『武士道シックスティーン』 ~素晴らしき哉、剣道!

2010-04-29 02:00:00 | 映画&ドラマ


 巻頭一番、「ヤァ~~ッ!」と吠える磯山(成海璃子)の般若の顔が面金越しに大写しに映し出される。気合いの激しさとあまりの形相(成海本人によれば「顔もけっこうヤバイし」)にビビりながらも、「ヒヤァ~」とか細い声で受けて立つ西荻(北乃きい)。最初のツーカットを見ただけで、この映画、すっかり気に入ってしまいました。
 『武士道シックスティーン』の原作はまだ読んでいないのですが、映画では孤高のサムライ=磯山香織と、天然なところが憎めない天才剣士=西荻(甲本)早苗の二人に的を絞っていて、非常に明快な作品に仕上がっていました。

 磯山香織は、ひと昔前のバンカラ学生みたいに下駄が似合いそうな女の子で、いつも眉間に皺を寄せた不機嫌そうな面構えは野良犬にも似ていて、鉄アレイで手首を鍛えながら宮本武蔵の「五輪書」を読む姿は人を全く寄せつけません。周囲から完全に浮いている彼女は、宮本武蔵というより「むさし」になる前の「たけぞう」ですね。勝手にライバル視している西荻早苗を睨めつけるときの憎々しい顔とか、本当にすごいのですが、早苗にそそのかされて履いた可愛いサンダルが慣れないためにガニマタ歩きになってしまうところとか、素手でつかんだケーキをガブリと口に運ぶ様子など、狼に育てられた「野生児」を見ているように眉をしかめる人もいると思うけれど、何だかとても格好良くて、しかも可愛いのです。
 一方の西荻早苗は、フニャフニャした天然少女です。誰からも好かれる気のいい性格で、自分は弱いと思っているし周囲もそう思っているから、武蔵のライバルだった佐々木小次郎とは程遠く、彼のようなエリート臭は全くありません。西荻にとって、磯山香織はライバルどころか恐れ多い存在です。でも、相手の攻撃からひたすら逃げているように見えながら実は全て受け切っている西荻の天武の才能を、「たけぞう」磯山がいち早く見抜いていたのでした。

 最近だと、『リンダリンダリンダ』が頭ひとつ抜けていましたが、『武士道シックスティーン』も非常に格好良い(格好悪いことが格好良いのだ)青春映画でした。ラグビー部で汗を流しながらも『色即ぜねれいしょん』な日々を送っていたニワトリさんにとって、『リンダリンダリンダ』や『武士道シックスティーン』で描かれるストイックな青春には、憧れに近い想いがあります。これほど徹底していたらさぞかし気持ちがいいだろうなあ~と、中途半端に終わってしまった過去を後悔半ば振り返ってしまうのです。
 それだけではありません。『武士道シックスティーン』は、一本気な青春物語であると同時に一途な恋愛映画でもありました。映画のどこにもそれらしいシーンはなかった・・・なんて言わないように。それこそ、「どこを見ていたんだよ~」と、磯山にどつかれますよ~♪

 成海璃子さんについては今さら何も言うことはないでしょう。ある意味、磯山と同じサムライで、怖い者なしと言わんばかりに突っ張っているけれど、繊細な心の持ち主でカオスのようなどろどろしたものが核にあって、まだ固まり切っていない成長過程の女の子。役を演じるのではなくて役を生きるという意味では、『ガラスの仮面』の北島マヤと同じです。どんな役を演じても成海璃子である点から、最後の映画女優と言ってもいいでしょう。
 北乃きいさんは初めて観ましたが、魅力的な女優さんだと思いました。しかも、このタイプの女の子は(顔立ちも含めて)クラスに一人はいたような気がして、もしも西荻早苗が同じ学年にいたら(上級生や下級生だと、おそらく気がつかずに終わる)ほぼ間違いなく恋をしていたでしょう。そんな、初恋の女の子にも似た北乃さんが、これからどのような女優になってゆくのか、興味津々です。

 二人だけでありません。出番こそ少なかったけれど、剣道部の主将を演じた高木古都さんや、『女の子ものがたり』にも出ていた波瑠さんもブレイク必至! 朝ドラ『ウェルかめ』では完全な捨てキャラ(勝之新の従妹)だった山下リオさんも非常に可愛らしくて、あのドラマも「あの子」でなくて彼女がヒロインならもう少し良かったかも?なんて思ってしまいました。二人(成海璃子&山下リオ)が出演している『書道ガールズ!! わたしたちの甲子園』も観たくなりました。ベテラン陣では、『空気人形』と監督も兼ねた『脱獄王』が好評だった板尾創路さんのそこはかとない存在感が素晴らしかったです。ほんのワンシーンしか登場しないのですが・・・。

