『聯合艦隊司令長官 山本五十六』 ~俳優 役所広司

2011-12-30 23:55:00 | 映画&ドラマ



 この映画の主題が、誰よりも戦争に反対しながら開戦の口火を切ることになった司令官の苦悩と、それでも温かい人間性を失わずに戦場で斃れるまで職務を全うする姿を描くことだったならば、名優、役所広司の淡々としたそれでいて重厚な演技により、100%成功したと言えるだろう。山本五十六に関する評価は賛否両論様々だが、彼が演じた人間=山本五十六の魅力は絶対的だった(というか人間の理想像のように思えた)。
 深い見識、本質を見誤らない客観性、他人に責任を転嫁せず自分を正当化しない毅然とした姿勢が素晴らしい。人を労り思いやる心の深さに触れ、良き家庭人としてふるまう姿を見れば、人間こうありたいと思う。特筆的なのが、大好物の甘いものを食べるときの子供のような嬉しそうな表情! この映画では、戦闘場面よりも飲み食いする場面が多く、それがまだ全て魅力的なのだ。

 だが、山本五十六という人物がこのとおりの人物だったとは言い難い。確かに開戦に反対はしたけれど押し切られてしまったのも事実だし、彼の経てた作戦は運に任せた部分が多々あってリスクも高く、場当たり的で大局的な展望がなかったとの批判も多い。嫌いな人物には口も利かず重要な情報や意図が十分伝わらなかったとも言われている。家庭よりも愛人宅に通っていたようで、軍の規律違反に当たるような手紙を彼女に書いたりしている。本作品では、否定的に受け取られてしまいそうな部分が一切描かれていない。

 描かれていないと言えば、この手の作品では極めて短い140分の上映時間に幾つかのエピソードを入れたため、戦闘シーンが本当にさわりだけになってしまった点が惜しまれる。ミッドウェイ海戦において、母艦が無残に炎上する光景を眼下に目撃した零戦パイロットが(燃料もない筈なのにどうやって遠く離れた敵艦隊を発見したのか)敵空母に体当たりを敢行するような、絶対にあり得ないくだらない場面を入れないで、いわゆる運命の五分間によって負けた=攻撃隊が発進していれば勝っていた「定説」から脱却するような映像を幾つか入れてほしかった。三空母が被弾に至るまで約7時間に及ぶ壮絶な戦闘が繰り広げられていたのだから。

 この映画では、大本営と同じぐらい愚劣だったマスコミに関して、五十六を批判する大新聞の編集長(香川照之)と五十六の人間性に次第に惹かれていく記者(玉木宏)を通して象徴的に描きながら、その本質が今も全く変わっていないことを教えてくれている。マスコミだけではない。経済界も全く変わっていないし、政治家、官僚組織、軍隊(自衛隊)も、あの頃と何一つ変わっていないことに底知れない絶望感と怒りを覚えてしまった。
 よくよく考えると、対米戦争に反対したのは山本五十六だけではない。勝てるはずがないと思っていた人はたくさんいた。にもかかわらず戦争に突入して、この国はどんなことになったのか? 映画の最後に、焼け野原になった東京が出てくる。空がどこまでも広く地平線も見渡せる不毛の景色に慄然としながらも、ある種の爽快感を覚えたことも否めない。
 今年は色々な意味で考えさせられることが多かった。日本海海戦に勝利した参謀=秋山真之は有名な『聯合艦隊解散の辞』において「勝って兜の緒を締めよ」と述べたが、それをしなかった軍と国は一度滅んでしまった。普通ならここで徹底的な検証が行われてしかるべきだったのに、この国は思考停止したまま信じがたい復興を遂げてしまった。現在に至るまでの努力は称賛に値する。だが、依然として歴史から何一つ学んでいないどころか、認識すらしていなかったというべきだろう。その意味では、東日本震災と原発事故は強烈なしっぺ返しと言っても良い。だが、それでもなお、政治や経済は自分たちの過ちを認めない。そしてあの頃と同じように猪突邁進している。映画の中で三国軍事同盟にのめりこんでいく様が、今参加しようとしているTPPと重なって仕方がない。焼け野原にはならないとしても、今度はどんな光景が眼前に広がるのだろう?
 この映画の役所広司が玉木宏にジェスチャーを交えながら語ったように、我々一人一人が自分自身の目と耳と心を最大限駆使して、偏見や隔たりのない広い視野に立って物事を考え行動していくことが一番大事だと思う。それにしても役所さん、本当に見事でした!

