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Zooey's Diary

何処に行っても何をしても人生は楽しんだもの勝ち。Zooeyの部屋にようこそ!

話題本2冊「傘を持たない蟻たちは」「平成くん、さようなら」

2021年07月12日 | 

傘を持たない蟻たちは
著者はジャニーズ「NEWS」の加藤シゲアキ。
サラリとした軽い感じの幾つかの短編の中で「にべもなく、よるべもなく」が印象的でした。
いつの間にか同性愛に嵌っていった幼馴染のケイスケを、なんとか理解しようとする主人公。
が、理性では抑えられない嫌悪感や複雑な思いを抱えて、次第にケイスケから離れてしまう。
少年特有の純粋さや切なさ、やりきれなさに包まれた短編です。
唯一の理解者(といっても具体的には殆ど話さない関係ですが)として出てくる「根津爺」のキャラがいい。
”僕が漁師になると言った時、根津爺は止めはしなかったが、ただ一言「海で死ぬな」と言った。
海上で骨壺を開けると、遺灰は風にさらわれ、空に流れて行った。
あまりに早く骨壺が空になったので、根津爺はここに帰って来たかったんだと僕は思った。”という部分が好きです。

タイトルの「傘を持たない蟻たちは」というフレーズも、それを匂わせる内容も、本文の中に出てこない。
「行き詰まりながらも今いるところから抜け出そうとする主人公たちを、如何なる時も歩みを止めない蟻の姿になぞらえてタイトルをつけさせていただきました。厳しい現実と必死に向き合おうとする人々から何かを感じ取ってもらえたら嬉しいです。」ということだそうです。
アイドルがどんな小説を書いたのだろうという軽い興味で読みましたが、著者の名前を知らなくても、十分に楽しめる小説です。



平成くん、さようなら
社会学者古市憲寿の初小説、芥川賞候補にもなったということで読んでみました。
平成元年に生まれ、平成を象徴する人物としてマスコミに引っ張りだこの小説家、平成(ひとなり)君。
合理的でクールな彼は、恋人の愛(私)と一緒に住んでいるものの、性的接触は好まない。
ある日突然、平成の終わりと共に安楽死をしたいと愛に告げる。
愛はなんとかその決意を翻そうと色々試みるが…


ドリスヴァンノッテンのシャツ、メゾンマルシェラのコート、ラッドミュージシャンのブーツなどブランドもので身を固め、家賃130万円の虎ノ門の高級マンションに住む平成君は、著者を投影しているのか。
ブランドや飲食店や有名人の名前がこれでもかと出てくるのは、昔の田中康夫の「なんとなくクリスタル」を思い出させます。
「彼から安楽死を考えてると打ち明けられたのは、私がアマゾンで女性用バイブレーターのカスタマーレビューを読んでいる時だった」という書き出しには驚きましたが。
お金持ちでクールな若者のライフスタイル紹介本かと思いきや、ラストには一抹の寂しさが漂います。
これが何故、芥川賞候補になったのか、私には最後まで理解できませんでしたが。

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嫌な女の友達ごっこ「ナイルパーチの女子会」

2021年07月03日 | 

女性の嫌な面をグリグリ抉って息苦しくなるような柚木ワールドを、また覗いてしまいました。
栄利子は恵まれた家庭に生まれ、一流商社の総合職として働く才色兼備のOLだが、女友達がいないのが悩み。
ある日、愛読するブログの書き手の「脱力系主婦」翔子と出会い、彼女こそが親友だと思い込む。
最初こそ共感し合った二人だったが、あまりの栄利子の執着ぶりに翔子は驚き、距離を取ろうとする。


