
 
 冬至といえば柚湯だ。
 柚には血行を良くし、体を温め、殺菌作用がある成分が含まれているので、冷えやアカギレを治し、風邪を引きにくくすると言われている。
 39度程度のやや温めの風呂に、長めに浸かるのが良いそうだ。
 
 ところで、人気デュオの「ゆず」は北側家の庭に柚の木があったからだというのだが、よほど印象深い柚なのだろう。自宅を訪問したことはないのでわからないが、どんな柚の木なのだろうか。
 
Tokyokabocha
 
 冬至にはまた、コンニャクやカボチャを食べると風邪をひかないという言い伝えがある。
 コンニャクはともかく、カボチャにはビタミンが豊富に含まれているので、冬の栄養補給としては理想的だそうだ。
 
 カボチャは、女性の好きなものとされる「芋栗南京」の一角を占める。
 南京とはカボチャのことだ。
 共通するのはすべてホクホク系である。
 男性でホクホク系が好きな人は少ない。なぜそうなのかは調べたことがないのでわからない。
 写真のカボチャは、デコボコの少ない東京カボチャという種類のカボチャだ。
 ものすごく堅いカボチャで、頭の上に落とされたら死ぬかもしれない。
 切るのも大変だ。包丁が刃こぼれしそうである。
 子どもの頃に、家の隣が畑で、そこの農家が夏は西瓜を冬は南瓜を作っていた。
 農作業をを窓越しに見ていると、ときどきくれたのだ。
 堅い東京南瓜で、母親が自分ではなかなか切ることが出来ずに、父親に切ってもらっていた。
 なぜ東京カボチャというのか、これも調べたことがないのでわからない。
 最近の東京カボチャは、ほとんど東京以外で作られている。
 これも不思議である。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。




ふざけるな!!! TBS「JIN-仁-」

2009年12月20日 | テレビ番組
 こういう裏切りは許せない。

 TBSドラマ「JIN-仁-」は、連続ドラマではぶっちぎりの視聴率を誇る人気ドラマで、実際おもしろかった。
 しかし、それに水をさすような最終回! 
 何なんだ!これは!!!
 
 予告では「これですべてが終わる」だった。
 ところが、何も終わっていない。
 
 病院から逃げ出したのは誰なんだ?!
 胎児様腫瘍とは何なんだ?!
 ミキさんは結局どうなった?!
 仁と咲はこれからいったいどうするんだ?!
 坂本龍馬はどうなる?!
 消えた写真はどこに行った?!
 平成22年の十円硬貨の意味は?!
   etc.etc.
 何にも解決してないし、何一つ終わっていない。
 「これですべてが終わる」なんて大ウソだ!
 
 しかも、しかも、しかも!

 3月に劇場版クランクインだと!
 ?ここに注目!
 テレビ朝日系『仮面ライダーディケイド』がこの夏同じことをやって猛烈批難を浴びたばかりだというのに、何をやっているのか。
 せっかくの人気ドラマが台無しだ。
 そんなことをやるくらいなら、20回でも30回でも続ければいい。
 
 最近の医学は「医は仁術」ならぬ、「医は算術」と言われるけれど、『JIN-仁-』も結局は算術だった。
 ただでさえ、TBSは評判を落としているのに、これでさらに地に落ちた、どころか地獄落ちだ。
 
 ぼくが学生時代、シナリオの研究をしているとき、柳沢類寿というセンセイに、観客を裏切るようなシナリオは絶対に書いてはいけない、と言われた。
 山本薩夫さんもそんなことをいっていた。
 近頃のシナリオライターやテレビ局は、モラルも何もあったものではない。
 
 最低である!
 そうか、「誰も知らない未来へ」という、最終回の予告キャッチはこういうことか。
 たしかに誰も知らない未来にしやがった。
 
 それにしても、映画が完成したら見に行かなきゃならないだろうが、バーロー!
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。

 


『坂の上の雲』とはどういう作品か

2009年12月19日 | 本と雑誌
 NHKの連続ドラマ、司馬遼太郎の『坂の上の雲』が始まって、高視聴率を上げているようだ。
 しかし、司馬遼太郎は生前、この小説の映像化をずっと拒否し続けて来たと言う。
 実際、この小説に対する批判は多い。
 何が問題なのか、司馬はなぜ映像化を拒否したのか、そしてなぜ、今テレビドラマなのか。
 
