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2017.12.31 Forget About/Sibylle Baier

2017-12-31 23:58:00 | youtube



2017年に一番心に残った曲。

彼女の他の曲はそうでもないが、この曲だけはよく聴いた。
今にも壊れてしまいそうな切実さがあり、それは真実に聴こえた。
気負いのない歌と演奏に、優しさや寂しさや温かさが同居している。

<こういった感じ>に歌うことは簡単で、実際そういった人はいくらでもいる。
すこし器用な人ならすぐに同じような曲を作り録音も出来るだろう。
しかし、声の向こうに何か光景が見える歌というのはなかなかない。


シビル・ベイヤー。
ドイツ出身の女優で、家に引きこもりがちであったが、
友人とのイタリア旅行を機にプライベートな歌の録音に目覚め、
1970~1973頃に自作自演にて自宅録音されたが、
オープンリールのテープはそのまま放置され、息子が2004年に私的CD化し、
2006年にリリースされた。(参考 pastelrecords.com/Wikipedia他)


2017.12.31

2017-12-31 22:56:57 | INFORMATION
今年もあとわずかですが、ありがとうございました。

それでは、よいお年をお迎えください。


偶然の音楽/ポール・オースター(柴田元幸訳)/p2

2017-12-30 20:46:59 | 本の要約や感想
(消防士のジムは離婚した直後に父の遺産を手にし、幼い娘を姉にあずけ、退職し、
目的も目的地もない車での独り旅に出たが、約1年後、金の底も見え始め、
先行きに不安を感じていた矢先、怪我をしたギャンブラーのジャックを道で拾い、
車中で聞いたジャックの儲け話に投資者として加わることにした。
儲け話は二人の富豪とのポーカー対決で、やっと到着した豪邸に着くと
その二人の主が奇妙な暮らしをしていたが、夕食の後、ゲームは始まった)


ジムを抜いたジャックとフラワーとストーンの3人でポーカーは始まった。
ジムはジャックの掛け金を出す役割で、3人の気にならないように部屋にいたが、
ジャックが彼の言葉通りに二人に勝ち続け、もうゲームの勝敗の行方が見えた頃、
ジムは部屋を抜け出し、屋敷の中を見て回り、1時間後に部屋に戻ってみると、
形勢は逆転していて、ジャックの勝ち分はすっかりとなくなっていた。
その後もツキは回ってこず、
ジムがポケットに残っていた有り金をチップに替えて挑んだ大きな勝負に
ジャックは負け、ジムとジャックの負けは確定した。

一文無しどころが未払い金まであり、しかも車も賭けて失ってしまった二人は、
車を貸してもらって帰ったら、残金と車の代金1万5千ドルを送金すると提案するが、
金持ちの二人はその言葉を信用せず提案を断る。しかし、かといって
ジムとジャックが残っても未払い金を払うことも出来ず、ジレンマに陥る。

そして元検眼士のストーンがまったく奇妙な条件を思いつく。

「二人にあの壁を作ってもらうという手もある」

つづく。

偶然の音楽/The Music of Chance/1990/柴田元幸訳/新潮文庫


偶然の音楽/ポール・オースター(柴田元幸訳)

2017-12-29 20:15:03 | 本の要約や感想
先日、まあ年末ということもあり、部屋の掃除を少しだけやっていたら、
「偶然の音楽」という文庫本が何かの箱の中から出てきて、
これはどこで買ったものか、もうまったく憶えていなかったのだが、
もちろん私が買ったものであることは間違いなく、そしてその題名から、
明らかに私が題名だけで判断し買ったであろうことは簡単に推測できた。

何ページか捲ってみると、まったく読んでいなかったので、
しばらく目のつくところに置いて、クリスマス頃になんとなく読み始めた。

……妻に去られたばかりの消防士のジムは突然、何十年も会っていない父親の遺産を相続する。
2歳の娘をミネソタの姉の家族に預け、新車のボルボを買い、あてのない旅に出る。
旅はただ車を運転するだけ。目的地はなく、道があるだけ。