 それにしても、やっぱり剣道って、凛々しくていいですね。映画鑑賞後に家までテクテク歩きながら、「五十?の手習いでもしようかな?」なんて考えるほど・・・何ごとにも影響され易いニンゲンではあるものの、剣道は最初に憧れた武道だったのです。それについては別記事で・・・。

 『武士道シックスティーン』の公式HPは、 → ここをクリック

 それにしても、今日&明日も忙しい・・・来月は楽になるかと思いきや非常にハードで、臨界点を超えそうです。 


春が来た! ~二日目「碓氷第三橋梁」

2010-04-26 23:57:00 | 鉄道紀行&乗り物

初めて野生のカモシカを目撃しました!


 二日目は、朝早く高崎城跡を散歩してから「横川」に向かい、一年前の冬に訪れた碓氷第三橋梁(眼鏡橋)を訪ねました。「わたらせ渓谷鐡道」の間藤駅ではまだ遭遇していなかったですが(代わりに、ニホンザルが足尾駅に出没)、碓氷峠のアプト式鉄道跡の遊歩道で、ついにカモシカを目撃しました。約10km歩いて駅に戻ると、ボイラー故障から復帰したD51-489号機が停車しているなど、嬉しいハプニング(やけに「撮り鉄」がいるとは思ったのですが、そういうことだったんだ・・・)がたくさんありました。
 帰りは、リクエストにより「高崎」から「八高線」を完乗して国立に戻りました。始発電車で高崎に向かう場合に限って、「八高線」が一番速いので良く乗るのですが、早朝暗いうちに通過してしまうか(明るくなり始めても「群馬藤岡」あたりまで居眠りしている)、完全に陽が落ちてから乗っているため、車窓の景色をきちんと眺めるのは今回が初めてといっていいでしょう、「八高線」は峠越えがいくつもあるちょっとした山岳鉄道だったんですね! 途中下車して歩くと楽しそうな場所も見つけましたし、映画『ノン子36歳(家事手伝い)』に出てきた鉄橋と陸橋も確認できました。田植えの頃&(映画と同じように)真夏に訪ねてみるつもりです。


(左)鯉のぼりと妙義山。5匹以上泳がせている家もありました。
(右)妙義山の奥には雪をかぶった浅間山が見えます。信越線に乗るとすぐに見えてくる光景です。

 

 妙義山の春。今流行りの「ミニチュアライズ」写真みたいだけれど、窓越しにシャッターを切っただけ。先ほどの2枚はトリミングしましたが、この写真は112mm相当の画角で撮影。目の前に鋸状の稜線が広がります。

 

    

(左)煉瓦造の丸山変電所跡では中判カメラを持った女性が構図を練っていました。
(右)『赤毛のアン』のアンなら、きっとスノーホワイトと名付けたでしょう。何桜?それとも? こんなに鮮やかな「白」を見るのは初めてです!


(左)煉瓦造の丸山変電所。悠久の時間の中に佇む・・・。
(右)旧信越本線を利用して「峠の湯」までトロッコ列車が走っています。帰りに遭遇しました。

 

    

(左)アプト式旧鉄道の第一隊道の上も桜が満開でした。
(右)碓井湖下流の渓流。雪解け水と桜の組み合わせ。


第三隊道から第四&五隊道を覗く・・・


第五隊道を抜けると、第三橋梁に出ます。


 

まだ春浅い第三橋梁。


1963年まで現役でした・・・。


染井吉野(左)も八重桜(右)も、皆一緒に咲いていました。


今回食べた駅弁。「味噌カツ&ひつまぶし」と、峠の「釜飯」。やはり美味い!


横川駅に戻ると、D51-489号機が迎えてくれた!


    

どこから見ても絵になる蒸気機関車。仕事でなければ・・・。


横川駅には転車台がないので、電気機関車に牽かれて帰ります・・・。


帰りの電車がやって来ました。この湘南カラーも、近い将来見納めになります・・・。

 

最後にもう一度、機関車の姿を瞳に焼き付け、煙臭い空気を胸に吸いこみました。

 というわけで、盛り沢山な二日間でした!


春が来た!  ~一日目「わたらせ渓谷鐡道」

2010-04-25 23:57:37 | 鉄道紀行&乗り物

 若葉が眩しい日曜日、ウグイスの声を聴きながら碓氷第三橋梁まで歩きました。葉脈が透けてます!