 「見てはいけないドラマ」、『坂の上の雲』問題の全貌を解説した多くの本のうち、よく書けていると思われる2冊を紹介する。
 
Sakanoue_2
 
 『坂の上の雲』は旧松山藩士の子である秋山好古(あきやま よしふる)・真之(さねゆき)兄弟と、その友人である正岡子規が主人公である。
 時代は日本が列強の仲間入りを目指して軍備を強化し、日清・日露の二つの戦争に突き進んで行く過程を描く。
 物語の最初は希望に溢れる青春時代が描かれているが、正岡子規の死後は、戦術を戦略を主体にした戦争物語へと、様相が変化する。
 『坂の上の雲』は、日清・日露戦争は朝鮮及び中国に対する侵略ではなく、日本の防衛のためであり、朝鮮の独立を目的としたものであるという歴史観のもとに描かれている。
 この考えは、後の韓国併合、満州国設立の事実からしてまったく矛盾し、豊臣秀吉の朝鮮征伐の野望を引き継いだ侵略戦争以外のなにものでもない。
 
 「自由主義史観研究会」の藤岡信勝は、『坂の上の雲』を近現代史のバイブルのように扱い、侵略戦争を正当化している。
 
 晩年の司馬遼太郎は、太平洋戦争については侵略戦争であることをはっきりの述べている。そのため、日清・日露戦争を侵略戦争が「防衛のため」の戦争であるとした『坂の上の雲』の歴史観とは矛盾することになり、作者の内部に揺らぎが生まれた。それが、軍国主義・帝国主義を美化する表現のこの小説の映像化を拒否したと考えられる。
 
 「これはちょっと余談になりますけれども、この作品はなるべく映画とかテレビとか、そういう視覚的なものに翻訳されたくない作品でもあります。うかつの翻訳すると、ミリタリズムを鼓吹しているように誤解されたりする恐れがありますからね」(『司馬遼太郎『坂の上の雲』なぜ映像化を拒んだか』)
 
 しかし、司馬の死後、なぜ今NHKがドラマとして描くのか。
 
 「司馬遼太郎『坂の上の雲』なぜ映像化を拒んだか」(牧 俊太郎 著/近代文藝社 刊)では、いかに明治という時代背景を考慮したとしても、それゆえに侵略を否定し、軍国主義を美化することは誤りであると原作を批判し、作者自身もこの作品を取り扱う上で慎重であったことを解説している。
 
 この本の最も重要な部分は、「終章 NHKはなぜあえてドラマ化にふみきったのか」で、この作品が企画される時点で、当時の自民党政権とNHK上層部との間で、かなりの癒着があっtことを、関係者の発言から分析している点だ。
 以前、安倍晋三、中川昭一の両氏による、従軍慰安婦問題を扱った特集への介入があったことは、おおかたの知るところだが、その影響をNHK幹部は現在もひきずっていると言う。
 
 『坂の上の雲』問題の基礎を知る上ではたいへんわかりやすくまとめられてあり、ドラマを批判的に見るための手引きとなるだろう。
 ただし、著者は『坂の上の雲』のみに焦点を合わせて本書を書いており、他の司馬作品や、司馬遼太郎そのものを批判するものではない。
 
 「『坂の上の雲』と司馬史観」(中村政則 著/岩波書店 刊)は、直接NHKのテレビドラマについて触れている本ではない。司馬遼太郎の歴史観を、歴史学の観点で照らし出したものだ。
 基本的な歴史観は、牧俊太郎氏の著作と異にするものではなく、むしろ時代背景や二つの戦争の分析をより深く掘り下げている。
 
 主人公の二人の兄弟の実像が描かれている一文などもあっておもしろい。
 兄は国家試験をごまかして受験したこと、弟は手のつけられない餓鬼大将であったことなど。また、正岡子規の闘病生活など、本書の主題からはいささか外れているといえなくもないが、興味深い。
 
 ドラマについては触れていないと書いたが、後書きに数行、皮肉とも取れる記述がある。
 
 今回の『坂の上の雲』のテレビ放映化も、国民の歴史意識のあり方に大きな影響を与える可能性がある。テレビ放映は今年11月29日(日)から足掛け3年間、13回にわたると言う。私は3年ももつのかという気がするが、おそらく数百万に達するであろう司馬ファンは、鶴首して待っているに違いない。これを機会に、私もテレビと歴史認識の関係について考えを深めていきたいと思う。
 
 
 何が問題かをとりあえず知るには牧氏の本を、時代背景や作品の成り立ちを追求したい向きには中村氏の本が良いだろう。
 牧氏は各所で中村氏の著作(岩波ブックレット、岩波新書など)を引用しているので、両方読み合わせてみてもいい。牧氏の本は税込1000円と安価なので、中村氏の本(税込1890円)と併せても2890円である。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。



大江健三郎『水死』/山崎豊子『不毛地帯』

2009年12月17日 | 本と雑誌
Suishi
 
 大江健三郎さんの新刊、『水死」が届いた。440ページの大冊で、こちらの事情ではすぐに読める状態ではなかったのだが、大江さんの著書はおおかた初版で揃えているので早目に購入した。
 造本は前作の『臈たしアナベル・リイ……』とおなじ、仮フランスだ。
 物語のシンボルになっている「赤革のトランク」をイメージして、表紙とカバーは使い込まれた赤のレザーが印刷で表現されている。
 手にすればなかなか味のある装丁なのだが、写真ではその味が表現されにくい。amazonなどで見ると、あまり見栄えはしなかった。
 もっとも、大江さんの著作は、装丁どうこうで売上げに影響するものではない。だから手に取った時に良ければそれでOKだ。
 
