徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

ゲイ・ママのパンツ

2006-09-30 22:21:47 | ひとりごと
 どのくらい前になるかなんて…忘れてしまうくらい前の話だ。
ある人の招待で食事会に参加した後…その人と数人の招待客でジャズのなま演奏聞きに行き…いい加減今日がお終いって時間になった。

 酒…あんまり強くないし…そのまま帰宅するつもりだったが…たまにはいいじゃないか…ってことで…更にはしごして…繁華街のビルの小さなゲイ・バーへ…。

 ママとふたりのオネエさんは着ている物は女物だったけど…カウンターの中の一番若い綺麗なオネエさんだけがお化粧して長い髪で…ママともうひとりのちょっと年増のオネエさんはサラリーマン風の男髪…見た目もろ男だった。

 ママはバイらしく…娘さんがいるそうで…男に買って貰ったアクセサリーなんかを娘にあげるのよ…なんて如何にも子煩悩なお父さんだった。
それが不自然じゃなくて…美人じゃないけど(ごめんね…。)愛らしい…。
おっさんに愛らしいもないかもしれんが…そんな感じ。

 ママが他のお客さんのところへ行く時は年増のオネエさんが来てくれて…相手をしてくれた…。
この人が一番仕草が芝居がかっていたので…本物のゲイかなぁ?…って自分ちょっと疑いの眼で見ていたんだと思う。
職業ゲイさんも結構多いって聞いてたんで…。

 やだ…化け物見るような眼で見ないでよ…。

何を誤解したのか…オネエさんに言われて戸惑ってしまった。
いや…自分…別にそんなつもりはなかったんだが…。

 今…思えば…当時はまだゲイがTVなどにもあまり出てきてない頃で…今よりももっと偏見の眼を向けられている時代だった。
 じろじろ見てたら誤解されるのも無理はなかったな…。
ごめんね…オネエさん…。

 そのうちにまたママが戻ってきた。
連れのひとりが…スカートの下は女物か…という疑問を投げかけた。

 おい…それはママに失礼だろう…と思いつつ…知りたいと言う好奇心もないわけじゃない…。

 するとママは立ち上がって…見たい?…ぴらっとスカートを捲り上げてくれた。
おお…サルマタ…いや…トランクス…。

 あたしは男もんよ…。 女もんの人も居るけどね…。

う~ん…勉強になった。

けど…ママ…なんでブリーフじゃないんだ?
スカートにトランクスじゃ…ス~ス~だろ…。
あ…余計なお世話だよね…。

考えてみたら…ママは自分の親父より少し若いくらい…そういう年代なんだな。

 ちょっと惜しかったのは…あのボーイ・ジョージ?だっけ…のような綺麗なオネエさんとは話せなかったこと…。
ずっとカウンターの向うで中の仕事してんだからさ…つれないなぁ…。
カウンター席の客の反応を見てた限りでは愛想のいい楽しそうな人だったけど…。
残念…!

 そんなこんなで…楽しく過ごして…帰ってきたのが午前三時過ぎ…。
風呂入って寝たのが四時ごろ…翌朝六時に起きて出勤だから…ね。

今なら…絶対出来ない…ぜ。

ああ…若かったな…あの頃は…。





 



 





















族・現世太極伝(第八十四話 甦る記憶…狙われる理由)

2006-09-29 22:33:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 それはまるで…森林の中に屋形町を作ったのか…とでも思いたくなるような光景だった。
遠くからでも点々と見えるのは裁きの一族の本家とその身内や関係者の屋敷だという。
旧家らしい趣のある風情の建物が多く、庭なども佳く造られていた。

 勿論…本家の屋敷は群を抜いて壮麗な造りで、母屋を始めとして幾つもの建物から成っており、それぞれの規模もかなり大きなものだった。
広大な林の中の切り開かれたところに手入れの行き届いた芝の庭園が造られてあって…その奥の垣根越しには素人目にも秀抜だと判る広い日本庭園が見えた。

 西沢は前にも幾度か訪ねて来ているし、滝川は旧家育ちで場慣れしているが、ノエルはこの前みたいに会議場などではなくて…偉い人の屋敷へ直接参上するなどという経験はしたことがなく…ひどく緊張していた。

