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ティピカ

2017-01-29 11:02:20 | コーヒー
昨日、行き道15kmもがんばって運転してコーヒーショップに着くと、
目当てのティピカがメニューになかった。

「ティピカがあると思うんだけど」と尋ねたら、
ウエイトレスの女の子ではわからなかったらしく、
「お待ちください」と奥へ訊きに行った。

「ございます」と別の女性スタッフが現れて、
その彼女がドリップをしてくれて、かつテーブルまで持ってきてくれた。

この豆は焙煎が難しく、浅いと青臭い感じが残る、とのこと。

そうなんだよ。
数日前に買ったガテマラはそういうことなんだよ。
ミディアムじゃ少し浅くて渋みが残る。
かといってフルシティまで煎ると<らしさ>がなくなる。
まあガテマラはフレンチでも飲めるかもしれないが。

で今日飲んだティピカは甘さと酸味の立ち上がりが素晴らしい味だった。
ジャムっぽいイメージが残るから、まあベリー系の味わいだろうか。

でも僅かに全体的な軽さを感じた。
少しそっけない感じ。
焙煎したてなのか、それともペーパードリップだからか。

やはりこれはサイフォンで試したい。

などとまた性懲りもなくコーヒーのことなどを書いている。

ガテマラ

2017-01-27 22:09:22 | コーヒー
気まぐれにガテマラの豆を買ってみたが、たいして美味くもない。

ローストがミディアムなのだが、どうも僅かに青臭い渋みが残る。

その渋みでせっかくの酸味がネガティブなイメージになる。

これはせめてハイ、もしくはシティくらいまで焙煎したほうが良かったのでは。

明日、ティピカを探して買ってこようかな。

9月に買ったコーヒー豆

2017-01-24 20:52:12 | コーヒー
以前このブログに書いたように、
ここしばらくレギュラーコーヒーをほとんど飲まなくなっていたが、
昨日、冷凍庫を開けてみたら、去年の10月だったか、それくらいに買った豆が
2種類だけ残っていて、その一つを「まあ飲んでみるか」と丁寧に紙ドリップして、
飲んでみたら恐ろしく不味くて、すぐ吐き出して、カップのは捨てた。

その豆は去年のアイスコーヒー用に買っていたイタリアンローストのブレンドで、
ミルクやクリームに負けないようにロブスタがずいぶん入っているし、
いやよく考えたら買ったのは9月だな。

私としてもこれはたぶん不味いだろうと思って、
「不味いコーヒー豆をなるべく美味しく飲むためのドリップ」をしたつもりだったが、
さすがにダメだった。これはもうアイスでも無理だ。

それで、気を取り直して、もう一種の豆で同じように淹れてみた。

すると、これはかなり美味いのだった。

購入時期はたしか去年の9月か10月で…、やはり9月だな。
10月はたしかずっとパプアニューギニアを買って飲んでいたから、9月だ。

ローストはイタリアンより深いくらいの、もう真っ黒なブレンドで、
水分がほとんどない炭化したような豆は手回しのミルで挽くと
手応えがないといっていいくらいで、
ミディアムくらいのロースト豆を挽く時のそれとだいぶ違うのだった。

浅い焙煎の豆を挽くとカリカリと音がするが、
このマンデリンベースで深い焙煎の豆はスルスルと挽けてしまう。

たぶんそれがよかったのだろう。

冷凍保存に耐えられたのも水分が少ない━━生からより遠い━━ということが、
おそらく原因の多くで、去年に買った時に飲んだ印象とほとんど変わらないどころか、
円熟味を増して、香りも深くまた複雑になり、これはティピカの美味さとは
ぜんぜん違う方向なのだが、素直に美味しかった。

と思ったが、焙煎していない生豆はそのまま長く保存することもあるから、
「生から遠い」ことが味が悪くならなかった原因なのかというと、
違う気もしてくるが、しかしあれか、<生豆>と<少しでも熱を入れた豆>とは
まったく違う次元であるから、生豆が保存が効くからといって、
浅煎りが同じかというと、これは違うな。

話は変わるが、
今までは一日の半分くらいをコーヒーの事を考えて費やしていたのだが、
去年末からコーヒーに興味がなくなって、
それではポッカリと頭の中が空いたのかというと、いやいや
考えることはいくらでもあって、そうはいっても光陰矢の如し。

アベマリア ZIPPO

2017-01-19 18:53:45 | Zippo


E V O L U C I O 「Engraved ZIPPO」

“Ave Maria”
 and more.


