にわとりトシ子の、君の瞳に恋してる!

『純情きらり』と『あまちゃん』が続けて見られる今年だよ!

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コロー、龍門の滝、宇都宮の餃子・・・ ~「18きっぷ」4回目

2008-08-30 23:55:00 | 鉄道紀行&乗り物



 5時10分に目を覚ました。ざんざんと雨音が聞こえる。テレビをつけると、運転を見合わせている路線が幾つかあった。昨日までは、「何で二週連続雨なのだ~」と天にツバを吐いたニワトリも、これであきらめがついたのか、7時まで布団の上でゴロゴロ「ふて寝」した。
 正確にいうと、あきらめたのではなくて、「雨が降ろうが槍が降ろうが」出かけることに決めていた。「18きっぷ」の使用期限の9月10日が迫ってきているからだ。すでに元を取っているけど、スタンプを5回押してもらった方が気持ちが良いじゃない?




 昨日、仕事で国立科学博物館(フタバスズキリュウの復元骨格に興奮)に行った。西洋美術館の前を横切った際に、「明日雨だったら、『コロー展』を見よう」と思った。上野までの往復電車賃1080円だけでは「18きっぷ」の一日分(2300円)に届かないが、久しぶりに都内で映画を見てもいいし、返す刀で?青梅の赤塚不二夫記念館に行くとか、高架になってから一度も行ったことがない武蔵五日市を訪ねながら、沿線を降り歩きするのも楽しそうだ。
(たった今計算したところ、上野~青梅&武蔵五日市間の料金は共に890円で合計1810円になる。降り歩きすれば、元近くまで稼げた)




 『コロー展』の開場時間は9時半なので、その時間に着くように家を出た。すでに雨は上がっている。この感じだと、もう少し遠出ができるかもしれない。
 明日(31日)までということもあって? 朝からかなりの人々が美術館に繰り出していた。コローは完全にノーマークだったが、これほど心の琴線に触れてくる画家だったとは、本当にここに来て良かったと思った。後ろ髪を引かれる感じで、いつまでも絵の前から立ち去れなかったのだが、11時10分に常設館に移動した。
 上野駅に戻ると、雨も降りそうではないので、かつて始発駅だった上野から北上し、JR烏山線に乗ることにした。まだ記事に書いていないけれど、烏山線には去年の秋に乗っており、良い思い出が残っている。もう一度乗りたかったのと、前回やり残したことがあったので、それを達成するために、烏山線を乗ることに決めた。シウマイ弁当を買って、11時50分発の宇都宮行の電車に文字どおり飛び乗った。




 このところついているのか、こんなに雨が降っているのに殆ど雨に濡れることがない。この日も、13時33分に宇都宮に着いた途端、バケツをひっくり返したような雨が降り出したが、すぐに止んでくれ、14時28分発の烏山線に乗り継いだ頃には、曇り空からほんの少し青空が覗けるほどだった。
 目的地の「滝」駅は、終点「烏山」の一駅手前だ。駅から徒歩5分のところに龍門の滝がある。高低差こそ大したことはないが幅がかなりあるため、これが堂々たる大瀑布に見える。最も滝に近い駅としてPRしても良い。いいものを見たと思った。だがそのときは、この滝を渡るような感じで烏山線の起動車=キハ40が通過することを知らなかった。40分後(上り)と1時間後に(下り)に起動車がやってくる。
 川が激しく増水しているため、滝もいつもよりも凄い勢いで水煙をあげていた。恐怖感を覚えるほどだったが、来た甲斐があったと思った。
 終点の烏山まで行って折り返し、宇都宮に着いたのが18時33分。せっかくだから宇都宮の餃子を食べることにした。どこで食べても良かったのだが、佐野ラーメンとセットで食べることにした。
 19時09分の上野行に乗り、南浦和から武蔵野線経由で帰宅する。国立駅に着いたのが21時20分。納得三点セットの交通費は合計すると5600円!に達した。倍以上に元が取れ、大満足~♪


 雨の日のお土産は「500系新幹線」折りたたみ傘と、宇都宮餃子。写真を挿入すれば終わりだったのに、文章を全部飛ばしてしまいました。唖然愕然悄然・・・。

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JR篠ノ井線 ~姨捨駅(夜)

2008-08-29 23:58:30 | 鉄道紀行&乗り物



 にわとりさんは詰めが甘いところが多々あって、ときどき、本物の「鉄」だったら絶対しないような大チョンボをする。列車が進行方向とは反対側に動いたときに、子供のように胸が高鳴ったのに、スイッチバックの線路の写真を撮り忘れる!とか・・・。
 マジックアワーの時間帯に姨捨駅のホームに立つことが可能だったのに、時刻表を確認しなかったために、松本駅に戻ってきたとき、次の篠ノ井線の長野行が18時38分までないことを電光掲示板で知らされ、改札の前でフリーズしてしまった。これじゃ、姨捨に到着する頃には完全に真っ暗だよね!

