エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

花万朶

2014年04月02日 | ポエム
何処もかしこも花万朶である。
しかして、散り初めているのだ。



誠に儚い。
その儚さに、潔さとある種の道とも言うべき在り方を見ていたのだ。

従って、かつての日本人は靭かった。
痛みにも靭かったのであろう。
切腹にも儀式を与え、意義深く位置づけた。

精神的にも、肉体的にもその痛みに靭かったのだ。

さて、花と言えば「桜」である。
俳句の世界では「花」が季語。
時は今、春爛漫である。

一朶の雲・・・一筋の雲。
花万朶・・・花咲き乱るる。

どちらも、美的感覚の発露である。
一朶の雲は、希望への道である。
花万朶は、桜の森の満開の下である。



坂口安吾も、梶井基次郎も桜の花の満開の下は恐ろしいと喝破した。
坂口は、山賊を想起し桜の満開の下に吹く風を恐ろしいと表現した。
梶井は、桜の満開が美しいのは、その下に死体が埋まっているからであると云った。

モチーフは同根である。
二人とも、ぼくの好きな作家である。



花万朶

「花はいま万朶のさかい散り急ぐ」
「花万朶散り急ぎたる夜の風」
「散るを知り咲くを急ぐか花万朶」
「例えれば潔ぎよくゆく花万朶」
「淡あわと一片散らす花万朶」



満開の

「満開の桜のありか目に見ゆる」
「満開の時の滴の溶け入れり」
「満開の花のいのちの儚さの」



花散し

「花散し一風あれば事足れり」
「花散し過ぎ行く女の残りの香」
「きみの香の移りし淡き花散し」



蕊降る

「蕊降るや命の汀深き川」
「赤々と舗道を染める蕊の降り」
「花芯から匂い立ちつつ蕊降れり」



いまこそ、花を謳歌する。
その楽しみは、誰にも渡さない。
まるで、至宝を夜こっそりと眺めつつ,一人ほくそ笑むかのごとき有様である。
一年に、たった一度の法悦のときである。



帰命頂礼!
南無さん・・・。
全て、今年の・・・今日の桜である。

多作多捨してみよう・・・。
そう思って詠んでみたけれど。




      荒 野人


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