 西沢の養家である西沢本家も規模は大きいが、現代風の西洋建築なので気分的には敷居が高くても、見た目にはそれほどの抵抗感はない。
けれども…宗主の屋敷は如何にも名家然と厳めしく、足を踏み入れるのに何となく気が引けた。

 案内された洋間にはすでに智明が来ていた。
不思議なことに吾蘭は智明を見ると嬉しそうに駆け寄って行き…まるで古くからの知り合いのようにそっと手を取った。

 大きくなったわねぇ…アランちゃん。
前に見たときはまだちっちゃな赤ちゃんだったのに…。
嬉しいわ…私を覚えててくれたのねぇ…。

 智明はしっかりスミレの口調で吾蘭に話しかけた。
吾蘭はにっこり笑って頷いた。

 「へぇ~すご~い。 アラン…まだ生まれたばかりの時にスミレちゃんに会ったきりなのに…。 」

 ノエルは素直に驚いた。
そんな馬鹿な…西沢と滝川は思わず顔を見合わせた。
いくらなんでもそれは有り得ない…。

 けれど…吾蘭は楽しげに智明と会話する…まだそれほどちゃんとした会話にはなっていないけれど…。
その親しさは…毎日のように会っている滝川と比べても劣らない。

どう…考えるべきか…。 
西沢も滝川も答えにつまった。

 扉が静かに開かれて…宗主とお伽さまが姿を現した。
その後から立会人と思われる数人の能力者が順序良く並んで入ってきた。
 彼等は代々引き継がれている天爵ばばさまの魂と智明の魂との違い…を見極めるために呼ばれた霊能力者…のようだった。

最後尾の男と目が合った時、男と西沢はお互いに思わず…あっ…と叫んだ。

 「紫苑…どうして…? ええっ? 木之内…って…紫苑のことだったのか? 」

あの…金井だった。 
ロケで知り合って以来…飲みに行ったり…電話で話したり…友達付き合いをしていながら…お互いに相手の能力に気づかないまま…。

 「そう…実家の名前なんだけど…金井こそ……全然…判らなかった…。 」

そう言えば…添田が同郷の友人だと言っていた。 そこで気付くべきだったのかなぁ…。
添田は多分…西沢たちの能力には触れず…ノエルが襲われたという話だけを金井に聞かせていたのだろう。

 お互いにのんびりした性格と言うか…何処か抜けてると言うか…。
取り敢えず敵意のない相手だから全然探りも入れなかったし…。
次元の異なる能力でもあり…普段…気配消しているってのも確かにあるけど…。

 ふたりは顔を見合わせてぷぷっと噴き出した。 
声をあげて笑い出したいのをどうにか堪えた。
場所が場所だけに大声で笑い転げるわけにもいかなかった。

 「太極の化身よ…時間がかかるかもしれないから…クルトはこちらで預かろう。
この人は我が家の子育て名人だから…安心して任せてくれ…。 」

来人を抱えていたノエルに宗主がそう声をかけた。穏やかな笑顔の中年の女性がノエルの方に近付いた。
まったくの他人に面倒を見て貰うのは初めてなので、ノエルは少し不安げに来人をその女性に渡した。

 「では…そろそろ…始めよう…。 」



 立会人になっているのは…霊的な能力に長けた家門から特に選ばれた代表者たちで正道・鬼道を問わず…かなりの炯眼の持ち主ばかりだった。

 「天爵ばばさまのお話しを伺う前に…少しだけ…アランに訊きたいことがあるのだけれど…アラン…こちらへ来てくれますか…?  」

 全員が指定された席についたところでお伽さまが意外なことを言い出した。
西沢の膝の上に大人しく座っていた吾蘭は、どうしていいのか判らず、西沢の顔を心配そうに見つめた。

 「アラン…お伽さまがアランとお話したいんだって…あそこの椅子に乗っかってお伽さまのお話伺って来てご覧…。 」

はい…と返事をすると吾蘭は西沢の膝を降りてちょこちょこと駆けて行き…お伽さまの前の椅子によじ登った。

 「よく来たねぇ…アラン…。 」

お伽さまが優しく微笑んだので吾蘭もにっこり笑った。 

 「あのね…アラン…。 さっき…アランが…天爵さまに会った時に…アランには何が見えたの? 」

てんちゃくちゃま…? 誰…というように吾蘭は首を傾げた。
お伽さまは智明の方を指差した。

 「おねえたん…。 」

 お姉さん…? アランの知ってる人…?
お伽さまは訊ねた。

 「うん…。 」

どんな人…? アランと仲良しなの…?

