にわとりトシ子の、君の瞳に恋してる!

『純情きらり』と『あまちゃん』が続けて見られる今年だよ!

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『わ鐡』秋の旅 ~上神梅&本宿

2009-11-30 22:34:56 | 鉄道紀行&乗り物


 午後3時、早くも陽が傾いて、上神梅の駅舎の床に長い影絵が映し出されていました。上神梅駅は、大正元年の開業当時の姿をとどめています(「足尾鉄道」時代)。今では無人駅で、窓口業務に携わった駅員室がカラオケスタジオになっていた時代もあったとか・・・。昔ながらの木造駅舎が人気を集めているそうですが、今年、上神梅駅の駅舎とホームが有形文化財に登録されました。次の下り列車は30分後だけれど、夢の中にいるかの如く、瞬く間に時間が過ぎてしまいます。


 通勤ラッシュ並みの人を乗せて、「シカ」&「クマ」の2両編成が上神梅駅に到着。ここで降りたのはニワトリさんだけだった(テツがいなかったのかも)。いつも思うのだけれど、四季折々の花がホームを飾る上神梅は「花の駅」と呼んでもいい。この日は、立派な菊の鉢植えが並んでいた。


 木目と菊の花、薄い窓ガラスに写りこんだ夕陽・・・全てが美しい! シルエットもいいですね~♪


 本宿駅は、沿線に住む人々の便宜を図るため、『わ鐡』になってから上神梅~水沼間に新たに設置された。駅から真上を走る国道まで急な階段を登っていかねばならないが、利用客は意外と多い。真下を流れる渡良瀬川には降りることはできないが、ホームのベンチで渓流のせせらぎを聴きながら過ごす時間は格別の味わいがある。


    

(左)先ほどの「シカ」&「クマ」に続いて「サル」を見送る。アテンダントが定位置に立っていた。本宿で降りた人は自分も含めて三人!
(右)10分後、ベンチで寝っ転がっていたら汽笛に起こされた。いつの間にか「鉄」がホームにいてカメラを構えている。なるほど、先ほどのトロッコ列車が「足尾」を折り返してきたんだね!


    

(左)「わたらせ渓谷」号は七曲りをゆっくり下っていった(上り列車だけど)
(右)1時間後、上り列車がカーブを下ってきた。待ってる間に体がすっかり冷えてしまった。渡良瀬川が殆ど干上がっていて、せせらぎが全く聴こえなかったのも残念だ。夏は最高に近い時間が過ごせたけれど、晩秋の本宿駅はあまりお勧めできない? 


(左)桐生駅に到着した「あかがね」。次回は、またイルミネーションだね!
(右)両毛線のクハ115。頑張っているクハ115系も引退が間近だとか・・・内房&外房を走る横須賀カラー(紺白)のクハ115系や、中央線のクハ115系に、こちらで頑張る湘南カラー(緑橙)のクハ115系がいなくなったら、さぞかしつまらない鉄道旅になるだろう。窓を開けられないローカル線なんて・・・。

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『わ鐡』秋の旅 ~水沼駅温泉センター「かっぱ風呂」

2009-11-29 23:59:30 | 鉄道紀行&乗り物

 
 四度目の正直で、水沼駅温泉センターの「かっぱ風呂」に入ることができました。前回は重油高騰のあおりを受け休止中、それ以前の2回は「かっぱ風呂」を大浴場「せせらぎの湯」内にある小さな露天風呂のことだと勝手に思いこみ、もう一つお風呂があることに気づきませんでした! 両方の湯に入るには一度着替えてから移動しなければならない不便さがあるのですが、「かっぱ風呂」にも洗い場はあるので、露天風呂だけでいいという人は「かっぱ風呂」に直行した方がいいかもね。「せせらぎの湯」にはジャクジーやサウナもあるけれど、露天風呂の広さと景観では「かっぱ風呂」が勝っています。


(左)足尾駅には複数の留置線がある。かつては、C12蒸気機関車が待機して、鉱山から運び出される銅を運んでいた。今は昔の足尾駅だが、広い構内に古い気動車2両と貨物車が静態保存されている。
(右)二年前に訪れたときは錆だらけの車両も2~3両停まっていたが、これらはおそらく解体されたのだろう。こちらの気動車2両は、国鉄時代の柿色とツートンカラーに綺麗に塗り直されていた。よかったよかった~♪