<販売取り扱い>

K-SMITH帯広 北海道帯広市西2条南16-2 Tel/Fax.0155-24-0255

<定休日>毎週 木曜日 <営業時間>12:00〜20:00

K-SHITH hp link

帯広駅前・定点カメラ・静止画

K-SMITHはこの定点カメラ画像の左上年月時刻の数字の下、そして、
左は画面見切れ際あたりではないかと推測されるが、どうでしょう。

1/22(Sun)本日の更新はおやすみです。

2017-01-18 19:00:27 | INFORMATION
1/22(Sun)本日の更新はおやすみです。


Auguries Of Innocence

2017-01-15 16:24:29 | Zippo


一粒の砂に世界を
一輪の野の花に天国を見ようとするなら
手のひらに無限を
瞬きに永遠を つかめ



これはイギリスの詩人、ウイリアム・ブレイクの詩の冒頭4行であるが、
これをこのまま真っ直ぐに過大に受け取ってしまうと、
なにかまるで今すぐに全てを捨て去って、
裸に無一文で野を山を放浪しなければ、というような気持ちには
さすがにならないだろうが、それに近い気持ちにはなる人もいるかもしれない。

万物の存在の神秘と意味、意義という問いへ真っ向対峙した言葉なので、
私たちはこれを真摯に受け止めなければならないが、
しかし、現代には現代の事情という複雑さがあり、なかなか純粋さを保ち難い。
だから、この4行を経験もしくは体現しようとするなら、
その事情を一切考慮することなく、極端へと走ってゆきそうになる。

むしろ極端に走ることによってしか、それを実現できないと思いこんだりする。
極端さを非凡であることの証左とし、ゆえに啓示を受けるに当然と思ったりする。
しかし神もしくは存在の本質などは気まぐれで冷酷であったりもする。

何が言いたいかというと、
たとえば上の4行などは、たまに思い出すくらいでちょうど良いのではないか。
ということ。
言い方を変えれば、たまにそこへ帰る。くらいで良いのでは。
忘れ得ぬ故郷という位置づけかもしれない。
ただ、極端に走る奴は端で見てるぶんには面白いけどね。

流れに逆らわず柔らかく優しく静かに目立たず誰にも知られず、か。
逆らって強く激しくいつも先頭に旗を掲げて前へ前へ死ぬまで、か。

まあ難しいところです。オレにもわかんない。

大事なのは、意識を<そこ>に向ける。ということだろう。

そこがどこかは人それぞれ。

アマチ

2017-01-14 16:59:03 | Diary
昨日、用事があって行った先の掲示板に貼ってあったポスターをふと見たら、
そのポスターは何かの講演会の告知なのだが、その講師の名前が、
すごくかっこいい名前だったのでしばらく感心しながら眺めた。

講演会の性質は公共性が高く、
またエンターテイメント性をまったく求めないものなので、
まず間違いなくあれは本名だろう。

そのかっこいい名前をここに書く事はもちろん憚れるが、
その<かっこ良さ>のニュアンスはそのままで違う名前にしたなら、

天地 極 (あまちきわめ)

たとえばそんな感じではないだろうか。

名字だけならふーん、という感じだが、極が下についた途端、
何かスケールの大きさと意味が出てくるというような深さがあるのだ。

それにその本名は天地 極より、もっと柔らかな感じもある。

極という文字に対して私たちはいろいろな意味で少しキツいイメージを持っているが、
その人の名前はもっとマイルドで、しかし意味はとても力強く、
どんな時でも好印象を与える、というような字面である。

しかも意味を考えるほどに面白くて、たったその名前だけから、
ストーリーさえ思い浮かぶほどなのだ。

あ、わかった。
天地 極ではなく、天地 始 (あまちはじめ)の方がよりニュアンスは近い。

でも実際に天地 始などという名前だったら、いちいち人に聞かれて、
うるせー時もあるだろうな。

欲望のダークナイト

2017-01-09 19:38:18 | 映画
昨日テレビをつけっぱなしにして絵を描いていたら、
最近、CSでバットマンのダークナイトシリーズを集中的に放映しているらしく、
なんとなく見始めてしまった。

やはりヒース・レジャーがジョーカー役の2作目が一番好きだが、
そんなことよりも、何回か観たこの映画の中で初めて気がついたことがあり、
それは、市警のジム・ゴードンがゲイリー・オールドマンだったこと。