栄利子の独白。
”たかが人間関係でここまでペースを乱す必要はないと、自分でもよく分かっている。
でも、翔子のことがどうしても頭から離れない。最初は些細な誤解が原因だった。
賢い自分ならすぐに解消出来る筈だった。それでも、事態はさらにこじれ、翔子に距離を置かれてしまった。
彼女の薄情さに傷ついてしまい、むきになってきつい言葉を浴びせて以来、連絡は途絶えた。
今ではメールも電話も着信拒否されている。”
”仲の良さそうな同性の集まりを見ると、三十歳になる今も、それだけで無性に傷つく。
本当に心が通い合っているのか、上辺だけの付き合いではないか、と意地悪く目を光らせてしまう。
水面下では醜い足の引っ張り合いが起きているはず、利害関係が成立しているに違いない、と歯を食いしばるほどに願ってしまう。”


ナイルパーチとは、生態系を崩し、共食いまでもする貪欲な外来種の魚。
栄利子がナイルパーチに自分を重ねる所は悲しい。
”似た者同士で親しくしていたとしても、飽和状態が続けば、やっぱり殺し合いになる。
赤城直美とて、プライベートで付き合えば、きっと上手くいかなくなる。
彼女は自分を疎んじるようになる。それを阻止するために、きっと彼女を追い詰めてしまうだろう。自分はそういう人間だ。”


この辺りまでは栄利子の悲しい独白に共感も持って読んでいたのですが、物語の中盤辺りからは展開が不自然でどうにもついて行けなくなる。
栄利子が軽い気持ちで寝た同僚の婚約者にそれがばれ、その謝罪代わりに営業部の男23人全員と寝ろと命令される。
栄利子はそれを受け入れてしまう。
いや、あり得ませんって…
東電OL殺人事件か!?


どう着地するのだろうと思って読んで行ったら、ラストにはかすかな救いが。
後味は悪いが、終日雨の一日の面白い時間つぶしにはなりました。


「ナイルパーチの女子会」

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今週読んだ3冊「革命前夜」他

2021年06月20日 | 
「革命前夜」須賀しのぶ著。
東西ドイツのベルリンの壁崩壊の時代に、東ドイツにピアノ留学をした日本人眞山は、ドレスデンの音大で自分の音を求めてあがく。
才能あふれる友人たちに翻弄される中、ある時、教会で神の啓示のようなバッハに出会う。
その美貌のオルガン奏者に心を奪われるが、彼女は国家保安省の監視対象だった。
当時の東ドイツの物資の貧しさ、監視社会の絶望的な窮屈さ、友人さえ信用できない裏切りにつぐ裏切りの恐ろしさ。
”この国の人間関係は二つしかない。
 密告しないか、するか。”
映画「善き人のためのソナタ」や「東ベルリンから来た女」「僕たちは希望という名の列車に乗った」などで、ドイツ人の監督たちが緻密に描いてきた、触れると手が切れそうな緊張感あふれる世界がそこにあって驚きました。
経歴を見る限り、特にドイツに関係があるわけでもなさそうな著者の取材力や想像力に舌を巻きました。
大藪春彦賞受賞作。



「ときどき旅に出るカフェ」近藤史恵著。
主人公の女性は、元同僚の店主が旅先で見つけてきた珍しいスィーツなどを再現して出すカフェを見つけます。
苺のスープ、ロシア風ツップクーヘン、アルムドゥドラー(オーストリアのハーブソーダ水)、ドボシュトルタ(ハンガリーのバターケーキ)など。
そういったものを食べながら、主人公や店主の周りの人間関係の機微が描かれます。
トルコのバクラヴァの章では、こんなにも甘い食べ物が世の中にあることを知って、店主のスィーツに対する罪悪感が軽減されたというくだりで笑ってしまいました。



「スーツケースの半分は」近藤史恵著。
幸運をよぶという青いスーツケースにまつわる短編集。
三十歳を目前にした真美は、フリーマーケットで見つけた青いスーツケースに一目惚れ、衝動買いをしてしまう。
夫に憧れのニューヨークに行こうと提案すると、休みが取れない、定年後でいいじゃないかと言われる。
引っ込み思案だった彼女は夫の反対を押し切り、NYへ初めての一人旅を決意する…。
旅は勿論、楽しいことばかりではない。
この短編集の中でも、旅、それにまつわる人間関係のドロドロも、著者はクールに描いています。
食レポでパリを訪れたライターの悠子が、友人から紹介された女性に会うシーン。
”この子は、会話に棘を潜ませてくるタイプの人間だ。一見にこやかだが、隙を見せたら攻撃するつもりなのが、わかる”といった具合。
旅という言葉を借りた、女性たちの生き方にまつわる短編集です。
そう、一歩踏み出せば、誰だって何処にだって行けるのだから。
コロナ禍の今となっては、夢物語になってしまいましたが…。

