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モンタージュ・オブ・ヘック 感想

2018-06-30 20:44:35 | 映画
つづき。

何のつづきかというと、
カート・コバーンのドキュメンタリー映画「Montage of Heck」を観ての感想を数回にわたり書いているわけだが、純粋さのあまり「弱さ」があったカート・コバーンに対して「強さ」を見せ続けてきたミック・ジャガーを較べてみて、そこにブライアン・ジョーンズというやはり「弱さ」があったRストーンズの創設メンバーを登場させてみたが、私がW杯を夜中に観たりしていて生活リズムが狂い、何がなんだか、話の趣旨と方向性を今では見失っているところ。暑いし。

ミック・ジャガーについて、前にも書いたとおり、彼は見切りというか見極めというか、それが早かった。オレたちはこんなもんだ。客はこんなもんだ。大衆はこんなもんだ。メディアはこんなもんだ。音楽の価値はこんなもんだ。ドラッグなんてこんなもんだ。だからどうすればいいか。こうしよう。そうしよう。

この「見切る。見極める」という能力は当然、経営者になくてはならないもので、対してカート・コバーンにはそれがなかった。ブライアン・ジョーンズにもなかった。実は私にもない。

カート・コバーンにあったのは、優しさの裏返しによる一見尖っているかのように見えるアートセンスと、一点に集中できる能力ではなかったか。

ここでいう一点集中とはどういうことかというと、彼がギタリストとしてあのレベルを弾く能力は、ある期間をそこに集中しなけば到達できないことは明白で、ゆえに彼はその期間を過ごしたのだ、という理屈である。

もちろん彼にウルトラテクがあるわけではないが、しかしあの独特なリズム感や、エッジの効いたリフなどは凡人にはコピーは出来ても創り出すことはまず難しいだろう。

ミックとカートと、お互い違ってはいてもそれぞれ高い能力を持ちながら、片や75歳にして現役ロックンロール・アイコン。片やすでにレジェンド。

この二人の違いをもっともシンプルに明確に表現するなら、するなら、
今、思いつかないから、また後日。

つづく。

Diary 2018.6.26 coffee

2018-06-26 18:58:22 | Diary


午睡を少し、午後4時に目が覚めて、コーヒーを淹れた。

タンザニアとルワンダの豆がそれぞれ同じくらい残っていたので、
どちらも全部秤に載せたらちょうど20グラムになり、それを挽いてドリップした。

湯温は86度でスタート、ポットの蓋は開けたまま、3分弱で抽出終了。

ドリッパーを外した途端に成功の香りが立ち上がって、
飲む前から出来の良さはわかった。

カップに入れて2階へ上がり、なんとなく窓から外を見ると、目が合った。

白茶とサビ茶の2匹が私を見上げている。

コーヒーをゆっくりと飲んでから猫にエサをやり、それから
最近、隣に越してきた家の赤ん坊の泣き声を聞きながらネットを見たりして、
今はこれを書いている。

日中の時ほどの熱は部屋に籠っていないようで、風が気持ちいい。

子供も泣き止んだみたい。

Montage of heckを観て感想

2018-06-24 19:36:11 | 映画
つづき。

ここ最近、サッカーを観ていたら生活のリズムが崩れて、
このブログを更新するタイミングを失っていた。

何のつづきかというと、
カート・コバーンとミック・ジャガーの二人を対比させていた。

カート・コバーンという破滅型のアーティスト。
ミック・ジャガーというバランス型のアーティスト兼、Rストーンズの社長。

まあ社長かどうかは知らないが、リーダー的存在であることは間違いないだろう。

しかしRストーンズの創成期、最初のリーダーはブライアン・ジョーンズであった。

ミック・ジャガーとキース・リチャーズが当時まだ初心な青年であったのに較べて、
ブライアン・ジョーンズはすでに3人の子持ちで、いわばよく擦れていて、
言動、出で立ちはとくにエッジが効き、その後のRストーンズのイメージは、
このブライアン・ジョーンズによって決定されたといっても過言ではない。
というのが定説である。

ブライアン・ジョーンズは楽器の天才でマルチプレーヤーであったが、
しかし気分屋で、自分の都合でステージに穴を開けたりすることが度々あり、
そのうち力をつけてきたミック・ジャガーとキース・リチャーズたちが
作曲の才能も持っていたため、リーダーシップは彼らに移行されることになった。