 今さら時刻表を取り出しても意味がないけれど、20分前の17時25分に長野行の列車があった。これに乗れば、マジックアワーの時間帯に姨捨駅に降りることができたのである。腹立たしさのあまり、「アチョ~」と空キックを自分に浴びせたが、そんなことをしても空しいだけだった(狂人だと思われるかもしれない)。
 時間までぼんやり待つのは癪だから、この間に食事を済ませることにした。Uターンして先ほど食欲を刺激された商店街に繰り出す元気は残っていなかったので、一番近い駅ビル内の飲食店に飛び込んで、松本丼(ゴボウが入ったヒレかつ丼)&半ラーメンセット1000円を注文した。ゴボウはいいアイデアだと思ったけれど味つけが非常に薄口で、濃い味&やや甘口の(高血圧と糖尿病が心配です)「かつ丼」を好むニワトリさんには少々物足りなかった。


                   

 というわけで、姨捨駅に着いたのは、日没後の19時31分。車内は結構混んでいたが、降りたのはニワトリさんだけだった(先客が一人いた)。スイッチバックして本線に戻ってゆく電車を見送って(手ぶれしてる)から、改めて善光寺平に瞳を向けると、地表は満天の星(照明)に覆われていた。プラネタリウムよりすごい?
 曇っていなければ、夜空を彩る星々との共演も見られたかもしれない。ここでペルセウス座の流星群(真夏の天体ショーとしてすっかり有名になった)を見たら、どんな感じだろう・・・?


 α700のDレンジオプティマイザーのアドバンスレベルを利かせると、このような見たまま写真が可能になる。


 建物のシルエットをもう少し浮かび上がらせると、さらに美しく見えるのだが、シャッター速度が・・・手持ちでまともに写ったのは、この一枚だけだった。
  

                   



(右)ここには姨捨が三大車窓に選ばれた経緯が記されているのだが、確かにそのとおりだと思う。誰でもこの景色を手に入れることができる鉄道って、やはりすごい!
(左)駅標と夜景。さすがに手持ちでは、ブラさずに撮るのは無理だった? 


                   



(右)次の列車が来るまで、この景色を二人占め。先客は三脚を用意していて、自分が30分後に列車の乗客になった後も頑張っていた。車で来ているのかも?
(左)眩い光と共にホームに到着した列車。姨捨駅は『銀河鉄道の夜』の停車駅? それとも『銀河鉄道999』?


                   

(右)長野駅前ロータリー。長野へは20時40分に到着した。今夜の宿は目の前の「ホテル サンルート」。受付で一泊8750円と言われたときは、「じゃあ、やめます」と言いたくなった。安く泊まれた記憶があったのだけど・・・。
(左)部屋から見下ろす長野駅。Dレンジオプティマイザーのメリットは、こうした夜景を手持ちで撮れてしまうところ。

 ようやく一日目が終了です。先週から異常気象のゲリラ豪雨に悩まされていますが、明日の休みは何が何でも「18きっぷ」を使わないと(日曜日は仕事だし・・・)もう使い切れなくなる? 鉄道が止まっていたら出かけられませんが・・・

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JR篠井線  ~姨捨駅(昼)

2008-08-28 23:58:00 | 鉄道紀行&乗り物


 JR篠ノ井線姨捨駅の標高は551m。眼下に広がる長野盆地(善光寺平)の眺望は、三大車窓に選ばれた。武田信玄VS上杉謙信の「川中島の合戦」の舞台でもある(12年間に5度繰り広げられた戦いで、川中島そのものが戦場になったのは2回。戦闘は盆地全体で行われた)。
 確かに素晴らしい景色が目の前に展開するが、旧国鉄が三大車窓に選んだとき以上に人家が増えたのではないだろうか? 中でも鉄筋コンクリートの建物が非常に目につく。その意味ではそれほど感心する光景ではない。ここから100mほど離れたところに、夜景百選に選ばれた長野自動車道姨捨ICがあるそうだが、今の姨捨駅も、昼より夜の方が美しいかもしれない。ちなみに、旧国鉄が選定した三大車窓は、狩勝峠(JR根室本線旧線)、姨捨駅(JR篠ノ井線)、矢岳越え(JR肥薩線)の三つ。


                   

