EVOLUCIO WORKS INFO

EVOLUCIO WORKS INFORMATION

Kurt Cobain/27 Club

2018-05-31 18:27:22 | 映画
つづき。

カート・コバーンが自分自身のマネージメントに失敗したことは間違いなく、しかし、
アーティストとしての能力とセルフマネージメントを高いレベルで両立できる方が、
これは圧倒的に少ないのではないだろうか。

カート・コバーンを語る時、避けて通れないのが所謂「27歳クラブ」という括りであり、
今さらこれを説明するまでもないが、
天賦の才を持ちながら、その才を神に愛されたがゆえ、神はそばに置きたく、
彼らは若くして召された。
というような「夭逝クラブ」だといえようか。
そして皆、享年27歳というわけである。

有名どころでは、
ジミ・ヘンドリクス。ブライアン・ジョーンズ。ジャニス・ジョプリン。ジム・モリスン。
などがいる。

近いところでは、エイミー・ワインハウスも入会したらしい。

この誰も「自己管理能力」を持っていたとは間違っても言えない。

このクラブ以外にも、例えばジャズに革命を起こしたチャーリー・パーカーも、
もちろんマイルス・ディヴィスも、ドラッグとの縁は深かったし、
ファンクの帝王、ジェームス・ブラウンも警察沙汰を起こし、実刑を受けている。

マイケル・ジャクソンの人生もなんというか、危なっかしい感じであったし、
そしてボブ・マーリーはというと、子供があちこちにたくさんいるという、これは
「自己管理能力」の問題ではなく、それ以前に管理という概念がなかったのではないだろうか。

つづく。

ローリングストーンズ考察からカート・コバーン

2018-05-26 19:28:43 | 映画
つづき。

少しまたローリングストーンズに戻ると、
彼らの強さと凄さは、まずスタイルにブレがないこと。そして、
マニアックになり過ぎず、シンプルでわかり易く、とくに見た目を重視し、
観客のイメージを壊さないように見えない部分での努力がおそらく驚異的であること。
ではないか。

オリジナリティはもちろん確固としてあるが、他のいいものは取り入れる。
取り入れもするし、進化もするが、それはいつも小さじ程度で、
なによりもまず「ローリングストーンズ」とはこういうものだ、というイメージがある。

と、R.ストーンズをほとんど聴かない私が分析してみたが、どうだろう。
かなり普通の、誰でも気がつく程度の分析で、少し自分にがっかりしている。

しかし、これ以上の分析や考察は難しい。なぜなら、
私はそんなにR.ストーンズを知らないからである。

とはいっても、遠目に見ていてもわかることはわかる。
バンドのマネージメントの柱はミック・ジャガーだな。
サウンドスタイルがぶれないのはキース・リチャーズの存在だな。
いい奴ロン・ウッドがいたからこそ、ここまでバンドが存続しているんだな。
そしてグルーブ(groove)の基礎はやっぱりチャーリー・ワッツだな。

これを書いてよくわかることは、
何事に於いても成功し存続するためには、
基礎があり、行く道がぶれずに、ハートがあり、そしてマネージメントがしっかりしていること。
という当たり前の結論ではないだろうか。

しかしカート・コバーンは自分をマネージメントすることに失敗した。

つづく。

カート・コバーンRS

2018-05-24 19:24:57 | 映画
つづき。

そういった力の入れ方、抜き方の加減が絶妙で好対照な例がローリングストーンズではないだろうか。

浅そうで深く、深そうで浅く、いや、浅いといえば浅く、深いといえば深く、か。

ドラッグにしても、いい加減のところで手を切って、いまや他の同年代よりも若く健康体に見えるし、莫大な金は入るし残るし、余りあるリスペクトを受け、しかもまだ現役で、50年前の曲をまったく同じようにプレイして大歓声を浴びている。

本日付けでトップ画面に貼付けた動画は、マーチン・スコセッシが撮ったRストーンズのライブドキュメンタリー「Shine A Light」であるが、撮影は2006年だというので、ミック・ジャガーはこの時に63歳である。この痩身、この動き、この声、この皺。

最初から観るとよくわかるが、ミック・ジャガーは話す声がとても低い。しかし歌うとけっこうな高い声まで無理なく出る。声量も音程もしっかりしている。さすがである。相当に厳しい毎日のカリキュラムをこなしていると推測される。

