プロメテウスの政治経済コラム

プロメテウスは人間存在について深く洞察し、最高神ゼウスに逆らってまで人間に生きる知恵と技能を授けました。

仏サルコジ政権のロマ弾圧 ホロコーストもパレスチナも原爆投下も根はすべて同じレイシズム

2010-09-06 16:11:22 | 政治経済
フランスのサルコジ政権が治安対策の一環として推進している少数民族ロマの国外強制送還に抗議するデモや集会が4日、パリをはじめ国内外で行われた。主催者の発表によると、フランス全土で計10万人(内務省発表7万7000人)が参加した(「しんぶん赤旗」2010年9月6日)。
いわゆるホロコーストで犠牲になったのは、ユダヤ人だけではなく、ロマ人、知的障害者、ホモセクシュアルの人々もナチスによって生きるに値しない者として、絶滅の対象になった。19世紀ヨーロッパのキリスト教社会では、ユダヤ教徒はユダヤ教を信じているユダヤ人というのは、イスラーム教徒のアラブ人と同じ、もともとアジア出身の「セム人」(旧約聖書のノアの2人の息子の一人セムの子孫)なんだと考えられるようになった。ヨーロッパのユダヤ人を差別する論理として、ヨーロッパのクリスチャンからみて、自分たちの社会に住んでいるユダヤ人というのは、「セム人」つまりアジア人に対する「人種差別」、レイシズムであった。サルコジのロマ弾圧も根は同じレイシズムである。イスラエルのパレスチナ人に対するレイシズム、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下もアジア人に対するレイシズムなのだ。

サルコジ政権に対する一斉抗議デモには、パリで約5万人が参加し、「弾圧にストップ」「サルコジの非人道的政策にノン」などと書かれたプラカードを手に市内を行進した。人権擁護団体や労働組合、左翼政党ら60前後の組織が「外国人を排斥し、さらしものにする政策にノン、自由、平等、友愛を」の統一スローガンのもとに結集した。この日はボルドーやトゥールーズなど国内130カ所のほか、ブリュッセル、バルセロナ、ロンドンなどにある在外公館前でも抗議デモや集会が行われた。サルコジ政権は8月初めからロマや移動生活者の違法キャンプの強制撤去に乗り出し、これまでに外国籍のロマ約1000人を本国のルーマニアやブルガリアに送還している(「しんぶん赤旗」 同上)。

9月2日からワシントンで、イスラエルとパレスチナ自治政府との1年9ヶ月ぶりの直接和平交渉が再開されている中で、9月4日、イスラエル軍は、ガザ地区南部を空爆した。ガザの人々の命綱となっているエジプトに通じるラファ付近のトンネルを標的にしたのだ。
ガザは2008年12月27日から22日間、イスラエル軍の攻撃を受けた。150万人のパレスチナ人を出口のないゲットーに閉じ込めて、いわば「袋の鼠」状態にして、逃げ場のない人々の頭上に、22日間の長きにわたって、空から、陸から、海から、ミサイルや砲弾や、果ては白リン弾まで雨あられと浴びせ続けた。「パレスチナは行くたびに最悪を更新している」という(岡真理・京大大学院教授『パレスチナ――人権の臨界から世界が照射されるとき』第9条の会なごやブックレット2010)。

ホロコーストとい出来事は、ユダヤ人という、キリスト教徒にとっての他者たちが、ヨーロッパ人とは違う存在とされ、それを理由に、人間として人間らしく生きる権利を否定され、殺されたのだった。ヨーロッパのレイシズムの犠牲となったヨーロッパのユダヤ人がまさに同じことを今、パレスチナ人を難民状態に貶め、人間として人間らしく生きる権利を奪っている。
パレスチナ問題の核心は民族・宗教対立などではない。パレスチナ問題とは旧約聖書の時代に遡る話ではなく、近代の問題であり、そして、アジア人に対するヨーロッパ人のレイシズムに基づく、植民地主義的な侵略なのだ。1946年、入植が始まって半世紀たった段階でも、ヨーロッパユダヤ人が所有していた土地は、パレスチナ全体の6%に過ぎず、人口は全体の3分の1であった(岡真理 同上)。

岡さんは、ヒロシマ・ナガサキについて、ただ一言ヒロシマではなく、ナガサキまで一緒にいうことが大事だという。これは単に、ある国民の上に2発の原爆が落とされたということにとどまらない。米国は、広島だけで原子爆弾がどういうものか、すでに分かっているはずなのに、長崎にも落とした。これは明らかに比較対照実験である。タイプの違う爆弾を2個落として、その威力を比較している。日本人は実験材料、実験モルモットにされたのだ。これは、自分たちと対等の人間性を認めていないからこそできることである。つまり、ホロコーストやパレスチナと同じく、ヒロシマ・ナガサキにも、その根源にはアジア人に対するレイシズムが存在するのだ。

平壌訪問したとき、共和国の関係者からさんざん言われたことは、原爆投下の戦争犯罪人である米国に対して、なぜ日本人はペコペコするのか、まったく理解できないということだった。私たちは、ともすれば共和国の人々を特異な人々と思いがちであるが、きわめて筋が通っていると感心した次第である。


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