EVOLUCIO WORKS INFO

EVOLUCIO WORKS INFORMATION

20200706 Ennio Morricone 「Lost Boy Calling」

2020-07-17 21:15:46 | youtube

https://www.youtube.com/watch?v=GW2_esU-axU&feature=emb_logo

20200706

イタリアの作曲家エンニオ・モリコーネ氏が亡くなった。
その作品数はあまりに膨大で、けっこう映画音楽好きの私でも百分の1も知らないだろう。
しかし私の中でのエンニオ・モリコーネ代表作を挙げさせてもらうなら、やはり「ワンスアポンナタイムインアメリカ」のあのパンフルートのメロディだろうか。いや「プラトーン」かな。とはいえ上の動画「ロスト・ボーイ・コーリング」は別の意味で私の中で一番である。

Lost Boy Callingは映画「1900」の主題曲で、主演はティム・ロス。豪華客船の中で生まれた子供がそのまま船内で育つうち、船に雇われた音楽家たちに教わったのだろう、やがてピアニストになり、天賦の才を発揮し、船の客たちが息を飲む中、超絶テクニックを披露した。しかし船はその長い役目を終えることとなり廃船となるが、それまで一度も船を降りたことがないティムは……、というようなある種のお伽噺であった。

あれはいつだったか、ミレニアムの頃ではなかったか、私は自宅のビデオでそのお伽噺を観ていたのだった。なんの前知識もなく観たのだが、全編に主題曲がアレンジを変えて随時挿入され、もちろん歌は入らず、ストリングスであったり、たしかトランペットであったり、美しく少し哀しい曲は観ている私の胸に優しく沁み込んでいくのだった。

話は変わるが、私はピンクフロイドが好きである。それもロジャー・ウォータース派ファイナル・カット至上主義という超少数派である。性格の悪いロジャー・ウォータースや、性格の良い他のメンバーのことをここに書けば時間がいくらあっても足りないから書かないが、とにかく私はロジャー・ウォータースの作品が好きであった。ロジャーが脱退した後のピンクフロイドはなぜかほとんど聴かない。もちろん残党デイブ・ギルモアたちの演奏が超一級品であることはよくわかっている。

話を元に戻そう。私はその日、映画「1900」を自宅で見終わった。エンドロールをボーッと観ていた。エンドロール中は歌のないオーケストラの主題曲がセンチメンタルに流れ、それが一転ホンキートンクのピアノに変わったりして楽しませるのだが、私は作品には満足したし、画面も真っ暗になったし、さてコーヒーでも飲むかなという気分であった。しかし物語の余韻を楽しみたかったのか、私はまだその黒い画面を見つめていた。見つめていたらそのうち音のなかった画面から「コーン、コーン」と何か潜水艦のソナーのような音が発された。

ああ、きっと映画の余韻を水のイメージがするこの音で締めくくろうとしているのだなと私は監督の演出を喜びはしたが、しかしとくに何も期待せずそのまま画面を見ていた。すると突然歌が始まったのだ。「Come, hold me now, I am not gone.」と声がした。

カムホーミナウの「ナ」で私はロジャーだと認識した。これがどれほど私に驚きを与えたかは他人にはわからないだろう。雷に撃たれたようだとはこの瞬間だった。石のように動けないとはこのことだった。それくらいに私はその頃、ロジャー・ウォータースばかりを聴いていたのだから。そしてロジャー・ウォータースはなかなか新しい作品をリリースしない人なので、まさか映画の最後にその新作を聴けるとは思いもよらなかった。しかもそれを聴かずにビデオを停止してしまった可能性は十分にあったのだ。福音とは思いがけずにやってくるものである。私はそれが現実であるかも定かでなくなり、微動だにせずロジャーの歌に聴き入った。

ロジャー・ウォータースらしいサウンドプロダクションで、約束であるように3声の女性コーラスが入り、ラスト近くではあのロジャー独特の高い声も絶妙な変拍子で入ってくる。エディ・ヴァン・ヘイレンの甘いトーンのギターソロもよかった。そして気難しいロジャーの書いた彼らしくない温もりのある歌詞は大変によかった。エンニオ・モリコーネとロジャー・ウォータースにどんな繋がりがありこの企画が生まれたか、これを書いている今でも知らないのだが、あれから20年経っても色褪せない私にとって大事な一曲である。


