徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

時代の香り…其の一

2006-11-09 22:00:04 | ひとりごと
 自分は字を書くのが下手だ…。 
子供の頃…習字教室に通っていたんだけど…未だにとんでもない悪筆…。
 だから…年賀状も大の苦手で…毎年…頭が痛い…。 
この季節が来るたびに…半べそものだよ…。 

 この頃は…大方パソコンで作ってしまうけれど…手書きじゃなければ失礼にあたる相手も居て…恥と苦痛の種…。
すらすらっと格好良く書いてみたいもんだけど…それがなかなか…ねぇ。 


 この地域の公立の小中学校では夏休みや冬休みの宿題の中に習字…書写がある。
これは自分らの時代からずっと変わらない…。

 変わったのは道具…。
習字を習ってない子はだいたい学校でセットになっているもの購入するんだけど…これが頗る珍妙…。
確かに持ち運びには軽くて便利なものになっているが…なんだか玩具のようだ…。

 墨がなくて墨汁を使うのは…練習用だからまだ良しとして…硯がプラスチックなのは頂けない…。
表面をざらざらにして一応は墨が磨れるようにはしてあるが…こんな軽いものでは安定が悪い…。 

 文鎮もカラーコーティングされていて…文鎮という響きよりはまさにペーパーウェイト…。
筆の持ち方も鉛筆持ち…学校で教えないのかと訊いたら…やらないんだって…。
和の心なんてあったもんじゃないなぁ…。 


 自分の育った町では近所に文房具屋を兼ねた筆屋が在った。
文具を買いに行くと…おじさんが店の筆の陳列棚の奥でいつも筆をこさえていた。
陳列棚にはたくさんの筆が並べてあって…絵のように綺麗だった。 

 穂先のふくよかさ…竹の清々しさ…今なら…そう表現するかも知れない…。
そんな難しい言葉は知らなかったけれど…子供心に筆っていいなぁ…と思った。

 その店へ行っていたのは小学校1~2年…そんな頃だったっけ…。
おじさんの手が器用に竹の筒…筆の軸部分をからからと音を立ててそろえていた。

 古いことで…一瞬だったから…はっきりとは覚えてないのだけれど…何かの毛が穂先の高さを合わせて横一列にぺらっと横長の板のように伸ばされているのを見たような気がする。 

それを巻くかどうかして…糸で括っていたような…そんな記憶…。

 自分が習字で使っている安い筆の白ばかりじゃない…いろんな色の毛があって…それがいろいろな動物の毛で…書き味が全部違うのだということを…いつだったかおじさんから教わった気がする…。 

 たった一度仕事場に入れて貰ったことがあるんだ…。
あの時の自分が高学年だったら…もっと…はっきりといろんなことを覚えていられたのだろうに…とても残念だ…。 

 品のよい人で…仕事の道具と材料を前にして…いつも静かに座っている。
絶えず手が動いていた…。
年代から考えると…おじさんは大正の終わりから昭和初期に修行した職人さんだったと思う…。 

 相変わらず…人に見せられないひどい字だけど…こんな悪筆の自分が…あの頃…おじさんが一本一本心を込めて丁寧に作っていた筆を使っていたんだと思うと…何かもったいないような気もする…。
 材料は安いものでも…おじさんの手作りだったんだよね…。
有り難いね…。 
 
どんな単純なものでも…安いものでも…昔は人の手で作られていたんだ…。
今みたいに機械で作る量産品じゃなくてね…。
ほんと…贅沢な時代だったね…。 








駄菓子屋さんへ行こう!

2006-11-08 17:06:17 | ひとりごと
 今日は…寒いね…。 急に冷えると堪えるなぁ…。
ずっと半袖生活だったけれど…とうとう長袖を着ちゃった…。
代謝が悪くて惚けた身体も…さすがに寒さを感じ始めたよ…。 

昨日の朝土砂降りになって…その後…風が吹いたからフロントガラスが真っ白…。
真っ白と言うようりは…黄土色…まるで香煎をぶちまけたよう…。
近いうちに…洗車しなきゃ…ね。 

ああ…香煎…若い人は知らないかな…? 

 麦などの穀類を炒って粉にしたものなんだよ。
黄な粉は知ってるでしょう…? 
あれは大豆だけど…あれよりもっと香ばしいやつと思ってくれたらいいかもね。 

 ただの粉なのにって不思議に思うかもしれないけど…子供のおやつだったんだ…。
そのまま食べたり…水や湯で煉って食べたりしたんだよ。 

 オカンの作る蒸かし芋や蒸しパン…自分のおやつは大概そんなものだったけど…たまにはお小遣い貰って駄菓子屋さんに行くことがあった…。
その当時の古いタイプの駄菓子やさんは…小学校の1~2年生くらいまでで無くなっちゃったんだけど…ね。 

 昭和の中頃までの駄菓子屋さんは何本…何g…何枚…何個という売り方をしていた…。
駄菓子だけじゃなくて…その頃は味噌も醤油もみんな専門の店で量り売りしていたんだ…。
 野菜も肉も…卵だってそうだよ…。
買い物籠をぶら下げて市場や商店街の通りを歩きながら…幾つもの専門の店を回って…その日に要る分だけを買う…。

スーパーなんてない時代だったからね…。 

 キャンディボックスの親分みたいなアルミの蓋のついた広口のガラス瓶の中に種類ごとにお菓子が入れてある…。
把手で上へ引き上げるガラスの蓋のついた箱がいくつも並んでいて…そこにも別々のお菓子が入っている…。 

 苺のような形の紅い飴…一個ずつ糸でぶら下げてある…。
確か…くじ付きで糸を引いてあたりの飴だったらもう一個貰えたような気がする。
あの頃は手渡しの売り買いだから…くじ付のお菓子がたくさん在ったよ…。 

 麩菓子…油菓子…横綱あられ…カレー煎…。
鯛の形をした落雁…げんこつ飴…いろんな和模様の入った昔風の飴…。
 金平糖…松露…小さなスティック型のビスケット…クラッカー…野菜かすてら。
小さな綿菓子…薄荷や色の付いたニッキ水なんかもあったな…。 

