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Zooey's Diary

何処に行っても何をしても人生は楽しんだもの勝ち。Zooeyの部屋にようこそ!

「戻ってきた娘」「チョウセンアサガオの咲く夏」

2022年06月13日 | 

「戻ってきた娘」 ドナテッラ・ディ・ピエトラントニオ著

イタリアでベストセラーとなり、二大文学賞のひとつカンピエッロ賞を受賞、28か国に翻訳され、映画化も進行しているのだそうです。
13歳の時にそれまで育った裕福な家庭から、実の親と兄妹が暮らす田舎の貧しい家庭に突然戻されてしまった「わたし」。
優しく愛に包んで育ててくれた養親は、その理由も説明してくれなかった。
何故?どうして私はこんな目に遭うの!?
13年間育ててくれた養親とは、中々連絡を取ることもできない。
劣悪な住環境、粗暴な実の親、好色な目を向ける兄たち、食べるものにも事欠く暮しで、何故急に戻ってきたのだと厄介者扱いされる。
大人達の事情で「まるで荷物のように」住む家を移され、嘆き悲しむ 多感な年頃の「わたし」。
その理由が最後に明らかになった時、その残酷さに言葉を無くしました。
唯一の救いは、繊細な姉に何くれと教えてくれる、逞しい実の妹との愛情だった。
「わたしの妹。岩にへばりついたわずかな土くれから芽を出した、思いもかけない花。わたしは彼女から、抗うことを教わった」。
訳者後書きによると、この小説の舞台となった1960年代のイタリアでは、親同士の合意だけで、子沢山の家庭から子供のいない家庭に乳幼児が引き取られるということが、頻繁に起こっていたのだそうです。


「チョウセンアサガオの咲く夏」柚月裕子著

柚月裕子の短編集。
この中で私には、表題作が印象的でした。

母が倒れ、娘は仕事も辞めて故郷に戻り、献身的に介護する。
認知症で半分寝たきりの母の介護は重労働で、往診に来る医師の賞賛と慰めの言葉だけが救いであった。母はよく下痢や嘔吐などして体調を崩し、その度に医師が往診に来るのだった。
今日も娘は庭に花を植える。
”庭にはキョウチクトウやジンチョウゲ、シャクナゲ、スズランなどが植えられていた。全て毒性がある花だ。美津子は縁側の奥の部屋で、布団に横たわっている芳江を見つめた。母さん、私は母さんを恨まないよ。今ならあなたの気持ちがわかる。だから、私の気持ちもわかるよね。ねえ、母さん。”
「代理ミュンヒハウゼン症候群」という言葉の意味が、分かりやすく理解出来ました。

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「清少納言を求めて、フィンランドから京都へ」

2022年06月05日 | 

枕草子の英語版に夢中になって、仕事にも人生にもうんざりしたアラフォー、フィンランド人の著者は、清少納言の研究の為、長期休暇制度を使って日本へ旅立つ。
「セイ、あなたと私は驚くほど似ている」と彼女は言い切っているのです。

京都でゴキブリだらけのガイジンハウスに住み、色々な国からの同居人たちとドタバタ生活を始める。
博物館や図書館で資料探しをし、歌舞伎や能を鑑賞し、座禅や写経を経験し、「セイ」を探し求める。
「セイ」の素性や本名や性格、結婚相手、性生活について探る。
在日中に東日本大震災が起こって精神的混乱をきたし、タイに避難し、そしてまた戻る。
京都の桜の「この世のものとは思えない美しさ」に感動し、「もののあはれ」とはこういうものかと思う。
紫式部と清少納言の評価の違い、性格の違い、作品の違いについての考察。
ロンドンの大英博物館に通い、世界文学史の中での「セイ」の不当に低い位置づけに憤る。

そして500ページ近くの分厚い本書の最後で、彼女はこう結論付ける。
”セイ、あなたは守護道化師だったのよ。命を懸けて書き、弾丸を受けるために中宮定子の前に身を投げる守護道化師。定子の守護者、それがあなただった。だからあなたは本を書いた。どんなに表面的で、ふしだらで、非情で、病的な天皇一家の崇拝者としてあなたが後の世界で見られようともかまわずに。明るくて、しかめっ面した傲慢な道化師、セイ。あなたは定子の評判を救うことに成功した。自分のは救えなかったけれど。”