━━7月のモット・ストリートで
海鳥たちの声が聞こえる頃に
私は子供を抱きしめる
あの男の中にいる子供を
私たちが置き去りにしたあの子供を━━


奇しくもこの7月に亡くなったモリコーネ氏の冥福をここに祈りたい。

E V O L U C I O

※記憶で書いたので、間違いがあるかもしれません。歌詞の訳もテキトウです。

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2020.5.THE THREE DEGREES youtube

2020-05-07 15:49:18 | youtube

貼った動画は重いので削除しました。

追記アリ。

最高である。
今、スリーディグリーズが熱い。オレの中で。

全盛期(70年代)に比べてあの時の若さと引き換えにこの圧倒的な存在感を得た彼女たちのステージに魅了されない人がいるだろうか。

1975年くらいに来日し、「夜のヒットスタジオ」に出演した時、サイドで歌っていた細くて小顔のヴァレリー・ホリデイが今はセンターで歌っているが、見れば見るほどなにしろ可愛さが増しているような気がしてならない。

そして向かって右のわりと新加入であるフレディ・プールさんも、とことん煮詰めたかのような可愛さに溢れ、その濃厚すぎる魅力に私は感動すら覚えるのである。

それでこのオーケストラであるが、相当に金がかかっているだろう。

70年代の全盛期におけるブラックミュージックっぽさは薄れているが、逆にそれが豪華さを高めている。

リズムもホーンもストリングスもコーラスもレベルが高く、とくにベースの上手さは特筆しておきたい。

どんなすごい人がこのベースを弾いているのかと見ていたら、8分前後に学校の先生みたいな人がつまんなそうに弾いている姿が少し映り驚くのだが、いや上手さは隠せないね。派手さはまったくないが素晴らしい。

そして後半に入ってくるタンバリン。これがあるとないとではまったく違う印象で、そこからノリも一層深まり、ああ楽しい、と理屈ではない何かが押し寄せてくるのだ。

以下追記。

夜のヒットスタジオの動画を貼ったので追記を少々。

TSOP(ザ・サウンド・オブ・フィラデルフィア)ソウルトレインのテーマ曲で登場するスリーディグリーズ。
「コンバンハ」がシーラ・ファーガソン。
「コンニチハ」がヴァレリー・ホリデイ。
「サヨナラ」がフェイエット・ピンクニー。(2009年没)

このうちのコンニチハ・ヴァレリー・ホリデイが今日現在のスリーディグリーズのリードヴォーカルを務めている。そのチャーミングさは今も昔も変わらない。

なんといっても登場から3人とも実に楽しそうで、シーラ・ファーガソンのアハハ笑いを聞くと幸せな気分になる。

当時1975年くらいのアメリカのショーピジネス界における黒人女性歌手の地位と待遇を考えてみれば、けっして恵まれた状況ではなかったはずで、全盛期の人気と仕事量とその裏を思えば、おそらく筆舌に尽くし難い経験の数々があったに違いないが、もしこの動画にあるように日本のテレビ局でとてもよい待遇で迎えられ、彼女たちが心から楽しめる時間を持てたのだとしたら、45年後の今視ている私としても、とても嬉しい気持ち。

たしかに、彼女たちの一番の有名な曲「When will I see you again」を英語以外では日本語だけでしか発売されていないし、「にがい涙」という作詞安井かずみ作曲筒美京平コンビの作品もリリースされていて、そう考えるとスリーディグリーズと日本との関係は悪くなかったと思いたいが、まあビジネスの世界だからロマンティックな面はほどほどに、であろうか。

この夜のヒットスタジオ時のメンバーは黄金期ともいえる3人で、それぞれがソロとして通用するほどに歌のレベルが高く、そして踊りがまたなんというか、そんなにきっちりしていないというか、余裕の感じというか、基本はあるけどテキトーですよ、という黒人アーティストによくある緩さがとても私は好きで、今視てもチャーミングに溢れている。とはいっても当時、私は彼女たちをテレビで見て、正直なところ「怖い」と思っていた。だってまだ子供だったから。