       ◇
 
 実は、面倒な本に手を出してしまった。
 
Fumo1
 
 山崎豊子の『不毛地帯』。
 ドラマが始まってからずっと見ているのだが、原作は読んでいなかった。ドラマを見る限り、山崎豊子の他の作品とは傾向が違うように思えて仕方がないのだ。
 モデルが元伊藤忠商事の会長である瀬島龍三であることは誰もが知っているが、この、瀬島龍三という男、軍国主義的な傾向が強く、あまり支持したくないタイプの人間だ。山崎豊子の他の作品を見る限り、瀬島龍三を肯定的に表現するとは思えなかった。
 ドラマではこれまで、壹岐正(瀬島龍三)をかなり英雄的に扱っている。果たして原作はどうなのか知りたくなった。
 原作の第一巻の半分以上は、ドラマではあまり表現されていないシベリア抑留中の話だ。
 原作が発表された1970年代におけるソ連邦についての描き方としては微妙である。抑留者の苦しみが過剰と思えるほど悲惨に表現されているのだ。しかしそれはスターリンに責任があるとも取れる。作者がどう思って書いているのかが、ここまでではよくわからない。
 
 気軽に読み始めた4巻本だが、かなり手こずる代物だと、読み始めてから気づいた。同作者の後の作品とはいささか文体が異なり、すらすらとはいかない。しかも、12級の2段組みだ。
 
Fumo2
 
 1ページあたり、普通の本の2倍近く詰め込まれている。この単行本の1巻は344ページだから、通常なら600ページを超える大冊だ。
 寝る前の数十分を使って読んできたがようやく半分。この調子では他の本が読めない。
 脇のテーブルに読むべき本が積まれて来たことだし、とりあえず、一旦保留にしようかと思う。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。




昨日今日のこと

2009年12月16日 | 日記・エッセイ・コラム
 東京大空襲訴訟
 約十万人が犠牲になった東京大空襲の被災者や遺族が国に謝罪と損害賠償を求めた裁判で、東京地裁は原告の請求を棄却した。
 「進め一億火の玉だ!」などのスローガンを掲げ、全国民を巻き込んだ戦争で、軍人軍属には年金などの保証をしながら、その犠牲になった民間の被災者には何の救済もしていないことに対する訴訟だ。
 地裁は「心情的には理解できる」とか「戦争被害を記憶にとどめ、語り継いでいくためにも、できる限り配慮することは国家の道義的義務だといえる」などと、体のいい言葉を並べながら、「この問題は立法を通じて解決すべき問題」で国に救済義務はないとした。
 司法の責任を放棄する判決だ。
 鳩山内閣と同じ、どこにも波風をたたないように責任を放棄する。こうした優柔不断さがやがて、大嵐をまき起こすことは想像すらしていないのかもしれない。
 
 大江健三郎「定義集」
 大江氏の新作「水死」が刊行された。さっそくamazonに発注する。

 「半年にわたって長編小説の書き直しと数度の校正に熱中して、どこか非日常的な場所に長逗留しているようでした。それが冬日和の朝、起き出して来るとすることがなく、長椅子に横たわっています」
 そしてこうも、
 「いま何もしないでいる自分をせかせる力があるとすれば、これからどういう小説を書く・書かないということではなく、かつてない経験として待ちかまえているはずの、現実にやって来るものへの準備をどう始めるか、ということです。それはキッパリと決断して、という種類ではないとも感じる……」
 
 昨夜は、たまに集まる中学時代からの友人たち14名で会食をした。みな敗戦の年に生まれた同い年だ。リタイヤ組あり、夫君を失って女手一つで子を大学までやった女性もいる。
 還暦を過ぎて同様に思いを巡らせることは、まちがいなく「現実にやって来るもの」が決して遠くはないということだ。
 それでも、だれもが年相応の「今」を楽しんでいる。それが勇気づけられた。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。




合同出版、「梓会出版文化賞」受賞

2009年12月13日 | おしらせ
Jushou
 
 毎年、良質で優れた出版活動を行う出版社に対して送られる、「梓会出版文化賞」をお世話になっている合同出版が受賞した。
 『原爆詩集八月』『クラスター爆弾なんてもういらない。』などの出版が受賞理由だ。
 長年一貫して、核兵器や非人道的な兵器、反戦と平和に関する問題に取り組んできたことが評価された。
 
