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Zooey's Diary

何処に行っても何をしても人生は楽しんだもの勝ち。Zooeyの部屋にようこそ!

「銀河鉄道の父」 門井慶喜著

2023年05月29日 | 


現在公開されている映画の原作本、直木賞受賞作。
宮沢賢治の生涯を、父・政次郎の目を通して描いたもの。

宮沢賢治は花巻の裕福な質屋の長男として生まれたが、商売を継ぐ気は更々なく、上の学校に進み、理想を追い求める。父は勤勉な商人であり地元の名士であったが、そんな息子にどう接するべきか迷いながらも否定することなく、あたたかい目で見守る。しかし賢治の作品は、中々世に認められず…

明治時代の家父長制度全盛期、しかも東北という地方に、こんな過保護な父親がいたとは。
何しろ賢治が子供の頃に赤痢で入院すると、医者の制止も聞かず、病院に泊まり込んで看病するのです。
そんな父親に育てられた賢治は、夢を追い求める青年にと成長するのですが、しかし純粋に文学の道を進んでいたわけではない。
イリジウム採掘だの、製飴工場だの、人造宝石だの、富と名声を求めて様々な分野に手を出し(出そうとし)、挙句の果ては宗教にものめり込む。その間、黙って仕送りをして賢治を支え続けていたのは、父親だったのでした。賢治は最後に学校の教師をしながら「文章を書くこと」を天職として見つけたものの、世間には中々認めて貰えず、そのうち結核に倒れてしまう。享年37という若さ。

「虔十公園林」「セロ弾きのゴーシュ」「なめとこ山の熊」など、子供の頃大好きで何度も読み返しました。
「よだかの星」「オツベルと象」「グスコーブドリの伝記」などはあまりに悲しくて好きになれないのに、いつまでも心に残りました。
こんな悲しく美しい話を造った人は、どんな人だったのだろうかと長いこと思っていました。
賢治が中々自分の夢を定められず迷走するさまは他人が見てもイライラするほどなのに、この父親はよく黙って応援し続けたものだと思います。
政次郎の息子愛、家族愛が伝わる作品であり、この父この家族あっての、愛に溢れる宮沢賢治文学だったのですね。


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「JK、インドで常識ぶっ壊される」「落陽」

2023年05月27日 | 

「JK、インドで常識ぶっ壊される」

「第16回出版甲子園」で大会史上初となる高校生でのグランプリ受賞。
日本でキラキラのJKライフをエンジョイする筈だったのに、父親の転勤でいきなりインドへ。
インターナショナル・スクールに通い、元気なJKの目を通しての摩訶不思議な国での生活を生き生きと綴る。
食事の用意を今夜は三分の一にしてと告げたら、分数が理解できなかったメイドや、どんな路地もスイスイ行くが、実は地図がまったく読めない運転手に驚く。二人とも小学校もちゃんと行ってなかったのです。
"見て見ぬふりをするくらいなら、ほんのちょっとでもできることがあるはずだ、ということ。そして、その「できること」に責任をもつということ。だから、わたしが糸口を見つけようとしていたもやもやに答えがあるとすれば、そのもやもや、つまり「これはおかしい」という気持ちを持ち続けなければいけない、ということだ”
こんなJKが増えてくれたら頼もしい限りです。


「落陽」朝井まかて著

明治天皇崩御直後、東京から巻き起こった神宮造営の巨大なうねり。
百五十年後の完成を目指し、日本人は何を思い、かくも壮大な事業に挑んだのか?

明治の終わりから大正にかけて、三流ゴシップ新聞の記者の目を通しての、明治天皇崩御と明治神宮造営を巡っての人々の思い、政治家や学者の対立や攻防戦が描かれる。
その頃の原宿駅辺りは、豊多摩郡代々幡村大字代々木、人の行き来もない辺鄙な場所。
天皇の崩御直後、渋沢栄一ら政財界人が「御霊を祀る神宮を帝都に創建すべし」と動き始める。
帝国大学農学部の本郷高徳は、「風土の適さぬ地に、神宮林にふさわしい森厳崇高な森を造るのは不可能」と反論。
しかし全国から十万本もの献木が寄せられ、勤労奉仕の人々はのべ十一万人にものぼった…