夜のヒットスタジオでのバックバンドはダン池田とニューブリードだと思うが、ベース、かんばってます。

当時の日本のビッグバンドの実力は高く、今、他の外国の動画、本場フィリースタイルの演奏と比べても引けを取るものではないと思う。

4番目の動画のコントの後に日本語で歌う貴重な映像ではバックを原信夫とシャープスアンドフラッツが務めているとのこと。

まあアメリカの音楽業界は日本に比べてあまりに裾野が広く奥が深くて、上手いミュージシャンはゴロゴロいるから、総力戦で勝てるかといったら勝てないけどね。

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11/30 <Tom Waits>

2019-11-30 21:14:28 | youtube



11/30

下のページに「ぱっとしない出来」と書いたが、この懐かしい映画のサウンドトラックのあれこれをあらためて聴いてみたら、このトラックはとてもよかった。

このトラックを私は聴いたことがなかったのか、記憶がなくなってしまったのか、しかしなんとなくアイルランド民謡調な感じで私は好きだ。一方、テーマの曲はジャズというかブルージーというか、そういった曲調で、いかにも作った感が好きではなかったが、このトラックは歌も演奏も気負いがなくてとてもよかった。

この映画「ワンフロムザハー ト」の製作中にでトム・ウエイツは今の奥さんのキャサリン・ブレナンと出会い結婚をし、そして彼女のアイデアをトムが膨らませ作ったのが「ソードフィッ シュトロンボーン」であったようなことをどこかで読んだ記憶がある。そしてアイランドレコード期の「怪進撃」が始まったのだが、それまで「酔いどれ詩人」 C.ブコウスキーのイメージが強かったトム・ウエイツは「レインドッグ」「フランクスワイルドイヤーズ」と一気に飛躍したのだった。

私もこの3作はよく聴いた。しかし、私はトム・ウエイツのサウンドイメージのある一面、なんというかガランガランした音というか、ドスドスというか、地下帝国の小人たちが大騒ぎしているような(わかる人にはわかると思う)あの感じとか、もしくはやたら不協和音を多様する不安定な曲調(マーク・リボーのギターは好き)などや、あとはトムのボソボソとした語りが続く曲など、それらが「かっこいい」ことはわかっていても結局は聴かないわけだが、しかしその一面があるからこそのトム・ウエイツであることもよくわかっている。

当時、私がMTVで初めて「インザネイバーフッド」のビデオを目にした時は衝撃を受けた。あの頃「あんなイメージしかもワルツ」で音楽界に打って出て成功したのは彼だけだろう。80年代の始めの頃だから、主流的なのを思い浮かべるとすればたとえばシンディ・ローパーやマイケルジャクソンのスリラー、そしてな んだっけ、あ、あれか、カルチャークラブか、そんな中に「ワルツご近所音頭」で打って出たわけだから私も驚くわけだ。他は娯楽で、彼のはアートの域であったことをまだ若い私でもよくわかった。今あらためて「インザ〜」を聴いてみたが、やっぱり名曲だな。彼の全作品で無理無理一番を選ぶしたら私はこれかな。千回聴いても飽きない演奏と歌と詞なのだ。

しかし、私がごくたまにどこかのカフェなどで「ボーっ」としている時に突然店内のスピーカーから「トムトラバーツブルース」が流れ出たりすることがあって、そんな時に私は「はっ」として聴き入ったりする。おやすみなさい。evolucio

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サウンド・オブ・サイレンス(加筆・追記アリ)

2018-12-09 18:18:39 | youtube



サウンド・オブ・サイレンス(加筆・追記アリ)

youtubeでたまたま見つけたこの動画。どうせ自己満足いっぱいのカバーなんだろう、
と見ずに飛ばそうとしたが、まあ出会い頭の一発があるかもしれないと見たら、よかった。
実によかった。

まったく知らない歌手だが、エマ・ルイスというオーストラリア出身の人らしく、
まだ若いながらもキャリアは5年ほどあるという。

この声。甘くて投げやりな表現力。そして音感が特筆レベルに良い。
彼女が歌う他の曲(オリジナル?)も聴いたが、他はうーんという感じ。

この1966年のサイモンとガーファンクルの曲と彼女の声が化学変化を起こしたのかもしれない。
もちろん私の個人的な意見である。
これはやっぱり名曲だな、とつくづく思った。
そしてハモる男も上手い。ハスキーさん。知らないけど上手い。ギターも相当に上手い。

