「だから脱ぎません! そんな写真…もっと若い子に頼んでくださいよ。
僕はもうモデルはやらないって言ったでしょう…。 」
扉を開けると西沢の怒ったような声が聞こえた。
相庭が新しい仕事を持ってきたらしいが西沢は気に入らないようだ。
鍵を渡された日から亮は時々この部屋で一緒に食事したりするようになった。
西沢が何を考えているのか相変わらず分からないから不安はあるが、あの家でひとり過ごす方が気持ち的にきつく思えてこうして通ってきている。
いま昨日西沢に頼まれた買い物を済ませてきたところ。
「でもね…先生。 これはあの滝川先生のたっての頼みなんですよ。
どうしても西沢先生で撮りたいってね。
なにも…すっぽんぽんになれって言うんじゃありません。
ヌード写真じゃないんですから。 ヌードなら女性モデルを選びますよ。
ファンタジーなロープレゲームの世界を再現するような感覚で主役を演じて貰いたいと…。 」
相庭はなんとか西沢の承諾を取り付けようとしていた。
滝川といえば今をときめく写真家。物語性のある不思議な世界を描くので有名だ。
「滝川先生がなんでそんな写真を撮るんですか? 子供向けなんですか…?
それ…遊びと考えていいのかな…。遊びなら…付き合ってもいいけれど…。 」
間、髪を入れず相庭は携帯を手渡した。携帯の向うには滝川がいるはずだ。
「滝川先生…ずるいですよ…相庭を通じての依頼なんて…。
僕を口説くなら直にしてくださいね…。 」
西沢が不満げに言った。
『悪い悪い…きみ怖いから。 これはさ…あくまで僕の趣味で撮りたいわけ…。
仕事と考えないで協力してよ…。 西沢先生じゃなきゃだめなんだから…。 』
ま…仕方ないか…滝川の趣味なら結構遊べて面白いかもしれないし…。
それに何か情報も手に入るだろうしね…。
携帯から流れ出る少々癇に障る猫なで声を聞き流しながら西沢はそう思った。
西沢が承諾したので相庭は大喜びで帰っていった。
亮のために常に新しい情報を得ることが亮を救う道であると西沢は考えていた。
…亮のためになるのなら…。
西沢の行動を訝しげに思いながらも少しずつ西沢の存在に慣れ始めてきた亮を見ながら、西沢は喉まで出掛かっている言葉を必死で飲み込んだ。
滝川のスタジオにはスタッフが集まってセットを組んでいた。
大人の遊びと思ってくれと滝川は素肌にガウンを纏った西沢に言った。
まるで何かのプロモーションビデオの一場面を見るようなセット…。
大量の花が持ち込まれセットのありとあらゆるところに撒かれた。
入念に施されたメイク…その下で西沢は屈託ない笑みを浮かべてメイクさんや衣装さんたち相手に冗談など言っていたが、スタッフの前にその見事な肢体を晒すとその瞬間プロの顔になった。
モデルを見慣れているスタッフからも溜息が漏れる…。
西洋式の木製の棺おけの中に敷かれたレースの上に仰向けに寝転がるとスタッフが色とりどりの艶やかな花で半身を埋めていく。
「死体じゃないんだ…。 動きがいる。 西沢先生…悪いけど右の膝を立てて。
左は足先だけ残して埋めよう。 花入れて…。 」
滝川はじっと西沢を見つめていたが不意に思いついたように注文をつけた。
「眼は閉じたまま…少し斜めに首をあげて…唇少し開き気味…OK。
いい感じ…さすがだね。
少し眼を開けて…そう…『覚醒』だ…。 伝説の人が甦ったぞ…って具合。 」
そんなこんなで撮影が続く。何枚も何種類も…。
写真家滝川の個人的な趣味の写真は何と表現すべきか…。
少女趣味? アニメ的? ゲーマーの夢? ロマンチック? おとぎ話?
売れやしないさ…こんなおたく写真…と西沢は内心噴出しそうだった。
最後の写真を撮るための森のセットが容易された。
「西沢先生…。 『託宣』を撮りたいんだ。 全部脱いでくれる?
それで森の方を向いて…左足を石にかけたその体勢で上半身振り返ってみて。 」
言われたとおり西沢はポーズをとった。どこが面白いんだ…この体勢の…?