 土曜日=「わたらせ渓谷鐡道」、日曜日=「碓氷第三橋梁」の春を満喫してきました。仕事だったのですが、
仕事だったことを完全に忘れて?いたときがたくさんあったような・・・。
 まだ春のポカポカ日差しが置き火のように体の芯に残っています。長時間鉄道に乗っていたときはいつも
そうなるのですが、まだ体が揺れています。
 疲れているけれど何とも心地良く、さっさとブログを書いて眠りの王国へいざ行かん?


 残念ながら、有名な「神戸(ゴウド)」駅の花桃は終わっていましたが、沿線の至るところで桜が満開でした。
カモシカの見える(かもしれない)「間藤」にも春が来た~♪


 「わ鐡」の春が初めてなら、座席をパタンと動かして対面シートにできる「あかがね」に乗るのも初めて?
(神戸駅を出発したところ。花桃が僅かに残っている)

 

    

 子供たちがレストラン「清流」内の家族に向かって跳ねれば(神戸)、ウサギも空へと跳ねる!(間藤)。
 一応仕事中なので、レンズを向けるのは1秒以内。ファインダーの壊れたカメラで一瞬を切り取るのは
至難の業でした・・・。
 左写真はガラス窓越しにシャッターを切ったので浅い色調になったが、PENのアートフィルター
(ファンジック・フォーカス)を使った感じにも見える?

 

    

 いつものように動き回らなくても、被写体には事欠かない。はっと思ったら、シャッターを切る。色々考える
より、「当たり」が多いかも? それにしても、ファインダーがずれただけでなく、縦位置で撮影すると左側に
「ケラレ」が出ているのがわかる。修理に出さないと・・・。




(左)大好きな「本宿」の国道へ上がる階段横には菜の花が植えられていたんですね!
(右)とても日本とは思えない荒野の絶壁!(間藤駅の上空。カモシカを探す・・・)


 初めて、トロッコ列車(「わたらせ渓谷」号)に乗りました!(足尾駅から水沼まで)。 気持ちよか~♪


 全長5242mの草木トンネル内は「銀河鉄道999」に変わる?(約10分間)。非常に幻想的だけれど、
耳をつんざく轟音が玉にきず・・・。

 

 トロッコ列車は「花輪」には停まらない。でも、兎と亀が見送ってくれる! 兎の眼が「もう帰るの?」と、
言ってるような気がした。「わたらせ渓谷鐡道」は春もいとをかし。来春も来よう~と!


24時間(耐久)北陸ツアー ~最後のボンネット車両489系

2010-04-23 23:45:00 | 鉄道紀行&乗り物


 ボンネット型特急車両は、0系新幹線、小田急ロマンスカー(3000形&3100形)、名鉄パノラマカー(7000形&7500形)、アオガエル(東急5000系)やペコちゃん(東急200形)などと同じように、この時代ならではの近未来的なフォルムが非常に魅力的です。同じような流線形デザインは60年代に登場した車にも見られ、マツダ・コスモスポーツが車部門の最高傑作ではないかと思います。
 流線形デザインは『ウルトラQ』と『ウルトラマン』の世界にも多く見られます。鉄道少年だった実相寺昭雄さんは、アオガエルやペコちゃんのフォルムに魅せられ、演出していた『ウルトラセブン』に登場する宇宙船を「200形」に似せようとしたと、懐かしさを込めて語ってくれました。
(ちなみに、先ほどのコスモスポーツは、『帰ってきたウルトラマン』で「MAT」の隊員が乗る「マット・ビハイクル」に採用されました。ビハイクルって・・・? 車・乗り物を表す「VEHICLE」を「ビーグル」と読めなかったらしく・・・これも和製英語のひとつ?)

 閑話休題、実相寺さん達が演出した『ウルトラセブン』は、怪獣や宇宙人の造形については成田亨さんが『ウルトラQ』『ウルトラマン』に引き続いてチーフデザイナーとして関わっていますが、それ以外の美術については前二作と一線を画していて、「0系新幹線」イコール『ウルトラQ』&『ウルトラマン』の世界、「500系」イコール『ウルトラセブン』の世界と考えると、わかり易いかと思います。ついでにいうなら、「N700系」は大変優れた車両ですが、子供たちが記念写真を撮りたいのは「500系」で、ひと昔前の子供たちは「0系新幹線」や「ボンネット形特急」に憧れました。
 ほんの少し前までこれらの車両が(細々と)線路を走っていました。今の悲惨な状況を考えると、70年代の「あの日に帰りたい」~♪
 

 素晴らしい横顔。ツートンのラインも秀逸だ。二年前の夏、早朝の富山駅で「能登」と遭遇、ボンネット形特急がまだ現役で走っていたことを知り猛烈に感動したのだが、実際に乗ったのは廃止が決まってからだった・・・。