 前駅の稲荷山を発車して、電車がぐんぐん坂道を上り始めた。「なるほどね、これから三大車窓に入っていくわけだ~」と、期待が膨らんでゆく。「そろそろかな?」と思った矢先、到着間近を告げる車内アナウンスがあり、電車の速度がしだいに下がっていった。
 電車が完全に停車した。だが、駅らしきものはない。「信号待ちか、時間調整をしているのだろう」と思った次の瞬間、電車が進行方向とは反対側にゆっくり動き出した。「おおっ、これは?」
 そっか、姨捨駅はスイッチバックの駅だったんだ~♪
(写真は、姨捨駅ホームで左から右へカメラを振って見渡した光景。チラッと見えている線路が本線になる。駅の真下を通過してからスイッチバックして引込線内にある姨捨駅に入った。「テツ」的にいえば、そんな基本的なことも知らなかったとは・・・)


                   

(左)松本方面行ホームから本線を見る。ブログ用の写真では見えないが、次の
電車が本線から引込線にスイッチバックして駅に戻ってくるところ。
(右)電車が駅に着いた。反対側を見ると、当然行き止まり。途中下車していたニワトリさんは、この電車に飛び乗った。


                   

(右)自分が降りた電車は、姨捨駅で2~3分停車した。人々もホームへ降りて、つかのま景色に見入る。そのときは、三大車窓を楽しんでもらおうという粋な計らいだと思った。
(右)姨捨駅に停車しない列車が本線を通り過ぎた。サービスではなくて、特急の通過待ちをしていたようだ。駅標と景色をうまいこと同じフレームに収められないかと試行錯誤していたときに、通過列車が偶然通った・・・。


                   

(上左)姨捨駅は、二面二線の駅。跨線橋もある立派な駅だが、今は無人駅だ。
(中右)その先は行き止まり。跨線橋を渡って長野行ホームから撮影。
(下左)肝心のスイッチバックは?・・・撮り忘れた。この写真は一部をトリミングしたものだが、かろうじで本線と引込線の関係が伺える。


                   

(左)モダンな駅舎は大正2年に完成したもの。旧国立駅の三角駅舎にも通じるデザインだ。姨捨駅自体の開業は、何と明治33年。急勾配のため、蒸気機関車の給水や行き違いのために山の中腹に駅が必要だった。駅舎の壁には、雪の中を走る蒸気機関車の写真などが展示されている
(右)姨捨といえば、今回は訪ねなかったが、駅下の長楽寺(芭蕉の句碑と桂の大木で有名)や、「田毎の月」(棚田にかかる月は絶品で「田毎の月」と呼ばれている)や、日本一と言われる「あんずの里」なども訪ねてみたい。「田毎の月」を眺めるなら、対岸の長野電鉄「屋代」駅の近くにある森将軍古墳の上から眺めるといいらしい。今回は、写真の人と同じように20分間景色を堪能した。見晴らしが良いだけあって風通しも良く、涼しいとまではいかなかったが非常に贅沢な時間を過ごせた。

 姨捨駅には、長楽寺にあやかって、松尾芭蕉の「おもかげや 姨ひとりなく 月の友」の句碑もあるそうです。2007年には、訪れたい駅の第2位にランクされました。ちなみに1位は門司港駅(北九州市)で、3位は嘉例川駅(霧島市)。1位は去年訪ねたので、残るは第3位?      

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旧開智学校と旧司祭館 ~松本市内散策

2008-08-26 23:55:36 | 鉄道紀行&乗り物


 松本城を見た後は、もう少しだけ歩いて「旧開智学校」を訪ねたい。中央(といっても左右対称の建物ではない)に八角の塔を備えた洋風学校は、先ほど見学したばかりの「旧中込学校」と似たようなスタイルをしているが、こちらの方が二回りほど大きい。明治9年(1876)に、松本市内の中心部を流れる女鳥羽川のほとりに建てられ、昭和38年(1963)3月まで使用されていた。翌年、建物の主要部が現在地に移築&保存された。


                   

(右)松本城から北へ200mぐらい歩くと、現在の開智小学校の前に出る。校庭の向こう側に旧開智学校が見えてくる。1964年に移築された。
(左)側面から見た旧開智学校。女鳥羽川のほとりにあった頃は、建物の西側に同じく二階建ての教室棟が建てられていた。建物の中は教育博物館になっている。


                   

(左)隣の「旧司祭館」の二階から眺めた「旧開智学校」。
(右)旧司祭館は、平成2~3年にかけて、松本城内三の丸の一角から移転された。


      

 旧司祭館は、明治22年にフランス人神父クレマンによって建てられた。アメリカ開拓時代の様式が特徴で、各部屋の暖炉、1&2階に備えられたバルコニーなど、純西洋館だ。観覧料は無料(旧開智学校の観覧料は300円)。


                   