 『聯合艦隊司令長官 山本五十六』の公式HPは、 → ここをクリック


Merry Christmas!

2011-12-25 22:50:05 | 日常&時間の旅


 今年最後のイベントが終わり、ほっと一息ついた25日・・・勉強は?
 残念ながら、今年は乗れなかった上毛電鉄のクリスマストレイン。去年の写真を記事にしないまま、一年が過ぎてしまいました。
 ところがですよ、DELLのHDDが壊れたために、失ってしまった写真の一部がCFカードに残っていました。ちょっとしたクリスマス・プレゼントです。わ~い!
 ブログを始めるようになって、たまる一方の写真を全く整理していないのはお恥ずかしい限りだけれど、こうして写真を眺めていると、去年の今頃のことが昨日のことのように蘇ってきます。今年の上毛電鉄はどんなクリスマスを迎えたのでしょう。桐生動物園にも行きたかったなあ~。来年こそは、今年の夏に乗れなかった風鈴列車も含めて、自転車も連れて乗りに行こう! 
 というわけで、想いも新たに少しだけUPします。メリークリスマス~♪


 車両基地のある大胡駅のイルミネーション


 あっとほーむ な駅の構内。寒さも忘れて、クリスマストレインを待ちました・・・


  デハの模型が銀河鉄道みたいでした・・・(クリックすると大きくなるよ)


受験票・・・

2011-12-14 21:39:33 | 独り言&拾いもの

 狭い出窓で日向ぼっこしながら顔を洗う直近のくるみさん。落ちないようバランスをとりながら大の字になることも・・・。ちなみに、写真でもわかるようにVAIOはまだ保護シールを貼ったまま。「こういう人、よくいるよね」と揶揄していたけど、自分もそうだった!


 今年もあと残り半月になりました。本当に、一年は一か月より速い!
 今年は年明け早々に半年がかりで準備してきたイベントがあって、それが無事に終わればもう思い残すことはない、なんて公言していたのですが、そのままズルズルと一年が過ぎてしまったようです。

 先日介護福祉士の受験票が届きました。一次試験は来年1月29日です。今の仕事について丸三年間の実務経験を経てついに受験資格を得た、という意味では待望の受験票なのですが、三年前と比べて自分が、一人の人間として、そして職業人としてどれくらい進歩したのか、振り返るとお寒い限り・・・。
 試験対策にしても、9月に参考書(上下二巻)を買ったはいいが、まだ一冊目の三分の二しか読んでいない体たらく。もちろん、頭の中は空っぽ。何も覚えていません。
 例年だと、そろそろ虫が騒ぎだして、正月休みはどこへ行こうか思案する頃ですが、試験日まであと40日足らずになってしまった今、全て封印して勉強しようと、今さらながら反省しています。
 勉強しようっと意気込んだところで、夜勤は同じようにあるわけだし、どれだけ巻き返せるか疑問符がつくのですが、久しぶりの受験勉強も悪くないかも? 

 ところで、勉強の最大の邪魔者が何かと言えば、実はこのパソコンです。暇があるとついインターネットに繋いでしまうので、勉強は少々面倒でも図書館でした方が良さそうです。とりあえず、今週中にひととおり参考書を読んで、来週から虎の巻ノートを作り出さないと、本番に間に合いそうもありません。来週から再来週にかけてはかなり忙しいので、集中して勉強できるのは正月休みしかありません。そう考えると、遊んでいる場合じゃない!
 というわけで、気分転換に少しは更新するかもしれませんが、ブログの方もしばらくお休みさせていただきます。あっ、もう時間です。
 それでは、今日はこのへんで・・・。


ぬくぬく体が温まると、大あくび~~。


皆既月食(その3)

2011-12-13 23:13:30 | 自然&いきもの+ゾウのはな子



 2011年12月11日に起きた皆既月食の後半の様子です。蛍光灯モードで撮影すると、このような蒼い月になりました。エリリンさん&Angela あんこさん、コメントありがとうございました。
 ショーの前半は固唾を飲んで月が欠けていく様を、約50分間の皆既中は(同じ光景でしたが)この先何度も見られないかもしれないという想いから赤銅色に変わった月を眺めていられたのですが、後半になると、ココアを飲んでリビングで暖をとりつつ10分ごとに玄関先に覗きに行く・・・まで堕落?してしまいました。四番目の写真は、食が終わる1分前の月です。右端にほんのわずかですが、地球の影が見えます。




