『聯合艦隊司令長官 山本五十六』 ~俳優 役所広司

2011-12-30 23:55:00 | 映画&ドラマ



 この映画の主題が、誰よりも戦争に反対しながら開戦の口火を切ることになった司令官の苦悩と、それでも温かい人間性を失わずに戦場で斃れるまで職務を全うする姿を描くことだったならば、名優、役所広司の淡々としたそれでいて重厚な演技により、100%成功したと言えるだろう。山本五十六に関する評価は賛否両論様々だが、彼が演じた人間=山本五十六の魅力は絶対的だった(というか人間の理想像のように思えた)。
 深い見識、本質を見誤らない客観性、他人に責任を転嫁せず自分を正当化しない毅然とした姿勢が素晴らしい。人を労り思いやる心の深さに触れ、良き家庭人としてふるまう姿を見れば、人間こうありたいと思う。特筆的なのが、大好物の甘いものを食べるときの子供のような嬉しそうな表情! この映画では、戦闘場面よりも飲み食いする場面が多く、それがまだ全て魅力的なのだ。

 だが、山本五十六という人物がこのとおりの人物だったとは言い難い。確かに開戦に反対はしたけれど押し切られてしまったのも事実だし、彼の経てた作戦は運に任せた部分が多々あってリスクも高く、場当たり的で大局的な展望がなかったとの批判も多い。嫌いな人物には口も利かず重要な情報や意図が十分伝わらなかったとも言われている。家庭よりも愛人宅に通っていたようで、軍の規律違反に当たるような手紙を彼女に書いたりしている。本作品では、否定的に受け取られてしまいそうな部分が一切描かれていない。

 描かれていないと言えば、この手の作品では極めて短い140分の上映時間に幾つかのエピソードを入れたため、戦闘シーンが本当にさわりだけになってしまった点が惜しまれる。ミッドウェイ海戦において、母艦が無残に炎上する光景を眼下に目撃した零戦パイロットが(燃料もない筈なのにどうやって遠く離れた敵艦隊を発見したのか)敵空母に体当たりを敢行するような、絶対にあり得ないくだらない場面を入れないで、いわゆる運命の五分間によって負けた=攻撃隊が発進していれば勝っていた「定説」から脱却するような映像を幾つか入れてほしかった。三空母が被弾に至るまで約7時間に及ぶ壮絶な戦闘が繰り広げられていたのだから。

 この映画では、大本営と同じぐらい愚劣だったマスコミに関して、五十六を批判する大新聞の編集長(香川照之)と五十六の人間性に次第に惹かれていく記者(玉木宏)を通して象徴的に描きながら、その本質が今も全く変わっていないことを教えてくれている。マスコミだけではない。経済界も全く変わっていないし、政治家、官僚組織、軍隊(自衛隊)も、あの頃と何一つ変わっていないことに底知れない絶望感と怒りを覚えてしまった。
 よくよく考えると、対米戦争に反対したのは山本五十六だけではない。勝てるはずがないと思っていた人はたくさんいた。にもかかわらず戦争に突入して、この国はどんなことになったのか? 映画の最後に、焼け野原になった東京が出てくる。空がどこまでも広く地平線も見渡せる不毛の景色に慄然としながらも、ある種の爽快感を覚えたことも否めない。
 今年は色々な意味で考えさせられることが多かった。日本海海戦に勝利した参謀=秋山真之は有名な『聯合艦隊解散の辞』において「勝って兜の緒を締めよ」と述べたが、それをしなかった軍と国は一度滅んでしまった。普通ならここで徹底的な検証が行われてしかるべきだったのに、この国は思考停止したまま信じがたい復興を遂げてしまった。現在に至るまでの努力は称賛に値する。だが、依然として歴史から何一つ学んでいないどころか、認識すらしていなかったというべきだろう。その意味では、東日本震災と原発事故は強烈なしっぺ返しと言っても良い。だが、それでもなお、政治や経済は自分たちの過ちを認めない。そしてあの頃と同じように猪突邁進している。映画の中で三国軍事同盟にのめりこんでいく様が、今参加しようとしているTPPと重なって仕方がない。焼け野原にはならないとしても、今度はどんな光景が眼前に広がるのだろう?
 この映画の役所広司が玉木宏にジェスチャーを交えながら語ったように、我々一人一人が自分自身の目と耳と心を最大限駆使して、偏見や隔たりのない広い視野に立って物事を考え行動していくことが一番大事だと思う。それにしても役所さん、本当に見事でした!

 『聯合艦隊司令長官 山本五十六』の公式HPは、 → ここをクリック


最新の画像もっと見る

5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ブタ)
2011-12-31 23:06:48
こんばんは
後1時間で 今年も終わりです
何時も素敵な写真、文章をありがとうございました
良いお年をお迎え下さい
また
来年も楽しみにしてます
返信する
こちらこそ、よろしくお願いします (Toshi)
2012-01-01 22:34:12
ブタさん、明けましておめでとうございます。
こちらこそ、いつも読んでいただき、ありがとうございます。
今年が貴方にとって良い年でありますように。
返信する
あっぱれ! (ともぴぃ)
2012-01-12 15:32:39
映画を観て感動しました!!戦争を知らない自分ですが…祖父母から戦争の時代のことを色々聞いていたので、今回この映画を観て改めて戦争の悲惨さを知りました。
これまでにも色んな名優さんの山本五十六さんを観た中で、私は、役所さんの山本五十六さんがダントツ良かったです!!流石は役所さん!!素晴らしい!!
返信する
遅くなりました・・・ (Toshi)
2012-01-30 00:33:12
ともびぃさん、こんばんは。
返信が遅くなり、すいません。

私も、役所さんの山本五十六がだんとつ素敵だと思いました。
今の日本は、戦争こそないけれど、あの時代ととてもよく似ているような気がします。
役所五十六さんが言ったように、五感を駆使して物事を見据え、自分の考えで行動していきたいですね。
返信する
Unknown (Unknown)
2018-03-25 13:36:54
勝てるはずがないと思っていた人はたくさんいた。にもかかわらず戦争に突入して、この国はどんなことになったのか?
↑米国の侵略を受け入れれば日本はどうなったのか?と考える頭は無いのか??
東日本震災と原発事故は強烈なしっぺ返しと言っても良い。
↑天災と民主党の人災を戦争と同列で
語れるズレっぷりに脱帽ww
三国軍事同盟にのめりこんでいく様が、今参加しようとしているTPPと重なって仕方がない。
↑どうかしてるよww
歴史を学んでないのはアンタだよww
返信する

コメントを投稿