 好きだったのは…串カステラ…。
今も売ってるけど…今のものほどカステラが大きくないよ。
爪の先ほどの大きさのものが幾つか付いているだけ…ぺらぺらの…。 

 笑っちゃうけど…一本一円とか二円とか…そんなものまであったんだ…。
大抵は五円から十円…で買えるものばかり…。
 それでも…お小遣いの少ない身だから…どれを買うかは慎重に考えた…。
真剣だよ…。 
 
チューブに入ったゼリーにしようか…水飴にしようか…。
あれを買ったらこれが買えない…こっちにしよう…なんてね…。

 当時はね…あんまりお小遣いを持っていない子供にとって…箱入りのキャラメルとか…綺麗に包装されたチョコレートなんて高嶺の花…。 

 せいぜい…サイコロキャラメルとか…チョコを塗った芋飴…。
申しわけにチョコらしきものが張り付いてる…。
そんな飴でも普通の芋飴よりは美味しい気がしたもんだ…。 

ごくたまに…親に買って貰った小さなチョコ一枚を三人で分けて食べたりした。
チョコってめちゃくちゃ美味しい…そう感じたんだ…その時は…ね。

 いつかひとりでチョコ一枚食べたい…なんて思ったけど…その後…それほど時を経ない間に世の中がだんだん豊かになって…いつでも何でも買えるようになったら…食べられないんだ…。 

 甘くて甘くて…とてもじゃないけど…一枚なんて無理!
キャラメル一箱…とんでもない! 

あはは…結局…未だに…一枚丸々食べたことがないや…。 
何度か挑戦してみたけど…途中でギブアップ…。 

平成に入ってから…一時期…駄菓子やブームみたいな現象が起こって…昔のお菓子が復活…陽の目を見たけど…昔よりずっと綺麗で美味しそうな作りになってたね。

 スーパーのイベントなんかで時々…駄菓子屋さんを見かけると…すぐに寄って行っちゃうんだけど…本当に買いたいものはなくなってしまった…。 

 あの頃のわくわくした気持ちは今でもあるけど…それは見た目の懐かしさだけで…食べたい…とは思わなくなってしまった…。
子供たちも物珍しさだけで買ったりするけど…結局残ってしまう…。

あの気持ちはきっと…あの頃の…幼かった自分だけのもの…。 


あれを買うと…これが食べられない…だから…。
だから…これにしよう…!     


提灯破り…。

2006-11-07 22:22:00 | ひとりごと
 ようよう肌寒くなってきた…けど…今年はまだまだ暖かいね。
子供たちが受験なので…何処へも行かずに秋も終わり…。 

 毎年…お祭りに出かけていたんだけど…ここのところ…それもご無沙汰。
子供が成長すると…なかなかそういうところへ出かける機会がなくなるなぁ…。
 
 前にも話したと思うけど…お祭りが大好き…。 
物心付いた時には…法被と鉢巻…草履を履いて御獅子の背に摑まっていた…。
 そんな頃の写真が残っている…。
撮ったことさえ…自分では覚えていないけれどね…。 

 自分の育った町の神社では、毎年お祭りの時には、子供たちが獅子頭を担いで町内を練り歩いた。
自分たちの町内だけではなく…その日は地域のほとんどの町内がお祭りだったような気がする…。

元気を出して…わっしょい!  

 年長のお兄さんやお姉さんが獅子頭を担ぎ…他の子供たちが獅子の背の大きな布に摑まって口々にそう唱えながら歩く…。

わっしょい…のところで布を上下に上げ下げするんだ…。
今で言うところのウェーブみたいな感じでね…。

昔のことだから…恥かしさなんてなくて…どちらかと言えば誇らしげ…。 

 御獅子を掲げて町内を回ってきた子供には世話役さんや子供会からお菓子やラムネなどが振舞われる…。
町内を回ると言っても…大きい子は平気だろうが…大声を出しながら…布を翻し翻し練り歩くのは小さな子には大仕事…。

 それでも子供は元気だからジュース一本で即…回復…。
御小遣い片手に飛び出していく…。 

 境内には様々な屋台が並ぶ…。 香具師の掛け声も威勢よく…。
たこ焼き…綿菓子…みかん飴…風船つりに…金魚つり…大根鉄砲…。

 大根鉄砲…知ってる…?
大根を弾にして空気で飛ばす竹鉄砲なんだ…。
ポンって…いい音するんだよ…。  

輪投げ…射的…枠削り…。 

 枠削りはね…本当の名前は知らないけれど…薄くて四角いお菓子に何かの形の切れ目が入っていて…それを巧く削り出すと景品が貰えるの…。
 薄いからなかなか巧くできなくて…大概…途中で折れちゃうんだ…。
そうじゃなきゃテキ屋さんも儲からないからね…。

 鳥居と本殿の中間辺りに輪潜りの輪が立てられてある。
茅か何かで作られた大きな輪…これを潜ると厄除けになるんだって…。
潜る時にふわんと香りがするんだ…。 

巫女さんの神楽舞の鈴の音なんかも…おぼろげながらに覚えている。

 それから…これは…あまりに古い話で記憶も定かじゃないし…子供たちの間の風習だから…オカンも覚えがないとは言っているんだけど…。

自分の記憶の中では確かに在ったことだと思うんだ…。 

 夜になると大きいお兄さんやお姉さんたちが提灯に蝋燭を灯して出掛けていく。
他の町内のお兄さんやお姉さんたちと提灯破りの合戦をするために…。
何処の町内と当たるかは分からないが…提灯をたくさん破った方が勝ち…。

 いつかは…自分も参加したいとずっと思っていた…。
その頃はまだ小さかったのでついていけなかったから…。
蝋燭灯した提灯を持って合戦に行くんだ…。

すごく楽しみにしてたのに…。 

自分がそういう齢になったら…禁止されてしまった…。

何で…? 