この本は2013年にフィンランドで出版されると大評判となり、数多くのメディアに取り上げられ、「人生を変える勇気をくれた」「転職する気になった」「これまでしようと思っていたことを実行することに決めた」などの言葉が寄せられたのだそうです。
日本の〇〇に惹かれて来日したというような人を紹介するテレビ番組がありますが、ここまで人生をかけてのめり込めるものがあっていいなあと思ってしまいました。

「清少納言を求めて、フィンランドから京都へ」 

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韓国女性の悩み「82年生まれ、キム・ジヨン」

2022年05月29日 | 


2016年に韓国で出版されるや100万部を突破し、社会現象を巻き起こしたという話題作。
キム・ジヨンは33歳、3年前に結婚し、去年女の子を出産して会社を辞めた。
専業主婦になった彼女は育児に専念していたが、ある日突然、別の人格が憑依したようになる。
カウンセリングに通い、その原因を探るため、彼女の誕生から学生時代、受験、 就職、結婚、育児までを振り返る。
彼女が出会ってきた、様々な小さな差別や社会の不合理が浮き彫りになって来る。

韓国の家父長制度や男尊女卑については多少聞き知っていましたが、その詳細を知って驚きました。
1999年には「男女差別禁止及び救済に関する法律」ができたということですが
”決定的な瞬間になると「女」というレッテルがさっと飛び出してきて、視線を遮り、伸ばした手をひっつかんで進行方向を変えさせてしまう”のだと。
男の子を優先し、弟ばかり大事にしていたジヨンの実家。
赤ん坊はまだかと圧力をかけ、娘を産んだら次は息子をと言ってくる彼女の婚家。
就活に散々苦労し、ようやく入った小さな広告代理店では、セクハラまがいの企業への接待が待っていた。
専業主婦になってからは生活が厳しく、育児の閉塞感とお金を稼がなければという焦りに苦しめられる。

韓国も日本も似たようなものだなあとつくづく思いました。
私の実家も長男大事で、兄はいつも優先されていました。
息子を出産した時には、婚家からお手柄だったねと言われました。
私が大学を出て就職した先は結婚退職制(!)で、2年間だけの勤務でした。
以来私はずっと専業主婦で、今時の女性の勤務実態についてはまるで知らないのですが、都会のマンションの一室でのワンオペ育児の閉塞感には、とても共感するものがありました。



私の実家や婚家が時流に反して古臭い考え方であること、ジヨンは私よりも20年も後に生まれていることを考えても、韓国で今もこんなとは驚きました。
この本がベストセラーになり、2019年に映画化されたことを考えても、それが裏打ちされるようです。
映画は大分前に観て感想も書いていないので、詳細は忘れてしまいましたが、大方原作通りだったように思います。
本の中のジヨンが閉塞感を抱えたまま終わるのに対して、映画の方は彼女がその経験を書いて小説家になるという明るい結末で終わっていたようではありますが。

「82年生まれ、キム・ジヨン」本 
映画 

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居場所を失くしたすべての人へ「JR上野駅公園口」

2022年05月12日 | 


昭和8年、福島県相馬郡の貧乏な家に生まれた男は、生涯を家族の為に働き続けた。
結婚してからは出稼ぎの為に上京、ひたすら送金し、たまに帰っても息子や娘が懐くことはなかった。
還暦を迎えて48年の出稼ぎ生活を終え、平穏な暮らしに入ろうとしたところで、妻が65歳で急逝。
男は家を出て、上野公園のホームレスとなった。その後、故郷は東北大震災の津波に呑み込まれた。

”自分は悪いことはしていない。ただの一度だって他人様に後ろ指を差されるようなことはしていない。ただ、慣れることができなかっただけだ。どんな仕事にだって慣れることができたが、人生にだけは慣れることができなかった。
人生の苦しみにも、悲しみにも…喜びにも…”

上皇と同じ年の同じ日に生まれた男。
天皇と同年同日に生まれ、浩一と名付けられた長男は、21歳で急逝してしまう。
ホームレスとなって暮らす上野公園では、時々「山狩り」と呼ばれる特別清掃が行われた。
天皇家の人々が博物館や美術館を観覧する前にコヤを畳み、公園の外に出なければならないのだった。

”そうやって人生は続いていく。暦には昨日と今日と明日に線が引かれているが、人生には過去と現在と未来の分け隔てはない。誰もが、たった一人で抱え切れないほど膨大な時間を抱えて、生きて、死ぬー。”