 すみません、もう寝ます・・・今日が明けだというのに、明日土曜も早朝から仕事で家に戻るのは日曜日の夜。追い打ちをかけるように、(スタッフの一人がダウンしたため)来週の火&木に夜勤に入るようメールが届きました。メールで済ますことじゃないだろうに! 利用者さん達とは非常に良好な関係ができているのですが、今年に入って無理難題が常態化しており、事業所に対する不信感はMAXを超えそうです。木曜日から金曜にかけては30時間超の勤務・・・「石の上にも三年」のつもりでしたが、腹を割って話し合うべきかもしれません。


24時間(耐久)北陸ツアー ~上野駅16番ホーム

2010-04-22 10:30:30 | 鉄道紀行&乗り物


 23時17分、上野駅16番ホームに「能登」が入線してきました。先頭1号車(金沢へ向かう際は、長岡までこちらが最後尾になる)で乗務員の引き継ぎが行われていました。「鉄」ではないニワトリさんは、「なぜ、ここで乗務員が交代するのだろう?」とかすかな疑問を感じたのですが、この489系ボンネット型車両はたった今車庫から発車したのではなく、ホームライナーとして「上野」から「久喜」まで往復してから「能登」に変身して金沢に向かっていたのでした。何て、働き者なんだろう~♪
 と、感心するのもいいけれど、489系がこのような運用をされていることをきちんと把握していれば、たった1回ではなくもっと乗れた筈・・・とは言ったもの、2月は夜勤を8回こなしながら北陸と九州に出かけており、これが精一杯だったでしょうね。それに「もっと乗れた」を言い始めたら、「鉄道」に興味を持つのが30年遅かった!という結論になってしまいます。せっかく宮脇俊三さんの『時刻表2万キロ』をリアルタイムに読んだのに、「鉄」にならずに二輪に夢中になっていたのだから・・・。


(左)23時10分。「能登」が発車する16番ホームへ。最終日は身動きできないほど人々が見送りにきたそうですが、2月4日はこの程度(それでも100人はいたと思う)。上野駅の長距離列車用のプラットホームといえば、石川啄木の短歌「故郷の 訛懐かし 停車場の 人混みの中に そを聴きにいく」が有名で、写真のように歌碑もあります。今では、実感するのが難しくなってしまいましたが、大事にしたい時代背景と風景です。
(右)人々の頭越しにノーファインダーで撮影。たまたま垂直が取れていた! 冒頭写真の車掌さんたちが直立不動でホームに立っています。


    

(左)23時13分。「能登」待つ間に周囲を見回すと、彫像を発見。上野駅構内には、啄木の歌碑以外にもいろいろ面白いものがありそうです。
(右)23時14分。16番線の向こうに三角形の「三つ星」が見えてきた! いよいよ「能登」の入線です。


    

(左)ゆっくりホームに入線する「能登」。
(右)目の前で停車する「能登」。でも、雪を少しかぶったヘッドマークの文字は「ホームライナー」。舞い上がっていたせいか、リアルタイムではヘッドマークの文字が違うことも気づきませんでした。


(左)21時18分。真横からの写真が撮りたかったのですが、冒頭写真のようにホームの柱でノーズが隠れてしまうので、やや後方から撮影しました。
(右)21時19分。わずかな空間にしゃがみこんでヘッドマークを撮影。そのときは気づかなかったけれど、この間にヘッドマークが「ホームライナー」から「能登」に変わっていたのですね・・・。

 今週もかなりハードで、記事も小出しにしか書けません。やっと暖かくなった思ったら、またしても・・・早く普通に戻ってほしいです。


全然当たりません! ~201系H4編成さよなら運転

2010-04-21 22:15:00 | 鉄道紀行&乗り物


 試し撮りでは完璧でしたが、本番ではシャッターを切るタイミングがやや早かった・・・連写モードにすれば良かった?(50mm相当)。幼い頃、後ろに写っている薄い水色の陸橋から電車を眺めていた。今も、小さな子供の手を引いた父親や母親が陸橋にやって来る。


 帰宅すると、またも落選葉書が届いていました。一枚は応募期間中に出し忘れたので、6月20日の最終運転がラストチャンスになってしまいました。
 昔から「くじ運」が悪く、商店街の福引きでは「赤玉」専門だったし、お年玉年賀葉書も良くて切手シートどまり、懸賞の類も当たった試しがない・・・懸賞&抽選にめっぽう弱いためなおさら応募しなくなるという「負のスパイラル」に住むニワトリさんですが、今回も全く駄目です。いったいどのくらいの倍率になっているのでしょうか? それだけでも知りたいものですが・・・。
 抽選に外れても、その日は201系が走るのだから追いかけよう、と心に言い聞かせてはいるのですが、外れた悔しさなのか足が鉛のように重く、なかなか動く気にならなかったり、奥多摩街道を201系と並走できる4月
25日は仕事が入っているなど、散々の体たらくです。ダイヤ編成を外れた時点で、心のロウソクの火が消えてしまった感もあります。
 先週の土曜日、映画に行く前に、武蔵五日市に向かう201系を近所で待ち伏せしました。本来だったら、もう少し絵になる場所で待つ筈で、五日市駅までバイクで追いかけるつもりだったのですが・・・6月20日のラストランはどうしようかな~?
(これだって、全然当たる気がしません)