危険だからだめなんだって…怪我するから…そんなことを友達から聞いた。

 危ないことは絶対させない…という考え方が世の中に浸透し始めてきた頃で…川遊びは危険だからさせない…とか…木登りも危険だからだめ…とか…闇雲に何でもかんでも禁止する方向へ持っていく時代の始まりだった。 

 危険と言われることを体験しなくなった子供たちは…安全に遊べない子供になった。
遊び方を知らない…危険なことを回避できない子供に…。
何が危険かを…本当の意味で体得していないから…。

 最近になって…刃物の使い方を教えようとか…昔の遊びを体験させようとか…そんな試みが為されているが…遊んでいない子供にはただのイベントに過ぎない。

 実際にやってみた中から…失敗した中から…得るものがたくさんあるんだよ…。
刃物で切ったら血が出て痛い…だから使う時には気をつけよう…絶対人に向けないで…。 
 ちょっとした冒険は生きるための勉強だよ…。
勿論…大事に至らないように大人が眼を光らせているのは必要なことだけど…ね。

懐かしい出来事はすべて…自分を育む先生だったんだってことに感謝…!

ああ…でも…やりたかったなぁ…提灯破り…。 


 





続・現世太極伝(第九十九話 闇の翼)

2006-11-06 20:00:30 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 お伽さまの行方を捜しているエージェントの中に…何食わぬ顔の添田が居た。
そう…添田がそこに居たのでは見つかるはずもなかった。

 添田は何も言わない…。 嘘の指示は出さない…。 
車や周辺に残された記憶からお伽さまの行方を捜させる…。

 極めて普通の手段…。 何の妨害工作もしていない…。
たとえ…残された記憶の中に添田の姿があったとしても…そこに添田が居る限り誰も疑いを持たないから…。

 同じことが御使者にも言えた。エージェントと御使者は言わば縁戚関係にある。
お互い特別に仲良しというわけではないが…組織として最も信頼のおける存在であることは間違いない。

 御使者の中でただひとり…外から見る立場である西沢は…無表情な添田から目を離さなかった。
疑っているというよりは…心配の方が先に立った。
 切羽詰って添田が愚かな行為に走ってしまったとすれば…それは西沢の責任…添田の苦衷を察し得なかった自分に非があると考えていた。

 外から見ているもうひとり…祥からこの件を担当するように言われた金井も…添田の様子に何かしらいつもと違う不自然なものを感じていた。
付き合いの長い者にしか分からない微妙な相違…。
それがお伽さまの行方に関係があるなどとは思ってもみなかったけれど…。




 連携組織はまだ実験段階…本部中堅の要としては島田克彦を置き…智明と金井をアクティブに動き回らせる。
祥はできるだけ選ばれた人物の性格と仕事を有効に活用したいと考えていた。

 勿論…組織への就職という形をとった若手はともかく…すでに生業を持つ中堅たちにとってお務めは負担以外の何ものでもないし…彼等がそのことで悩んでいることも分かっている。
 今回…祥は試験的にある制度を取り入れてみようと思っていた。
勿論…既成の形では無理があるかもしれないので…その点を改良しながら…。

 それは…ジョブシェアリング…。
執行部は金井や智明の他にも何人かの有能な中堅どころを選び出している。
彼等にチームを組ませてお務めにあたらせようというのだ。

 これはひとりあたりの時間的負担の問題を解決してくれるし、それぞれの特性が生かされれば…総合的には組織にとって大きなメリットになる…。
 但し…チームを組んだ者同士はお互いによく話し合い…意思の疎通と方向性の同一化を図らねばならない…。
行動や方針がばらばらな方向を向いていたのでは若手に混乱を招くことになる。
 何しろ彼等は管理職…下手をすれば組織崩壊に繋がりかねない…。
この新しい組織が成功するや否やは彼等のチームワーク如何にかかっていた。

 そして…それは何も本部内部の運営に関することにとどまらない…。
支部の運営は各地域に任されているが本部での成果がその方向性を左右する…。
 何にしてもまだ寄せ集めの状態だから…多少地域色が出るのは仕方がないとしても組織運営の骨子だけは一貫したものにしておかなければならない。
せっかく始動しても地域ごとの別組織になってしまっては意味がないから…。



 横たわった磯見の齢に似合わぬやつれた顔を見ながら…何とかしてやらねば…とお伽さまは考えていた。
このままでは…直接殺されないまでも磯見の体力が持たない…。
おそらく…奴等は磯見の身体のことなど少しも考えていないに違いない…。
一刻も早く…呪縛を解いてやらねばならない…。

 添田は屋敷を封印して出掛けた。
お伽さまが出られないようにするために…。

 けれど決して…死ぬまで閉じ込めておこうとか危害を加えようとかいうわけではなくて…磯見の命を護りたい一心だった。
お伽さまが口を閉ざすと約束してくれるまで…それまでの間だけ…。

 「ごめんなさい…。 こんなところに閉じ込めてしまって…。 」

申しわけなさそうに磯見が謝った。

 「なあに…その気になればいつでも出られます…。
あなたの身体のことが心配なので…残っているだけですよ…。 」

 磯見はきょとんとした眼でお伽さまを見つめた。
お伽さまはにっこり笑った。

 「僕は…祭祀の能力以外にこれと言って取り柄のない人間ですけれど…御大親のお力をお借りすればある程度のことは出来ます。
あなたの場合…相手の能力がよく分からないので僕には手が出せませんが…宗主夫妻や紫苑なら或いは突き止められるのではないかと思うのです…。

 悪いことは言いません。
出来る限り早いうちに…あの方たちの指示を仰ぎなさい…。
きっと手を貸して下さいますよ…。 」

 紫苑…磯見の脳裏に西沢の屈託ない笑顔が浮かんだ…。
海に落ちた自分を助けてくれた恩人だ…。
信頼できないわけではないが…自分が動けば…すぐにでも奴等に伝わる…。

 「心配は要りません…。 あなたはここで待っていればいい…。
そう…多分…誰が話さなくても…紫苑は間もなくここへやって来るでしょう。
紫苑が現れたら…隠れたりしないで…何もかも話してしまいなさい…。 」