(右)松本市内も、(島原城下と同じように)湧水が出る。冷たくておいしかった。松本城への行き帰りに利用したので、飲料代を節約できた。
(左)女鳥羽川を跨ぐ千歳橋の近くに飾られていた派手なガマ侍。 

 

       

 女鳥羽川に沿って歩きながら駅に向かった。松本市内はなかなか歩き甲斐がありそうだ。右写真の時計博物館には、次回は必ず寄ることにしよう。

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松本城へ ~四〇〇年の風雪に耐える

2008-08-25 23:56:30 | 鉄道紀行&乗り物

夏雲と松本城


 いろいろ考えた結果、「しなの鉄道」で篠ノ井まで行き、JR篠ノ井線に乗り換え、日本三大車窓に選ばれた「姨捨」駅経由で松本に向かい、国宝の松本城を見学することにした。
 松本城の近くには、旧中込学校と同じような洋風学校=旧開智学校がある。この二つを見学してから篠ノ井に戻れば、うまい具合に夕暮れどきのマジックアワーの時間帯に姨捨駅のホームへ降りられそうだ。松本城を見学することで、三大車窓を二度も(それも違う時間帯に)楽しめるのだから、もうこのプランに決めるしかない。同時に、明日の行き先もほぼ確定した。
 当初の予定どおり飯田線に乗るつもりなら、松本から40~50分ほど中央本線を上って、辰野か岡谷に泊まればいい。飯田線の長い長い旅は、ここから始まる。なのに、わざわざ反対方向の姨捨まで北上したのち辰野へ下るというのは、姨捨で夜景を見るのが目的とはいえ、時間のロスが甚だしく、利口な方法ではなさそうだ。姨捨でUターンせずに、そのまま長野まで行ってしまうのだ。
 長野に泊まれば、明日は早い時間帯に日本海へ抜けられる。直江津を右に折れれば青海川(日本一海に近いところにある駅。中越沖地震で大規模な崖崩れが起こり、ホームの一部と線路&架線が土砂に埋まった・・・あの駅だ)があり、左に折れれば筒石(上下線共にホームがトンネルの中にある駅)がある。信越本線で直江津に行かず、飯山線に乗って新潟へ向かう手もある。よし、長野に泊まろう、と思った。


                   

 国宝「松本城」は去年見た熊本城と同じように「黒い」城だ。五層六階の天守閣は、日本に現存する12の天守の一つで、外観だけ再建された天守とは一線を画している。明治維新後、多くの城が壊された。松本城も競売にかけられ、解体されるところだったが、地元の有力者が買い戻し、事なきを得た。本丸御殿は江戸時代に、二の丸御殿は明治時代に焼失している。現存する天守閣は、映画『三大怪獣 地上最大の決戦』で飛来したキングギドラに破壊された。
 国宝に指定された城は、姫路城、彦根城、犬山城、松本城の四つしかない。天守閣の内部も見学することができ、観覧料は600円。入場制限するほど混んでいたため、橋を渡らなかった。


                  

(左)この橋を渡って受付をすませば、本丸公園(御殿跡)と天守閣を見学できる
(右)こちらは無料で見学できるニの丸跡。




                  

(左)枡形をした太鼓門。門を二重に築き、ここで敵を食い止める。
(右)ちょうど人が通った。太鼓門の大きさがわかる。 

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旧信越線 小諸と篠ノ井 ~がんばれ、しなの鉄道!

2008-08-24 22:26:57 | 鉄道紀行&乗り物

JRではなくなったために、「駅ビル」化を免れた?小諸駅構内。
天井の高さとか、何だか知らないけど、ひどく懐かしい。


 「18きっぷ」は、やはり凄い。先週の三日間でどれくらい得したのか、正規の料金に換算してみたら何と17910円! まだ二回分残っているのに、すでに6410円も得した計算になった。「18きっぷ」の料金は11500円だから、一日2300円以上乗れば元が取れるわけだけど、内訳を見ると一日目=6110円、二日目=3880円、三日目=7920円分乗っていた。地方の私鉄に乗る際も、「18きっぷ」をうまく使えば交通費を大幅に節約することができるし、何といっても、気の向くまま途中下車できる一日乗車券になっている点が一番うれしい。

 というわけで、小諸に着いたニワトリさんは、接続する「しなの鉄道」(別料金。小諸~篠ノ井間930円)を右(軽井沢)に行こうか、左(篠ノ井)に行こうか、いったん改札の外に出ながら考えた。
 JR東日本は、長野新幹線を開業した際に、信越本線の(碓氷峠を越えなければならない)横川~軽井沢間を廃止し(連絡バスで結ばれているが・・・)、軽井沢~篠ノ井間については「しなの鉄道」に譲渡した。
 こうして、高崎から新潟まで結んでいた信越本線は、高崎~横川間と篠ノ井~新潟間に分断されてしまったのだが、篠ノ井から長野までの区間は「しなの鉄道」とJR篠ノ井線がそれぞれ乗り入れていることから、それらの線の延長と考えた方が分かり易く、長野~新潟までの区間も、JR西日本やJR東海の車両が乗り入れる関係上、長野~直江津間と直江津~新潟間に分かれて運行されている。