彼らは偉大なるマンネリと呼ばれて久しいが、それを観て聴いていつまでも飽きないのは、やはり強烈な個性があって、しかもスタイルにブレがないからだろう。

芸術性を追求せず、あくまでシンプルでわかりやすいスタイルを貫き、ギターにしてもわざとヘタウマ調に弾き、これぞローリングストーンズの音というところに重きを置いている。速弾きは出来ても絶対にやらない。

そしてここが重要なのだが、完全にエンターテイメント方向に指針を振っているのに、全体像を俯瞰してみるとアート性が十二分に存在するというこの不思議さが彼らが偉大である所以かと推測できる。

ここまで書いて、私は何を言いたいのかわからなくなっているのだが、ああそうか、カート・コバーンとストーンズを対比させたところか。

まあカート・コバーンにしてみたら、パールジャムが大嫌いだというくらいだから、ストーンズのこともおそらく嫌いだったのではと思うが、よく知らない。嫌いというより、もうまったく関係ないという感じだろうか。そして「少年ナイフ」が好きという事実があり、ここが笑うところではなく、カート・コバーンをほんの僅かでも理解する糸口であると私は真剣に思う。

カート・コバーン本人は映画でわかるようにほとんど完全に反メジャーであり、しかもノイローゼ体質であった。らしい。

つづく。


カート・コベイン

2018-05-22 19:06:53 | 映画
つづき。

映画を観てよくわかったが、彼は本当にただ「やりたいことをやりたいだけ」だった。
表現をしたいことがたくさんあって、それを金にならずとも外に出したかった。
金のかかることに興味はなさそうで、おそらく一番金を使ったのはドラッグにではないか。
すでに財産は一生困らないだけあるし、あとは幸せな家庭を作って、表現者として売れずとも好きなことだけをやり、齢を取ったらアコースティックで弾き語りでもしたかったのではないだろうか。

しかし業界というものはそれを許さない。

一度巨額を生み出すシステムが稼働すると、そのエンジンは休むことを許されない。

業界は違うが、バブル期に一世を風靡した画家のヒロ・ヤマガタも、「同じような絵ばかりを契約した画商に描かされていやでいやで仕方がなかった」と後に述懐していた記憶がある。

売れるものを売れる時に売れるだけ、が作る側でなく売る側の思惑であり、そのために作る側がどんなに疲弊しようが混迷に陥ろうが構わず、しかも眠らせず、考えさせず、叱咤激励というより、おだて、嘘、脅し、そしてクスリ漬けにして操ろうとまでし、最後には作り手の死さえも死者から手切れ金を奪うかのようにビジネスの種にし、全てが終わった後も、奴を育てたのはオレだと吹きまくる。これが言い過ぎなのか、それともまだやさしい方なのか、私には判断がつかないが、そうでないマネージメントは存在するにしても、上のようなそれもいくらでもあるに違いない。

そして、買う側に言及すると、悩んで死んだカート・コバーンには申し訳ないないが、買う側は作る側が考えているほど「本気」ではない。もちろん本気の人は少数いるのだが、大多数は作品の核心にまで思いを馳せようとはせず、その時々の勢いに乗りたいだけなのだ。もしくは「そこに属したい」とも言えるだろう。「それを理解する自分でありたい」という願いもあるかもしれない。だから彼は死ぬまでのこともなかったと思う。いや、死ぬまで思い詰める性格だからこそ彼なのかもしれない。ニルヴァーナの歌詞を何度もよく読み、その内容について何年も考え続けたことがあれば、もちろんあなたは本気の人である。

そういった力の入れ方、抜き方の加減が絶妙で好対照な例がローリングストーンズではないだろうか。

つづく。

カート・コバーン

2018-05-20 15:30:01 | 映画
つい先日、ジェームス・ブラウンのバイオグラフィのような映画をCSでやっていたので観ていたが、本人ではなく俳優だったためか途中で飽きてしまい、チャンネルを変え、ニュースをしばらく見て、そしてまた元のチャンネルに戻したら、今度はニルヴァーナのカート・コバーンのやはりバイオグラフィの映画だかドキュメンタリーだかをやっていて、今日は音楽関係の日なのか、と思いながら観始めたらけっこう面白かった。全部を観なかったが、いろいろ考えさせられることもあった。

私はニルヴァーナもカート・コバーンも、ましてやグランジ・シーンのこともよく知らなかったのだが、これを観たら少しはわかったような気がした。カート・コバーンは好きなことだけをやっていて、うっかり売れてしまった人なんだな、と。

彼が結婚していたことも知らなかったが、コートニー・ラブという、かなりやっかいそうなパンク姉さんが奥さんであり、彼女も歌手だというのでYoutubeで探して聴いてみたら、予想に反してけっこうよかった。ギターはひどいが。というより弾いていない。

