日帝占領期間、日本軍の性的奴隷として連れて行かれた被害者の10代当時の姿を象徴する少女像は、「平和の少女像」と呼ばれいるが、激しい気性の韓国人にしては、なんともかったるい呼び方だと前々から思っていた。
この度、平和統一運動を進める「釜山我が民族助け合い運動」は30日「平和の少女像の呼称を日本軍拉致被害少女像、あるいは日本軍性的奴隷制被害少女像に変えよう」と提案した。「歴史的造形物には歴史的意味が含まれた名称を付けなければならない。日本軍に拉致され、性的奴隷として蹂躪され、殺されたり負傷するなどした中でかろうじて生き残った被害者の造形物を作ったのに、どうして平和の少女と呼ぶことができるのか。侵略者である日本の軍隊が正義と平和の戦争でも遂行したのか」と批判した。
釜山我が民族助け合い運動のリ・インス事務総長は「日本政府が日本軍性的奴隷自体を否定し続け、真正性ある謝罪もしていないのに、平和の少女像という呼称には告発精神がなく、怒りも、日本政府に謝罪を要求する意味も見えない」と話した。
日本人の私も全く同感である。