                   



(右)小諸駅にて、JR小海線のキハ110系と「しなの鉄道」のクハ115系のツーショット。「しなの鉄道」は、信越本線の開業120周年に際して、169系の車両に国鉄時代の湘南色(緑とオレンジのツートン)の塗装を施し、直江津まで走らせている。「しなの鉄道」の車体色を赤とグレイにしたのは、ステンプラカーの導入を見込んでのことらしいが(赤=プラ、グレイ=ステンレス)、この際全ての車両を湘南色に戻すべきだと思う。将来導入する車両も、ステンプラカーよりも201系の中央線とか、長野電鉄のようにロマンスカーを購入した方が集客力も上がるのでは?
(左)ホームの屋根を支える柱も、このように非常に魅力的だ。


                   



 ホームも跨線橋も素敵なのに、この駅舎は・・・! 標準的な平屋の駅舎に無理やり二階を乗っけてしまった感じ。アンバランスの極みだが、この角度だと二階部分が巨大な看板に見え、いよいよ格好悪い。




                   

 それでも、新幹線のために高架化されたJR篠ノ井駅よりましかもしれない。それにしても、高架の駅はどうしてこんなに味気がないのだろう。茹るような暑さの中、30分近く電車を待った。金属音と共に、新幹線が矢の如く通り過ぎて行った。


                    

 暑さを和らげてくれた貨物の引き込み線と、愛嬌たっぷりのセグロセキレイ。篠ノ井駅は「JR貨物」の車両基地でもあり、機関車をつけかえるために10本ほど引き込み線が敷かれている。

 書き終わる直前に記事を飛ばしてしまい、絶叫しました。最初から書き直しとは、非常に辛かったです・・・。

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JR小海線 ~旧中込学校と・・・

2008-08-23 23:57:30 | 鉄道紀行&乗り物


 長野県佐久市中込に、明治8年(1875)に建てられた日本最古の洋風学校=旧中込学校がある。明治維新からいくらも経っていないのに、このような斬新な、しかも単なる物真似ではない和洋折衷のモダンな建物を、地元の人々の寄付と地元の大工さんの力を結集して建ててしまったのだから、非常に痛快だし、正直驚きに値する。大正8年に新校舎が建てられるまで(手狭になったため)、ここで学んだ小学生を羨ましく思うが、新校舎完成以後は町役場に転用されるなど、長きにわたって普通に愛された建物だったことが素晴らしい。
 当時は珍しかったステンドグラスやガラスを窓に用いたため、旧中込学校は西洋づくりの「ギヤマン学校」と呼ばれ、多くの人々が見学に訪れた。中央には八角形の鐘楼があるが、天井から吊るされていたのは何と和太鼓!だったので、太鼓楼と呼ばれた。時間が来ると、これを鳴らして時を告げていた。玄関&バルコニーはルネッサンス式だが、石造り建築の手法を木造建築に応用した和洋折衷のスタイルが、独特の魅力を醸し出している。


                   

 中込駅は、連絡駅の小淵沢&小諸を除けば沿線で一番大きな駅だ。特に目新しいことは何もないけれど、非常に開放的な気分になる駅で、大いに気に入った。旧中込学校へは、地図なしで歩ける。どうしたことか、駅から徒歩5分のところにあると勝手に思いこんでいた。実際は約15分、炎天下を歩いた。
(このときは、「どこが徒歩5分なんだ」と流れる汗にいささか腹を立てながら、どうして勘違いしたのか自問自答したが、受付でもらったリーフを今読み返して合点がいった。中込駅からは徒歩15分かかるけれど、隣の滑津駅から歩けば、確かに「5分」で着いたのだった・・・)




                   

 旧中込学校の太鼓楼が見えてくると、自然と早足になった。右手の桜と左手の見事な藤棚が花で満開になった頃に訪れてみたい。青空が似合うお洒落な洋館といった感じだが・・・


                   

 バルコニー側にある正面玄関から校舎の中に入る。玄関口の生徒控室と小使室以外は仕切りがなく、左側を講堂(左写真)、右側を第一教場(右写真)として使用していた。講堂にはオルガンが、教場には学習机と椅子が並べられていた。ステンドグラスが美しい。


        