才能と実力と華を備えた「金の成る木」を見つけた業界は容赦なく群がり始める。
搾取を狙う者もあれば、おこぼれを期待する者もあり、アマチュア感覚のままで突如スターダムへと上った本人たちが望むと望まざるにかかわらず巨額が動くビジネスに巻き込まれ、とくに純粋にアート指向であったカート・コバーンは、あまりにも商業主義的な世界を見てしまい人を信用できなくなり、ドラッグにさらに深く堕ち、子供が生まれたときにはもう彼の世界は現実も非現実も境がなくなっていたように思える。

カート・コバーンが死んだという日を私もよく憶えている。
私は彼をよく知らなかったから、ふーんという感じだったが、周囲がざわざわしていた。
自殺ということで終結したが、他殺説も残っているらしい。

つづく。

ジャジューカ

2018-05-14 18:35:08 | Diary



ジャジューカなどのつづき。

「8mm」というニコラス・ケイジ主演の陰惨な映画の緊迫した場面で、
なぜかモロッコの民族音楽ジャジューカが使われ、
私はそのリズムに、はっとして、結局最後まで観てしまった。
まあまあ面白かった。

サウンドトラックは純粋なジャジューカではなく、
マイケル・ダナという人が作曲というか編曲というか、
たぶん素材をリミックスしたということなのだと思うが、まあかっこいい。好きだ。
さすがにツボを心得ている。
とくに終盤でリズムが突如変化するところがプロという感じで良い。

とはいっても、ジャジューカはたしかもともと祭礼のための音楽だから、
あんな陰湿陰惨な場面への導入場面で、恐怖感を煽るために使うということは、
結果的に素晴らしく成功しているのだけれど、よく考えてみると、
なぜこの音は私に悪い緊張感を与えるのか、という疑問が残り、それは、
つまりアフリカという土地をよく知らない不安感が「不気味」を作り出しているのだろう。

言い換えると、映画の同じ場面をモロッコのジャジューカ村の人が観ても、
私たちとまったく違う印象を受けるのかもしれない。

おわり。

ジャジューカ/モロッコ

2018-05-12 20:48:15 | INFORMATION
━━モロッコなどのつづき。

モロッコの民族音楽「ジャジューカ」といえば
すぐに出てくる人の名はブライアン・ジョーンズであり、
この人がおそらく初めて世界に、というか西洋社会にジャジューカを紹介した。

あらためて書くまでもないが、ローリングストーンズのオリジナルメンバーである。

当時、スペインからジブラルタル海峡を渡ったすぐのところにある
モロッコの都市タンジール(タンジェ)は、作家ウイリアム・バロウズを筆頭に
どうやらそういったアンテナの高い人たち(ビートニク)が集まる場所であったらしく、
ヨーロッパ大陸から海を隔てて14キロしかないらしいから、
思えばすぐに行ける異文化都市であったのだろう。

モロッコというと、私くらいの年齢だとすぐに「手術」を連想をするが、
なぜモロッコか、など私も知らなかったから今軽く調べてみたら、
モロッコに住むフランス医師が性適合手術を確立し、実際に施術していたため、
「モロッコ=性転換」というイメージが定着したとのこと。

ジャジューカに話を戻すと、
私も一時期、ジャジューカをよく聴いていた時期があって、
あれは10年くらい前だろうか。
ブライアン・ジョーンズがプロディースした「The Pipes of Pan At Jajouka」を、
半年くらい、その時に使用していた狭い工房でしつこく聴いていた。

まったく興味のない人が聴いたら、きっと「アフリカのお囃子」くらいにしか
聞こえないと思うが、まあ共通するものは多分にあると思う。

このアルバムにブライアン・ジョーンズがどういう形で関わったのか、
明確には知らないのだが、推測すると、
現地で録音し、持ち帰って、スタジオでエンジニアたちとミッスクをしたのではないかと思う。

最初のオリジナル版にはなかったエレクトロ・リミックスの2曲は、
もうブライアンがこの世にいなくなってから、
別のアーティストがリミックスをしたものだと記憶している。

