笑顔の江川

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尊敬する勝海舟や田中正造のコメント

薬害肝炎は今

2010-08-31 22:50:47 | 日記
今年の3月に厚生労働省の薬害肝炎検証会議が終わり最終提言が出されました。会議では薬害肝炎被害者本人をはじめ薬害エイズ、サリドマイドの被害者も加わり厚生労働省の会議の中ではめずらしく被害者本人の参加が多く毎回時間を延ばしての議論が繰り返されてきました。それだけに3月で終わってしまったのは残念ですが、最終提言で出された薬害防止のための第三者機関や薬害資料館の設立などはまさにこれからの課題です。声を上げただけでなく具体的に設立して動かしていかなければ意味がありません。世間的には薬害肝炎は裁判の和解によって解決したと思われがちでしたが、薬害肝炎被害者は全ての肝炎患者の救済を求めて肝炎対策基本法の成立まだ導きました。今度は国民全体が薬害を繰り返している社会に身を置いている当事者として薬害のない社会を創っていくために動いていかなければならないと思います。
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氷川清話は面白い

2010-08-30 22:42:38 | 日記
勝海舟の書いた「氷川清話」は非常にざっくばらんで面白いです。
勝海舟が晩年、赤坂氷川の自宅で書いた書物ですが、勝海舟の若い頃は貧乏旗本で創造を絶する生活をしていて「氷川清話」の中にも出てきます。自分の貧乏体験など自伝に書きたくないと思うけれど、勝海舟はありのままを書いています。
それでも勝海舟は悲観的にならず、そうした人間で言えばマイナスの出来事もプラスに変えてしまう力と楽観的なところがあります。
景気が悪いと悲観的になっている現代に勝海舟のような人生を学んでみるのもよいかもしれません。
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今週の予定

2010-08-29 17:59:32 | 日記
(1)9月2日(木)B型肝炎訴訟の行動
    12:00~:厚生労働省前行動
    13:00~:首相官邸前行動
    16:00~:院内集会
   *詳しくはB型肝炎訴訟原告団・弁護団のホームページhttp://www.bkan-tokyo.info/をご覧ください

(2)9月3日(金)薬害エイズを考える山の手の会
    19:00~21:00:東京ボランティア市民活動センター会議室C(飯田橋)
   *生きづらい社会から生きやすい社会に変えていくためにはどうすればよいか参加者と一緒に考えてみようと思います
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高橋是清の波乱万丈の人生

2010-08-28 19:40:46 | 日記
最後は2・2・6事件で暗殺されたダルマ宰相高橋是清の波乱万丈の人生。若い頃から米国で奴隷を経験したり相場に失敗したり、数多くの転職も繰り返している。日銀総裁の後は大蔵大臣、総理大臣にもなるが、昭和金融恐慌という国家的危機を乗り切っている。その原動力となっているのは、労苦と挫折を何度もあじわい、またどんな危機があろうともどうじない楽観的な性格があったからだと思う。どんな人にも、それぞれに様々な人生を経験している。その経験と性格によって様々な人生が生まれてくるのであろうが、その全てがこの社会を形成している。現代社会は歴史的に見ても大きな変革の時期であると思う。その一人一人が動くことによって社会は良い方向にも悪い方向にも動いていくのではないだろうか。
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勝海舟と高橋是清の出会い

2010-08-27 21:27:29 | 日記
幕末から明治にかけて生きた江戸城無血開城を成し遂げた勝海舟と昭和金融恐慌を駆け抜けたダルマ宰相の高橋是清が出会っている。チョット時代が違うように思えるが、実はこの二人明治6年に勝海舟の氷川の家で会っている。このことは高橋是清自伝に書いてあって、高橋是清が20歳の時でアメリカ人の通訳として勝邸を訪れている。その頃の勝海舟は参議海軍卿で現在では大臣でもかなり高名な存在であったが、高橋是清自伝にはこのように書かれている。「やがて粗服の上に木綿の小倉袴を着けた一人のお爺さんが、素足のままに出てきて、「どうぞ、こちらへお靴のままで」と案内する。・・・「さあ、お掛けなさい」と案内人は、まず我々に勧めて、やがて自らも椅子に掛けた。実はこの人が、最初玄関に出て来た時からこれは勝家の用人だろうぐらいに考えておった。・・・ところがこの老人が勝さんだと分って、これまた驚いた。」
身分や格好にこだわらない勝海舟らしい様子である。このような出会いが、後の昭和金融恐慌を駆け抜けた高橋是清の人生に与えた影響は大きいと思う。さて現代の永田町では・・・
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