「東京オリンピックの前年、出稼ぎのため上野駅に降り立った男の壮絶な生涯を通じ描かれる、日本の光と闇……居場所を失くしたすべての人へ贈る物語。東北から出稼ぎに上京した一人の男性がホームレスとなった人生を、上野、天皇陛下、震災をからめながら描かれた作品」(amazonから)
しかし、この寂しい男にも、結婚した時、懐妊の知らせを受け取った時、そして子供が生まれた時、たまに帰った折に懐いてくれないながらも無心に眠る子供たちの寝顔を見た時、喜びに輝く瞬間があったのだと思いたい。
なんとも物悲しい物語です。
全米図書賞受賞。

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「掃除婦のための手引き書」ルシア・ベルリン作品集

2022年05月02日 | 


レイモンド・カーヴァーも影響を受けたというこの人の本を、楽しみにしていました。
2020年本屋大賞「翻訳小説部門」第2位。

なんとまあ、物凄い人生を送った人です。
訳者後書きによると1936年アラスカに生まれ、鉱山技師だった父親の仕事の関係で、アメリカの鉱山町を転々とする。
テキサスの母の実家に移り住んだ時には、祖父も叔父も母もアルコール中毒という環境。
アメリカでは下層階級だったのに、父親の転勤でチリに行ったらいきなり上流階級の暮らし。
ニューメキシコ大学在学中に最初の結婚、その後3度の離婚を経験し、高校教師、掃除婦、電話交換手、看護師などしながら、シングルマザーとして4人の息子を育てる。
アルコール中毒に苦しみながら小説を発表、最終的にコロラド大学の教授となるが、2004年癌で死去。
彼女の作品は死後10年を経て再発見され、近年、評判になっているのだそうです。

この短編集は訳者によると、ほぼすべてが彼女の実人生から材を取っているのだと。
鉱山町で過ごした幼少期、テキサスの祖父母の家で過ごした少女期、お屋敷で過ごしたチリのお嬢時代、4人の子供を抱えたブルーカラーのシングルマザー期、メキシコで癌で死にゆく妹を看取った日々。
驚くほどに起伏に満ちた人生を短編に切り取りながら、彼女の文章は何処か冷めていて、ユーモアをたたえている。
「冷徹な洞察力や深い教養と、がらっぱちな、ケツをまくったような太さが隣り合わせている」のです。

祖父母の家で過ごした、暗黒の少女時代を切り取った一場面。
”祖父が酔っぱらうと、捕まって揺さぶられるので、わたしはいつも隠れた。一度は大きな揺り椅子の上でそれをやられた。わたしを押さえつけ、かんかんに焼けたストーブすれすれに椅子が激しく上下し、祖父のものがわたしのお尻を何度も何度も突いた。大声でがなる。あえぐ、うなる。すぐそばには祖母がいて、わたしが「メイミー!助けて!」と叫んでも、座って聖書を読むだけだった”

いやいや、こんな経験をしたら、私だったらもうそれだけで一生苦しみそうです。
しかしこの人はその後、何度も恋愛、不倫、離婚を繰り返し、アルコール中毒を克服し、自分の人生を文学に昇華している。
凄いなあ…
原題は「A manual for cleaning women」といいます。

公式HP 

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「世界の美しさを思い知れ」「新しい星」

2022年04月25日 | 


「世界の美しさを思い知れ」
人気俳優の弟が突然自殺し、残された双子の兄は悲しみの底から這い上がれず、途方に暮れる。
”親が戸惑うくらいそっくりだったし、親が呆れるくらい仲が良かった”のに、弟が自殺した理由が皆目わからない。
弟のスマホに残された情報から、少しでも弟のことが探れないかと、礼文島、マルタ島、台湾、ロンドン、NY、南米と様々な場所を旅していく。
旅行といってもそれぞれほんの数日間、紀行文としては短かすぎるし、世界各地の上っ面だけなぞって旅と言えるかとも思う。
それでもコロナ禍で中々海外に行けない今、底知れない悲しみを引きずる旅だとしても、旅情をそそられます。
この挑発的なタイトルは、「あいつは先に逝っちゃったけど、残った片割れの俺に、世界は美しいということを残して逝ったんだと、それはつまり、お前は末永く生きろということだと受け取ろうと思う」ということのようです。