2コマ目の写真(45mm相当)。「ガ~~ン、電柱が・・・電柱が~~~!」と、心の中で叫びながらシャッターを切った(さらに電柱が写っていたのでトリミング)。


 3コマ目(50mm相当)。線路脇の資材がゴミに見える最悪の写真? 現場では意外と気づかない・・・。この後、電車は国立駅のホームに入線する。国分寺~国立駅間の中央線は、国分寺崖線を谷のように削って横切っていて、写真の一戸建てのところで山(国分寺崖線)が切れる。マンション群が建っているところは崖の下のため、昔は代わりに空が見えた。


 最後の4コマ目は望遠側(157mm相当)で撮影した。垂直も取れていない・・・ひどいものだが、編成写真はやはり望遠レンズで撮影した方が格好良い。70-300mmSSGレンズで撮るべきだった・・・。


『オーケストラ!』 ~究極のハーモニーとは?

2010-04-20 02:53:00 | 映画&ドラマ

圧巻のクライマックス!


 『のだめカンタービレ 最終楽章《後編》』がベートーヴェンなら、『オーケストラ!』は、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番のよく知られた第2楽章と共に幕が開く・・・しばらく夢見心地で、音楽が与えてくれる至福に身を包まれていると、指揮者の外套(だったか、上着のポケットだったか覚えていないのですが)から、耳障りな携帯の着信音が誰もいないコンサートホールに高らかに鳴り響き、音楽が中断される。「ここに入るなって、何度言ったらわかるんだ。さっさと出ていけ!」(正確に字幕を読んだわけではないのですが)と、舞台の上にいる本当の指揮者から客席の指揮者に怒号が浴びせられる。男はボリショイ劇場の清掃員だったのだ。
 清掃員のアンドレイは劇場のマネージャーからこっぴどく叱られるが、懲りた様子はなく悠然と構えている。いや、それどころか、今の常設指揮者と楽団員の腕前には「ボリショイも落ちたものだ」と、なかなか手厳しい口を叩く。それもそのはず、今でこそアンドレイは一清掃員に過ぎないが、30年前はボリショイ劇場のオーケストラを束ねる指揮者だった。天才との呼び声も高く、中でも彼のオケとソリストのレナが演奏する『チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲』はこの楽団の十八番になっていた。
 アンドレイは、ブレジネフ時代に行われた政策に反発したため(冷戦時代の旧ソビエトは、芸術家やスポーツ選手の政治亡命に悩まされていた。とりわけ、西側に太いパイプを持つユダヤ人を警戒して、実際の話、ボリショイ管弦楽団ではユダヤ人の音楽家と彼らを擁護するロシア人が弾圧された)、音楽家としての道を政治的に閉ざされてしまう。楽団員たちの多くも彼と同じ運命をたどった。ショックのあまり、アンドレイは一時期アルコール依存症になってしまうほどだったが、胸の内から音楽の火が消えることはなかった。
 数日後、誰もいなくなった事務所で仕事をしていたアンドレイは、パリのシャトレ座から届いた「出演依頼」のファックスに目が釘付けになる。この件をボリショイ劇場に知られないようにして、自分と元楽団員たちがボリショイ劇場のオケになりすまし、パリのシャトレ座で演奏できないだろうか? それも、チャイコフスキーを!

 アンドレイは、かつての主席チェロ演奏者で今は救急車の運転手をしている友人のサーシャにこの話を持ちかけ、アンドレイを失脚させた元ボリショイ劇場の支配人イワンを訪ね、「30年来の借りを返せ」と詰め寄る。イワンは自分の取った行動は間違っていなかったと言い返すが、パリ公演と聞いた途端に交渉役を引き受け、早速丁々発止のやりとりをシャトレ座の支配人と始めた。演奏するのはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ソリストに若手の実力派アンヌ=マリーを指名。彼女が受けてくれなければこの話はご破算だと、条件をつきつける。
 あの事件以来イスラエルにいる家族と離れ離れに暮らしているサーシャは、この話に最初のうちは乗り気ではなかったが、次第にアンドレイの背中を押すほど力が入ってゆく。二人は救急車のサイレンをけたたましく鳴り響かせながら、かつての楽団員たちを一人ずつ訪ねていった・・・。