何を今さらと言われるだろうが、
今まで全然、気がつかなかった。あのヒゲにメガネだから。

とくに2作目は映画館でも観たことがあるのに、
あれが誰かなどと疑問に思ったこともなかった。

あのヒゲにメガネだとあまりに普通の人になってしまって、
ゲイリー・オールドマンの「らしさ」がまったく消えてしまうのだった。

その他に「えっ」と声が出てしまったのが、
3作目ライジングのマスクマン・ベインだが、これがなんとトム・ハーディ。

ゴードンがゲイリー・オールドマンなのは、
消去法で考えれば最終的に正解に到達できる気がするが、
あのマスクマンがトム・ハーディだとは一生わからなかっただろう。
3択でもわからなかったかもしれない。

まずベインの身長が190センチほどはありそうに撮影されていることが大きな原因だ。

それに衣装の中に何かプロテクターのような物を入れているだろう。
そうでなければ、あんなゴリアテみたいにならないと思う。
だいたいなんであの役にトム・ハーディなのか。顔も映らないのに。

トム・ハーディは中堅どころでは私が好きな俳優で、
とはいっても彼の作品を3本ほどしか観てはいないが、その中でも
「欲望のバージニア」(原題 Lawless/無法)での
フォレスト・ボンデュラント役がとても良かった。
ヒロイン役のジェシカ・チャステインも良かったから尚更。

禁酒法時代の密造酒業者の3兄弟を、実話を基に描いた映画だが、
映像の空気感となにしろ音楽がとても良い。
ミュージシャンでもあるニック・ケイブが制作の多くに関わっているようなので、
まあ音楽が良いのは当然のことか。

私がこのブログにたまに貼付ける「So You'll Aim Toward The Sky」も
原曲はおそらくGrandaddyというバンドの演奏なのだが、この映画でも、
エミルー・ハリスという歌手がおそらくカバーをして劇中に使われている。
安らかな死を予感させる歌詞ではあるが、よい選曲だと思う。




  だからあなたは空へと目指す
  そして今日、高くへと上ってゆく
  空高く
  遠くへ
  痛みから
  遠くへ



訳はテキトウなので。

勝利の香り

2017-01-06 19:26:58 | Diary
珍しくも風邪をひいていた。
原因ははっきりとわかっている。

しかし薬を飲まずして治す主義なので、
そのままいつもと変わらない生活だが、
木曜日は一番具合が悪かった。

この忙しい時にしばらく悪いままかと思い、気も滅入ったが、
木曜から金曜にかけて悪寒や咳で眠れずにいたら未明、急速に、
身体全体がみるみる治癒していく感覚があり、
それは長雨の終わりを告げる晴れ間のごとくで、
私はベッドの中で密かに「勝ったな」とほくそ笑んだ。

そしてメントールリップを唇に厚く塗り、マスクをして眠りについた。
マスクの中で温められた成分が鼻から吸引され心地良いのだ。
いわばメントールは勝利の香り。キルゴア。

HAND ENGRAVED ZIPPO “Auguries of Innocence” 無垢の予示

2017-01-06 18:36:20 | Zippo


E V O L U C I O 「Engraved ZIPPO」

“Auguries of Innocence”
 and more.

一粒の砂に世界を
一輪の野の花に天国を見ようとするなら
手のひらに無限を
瞬きに永遠を つかめ


William Blake (1757–1827)

通常は文字だけを彫るのだが、
これはふと星と花を挿絵のように軽く彫ってみた。


<販売取り扱い>

K-SMITH帯広 北海道帯広市西2条南16-2 Tel/Fax.0155-24-0255

<定休日>毎週 木曜日 <営業時間>12:00〜20:00

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帯広駅前・定点カメラ・静止画

K-SMITHはこの定点カメラ画像の左上年月時刻の数字の下、そして、
左は画面見切れ際あたりではないかと推測されるが、どうでしょう。


無駄に長文 20170103

2017-01-03 19:02:17 | Diary


正月中に日本酒を飲んでいるのかというと、まったく飲んではいないどころか、アルコールをまったく口にしていない。人が飲んでいるのを眺めているだけ。

昨年、酒をほんの少し飲んだ時に眼底の毛細血管を破裂させてしまい、まあ文字のイメージよりはたいしたこともなく、ただしばらく片目が真っ赤っかという状態が続いたのだが、これはドラッグストアで販売されている目薬ではまったく治らず、眼科で処方される副腎皮質ホルモン、つまりステロイド入りの目薬でないとまず治らない。