キース・リチャーズのギターが上達したことも、
ブライアン・ジョーンズの存在を薄くさせることの原因になっただろう。

性格はかなり無責任。作曲は出来ない。信用も出来ない。そしてダミ声。
そんなブライアン・ジョーンズは存在感を取り戻そうと
民俗楽器をバンドに取り入れることを提案し、実際に演奏もした。
Rストーンズに新たな要素を注入することに成功はしたが、
本人はすでに薬漬けの毎日で、やがて自滅してしまう。

バンドの創設者の死の直前にミック・ジャガーとキース・リチャーズは
ブライアン・ジョーンズにバンドからの脱退を迫り、
すでに正気を失いかけていた彼を説得し同意を得て、記者会見も行っていた。

ブライアン・ジョーンズの脱退とその直後の死によるバンドのイメージの失墜という
バンドの歴史上最大の困難をミック・ジャガーは持ち前の経営感覚でうまく乗り切った。

ここでわかることは、ミック・ジャガーはあまり悩まない性格なのではないか、ということである。

バンドの存続がミック・ジャガーだけの力ではないことはもちろんなのだが、
それにしても、自分でクビにしたバンドの創設者の死をプールの底に見て、
少し弱い神経の人であれば解散に至ってしまったりするのだが、彼はそうはしなかった。

つづく。

モンタージュ・オブ・ヘック

2018-06-18 20:07:15 | 映画
前回まで、カート・コバーンとミック・ジャガーを対比させ、
自己及び経営のマネージメント能力の有無について書いていた。
この二人の差異は、心に傷があったか、なかったか、ということに加えて、
自分自身、そして作品に疑いを持つ気質であったかどうか、も重要ではないか。
と論じ始めたところで私はW杯を観たりしていて、間が空いた。

つづき。

二人について、カート・コバーンは純粋かつ無垢なアーティストで、
ミック・ジャガーはどちらかといえば歌うビジネスマンである、
などと結論づけるつもりは毛頭ない。

ただ、ミック・ジャガーの方が「見極め」が早く正確であったように思える。
何の見極めかというと「客が何を求めているか」ということについてである。
もっと言うと「何を求めて、何は求めていないか」ということである。
さらに書くと「コアな客より、表面的な客の方がずっと多い」ということに、
ミック・ジャガーはおそらく活動の初期から彼の経営感覚で気づいていたのではないか。

このことはもちろん、誰でもわかっていることなのだが、しかし、
多数の表面的な層に合わせるのではなく、かといってコアだけに合わせるのでもなく、
そしてラジカルでもなく、かといってクラッシックでもない普遍的な音とイメージを
作り出す彼らの絶妙かつ天才的な才能と戦略を私たちは賞賛しなければならない。
「やっていることは簡単。しかし絶対に真似は出来ない」ということに。

対してカート・コバーンはというと、
「客が何を求めているか」などと考えるのではなく、
「オレは好きなことを好きな時にやるから、ついて来れなければ来なくていい」
というスタンスではなかったか。

そんな客を突き放したような感覚に、大衆は新しい輝きを見出し、
「こいつは本物かもしれない。きっと何かをやってくれるだろう」と期待をした。
実際、カート・コバーンは本物であったし、一瞬ではあったが煌めき燃え尽きた。

つづく。

Diary 20180616 World Cup

2018-06-16 20:12:54 | Diary
昨夜、たまたまワールドカップのスペイン対ポルトガル戦を見始めたら、
あまりのレベルの高さに朝方少し寒かったが最後まで観てしまった。
日本戦以外でサッカーの試合を最後まで観るなどということは過去になかった。

私はまったくサッカーに詳しくないが、
とくにスペインの1点目と3点目、そしてポルトガルの3点目のFKには声が出た。

観る前から隣国同士の試合は荒れるだろうと思っていたが、
荒れるというより、これは燃えたな。
お互い絶対に負けられないという気迫が画面から出ていた。
C.ロナウドの最後のFKの直前の「ハッハッ」というブレスに気合いが見えた。