(左)2Fは三つの教室と教員室、教員控室、校長室に分けられていた。
(右)講堂と教場を隔てる廊下から玄関を振り返る。


      



      

 隣の児童公園(成知公園)には、二両の車両が置かれ、腕木式信号機(国立に、庭木と一緒に腕木式信号機を植えた!個人宅があって、公園の信号機を見たとき、中込にも「好きもの」がいた!と勘違いした)もあるミニ鉄道公園だった。
 野辺山同様に「高原のポニー」(C56-101号)が静態保存されていたが、もう一両のこげ茶色の車両も貴重な鉄道遺産だった。但し書きがなく、「鉄」知識の乏しい自分は、機関車に引かれていた客車だろうと考えたが、これが何と、佐久鉄道のキホハニ56起動車だった! ということは、どんなに新しくても昭和九年以前の車両ということになる。こうした車両がゴロゴロ転がっているのは大いに結構だけど、こんな風にフェンスに囲まれていなかったら、もっと良かったのに・・・。


                   



 中込駅に戻ったら、12時13分発のキハ110がスタンバイしていた。涼しい車内で「高原野菜とカツの弁当」の包装をほどき、ブログ用に写真を撮っていたら、構内に飾られている各種ヘッドマークに気がついた(上の一枚)。
 この駅に着いたとき、どうしてこの駅を気に入ったのかよくわからなかったが、木造駅舎の構内に並べられた思い出のヘッドマークや、屋根に付けられた明かりとりなどが「優しさ」を演出していたのかもしれない。「おおっ」と歓声を上げたニワトリさんは弁当を広げたまま、ヘッドマークを眺めにホームに降りて行った。夢中になって写真に収めていると(続く二枚)、背後のキハ110が発車のベルも鳴らないのに(そういえば、小海線では「駅メロ」を聴いた記憶がない)突然動きだした!
 「えっ?」と思った次の瞬間、我に帰って車両に駆け寄り、無我夢中で乗車ボタンを押した。弁当だけ先に行ってしまったなら、「またしても、高原野菜とカツの弁当を食べ損ねた」だけだが、荷物も車内に置きっ放しなので、置いていかれると非常に面倒なことになる・・・都内の電車だったら止まってくれるはずがないが、奇跡的に?止まってくれ、「しょうがないな~」と言わんばかりにドアが開いた。ニワトリさんは、「すみません、すみません」と、小刻みに頭を下げつつ座席に戻り、胸を撫で下ろしてから何ごともなかったかのように弁当を食べ始めた。おいしかった。
(これが、予告した?「弁当事件」でした)


                   

(左)佐久平駅は新幹線の開業に際して高架になった。普通は新幹線が高架になるのだが、佐久平では在来線が高架化されて新幹線を跨いでいる。「邪魔だから、どけっ」ということだろうが、新幹線を上から見下ろす気分は、なかなか痛快だった。
(右)野辺山から800m近く高度を下げてくると、景色もレタス畑から稲田に変わる。乙女駅を過ぎれば近郊線と同じ景色になり、終点の小諸も近い。


 年季の入った可愛い学習机。何人の小学生が座ったのだろう? 自分が通った国分寺第二小学校にも、木製の二人掛け学習机が、木造旧校舎にあったと思う。その当時は、新校舎の方がきれいで好きだったが(特にトイレが「ドッポン」便器で、とても臭かった)、今では旧校舎の方が懐かしい。東京都内なのに、中学2年まで冬は石炭ストーブを焚いていた・・・(もちろん、冷房などない)

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JR小海線 ~沿線あ・らかると

2008-08-22 23:36:30 | 鉄道紀行&乗り物


 起動車が高地を下ると、にわかに空が広くなった。窓にへばりついて空を見上げると、見事な雲が浮かんでいた。
 9時16分に小渕沢を発車したキハ110の2両編成は、終点の小諸まで行かない中込止まりの列車だった。中込着は11時03分。時刻表ではそこで一端切れるけれど、12時13分に中込始発の小諸行があるので、11時に中込駅に着いた列車が1時間弱昼休みを取って出発する、と考えても良さそうだ。
(違う車両を出してくるのかもしれないけど)
 自分としては、ここで途中下車して、明治8年(1875)に建てられた日本最古の洋風学校である中込学校を見学するつもりだったので、1時間の待ち時間は願ったり叶ったり、といったところ。
 次の列車の中込着が11時33分。30分の間に中込学校まで往復可能で、この列車に乗れたならば、12時00分には小諸に着いてしまう。12時13分の中込始発小諸行に乗っても12時40分には小諸に到着し、その先「しなの鉄道」で一度軽井沢まで戻ってから篠ノ井まで旧信越線を走り、姨捨経由で松本に出ることも十分可能だ。
 まるで、中込で途中下車しなさいと言わんばかりの時刻表だった。


