映画『空気人形』の核になる湊公園(映画の中では銀町公園)は、道路を挟んで向かい合う形で反対側にも続いているのですが、道路側の公園は、公園というより更地と呼んだほうが良さそうな感じで、今から約20年前の不動産バブルが残した爪跡のようにも思えます。湊一帯がこんな感じですが、歯抜けの土地に新しいビルが建ち始めています。(実に勝手な言い分だと承知の上で)、この一帯は再々開発されずに今のままの状態で残って欲しいと思いました。
空気人形は、隅田川に面している小さな公園で、元国語教師の老人から吉野弘さんの詩『生命は』を教えてもらうのですが、胃も腸も持たないという蜻蛉の成虫の話にいたく感動した彼女は、ここに来てはベンチに座って、あるいは塀の上で、『生命は』を何度も何度も復唱します。映画の中では、ペ・ドゥナさんの日本語に、言葉を覚えたての子供にも似た抑揚があって、言葉を発することに対する喜びみたいなものまで感じました。より具体的にいうと、とても難しいことではあるけれど(実際、彼女は「ムズカシイネ」と何度も呟く)、気持ちを言葉に換えて他人に伝え、意志疎通を図ることの喜びということになるのですが、こうして言葉にすると実に無粋で、嫌になってしまいます。それはともかく、映画が彼女なしでは成り立たなかったように、この詩が彼女のために書かれたものではないかと思うほどでした。
「生命は 自分自身だけでは完結できないようにつくられているらしい」
(これを書いている今も、膝の上に猫がいる幸福を感じていたりして・・・)
「生命は その中に欠如を抱き それを他者から満たしてもらうのだ」
(空気人形は、純一の息をもらって、一回限りの「生」を生きることにした)
「歳をとるの・・・私ね、年をとるのよ」
彼女が座ったベンチ(左)と彼女が歩いた塀(右)
(左)下流側は古い建物が残っている。緑の部分は小さな散策路になっていて、川岸にも降りられるし、100mほど歩くと「佃の渡し跡」の石碑にたどり着く(ちょうど、佃大橋のたもとになる)。
(右)上流側も歩けるが、公園の真横にははカラフルな壁が立ち塞がる。この建物は、川の向こう側になる中央大橋から湊公園を探す際に良い目印になっている。
塀の上から川を眺める。左手には映画にも出てきた南高橋と亀島川水門(左写真)が、前方やや左にはバブル期に建てられた豪勢な中央大橋が控える(右写真。日が暮れるとライトアップされ、非常に美しいとか)。中央大橋の先は、高層マンションが立ち並ぶリバーサイドのニュータウンになる。ニュータウンを抜けると、ARATAが彼女を後ろに乗せてスクーターで渡った相生橋の交差点にぶつかる。右折すると、やがて勝鬨橋を渡り銀座4丁目に至る。
湊公園のベンチから、対岸の中央大橋とその先の高層マンション群が一望できる(左写真)。ベンチに座ると、こんな画角でビルが見える(右写真)。昼でもかなりのインパクトがあるが、夜が絶品だとか・・・。
映画と違ってタンポポの傘は見当たらなかったけれど、野に咲く花は種を蒔く準備を整えていた。ペ・ドゥナは、空気人形を演じる上で、役になりきるために気持ちを作ってゆくときに『生命は』の言葉をすごく頼りにしていたそうだ。
「私も あるとき 誰かのための虻だったろう」
「あなたも あるとき 私のための風だったのかもしれない」
そして彼女は、風になった・・・。
私情を挟んで申し訳ありませんが、もう少し続きます。