そう言ってお伽さまはまた優しく微笑んだ。

 「僕のことはいいんです…。 
ただ…僕を庇ったために兄が白い眼で見られるようなことがあったら死んでも死に切れない…。 
何の罪もない兄が責められるなんて…そんなこと…申しわけなくて…。」

涙ぐんでいる顔を見られたくないのか…磯見は顔を逸らした。

 「添田くんを…白い眼で見るなんてこと…あの紫苑に限っては有り得ませんよ。
他の者たちもまた同じです…。
そう…多少…抜けたところは有りますが…彼等は志の高い者たち…必ず力になってくれます…。 」

 何か面白げなことを思い出したのか…微笑がクスクス笑いに変わった。
そういうお伽さまの笑顔を見ていると…何となく安心できるような気がして…少しだけ磯見の口許が緩んだ。



 西沢が部屋に戻るや否や玄関のチャイムがけたたましく鳴り…金井が血相変えて飛び込んで来た…。
どうやら何か重要なことを掴んだらしいが…この先…どう行動すべきか迷っているようだった…。

 「まさかとは…思ったんだ…。 こんな馬鹿なことあるはずがないって…。
添田の様子がおかしいのには気付いていたけど…。

 あの場所にお伽さまの痕跡があるのは当たり前だけど…添田自身にお伽さまの痕跡が残っているはずがない。
残っているとすれば…添田がどこかでお伽さまに触れた証拠だろ…。

添田自身を調べた者は他には居ないから…このことは僕しか知らない…。 」

金井はひどく興奮していた。

 やはり…と西沢は呟いた…。 
添田が何か問題を抱えていることはある程度予測していた…。 
かなりどうしようもないところまで追い詰められているに違いない…。

 「添田は…以前に僕に何かを伝えようとしたことがあるんだ…。
はっきりとは口にできないようで…別ごとみたいな話をしていたから…頓馬な僕には分からなかったけど…あれは暗示だったんだろう…。

 あの時…気付いてあげていれば…こんなことにはならなかったのに…。
添田はちゃんと危急を知らせようとしていたんだから…これは僕の責任だよ…。

 けど…きみもよくお伽さまの痕跡を見つけられたね…?
添田はきっと…誰にも知られないようにお伽さまの気配を消しておいたに違いないのに…。」

西沢は感心したように金井に言った。

 「読みは得意ではないけど…添田とは長い付き合いだからな…。
添田の中に…物質的な痕跡ではなくて別の魂の触れた気配を感じ取ったんだ…。
多分…お伽さまのメッセージだな…。 」

 ああ…それで…と西沢は納得した。
お伽さまは…祭祀の力によって御霊とも話ができる方だから…金井とは能力的に通じ合うものがあるに違いない。

 「添田は…何か自分だけでは解決できないトラブルを抱えているんだ…。
何処まで力になれるか分からないが…このままにはしておけない…。
当たってみようぜ…。 」

 そう言うと西沢は何処かへ連絡を取り始めた。
添田のことにはまったく触れず…場所を指定した。

 「治療師が必要になるかもしれない…恭介を呼んでおいた…。
それと…ノエル…ノエルはお伽さまのお気に入りなんだ…。
何故だか分からないんだけど…連れて来いと言われているような気がする…。 」

不思議そうに首を傾げながら西沢が言った。

 「うん…その人選で間違いないと…僕も思う…。
今まで触れたことのない感覚だけれど…何か…伝えようとする力が働いている…。

 取り敢えず…今は…本部には連絡しないでおくよ…。
捜査中ということで…ね…。
ことがはっきりしてからでも…遅くない。 」



 庭田のお告げ所は本家の奥にある。
代々の天爵さまの御霊を祀った霊廟の前で智明は今…ばばさまの魂に導かれ…お告げを受けようとしていた。

魔物が…動き出すぞ…。

智明は眉を顰めた。
ばばさま…それは…HISTORIANのことですか…?
奴等がまた…何かを企んでいるのですか…?

すべては…人の中に潜む…。
あらゆる人の中に…。

智明の中に何か閃くものがあった。
誰しも魔物に為り得ると…?

新天爵よ…すぐに宗主どのにお伝えせよ…。
あれは…余程の者でなければ…抑えられぬ…。
でき得れば…覚醒する前に封印されるが宜しかろう…と…。

分かりました…。
お知らせして参ります…。

智明は立ち上がると霊廟から飛ぶように走り去った。

急げ…魔物が闇の翼を広げ…この世を覆わぬうちに…。
怒りの炎がすべてを焼き尽くさぬうちに…。







次回へ

親父の竹馬

2006-11-05 17:30:00 | 親父
 竹の温もり…木の温もり…昭和30年代以前に生まれた人たちならきっと覚えていると思う…。
家も家具も…玩具だってほとんどが木や紙でできていたし…学校の教材だって自然のものが多かった。

覚えているかな…?  

 竹ひご…竹の細く切り出した棒のことだよ…。
曲げて模型飛行機の翼の枠にしたり…凧の骨にしたり…。

 どうやってそんなもの曲げるかって…蝋燭の炎を使ってね…。
焦がさないようにあぶるのさ…。
 焦がすと折れるよ…。
少しずつ…少しずつ…慎重にね…。 

 だいぶん前に小学校の参観で凧作りに行ったんだけど…今は骨の入った和凧なんか作らないんだね…。
全部プラスチック製のカイトなんだ…。
飛ばない方が不思議ってくらい至れり尽くせりの代物…。 

 自慢するわけじゃないけど…その時…一番高く揚げて子供に喜ばれたんでちょっと嬉しかった。
若いお父さんやお母さんたちと違って…自分らは操作にコツの要る和凧で育っているから…教材用のカイト飛ばすくらいそんなに難しいことじゃない…。