以前、外国人の友人をよく明治神宮に案内しました。
ここは人工林(artificial forest)なのだと言うと、皆一様に驚いていました。
荘厳な森林とその奥の神宮の境内は、奇天烈なファッションの若者たちが練り歩く竹下通りの喧騒とあまりにも対照的で、東京観光の代表的なスポットとなっていました。
こんな歴史があったのだと思うと感慨深いです。
今で100年ほどしか経っていないから、まだまだ完成形ではなかったのですね。
盛り込みが多い割には感動的なエピソードは少くて、盛り上がりに欠けるのが少々残念。


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「孤島の祈り」

2023年05月23日 | 


岐阜から帰り、日常からかけ離れた世界を味わいたいということで読んだのが、この本。
「単独ヨット世界一周を果たした女性冒険家が、人間の脆弱な生と愛を描く、ベストセラー漂流小説」。
30代の冒険好きなフランス人夫婦が、南極近くの無人島に取り残される。ペンギンやオットセイやネズミを食べて数ヶ月、必死に生き残ろうとするも極限まで追い詰められた二人が選んだ道は…

長身でハンサムで明るく、金持ちの家に生まれた青年リュドヴィック。
小柄で容姿にコンプレックスを抱えて育った、地味な女性ルイーズ。
その二人が出会って恋に落ち、長期休暇を取って大西洋一周の旅に出る。

”冬は始まったばかりだというのに、すでに食料が底をつきかけている。リュドヴィックは体にも問題を抱えているが、それ以上に心が折れている。そのことはクルーズ船の顛末で顕在化し、捕鯨艇の倒壊で決定的になった。彼にはもう生きる気力がない。「役立たず」という言葉は使いたくないが、煎じ詰めれば同じことだ。今の状況で生き延びるには、一人でここを出て科学調査基地を見つけるしかない”

予想外の展開に驚きました。
この著者は、ヨットレース中に二度遭難を経験しているとのことで、細部のリアルさに納得します。
人間の強さ、弱さ、愚かさ、醜さをグリグリと抉り取って描いたような冒険小説です。

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「すべて真夜中の恋人たち」

2023年05月04日 | 


冬子は34歳のフリー校閲者。人づきあいが苦手で友人も殆どおらず、これといった趣味もない。人間関係に悩んで会社をやめ、自分の部屋から一歩も出ずに校閲の仕事だけを一心にしている。ひっそりと生きて来た彼女は、ある日58歳の男性三束に出会って少しずつ打ち解けるが、その頃飲酒の習慣から抜け出せなくなっていた…

高校の時に初めて性関係を持った水野君から、彼女はこう言われます。
「君を見てるとね、ほんとうにいらいらするんだよ。自分の考えも、自分の言葉も持たないで、ぼんやりして生きてる。学校でも電話でも、何を考えているのか分からない。まあ、何も考えてないんだろうね。ただぼうっとしているんだ」

関係を持った相手に向ってその直後、こんなことを言う男は許せませんが、後年たった一人の女友達、聖にも「あなたを見てると、いらいらするのよ」と言われてしまう。
正直、私も彼女のようなタイプは苦手です。
もうちょっと行動的になれないの?自分の意見を持てないの?と思ってしまう。
しかし、そんな彼女の孤独の叫びに、段々胸が締め付けられて来る。

”ひとりきりなんだ、とわたしは思った。もう随分長い間、わたしはいつもひとりきりだったのだから、これ以上はひとりきりになんてなれないことを知っていたつもりでいたのに、わたしはそこで、本当にひとりきりだった。こんなにもたくさんの人がいて、こんなにもたくさんの場所があって、こんなに無数の色や音がひしめきあっているのに、わたしが手を伸ばせるものはここにはただのひとつもなかった。過去にも未来にも、それは何処にも存在しないのだった”

人との関りを上手く持てず、生きづらさを抱えた女性の魂の叫びが綴られていて、切なくなります。
冬子と三束の別れがまた、なんとも静かで悲しい。
英語版が全米批評家協会賞に、日本人として初めてノミネートされたのだそうです。

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らんまんの原作「ボタニカ」

2023年05月02日 | 


牧野富太郎の生涯を描いた作品。
500ページほどの分厚い本で中々面白かったのですが、なんといっても始まったばかりの朝のテレビ小説「らんまん」の原作なので、感想が非常に書きにくい。
楽しみに毎朝ご覧になっている人も多いでしょうから。
仕方がないので人間関係をすっ飛ばして(これが一番面白いのだけど)、富太郎の生涯の概略だけ記します。