ステロイドなどは出来れば避けて通りたいものの一つなのだが、この際仕方がないということで目に差したわけだが、効果は絶大で、すぐに白くなった。逆に不安になるほどの効き目で、一週間ほど使用したがまったく効かなかった市販薬との差に驚いた。そういえばイラン人の友人がだいぶ以前、これは日本では売っていない目薬で、これを目に差せばたちどころに目が真っ白になる。モテるぜ。必要なら用意してやる。と自慢そうにポケットから出した目薬を私に見せてそう言っていたのを思い出した。

確かに彼は常に眼圧が高そうな大きな目でいつも充血気味であったが、それを差すとやはりたちどころに真っ白でクリーンそうな目に変わるのだった。そのキラキラの目で夜の六本木へと繰り出したものだった。私は賑やかなところはキライなのでほとんど行かなかった。

しかししばらくすると彼は、目薬がないと目がひどく充血するので困る。と真っ赤な目で言うようになり、私はたかが目薬においてさえ薬と依存ということの怖さを思い知ったものだったが、彼には、まあそのうち治るだろうと、テキトーなことを答えておいた。今思えばおそらくあれにもステロイドが入っていたに違いなく、私も目を酷使する仕事柄、普段わりと充血気味の目なのだが、あの時に私はもらわなくて正解だったと今頃になって安堵している。

それでまた調子に乗ってアルコールなどを口にしたりすると眼底出血をしかねないので、当分は酒を飲まない方が良いとの判断で、ずっと飲まなかったが、昨年末に法事の席で40年来の友人に囲まれて、さすがに飲まずにもいられないから、目を心配しながら飲んだのだが、途中、トイレに立った時に鏡を見たら目が真っ赤になっていて、これはやってしまったな、と思いもしたが、まあそれならそれで仕方がないとそのまま飲んだわけで、しかし朝になったらまあなんともなかったから、とりあえずはよかった。おそらくその日の体調にもよるのだと思う。

それにしても同級生たち。15人ほどいたか、驚くべきことに私を除いて全員が喫煙者であった。最近の成人男性の喫煙率は私のテキトウな推定ではだいたい30%くらいで、正確な統計を今調べてみても29.7%であるのに、なんだこの喫煙率の高さは。約93%ではないか。ため息が出るほどに昭和な光景であった。

しかし右目が不安定なのはもう確かで、眼科のカルテによれば、私は同じことをもう3回、6年ごと定期的にやっていて、要するにクセになっているのであった。治るのだからまあいいだろう、とも思うが、しかし目のことはシャレにならないので、最大限気をつけるに越したことはない。ということで正月に日本酒を飲んではいないのでした。

だいたい最近は酒をほとんど飲まなくなったので、飲めなくてもまったく困ることはないし、いやちょっと眼底の調子が悪くて、と言うと齢も齢だし、けっこう真実味のある言い訳になって、相手も、いや一杯だけでも、などとしつこく言ってこず、これはこれで便利に使っている。

それに酒を飲むのにも才能が必要で、私にはその才能がない。飲んで飲めないこともないが、酒との距離がけっこう遠いというか、酒を友人だと思ったりは出来ない。酔うという状態になる前に心の準備が必要で、ほとんどいつも、やっぱりやめておこう、という気になり、飲まないことが多い。酔うのが面倒くさいというのも大きな理由だ。

だいたい酒を飲まずして飲んでいるような頭の中なので、これで酒を飲んだりしたらもう社会的に通用しないなと自分でもよくわかっていて、潜在意識のサーキットブレーカーが作動し、酒を遮断しているのではないだろうか。よく出来ている。エラい。自画自賛。

それで以前にも書いたが、私はこれ以上に酔いたいのではなく、出来れば覚めたいので、覚醒したいので、何かの得体の知れないこの酔いから覚めたいので、よく考えずともダウナーの酒なんか必要ではなく、合法かつ無害であればそれ相当のアッパー系の何かを摂取することもやぶさかではないのだが、そういうわけにもいかず、せめてものコーヒーのカフェインに希望を託していたわけだが、去年からここを読んでくださっている方ならわかってもらえるが、私はもうほとんどコーヒーを飲まなくなってしまった。

私自身がこのことを信じられないわけだが、あれだけコーヒーコーヒーとここに書いていたのに、もうまったく全然興味がなくなってしまった。ある種のサドンデスという感じで、突然にほとんど何を飲んでも美味いと感じられなくなった。ここ数年は毎月2kgをコンスタントに飲んでいたにもかかわらず、もう飲む気がしない。たまにインスタントを薄くしてちょっと飲むくらいです。