 今は凧揚げなんかして遊ばないんだよね…。
広い場所がないから…。 


 竹と言えばね…。
小学生の頃…オトンが竹を使って竹馬をこさえてくれたことがある…。 

 本物の竹竿短いの二本…。
膝よりちょっと低いくらいのところを小さな板切れ二枚で挟んで…板切れの先と挟んだ付け根を針金でしっかり絡げて…。
三人の子供にひとつだけだったけど…交代で遊んだ…。 

 自分ら子供は裸足になって草履履く時みたいに指で竹を挟むようにして…それに乗った。
歩くのにも乗るのにもコツがあるんだよ…。

 ゆっくり乗ったら倒れるから…ひょいっと乗るんだ…。
ちょっと最初は怖いかもしれないけれど…前のめりで歩く…。
 オイチニ…オイチニ…。
爪先の方に力を入れる…仰け反ったらこけるよ…。 
慣れたら運動靴履いてても大丈夫…。
 
オイチニ…オイチニ…。

そんな掛け声…今は使わないか…ははは…。 

 それからしばらく…オトンの手作りの竹馬は自分ちと幼馴染たちの遊び道具のひとつになった。
竹馬の最後がどうなったかは覚えてないけれど…きっと遊びすぎて壊れてしまったんだろう…。 

 この間…ショッピングセンターの玩具売り場に竹馬らしきものが売っていた…。
高さの調節できるプラスチック製…。

 触っても…全然しっくり来ない…。
命在るものの温かみが伝わってこないから…。
これじゃ…すぐに飽きて壊れる前にお払い箱かも知れないなぁ…。 

 でもね…。
そんなものでも…ずっと使えば…きっと馴染んでくるんだろう…。
物に命を与えるのも使う人の気持ち次第なんだ…。
買って貰った人…大切にしてね…。 

竹の命とオトンの手作り…高い玩具は買って貰えなかったけど…それで十分楽しかった…。

その幸せは…何にもない家に育った子供の特権かもね…。 





白蛇さま

2006-11-04 21:18:00 | 生き物
 昔の人は自然現象を大切にしていた。
太陽…風…雷…雨…そういった自然現象はみんな神格化されていたんだ。
天候だけじゃない…。  

 動物も同じ…。
お稲荷さん…という白狐の神さまが居るけど…イナゴでさえ神さまだった。

知ってる…? 蝗神さん…。  

 この神さまが通ると蝗の害に遭って稲が育たない…そんな話が確か…中国にあったような記憶がある。

 自分の幼い頃は…年寄も若い人もそして子供も…よく手を合わせた。
頂きます…ご馳走さまだけじゃないよ…。

 道端の小さな塚やお地蔵さんにも…見落としそうな小さなお社にも…。
通りすがりにちょっと手を合わせて拝む…。  

 何か良いことがあったお礼じゃない…。
お願い事でもない…。
 あっ…勿論…そういう場合もないわけじゃないけど…特別に何があるというわけでもなく拝んでいた…。  

 思うに…今そこに生きていること…自分たちが見えない力に護られていること…そういったことに無為に日々感謝していたのではないかな…。
ごく当たり前に…自然に…。

 ほら…受験の神さまにお願いしますって…畏まって手を合わせるでしょ…。
或いは…病気が治りますように…とか…想いが届きますようにとか…。
そんなふうに構えてではなくて…ね。  

 自分のお祖母ちゃんたちの世代までは…そうだったね…。
今はお年寄たちも…それほど…形無きものに手を合わせなくなってしまったな…。
お寺や神社…お仏壇…そういった形のはっきりしているものは別としてね…。

 昔住んでいた町の公設市場のある商店街には…通りの中辺りに大人の腕で抱えきれそうなほど…本当に見落としそうな社みたいなものがあって…その前には小さな引き戸つきの蝋燭立てが設えてあった。  

 お祖母ちゃんについて公設へ行く時は…大抵…そこで拝んでいた。
おそらく…小学校へ上がったかそれ以前くらいのことだったと思う…。

 自分はそのお社の中に何が入っているのか…いつも知りたかった…。
通るたびに覗いてみたいと思っていた…。
けれど…お社はほとんど扉が閉ざされてあって…中を見ることはできなかった。

何なんだろうな…?
お祖母ちゃんが拝んでいるもの…。
観音さまか…仏さまか…神さまのお札か…。 

 そんな幼い頃のことだから…神も仏もごっちゃごちゃ…。
とにかく大人が拝んでいるものの正体が見てみたいという好奇心だけだった…。

 そんなある日…やはり公設へ行く途中のこと…。
自分ではひとりきりの買い物だったような気もするのだが…そんな小さい時に遠い公設までひとりで行くことはなかったので…誰かと一緒だったのかも知れない…。

なんと…お社の扉が開いていた…。 

 誰かが閉め忘れたのか…それとも珍しく御開帳の日だったのか…。
何れにせよ…この扉が開いているのを見たのはこれが初めてだった…。

 恐る恐る覗き込むと…中には小さな白い蛇の置物があった…。
女の人の握りこぶしほどの小さな蛇は…赤い目…赤い口でトグロを巻いていた。
金で縁取りをしてあったような記憶もあるが…すべては夢の中のようにしか思い出せない…。 

白い蛇…。
そんなものが本当に居るんだろうか…?

 怖いとか…薄気味悪いとか…そんな気持ちじゃなくて…不思議な感覚だった…。
どこかに居るなら…見てみたい…。
そう思った…。 

 その記憶は消えなかった…。
お社の形やその周りの風景なんかはまったく記憶に残っていないのに…。

 その年だったか…次の年だったか…たくさん雨が降った日…小学校の鯉の池の前で蛇が死んでいた。
一本の紐のようにうねうねと伸びて…動かなかった。 

真っ白い蛇…。

白い蛇…本当に居たんだ…。

驚きと不思議…。  

それは…二度起きた…。
卒業の年…また蛇は死んでいた…。

白い蛇…。

 後から思えば…それは別段不思議なことでもない自然現象だったのだが…あのお社の記憶と重なって…今に至っている。

白い蛇を祀った神社が日本のあちらこちらに存在すると知ったのは…それから随分後のことだった…。

おぼろげな…記憶中の…はっきりとした白いとぐろ…。
今も鮮明に残っている…。  






雷魚でギョッ!