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「Butter」木島佳苗事件

2021年06月15日 | 

2009年の木島佳苗の連続不審死事件を題材にしている小説というので、興味を持ちました。
若くも美しくもない容疑者に、男性たちは何故次々と殺されたのか?
スクープを狙って彼女を取材する女性記者、里佳は、拘置所にいる容疑者に何度も面会し、実家も訪問し、周りを丹念に調べ上げて彼女の心情に迫ろうとします。
東電OL殺人事件を描いた桐野夏生の「グロテスク」のようなものを期待したのですが、あそこまでの容赦のなさはなかったかな。
女の醜い部分を描こうとして、そのためらい傷に驚いて少々引いてしまったような印象があります。
とは言っても、欲望に忠実な容疑者と、取材する女性記者とその友人のコンプレックスまみれの内面をこれでもかとえぐって、ざらりとした後味の悪い思いが残ります。

”「男性は本来、ふくよかで豊満な女性が好きです。男性といっても、精神的に大人で裕福でゆとりのある本物の男性という意味ですが。痩せた子供のような体系の女性が好きだという男性は自分自身がなく、例外なく卑屈で、性的にも精神的にも成熟しておらず、金銭面でも余裕がない方が多いんです」
自分を受け入れない人間は視界に入れない。そうすれば、いつも自信満々でいられるという訳か。そうか、彼女につきまとう、樟脳のような匂いは、年配の裕福な男とばかり付き合っていた女特有のものだ。
どんなにブログで豊かな生活を見せびらかされても、少しも羨ましいと思えないのは、すべてが前近代的で、強者主導の記号化された富だからだ。”
これは、拘置所にいる容疑者の発言と、女性記者の思いです。

”「彼女を好きだというやつを、俺は同級生に一人も知らないんです。これだけ長い間、そばで暮らしていたのに、異性に好意を寄せられる姿を一度も見ていないというのは、ちょっと異常だと思いませんか?」
何の悪気もなく、彼は首を傾げた。
これだ、と里佳は目を見開く。
彼女が頑なに目をそらしてきたものの一つ。同年代の平均的な価値観を持つ男の、まっすぐで遠慮がないこうした評価だ。
同世代の異性の無関心は、最も辛いものだったのではないだろうか。”

こういった女の闘いが延々と続くのですが、最後がちょっと拍子抜け。
あくまでも木島事件を題材にしたフィクションということで、何処までが本当で何処までが創作なのか気になるところでもあります。
何故、題名がButterというのか?
それは読むと分かるのですが、バターと「ちびくろサンボ」に拘り過ぎているような印象も。
両者がしつこく出てきて、ちょっと食傷気味です。

「Butter」


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「添乗員撃沈記」

2021年06月05日 | 

”海外をほっつき歩きすぎて、他に出来ることもなく添乗員になった”(amazonより)という著者の泣き笑い旅行記。
本書ではギリシア、東アフリカ、ドイツ・ベネルクス、シルクロードの4ヶ所が取り上げられています

何といっても面白かったのは、シルクロードの旅編。
秘境専門の旅で売るY旅行会社が企画した「シルクロードを歩いてみよう」というツアー。
モスクワ経由でウズベキスタンのタシケントに入り、サマルカンド、トルクメニスタン、アゼルバイジャンを通過してイスタンブールまで、陸路3週間で目指すというもの。
貸し切りバスも使わず、交通機関は現地で調達、宿も現地で見つけながら進むと。
しかもトルクメニスタンなど日本ではビザが取れない国もあり、旅行しながらビザ取得。
ビザを取るのに何日かかるかも分からない、パンフにも途中終了もあり得るという但し書きつき。
そんなツアーがあったということにまずビックリ。