そういったことで、映画「8mm」で、このリズムが聞こえてきたときに、
「お、ジャジューカだ」と私は、はっとした次第。

つづく。

映画8mm/Morroco/Joujouka/2

2018-05-10 20:27:50 | 映画



━━モロッコとかのつづき。

なんだったか。黙示録か。いや、ニコラス・ケイジか。

なんで黙示録の話になったのか。あ、ミリアムか。

とはいっても、ニコラス・ケイジの本名がコッポラだし、
そんなに遠い話でもなかったか。

話を元に戻すと、

「8mm」という映画はサスペンスに属するもので、内容を簡単に書くと、

……大富豪が亡くなり、金庫にあった遺品の8mmフィルムの内容を見た未亡人は、
それが少女を惨たらしく殺す様子を記録したスナッフ・フィルムであることに驚愕し、
探偵トム・ウェルズ(ニコラス・ケイジ)を雇い、その真偽を確かめようとした。

探偵トム・ウェルズは、
アダルトビデオ・ショップ店員マックス(ホアキン・フェニックス)に近づき、
彼のその業界への知識と繋がりから、徐々にフィルム制作の内幕へと近づいていく。

完全にアンダーグラウンドのフィルム、それは複製のないたった一本だけのもので、
性的嗜好に強烈な残虐性を伴った「依頼者」に頼まれ制作した法外に高額な作品である。

探偵トムとマックスは、そのフィルム制作のプロデューサー役や監督、
そして革のマスクを被り、少女を切り刻む「マシーン」と呼ばれる俳優を突き止めた。

しかし、撮影時に実際に殺人が行われたのか、それとも演出のある疑似行為だったのか、
映像の少女は行方不明のままであり、真相はわからなかった……、


と、内容はこんなところだったと思うが、
途中から観たので、最初の大事なところは観ていない。
大事なところというのはフィルムの内容であるが、
まあ、私にそういった嗜好はまったくないので、あまり観たくはないし、
どこまでそれを見せたのかもわからないのだが、つまり何が言いたいかというと、
いや、何の話をここに書きたいかというと、
この映画で、緊迫した場面のサウンドトラックが
なぜかモロッコの民族音楽である「ジャジューカ」であったということ。

つづく。

8mm/Morroco/Joujouka 追記あり

2018-05-08 20:25:10 | 映画



CS放送というのはチャンネルがたくさんあって、
どの時間でもほとんどどこかで必ず映画をやっているので、
うっかり見始めると途中で止められず、時間が飛んでしまうことがよくある。

つい先日も、ちょっとニュースでも、とスイッチを入れたら、
画面にニコラス・ケイジのシリアスな顔が映し出され、
普段、私はニコラス・ケイジ主演の映画を進んで観ようとはしないのだが、
ところがその映画「8mm」のサウンドトラックと映像の空気感に心を掴まれ、
結局最後まで観てしまった。

サウンドトラックは上に貼った映画の予告編の通り、民俗音楽である。

どこの民俗かというと、アフリカはモロッコ、つまり「ジャジューカ」だと思う。

このトラックの音はだいぶ洗練されているので、
現地で採録した生音をリミックスしたのか、
本物のジャジューカ・ミュージシャンを連れてきてスタジオで録ったのか、それとも、
スタジオ・ミュージシャンがそれなりに弾いているのか、詳しくはわからないが、
とくにベースラインが良く、しかもかなり聴き易い。



ここから昨日のつづきだが、
昨日、モロッコのことを少し書いたら、今日の昼頃にまたCSで
モロッコを舞台にした映画「風とライオン」をやっていて、
こういった奇遇を暗合ともいうが、監督はジョン・ミリアムである。

ジョン・ミリアムというと私は映画「地獄の黙示録」しか思い浮かばない。
たしか「地獄の」の原案をコッポラに譲ったのではなかったか。

ミリアムはコンラッドの小説「闇の奥」の舞台アフリカを
ベトナム戦争に置き換えたアクション映画を作ろうとしたが、
企画が通らず、コッポラに譲ったと記憶している。

コッポラはそこから悩みに悩んで、
結局、自分でも理解しきれていない作品を世に出し、また観客もほとんど理解できず、
まだ悩み続けたコッポラは20年以上経ってから「完全版」を出して、
「まあこんなところだろう」と一応の結論を出したかにみえたが、
おそらくコッポラにはまだ心残りがあると私は思っている。

以前「闇の奥」も読んだが、よくわからなかった。
しかし、あの地味で暗く、わかりにくい小説の中に、
何か大事な、というか、「何かの入り口」があるということはなんとなく感じた。

そこに入らなくても普通にやっていけるのだが、
その門をくぐってみれば「わかる」何かがそこにある気がした。
まあ、この時代にはもう不要な、むしろ重荷になりかねない「何か」なのだが。

つづく。