そして、バックを務める老練な3人男たち、この人たちが地味だがまた上手い。
おそらくカントリー系のスタジオミュージシャンなのか、
安定のリズムにヒラヒラしたテレキャスのシングルコイルの音が
歌の邪魔にならない、しかし、なくてはならない存在感で、私の好みである。
さらにベースも、よく聴くとかっこいい。

このたった5人でこの厚みだからね。

━━━━以下、追記。

それで、このエマ・ルイスを聴いた時に、誰かを思い浮かべたのだが、
それが誰だったか、なかなか思い出せず、しかしやっと思い出した。

エミリアーナ・トッリーニだ。

このエミリアーナさんの顔も私は知らないのだが、以前からけっこう好きで、
彼女の一番有名な曲はおそらく「ゴラムの歌」だろう。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」の挿入歌で、
最初はビョークが歌うはずだったが、何かの都合で、
当時、無名に近かったエミリアーナが歌うことになったという曲である。

まあそれは置いといて、
重ねて言うと、エマ・ルイスを聴いたらエミリアーナを思い出した。
それでYoutubeをあちこち見ていたら、知らなかったが、
実はエミリアーナも「サウンド・オブ・サイレンス」歌っていた。
彼女にしては、かなりクセを抑えて歌っているように感じる。



しかし、エマ・ルイスに直接に影響したのは、
以前にもここに貼ったことのあるNouelaという人が歌うバージョンだろうか。



相関に詳しくはないので、それらの影響についてまったく断定はできないわけだが、
ここで言いたいことは、誰が最初にそれをやったか、ではなく、
すでにオリジン、オリジナル、オリジナリティという意味が薄れつつある昨今、
「Sound Of Silenc」という50年以上前の名曲はスタンダード化していて、
いわばファッション業界におけるクロスやスカルと同じで、つまりモチーフになっていて、
後はそのモチーフをいかに新しい切り口で、もしくは深い部分に迫ることで、
元の魂を昇華させることが出来るか、が表現方法のひとつではないか。
と、あたりまえのことを何か凄いことのように書いてみたが、

いや、本当に言いたいことはそういったことでもなく、
エマ・ルイスとハスキーさんのデュエットでの「Sound Of Silenc」は、
そんな誰の影響とかオリジナルとかという我々の詮索に関係なく、
その到達したレベルは大変に高く、何事にも一切毀損されることはない。

ただし、それでも私が最初の方に書いたように、
あまりに「Sound Of Silence」のカバーが良すぎて、彼女の他の曲、
おそらくオリジナルだと思うが、それらが私には少し色あせて聴こえてしまう現象は、
どんな表現物、表現者にもあり得ることで、
カバーしたことを安易だったとは思わないし、ぜったいにそうは書かないが、
デュエットの良さが私たちの耳に残ってしまい、
彼女単独の歌声に何か物足りなさを感じてしまうことに今後ならないだろうか。

最初に二人のミックスした声で名曲を聴いてしまうと、今度は、
単独の声ではどうしても満足出来なくなりかねない。
もちろん、そこを超えてゆく圧倒的な何かがあればさらに世界を広げてゆけるわけだが。

今日、とくに言いたいのは、イメージという化け物の恐ろしさである。
価値は減っていない。しかし、減ったように感じる、ということ。
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Led Zeppelin/Rock'n Roll