 「足尾」で列車交換のため数分停車した。何がやって来るのかと思ったら、トロッコ列車の「わたらせ渓谷号」だった。この日は、事前に申し込んでおかないと乗れないほど盛況だった。12月からはトロッコ列車に代って、水色と黄色のツートンカラーに塗られた「サロン・ド・わたらせ」(ディーゼル機関車は赤)が走り出す。


(左)神戸駅の客車レストラン「清流」で食事するつもりだったが、満席に近かったので、一気に「水沼」まで戻り、温泉センター内のお食事処「わたらせ庵」でやや遅い昼食にした。うどんもついた桐生丼セット(1000円)というのがあり、「桐生丼ってどんなドンブリですか?」と尋ねたところ、ソースかつ丼だと判明。地産の肉はとても柔らかく、衣にソースがよく染みていて、思った以上に旨かった! うどんはかなり「濃い口」なので(関東生まれのニワトリさんは問題なし)好き嫌いが分かれるかも?(桐生丼単品でも納得の750円!)
(右)温泉センター(入浴料500円。一日乗車券で100円割引)内は混んでいたが「かっぱの湯」は意外なほど空いていて、自分が入っている間に一人が上がり、一人が露天風呂から上がって体を洗いだした。思いがけず訪れた撮影チャンスに、ニワトリさんはリュックのカメラを取りにいく。というわけで、この写真と冒頭の写真は「裸」で撮影した。アホだね~♪


 お腹が膨らんだ後は温泉に浸かり、満ち足りた気分で上り列車を待つ。「わたらせ庵」で昼寝する案も魅力的だったが、残りの時間を大好きな二駅で過ごすことにした。向かいのホームでは、同じ列車を待つ「わ鐡アテンダント」の実習生が束の間休憩中・・・。

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『わ鐡』秋の旅 ~足尾砂防堰堤

2009-11-28 23:58:00 | 鉄道紀行&乗り物

七段の滝と巨大壁画で知られる足尾砂防ダム(堰堤)


 グズグズしている間に、今年も『わたらせ渓谷鐡道』の15駅をイルミネーションが飾る季節になりました。第6回を迎えた「各駅イルミネーション」の点灯式は12月6日です。今年はアテンダントも参加するのでしょうね。その日までには記事が書き終わると思うのですが・・・。
 足尾砂防堰堤まで3時間15分も時間を取っておいたのですが、道草している間に残り1時間を切ってしまい、ようやく七段の滝と堰堤に描かれた巨大壁画が見えてきました。旧松木村は、堰堤の向こうに見えるはげ山の麓あたりになるのでしょうか? 工事車両以外の車はここで行き止まりですが、人は旧松木村まで歩くことができると、帰ってから知りました。12月~3月までの冬季期間は立入禁止なので、来年春以降にでも訪れようかと思います。


 堰堤内を望む。足尾本山から先に鉄道はない筈だが、鉄道用とも思える鉄橋が見えた。この時期だからか、川の水量も少ない。


 鉱毒の煙害により地肌がむき出しになった山。荒涼とした景色は、日本のグランドキャニオンとも呼ばれている。旧松木村はこの方角にある。


(左)カモシカを模ったレリーフ。銅親水公園内の手すりや足尾環境学習センターに向かう銅橋の欄干に描かれている。
(右)幅25m高さ15mの壁画。足尾焼のタイル2000枚を使用。


 砂防ダム(堰堤)全景。七段の滝と壁画の位置関係はこんな感じ。銅橋が傾いているが、これはニワトリさんの癖が出たのではなくて最初から斜めに傾いている。斜橋を渡った先の公園内に学習センターがある。時間がなかったので見学しなかったが、あっても有料なので行かなかったかも?


    

(左)砂防ダムから振り返った足尾製錬所。大煙突は高さ48m、上部直径3.8m、下部直径5.7m。大正8
(1919)年に建てられた。
(右)自分もまた、後ろ髪を引かれたネコ。帰り道で見かけたときはパンを食べていた。間藤の冬は厳しいけれど頑張って生きておくれ!