土佐の裕福な造り酒屋・商家「岸屋」のボンボンとして生まれ、幼少期から植物に興味を示す。
小学校中退で独学にて植物学に邁進し、「日本人の手で日本の植物相(フロラ)を明らかにする」ことを志して上京。東京帝国大学に出入りを許されて、新種の発見、研究雑誌の刊行など目覚ましい成果を上げるも、教授らからの妬みからか突如として大学を出入り禁止に。
生家のお金を湯水のように使い、高価な洋書、顕微鏡、研究道具を買い込み、植物学の本を次々に自費出版し、借金は膨大に膨らんでいく。

昭和初期に3万円という借金がどれほどのものか私には見当もつかないのですが、その頃の1円は今の5000円位というサイトがありました(色々な説があって一概に言えないようですが)。
その伝で言えば月給30円程だった富太郎の借金は、1億5千万円に膨らんでいたのです。
それがどうなったかは人間関係に関わって来るので、ここで言うことはできないのですが。


(渋谷パルコの牧野富太郎展)

どんなに借金をしようとも、それで生家がどうなろうとも、ひたすら植物学に打ち込んでいた富太郎。
「なんとかなるろう」を口癖に、少年がそのまま大人になったような人です。
昭和23年、昭和天皇からご進講をとのお召しがあり皇居に参内した87歳の富太郎に、天皇は「あなたは国の宝だよ」と。
その後も94歳で亡くなるまで、富太郎は研究を続けたのだそうです。
好きな事にこれほどまでに生涯をかけた姿は尊くもあり(周りにどんなに迷惑をかけたとしても)、羨ましい限りです。
でも周りは大変だったろうな…

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「街とその不確かな壁」

2023年04月16日 | 

今週出た、村上春樹の6年ぶりの新作。
660ページの長編(2970円もした!)、楽しみを長く味わうべくゆっくり読もうと頑張ったのに、二日間で読み終えてしまいました。

これは楽しみにしている人も多いでしょうから、ネタバレしない程度に印象だけ。
春樹の小説にしては珍しく後書きがあり、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の元となった小説を40年振りに書き直したとあります。
内容的にどうしても納得がいかず、しかしこの作品には、自分的にとって重要な要素があると感じ続け、作家として40年の歳月を経て今、完成することができたと。そしてこれを書き始めたのは2020年、コロナが日本で流行り始めた3月であり、それからコロナの3年間で書き上げたのだそうです。
40年間温めていたということにまず、凄まじい作家根性を感じました。

現実の世界と高い壁に隔てられたあちら側の世界を、「私」は行ったり来たり彷徨うことになる。
本体と影、現実と非現実、生と死後の世界、あちらの世界とこちらの世界のどちらが本物なのか?
あちらの私とこちらの私、どちらが本物なのか?
「ここは高い煉瓦の壁の内側なのか、外側なのか」

「あの街は一度中に入ると、そこから出るのはほぼ不可能なところです。高い壁に周りを囲まれ、屈強な門衛が厳しく出入りの管理をしています。そしてその街で暮らしている人々は、満ち足りた生活を送っているとは言えません。冬は寒く長く、多くの獣たちが飢えと寒さの為に死んでいきます。そこは決して楽園ではないのです」
「でもあなたは、そちらの世界に居住することを選ばれた。そして高い壁に囲まれた街の中で、あなたの心が従来求めていたはずの生活を送られることになった。あなたの影に街から出て行こうと誘われても、単身後に残ることを選ばれた」
「そのとおりです。しかし私自身、自分の判断が正しかったかどうか、今でもなお判断に苦しんでいます」(P499)

17歳の「私」が恋した「きみ」には名前がなく、「***」という表記になっている。
後半に登場する、イエローサブマリンの絵が付いたヨットパーカを着た少年の名も「M**」。
とても重要な登場人物なのに、そして他の人には名前がついているのに。
謎です。


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「人生はそれでも続く」

2023年03月10日 | 


読売新聞朝刊に月一で掲載されている「あれから」は、過去に日本中が注目したニュースの「あの人」の「その後」をたどったもので、3か月から1年かけて取材をしているのだそうです。
私は新聞掲載時から読んでいるのですが忘れているものもあり、22例をまとめたこの本は、やはり読み応えがありました。
中でも私にインパクトが強かったものを、少しばかりご紹介します。