もう2ヶ月以上コーヒー豆を買っていないし、冷凍庫にもまだ豆が残っているのだが、飲む気がしない。あれだけ美味いと思っていた豆がまったくそうでなくなった。なんか鈍重でへんに甘くて後味もしつこくて。その原因はただひとつ、ティピカ。パプアニューギニアのウリアでありました。

あの豆のそれもほんのたった一週間ほどの期間の味の鮮烈さを味わってしまったら、他がまるで本当に重くて苦しくて、その後、コーヒーを飲む気がしなくなってしまったことがそのことをある程度証明しているといってもいいのではないだろうか。つけ加えておくと、そのティピカも黄金の期間を過ぎてしまったら、もうまったくダメで、どう淹れても不味くなってしまい、私はあの豆を5袋、計1kg買ったが、美味かったのは一週間だったか10日だったか、その程度で、後はもう悪くいえば酸味がサワーに変わってしまって、あれはいったい何だったのだろうと今でも私は幻を飲んだのかと不思議な気持ちばかりが残っている。またコーヒーを以前のように飲むようになるのかはわからないが、本日のところはあまり飲む気がしないし、飲むようにもならなそうな感じ。

で酒もなし。コーヒーもなし。それでは何を飲むのかというと、ほうじ茶。今のところこれが一番、私の気持ちに寄り添ってくれる優しいテイストだなと思っている。

ほうじ茶といっても自家焙煎をしてる専門店で焙煎時にどうしても残る茶の粉だけを集めたものをわざわざ買ってくる。これが普通のお茶ほど薄くなくて、なんとなくコーヒーに近い感じで、しかしあのへんな甘さがなくて、もっとすっきりとして重さがなくて、酸味は感じられないが、後味は大変よろしく、とにかく不味いという要因が一切ない。それでいてどんな雑に淹れても味は一定だし、とくに2杯目がまた角のとれた柔らかさがあり、これがまた美味しい。もうホントにオレもジジィだな。

ジジィといえばTHEピーズのハル。と馴れ馴れしく呼べるほど私はファンではなかったが、このハルさん。動画で最近の様子を見ると、もうお爺ちゃんのような様相を呈してきたのが面白い。ほんとにお爺ちゃんみたいなんだが、言っていることは若い時分と何も変わってなくて、そのフニャフニャ具合に「おいおい大丈夫なのか」と心配になるほどだ。まあ彼は凡人ではないので、好きなように生きてゆくだけでしょう。

記憶を辿るとこのTHEピーズというバンドを初めて耳にしたのはたしか彼らの全盛期なのか、おそらく1990年ぐらいではなかったか。生ではなくて、テープで。知り合いの家で。リコメンドということで。しかし当時の私にはまったくピンともこず、「なんだこりゃ」というくらいにしか感じられなかった。歌は音程がフニャフニャだし、演奏も単純だし、歌詞もバカだし、とにかく何ひとつ良いとは思わなかった。まあ仕方がないと言えば仕方がない。当時私が一番よく聴いていたのがピンクフロイドだったわけで、まさに対極にあり、同じロックと一括りにしても、片や頭にプログレッシブ、片や頭にバカとつくわけで、とにかく一生のうちでこのバンドを聴くのは今日で最後だろう、そう思った。

ところがあれから幾星霜、2,3年前からどうもこのTHEピーズがよくなりだして、あの時にわからなかった何かがわかるようになりだして、最近一番聴くのはラテンジャズなのだが、そんな洋モノに耳が疲れた時にこのシンプルなバカ気味のロックが妙に心地よく、とくにこのギターがね、概ね単純なんだけど、随所にカッコいいコードを入れてくるとこが好きで、それに全体のリズムがしっかりしていて、歌の音程も外れているというか、これはつまりハル節という解釈で当たっているだろう。簡単に真似が出来そうで絶対に出来ないという全てを含めたノリ。それにしてもハルさん。ハル爺さん。自身の低迷期に居酒屋でバイトを始めたというその潔さが好きだね。やっぱり何もかも天性そのままなんだろうね。世の中こんな人ばかりでは成り立たないが、やはりこんな人のいる余裕も必要だろう。いや違うな。この人は案外その時になればしっかりした人なのだが、その思想がこの世に存在してもいいという余地があってもいいのだな。なににしてもピーズとほうじ茶。どちらもほっとする味わい。「オレのロックな年末年始」は本日まで。本年もよろしく。

日本酒を

2017-01-02 14:52:22 | Diary

謹賀新年

2017-01-01 10:09:58 | Diary


あけましておめでとうございます。
本年もよろしくおねがいいたします。