 植林が進んだところはこのように綺麗に紅葉していた。時間に押されて走る走る! 0時45分の発車時刻寸前に間藤駅に着いた。

 長いようで、過ぎてみればあっという間の一週間でした。来週はマラソンが・・・。

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『わ鐡』秋の旅 ~愛宕下

2009-11-27 13:07:30 | 鉄道紀行&乗り物


 足尾製錬所の川向かいは、銅山や精錬所で働く人々が暮らしていた愛宕下という地区になります。明治40(1907)年ごろから社宅が建てられ、案内板によると、昭和31(1959)年には181世帯819人を数えたが平成9(1997)年には13世帯24人まで減少した、と記されていました。それから11年経った今、人なつこいネコがいたから、わずかながらもここで暮らしている人がいるのでしょうが、少しでも増えていてくれれば・・・と思わずにはいられませんでした。向かいの山は急峻で、鉱毒事件がなくても、木々が生えるのは難しそう!


(左)天台宗龍蔵寺。旧松木村の無縁塔や鉱夫の墓などがある。
(右)旧松木村無縁塔。1901年に廃村になった松木村のために建てられた。煙害で枯れたはげ山のように石塔を積み重ねたのだろうか?




(左上)渡良瀬川を見おろす位置に地蔵尊が並んでいた。お地蔵さんが停留所でバスを待っている感じ・・・綺麗に手入れされている。
(右中)愛宕下社宅跡。数軒の社宅が取り壊されず当時のまま残っている。このあたりは火災が多く、延焼を防ぐためのカラミ煉瓦防火壁が多数造られた。カラミとは銅を精錬する際に出た不純物のことで、それを利用して耐火煉瓦を作っていた。真っ黒な防火壁だけが草地に点々と並んでいる風景の中に佇んでいると、数十年前までここで人々が暮らしていたことが想像できず、どこかの古代遺跡を見ているような気持ちになった。
(左下)この家屋も廃屋だと思うが、愛宕下社宅跡と違って人のぬくもりが感じられる。煙突から煙が立ち上ってきそうだ。

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『わ鐡』秋の旅 ~珍客万来

2009-11-26 23:17:29 | 鉄道紀行&乗り物

 
 『わ鐡』の記事に戻ります。かつて多くの人々が暮らしていた痕跡すら殆ど残していない足尾本山までの街道沿いを歩いていたら、月日というのは無常だけれど優しさもあると思った。足尾製錬所と同じようにゴーストタウンと化した町中を歩いていたら、廃虚に興奮するどころか殺伐とした気持ちになって、寒々としたすきま風が胸の中を駆け抜けていったかもしれません。
 「さあ、あとは砂防ダムに着くだけだ」と、少し早足になったところ、待避路にごろりと横たわって日向ぼっこをしているネコを見かけました。黒い部分が少し多いけれど、クルミさんの二年後といってもいい感じのネコでした。
 通り過ぎる際に、試しに声をかけてみたら、起き上がりトコトコ駆け寄ってきて、喉をゴロゴロ鳴らしながら足に体をこすりつけてきました。少し遊んでから、ネコが自然に寝そべっているところを撮ろうとしたのですが、そばを離れるとネコも立ち上がって自分の後を追いかけてきます。「じゃあ、行くからね」と声をかけて歩き出すと、さすがに後を追いかけてはこないので、ころ合いを見て現場に戻ると、「あっ、戻ってきた!」と言わんばかりに駆け寄ってきます。
 何度試しても同じことの繰り返しで、とうとう最後まで、ネコが自然にくつろいでいる姿を撮ることができませんでした。上の写真は、ノーファインダーで撮りました(α700には、ライブビューがついていない)。


    

(左)ネコに気づかれないようにそっと戻ったつもりでも、さっと起き上がって・・・
(右)「そのまま動かないで」と声をかける撮影者だったが・・・


     

(左)そのうち腿の上に乗ってくつろいでしまいました。これもノーファイイダー。
(右)ネコばかりか雀も人なつこく、多くの雀が民家の屋根の上や雨どいで歌を歌っていました。1秒前には3羽が並んでいたのですが・・・

 ここで一度切ります。火曜の朝から水曜の夜まで、(休憩時間もあったけど)36時間働き、さすがに昨日の晩は速攻で布団にもぐりこみ、はっと気づいたときは朝になっていました。今日は午後から3時間ほどの勤務だったのでほっとしたのも束の間、金曜の昼から土曜にかけて30時間勤務だと・・・。

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送電線が消えた!