 ここまでがテンポよく語られていくのですが、首尾よくオケになりすましたとしても、ちゃんとした演奏ができるのか?と、真面目に考えれば考えるほど疑問が生じてきます。
 確かにその意味ではあり得ない法螺話かもしれませんが、2001年に偽のボリショイ管弦楽団が香港公演を行う「事実は小説より奇なり」も起きており、旧ソビエトで行われた思想家や芸術家への弾圧は今さら言うまでもないことだし、また映画を監督したラディ・ミヘイレアニュ自身が旧ルーマニアからフランスへ移住しているなど、事実に基づいた部分が多々含まれています。30年のブランクがありながら本番までリハーサルもせず、パリでしたい放題の元楽団員たちも(そもそも演奏する気があったのかまで疑える)、スラブ系の音楽家にありがちな振る舞いのパロディとのことで、私などは日本人のせいかこのあたりは多少イライラしてしまったのですが、些細なことは忘れて「大風呂敷」を楽しんでしまうに限ります。

 楽団員はちっともリハをしませんが、音楽とかけ離れた生活を送っていたわけではなく、劇中流れる数々の演奏シーンはどれも素晴らしいものです。それに、この物語は一大メロドラマにもなっていて、レトロなニワトリさんは、ダグラス・サークがドイツ時代(1930年代)に作った音楽メロドラマ『第九交響楽』『世界の涯てに』などを思い浮かべました。

 俳優たちがまた素晴らしく、アンドレイを演じたアレクセイ・グシュコブや、サーシャを演じたドミトリー・ナザロフに、キーパーソンとなるヴァイオリン・ソリスト、アンヌ=マリーを演じたメラニー・ロランは本物の音楽家に見えました。メラニー・ロランは、タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』でブラッド・ピットを脇に押しやる存在感を示して一躍スターダムに駆け上がりましたが、ここでも最高の輝きを見せてくれます。メラニーを起用できたことが大きかったと、監督が語るだけのことはありますね~(70年代女優だったミュウミュウもいぶし銀の演技)。
 圧巻だったのが、撮影に三週間かけたという12分22秒に及ぶクライマックスの演奏シーン。ニワトリさんも、何回かチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を聴いていますが、本当に魂が揺さぶられます。正しく音楽だけがなし得る奇蹟でしょう。このシーンの撮影について、メラニーが「身体全体が完全に音楽になった」と語っていたことを後から知ったのですが、その一体感を観客も味わえるのだから、映画って実にありがたい代物ですね。『敬愛なるベートーヴェン』の『第九』の演奏シーンと並び立つか、さらに上をいったかもしれません。『のだめカンタービレ 最終楽章』も満員御礼でしたが、こちらもお客さんがよく入っていました。
 というわけで『オーケストラ!』、是非ともご覧ください~♪


『のだめ~』も『オーケストラ!』も協奏曲がポイント!

それにしても、『のだめ~』で思い出したのですが、こともあろうにクライマックスのシーンに、自分と同じ列に坐っていたオバさんの携帯が館内に鳴り響きました。それも2回も! 万死に値します。

 『オーケストラ!』の公式HPは、 → ここをクリック 


『のだめカンタービレ 最終楽章《後編》』 ~音楽を忘れるなぁ・・・

2010-04-18 22:03:15 | 音楽の森


 土曜日は、『のだめカンタービレ 最終楽章(後編)』と、『オーケストラ!』を観てきました。この日、立川シネマシティで4本も観たい映画が上映されていたのですが(残る2本は『第9地区』と『アリス・イン・ワンダーランド』)、まずこの2本を観たかったのに加えて、この組み合わせだと、殆ど待ち時間ゼロで観られる点が魅力的でした。同じタイプの映画を二本立てで観るのは、何かもったいない気もするのですが(そうでなくても、できることなら一日一本がいいよね)、「名画座上がり」ということで許されて~♪

 原作漫画が連載されて足かけ10年・・・ニワトリさんがブログを始めた2006年の秋に、全11回の『日本編』がテレビドラマ化され大ヒット! 一年後にはパリ・ロケを敢行、「その後」のスペシャルドラマが放送されました。そして、原作漫画がフィナーレを迎えると、前編&後編にわたる映画となって、ドラマの方も最後を飾りました。
 もはや『のだめ~』のテーマ曲となった『ベートーヴェン 交響曲第7番』が、ピアノ独奏(演奏=ラン・ラン)でしっとり流れる静かなオープニングから(パリのアパルトマンで、のだめが弾いているのだろうか?)、のだめのピアノ&「ライジング☆オケ」が共演した?(ならば、指揮は言うまでもなく千秋だよね)ピアノ協奏曲風の『ガーシュイン ラプソディー・イン・ブルー』を、これまたしっとり聴かせるエンディングまで、あっという間に2時間4分の上映時間が過ぎてしまいました。

