プロメテウスの政治経済コラム

プロメテウスは人間存在について深く洞察し、最高神ゼウスに逆らってまで人間に生きる知恵と技能を授けました。

スピリチュアル・ブーム 江原氏の論理の特徴  不幸の「癒し」では問題の根本的解決にはならない

2007-11-06 18:57:14 | 政治経済
この夏、東京で開催された大規模なイベント「癒しフェア」(スピコン)には、3万人もの人が訪れたという。「レイキヒーリングを受けていきませんか。15分で2千円です」。「店員」がにこやかに話し掛ける。「レイキヒーリングって何ですか?」とたずねてみると「神の恩恵で体を癒すんです」。そんな「スピリチュアル系」のショップが300以上、出展した(「しんぶん赤旗」9月24日)。
そもそもスピリチュアルとはなにか。スピリチュアリティ(Spirituality,霊性)とは、霊魂などの超自然的存在との見えないつながりを信じるまたは感じることに基づく、思想や実践の総称である。スピリチュアルはヨーロッパでは宗教的な意味で使われるが、日本では、昔からあった「霊界、たたり、占い」といった意味にすりかえられ、1種の社会現象となった占い師や霊能者もスピリチュアル・カウンセラーと呼ばれれば、若者に受け入れられる違ったイメージになるのだ(「しんぶん赤旗」11月5日)。
スピリチュアリズムは哲学的には古くからある、まさにスピリチュアルな世界、つまり精神世界を本質として、この現世は二次的で、肉体に宿るスピリットはやがて、スピリチュアル・ワールドに戻るという典型的な観念論である。ブームの元締め、江原啓之氏は肉体から離れた「霊」の存在を主張し、みずからを霊能者と宣言し、霊と対話できたり、「霊視」できたりするので、相談者の過去・現在・未来も見つめながら「カウンセリング」しているのだと説いている(中田進「スピリチュアル・ブームを考える」『学習の友 別冊2』所収)。

小泉・安倍「構造改革」によって、いま働く若者の状態は、本当に深刻である。江原氏は働く者の多くが抱く悩みに一つひとつ丁寧に「対応」している。これらの悩みは、格差と貧困が広がる現代社会に根をもっており、普遍的であるがゆえに誰もが抱く「共通の悩み」であり、彼の「カウンセリング」は若者に「かみ合う」のである。そのかみ合う「丁寧さ」が魅力となり、ブームの原因となっている(中田進 同上)。
江原氏の「カウンセリング」は、哲学的観念論の立場であり、現実をリアルにとらえ、それと切り結んで現実を変革する唯物論の立場とは、根本的に違う彼の「対応」はまさに「スピリチュアな対応」にとどまり、「癒し」によっていささか気分が楽になり、その点で「ストレス」はある程度緩和されるかもしれないが、悩みや苦しみを生み出している現実の社会の仕組みそのものになんら手をつけるものではないので、問題の解決にはならない。若者に「癒し」を与えても、真に励ましたことにはならない。怒りや不満を仲間と話し合いともに社会変革に向かうエネルギーを個々人のこころのありように閉じ込めてしまう現状容認の役割を担っている―1種の体制擁護のイデオロギーといえるだろう。江原氏はいう。「すべての仕事は理想と現実の間に壁があるのです。・・・その壁を乗り越える苦しみは、自分自身のたましいを磨くための学びであり、必要なものです」。現実の苦しみを「たましい」を磨くための学びとする―まさに「たましい」、つまり「スピリチュアな対応」にいざなうところに江原氏の論理の本質があるのだ「(中田進 同上)。

不幸を霊のせいにするのは、便利である。スピリチュアル・カウンセラーの流行は多くの人びとの現実がそれだけ不幸であり、「癒し」を求める心がそれだけ多いのであろうしかし、不幸の本当の原因を見据えずに、前世や神の言葉に事寄せていっときの心の安らぎを求めるような生き方は本質的解決とは無縁である。しんどくても、仲間と連帯して問題を解決してこそ、真の喜びがあり、自分の生き方が社会進歩と重なる「生きがいのある人生」となるのだろう。
科学の及ばない領域に科学を持ち込もうとしたり、科学的事実かのようにもっともらしく断定するのが占い師や霊能者の常套手段である。世の中には「わからない」ことがたくさんある。それを霊とか占いで解決するのでなく、「なぜだろう」と考えてみることは、エネルギーの要ることであるが、人生にとって大切なことである。

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