2009-11-24 09:00:00 | 日常&時間の旅


 昨日の夕方、国立駅に着く直前、電車の窓から坂の上の23号鉄塔に目を向けたら、いつもある筈の送電線がない! 23号で途切れてしまっていました。新しい鉄塔を建てると同時に送電線の入れ替えも行われていたのでしょう。何だか空が広くなった感じがしました。
 邪魔物がなくなってすっきりした、と言えなくもないのですが、五線譜がなくなってしまった楽譜みたいで、妙に不思議な景色に思えます。いつ戻ってくるのかな?
 上の写真は今朝、部屋の窓から見た23号鉄塔です。これから明日の夜まで長時間勤務(しかも半分の時間はボランティア・・・)につきますが、この曇り空のように、今日は珍しく体調が良くなくて、お腹は壊しているし、胸がむかむかする・・・まあ、のんびり行くことにしましょう(でも、こうして出かける直前にブログなんか書いているのだから、追って知るべしかな・・・)

そういえば数日前に、こんな作業をしていました!(やはり窓から撮影)


    

(左)これも、『マン・オン・ワイヤー』ですね。仕事でなければ一度体験してみたい?
(右)無事にたどり着きました。こうして線を巻き取っていたのですね。凄! でも、最後の一本はどうやって外したの?

 それでは・・・。

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一眼レフを持ち歩く・・・

2009-11-23 23:48:00 | 自然&いきもの+ゾウのはな子




 物は試しというわけで、α700をリュックに入れて仕事に行きました。リュックの重さに慣れてしまえば、
常時持ち歩けそうです。仕事中は撮影できないけど、今日はみたいな日はリュックから出していても大丈夫そう・・・。



 自分は、カメラを首から下げるのではなく、ストラップを右手首にくるくる巻いてグリップを手に吸いつかせる
ような感じで常時ホールドしています。そのまま素早く構えて連写モードでサクッと単写!
最初の写真は30mm相当、二枚目は157mm相当で撮影しました。
 構図を考えて撮り直すこともあるけれど、大抵の場合、最初のワンカットの方が良かったりするから不思議。


完全な逆光だけど、とてもきれいだったので木の間から覗いてみました。


そのまま真上を向くと、こんな感じ・・・


1/3200秒の高速シャッターが切れました(105mm F5.6 ISO1600)


 露出優先モードで 16mmはF8、105mmはF5.6にセット。 ISO感度はオートにして、予めマイナス0.3
の露出補正を加えておく。ファインダーを覗いたと同時にシャッターを切る。
 「一眼レフは重い」と言われても、実はスナップも得意だったりして・・・α700だけで充分じゃん?


 日向ぼっこしながら眠るクルミさん。GXRもいいけれど、α用の単焦点レンズが欲しくなった。
DT35mm F2.5マクロ。DT50mmF1.8。タムロンAF60mm F2.0マクロ。どれもいいけれど
今年発売されたタムロンAF60mmは、伝説の90mmマクロのAPS-C版。これ、欲しい~♪

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物欲、冬の陣?

2009-11-22 23:55:15 | 独り言&拾いもの


 寄る年波に勝てず? それとも週に2回夜勤があるせいか?(この勤務体制になって一年経ちました)昨日はバッテリー切れのため早々ベッドへ直行しました。ふと目を覚ますとネコが隣で寝ていて、まだ暗い早朝、前日買ったばかりの「CAPA」や「鉄道ファン」(今月は「ファン」にした)を眺めていたところ、いつの間にか熟睡してしまい、最後は「お腹が空いた」ネコの目覚まし(棚から物落とし)で起こされました。
 時刻は7時42分。ヒトもネコも朝食を取ってから、あまりに寒いので再び布団に潜りこみ、ネコはごろごろ喉を鳴らしていたのですが、そのうち静かになったかと思うと、人の腕枕でぬくぬく寝てしまいました。そして昼食後も・・・。
 せっかくの休日を一日中寝て過ごしてしまいましたが、そろそろ「物欲」にケリをつけなければなりません。ボーナスは当然期待できないので、単に貯金がなくなるだけだけど、思い切って散財することにしました。