2006-11-03 17:24:24 | 生き物
 この町の川には両側に歩道が作られてあって、地域の人たちが気軽に散歩やジョギングを楽しめるようになっている。 
側面をコンクリートで固められては居るが川の中はまあまあ自然に近い状態だ。

 ごく稀に…重機が降りて川底を浚ったりすることもあるが…人間のすることなど何処吹く風…川はすぐにもとの姿に戻ってしまう。  

 流されてきた土や泥の溜まったところに州ができて…川の中の水草だけでなく葦や蒲の穂…ススキなどが生い茂り…他にも陸から落ちた種で雑多な植物が生育している…。
 向日葵…コスモス…ポピー…大きいものでは槿の木なども…自然生え。
台風などの大水で川底に沈んでしまっても…水が引くと復活してくる。

自然の生命力は凄い…。 

 ここは鳥たちの楽園でもある。 
カルガモやコガモの休息の場となり…川鵜…コサギやダイサギ…アオサギ…ゴイサギの餌場…時折…カワセミの漁場ともなる…。

 町中なのに蛇や蛙…亀が生息できるのもこの川の力だと思う…。
やっぱり水は生命の源なんだね…。  

勿論…魚もいろいろ…。  

 周りの人にはおかしな人に見られるかも知れないが…自分はこの散歩道を真っ直ぐ歩けない。
大人の肩ほどもある高さの金属の柵から川を覗き込んでは歩く…。
だって…面白いものがいっぱいあるから…。  

 すぐに目に付くのは尺ものの鯉…これはうじゃうじゃ居る。
生活用水の滲みこんだ川でよくここまで生きられると思うほどでかい…。
時々…大きな水音をたててはねる…。

 ぼらの稚魚も上ってくるし…でかい鯰も居る。
普段は浅い川だから…川に降りて観察すればもっといろいろな魚が居るのだろうが…この柵を越えたら怒られそうだ…。  


 それは去年の夏のこと…。
暑い中を川底を眺めながら歩いていると…葦原の影から斑の魚が現れた。
茶色の身体に黒の紋…ニシキヘビのような斑具合…。

雷魚だ…。  

エサを捕りに出てきたのかしばらくその辺りを泳ぎ回っていた。

へぇぇ…雷魚も居たんだ…。  

 鯰が何匹か居るのは知っていた。 けれど雷魚に気付いたのはそれが初めて…。
その日から気をつけて見ていると…二箇所から三箇所で異なった色目の雷魚を発見した。

雷魚と言えば…。  

 子供の頃…家から20分ほど歩いたところに大きな公園があって…時々家族で遊びに出かけた。
オトンの子供の頃にはすでにあったという古い公園で…今でも桜の季節や菖蒲の季節には人で賑わうところだ…。

 そこには大きなボート池の他に大小幾つかの池や蓮沼がある。
それを覗くのも楽しみだった。  

 その日は天気がよく…絶好の公園散策日和…。
いつものように池巡りをしていると…蓮沼の中のぽっかりと突き出た石の上に何か居る。

 渇いてへろっとしたそれは蛇のような顔をしているのに身体が短い。
それに魚みたいな形をしている。

雷魚だ…とオトンが言った。 
獰猛な魚だ…。

雷魚…? 
何で石の上に居るの? 
あんなとこに居ったら…死んどるだろ…? 

自分も弟たちもまだ幼かったから…雷魚なんてものを見たは初めてだった。
えらく不気味なやつだと思った。  

 誰かが釣り落としたんかもしれん…。
あれは結構しぶとい魚だからな…。

 オトンは古砂利を拾うと雷魚目掛けて投げた。
小石が池に落ちる音…雷魚はびくともしない…。 

やっぱり死んどるんか…?

そう思った途端…オトンの投げた小石が雷魚を直撃…雷魚堪らず大ジャンプ! 

あぁっ飛んだ!  

おわ~すげぇ!  

 それはもう…見事な助走抜きのハイ・ジャンプ…大人の身長より高く…高く…。
水面に達するまでの滞空時間の長いこと…。
大きな水飛沫を立てて雷魚は池へ飛び込むと凄い勢いで水底に消えた。

やっぱり…生きとったな…。
オトンはそう言って笑った。  

 雷魚は特殊な呼吸機能を持っているので2~3日なら水の外でも生きられる。
人間が外国から持ち込んだ生命力の強い魚で悪食で獰猛だ。
国内の弱い魚は下手をするとこいつに絶滅させられてしまう…。
 白身で食べ易いらしいが寄生虫がいっぱい居て…生では絶対食べられない魚。
中華料理なんかに使われるという…。

昼寝してただけかぁ~…とその時自分は思った。 

気持ちよく寝てたのにオトンに起こされたわけだ…。
お気の毒さま…。  

けど…あいつ…どうやって石の上にあがったんだろうな…? 

そう考えてから数十年…こうしてまた雷魚を見ている…わけだが…。

その謎は未だに解けない…。   






続・現世太極伝(第九十八話 断ち切れない鎖)

2006-11-02 17:00:45 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 冬の声を聞いているのに…全身に感じる心地よい暖かさ…。
御大親の腕に抱かれているのだと…何となく思った。
 誰かに声をかけられたような気がして…お伽さまは目を覚ました。
レースのカーテンを透して穏やかに射し込む陽だまりの中に居た…。