 「うん…。 おちゅげのおねえたん…。 」

 お告げの…?  麗香さんのことかな…? 
何処で会ったの…?

吾蘭はちょっと首を傾げた。

 「あちゅい…。 」

熱い…? 何が熱いか分かる…?

 「あめ…。 ぜんぶ…しんじゃう…。 こわいねぇ…。 」

 雨…それは怖いねぇ…。 
どうして…熱い雨が降ってきたんだろうね…。

 「わるい…かいぶちゅ…やっちゅける…って。 」

 ほう…怪物か…それは大変だ…。
それで…アランは…どこに居たの…? 何をしていたのかな…?

 吾蘭はまた首を傾げ…何か言おうとした途端…突然…固まった。
大きく眼を見開き…顔色も真っ青だった。

 「逃げなさい…早く…私はもう先へはいけない…。
おまえは逃げて…逃げ延びて…この悲劇を…真実を伝えなさい…。
奴等を信じてはいけない…。 奴等は神の名を騙る悪魔…。 」

 大人たちは総立ちになった。
吾蘭の口からとんでもない言葉が飛び出した。
二歳に満たない子どもの口調ではなかった。

 聞いていた智明の顔も蒼白になった。
まさか…まさか…これは…?

 立会人たちがざわめき出した。
何かの憑依現象か…。 いや違う…霊の気配はなかった…。
しかしこれは…幼児の使うような言葉ではないぞ…。

 吾蘭は呼吸もままならなくなったようで、そのまま痙攣して気を失った。
お伽さまは急いで駆け寄った。
 吾蘭の胸の辺りに手を当てると何やら文言を唱えた。
瞬間…吾蘭は大きく息を吐いた。

優しく抱き上げて西沢のところに運んできた時にはすでに呼吸も顔色も普段どおりに戻っていた。

 「紫苑…ノエル…申し訳ない…。 随分と心配したでしょうね…。
アランに大事はありませんが…かなり疲れていると思います。
滝川先生…お手数ですが…アランを看てあげて下さい…。 」

 お伽さまはそう言って吾蘭を西沢に手渡した。
すぐに滝川が西沢の腕から吾蘭を受け取った。

 「お伽さま…今のは…吾蘭の潜在記憶…なのでしょうか…? 」

西沢はそう訊ねた。 お伽さまは頷いた。

 「はい…私はそのように思います…。
立会人たちが戸惑っているように…これは御霊の仕業ではありません。
記憶が吾蘭の口を借りたのです。

 HISTORIANが怖れているものとは…アランの持つ潜在的な記憶にあるのではないかと私は思うのです…。 
他の潜在記憶保持者にはない…何かが…彼等を招きよせる…。
その記憶を消すためにアランを狙うのではないかと…。 」

 アランの記憶の中にHISTORIANにとって不利な記憶があるというのか。
御使者たちが…もしかすると奴等は端からわが国を狙っていたのかも知れないと連絡をくれたが…それと何か関わりがあるのだろうか…。

 「アランはまだ幼過ぎて瞬間的にはあのように言葉が飛び出ては来るものの…まとまった話をすることができないのです。
今は断片的な内容を繋ぎ合せるより他に方法がありません。