「新しい星」
大学の合気道クラブで同期だった四人の男女のオムニバス短編集。
青子は産んだばかりの娘を亡くしてしまう。
弦也は上司にいじめられて会社を辞め、ひきこもりに。
茅乃は乳癌を患い、手術をするも再発する。
卓馬はコロナ禍の影響で妻子と別居、離婚することに。
それぞれが問題を抱えながら、助け合い、傷を晒すことで自分の不幸を受け入れていく。
このタイトルが何処から来たのかと考えながら読みました。
”なんだか見知らぬ惑星に寝転んでいるような、怪しく心もとない気分になった。不時着した砂地から顔を上げ、そろりそろりと周囲を見回し、夫や子供を望まない人生を考え始める。新しい星で、青子はやはり一人だった。堕ちた砂地で途方に暮れて、すすり泣く母親を眺めていた”
”星から放たれた光が地球に届くには時間がかかる。自分たちが見ているのは過去に発された光であり、目に映る星がすべて、この瞬間に存在しているとは限らないのだ。友人はいる、消えてもまだ、光を届けてくれている。そこにある星も、ない星も、光っているという意味では変わらない”
この辺りでしょうか。
愛する人を亡くしても愛や友情は消えないのだと、星の光は教えてくれると。
こんな友情があったらいいなあああ。

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「ハムネット」

2022年04月19日 | 


「シェイクスピアは、なぜ亡き息子の名を戯曲の題にしたのか?
 あの名作誕生の舞台裏には、400年前のパンデミックによる悲劇があった!」
裏表紙のキャッチコピー。


シェイクスピアの妻といえば、“未来の大劇作家を篭絡した8歳年上のしたたかな悪女”というイメージが定着していると思いますが、この本にはまるで別の視点から捉えた魅力的な妻アグネスが登場し、生き生きと活躍します。
アグネスは地主の娘で、森の動物や植物と交流し、ある種の霊能力を携え、魔女とも噂される個性的な女性だった。
18歳のラテン語教師のシェイクスピアは一目で恋に落ち、二人は結婚し、3人の子供を設ける。
一人息子のハムネット(当時はハムレットもハムネットも同音)が11歳の時、流行り病のペストに罹って亡くなる。
その4年後、父親は「ハムレット」という戯曲を書き上げる。
「死別の深い悲しみを味わった夫婦、家族が、ゆっくりと立ち直ってゆく物語」(訳者後書きから)です。


16世紀のイギリスの生活様式、家族の会話などが面白い。
鷹匠でもあるアグネスがチョウゲンボウを扱う様子、若い二人が貯蔵庫の沢山の林檎の中で結ばれる様子、結婚前に妊娠してしまったアグネスと「種を仕込んだ」男の、それぞれの家族との大騒動の様子。
当時のロンドンのグローブ座辺りの、糞便の山があちこちにあり、路地の隙間で男女が交合しているという、猥雑極まりない様子。
しかし私には、息子が亡くなったシーンがやはり圧巻でした。


”アグネスの頭のなかでは、思念がどんどん広がって、それから狭まり、拡がって、狭まり、それが何度も繰り返される。
彼女は思う。こんなことが起こるはずがない、あり得ない、わたしたち、どうやって生きて行ったらいいんだろう、どうすればいいんだろう、ジュディスはどうやったら耐えられるだろう、他の人たちになんて言えばいい、どうやって暮らしを続けていけばいいのか、私はどうすればよかったんだろう、夫はどこにいるんだろう、あの人はなんていうだろう、どうすればあの子を救えたのだろう、どうして救えなかったのか、危険なのはあの子の方だと、なぜ気が付かなかったんだろう?それから焦点は狭まり、彼女は思う。あの子は死んだ、あの子は死んだ、あの子は死んだ。”



この物語の舞台であるストラトフォード・アポン・エイヴォン、2009年に行きました。
ハーフティンバー様式の漆喰の壁に木枠の家が立ち並び、川にナローボートがのんびりと浮かぶ、小さな美しい町。
シェイクスピアの家はこんな感じで、この町の観光拠点になっていました。
その中に入り、当時のままに保存されているという、部屋の様子を見ることもできました。
場所や時代が異なっても、文豪であっても庶民であっても、子供を思う親の気持ちは変わらないのですね。
この作品、映画化が決まったのだそうで楽しみです。