2010年の「山で13日間の死線をさまよった30歳」。
埼玉県の両神山(1723メートル)で遭難し、あめ玉7個でたった一人、13日間を生き抜いた多田さん(当時30歳)。
傾斜から転がり落ち、気が付くと、片足の骨が皮膚を突き破って骨折。
ナイフを火にあぶって傷口に何度も当てて出血を止めるも、どんどん腐乱していく傷口。
傷口のウジを振り払う元気もなく、アリやミミズを食べ、自分の尿を飲んで何とか生き延びる。
その後結婚して二人の子供にも恵まれた彼は、あれから一度も山には登っていないそうです。
嫌なことも嬉しいことも、生きているからこそと実感し、普通の幸せをかみしめていると。

そして「日本初の飛び入学で大学生になった17歳」。
1998年千葉大学が「特に優れた資質を持つ17歳以上」の飛び入学を認めた制度で、
佐藤さんは、その時選ばれた3人のうちの1人だった。
大学でも専用の自習室が用意され、米国の大学で研修も受け、研究に打ち込む。
大学院を出て、ある財団法人の研究機関に職を得て前途洋々に見えたが…
結局彼は今、トレーラーの運転手をやっている。
初任給の手取りは15万円、研究職の給料では家族を養っていけないというのが、その理由なのだそうです。
「ブレーキはパスカルの原理とか、車の運転って結構、物理に関係あるんですよ」と
大型トレーラーに乗って朗らかに笑う佐藤氏の顔写真が載っていました。

「断れなかったー姿を現したゴースト作曲家」、2014年、あの「耳が聞こえない作曲家」のゴーストライターとして話題になった新垣さんは、今は自分の名前で音楽界で活躍しているのですって。
この連載は今も続いていて、読むのが楽しみです。

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不倫の記録「奇跡」

2023年03月03日 | 

実在する歌舞伎役者の妻が、実名を出して婚外恋愛を語ったというので話題になりましたが…
男は世界的な写真家田原桂一、女は片岡孝太郎の妻で片岡千之助の母。
52歳の田原氏は33歳の博子さんに祇園で出会い、「僕たちは出会ってしまったんだ」と言う。
”「不倫」という言葉を寄せつけないほど正しく高潔な二人”と本のコピーにありますが、高潔な不倫って何よ?と思ってしまいます。
この本は、博子さんからの聞き書きという形で進行し、時々彼女の日記からの引用が挟まれますが、なんとも切れ味が悪い。
主人公が存命(田原氏は2017年病没)であることから、書けることが限られていることは分かりますが、礼賛ばかりでは正直面白くない。
私は上質な恋愛小説が読みたかったのであって、自己満足の不倫記録が読みたかったのではありません。
(不倫を攻撃する訳ではなく、不倫を必要以上に美化して欲しくないというだけです)



「私ほど愛された女はいないと思う。私たちほど愛し合った男と女はいないと思う」
とまで言う、この美しい人が羨ましくはありますが…

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あたしを見くびらないで!「挑発する少女小説」

2023年01月29日 | 


19世紀後半から20世紀前半に書かれた人気少女小説9編を、21世紀の大人の視点から読み解こうとするもの。

著者に言わせると
シンデレラ物語を脱構築する『小公女』
異性愛至上主義に抵抗する『若草物語』
出稼ぎ少女に希望を与える『ハイジ』
生存をかけた就活小説だった『赤毛のアン』
社会変革への意思を秘めた『あしながおじさん』
肉体労働を通じて少女が少年を救う『秘密の花園』
父母の抑圧をラストで破る『大草原の小さな家』シリーズ
正攻法の冒険小説だった『ふたりのロッテ』
世界一強い女の子の孤独を描いた『長くつ下のピッピ』
ということになるらしい。