「違うな…突然何かに呼ばれた感じ…何か誘惑的なものに…或いは抗えない運命的なものに…。 神託を受けたんだから…。 」
少し考えて西沢は太い樹木の幹に背をもたせ掛け仰け反るような体勢をとった。
眼を閉じ半ば唇を開き運命の稲妻に貫かれたような表情を浮かべた。
その後で眼を開き驚きと恐怖の表情に変えた。
滝川は驚愕した。こいつ…たいした役者だぜ…と思いながらもその瞬間を逃さず捉えた。
モデルに勝手なことされちゃ僕もおしまいだね…。
「悔しいけど…今のよかったよ…。 僕の発想でないのが残念だけど…。
でも趣味の作品としては上出来…。 有難う…お疲れさん…。 」
西沢は大きく溜息をついた。滝川がガウンを掛けてくれた…。
「相変わらず我儘な男だね。 こっちの注文を半分も聞きゃしない。 」
滝川は参ったというように苦笑した。
西沢もニヤッと笑った。
「だって滝川先生…遊びだって言ったでしょう? あ・そ・び…。
仕事なら注文どおりにやりますよ。 」
スタッフが片付けに追われて姿を消してしまうと滝川はそっと耳打ちした。
「それで…ご褒美に何が聞きたいんだ…紫苑(シオン)? 」
滝川が馴れ馴れしい態度で名前を呼んだ。
「例の…ふたつの新興勢力について…。 分かるだけでいいんだ…。
恭介の情報なら…信用できる…。 」
できるだけ声を潜めながら西沢は答えた。
誰かが戻ってくる気配がした。
「じゃ…上の部屋で待ってるから着替えてきて…西沢先生…。
別にその色っぽい姿のままでも僕は構わないけどね…。 」
滝川はわざと声高に言うとひとり先にスタジオを出て行った。
その部屋には特別な客しか通さない…とスタッフの間では有名だった。
西沢が特別な存在であることは撮影を始めたその瞬間から疑う余地はなかった。
誇り高い滝川恭介がモデルに主導権を奪われるなど前代未聞のことである。
ただそれがどういった関係を意味するのかまでは想像の域を超えなかった。
「結論から言えば…あのふたつの勢力が何かという正体までは分からない。
ただ…どちらも先を争うように若い能力者たちを集めている。
しかもそれはこの地域に止まらない…世界レベルで…だ。 」
お疲れさん…と滝川は西沢にコーヒーの入ったカップを手渡した。
メイクを落としシャワーを浴びた西沢はすでにいつもの西沢に戻っていた。
「世界レベル…そいつはまた…とんでもない規模だな…。 」
西沢は予想外だというような顔で滝川を見た。
滝川は熱そうに淹れたてのコーヒーを啜りながら話を続けた。
「少し前までは片方の勢力だけが活発に活動していたんだが…今やもう一方もそれをしのぐ…。
不思議なのは我が子が何やら正体の分からないものにかぶれて家を飛び出したりあちらこちらをうろうろしているにも関わらず、親たちが何事もないかのように平然としているということだ。
相当に強い力の持ち主が居て親や兄弟の思考をコントロールしているとしか思えないが、この地域だけならともかく全世界レベルともなると、それほどの力の持ち主がひとつふたつの組織の中にごろごろ存在しているとは考えにくい。 」
そこまで話して滝川は大きく息をついた。
そして西沢の眼を真剣に見つめた。
「紫苑…きみが護ろうとしている坊や…気をつけた方がいい。
やつらと少しでも関わったらすぐに洗脳される。
洗脳は容易に解けない。
僕の生家の一族だけでなく他の一族も若手の動きには神経を尖らせている。
狙われているのは多少なりとも力を持つ学生ばかり…洗脳しやすいからな…。
きみの一族だって例外じゃないぞ…。 」
西沢は分かったというように頷いた。
滝川は少し表情を和らげた。
「なあ…紫苑…。 時々撮らせてくれよ…。 今度は仕事…でさ。
若くないからって…嘘ばっかり…十分いける…そのフェイスもボディも被写体として最高だよ。
まだ20代中じゃないか…。 僕なんかよりはるかに若いんだし…。 」
滝川がそうせがむと…だめだ…というように西沢は首を横に振った。
「もうモデルはやらない…そう決めたんだ…。
今回だってあくまで…お遊び…。 恭介の趣味に付き合ってやっただけさ…。
遊びなら…また付き合ってやるよ…その気になればね…。 」
お手上げだ…と肩を竦める滝川を見ながら西沢はいかにも可笑しそうに笑った。お互いに心隠して演じて見せた芝居ではあったけれど…。
次回へ
僕はもうモデルはやらないって言ったでしょう…。 」
扉を開けると西沢の怒ったような声が聞こえた。
相庭が新しい仕事を持ってきたらしいが西沢は気に入らないようだ。
鍵を渡された日から亮は時々この部屋で一緒に食事したりするようになった。
西沢が何を考えているのか相変わらず分からないから不安はあるが、あの家でひとり過ごす方が気持ち的にきつく思えてこうして通ってきている。
いま昨日西沢に頼まれた買い物を済ませてきたところ。
「でもね…先生。 これはあの滝川先生のたっての頼みなんですよ。
どうしても西沢先生で撮りたいってね。
なにも…すっぽんぽんになれって言うんじゃありません。
ヌード写真じゃないんですから。 ヌードなら女性モデルを選びますよ。
ファンタジーなロープレゲームの世界を再現するような感覚で主役を演じて貰いたいと…。 」
相庭はなんとか西沢の承諾を取り付けようとしていた。
滝川といえば今をときめく写真家。物語性のある不思議な世界を描くので有名だ。
「滝川先生がなんでそんな写真を撮るんですか? 子供向けなんですか…?