2018-03-24 19:57:07 | youtube



70年代レッド・ツェッペリンを好きな友人はたくさんいたが、私はまったくそんなことはなかった。曲名でメロディを思い出せるのも10曲ないと思う。どちらかといえばジミ・ヘンドリクスやピンク・フロイドのファンだったから、ギタリストのジミー・ペイジのこともずっとピンとこないまま現在に至ったのだが、そのわけが最近わかった。レッド・ツェッペリンはレコーディングの音よりもこの動画のようにライブの方が私には断然いいのだ。まったく音もノリも違う。以前はこんなに簡易にライブ映像を視聴できなかったから、能動的にそれを求めなければ評価は何十年でも変わらないのだ。いや、かっこいい。ジミー・ペイジ。この余裕。100%のうち今日はほんの15%を出していますよ、とでもいうようなクールな感じ。そして歌のロバート・プラント。このライブでは少し低く歌っていることも評価が上がるポイントだった。私は昔の声の高いハードロックやメタル的なのがどうも苦手で、あれは鳥人間か何かのように聴こえるのだ。もちろん苦手なのは男ね。そんなに無理しなくても、とつい思ってしまう。この曲「ロックンロール」もレコーディングバージョンだと歌い出しがCの音だが、このライブではAまで下げている。同じキーで、である。それがいい。そこがいい。その方が声の質も私には好みで耳に優しい。偶然にこの動画を「お、ツェッペリンか。懐かしいな。ちょっと視てみるか」とクリックしたわけだが、これはかっこいいと驚きながらも、イントロの拍がどうしても合わないことにイライラした。ドラムからカウントすると、ギターの入り方にどうしても合わないだ。タタツタタツ……、と1時間ほどがんばってみたが、わからなかった。あれか、また変拍子か。さすがに私には高度すぎて理解できなかった。それで仕方がないから調べてみたら、すぐにわかった。このイントロはロックレジェンドのひとつのトピックのようであるらしかった。結論をいうと、つまりタタツタタツの最初のタは1拍目ではなく、3拍目の裏であった。いや私が分析したわけではなく、そう答えが書いてあった。さすがプロ。よくわかるな。それでやっと理解をしたわけだが、これが実際にカウントをとってもなかなかギターの入りに合わない。私がギターを弾くわけではないのだけど、とにかく入りに合わないことが気持ち悪い。それでもう誰も見ていないから、オーケストラの指揮者のように4拍子のタクトを指で振って、何度も繰り返したらやっとわかった。理解した。スッキリした。しかしそれにしてもジョン・ボーナムはドラムが上手いな。こんなに上手い人だったことも今まで知らなかった。パワーの人だと思っていた。以前、アンジェリーナ・ジョリーのお父さんをこのジョン・ボーナムだと思っていたことがあって、まあリブ・タイラーの父親がスティーブン・タイラーということもあるし、欧米はいろいろ複雑だからな、などとわかったような気分だったが、いえ、父親はジョン・ヴォイトでした。「ヒート」のネイト役がよかった。他には「真夜中のカウボーイ」「オデッサ・ファイル」か。「オデッサ」は途中で適当な感じがしてきて観るのをやめた記憶がある。「真夜中の」は、ダスティン・ホフマンな。あの人がもうドロドジメジメベタベタしていて観るのが辛かった。また穂積さんの声が合いすぎてこれも辛さに拍車をかけた。ダスティン・ホフマンでよかったのはやっぱり「パピヨン」か。わりと新しいところでは「パフューム・ある人殺しの物語」がよかった。あの香水屋の親父。顔が真っ白。ヨーロッパも昔はなんだか汚かったね。おわり。
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2017.12.31 Forget About/Sibylle Baier

2017-12-31 23:58:00 | youtube



2017年に一番心に残った曲。

彼女の他の曲はそうでもないが、この曲だけはよく聴いた。
今にも壊れてしまいそうな切実さがあり、それは真実に聴こえた。
気負いのない歌と演奏に、優しさや寂しさや温かさが同居している。

<こういった感じ>に歌うことは簡単で、実際そういった人はいくらでもいる。
すこし器用な人ならすぐに同じような曲を作り録音も出来るだろう。
しかし、声の向こうに何か光景が見える歌というのはなかなかない。


シビル・ベイヤー。
ドイツ出身の女優で、家に引きこもりがちであったが、
友人とのイタリア旅行を機にプライベートな歌の録音に目覚め、
1970~1973頃に自作自演にて自宅録音されたが、
オープンリールのテープはそのまま放置され、息子が2004年に私的CD化し、
2006年にリリースされた。(参考 pastelrecords.com/Wikipedia他)

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O Holy Night/Mariah Careyについて