8人の参加者、そしてロシア語ができるという新人女性社員のアシスタントを連れて著者は出発するのですが、いきなりモスクワの空港で半日待たされ、しかもその間、拘束状態(これは私も経験あります)。
タシケントではクーラーも扇風機もない、シャワーとトイレは共同という安ホテルしか取れなかったりと波乱尽くし。
街なかでは警官にいきなりパスポートを取られて賄賂を要求されたり、参加者が熱中症になったり、長距離移動のバスがクーラーもなく、窓も開かずにサウナ状態であったり。
挙句の果てはビザが予定の1週間では取れず、何度も領事館に足を運び、参加者たちの間で喧嘩が勃発。
カスピ海では予定していた船が来ておらず、イスタンブールに辿り着けず、途中終了になることに。

これはツアーというよりは、団体の個人旅行という感じか。
貸し切りバスに乗ったきりで、添乗員の旗の下に連れ回されるというツアーよりは余程面白いかもしれないけれど、若い時ならともかくこの歳になって、40℃の炎天下でクーラーなしや、共同トイレの部屋は嫌だなあ。
でもこの著者は本当に旅行が好きなようで、どんな悪条件にもめげず、参加者たちから非難轟々の目に遭いながらも、それでも仕事を楽しんでいることが伺い知れて面白い。



ついでにこの著者の「腹ペコ騒動記」も読んでみました。
題名通りの旅グルメエッセイで、キューバの海老御飯、北朝鮮国境の焼き蛤、スペインのタパス、タイのアヒルラーメン、ノルウェーの鱈のスープ、ウズベキスタンの串焼き羊肉、トルコの鯖サンド、オランダのコロッケ、南イタリアのウニ尽くし、レモンピザ…
これでもまだ、本書で紹介されている美味しい物の半分以下。
どれもこれも本当に美味しそうに書いている。
この人はつくづく好奇心旺盛なのだなあと。
私の友人に、日本在住のアメリカ人ですが、自分の知っている味しか食べないという人がいます。
折角日本に住んでいるのに、刺身なんてとんでもない、ズルズルすする麺類も嫌、臭くて辛いキムチも嫌だと。
とってもいい人なのですが、食べることに関してだけは非常に保守的なのです。
まあそれは人の勝手なのですが、もったいない話だなあと思ってしまう。
世界は美味しいもので溢れているのだから…

「添乗員撃沈記」

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「派遣添乗員ヘトヘト日記」

2021年05月14日 | 

交通誘導員、メーター検針員などシリーズ化されているうちの一冊、読んでみました。
薄いので一息で読めてしまいます。
私は先進国に行く時は個人旅行が多いのですが、そうでない国に行く時はツアーを利用することも多い。
添乗員の激務ぶりは目にしていたので、その裏事情を知りたかったのです。
といった覗き見趣味に答えてくれる予想通りの中身でしたが、その大変さは予想を上回っていました。

66歳の著者は、塾講師、ライターなどを経て、50歳過ぎてこの世界へ。
ワガママな客と高圧的な旅行会社の板挟みに苦しみ、激務にふらふらになりながら、何があっても「謝るのが仕事」と。
国体の仕事で会場に行くも、旅行社からのあるべき連絡がなく、しかるべき段取りがまったくできず、参加者からも弁当屋からもホテルからも怒鳴られる羽目に。
桜を観るツアーに行くも、まだ開花してなかったり、交通渋滞で着いたらもう暗くなっていたりしてクレームの嵐、ひたすら平謝り。
そんなことを添乗員に怒るのはお門違いだろうと思うのですが、世の中には色々な人がいるのですねえ。
母娘の旅行で、新幹線の並びの席を取れなかったことで怒り狂う母親(格安ツアーではあり得ることらしいのに)。
バスツアーの中で大きい方を漏らしてしまい、異臭に車内が大騒ぎになっても、平然と座っていた高齢の男性(認知症であったらしい)。