 まずデジタル一眼レフですが、DXフォーマット(APS-C)機に関しては、生産中止になったα700の後継機種が出るまではお預け。というか、以下のスペックを満たすボディ(自分が考えるデジタル一眼レフの完成形)が出るまでは買い換えないことにしました。

価格=単体で20万円前後まで
重量=850g以下(できたらα700と同じ690gぐらいが・・・)
画素数=不問。1200万以下が望ましい
AF性能=ニコンD300Sのトラッキング性能+EOS7Dのスポット1点AF
連写数=7~8コマ/秒。RAW+JPEGで連続20枚
高感度特性=ISO12800常用
ファインダー視野率=100%
その他あれば欲しい機能(優先順位順)=倍率色収差補正。ファインダー内電子水準器。多彩なアスペクト比。アートフィルターないしは色空間設定。カメラ内RAW現像。フルHD動画撮影。ダブルスロット(CFカード+SDカード。動画も撮るとき優位)。ライブビュー。乾電池使用可。

 常用ISO感度12800など、ニコン&キャノンから発売されたばかりのプロ機の性能も、1年半後にはミドルクラスに降りてくるので、現行デジタル一眼レフの「いいとこどり」も決して夢物語ではない? ソニーにはハードルが高すぎるかもしれないけれど、魅力的なレンズ群を持っているのだから頑張ってほしい・・・。現行モデルで理想に一番近いのが、FXフォーマット(フルサイズ)のニコンD700。しいて欠点を挙げるなら、+10万円の価格とファインダー視野率だけ。D700にシグマの50mm F1.4(「CAPA」のレンズ大賞受賞)といった単焦点レンズや、タムロンの28-75mm F2.8といった大口径ズームレンズと組み合わせても面白そう。


 競馬方式で考えると、本命=リコーGXR。対抗=オリンパスE-P2。抑え=ニコンD700。穴=ニコンD300S。大穴(やけっぱち)=キャノンEOS7Dになりました。
 つい先日まで大本命だったEOS7Dが大穴に変わってしまいましたが、待たされっぱなしの「手持ちのレンズを試したい!」という願望を叶えるため、(おそらく)1年後に陳腐化するEOS7Dを買う可能性が絶対ないとはいえない? 
 どうせ大枚はたくなら、現行モデルでは理想に一番近く末永く使えるFXフォーマットのD700に限るのですが、どう考えても予算オーバーなので、DXフォーマットのD300Sに最も安い(3万円を切る)AFSニッコール35mm F1.8G(35mm換算52.5mm)を装着すれば予算オーバーも最小で済み、次のレンズを買うまで標準レンズ1本で腕も磨くのもいいかもしれません。いずれにしても、ニコンを買うならキャノンに見切りをつけて、手持ちのレンズを売るしかない?

 写真専門誌はフラッグシップ機で盛り上がっていますが、そんな矢先に、日常的に持ち歩ける上に拡張性の高いマイクロフォーサーズ(オリンパス、パナソニック)や、ユニット交換という「コロンブスの卵」発想をしたリコーGXRシリーズが非常に魅力的に思えてきました。個人的には、一眼レフを持ち歩くことに抵抗感はなく、重さにも慣れてしまったので、コンデジと同じように使っているけれど、コンデジのように常時携帯するわけにはいかず(逆にいうと、一眼レフを使うようになって、それまで日常的に持ち歩いていたコンデジを持ち歩かなくなった)、そのへんを補完できるモデルがあればいいなあ~と考えていました。