 自分がかかわった本が受賞理由になったわけで、たいへん喜ばしい。
 これを機会にたくさんの人が読んでくれることを望みたい。

 リンク→社団法人 出版梓会
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。




ダビングの日

2009年12月12日 | 日記・エッセイ・コラム
Gyoen1
 
 12日夕方5時から、先日録音したナレーションのダビングを行った。
 スタジオは新宿御苑千駄ヶ谷門のすぐそばで、通りかかった時間には、園内から閉園の音楽が聞こえて来ていた。
 千駄ヶ谷門から見える御苑の銀杏が、見事に色づいている。
 
Studio
 
 ダビングの機材が昔とはまったく違うことに驚く。とにかく音が目に見えるのだ。
 音波が画像になって現れるから、不要なノイズなどは、目で見てわかるので、その部分を選択して削除すればいいという。
 昔ならノイズが入るたびに録音し直したものだ。
 
 「すいませ~ん、リップノイズ入っちゃいました。オンリーでお願いしま~す」
 
 なんて、ダメ出しは今ではないんだろう。
 同じ音を繰返すのも、コピーペーストでいい。
 かつては、マスターから再録を繰返したものだから、どうしても音が劣化する。素人が聞いてわかるほどのことではないが、それでも気にはなった。
 
 6ミリの録音テープを使っていたころは、テープレコーダーで音を確認しながらテープをはさみで切ったり、つなぎ合わせたりしたものだから、コンマ数秒のタイミングをとるには、それ相応の技術が必要だった。
 ダビングが済むと、側に置かれたくずかごの中は、切り刻んだテープの残骸でいっぱいになる。いつも、もったいないなあと思っていた。
 それが今は、録音テープなんか使わない。モニター上でなんでもできる。
 くずかごもいっぱいにはならない。
 
 確認再生時間を含め、2時間半で、約40分のダビングが終わった。昔なら半日かかっただろう。
 しかも、録音テープなどの消耗品がいらないから、経費も安くすんでいるんだろうなあ、きっと。
 
 さて、後はたくさん売れてくれることを祈るばかりだ。
 
◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。




メタボリック

2009年12月11日 | 健康・病気
 健康診断に行って来た。
 詳細な診断は2週間後だが、検査中に看護師さんから「メタボリック」だと言われた。
 「20歳の頃はどのくらいでしたか?」
 「は?」
 「身長、体重、ウェスト周りです」
 「身長は172センチ、体重60キロ、ウェストは70センチくらいで、痩せ形でしたね」
 「そのころの体形が維持できていれば理想なんです」
 今はほど遠い。
 体重73キロ、ウエスト90センチだ。
 「女性ならまだ大丈夫なんですけど。体脂肪の関係でね」
 
 おそらくそう言われると予測していたので、さほどショックではない。
 しかし、まずい。
 
 「まずいですねえ」
 「まずいですよ」
 「食べ物は減らしているつもりなんですが、運動不足なんで減量できません」
 「運動してください」
 
 というわけで、
 
Training
 
 だいぶ前に買って埃をかぶっていたこんな器具を引っぱりだして来た。
 ハンドルを握って腹這いになり、つま先で支えながら膝を伸ばし、腹筋を使って腰を直角くらいまで上げる。
 腰を上げると車がグイ~ンと引きつけられ、体を伸ばすと前に行く。
 それを何度か繰返す。
 
Training2
 
 けっこうきつくて、久しぶりにやったら5回が限度だった。
 これを毎日10回~20回くらいできるようにして、続けようと思う。
 
 ちなみに、カミさんが「わたしもやる」と言って挑戦したら、1回は完璧にできた。
 普通、女性の場合、いきなりチャレンジして、1回もできないのが普通だ。
 アシのYはスプリングのアシストがついたものを自宅に持っていて、それでも膝をついた状態から体を伸ばしたら、ヘチョッとつぶれて、起き上がれなくなったそうだ。
 
 さて、カミさん、1回はできたものの、それだけであくる日腹筋が筋肉痛になった。
 「1回で筋肉痛?!」
 「ははは、ひひひ、いたたたた」
 「1回でかよ!」
 「ハハハハ、ヘッヘッヘ、イタタタタ」
 
 ぼくの方は、今のところ腹筋は無事である。
 準備運動を兼ねた、普通の腹筋運動を、20回から始めて、毎日10回ずつ増やし、最終的に100回にして、そのあと器具を使って20回ぐらいなら、無理せずに続けられると思う。
 しかし、運動不足の場合、筋肉痛が忘れた頃にやってくることがある。

◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆~~~~◆
◆あなたの本を待っている人がいます◆
・お手持ちの原稿を本にしませんか。
・自費出版から企画出版まで。
・きっとあなたのファンが出来る本作り。
■ご相談はメールで galapyio@sepia.ocn.ne.jp まで
*上のメールアドレスをコピーするか、右下の「□メール送信」をクリックしてください。