上の9編は、どれも子供の頃、夢中になって読みました。
例えば「赤毛のアン」のアンは、決して天然のお転婆少女なのではなく、小さい頃からみなしごとしての苦労によって、生きるためには何が必要で誰を味方にすべきかを敏感に察知し、その上での就活によって健康的で文化的な生活を営むための環境を自ら勝ち取った、したたかな策略家なのだと。
そこまで分析しなくても、どんな逆境にあってもへこたれず、明るく逞しく想像力によって人生を切り開いていったアンの能力を、子供なりに自然に納得していた気がします。
”少女小説は読者を挑発しているのです。子どもだからって、女だからって、あたしを見くびらないで!"
という著者の言葉が面白い。
そしてモンゴメリーの略歴紹介で、”36歳で長老派教会の牧師と結婚、二人の息子の出産後も旺盛な作家活動を続けるが、私生活では鬱病に悩み、2008年、死因は服毒死であったことが発表された”というくだりに驚きました。

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「ベルリンは晴れているか」

2023年01月24日 | 


1945年7月、ナチス・ドイツが戦争に敗れ、米ソ英仏の4カ国統治下におかれたベルリン。ソ連と西側諸国が対立しつつある状況下で、17歳のドイツ人少女アウグステの恩人にあたる男が、不審な死を遂げる。米国の兵員食堂で働くアウグステは疑いの目を向けられつつ、彼の甥に訃報を伝えるべく旅出つ。

本文が始まる前に、1945年の敗戦後のドイツの地図が出て来ます。
米ソ英仏4ヵ国の占領地域に色分けされたドイツを目の当たりにして、少々愕然とします。
戦後の荒廃した混乱期に、戦前戦中の少女アウグスステの成長の物語が挟まれる多重構成で、話は進みます。
戦後の地獄のような廃墟、ベルリンを襲う連合国の爆撃機、逃げ惑う市民、虐殺され、”移住”させられる異民族。

共産党員だった両親を殺され、自分を凌辱したソ連兵を銃殺し、息を潜めて生きて来た少女アウグステ、
容貌がユダヤ人そっくりで、ユダヤ人を貶めた笑いで生きて来たアーリア人俳優のカフカ、
ロマとユダヤ人の混血で、断種手術を施された浮浪児ヴァルター、
アーリア人の金持ちの家に生まれながらゲイで、”懲罰矯正キャンプ”に押し込められ、家を出た浮浪児ハンス。
様々な思惑から行動を共にすることになった4人をつけ狙う、ソ連のNKVD(内務人民委員部)大尉のドブリギン。

ユダヤ人の目から書いた戦中戦後のドイツの様子を書いた本は多少読んできましたが、
ドイツ人の目からのそれは初めてでした。
”ドイツ帝国内に存在するものには、なんでもかんでも党の鉤十字がついているーそれは本も例外ではない。どれも帝国文学院に合格した党のお墨付きで、ドイツ民族を讃える内容か、ユダヤ人や共産主義者を批判する話ばかりが本棚に並ぶ。シンデレラと王子は愛ではなく純血同士だから再び会えて幸せになれる、という結末の童話に変更された。例えば、戦争は怖くて悲惨だとか、自由な人生を自分の意思で進盲だとか、国境なく平等に人を愛そうだとか、そういった内容の本はすべて書店や図書館から撤去され、広場で燃やされた”
そんなのは始まりに過ぎなく、アウグステの隣家のダウン症の少女はある日突然連れて行かれ、後日死亡通知が届く。
アウグステの父親も連行されて殺され、母親は連行される直前に、拷問による自白を恐れて青酸カリを飲んで自害する。
戦前のドイツに展開する異民族へのいじめ、強制連行、凌辱、殺戮、近隣住民による密告、騙し合い、奪い合い。
それらは無論、戦禍が激しくなるにしたがって、更に凄惨を極めるのです。

アウグステにかけられた殺人疑惑、そのサスペンスも面白いが、私には詳細に書き込まれた社会背景の方が面白かった。
終章の、カフカがアウグステに送った手紙の一説。
”君はあの(ソ連の)赤軍の「ウラー!」って雄叫びを聞いたことがあるか?あれは凄いぞ、俺は市街戦の直前にあれを聞いたんだが、地鳴りみたいな声でさ。懲罰の話を聞いて、赤軍の奴らがどうしてあんなに死を覚悟してまで敵に突進してくるのか、なんとなく理解できた気がしたよ。逃亡は即処刑、敵を前に降参したら、問答無用で懲罰が待っているんだ”
「赤軍」を今の「ロシア軍」に置き換えても、そのまま通用するのでは?

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