 E-P2に専用ビューファインダーをつけると結構なボリュームになるけれど、鞄に入れて持ち歩く分には無理がなく、日常的なスナップ写真を撮るにはちょうどいい大きさともいえ、豊富なアートフィルターを駆使すれば、複数のカメラの描写と複数のプリントが楽しめます。アートフィルターなんか必要ないと言う人もいますが、ポラロイド、レトロカメラ、トイカメラ(ホルガ)風の描写や、新たに追加されたミニチュアライズ、クロスプロセスなどの妙を、遊びがてら徹底して使ってみると「使いどころ」や「効かせどころ」がわかってきて、その先の楽しみが生じる可能性が大です。無限に近いレンズの組み合わせを楽しめるのもマイクロフォーサーズの強みで、ベストセラーとなったE-P1を買った人にはE-P2の早すぎる登場は本当に酷な話で、フォーサーズのオーナーにも「この先、フォーサーズはどうなるのか?」不安な気持ちを抱かせているようですが、今のところ新規格のマイクロフォーサーズの売れ行きは非常に好調で、交換レンズ群も来年多数発売されるようですし、1台持っておく必要があるかもしれません。

 GXRにはひと目ぼれというか、やられました。最初に発売される2本のレンズユニットだけでも充分ですが(70-300mm Gレンズを付けたα700をサブに持っていくので)、来春にはCX-2に使われている28-300mmズームレンズのユニットが発売されることが決定しており、今後の展開から目が離せません。
 レンズユニットでは、ピンフォールカメラとか、魚眼ズームとか、超高感度ユニットとか、出してくれると面白いですね。レンズ以外にスキャナー、プリンター、プロジェクターなどの交換ユニットも検討しているそうで、EOS7Dや同社のGRデジタルⅢを蹴落として大本命になりました。明日、時間が出来たら量販店に行くつもりで、場合によってはGXRを予約してしまうかもしれません。

 最後に急浮上したのが、可能な限りα700を持ち歩くことにして、DT30mm F2.8マクロを購入するだけの案。2万円で標準レンズが手に入るのだから最もコストパフォーマンスが高い?
 α以外は使わないなら、同価格帯のDT50mm F1.8や、値段は3倍近くになってしまうけれど、タムロンの60mm F2.0 マクロ、はたまた定評ある100mm F2.8 マクロか、伝説のタムロン90mm F2.8 マクロという選択肢もあり、前にも書いたけれど思い切って、珠玉の35mm F1.4G レンズとか、何に使うかよくわからないけれど、世界一ボケ味が美しいと言われている135mm F2.8STF レンズを勇み足で買う手があったり、妄想が膨らんでゆく・・・「物欲」の正念場にいよいよ差しかかった?

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『イングロリアス・バスターズ』 ~キル・ゼム!

2009-11-20 23:59:50 | 映画&ドラマ


ブラピが大きく写っていますが、彼女たちの方が見どころは多い。


 渡し忘れた物を届けに昭和記念公園まで自転車を走らせました。最初に当たりをつけところに行くと、ちょうど昼食を終えた1グループを見つけました。ビンゴ!
 スタッフの一人に電話してもらい、届けたい本人の居場所を確認しました。十分後、映画『第三の男』のファーストシーンとラストシーンに出てきた並木道によく似た銀杏並木で物を渡すことができました。駄目もとで追っかけてみて良かった~。
 紅葉が進み、落葉と言った方が良さそうな昭和記念公園内の木々を眺めながら、「これだけきれいな景色を見られたのだから、自分がうっかりしていて忘れたことも『終わり良ければ全て良し』といったところかな~」(ではいけないのですが)と、例によって都合のいい解釈を下し、家に帰って寝ようと思ったのですが、シネマシティの前を通ると、タランティーノの新作『イングロリアス・バスターズ』が今日から(金曜日なのに)公開されているではありませんか! 
 念のため上映時間を確かめると、次回上映は15分後の13時45分! 観ない手はありません。チケットを買うと(会員なので1300円)斜め向かいの【てんや】に入り、速攻でワンコインの天丼をかきこみ、43分に座席に着きました。光速移動はお手のもの?
(自分は予備知識なしにこの映画を観たのですが、ここから先は映画に関する物語の核心に触れてしまうので、内容を知りたくない方は読み飛ばしてください)

