プロメテウスの政治経済コラム

プロメテウスは人間存在について深く洞察し、最高神ゼウスに逆らってまで人間に生きる知恵と技能を授けました。

沖縄密約証言  吉野氏国家のうそ証言  西山事件というもう一つの国家謀略

2009-12-02 21:03:07 | 政治経済

72年の沖縄返還をめぐり日米両政府が交わしたとされる密約の存否が争われている訴訟の第4回口頭弁論が1日、東京地裁(杉原則彦裁判長)であり、原告側証人として吉野文六・元外務省アメリカ局長(91)が出廷。日本政府が従来、頑なに否定してきた密約の存在を当時の交渉担当者の立場から法廷で初めて認めた(「共同」2009年12月1日 20時51分)。
密約に関する国家のウソは早くから明らかであったが、当事者が「(密約)文書(覚書)の左下のBYというイニシャルは私が書いたもので間違いありません」と証言したのだから、やはりそれなりの感慨がある。しかし政府が国民を欺いてひそかに税金をアメリカに貢いだということよりも、沖縄密約問題に関して私が、いつも苦々しく思い出すことがある。それは、西山事件というもう一つの国家謀略である。主役は、佐藤栄作首相、福田赳夫外相であった。私たちは、かれらの意を体した検察、週刊新潮などの情報操作によって、毎日新聞西山記者を見殺しにし、まんまんと国家犯罪の追及をやめてしまったのだった。

 沖縄返還協定の交渉では、米国が負担すべき土地の原状回復費400万ドル、米政府の海外向謀略用短波放送「ボイス・オブ・アメリカ」(VOA)施設移転費1600万ドルを日本が極秘に肩代わりする合意文書を、吉野氏と当時のスナイダー駐日米公使との間で交わしていたことが、米国が解禁した文書で明らかになっていた。吉野氏は尋問で、これらのうち400万ドルの支払いを約束した文書について、「この文書の左下のBYのイニシャルは私が書いたもので間違いありません」と認め、VOA移転費1600万ドルを約束した文書についても、「私とスナイダーが署名したものだ」と証言した。当時の国会で吉野氏はこれら「密約」の存在を一切明らかにしなかったが、「これらの費用は沖縄返還協定に明記された日本側負担額3億2000万ドルの中で工面されているので、説明しなくても差し支えないと考えていた」と述べ、国民に隠していたことも認めた(「しんぶん赤旗」2009年12月2日)。

 西山事件といっても、若い人たちにはピーンとこないかも知れない。しかし、70年代初めに何があったかを知る者にとって、「西山事件」、すなわち毎日新聞の西山太吉記者と外務省事務官の蓮見喜久子さんによって、機密文書が持ち出された事件のことは、忘れることができない
佐藤栄作政権の時代。沖縄は米軍に直接占領されており、その返還交渉の過程で、米国側が土地の復元補償費として支払うべき400万ドルを日本側が肩代わりするという密約が日米で取り交わされた。毎日新聞の西山太吉記者は、この件に関する機密電信を外務省事務官蓮見喜久子氏から得た。71年5月から6月における新聞紙上の報道では、機密電信自体を暴露することは避けた。機密電信を公表すれば、情報提供者を保護することができなくなると判断したからである。しかし、新聞報道だけでは状況は変化しなかった。この問題をなんとか国会で取り上げられないだろうかと考えた西山氏は、「十分慎重に取り扱って欲しい」と念押しして、若手の社会党議員に手渡してしまった。若手の社会党議員とは、横路孝弘現衆議院議長である。

 横路議員は衆院予算委員会で、密約の存在について佐藤首相をはじめ福田赳夫外相や外務省条約局長らを厳しく問いただした。さすがの政府首脳も慌てた。「横路は極秘電文を本当に持っているのか。そうならば、誰がそれを漏らしたのか」などと憶測を呼び、首相官邸や外務省は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。横路議員が質問をした翌日には、福田外相らが密かに社会党と接触、電文が本物であることを確認。3日後には、外務省の女性事務官(当時41歳)が西山記者に渡したことを突き止めた。この女性事務官と西山記者はまもなく、国家公務員法違反の疑いで逮捕されることになった。国家権力が反撃に出たのである。そして蓮見事務官は、権力の筋書き通り証言する。

 漏洩事件を捜査していた東京地検特捜部は2人を起訴、その起訴状において、西山記者は女性事務官と「ひそかに情を通じて」、これを利用して秘密文書を持ち出させたとした。この「ひそかに情を通じて」というひと言によって、事件は重要な政治や言論の問題から一挙に男女関係をめぐる通俗小説のようなレベルに落とし込まれていった。事件の本質をすり替えていくという政府のやり方は、鮮やかで、しかも狡猾だった。これを境にして国民の知る権利やそれと国益との対立、密約の存在を頑なに隠す政府の姿勢など重要な問題はカヤの外に置かれ、週刊誌をはじめとするメディアは西山記者と女性事務官の男女関係をいっせいに書き立て、プライバシーを暴いていった。国家権力は文書の持ち出し方法を訴訟対象とすることによってマスコミと国民の視線を「下半身」問題に向けさせることに成功したのだった

 起訴状が提出された日、毎日新聞は夕刊に「本社見解とおわび」を掲載、以後この問題の追及を一切やめた。その他大手メディアも「密約の有無」という問題から撤退していった。こうして、沖縄密約についての政府の責任追及は、完全に蚊帳の外に置かれた。密約という存在を暴こうとした日本のメディアも国民も、権力側の謀略に完敗したのだった。――私にとっても若き日の苦い思い出である。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。