そんな旅を1年以上続けていたら遺産の金の底が見え始め、
その底は自分の人生の行き詰まりの底でもあったジムはある日、怪我をした若い男を道で拾う。
ジャックはポーカーの名手で、賭博のトラブルで怪我をし、道をふらふらと歩いていたのだった。
明後日に大金持ちの二人とポーカーをやるはずだったが、その軍資金をトラブルで失い、
車の中でジャックはジムに愚痴をこぼした。

大金持ちの二人はポーカー好きというだけで腕はたいしたことなく、
ジャックが行くだけで大金が手に入るようなものだったが、
その資金がなくなり、招待された大金持ちの二人の家に行けなくなったという。

ジムは遺産の僅かな残りをそのジャックに賭けてみようという気になり、
ジムとジャックはニューヨークを経て、大金持ちが二人で住む大豪邸に到着した。

大金持ちの二人は、ひとりは元会計士、またひとりは元検眼士で、
二人で買った巨額の宝くじに当たり、しかも元会計士のフラワーがその金を元手に
さらに膨大な資産を作り上げたのだった。

フラワーは奇妙な骨董品の蒐集が趣味で、
元検眼士のストーンは街のミニチュア模型を作ることを趣味以上の情熱で続けている男だった。
「世界の街」と自ら呼ぶ街の模型はあまりにも精巧に作られていて、
そこにジムはストーンの内面にある何か偏執的なものを感じた。

そしてジムを抜かした三人で大金を賭けたポーカーは始まった。

つづく。

偶然の音楽/The Music of Chance/1990/柴田元幸訳/新潮文庫

O Holy Night/Mariah Careyについて

2017-12-23 21:31:18 | youtube



普段、マライア・キャリーをまったく聴かないし、彼女の代表曲も知らないのだが、
この「O Holy Night」だけはこの時期になると毎年よく聴く。

いつも比較されたホイットニー・ヒューストンに比べて、
異なる発声法をいくつも持っているマライア・キャリーは曲中で声質を変化させ、
それがそのレベルの高さによってまったく嫌味に聞こえず、
あざとさのある表情ですら赦せてしまうのだ。

派手な演出のないゴスペル王道の演奏もシンプルである分力強く、
コーラスにいたっては、誰がこのアレンジをしたのか教えてくれれば、
私はその人に厚く礼を述べたい気持ちすらある。

観客もまさにブラックチャーチそのもので、
とくに子供たちの愛らしさや夢を見るような表情に毎年会うたびに、
この収録からおそらく10年以上経ったであろうこの子供たちは、
どんなふうに育っただろうか。幸せだろうか。などと考えてしまう。

黒人のアイデンティティを持ち、
ゆえに差別にも苦しんだというマライア・キャリーの
特別な思いの籠ったであろうこの曲を聴くと、
いや他のアーティストの曲を聴いても、
人はその固有のアイデンティティを持って表現をした時に
とくに素晴らしい高みに達すると思えるのは私だけではないはずだ。

マライア・キャリーのごく初期の歌を聴くと、
この人はけっして天才的な歌手ではなかったと私は個人的に思うが、
もちろん意見の相違はあるだろうし、後日に私見を修正する可能性もあるが、
おそらく、きっとこの人はデビューしてから相当にトレーニングを積んだのではないだろうか。

デビュー直前に収録されたらしい「America the Beautiful」を聴いても、
あの独特なホイッスル・ボイスは別にして、
それほど声量と高い声に自信があるようにも思えない。が、しかし、
この「O Holy Night」ではこのパフォーマンスである。

もちろん、歌と映像は別録りであるだろうが、
なにしろ歌っているは本人以外にはいないので、
私は聴くたびに毎回、曲の途中からついつい両手を握りしめてしまう。

とくに中盤からラストへの声の突き抜け感は、
その瞬間にだけ時空をも支配してしまったかのような小宇宙性があり、
声帯がというよりも、彼女の身体全体が鳴り響いているのだという
これはヴォーカリストとして到達可能の限界を聴いているのではないか、
そんなまさに感動を必ず毎回、毎回、毎回だ。私は感じるのだ。