 先の2枚は影の部分に露出を合わせて撮影しました。実際も、このような感じで光が現われます。月が半分以上出て来ると、影の部分は殆ど見えなくなります。シャッター速度とISO感度を変えて撮影しました。実際はもう少し輪郭が見えていました。



 11日午前1時18分。右下隅にあったシミが消え、月食が終わりました。煌々たる満月です。皆既月食の間、狼男のバイオリズムはどのように変化したのでしょうか? やっぱりパワーダウンしてしまうのかな?
 月は地球と違って青くないけれど、蛍光灯モードで撮ると、また違った雰囲気になったので、この写真で幕を閉じようと思います。
 次回の皆既月食も楽しみですね! 月食は日食と違って誰でも見られる点がいいなあ~♪


皆既月食(その2)

2011-12-12 11:39:00 | 自然&いきもの+ゾウのはな子


 今年も残すところ半月に迫ってきました。そろそろ写真のまとめだけでもしたいのですが、やらねばならないことがおしくら饅頭状態で、にっちもさっちもいきません・・・。このまま新年がやってくるんでしょうね・・・。



月蒼くして・・・



23時04分。皆既に入る直前の月。ISO感度6400に増感。
赤銅色に染まった影の部分と光のコントラストが見事でした。


皆既月食は23時06分から52分間も続きました。このまま出てこないのは?と思うほど・・・。
このときの月の美しさは写真や言葉では言い表せません。三脚を出せば良かったのに・・・。
日付が変わる頃、月の左端の下の部分がキラリと光り始めました。ショーの後半の始まりです。


 すみません。時間が来ました。続きは明日の晩に・・・。




皆既月食!

2011-12-11 23:26:28 | 自然&いきもの+ゾウのはな子


 昨日12月10日は、皆既月食がありましたね。今年は皆既月食が二度もあったのですが、前回6月6日は雨に泣かされました(晴れオなのに・・・)。東京地方は完璧な冬晴れ。今度こそ見られそうだと、昼間から首を長くして待っていたのですが、夜になっても雲一つない星空が広がっています。おかげさまで、3時間半に及ぶ見事な天体ショーを見ることができました。
 深夜だったために冷え込みが厳しく、かなり着込んでも体は芯まで冷えてしまい、おまけに月が真上に差しかかったものだから首が痛くなりましたが、冬の星座のオリオンやシリウスを眺めながらの月食はなかなか乙なものでした。
 写真は皆既月食になった直後の赤い月の様子です。α700で撮影しました。70-300mmSSGレンズの望遠側(35mm換算450mm)を使い、シャッター速度=60分の1、絞り=F8、スポット測光、Dレンジオプティマイザー=レベル3、ホワイトバランス=曇天、ISO感度=6400に設定し、手持ちで撮影しました。
 地球の影に入った赤い月はさすがに暗く、増感しないと映ってくれません(三脚使用ならISO200で撮れたことに、あとになって気付いた・・・)。ノイズがかなり出てしまいましたが、最新鋭のデジタル一眼レフカメラだったら、もっと綺麗に撮れたでしょう。でも、欠け始めから満月に戻るまで全部見ることができて大満足です!(しかも玄関の前で・・・)
 今回のように皆既月食を全て観測できたのは、何と11年ぶり(2000年7月16日)だそうです。そのときニワトリさんは何をしていたのでしょうか? 同じように月を見ていたと思うけど、あの頃は(まだ)若かった~! 
 次回の皆既月食は、三年後の2014年10月8日。暑くもなく寒くもなく、月見には最高の日和です。しかも食の始まりが20時と時間が早く高度が低いため、首は疲れないし、皆既中の月の色も今回よりもさらに赤くなると、いいことづくめ。河原まで行って、土手に寝転がって眺めるのもいいかもね~。御団子とお茶も用意しなくちゃ!
 というわけで、22時45分から1時22分まで月を追いかけていきましょう~♪


22時45分。欠ける直前の月。青白く撮ってみました。1/125秒ですが、少し手振れしています・・・。

ほんの僅かだけど欠け始めました。シャッター速度を1/250秒に上げました(ISO感度=200)。

月の満ち欠けは29日だけど、今夜は3時間半に早送り?