それ…遊びと考えていいのかな…。遊びなら…付き合ってもいいけれど…。 」
間、髪を入れず相庭は携帯を手渡した。携帯の向うには滝川がいるはずだ。
「滝川先生…ずるいですよ…相庭を通じての依頼なんて…。
僕を口説くなら直にしてくださいね…。 」
西沢が不満げに言った。
『悪い悪い…きみ怖いから。 これはさ…あくまで僕の趣味で撮りたいわけ…。
仕事と考えないで協力してよ…。 西沢先生じゃなきゃだめなんだから…。 』
ま…仕方ないか…滝川の趣味なら結構遊べて面白いかもしれないし…。
それに何か情報も手に入るだろうしね…。
携帯から流れ出る少々癇に障る猫なで声を聞き流しながら西沢はそう思った。
西沢が承諾したので相庭は大喜びで帰っていった。
亮のために常に新しい情報を得ることが亮を救う道であると西沢は考えていた。
…亮のためになるのなら…。
西沢の行動を訝しげに思いながらも少しずつ西沢の存在に慣れ始めてきた亮を見ながら、西沢は喉まで出掛かっている言葉を必死で飲み込んだ。
滝川のスタジオにはスタッフが集まってセットを組んでいた。
大人の遊びと思ってくれと滝川は素肌にガウンを纏った西沢に言った。
まるで何かのプロモーションビデオの一場面を見るようなセット…。
大量の花が持ち込まれセットのありとあらゆるところに撒かれた。
入念に施されたメイク…その下で西沢は屈託ない笑みを浮かべてメイクさんや衣装さんたち相手に冗談など言っていたが、スタッフの前にその見事な肢体を晒すとその瞬間プロの顔になった。
モデルを見慣れているスタッフからも溜息が漏れる…。
西洋式の木製の棺おけの中に敷かれたレースの上に仰向けに寝転がるとスタッフが色とりどりの艶やかな花で半身を埋めていく。
「死体じゃないんだ…。 動きがいる。 西沢先生…悪いけど右の膝を立てて。
左は足先だけ残して埋めよう。 花入れて…。 」
滝川はじっと西沢を見つめていたが不意に思いついたように注文をつけた。
「眼は閉じたまま…少し斜めに首をあげて…唇少し開き気味…OK。
いい感じ…さすがだね。
少し眼を開けて…そう…『覚醒』だ…。 伝説の人が甦ったぞ…って具合。 」
そんなこんなで撮影が続く。何枚も何種類も…。
写真家滝川の個人的な趣味の写真は何と表現すべきか…。
少女趣味? アニメ的? ゲーマーの夢? ロマンチック? おとぎ話?
売れやしないさ…こんなおたく写真…と西沢は内心噴出しそうだった。
最後の写真を撮るための森のセットが容易された。
「西沢先生…。 『託宣』を撮りたいんだ。 全部脱いでくれる?
それで森の方を向いて…左足を石にかけたその体勢で上半身振り返ってみて。 」
言われたとおり西沢はポーズをとった。どこが面白いんだ…この体勢の…?