 「てめえら、にんげんじゃねえ。叩き斬ってやる!」
 萬谷錦之介主演のテレビドラマ『破れ傘刀舟 悪人狩り』が大好きでした。高橋英樹主演の『桃太郎侍』も良く見ていましたが、こちらは決め台詞(「一つ人世に生血を啜り~」)がちと長く、『必殺』シリーズも無論見ていたけれど、金をもらって恨みを晴らすという点がちとひっかかる・・・時代劇について語り出したら長くなるので、とにかく自分は刀舟先生の啖呵と、その後の凄まじい殺陣に痺れまくっていました。
(あと、江波杏子の女っぷりとジャネット八田のお色気にも。ジャネット八田の役柄は「むっつりお竜」だけど、「むっちりお竜」だと思った。ませたガキだなあ~)

 『イングロリアス・バスターズ』は2時間32分と長尺だけれど、ひと言でいえば、映画バカ(愛をこめて)タランティーノの「啖呵」だ! チケットを買うとき舌を噛みそうな題名は、マカロニ戦争映画『地獄のバスターズ』の英語題名で、タランティーノ本人も『地獄のバスターズ』のリメイクを作ると言っていたらしいが、今までの彼の作品と同じように、『イングロリアス・バスターズ』も無数の映画が混じった「ごった煮」映画で、何が出てくるかわからない映画の「闇鍋」といったところ。
 劇中、自分が気づいただけでも、『死の銀嶺』『ヨーク軍曹』、レニ・リーフェンシュタール、G・W・パプスト、ブリギッテ・ヘルム、ルイス・B・メイヤー、セルズニック・・・といった映画、女優、監督、プロデューサーの名が出てきた。ブラッド・ピット演じるアルド・レイン中尉の名は、ハリウッド俳優アルド・レイ(代表作に『最前線』『裸者と死者』)から頂いたものだ。
 この手の引用を挙げていくとキリがないが、活劇の内容だとリー・マーヴィン主演の『特攻大作戦』(『暁の七人』『ナバロンの要塞』もそうだよね)に近く、映画の雰囲気としてはイーストウッド主演の『戦略大作戦』に近い『イングロリアス・バスターズ』が、名前こそ出てこないが、エルンスト・ルビッチ、フリッツ・ラング、ダクラス・サーク(ドイツ時代はデトロフ・ジールク)の三人の大監督に捧げられていることに注意しよう。

 彼らはドイツを離れ、ハリウッドに新天地を求めた。
 ルビッチは、ナチスドイツによるポーランド侵攻の悲劇をキャロル・ロンバードをヒロインに据えたお得意の艶笑コメディに置き換えた恐るべき傑作『生きるべきか死ぬべきか』(42)を発表している。ラングは、ブレヒトと共同脚本を書き、ナチ占領下のプラハでゲシュタポに抵抗する人々をリアルに描いた傑作『死刑執行人もまた死す』
(43)を撮った。サークも『ヒトラーの狂人』(43)を撮っているが、残念ながら未見なのでどんな映画だか知らない。だが、非常に独創的なサウンドトラックの中に、スウェーデン出身の大女優&歌姫だったツァラ・レアンダーの大ヒット曲が使われている(パンフで知った)。メロドラマの巨匠と呼ばれたサークは、ドイツ時代に彼女主演の『世界の涯てに』(36)と『南の誘惑』(36)を撮っており、彼女が出てきたことからもサークへもあて書きしていると確信できる。というか、「映画木違い」(今回はこんな変換しました)なら、この三人を知らない筈がない!
 ~ツァラ・レアンダーは、ナチスドイツのプロパガンダ映画を撮ったことから映画史から抹殺されたレニ・リーヘンシュタールほどではないにしても、ナチスドイツに協力的だったことから戦後は一線を退いてしまうのだが(彼女の回顧録は非常に面白いらしい)、ダイアン・クルーガー(お久しぶりですね。相変わらず素敵です!)の演じたドイツ女優が、ひょっとすると彼女へのオマージュかもしれない~