 今宵はここまで? おやすみなさい・・・


大学通りの銀杏並木(続き)

2011-12-06 23:39:10 | 自然&いきもの+ゾウのはな子


 冷たい雨が降った今日12月6日・・・本当に寒かったあ~、でも、ニワトリさんはやっぱり「晴れ」の人だったようで、今日も濡れずに先ほど帰宅しました(覚悟してポンチョを持っていったけど)。
 昨晩は失礼いたしました。昨日の続きを書きましょう。上の写真は、大学通りの奥の方にある銀杏の樹の下で撮りました。樹のすぐそばに紫陽花の植え込みがあります。紫陽花の写真を撮ったのは半年前です。まだ咲いていたとは驚くばかりだけれど、花も葉も枯れ落ちずに、自然にドライフラワー化したのかもしれません。
 この時期なのに青々とした草が生えている地面に撒かれた銀杏や桜の落ち葉と紫陽花のドライフラワー。12月とは思えない小春日和の木漏れ日を浴びている様がとても綺麗でした。


(左)光り輝く銀杏の葉は実に美しい!そばを通りかかった女子高校生も携帯を取り出してパチリ。
(右)フランス街灯と大学通り。一橋大学付近です。


一本の樹でも、色づき方は微妙に差があるみたい。グラデーションの妙。


赤と黄色のせめぎあい?


大学通りで二番目に枝振りが良い銀杏と桜のツーショット。


こちらが一番枝振りが良かった銀杏。丸々太っていた!


黄色のクリスマスツリー ~大学通りの銀杏並木

2011-12-05 22:34:22 | 自然&いきもの+ゾウのはな子


 清志郎さんも愛した街=国立は、春の桜と秋の銀杏が綺麗です。夜勤明けの午後、散歩してきました~♪
 この時期、銀杏たちは巨大な黄色のクリスマスツリーになるのですが、樹によって紅葉の仕方が異なっていて、まだ緑が混じっているのがあれば、殆ど葉っぱが落ちてしまって(ニワトリさんの頭のように?)寂しいのもいました。
 一番見事なツリーを探していたら、あることに気づきました。左右の枝を短く刈りこんでいる銀杏がやけに多いのです。大学通りの銀杏は綺麗だけれど、その結果生じる大量の落ち葉を片付けるのにかなりの労力がかかり、落ち葉の苦情も少なくないそうです。そのせいでしょうか、少しでも落ち葉を減らすべく枝を伸ばさないようにしているのかもしれません。鉛筆の先っぽのようにとがった樹が非常に目につきました。
 ニワトリさんの推測どおりに枝を刈りこんでいるのだとすると、少し残念ですが・・・。
(下の写真はクリックすると、大きくなるよ!)

 黄色のツリーに、まだ頑張っている桜とモミジが色を添える。

 銀杏の影と黄色い絨毯。桜が混じってたり、草が覗いているのがいい!

 急に眠気が訪れて・・・すみません、この続きは明日にでも・・・(今日と違って冷たい雨になるらしい)


『忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー 感度サイコー !!!』 ~愛しき先輩へ!

2011-12-03 23:55:07 | 映画&ドラマ


 12月に入って最初の休みがどしゃぶりの雨・・・またしても自転車はお預けです。でも、嘆いていても仕方ない。ならば、映画をハシゴしよう~♪
 ニワトリさんのレーダーに引っかかったのは、『ホルテンさんのはじめての冒険』が素晴らしかったベント・ハーメル監督の新作『クリスマスのその夜に』。
 以下、『寄生獣医・鈴音』、『とんねるランデヴー』、『五日市物語』、『ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』、『忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー 感度サイコー !!!』、『ブラッディ・パーティ』、『ゾンビ処刑人』、『ハラがコレなんで』、『ザ☆ビッグバン !!』。
 厳選を重ねた結果、『リヴィング~』『ナニワ~』『ブラッディ~』『ゾンビ~』の4本が残り、「スコセッシが編集したハリスンも見たいけど、ここは迷わず清志郎!」「ゾンビも悪くないけど、女吸血鬼には逆らえない・・・」というわけで、大雨の中、渋谷&新宿へ出かけました。
 先に「新宿バルト9」で『ナニワ~』の席を確保してから渋谷の「シアターN」に回る予定でしたが、映画館の場所を間違え単にずぶ濡れになっただけで空しく渋谷へ向かい(おまけにチケットショップに前売券がなく、電車賃が余分にかかっただけに終わる)、移動時間を除いて待ち時間が一時間あったのに、GHのクリスマスプレゼントを選んでいたら上映時間になってしまい、昼食抜きで(ジュースの1本も飲まずに)13階までエスカレーターで駆け上がる羽目になり(エレベーターが混んでた)、この頃には雨が止んでいたけれど急激に気温が上昇し、真冬の恰好してるだけで暑苦しいのに、走ったものだから汗だくだくの不快指数200の苦虫男に変身。でも、映画が始まると同時に嫌なこと全て忘れました。清志郎さん、ありがと~♪