「ハムネット」 


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老いにまつわる3冊

2022年04月03日 | 


「ショローの女」伊藤比呂美著
息子たちが幼い頃、何度も読み返した育児エッセイ「良いおっぱい悪いおっぱい」。
明るい育児のための合言葉はがさつ、ぐうたら、ずぼらであるなどの言葉に、新米母の私はどれだけ慰められたことか。
その著者の最新本「ショローの女」は、著者が60代半ばとなり、カリフォルニアから熊本に戻ってからの一人暮らしの様子が書かれています。
米国人の夫を看取り、3人の娘たちは自立し、愛犬クレイマーと暮らし、週一回上京して早稲田大学で教える日々に、コロナが襲来する。
著者の、学生たちを見る目が何とも優しい。
”この一年生たちは、まだ大学という場所に一度も行ってない。普通の時なら、大学生になると、サークルに入ったり、友達や恋人を作ったり、セックスをし始めたりする。町に繰り出す。飲んで吐く。失恋して泣く。目に浮かぶ、キャンパスの人混み。早稲田の駅前の人の流れ。今年の一年生はそういうのを知らない。
数十人から数百人の子どもたちが口を開けて、コロナの不安に押しつぶされそうになって、せんせえせんせえと(鳥のヒナみたいに、でも声を出さずに)泣いていた。”
このお母さん目線の温かさに、私は惹かれたのだとつくづく思いました。

「疼くひと」松井久子著

イサムノグチの母親の人生を映画化した「レオニー」を私はあまり好きではなかったのですが、その脚本家が書いた、70代の女性の性愛を描いた作品です。
脚本家の主人公は古希を迎え、日に日に老いを感じる日々、SNSで年下の男と出会い、身も心も溺れて行く。
その描写があまりに詳細で生々しくて、私はちょっと食傷気味でした。
赤裸々によく書いてくれた、勇気を貰ったなどの声も多いようですが、そんなことは自分の日記に書いて、自分だけ読み返せばいいのにと思ってしまいました。



「夫の後始末」曽野綾子著

夫の三浦朱門氏がある日、突然倒れ、そこから始まった80代なかばにしての介護生活がさらりと書かれています。
あまりにも淡々とした描写で、そこには辛いとも苦しいとも一言もないのですが、介護とは「奉仕」であり、「奉仕」とは排泄物の世話をすることと言い切っていることから、その大変さを想像するという感じです。
そして日野原重明先生に聞いた、人間の臨終を楽にする方法として、胃瘻・気管切開・多量の点滴による延命はやってはいけないと。
御夫君も同意されたということで、それを実践なさったようです。
63年間一緒に過ごした夫が亡くなってからも、寂しいだの悲しいだのという言葉は一切なく、ただ一匹の子猫を迎え入れ、直助と名付けて一緒に暮らし始めたと。
”家族の誰かが旅立って行く時、残される者はしっかり立って見送らなければならないのだろう。その任務をこんな小さな直助でも助けていたのである”と。

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「テスカトリポカ」

2022年03月26日 | 


参りました。
麻薬と貧困と暴力の、果てしない残酷物語。
直木賞・山本周五郎賞受賞。
何度も鳥肌を立てながらも550ページの長編を最後まで読んだのは、アステカ文明への信仰がこのストーリーにどう関わるのかを確認したかったからです。
3年前、コロナ襲来の直前メキシコに行った際に、私はアステカ文明についての本を夢中で読んだのでした。

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロは、対立組織との抗争の果てにジャカルタに逃げ、日本人の臓器ブローカーに出会う。日本に生まれ育ち、虐待された挙句に両親を殺した少年コシモは、その並外れた体格と格闘能力をバルミロに見込まれて、殺し屋として雇われる。アステカ文明への信仰を持つバルミロとコシモの人生が臓器シンジケートという闇の世界で交わり、破滅へと突き進んでいく…

1996年、麻薬カルテルに支配されているメキシコの田舎町から、17歳の少女ルシアが逃げ出す場面から物語は始まります。
ルシアの兄は、麻薬密売人の手を借りずにアメリカへの不法入国を企て、売人からむごたらしく殺されてしまう。
”両目を抉り出され、舌を切断され、手足を切り落とされて全裸で路上に転がされていた”というのです。
ルシアは南メキシコのアカプルコで稼いだ後、日本へと逃げ、暴力団員の男と一緒に住むようになる。
薬中になった彼女から生まれ、育児放棄されて学校にも行かずに野生児のように育ったのが、前述の少年コシモです。