ここまで書いて、そういえば以前にも同じようなことを書いた記憶を思い出し、
軽く検索をしたらすぐに判明し、ちょうど2年前の今日に書いていた。

読んでみたら、前回のシンプルな文章の方がよかった気がした。

まあいいか。

メリークリスマス。

夢の羅列<空虚なラーメン> 20171209

2017-12-17 17:52:02 | Dreams
夢の羅列<空虚なラーメン> 20171209


今はどこにいるかも知らない友人が夢の中ではなぜか私の家のわりと近くに住んでいて、
ある日、私は友人を訪ねた。

友人は不在で、しかし私は窓を開けるとそこに鍵があるのを知っていたので、
ドアを開けて部屋に入った。

アパートの室内は整頓されているでもなく、散らかっているでもなく、
まあごく普通の男所帯といったふうで、その誰もいない部屋で私は急に腹が減って、
勝手にインスタントのラーメンを作って食べた。

腹も落ち着いて、ひと息ついていたら外から足音が聞こえ、ドアを開ける音がした。

友人が帰ってきたのだ。

私は慌てて寝ているふりでもしようかとベッドの掛け布団をめくった。すると、
ベッドマットの上にはなぜかドライバーや丸ノコなどの電動工具がたくさん置かれていて、
それに驚いているうちに友人が部屋に入ってきてしまった。

友人がちらっと私を見た。

「おう」私は空虚な声を出して彼を迎えた。

しかし部屋に入ったのはまあいいとして、ラーメンはまずかったかな。いや、
もう学生じゃないのだから部屋に入るのもまずかったか。などとくどくど考えた。

友人は私に興味がなさそうに部屋の隅に歩くと、疲れきったように椅子に座った。

ラーメンを勝手に食べたことをうまく言い出せず、
私は彼のご機嫌をとりに近づいて、「どうしたんだよ」と尋ねた。

「オレ、どうやら面倒な病気になったんだ」

私は言葉が出なかった。

おわり。

夢の羅列<ピンク・リーゼント・後編> 20171209

2017-12-14 18:50:37 | Dreams
夢の羅列<ピンク・リーゼント・後編> 20171209


つづき。


(私の開店休業中の店舗を知人に貸したら、とても良い店に改装され、
その店の前で私が出来映えに感激していると当の知人がやってきた。)


おいおい、リーゼントかよ。しかも革ジャン。
そりゃ'50というより、大昔の暴走族だよ。
店の雰囲気が台無しじゃないか。

まあそんなことより、いい店になったな。

いやいや……。

仕事が早いな。

いやいや……。

見習いたいよ。(本音)

いやいや……。

すっかり店を乗っ取られているのに私は素直に彼を褒めた。

普段から口数の少ない知り合いは、やはり言葉少なめだった。

二人でしばらく立ったまま店の経営の話や最近の状況などの話をした。

すると知り合いが、この先の神社の境内で祭礼をやっているので行こうと言い出した。

まあ、どうせ私は立っていても座っていても、どこにいてもボンクラなので、
祭りにでも顔を出せば少しはご利益でもあるかと行くことにした。

未舗装の道を歩き、暗い石の階段を上がると思ったよりも人がいて、
露店の灯りや薄桃色の提灯などで境内はなんとなく卑猥な雰囲気だった。しかも、
場内に流れているのがスローテンポのダブレゲエなのだ。

あちこちで若い子たちが静かに踊っているのが見える。

リーゼントが振り向いて私に訊いた。
「ちょっと暗がりでクスリをやってくるけど、アンタどうする」

私は無言で微笑み、バイバイの手を小さく振った。

リーゼントが石灯籠の陰に消える瞬間、
ポマードに光る後頭部が提灯を反射してピンクに揺れた。

おわり。

夢の羅列<ピンク・リーゼント・前編> 20171207

2017-12-09 16:42:33 | Dreams


夢の羅列<ピンク・リーゼント・前編> 20171207


私は夢の中で小さな店舗を持っていた。

場所は郊外駅の商店街の外れ、小さな神社への参道沿いにあった。

店の中は年末というのにガランドウで、かといって、
どうにかしようという気にもまったくならず、それなら
夜の時間だけを知り合いに貸すことにした。

私もまだ少しは頭が回るのだった。

知り合いは会社員なのだが、妙にセンスが良く、
あちこちからオールド・アメリカン的な品を瞬く間に仕入れてきて、
参道にあるとは思えないような、これは'40スタイルとでもいうのか、
雰囲気はロカビリー以前のビッグバンドジャズでも流れてきそうな店になった。