添乗員という仕事、今や派遣が常態化しているとは知りませんでした。
海外旅行であっても添乗員の報酬は一日一万円と聞いたことがありますが、どうやらそれは本当らしい。
あれだけツアー客のために走り回り、煩雑な入国・搭乗手続きなどを一手に引き受け、個々の要望や相談に答えてそれだけとは。
豪華なホテルに泊まるツアーであったとしても、添乗員だけ粗末な部屋であることは当たり前。
国内旅行では、旅館の外の物置をあてがわれたことがあったとも。
私の経験から言っても、少々価格の張る贅沢ツアーなら無茶を言う客はいないかと思えば、そんなこともないようでした。
むしろそういう場合の方が、現役の時は要職についていたような年配の人が、添乗員を顎で使うシーンも。

不可抗力のトラブルが起きてクレームの嵐になったツアーの後、旅行会社のベテラン担当者から
「今回のことはもちろんあなたのせいではないけれど、今回のようなことが起こったときに、ツアー参加者の方々に『これは仕方がない。添乗員のせいではない』と思わせるようにしなければ、この世界では生きていけないよ」と諭されたと。
添乗員の仕事を通じて学んだことは「打たれ強くなったこと」だそうです。
ご苦労様なことです。

「派遣添乗員ヘトヘト日記」


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感謝です(出版記念日)

2021年05月08日 | 

コロナ禍、癌告知、剥離骨折と、自宅に籠らざるを得なかったこの数ヶ月。
ヤケクソで本出しちゃいました。
10年以上書きためたブログから、お出かけ編、海外旅行編、映画・本編、日々のつぶやきなど、自分の好きなものを一冊にまとめて加筆しました。
書店でもネットでも入手できますので、ご興味を持って頂けたら幸いです。



特に今、パンデミックという特殊な状況で家に引き籠る生活、息詰まる日々の中で、書くということが、どんなに自分の精神安定剤の役割を果たしていたかと思います。
そしてそのつたない文章を読んで頂けるというのは、本当にありがたい。
こちらにお越し頂ける方、皆様に感謝です。


「Zooey's Diary 」(amazon)

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「和宮様御留」

2021年04月26日 | 

「天璋院篤姫」では篤姫の視点からの和宮降嫁の様子が描かれていたので、では和宮の側から見るとどうなるのだろうと「和宮様御留」を読んでみました。
しかしこれは、和宮が実は身代わりだったという物語でした。


フキはみなしごだが明るく働き者の、京都の武家屋敷に勤める下女であった。
ある日、和宮の母の観行院の目にとまり、おそらく年頃と背格好が同じ位という理由で京都御所に連れて行かれる。
何の説明もなく綺麗な着物を着せられ、和宮と同じ部屋で寝起きすることになり、戸惑いながらも和宮の所作を覚えていく。
突然、和宮がいなくなったことに気が付いたフキは、自分の世話係の省進に尋ねる。
”「宮さん何処へ行かはったん」
(省進は)フキを肩から抱き寄せて、自分の胸の中にフキの顔を押し付け、しばらく背中を撫でていたが、やがて身を離すと、一語一語ゆっくりとフキに向かって話し出した。
「宮さん、どうぞどうぞ、お心沈めて頂かされ。なんのなんのご心配さんもあらしゃりませぬ。この省進が、お傍から片時離れませぬよって、ご安心遊ばされ」(中略)
「それで、宮さんは」
「冗談仰せ遊ばされるものではござりませぬ。省進がこうしてお傍にお付きしている御方が、宮さんであらしゃりますのに」”

フキはこうして和宮の身代わりとなるが、読み書きもできず、お茶の手前どころか食事の作法もなってない。
不安でたまらないうちに江戸へ出発することになり、四六時中いつも傍にいた省進が10日間ほどいなくなる。
フキは食べられなくなり眠れなくなり、遂に発狂する。
慌てた周りの者がしたことは…