 前にも書いたけれど、惜しむらくは、泣く泣くカットされた原作漫画の登場人物たち。ぶっちゃけた話、フーテンの寅さんや、『007~』シリーズなど、延々と続く映画もあるのだから、『のだめ~』もパリ編のボリュームをもう少し膨らましても良かったと思います。一度に撮りだめするにしても、三部作にすれば、ユンロンや可愛いリュカにも登場してもらえただろうし、完全に割愛された千秋の父にも登場願えたかもしれません。
(坂本龍一さんに演じてもらうとか)
 一番残念なのがソン・ルイ。原作者にとっても、かなり思い入れのあったキャラクターだったのだから、もう少し彼女のサイドストーリーがあれば、よりドラマチックに展開しただろうし、くろきんとターニャのエピソードも見たかった・・・。
 
とはいえ、ないものねだりしても仕方ないので、妄想力を駆使して「のだめワールド」の住民たちに登場してもらいました。妄想力に頼らなくても、テレビシリーズの懐かしいワンシーンが走馬灯のように挿入されるなど、フィナーレに相応しい映画でした。最後はやっぱり連弾だし・・・原作漫画をお読みの方は、二人が何を演奏したのか百も承知ですね!

 原作漫画も実写ドラマも、ここで一度は幕を下ろしたわけだけれど、千秋&のだめの人生は今も続いています。その後のエピソードとか、スピンオフ・ドラマでまた彼らに逢えるかもしれません。それにですよ、せっかくクラシック音楽の魅力をこれほど明快に面白可笑しく教えてもらったのに、これで終わりにしてしまうのは、何とももったいない話ではありませんか。広大な音譜の海が、豊かな音楽の森が目の前に広がっているのですから、海に漕ぎ出し、森の中に分け入りましょう。自分で楽器を演奏したり歌うのもよし、日常的に音楽と触れあい、時にはコンサートホールに足を運べば、きっと彼らに逢える! 私はそう信じています。

 意外なところで、蒼井優さんが声の出演をされています。スケジュールが合わなくて声だけの出演になったのかもしれません。彼女の○×△□見たかったなあ・・・。


『ゲゲゲの女房』 (第3週) ~ネクタイと食べっぷり

2010-04-17 22:03:30 | 連続テレビ小説


 連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』が絶好調です。過去最低の視聴率で始まったこのドラマですが、「見ればわかる」内容の良さが口コミで広がっているのでしょう。すでにかなりの「読者」を獲得しているようです。第一週&二週を見逃した方はお気の毒ですね。GW付近に組まれるだろう特集(再々再々放送も)を待ちましょう~♪

 失礼ながら、竹下景子さん(『純情きらり』ではナレーション+予言者を担当されていました)って、こんなに素晴らしい役者さんだったのでしょうか? 若い頃の竹下さんは、(年上の女性だけれど)結婚したいくらい好きだったのですが、改めて惚れ直しました。一銭にもならない映画や芝居にうつつを抜かしてきた素敵なお父さん(風間杜夫)さんも大変いい味出していますが、ニワトリさんはすっかり「イカルのおかあさん」のファンになりました。
 が・・・風間&竹下さんの絶妙コンビも、大杉&古手川さん同様、来週以降は毎日お目にかかれなくなるのですね。とても残念です。しっかり者で優しい兄嫁さん(桂亜沙美さん、いいですね~)や、少し気弱そうだけどやはり優しい弟も名残り惜しいし、父が号泣したあの川辺(大杉さんは無言で涙を一筋流すところも素晴らしかった・・・)や、兄嫁と合唱した(うまい!)あの土手も、もう少し見たかったなあ・・・何だが、自分も布美枝と一緒に故郷に別れを告げて東京へ行くような気分になってきました。

 それにしても、今回のドラマは脚本が秀逸です。第三週は笑い転げながら泣きました。あれよあれよという展開に感心したのですが、肝心の結婚式を来週月曜日に持ってくるなど、周到に練られています。
 そして今日(土曜日)の「ネクタイの結び方」でしょう・・・本当に、気づきませんでした。見落としがちな心配り(優しさですよね~)が心に沁みる『ゲゲゲの女房』です。家にいるときは、朝BS&総合テレビで連続2回、夜もBSで1回見ています。
 ニワトリさんも大杉だらずお父さんと同じで、村井さん(向井理)が蒸かし芋を実に美味しそうに食べていたときから、好感を抱いていました。そうなんです。食べ物を美味しそうに食べる村井さんの「食べっぷり」に惚れました。ガツガツしておらず、品性があります。演じる向井君も飄々としていて、好感度がどんどん増しています。花嫁が「一反木綿」だったなんて、実にいい話だと思います(一反木綿はかなり好きな妖怪でした・・・)。好きな若手俳優さんが一人増えたかな?