2017-12-23 21:31:18 | youtube



普段、マライア・キャリーをまったく聴かないし、彼女の代表曲も知らないのだが、
この「O Holy Night」だけはこの時期になると毎年よく聴く。

いつも比較されたホイットニー・ヒューストンに比べて、
異なる発声法をいくつも持っているマライア・キャリーは曲中で声質を変化させ、
それがそのレベルの高さによってまったく嫌味に聞こえず、
あざとさのある表情ですら赦せてしまうのだ。

派手な演出のないゴスペル王道の演奏もシンプルである分力強く、
コーラスにいたっては、誰がこのアレンジをしたのか教えてくれれば、
私はその人に厚く礼を述べたい気持ちすらある。

観客もまさにブラックチャーチそのもので、
とくに子供たちの愛らしさや夢を見るような表情に毎年会うたびに、
この収録からおそらく10年以上経ったであろうこの子供たちは、
どんなふうに育っただろうか。幸せだろうか。などと考えてしまう。

黒人のアイデンティティを持ち、
ゆえに差別にも苦しんだというマライア・キャリーの
特別な思いの籠ったであろうこの曲を聴くと、
いや他のアーティストの曲を聴いても、
人はその固有のアイデンティティを持って表現をした時に
とくに素晴らしい高みに達すると思えるのは私だけではないはずだ。

マライア・キャリーのごく初期の歌を聴くと、
この人はけっして天才的な歌手ではなかったと私は個人的に思うが、
もちろん意見の相違はあるだろうし、後日に私見を修正する可能性もあるが、
おそらく、きっとこの人はデビューしてから相当にトレーニングを積んだのではないだろうか。

デビュー直前に収録されたらしい「America the Beautiful」を聴いても、
あの独特なホイッスル・ボイスは別にして、
それほど声量と高い声に自信があるようにも思えない。が、しかし、
この「O Holy Night」ではこのパフォーマンスである。

もちろん、歌と映像は別録りであるだろうが、
なにしろ歌っているは本人以外にはいないので、
私は聴くたびに毎回、曲の途中からついつい両手を握りしめてしまう。

とくに中盤からラストへの声の突き抜け感は、
その瞬間にだけ時空をも支配してしまったかのような小宇宙性があり、
声帯がというよりも、彼女の身体全体が鳴り響いているのだという
これはヴォーカリストとして到達可能の限界を聴いているのではないか、
そんなまさに感動を必ず毎回、毎回、毎回だ。私は感じるのだ。

ここまで書いて、そういえば以前にも同じようなことを書いた記憶を思い出し、
軽く検索をしたらすぐに判明し、ちょうど2年前の今日に書いていた。

読んでみたら、前回のシンプルな文章の方がよかった気がした。

まあいいか。

メリークリスマス。
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Janis Joplin/Ball and Chain/Monterey

2017-08-17 20:57:56 | youtube
今日付けで上のインフォメーション・ページに貼ってある動画は、
1967年にアメリカのモンタレーで行われたポップフェスで歌うジャニス・ジョプリン。

ジャニスは同年にバンドのヴォーカルとしてデビューしていたが、
このフェスでのパフォーマンスにより全米から注目されるようになる。

曲はたしかビッグママ・ソーントンがオリジナルの「ボール・アンド・チェーン」で、
ジャニスのブルージーな歌唱法が
ソーントンから強く影響を受けていることがよくわかる。

曲の終りにママス・アンド・パパスのキャス・エリオットが
ぶっ飛んだ様子で思わず呟いている映像が残っている。

ジャニスの最初のこのバンド、Big Brother and The Holding Companyの、
粗い演奏が私はけっこう好き。

私はそんなにジャニスに詳しくはないが、感想としては、
このライブのテイクは喉の調子があまり良くないと思う。

調子が悪いのか、彼女自身がまだそんなに声が出る能力段階ではなかったのか、
もう無理無理シャウトしているという感じで、
この後に出るアルバム「チープスリル」から始まる圧巻の歌唱とは質が明確に違う。