「違うな…突然何かに呼ばれた感じ…何か誘惑的なものに…或いは抗えない運命的なものに…。 神託を受けたんだから…。 」
少し考えて西沢は太い樹木の幹に背をもたせ掛け仰け反るような体勢をとった。
眼を閉じ半ば唇を開き運命の稲妻に貫かれたような表情を浮かべた。
その後で眼を開き驚きと恐怖の表情に変えた。
滝川は驚愕した。こいつ…たいした役者だぜ…と思いながらもその瞬間を逃さず捉えた。
モデルに勝手なことされちゃ僕もおしまいだね…。
「悔しいけど…今のよかったよ…。 僕の発想でないのが残念だけど…。
でも趣味の作品としては上出来…。 有難う…お疲れさん…。 」
西沢は大きく溜息をついた。滝川がガウンを掛けてくれた…。
「相変わらず我儘な男だね。 こっちの注文を半分も聞きゃしない。 」
滝川は参ったというように苦笑した。
西沢もニヤッと笑った。
「だって滝川先生…遊びだって言ったでしょう? あ・そ・び…。
仕事なら注文どおりにやりますよ。 」
スタッフが片付けに追われて姿を消してしまうと滝川はそっと耳打ちした。
「それで…ご褒美に何が聞きたいんだ…紫苑(シオン)? 」
滝川が馴れ馴れしい態度で名前を呼んだ。
「例の…ふたつの新興勢力について…。 分かるだけでいいんだ…。
恭介の情報なら…信用できる…。 」
できるだけ声を潜めながら西沢は答えた。
誰かが戻ってくる気配がした。
「じゃ…上の部屋で待ってるから着替えてきて…西沢先生…。
別にその色っぽい姿のままでも僕は構わないけどね…。 」
滝川はわざと声高に言うとひとり先にスタジオを出て行った。
その部屋には特別な客しか通さない…とスタッフの間では有名だった。
西沢が特別な存在であることは撮影を始めたその瞬間から疑う余地はなかった。
誇り高い滝川恭介がモデルに主導権を奪われるなど前代未聞のことである。
ただそれがどういった関係を意味するのかまでは想像の域を超えなかった。
「結論から言えば…あのふたつの勢力が何かという正体までは分からない。
ただ…どちらも先を争うように若い能力者たちを集めている。
しかもそれはこの地域に止まらない…世界レベルで…だ。 」
お疲れさん…と滝川は西沢にコーヒーの入ったカップを手渡した。
メイクを落としシャワーを浴びた西沢はすでにいつもの西沢に戻っていた。
「世界レベル…そいつはまた…とんでもない規模だな…。 」
西沢は予想外だというような顔で滝川を見た。
滝川は熱そうに淹れたてのコーヒーを啜りながら話を続けた。
「少し前までは片方の勢力だけが活発に活動していたんだが…今やもう一方もそれをしのぐ…。
不思議なのは我が子が何やら正体の分からないものにかぶれて家を飛び出したりあちらこちらをうろうろしているにも関わらず、親たちが何事もないかのように平然としているということだ。
相当に強い力の持ち主が居て親や兄弟の思考をコントロールしているとしか思えないが、この地域だけならともかく全世界レベルともなると、それほどの力の持ち主がひとつふたつの組織の中にごろごろ存在しているとは考えにくい。 」
そこまで話して滝川は大きく息をついた。
そして西沢の眼を真剣に見つめた。
「紫苑…きみが護ろうとしている坊や…気をつけた方がいい。
やつらと少しでも関わったらすぐに洗脳される。
洗脳は容易に解けない。
僕の生家の一族だけでなく他の一族も若手の動きには神経を尖らせている。
狙われているのは多少なりとも力を持つ学生ばかり…洗脳しやすいからな…。
きみの一族だって例外じゃないぞ…。 」
西沢は分かったというように頷いた。
滝川は少し表情を和らげた。
「なあ…紫苑…。 時々撮らせてくれよ…。 今度は仕事…でさ。
若くないからって…嘘ばっかり…十分いける…そのフェイスもボディも被写体として最高だよ。
まだ20代中じゃないか…。 僕なんかよりはるかに若いんだし…。 」
滝川がそうせがむと…だめだ…というように西沢は首を横に振った。
「もうモデルはやらない…そう決めたんだ…。
今回だってあくまで…お遊び…。 恭介の趣味に付き合ってやっただけさ…。
遊びなら…また付き合ってやるよ…その気になればね…。 」
お手上げだ…と肩を竦める滝川を見ながら西沢はいかにも可笑しそうに笑った。お互いに心隠して演じて見せた芝居ではあったけれど…。
次回へ