 さてさて、映画の感想とは程遠い話から入りましたが、実はこの無駄話が重要で、数々の作品の中から『忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー 感度サイコー !!!』が選ばれたこと(スコセッシに勝ったんだぜ)と、いかなる不運と不幸も一瞬のうちに消え去るほど映画が「シアワセ」だったことを伝えたかった?のです。よくぞ、作ってくれました!

 2001、2004、2006年・・・大阪城ホールで行われた伝説のライブ『ナニワ・サリバン・ショー』。事の発端はデビュー30周年にあたる2000年に武道館で開催された「RESPECT」コンサートでした。東京の感動を大阪でも・・・と最初は考えていたそうですが、どうせやるなら東京と同じでは面白くない、やるからには西ならではの息を吹込んで東京を超えてやろう・・・そこで打ち出されたテーマが、「ラジオ」のノリと、「ショー」のテイストでした。
 清志郎さんの中で「ラジオ」というのはとても重要なモチーフだったと思うのですが、「色々な曲が流れるラジオは音楽の面白さをいつの間にか気づかせてくれる装置であり、そんなラジオの特性を活かすには、幅広い音楽家が登場して古今東西の名曲を歌うのがいい」ということになり、最近清志郎さんの周りに出没している謎のキャバレースター「オーティス栗原」に進行役を任せ、(映画の冒頭で説明してくれますが)アメリカの長寿テレビ番組「エド・サリバン・ショー」の「エド」と「江戸」をひっかけ、(大阪は浪花の)『ナニワ・サリバン・ショー』を派手にぶちかましたのでした。

 清志郎と愉快な仲間たちが魅せて聴かせてくれた「ナニワ・サリバン・ショー」は、音楽シーンの伝説になりました。このまま封印されてしまえば、歴史や神話になったかもしれません。ところがですよ、最高のライヴ・ステージを映画にしようという試みが地下で着々と進行していたんですね。それも「ナニワ・サリバン・ショー」に出演した人々が総出演して・・・! 
 三つのライブを一つに結ぼうというプロジェクトに、ショーには出演しなかった(と思う)松たかこ&清水ミチコが花を添え、テーマ曲を作詞したクドカン(「自分が書いた詞じゃない」と言ってましたが)がオープンニングを、RC時代からの盟友チャボがエンディングを担当、フィルムのコマとコマの間を寛平さんが駆け抜けて数多のミュージシャンにたすきを渡す・・・最高に幸福な映画が出来上がりました。
 大内幹男さんが言うように、映画のいいところは、いつでも好きなだけ繰り返して見られるところです。「ナニワ・サリバン・ショー」は、もはや歴史や神話ではありません。今、目の前で、(ソフトが発売されたら)どこでも観られる「映画」になりました。もうサイコ~!!!


 