                   


(左)由緒正しい木造駅舎に緑の屋根が似合う信濃川上駅。留置線のレール止めもいい位置にある。JR東日本【大人の休日倶楽部】「高原列車編」の撮影も、ここで行われた(ことを後から知った)。駅の窓口には、小百合さんと駅員のスナップ写真やサインが飾られているそうだ。意外なほど人が降りていたが、それを聞いて納得。
(右)比較するために撮った写真ではないが、こちらの佐久海ノ口駅もなかなかいい線をいっていると思う。駅名では、断然こっちの勝ちだ(「信濃川上」は、このあたりが千曲川に源流に相当することから名付けられた)。


       

 ローカル単線はすれ違いがいい。キハ110系でも情緒があるのだから、これがキハ20だったら・・・興奮の極みに? 線名になった小海駅も撮ったが、地味な駅だった。ここから先は、元々違う路線だったこともあり、駅間が1.2~2km前後と、非常に短くなる。いかにも、ローカル私鉄といった感じ。


                   

(左)沿線を彩るものたち。変わった形の鉄塔。海瀬付近を走行中に出現。どのタイプに分類されるのか、鉄塔好きに訊いてみたい。
(右)コスモタワーは、稲荷山公園内にあるロケット型のオブジェ。70年代の顔つきをしている(公園は桜とつつじの名所。臼田駅徒歩5分)。雲がいい感じで背景になってくれ、ワンチャンスだけどいい写真になった。ロケットは、浅間山を背景に見た場合が一番格好良い! 50~60年代のSF映画のワンシーンにも見える。


浅間山が見えてきた。この線路の先には何があるのだろう?


どんな駅だろうと待ち構えていたら、瓦と芙蓉の花が実にいい感じに・・・

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JR小海線 ~野辺山駅の標高は1345.67m!

2008-08-21 23:58:20 | 鉄道紀行&乗り物



 古い駅舎が好きな方は「あれっ?」と思うかもしれないが、野辺山駅は通り過ぎてしまいたくない。小海線の運転間隔は1時間に1本だけど、1時間の待ち時間に途中下車してあたりを散歩すると、ちょうどいい時間つぶしができる。それに、夏の間は高原列車の名称で、小渕沢~野辺山間をハイブリッド車両が走ってくれるので、より待ち時間も短くなる。小百合さんが乗ったのも、その車両かもしれない・・・。


      

 野辺山駅は2面3線の島式ホームと留置線を持つ駅で、小海線の中では中込駅に次ぐ大きな駅だと思う。自分には全く記憶のないスペイン風?の白い駅舎だけど、青空に映えてなかなか美しかった。その昔、ここを訪れたときも、すでにこの駅舎に代わっていたのかもしれないが、鉄道そのものに興味がなかったため覚えていない。ツートンの旧型起動車が走っているところは、ツーリング&ドライブしたときに何度も目撃した。最高地点で偶然、踏切待ちをしたこともある。
 駅標の隣には「JR線最高駅野辺山 標高一三四五.六七米」と書かれた杭が立っている(標高の覚え方は簡単、2を抜かして1から並べていくだけ!)。JR線&普通鉄道の駅の中では、最も高いところにある駅だ(ちなみに、日本で最も高い駅は室堂駅で、軌条のない路面電車=トロリーバスが走っている)。反対側のホームの駅標の背景には、国立天文台の電波望遠鏡が描かれている(そのときは全然気がつかなかった。駅の写真を何枚か撮ったときに偶然小さく写っていた・・・)。

 国鉄時代は、日本でいちばん低い(深い)ところにある駅=馬喰町とセットで宣伝されていたが、1988年に開業した津軽海峡線の地下トンネル駅=吉岡海底(標高マイナス149.5m)にその座を奪われてしまう。吉岡海底駅は見学者のための臨時の駅だし、現在は北海道新幹線工事の関係で見学もできないため、乗降客のいる駅という点では馬喰町がその座を奪還したといえないこともないが、2000年に標高がマイナス27.14mに修正され、1990年に開業した京葉線東京駅(標高マイナス29.19m)に及ばないことが判明している。ややこしい話をしたけど、野辺山と馬喰町の友好関係は今も変わらず、馬喰町の駅には野辺山駅のオブジェがあるそうだから、都内に行った際に立ち寄ってみたい。


                   

(左)駅前には国道を挟んで、時間つぶしにちょうどいい公園がある。JR最高駅の表示が道路にもあり、車やバイクでここを訪れる人も非常に多い(自分もその一人だった)。おっ!奥に見える蒸気機関車は?
(右)かつて、小海線を走っていたC56だった! 自分を追い越して子供が駆け寄ったので、素早く1枚! やっぱり好きなんだね~♪