 同じ姿勢のまま窓際のソファで眠っていたらしく…首の付け根と腰が痛んだ。
見回すと…何処かの民家の一室のようで…わりと上等な調度品に囲まれていた。

 お伽さまの位置から隣の寝室らしい部屋が見通せて…ベッドの上に西沢より少し年下くらいの青年が居た。
眠っているのか青年は身動きひとつしない…。

 そっと…近付いてみると…青年は目を開けていた。
天井に向けられた眼は…何も見ていないようだ。
生きてはいるが意識がない…。

 「時々…そんな状態に陥るのです…。 
奴等の中に磯見の力を操れるものが居て…磯見の意思とはまったく関係なく…力だけを利用します…。 」

 ベッドの向こう側にもうひとり男が居た。
彼は西沢より少し年上か…。

 「あなたは…確か…北殿のエージェントですね…? 」

お伽さまの問いに…男は頷いた。

 「添田といいます…。 無断でこんなところへお連れして申しわけないと思っています…。
あのままには…しておけなかったものですから…。 」

あのまま…? お伽さまは…ここへ運ばれる直前の状況を思い出してみた…。

 月例会に向かう途中…いきなりフロントガラスが割れた…。
前方の視界を奪われたために運転は無理…。
すぐ近くのスーパーの駐車場までは何とか移動させた。

 会場までは歩いて行けない距離ではないが…あまり時間がない…。
通りに出てタクシーを拾おうと考えた。
何れにせよ…このままにしておいては迷惑だから…本家に車の処理を頼もうと携帯を取り出した時…雷に打たれたような強い衝撃を受けて気を失った。

 「磯見が直接手を下したのであれば…お伽さまもすぐに狙われていることに気付かれたのでしょうが…生憎…磯見は道具に過ぎません…。
動かしている者は別のところにいるのです…。

 磯見がこういう状態に陥るたびに…飛び回って被害の後始末をしてきました。
さすがに…西沢先生の周りの人の時には近付けませんでしたが…。
磯見が…加害者にされてしまわないように必死で庇ってきました…。

 ですが…もう限界です…疲れました…。
預かったという責任だけで…それほど近しい関係でもない磯見を護るために…神経を磨り減らして生きることにも…。 」

 添田は悲しげにお伽さまを見つめた。
責任だけではない…添田は磯見と何か特別な繋がりがあるのではないか…とお伽さまは感じた。

 「ずっと考えていました…。 
三宅が遺跡に細工をするずっと前に…試験的に呪文をかけた公園で…私はその実験対象にされました。
 でも…何故…私だったのだろう…?
そのあたりに人はいくらでも居るのに…と…。

 遺跡に細工がなされた後なら…偶然でも片付けられますが…その時はあくまで…実験段階だったのです…。
たまたま…私は発症しませんでした…。

 けれども…もし発症していたら…どうなっていたでしょう…?
私が暴れだせば…私を止めることのできる者が動くまでの短い時間の内にでさえ…とんでもない数の人々が被害を受けたはずです。

 磯見が発症した時…奴等自身が襲われたことで…計画を中止せざるを得なくなった…というようなことを三宅が言っていたそうですが…奴等の計画とは…本当は何だったのでしょう…? 」

 HISTORIANの計画の根本は…国の中枢部に入り込んで国を動かし…自分たちの理想国家を作り上げること…。
しかし…その理想国家とは…とんでもない妄想国家…人類を破滅に導く道…。
それを未然に防ぐために天爵さまの魂と王弟の記憶が存在する…。

お伽さまが天爵ばばさまの魂から伝えられた過去からのメッセージだった。

 「磯見がもし…奴等を襲っていなかったら…起こり得たこと…。
奴等は普通の人だけでなく大勢の能力者を発症させることで…世間を恐怖と混乱に陥れようと考えていたのではないかと思います…。

 能力者には見えない磯見が対象になったのは偶然でしょう…。
私が発症しなかったので…対象は誰でもよくなったのかもしれません。
要は国中がパニック状態になればよかったのです。

 その上で…同じ能力者である奴等が発症者を抑え込み…世間と政府の信頼を得られれば簡単に中枢へ入り込める。
何しろ…官僚の中にはすでにそのための布石が置いてある…。
始めは…そういう計画だったのでしょう。 しかし…失敗に終わった…。 」

 磯見によって計画は失敗したが…しかし奴等は…磯見が極めて特殊な存在であることに気付き眼をつけた。
眠れる磯見の能力を操って…無関係な者を動かし…若い能力者を扇動したり…赤ん坊を誘拐させようとしたり…誘拐の目晦ましに悪どもを暴れさせたり…滝川や祥を襲わせたり…やりたい放題…。

 「何度…西沢先生に事実を打ち明けようと思ったか分かりません…。
ですが…口にすれば…磯見の命に関わります…。
 磯見の行動の記録を渡し…実験台である私にも発症の虞があると話すことで…気付いて貰おうとしたこともありますが…無駄でした。

 どうやら奴等は磯見のことを知られないようにするために…私にも何か細工をしたらしく…西沢先生に警戒心を抱かせてしまったのです。
 あの人懐こい先生が…私に対しては無意識に距離を置く…。
本能的に何か危険な気配を感じているのでしょう…。 」

 磯見が小さく声を上げた…。
あん…ちゃん…。 

添田の身体が震えた…。 
慌てて…磯見の傍に駆け寄った。

 「苦しいか…? 可哀想に…道具のように使われて…。 」

 兄弟…? ふと…そんな気がした。 よく見れば…何となく面影かある。
それで添田は必死になっているのか…。

 「磯見は…高倉族長の実子です…。 私にとって本当は異父弟にあたります…。
私の実母は磯見家の出身で…私が生まれるとすぐに実家に戻りました…。

 もともと…高倉氏と想い合った仲でしたが家格の差から認められず…追われるようにこの土地に来て父と出会いました。
結婚しても…高倉氏のことが忘れられなかったようです…。
結局…実家に戻ってから内縁の道を選び…磯見を産みました…。

 別れてから半年経たない内に父の許へ嫁いできた継母は…名前は異なりますが…偶然にも高倉族長の親族の女性でした。
この街で就職した磯見を預かったのは…事情を知っている継母の口利きだったのです…。 」