攘夷か開国か、幕府か朝廷かに揺れる国情を納めるために、公武合体という大義の元に、将軍の元に降嫁を決められる和宮、何の説明もなく替え玉にされる下女フキ。
明るくクルクルと働いていたフキが御所の奥に押し込められ、人格どころか存在そのものを無視され、次第に精神の均衡を失っていく様が、克明に書かれています。
あとがきで著者が、この作品を平洋戦争と重ね合わせたと言っているのに驚きました。
「みな犠牲者だった。フキは赤紙一枚で招集され、何も知らされないまま軍隊に叩き込まれ、適性をもたぬままに狂死した若者たちと変わらない」と。


徳川14代将軍家茂に嫁ぐ皇女和宮「降嫁」の大行列は、50Kmの長さになったと。
先頭が江戸城に到着しても、尻尾はまだ八王子にいたということになります。
公家や護衛の武士、荷物を運ぶ人足など2万人の大行列が、京都から江戸まで25日間かけて中山道を進んだということです。
なんという無駄な贅沢をしたことか。
「天璋院篤姫」も「和宮様御留」も、この時代の女性たちが「道具」でしかなかったことを描いている点は同じでした。


和宮の写真は一枚も残ってないということです。
「カメラが撮らえた藩主とお姫様」より、多分似たような衣装と思われる島津家常子姫の婚礼写真。

「和宮様御留」 

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篤姫と和宮➀

2021年04月25日 | 

今週読んだのはこの4冊。
まずは「天璋院篤姫」上下。
薩摩島津家分家に生まれた学問好きな篤姫は、その才覚、器量を見込まれて島津斉彬(なりあきら)の養女となり、更に格を上げるために五摂家筆頭近衛家の養女となり、1856年13代将軍家定の正室として江戸城に送り込まれた。
病弱な家定とは夫婦関係も持てないままに2年弱で死別、養父島津も同年死去。
島津からの密命、一橋徳川家の当主慶喜を次期将軍にという約束も果たせないまま、紀州藩主徳川家茂が14代将軍に就任。
公武合体政策で1862年、家茂の正室として皇女・和宮を朝廷から迎え入れる。
篤姫は10歳下の和宮の姑となり、天璋院と号し、大奥3千人を取り仕切っていくことになる。

大河ドラマ「篤姫」も未見で、新鮮に読めました。
武家や公家の姫に生まれると、トイレの個室にも侍女がついてくるのだと前にも驚いたのでした。
篤姫が生まれ育った家は分家でそこまでではなかったので、斉彬家の養女となって厠について来る3人を拒否しようとすると
「上の方は、ただの一瞬たりとも、一人でおいで遊ばすということはありませぬ。いついかなる時でも、お供の者がおそばに付き添って参ります。姫君様の御生家でもこれはきっとそうであったろうと思われますが、当家ではその控えの者の人数が更に多うございます」
と、老女の幾島に懇々と心得を聞かされることになるのです。

これはまだほんの序の口で、やがて徳川家の正室となると、大奥の夥しい細則とおどろおどろしい人間関係にがんじがらめとなる。
肝心の夫の家定は、病弱で意志薄弱、まったく頼りにならず、しかも結婚して2年もたたずに亡くなってしまう。
幕末の動乱期、幕府と朝廷の対立と両者を担ぐ勢力のきな臭い争いの中、大奥3千人の世界で篤姫がどのように孤軍奮闘したか。
この本の一番の読みどころは、やはり篤姫と和宮の確執でしょうか。

嫁と言えども身分は和宮の方が高い、となると初めて顔を合わせた時にどちらが先に挨拶をするかというくだらないことが大奥の大問題となり、それが篤姫のお付き女中、和宮のお付き女中それぞれの何百人の争いになる。
浦賀港にアメリカ軍艦やイギリス軍艦が攻め寄せている大変な時に、そんなことで争っている場合かと思ってしまいますが、大奥にあってはその闘いが何年も続き、それを著者は丹念に書き綴っているのです。
そのドロドロの人間関係にはうんざりしますが、この時代には道具でしかなかった女性たちの中にあって、自分の考えというものを持ち、前を向いて生きる篤姫の姿は立派です。