このフェスには、前年にイギリスで衝撃的なデビューを果たしたジミヘンが
凱旋帰国としての演奏をフェスのトリに行っている。

やはりイギリスから来たザ・フーのピート・タウンゼントがジミのところへやってきて、
「オレたちは楽器を壊すしかないんだからさ、先にやらせてよ」と頼んだとか。

イギリスに渡ったジミヘンの演奏を初めて聴いたジェフ・ベックが、
圧倒されて廃業を考えたというほどにジミのテクニックが革命的であっただけでなく、
加えて歯で弾いたり、ギターを壊すパフォーマンスまでもジミは行ったので、
同じ破壊芸で名を売ってきたタウンゼント(もちろんバンドは一流)が
先に演奏したい、先にギター壊したいと思ったのは当然で、
結局、ザ・フーはジミより先に演奏しギターも壊したが、
後にステージに上がったジミが演奏の最後に今でも語り種になっている
ギターにジッポーオイルをかけて燃やすというパフォーマンスを見せたため、
軍配はどうやらジミに傾いたとか、傾かなかったとか。
その映像を見ると観客はだいぶ引き気味ではあるが。

燃やされた悲劇のギターはその後、なぜかフランク・ザッパの手に渡り、
ザッパはそれを直して、しばらく使ったとか、使わなかったとか。

ジャニスにしてもジミにしても、
それまではふたりのように歌う、もしくは演奏する、ということがなかった。

白人女性がブルースコンプレックスも露にシャウトするなどということはなかった。

カントリーやハワイアンのための楽器であったストラトキャスターで
あんな爆撃機のような音を出す人もいなかった。

トレモロアームにしても、それを考え出した人がジミの使い方を見て、
「そんな使い方をする為のもんじゃない」と激怒したとか、しないとか。

時代時代に突如、ある才能が爆発的に噴出し、進化を一気に進めてしまう。
才能のやりたいことと、他者の見たいものが合致し、それは
受け手の希求や期待よりも少しだけ前にあり、
大衆の理解を得られる範囲で革命的である場合、また、
それが作為的でない時、たとえ一瞬の輝きであったにせよ、
多く人の心に残り、いつまでも人はそれを語ることをやめないのではないか。

以上、曖昧な記述の部分は私が当時それを目撃したわけではなく、
どっかで読んだことばかりだから。
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リハビリ

2017-02-17 18:10:16 | youtube
今日現在のところ、上のインフォメーションに貼付けた動画は
2008年のエイミー・ワインハウスとアデルのビデオクリップで、
ダブルネックのSGを弾いている青い人はマーク・ロンソンという
プロデューサーであるらしいが、私はぜんぜん彼を知らない。

動画はエイミーの歌から始まるように私が設定してあるが、
最初から観るとアデルの歌が聴ける。

アデルはたしかこの年に注目を浴びたばかりで、まだ扱いも観客の反応も
エイミーの前座的ではあるものの、その静かではあるが力強い歌唱は彼女のその後の
キャリアを予感させるものであり、いいところで裏へ引っ込んでしまうが、
存在の片鱗を垣間見せるだけの演出と思えばあれで十分だったのではないか。

エイミーは2006年に「REHAB」でひとつの頂点を極め、その後結婚を機に失速を始め、
この2008年はすでに薬物下にあるようだが、それにしてもこれはいいテイクである。
目も少しトンでいるようだが、ドラッグの影響が未だいい方向にあって、ノリも最高。
ちなみに「REHAB」は、リハビリテーションには行かないワ。という曲である。

アデルの曲ではホーンが、エイミーの曲ではストリングスがとても良い。
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ペンペンコ (7/27追記あり)

2016-07-27 19:57:41 | youtube



動画は、フィリピンが生んだ世界の歌姫、シャリース・ペンペンコであるが、歌っている場所はどうやらフィリピンのどこかモール内のようだ。

年格好、雰囲気などから推定すると、彼女が世界に飛び立つ直前くらいではないだろうか。後ろにいるすっとぼけた感じの女性はシャリースのお母さんのようだ。確実ではないが。

シャリース・ペンペンコ。本来はチャリース、は7歳くらいからフィリピン国内のコンテストを総なめにして、さらにYoutubeによって世界の注目を浴び、やがて第一線のエンターテイメントへと飛び出した。セリーヌ・ディオンやアンドレア・ボチェッリなどと競演を果たし、それも一歩も引かないパフォーマンスを魅せたのだが、そんな彼女も実は10歳くらいからジェンダー(性自認 Gender identity)の問題に悩んでいたらしく、とうとうカミングアウトして、それからの活動は断続的であるように思える。