”神殿、群立する巨大な階段ピラミッド、その頂上で夜明けからずっと儀式が執り行われていた。神々の為にいけにえが捧げられていた。いけにえはひたすら殺されていった。
神官たちは心臓をえぐり取った死体を、下へと突き落とした。神に食べられ、胸に穴の空いた死体は、長い階段を転がり落ち、待ち受ける係が首を切り落とした。首なしの死体を囲む人々が、腕と足を切り落とした。見ることも、触れることもできない恐ろしい存在に、いけにえの心臓と腕が捧げられようとしていた。
永遠の若さを生き、すべての闇を映し出して支配する、テスカトリポカ。”


(2016年大英博物館で)

テスカトリポカというのは、世界を創造し、アステカ神の頂点に立つとされる神。
私はこの神のマスクに以前、大英博物館で出会い、妙に心惹かれたのでした。
人間の頭蓋骨に黒曜石と翡翠のモザイクを貼り付けたという、なんとも不気味なマスクです。
そして神官が生贄の胸を切り開いて取り出した心臓を置いた、チャックモールという人型の台は、メキシコの遺跡観光のあちこちで見かけました。

メキシコの麻薬カルテル、インドネシアのヘロイン密売組織、中国黒社会の有力組織919、血で血を洗うような暴力組織が次々と登場します。
しかしそうした暴力組織よりももっと恐ろしかったのが、無戸籍児という法の穴を利用して作られた日本の臓器売買ビジネスであったとは。
アステカの人身御供と現代の麻薬カルテル、そして臓器シンジケート。
共通項は血なまぐさい残虐さか。
人間の怖さを思い知らされる小説ですが、最後にかすかな救いがあります。

『テスカトリポカ』

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ゴッホの死の謎「リボルバー」

2022年03月22日 | 


アート史上最大の謎とも言われる「ゴッホの死」を題材にした、アートミステリー小説。
ゴッホやゴーギャンの絵に幼い頃から魅せられた高遠冴(たかとおさえ)は、彼らの世界を深く知るためにパリへ行き、美術史の博士号を習得し、パリの小さなオークション会社で働いていた。
ある日、冴のもとに一人の女性が訪れ、ゴッホの自殺に使われたという古い拳銃(リボルバー)を差し出した。
冴えはその錆びついたリボルバーが本物かどうか、調査を始める。
リボルバーが誰のものであったのか、誰によって使われたかを調べるにあたり、ゴッホの死の謎が一段と深まる。
ゴッホは自殺ではなく、ゴーギャンによって殺されたのか…?

ゴッホについては同じ著者の「たゆたえども沈まず」を面白く読んだので、こちらも楽しみにしていました。
しかし前半はストーリーがあまりに絵空事のようであり、パリで飛びまわる冴の活躍ぶりが少々鼻につくところがなきにしもあらずだったのですが、後半、ことに終盤に近いゴーギャンの独白辺りから、私には俄然面白く感じられました。
ゴッホがアルルでゴーギャンと暮らし始めたものの、2ヶ月で喧嘩別れし、耳を切り取って精神病院に送られ、その後ついにピストル自殺してしまうのは有名な話ですが、この本によれば、ゴーギャンはゴッホに嫉妬し、壮絶な劣等感を抱いていたというのです。

この本の表紙の絵は、ゴーギャンが最も好きだったという「ひまわり」ですが、これについてゴーギャンはこう言っています。
”もっとも目を引いたのはすべてが黄色すぎるほど黄色のタブローだった。濃い黄色、強い黄色、柔らかな黄色、淡い黄色、背景もテーブルも壺も、てんで勝手にほうぼうを向く花々も、複雑な色調の黄色で描き分けられている。にもかからわず、ちっとも騒がしくなく、むしろ静謐で、完璧な調和をたたえていた。”

そして
”私はもはや我慢の限界に達していた。フィンセントがうっとうしくてたまらなかった。
私にはアルルで描くべきものが何もなかった。それに対してフィンセントは、私と創作を共にした二ヶ月ほどのあいだに格段に進歩した。彼はどこまでも成長するひまわりで、私は彼に無条件で光を与える太陽に過ぎなかった”
そしてゴーギャンはゴッホに別れを告げるのです。
置き去られたゴッホは絶望して…

嫉妬や劣等感は誰もが持つ感情です。
膨大な資料を基に書かれた小説とはいえ、何処までが史実なのかは分かりませんが、天才画家であってもこんなにもそうした感情に苦しんでいたのかと思うと、少々身近に感じられました。

「リボルバー」 

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