この試合当日の数時間前に、
ロナウドが脱税の罰金として24億円をスペイン当局に納めることが決まったらしいが、
それもロナウドにして気合いを入れさせた一因でもあったと、どこかの記事にあった。
事のいい悪いは別にして、そういうこともあるだろう、人間だし。

よくわからないが、いい試合だった。

Montage of Heck/考察

2018-06-10 00:41:42 | 映画
つづき。

違い。
カート・コバーンとミック・ジャガーの資質の違いを突き詰めて考えると、
やはり前号までに書いたとおり、マネージメント能力の有無であろう。
マネージメントとは、自己も経営も、である。

75歳にしてライブでピョンピョン跳ね歌うロックスターは、
ザ・ローリングストーンズを経営し、しかも搾取されないよう防御もする。

華やかな表舞台であればあるほど、裏に回れば汚い業界である。
少しでも油断すれば、
膨大な文字数の契約書を仔細に読むという面倒を厭えば、
直ちにアーティスト兼奴隷というような待遇に陥るのだ。

そんなアーティストにとっては苦手な部分を
ミック・ジャガーは長年うまくやってきたように思える。
もちろん有能なマネージャーたちに恵まれたこともあるだろう。
しかし、やはりミック・ジャガーの元々の資質があったからこそだと思える。

対してカート・コバーンはまず経営に興味があったとは考えられない。
そしてセルフマネージメントについても、あったとは言い難い。
心も身体もさらに環境も、
彼は健康に生きたい希望を子供を持つに至って少なからず持ったに違いないが、
その時はもう薬物依存が強く遅かったのか、
現実から逃避したい抑圧が強かったのか、
R.E.M.の新譜を聴きながら幻に誘われて、おそらくトリガーを引いた。

この大きな差異は、心に傷があったかどうかということもその原因になるが、さらに、
自分自身に、もしくは作品に疑いがあったかどうか、ということも考えられるだろう。

つづく。

モンタージュ・オブ・ヘック

2018-06-03 18:42:50 | 映画
つづき。

ここまで書いたところで、話の方向と主旨がわからなくなった……。

自分のためにおさらいをすると、
カート・コバーンの映画「モンタージュ・オブ・ヘック」をCS放送で観た。
ニルヴァーナは反商業主義のローカルバンドという立ち位置であったが、
意識的にエンターテイメント方向に振ったアルバム「ネバー・マインド」が売れに売れた。
しかし、突然の大ブレイクと、それによって群がり始めた業界関係者に、
もともとアート指向であったカート・コバーンは混迷しますます薬物依存を強めた。
ブレイク前からの妻コートニー・ラブとの間に子供を授かるが、
このコートニー・ラブという人もなかなかやっかいな存在で、混迷は混沌へと変わり、
直接の原因は不明だが、その深い幻覚の中でカート・コバーンは神に召される。

カート・コバーンは自身でも発言しているようだが、
反マッチョであり、どちらかといえば自分は女性的であると自己分析している。
それは途方もない大ブレイクの嵐の中では「弱さ」につながってしまい、
アンダーグラウンドなアート指向という純粋さも相まって、
商業の複雑と煩雑に、もしくは、利潤の追求だけという単純さについて行けず、
薬物使用の現実逃避へと向かい、急上昇した生涯グラフは急降下を示し、
あっけない破綻で短すぎる人生を終えた。

そんなカート・コバーンに対して対照的な「強さ」を見せ続けたのが、
1962年創業の老舗、ザ・ローリング・ストーンズである。
今年2018年、結成56年目にして現役である。
Wikipediaにしても、長過ぎて読み切れないほどである。

彼らもそれぞれが才能と違った方向性を持っていたが、しかし、
ローリング・ストーンズの名の下に集まれば、そのイメージに従い、
商業主義にもよく馴染んで、またそれが嫌味でなく、むしろクールに見え、
そして長い現役生活に紆余曲折はあったにせよ、今はけっこう仲良くやっているし、
最新のレコーディング・アルバムにしても、まったく衰えを感じさせず、
原点回帰なのか、ブルースの曲をカバーした作品で、アメリカのR66などに合いそうである。

この対照的な二つのバンド、ニルヴァーナとザ・ローリング・ストーンズの違いは、
はやりフロントマンであるカート・コバーンとミック・ジャガーの資質の違いに
大きく依るものがあったと考えられる。

つづく。