内装も'50の派手さではなく、
カントリー家具の木目調を優しくカラフルにしたような品の良さで、
白や淡いピンク、ミントブルーなどの色が絶妙に色褪せたように塗装されていた。

コーヒーカップなど食器はすべてファイアーキングで揃え、
そのカップを並べる木製トレイもおそらく当時の本物ではないだろうか。

ここでコーヒーやドーナツでも売るのか、
それともカップや雑貨などを売るのか、よくわからないが、
なんというか、マーサ・スチュアートの焼き菓子でも出てきそうな店になったな。

間口のもともとの古いニス塗り木枠のガラス戸は、そのガラガラの開閉音と相まって、
どうにもこうにも昔の文房具店のような貧相なイメージが染みついていたのだが、
彼のマジックにかかると、すっかり優しいオフホワイトに塗り替えられて、
さらにガラスにもなんだかカッコイイ英語が楽しい書体で描かれると、
まるで生まれ変わったかのように明るい表情で輝き出したのだ。

いやぁ、やればなんとかなるもんだな、などと私は感激していた。

そんなことを考えながら宵の店の前に立っていたら知り合いがやってきた。

つづく。

夢の羅列<祈りと濁り> 20161223

2017-12-02 18:47:54 | Dreams
夢の羅列<祈りと濁り> 20161223


夢の中で、
ふと我にかえると私は大きな川の中ほどのゴロゴロした石の上に立っていた。

川は夏にはキャンプ場にでもなりそうな見通しのよい中流域で、
しかし水は枯れたようにごく僅かで、だから私の足も濡れていなかった。

見回すまでもなく他にも多くの人がそこにいた。

ところが耳に入ってくる人々の話では、
先刻、上流で激しい雨が降ったので、これから鉄砲水がやってくるらしい。

私はそれを聞いてすぐに岸へと急いだ。
川が急変する早さと恐ろしさを私は川沿いに何度か住んだ経験からよく知っているのだ。

岸まで石を飛び飛び歩いていると違和感を感じた。

なぜか人々が私とは逆に川の中へと集まってくるのだ。

大人ばかりでなく家族連れもいて、そこには幼い子供も混ざっていた。

なんとこれから皆で祈るのだそうだ。
今こそ信仰の深さを試されるというのだ。
迷いのない祈りを澄み切った心で念じれば川は暴れないというのだ。

私は信仰の集団というものが極限において
悪い方向へ走り出した時の危うさもなんとなく知っているので、
ここは慌てず騒がず、
まずは自分の身の安全確保に全力を注ぐことにした。

ここで「目を覚ませ」などと叫ぼうものなら、まず間違いなく道連れにされるだろう。

唯一反対意見の私に「コイツを水の神に捧げよう」と矛先が向けられるかもしれない。

なにしろ集団狂気は、いや失礼、集団心理は動き出したら簡単には止まらないのだ。

岸に辿り着いた。

何かが建っていた。

高さ数メートルの大きな岩に建築現場の足場を組み上げた何かの拠点、もしくは
監視所のような構造物であった。

こんな岩があるのなら、ここは中流ではなく上流なのかもしれないが、
夢に流れる川なので、そのへんは都合良いというか、かなり曖昧だ。

私はすぐにそれに上った。

と同時に地響きがして振り向くと濁流が襲ってきた。

とんでもない水量である。

満水のダムを全開門したかのような怒濤である。

声を発する間もなく川にいた人々は一気にドーンと流されてしまった。

祈るどころではなかった。

信仰だとか狂気だとか、
迷いのないだとか、澄み切った心だとか、
「あ」とも「う」とも言う間もなく、一切きれいに流されてしまった。

一瞬にして川幅も広がって、
私の立っている岩の下には濁った水が飛沫を上げてゴウゴウと流れているだけ。

それを私はじっと見ている。

おわり。