                   

(左)木々が少し邪魔だけど、丘の向こうに八ヶ岳の姿も見える。1時間あればもう少し良く見える場所まで歩けるはず。
(右)C56-96号は、転勤また転勤の機関車人生だった? 最初は北海道を転々とし、それから信州にやってきた。小梅線を走っていた頃は「高原のポニー」と呼ばれていたそうで、もう一度走る姿が見たいものだ。引退後、昭和50年から62年まで「SLホテル」として開業されていた。客室が寝台車だった? 一度泊まってみたい!

 夕べは21時に床寝。23時55分に起きてブログを書き始めましたが、5分で断念。5時に起床して、とりあえず「野辺山」駅まで書きました。まだ旅の初日の午前9時・・・この調子だと、旅から戻る頃には秋風が吹く? 

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JR小海線 ~高原野菜とカツの弁当をGETして、JR最高地点へ

2008-08-20 23:57:10 | 鉄道紀行&乗り物


 JR東日本「大人の休日倶楽部」のCFには、発足時から吉永小百合さんが出演されていますが、今年の夏、小百合さんは小海線を旅しています。ウマ鹿男のミーハー度の高さを知っている人は、「だから小海線に乗ったんだな!」と思うでしょうが、今回はそうでなくて、小渕沢の名物弁当である「高原野菜とカツの弁当」(840円)に惹かれて小海線を選びました。青空をバックに山頂に雪を残した緑の八ヶ岳が描かれた箱絵も素敵ですが、ヘルシーなチキンカツに地元でとれた野菜(高原レタス、セロリ、カリフラワー、ミニトマト、リンゴなど)をたっぷり詰めこんだ駅弁です。
 食べたい食べたいと思いながら、朝早すぎてまだ届いていなかった、すでに売り切れていた、弁当を買う時間がなかったといった理由から、今まで食べることができなかったのですが、今回も、小淵沢の駅のホームにある駅弁屋さんが開店前だったので、「またしても食べられないのか?」と肩を落としました。ところが、改札を出たところにあるお土産店のレジ前に何げなく「高原野菜とカツの弁当」が3個積まれていたので、他人に買われる前にGETしました。やった~♪
 だが、これで安心してはいけません。蓋を開いて「いざ食べようか」というときに、まさかまさかの大問題が発生したからです。
(何が起きたかというと・・・)


 小渕沢を出発するとすぐにクライマックスの大パノラマが見られるので、間違ってもトイレに行ったりしないこと! ディーゼルカーは、線路が敷かれた土手の上をコンパスで円を描くように右へ曲がってゆく(線路が見えますね~)。前方に見えるシルエットは八ヶ岳。正面に見えた八ヶ岳が真横を向くまで、列車は大きな円を描く。


                   

 「18きっぷ」は快速電車までしか利用できないが、鈍行の各駅停車と侮るなかれ。朝一番に出発すれば、特急電車よりも約1時間も早い7時24分に「小渕沢」に降りることができる。魅力的な旧型起動車を引退させたキハ110系は、正直嫌いな車両だが、朝の森の中を軽快に走行し、ぐんぐん高度を上げていった。小海線では、いち早く次世代のハイブリッド車両が導入された。小百合さんのCFに出てくるのもハイブリッドだ。


                   

(左)今回は寄らなかったが、最初の駅「甲斐小泉」には、平山画伯の「シルクロード美術館」がある。
(右)清里~野辺山間の踏切に人々が集まっているが、その訳は?


                   



(右)答え=この踏切がJR最高地点(標高1375m)だから。近くに記念碑があるらしいが、確認できなかった。朝早くから、皆さんご苦労様です。
(左)踏切を過ぎると、緩やかに下ってゆく。旧型起動車だったら、ゼイゼイ喘ぎながら最高地点へと上ったかもしれないが、キハ110は軽々と上っていき、何ごともなかったかのように下っていった。


                   

(右)JR最高地点を過ぎると、右手に巨大な電波望遠鏡が現れる。国立天文台の野辺山電波観測所だ。事前に連絡すれば、中を見学することができる。
(左)野辺山から小淵沢に戻る際に、車両基地のある中込駅から小淵沢に上ってくるハイブリッド車両=キハE200形を待つ手もあったけれど、その前の車両に乗ってしまったため、ハイブリット車両とはすれ違うだけで終わってしまった。でも、これに乗っていたら、以下の行動に支障をきたしたかもしれない。

 まだ野辺山にも着かないとは、亀より遅い歩みですが、今夜はこの辺で・・・

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