 高島田を着た布美江さん、とても綺麗でした。来週は「ゲゲゲ」になる前の「墓場の鬼太郎」がチラッと姿を見せていましたね(自分はこちらの「ゲゲゲ」以前の鬼太郎が好きです)。それから、ねずみ男(あんこさんも書いていたけれど、ほんと、キライでした!)も、登場するみたいですね。来週もよろしく~♪


24時間(耐久)北陸ツアー ~「北陸」を見送る・・・

2010-04-16 22:27:00 | 鉄道紀行&乗り物

 早めに上野駅に向かったのはもちろん、急行「能登」より30分早い23時03分に発車する寝台特急「北陸」を見送るためです(翌日夜、これに乗って東京へ帰って来る筈だったのに・・・)。


 22時27分。東京駅に着く。山手線に乗換え「上野」へ。「御徒町」に着くと正面に上野松坂屋が見える。ビルの壁には雨どいを覆い隠す化粧パネルが屋上から垂直に降りている。ここを通るたびに、夜間&日中に足場の上で危険と背中合わせで行った雨水管(重い鋳鉄管)の取り換え工事や、徹夜で行う物産展用の給排水工事が思い出され、転職できて本当に良かったと胸に手を当ててしまうのだ・・・。
 22時36分。駅のコンビニで夜食(おやつ)と飲み物を買い、13番ホームに向かう。廃止までまだ一ヶ月以上あるが、熱心なファンが結構集まっている。
 22時48分。寝台特急「北陸」が入線してくる。人々が列車に群がった。満足する写真が撮れずイライラする。どうせ明日乗るのだから・・・と思い、見たり触ったりに気持ちを切り替える。
 23時03分。定時に「北陸」が発車。人々は「北陸」を見送ると、16番ホームに移動した。


(左)東京駅にターミナル駅としての地位を奪われてしまった「上野」だが、13~16番ホームは長距離列車の発着プラットホームとして、他にはない独特の雰囲気をまとっている。ターミナル駅はやはり「くし形」ホームでないと・・・(常磐線の「スーパーひたち」が停車中)。
(右)「北陸」が入線すると、素早く今夜のベッドが整えられる。このときは、乗れずに新幹線で帰るとは思っていなかった。


     

(左)平日にもかかわらずかなりの人が集まっため、後進しながら入線してくる「北陸」の写真はこれ1枚だけしか撮れなかった。人が画面に入らないように工夫したが、左端に腕が写ってしまった(心霊写真ではありません・・・)。視野率100%のファインダーだったら排除できた?
(右)「北陸」のヘッドマークと、列車を牽引する電気機関車の型番をアップで撮る。ボンネット車両と違って、機関車が廃車になるわけではないらしい(よかったよかった)。1052号機は昭和57年に製造された。


(左)この「行先表示」も見収めになってしまう。(以下妄想)まずは浅草の「谷バー」で食前酒にデンキブランを一杯。上野の「精養軒」か「伊豆栄」で夕食を奢り、寝台特急「北陸」に乗りこむ。目が覚めると金沢だ。金沢漁港までひとっ走りして、「宝生寿し」で水揚げされたばかりの魚を握ってもらい、贅沢な朝食を楽しんだ後は「金沢港大野からくり記念館」でからくり人形と遊び、上手いコーヒーでも飲んで「金沢蓄音器館」でSP盤の音色に耳を傾ける・・・そんな贅沢な旅をいつかしてみたいと思ったが、東京の夜と金沢の朝を結ぶ寝台特急が廃止された今、単なる夢で終わった。最後の夜行列車となった「あけぼの」「北斗星」を使えば、「東京の夜」に関してはまだ実現可能だが、東北新幹線が青森まで開通すれば「あけぼの」は用なしに?
(右)よく覚えていないのだが、「北陸」には二階建ての「ソロ寝台」も連結されていたようだ。自分は一度も使ったことがないが「シャワー」も浴びられる(有料)。ホームに見送りに来ていた人の多くは、発車時刻まで車内に乗りこんで写真を撮っていたが、自分は明日乗れるのだから、あえて乗車しなかった。万が一に備えて乗っておくべきだった?


(左)天候が心配されたが、「北陸」は定時に発車した。
(右)13番ホームの「北陸」を見送ると、人々は16番ホームの「能登」へ足早に移動する。


二度と見ることのできない上野駅の「北陸」