この本と同時に「カメラが撮らえた藩主とお姫様」という本を読んでみました。
篤姫の写真は…まあネットでも見ましたが…
早逝した篤姫の夫、家定については、こちらではもっと辛辣に
「発育不全で知能は赤子程度、性格は根暗で癇癪持ち、始終首を振り、身体をぶるぶる震わせていた」と。
幕末の姫君たちは、衣装は豪華ですが、残念ながら5等身で目は吊り上がり瓜実顔という感じが多い。
例外的に美しい表紙の写真は、肥前佐賀藩鍋島家の鍋島直大夫人栄子姫。

天璋院篤姫」 


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『Shall weダンス?』アメリカを行く

2021年04月15日 | 

映画『Shall we ダンス?』のアメリカ公開にあたってのキャンペーンで、全米を移動する周防正行監督の、その顛末記。
日本映画がアメリカでも大ヒットしたと聞けば、それだけで映画フアンとしては嬉しくなるのですが、その裏にこんな熾烈な攻防戦があったのかと驚くばかりでした。

まず、アメリカの契約至上主義が凄い。
映画会社ミラマックスがこの作品を配給することに決まったが、とにかく契約書にサインしろと迫る。
この本によれば(著者が相談したアメリカのショービジネスに詳しい弁護士によればということ)、大会社であろうといい加減な契約を結ばされて、その世界で泣き寝入りをしている日本人は多いというのです。
その次には、この作品は長すぎてアメリカ人には受けない、短くしろと迫られる。
これには監督はかなり抵抗したらしいのですが、結局2時間16分の作品を1時間58分に短縮されたのだそうです。
出来上がった予告編のあまりの下品さに監督が切れて
「僕の映画を侮辱するのか。こんな下品でセンスのない予告編は許せない」と言うと
「僕もそう思うが、アメリカの多くの観客は馬鹿なんだ。その馬鹿に合わせなきゃヒットしないんだ」とミラマックスの担当者。


そんなあれやこれやの攻防戦を経てこの作品は全米で公開された訳ですが、その大ヒットは周知の通り。
試写会では、何処も拍手とブラボーの嵐、そしてスタンディング・オベーション。
セックスも暴力もない、こんな映画をアメリカは待っていた。
アメリカの重要な社会問題であるミッドライフ・クライシスを見事に描き上げた、などと絶賛される。
監督はあちこちでのインタビューに対して、杉山(役所広司)を通して、日本のサラリーマンの悲哀、平凡なサラリーマンであっても人生を楽しんでもいいのだということを言いたかったと答えているのですが、英語にいわゆる「サラリーマン」という言葉はない。
businessmanではちょっとエグゼクティブな雰囲気があるし、office workerと言ったのかな?employee?
御存知の方、教えてください。

アメリカとカナダの18以上もの都市を廻ったという監督の、旅行記のようでもあって面白い。
アメリカの食事の大味には不満たらたらだったようですが、ヒューストンの「パパスブロス」のステーキを絶賛した箇所にはにやりとしました。
私もそこで食べたことがあるからです。
そして、サンフランシスコのフィッシャーマンズ・ワーフで食べたロブスターも、数少なく褒めた料理の一つ。
”なぜ美味しかったかといえば、ただ焼いて塩、胡椒で味付してあるだけだったからだ。アメリカで食事する時はこの手に限る”。
これも、私も同じことをサンフランシスコで思ったのでした。

1996年公開のこの映画、詳細を忘れてしまっていてもう一度観たくなりました。
アメリカのリメイク版は、あまりにもあっけらかんとしてリチャード・ギアがかっこよすぎて、少々不満でした。
東京の駅前の、裏寂れた社交ダンス教室に思い切って飛び込む役所広司、そのなんとも気恥ずかしいような雰囲気がある日本版の方が私は好きでした。

『Shall weダンス?』アメリカを行く

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