それにしてもこの動画での歌唱である。必ずしも最高ではない機材、というよりも要はカラオケで歌ってこのレベルである。声の響き。伸び。艶。ダイナミクス。声量。この時16歳くらいだろうか。詳細はよくわからないが、彼女は正式な歌のレッスンを受けたことがないという。まったく天性の恐ろしさ強烈さをまざまざと私たちに見せつけるのである。

高い声が出る。声量がある。音程がしっかりしている。そんな人はいくらでもいる。しかしそれに加えて、人を魅了する声であることはなかなかない。人を魅了するということはそれが声の場合極めて微妙なことで、咽喉および頭蓋骨の形状や、出し方、響かせ方など、その要因と組み合わせは実に無数にあり、練習をすれば良い声にはなっても、人を魅了する声、もっと聴きたくなる声にはそう簡単になるわけではない。エコーのダイヤルをマックスにしても、このようにハーモニクスの効いた歌声には決してならない。

(追記)

歌っている曲は何か。というと、これは1993年の「IKAW」というフィリピン映画の主題歌であるらしく、その名も「IKAW」イカウ(あなた)という曲である。

私は最初、曲調からこれは賛美歌だろうと考えていた。まだ観てはないが、映画がかなりのメロ調なので、「あなた」とは、物語における夫のことのようだ。

それにしてもフィリピン人の歌の上手さは特筆するべきものがある。なぜこんなに上手いのかずいぶん考えたが、わからず仕舞いである。ずいぶん前には日本にもマリーンという歌手がいて、彼女もたしかフィリピンの人であった。と書いたばかりでなんだが、マリーンは現在も活動中である。

つづく。
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道行のテーマ

2016-04-08 20:50:17 | youtube
この季節になると、
ほとんど必ず聴きたくなる曲が「道行のテーマ」で、

今日、トップページにYoutubeの動画が貼付けてあるが、
渥美清と萩原健一の姿があるように、
もちろん映画「八つ墓村」の劇中曲である。

作曲は、芥川也寸志。

私は個人的に、
桜にはこの曲が最高に合っていると思っている。

ただし、合う条件として、
満開、本当にその時だけの最高に満開の桜が何十本も、
ビルや車、電柱、看板、そんなものが目に入らない場所で満々と、
咲き誇っていなければ私は納得しない。

土から蟲が這い出てきそうな陽気の中で、
風はぬるく、光は夢で見た日のように分散し、
やがて花から新芽の緑に変わるだろう。
噴き上げる若葉が、
春の狂気に終わりを告げるように。


Youtube link 八つ墓村より 道行きのテーマ、芥川也寸志作曲
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「パリの4月」ビリーホリデイ

2016-04-04 20:34:24 | youtube
今日現在にインフォメーションに貼った動画は、
ビリーホリデイの「パリの4月」だが、

1956年というと、
ビリーホリデイが亡くなる3年前となり、
41歳くらいの彼女の歌声であろうか。

酒とドラッグによって音域も声量も衰え、なおかつ
絶頂期には聴かせた転がるキャンディーのような甘い声質も
暗く姿を変えてしまっていて、わずかに音程も甘く、
自分の思い通りにならない声に戸惑いながら歌うピリーの
心模様がよくわかる。

おそらくはレッスンもしないまま、
スタジオにかけつけて、一杯飲み、そして録音なのであろうが、
なぜこんなにも深く感じさせるのか。

花が咲き始めたパリの4月の賑わいの中で、
春の素晴らしさにあらためて気がつき、
「私の心が歌うような気持ちになることを知らなかった」
と予感を告白しながらも、
「私は誰のもとへ行けばいいの」
と彷徨うレディーデイ、ビリーホリディの心情は、
サビで繰り返されるneverとともに、
歌詞の本来の意味とは違い、より否定的に、その文字通りに、
「どこへ行けばいいの。私の心に何をしたの」
と声は晴れ渡る空に行く宛もなく、そして美しい。

Billie Holiday April in Paris.
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