 だんだんと…磯見の意識が戻り始めた…。
頻繁に使われているらしく…酷く疲れている様子で顔色も冴えなかった。

 「あんちゃん…ごめん…。 とうとう…ばれちゃったんだね…。 」

磯見はお伽さまを見て…申しわけなさそうに言った。

 「お願いです…兄を悪く思わないでください…。
みんな…僕のせい…。 奴等から逃げられない僕のせいなんです…。 」

 起き上がろうとしたが…磯見は思うように動けなかった。
添田の話では…このところ仕事の時以外はまるで泥のように眠るだけの生活。
それでも起きられないこともあるとか…。

 「添田くん…このままでは…いけない…。
磯見くんの身体が持ちません…。 あの者たちの呪縛を解かねばなりません…。
どうしてあなた自身が磯見くんの身体に結界を張らなかったのですか…? 」

何時になくきつい口調のお伽さまの言葉に…添田は無念そうに項垂れた。

 「効かないのです…。 理由は分かりません…。
奴等の防御力のせいなのかどうか…私の力がまったく通用しなかった…。 
信じられなくて何度も試したのですが…奴等の意識を追い出せませんでした…。」

 まさか…とお伽さまは眉を顰めた。
外勤のエージェントには御使者の場合と同じように一族の中でも特に優れた能力を持つ者を選ぶ。

 添田は役付きのエージェントだ…。
添田自身が発症を怖れたほど大きな力を持っているのだ…。
その添田でさえ抑え込めない相手…撥ね除けられない力…とは…?

 「御霊に関してのことなら…僕にも心得がありますが…未知の特殊能力となると…宗主の或いは北殿の力が必要です…。
北殿や宗主に相談なさい…。 きっと良い方へ導いてくださいますよ…。 」

 追い詰められて行き場を失っている添田に…お伽さまはそう勧めた。
添田は大きく溜息をついて…いいえ…と首を振った。

 「私の立場などはどうでも良いことですが…高倉族長に恥をかかせることになります…。
高倉族長が…極秘で磯見に会いに来た折りに磯見を通じて情報が漏れてしまった。
そのせいで…西沢家の御大が襲われてしまったのです…。

 勿論…奴等が勝手に情報を読み取ったのであって…族長は何も話してはいませんが…磯見に会えてよほど嬉しかったのか…油断されたようで…。 」

雁字搦め…真面目な男だけに…余計に抜け道を探せないでいる…そういう添田が酷く哀れに思えた。

 「では…紫苑を呼びなさい…。 それから…そう…金井と滝川…。
彼等なら…磯見くんを救えるかも知れない…。
そうだ…もしかしたらノエルが突飛な手段を思いついてくれるかも…。 」

 救えるかも知れない…が…HISTORIANは彼等の動きを監視している…。
西沢に連絡を取るだけでも磯見の命が危険にさらされる虞がある…。
 けれど…このままずっと…周りを誤魔化し続けることなどできやしない…。
それは…裏切り行為に等しい…。

 添田は頭を抱えた…。
実弟への愛情とエージェントの責務…どちらも断ち切ることのできない鋼の鎖…。

開けない道…。






次回へ

虹色の贈り物

2006-11-01 22:18:28 | 生き物
 秋めいて…少しだけ涼しくなってきた…。
それでもまだ…家の中では半袖で過ごしている…。 
代謝が悪いので…気温の変化に身体がすぐには付いていかない…。
さすがに外では長袖だけれど…。 

 冷房病ではないよ…。 自分はほとんど冷房を使わない…。
そうだね…暑い夏の午後3時~5時頃…34℃越えたなら使うかな…。
パソコン使うとめちゃ暑いから…。 いつもじゃないけどね…。 

 子供の頃は…町全体が夏場でも…もっと涼しかった…。
ルームエアコンなんてものは…まだ普及してなかったんだ…。
団扇か扇風機…。 
自動車も窓開けて走る時代…だった。 


 あれは…夏の終わり頃…。
自分はひとりで神社の奥の子供用の遊び場に居た。
今ほど物騒じゃなかったから…子供ひとりで神社に居ても問題はなかった。 

 学校の登下校の分団の集合場所で…年寄たちの集いの場でもあった。
見上げるほど高いイチョウの木に囲まれた境内と遊び場…。
ジャングルジムや滑り台…砂場…鉄棒…ブランコ…そんなものがあった。

 いつもなら子供で賑わっているのに…本当にひとりきり…。
不思議なくらい静かだった。 

 生い茂る黄緑のイチョウの葉…木漏れ日の中でひとり遊んでいた。
何をして遊んでいたのか覚えていないから…多分…低学年だったのだろう…。

 夏の終わりといっても…まだ暑い盛りだから…みんなが午睡を楽しんでいる時間だったのかもしれない…。

しん…とした境内…。 いつも沢山居る鳩の声さえも聞こえない…。

 ふと…イチョウの木の下の何枚も落ちているまだ緑色の葉に眼が行った。
ただの葉っぱなのに…何気なくその方へ近づいて行った。

 おや…と思った…。  
何か居る…。

 そっと葉っぱをどけてみる…。
背中が虹色に光る緑の虫…。 玉虫だ!  

玉虫はオトンの小さい頃には神社にも結構居たという話だが…自分の子供の頃はすでに希少だった。

 本物…見るのはこれが始めてではないけれど…こんなところでお目にかかるとは思わなかった…。
だって…ここは普通にみんなが遊ぶところで…普段…蝉くらいしか居ないから…。
 
 緑色に輝くその身体は不思議な魅力に満ちている…。 
虹を背負うその姿は眩しいほど神々しい…。

すげぇ!

神社の神さまの贈り物だ…。 

 けれど…よく見ると玉虫は死んでいた…。
死んだ虫なら…もって帰っても良さそうなものだけど…何だか悪いような気がしてもとのように葉っぱをかけた…。 

このまま…誰にも気付かれぬまま…。
それが一番なんだろう…。  

残念な気持ちもあるけれど…。

 玉虫は翌日には消えていた…。
葉っぱもなかったから掃除されてしまったのかもしれない…。

 自分は神さまに素敵な贈り物を貰った…。
玉虫を自分のものにはしなかったけれど…玉虫の記憶は永久に消えない…。