(ここから先はクライマックスに触れるので、知りたくない方は読み飛ばしてください)
 『イングロリアス・バスターズ』の舞台は映画館だ。映写室も出てくる。映画を観終わったとき、無名時代のタランティーノがバイト先の場末の映画館の映写室で、ソニー千葉や梶芽衣子のフィルムを回しながら、『イングロリアス・バスターズ』のクライマックスの場面を思い浮かべていたに違いないと思った。
 世の中にはびこる「にんげんじゃねえ」奴らを彼の映画館に招待し、爆発的に燃焼するニトロセルロース・フィルム(1940年代までのフィルムは可燃性が強く、取り扱いが大変だった)を使って焼き殺す。だからこの作品は、まずクライマックスの「あのシーン」があって、それに至るまで話のつじつまを合わせていったのだと考えた。
 ところがそれは考え過ぎで、実際のタランティーノは、ロスのビデオ店でバイトしながら映画の脚本を書きためていた。彼は言う。「ナチは映画をプロパガンダに利用した。だから映画に復讐させたのさ」
 だが、「殺される奴ら」は交換可能で、ヒットラーやゲッペルズ、ゲーリングやボルマンを持ち出さなくても「人非人」であれば誰でもいい。その昔、自分も映画を見ながら何人殺しただろう? その意味では、『イングロリアス・バスターズ』は大藪春彦の小説に近い。大藪作品に登場する悪党(ときの権力者が多い)は拷問され、殺される。「悪党どもに死を!」がもらたしてくれるカタルシスが大藪作品の魅力だった。『ウィンチェスターM70』、『凶銃ルガーP08』、『血の来訪者』、『処刑の掟』、『蘇る金狼』なんか何度読んだだろう?

 名声&富を得たタランティーノが、まだこれほど青臭い映画を作れたことを素直に喜びたいのですが、最近の自分は「暴力」がすっかり苦手になってしまい、その点では全然楽しめませんでした。まあ、すっきりはしたけれど・・・。
 でもね、例えば政治の世界を眺めると、今のところ自民党と殆ど変わらない民主党の面々とか、刀舟先生に叩き斬ってもらいたいリストに加えたい人物も増えそうな感じです。「暴力」は反対でも、反骨精神と映画偏愛は持ち続けよう~♪

 これは蛇足だけど、藪さんの原点とも言える『裁くのは俺だ!』の探偵マイク・ハマーは、復讐の意をこめて真犯人の腹を45口径で撃った。腹を撃たれると非常に苦しんで死んでゆくらしい。死に様が強烈な『イングロリアス・バスターズ』の中でも、腹を撃たれる人物に一票!(ネタばれしても、これは言わない)

 『イングロリアス・バスターズ』公式HPは、 → ここをクリック

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『わ鐡』秋の旅 ~足尾製錬所

2009-11-19 12:22:00 | 鉄道紀行&乗り物



 東洋一を誇った足尾製錬所だけれど、精製の際に排出される排煙と亜硫酸ガス(主成分は二酸化硫黄)による健康被害が生じてしまいました。1884年に銅の生産量が日本一になったものの、その翌年には下野新聞が鉱毒被害を報道、渡良瀬川は死の川と化し、山々の草木は枯れ、鳥も姿を消してしまいます。田中正造氏が鉱山の操業停止を求めるなど、日本初の公害事件に対して奔走したのは有名な話です。氏は「足尾鉄道」が開通した翌年の1913年に亡くなっており、無念の思いでこの鉄道を眺めていたかもしれません。
 鉱山側も対応策を施しますが、1901年には煙害のため松木村が廃村となるなど、鉱毒問題は依然解消されず、戦後になって、亜硫酸ガスを殆ど発生させない精製施設ができ、浄水施設を整えて渡良瀬川の浄化に努め、地道な植林事業が実を結んで、緑が回復し鳥や魚も戻ってきましたが、最終的には、鉱山が閉鎖され、貨物線が廃止されるまで「鉱毒」は流れ続けていた、と言われています。
 足尾を象徴する巨大な煙突が一基だけ残っていました。見る人によっては、忌々しいものかもしれません。負の遺産はいらないという意見もありますが、日本の近現代がここにあった証として残していってほしいと思いました。


(左)鋼材がむき出しになった建物の手前に、ピンク色の屋根と白いペンキが映える建物が見える。その佇まいから、小学校の木造校舎のようにも見えるが・・・。
(右)製錬所も一括有形文化財として申請された。いつの日か、内部を見学できるようになってほしい。


製錬所前の渡良瀬川。この川がかつて「死の川」だったとは、とても信じられない。

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