 ハナレグミの永積タカシ君が言ってましたが、清志郎さんって、国分寺三中の先輩なんだよね。僕らの頃は「勉強勉強」で、あまり面白くない学校だったけど(その反動で高校時代は面白楽しく過ごさせてもらいました)、改めて「先輩」と呼ぶと、単なる「後輩」に過ぎない自分まで何だか誇らしい気持ちになるから不思議です。
 ショーに集まってくれた仲井戸麗一(RCサクセション)、石田長生、藤井裕、木村充揮(憂歌団)、内田勘太郎(憂歌団)、トータス松本、山崎まさよし、北川悠仁(ゆず)、岩沢厚治(ゆず)、斉藤和義、永積タカシ(ハナレグミ)、中村獅童、Chara、Leyona、清水ミチコ、松たかこ、間慎太郎、竹中直人、藤井フミヤ(映画には登場せず)、佐藤タイジ(同じく)、BEGIN(チラッと映る)、坂本冬美(ある意味一番インパクトがあった)、細野晴臣、矢野顕子、布袋寅泰、宮藤官九郎(気持ちよくわかるよ、クドカン)、そして間寛平さん・・・ありがとう~♪ 
 清志郎さんは、佐野元春、井上陽水、高中正義、甲本ヒロト、桑田圭祐さんなど多くの音楽家とセッションしてます・・・(削除されることもあるみたいですが)動画サイトを探すと、結構たくさん出てくるので、興味ある方はご覧ください。
 映画の中でのとっておきの曲と言えば、中学時代に作曲した!幻の名曲『かに』でしょうか。私も初めて聴きました。大好きな『多摩欄坂』もBGMで流れます。最後の曲は、やはりRC時代の名曲『夜の散歩をしないかね』。仲井戸麗一さんと二人、弾き語りで歌う姿がたまりません。どんぴしゃのエンディングでした。
 今、清志郎&Leyonaの『夜の散歩をしないかね』を聴いてます。この文章を書き終えたら、少し寒いけど夜の散歩に出かけようかなあ。もちろん、多摩欄坂まで歩くんだ・・・!!!

 『忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー 感度サイコー!!!』の公式HPは、 → ここをクリック

 清志郎&Leyonaの『夜の散歩をしないかね』の動画は、 → ここをクリック


たまリバー50km ~羽村取水堰

2011-12-01 23:29:39 | じ・でんしゃでGO~♪

羽村の堰にて。川の真ん中までスパロー号を運びました・・・


 あんこさんからコメントを頂きました。若鮎(あるいはかつて多摩川でも放流された鮭のように?)が多摩川遡上を計画しているとか・・・。
 というわけで今回は、タイミング良く「たまリバー50km」の出発点になる羽村の取水堰を紹介しますね~。
 一般道も危険ですが、安全な筈の多摩川サイクリングロードは、休日になるとかなり混み合います。暴走自転車に気を付けてね~♪


 東京の水については何度か取り上げてきましたが、江戸の水不足が深刻になった1652年、羽村に多摩川の水を引き込む取水堰を設け、そこから四谷大木戸(現在の四谷四丁目付近)まで43kmを露天掘りで開削するという大規模な上水工事が計画されました。羽村から四谷までの高低差が100m足らずだったので、勾配を確保するためにミリ単位の精度が求められ、開削工事は困難を極めたそうです。
 完成した玉川上水は現在も使用されていて、羽村の堰で取水された水は玉川上水を下り、途中から導水管を使って村山&山口貯水池(多摩&狭山湖)にいったん溜められ、最終的に水道水として我が家の蛇口に至っています。
 写真の公園が「たまリバー50km」の起点になるのだけれど、上水を開削した玉川兄弟の銅像もこの近くにあるので、チェックしてみてくださいね。以前にレポートしましたが、向かい岸には郷土博物館もあるよ~♪


 羽村の二つの堰。画面中央の丸太を柵状に組んだ投渡堰は、多摩川が大雨などで増水した時に水門の破壊と上水の氾濫を防ぐために設けられた。川が増水すると、丸太を取り除いて水を本流に流す。(驚いたことに)堰が設置された1645年から現在までこのやり方で水量をコントロールしているとのこと。画面の右側に見えるのが玉川上水の固定堰。ここから上水に水を引き入れている。下流側の水門は吐水口で、引き込んだ水を本流に戻している。


 固定堰の内側。奥の水門以外はとても古そうに見える。画面ではわかりにくいけれど、アーチ状の取水口は煉瓦と石垣で造られている。その上側にも水門が見える。


 取水口(写真から水の流れ方を推測すると取水に見えるのけど吐水口かも?)のアップ。煉瓦が使われている。道路から見下ろせば取水と吐水の仕組みが良くわかったかも? 現場に行っていながら???なので、レポートお願します・・・。


玉川上水のスタート地点。轟々と音を立てながら水が流れる。この水が多摩湖&狭山湖の素だとは、なかなか想像できない。


姫蔓蕎麦の群生を背景に風に揺れていた秋桜・・・


ミツバチも忙しそうに飛び回っていた。


 金平糖の宇宙と、

 ほうき星の宇宙・・・

 羽村の堰とスパロー号