 体力的にも短い時間に限られてしまいますから…なかなか全容を解明することは難しいでしょう。
もう少し年齢が上なら…すぐにでも分かるのでしょうが…。

 彼等が慌てているのも…おそらくはそういう年齢に達してすべての記憶が明らかになる前にアランから記憶を消したいと考えているからでしょうね。 」

お伽さまはそれだけ話すと軽く会釈してもとの席へと戻っていった。

 「立会人…どうかね…? 何か今の現象で…宗主側がトリックなどを使って誤魔化していると感じられるところはあるかね…? 」

 宗主はまだ興奮覚めやらぬ立会人たちに訊ねた。
全員…いいえ…と答えた。

 「宜しい…。 では…天爵さま…席を移って頂けるかな…。 」

促されて智明は立会人と向かい合う席へと移動した。

 「化身…こちらへ…。 」

お伽さまが先ほどまで吾蘭の座っていた椅子を智明の隣に並べた。
ノエルは示されたその椅子にかけた。

 「おふたりとも背もたれを倒して楽になさってください。 」

 言われるままに…背もたれをを倒した。
ふたりとも緊張の為に…椅子に身を預けて楽…というよりは逆に身体が浮くような居心地の悪さを感じていた。

 お伽さまはふたりの正面の位置に床に直に腰を下ろした。
大きく息をすると…深々と一礼してから…何やら文言を唱え始めた。
祭祀の開始を告げているようだった。

お伽さまの舞う如く美しい所作と共に…今…謎解きの儀式は始まった。









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続・現世太極伝(第八十三話 お邪魔だったかなぁ…?)

2006-09-27 23:35:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 何処からともなく…聞き慣れない音が聞こえて亮はキーを打つ手を止めた。
仲根が書類を読みながら鼻歌を歌っていた。
部屋中の視線が集まって…仲根は…はっと気付いて周りを見回した。

 「ご機嫌ですね…。 いいことあったんですか? 」

 パソコンの向こうから興味深げに顔を覗かせて亮が訊ねた。
まあね…と仲根は頷いた。

 「実はさ…昨日…桂さんと映画見に行って…これがまた感動もんで…。 」

 桂さん…? 花木桂先生…?  ふえぇぇぇ~っ!
亮が素っ頓狂な声をあげたのでまた周りの視線が集まった。

 「なに…なに…仲根になんかあったの? 」

 柴崎が身を乗り出して訊いた。
見ると大原室長も思わず椅子から立ち上がっていた。

 「いや…仲根さんがすごい美人とデートしたって話で…。 」

美人とデートぉ! 仲根ぇやったじゃん!

 「木之内…どんな人? 」

話しちゃっていいのかなぁ…ねぇ仲根さん…?

 「別に俺…隠したりしねぇもん。 確かに…美人だよなぁ…桂さん…。 」

仲根…完全に別世界。

 「サラサラの長い黒髪を束ねて…そうだな…紅いドレスがよく似合うフラメンコダンサーのような雰囲気の美人…だけど…。
小説家で…仲根さんよりかなり年上…。 」

それは余分だ…と仲根が睨んだ。

 そうなんだぁ…いいじゃん…年上のカノジョ…尽くしてくれるよぉ…。
柴崎がからかうように言った。

 「田辺の叔母が聞いたらショックを受けるなぁ…。
クリスマス・パーティで一緒にいたのに…桂先生が選ばれたなんて…。 」

亮がさも残念そうに言った。

 「だって…叔母さんにはちゃんとご亭主がいるじゃないか。 
不倫はだめ…不倫は…。 」

 ぷぷっと柴崎が噴き出した。 馬鹿ね…冗談に決まってるじゃないの…。
だから…あんたは鋼鉄製鍵付き安全印なのよ…。 

 こうてつ…何なんだ…そりゃぁ…?
部屋中からドッと笑いが起こった。



 川の字…久しぶり…! ノエルはちょっと浮き浮きしていた。
滝川がいつもの場所に陣取り…ノエルを挟んで反対側に西沢…輝が305号に来るまではほとんど毎日のようにこうして三人で寝ていた。

 ここのところ…滝川はまるで本物の所帯持ちのように真っ直ぐ305号へ帰ってしまうので…大きなベッドはその分だけぽっかりと場所が空いていて…そこだけは何となく寒々としている。

 ノエルの頭越しに飛び交う西沢と滝川の会話を聞くのが面白かった。
亮と他愛のない話をして過ごすのも楽しかったけれど…大柄なふたりの間に居ると…なぜか心底安心して眠ることができた。

 「先代天爵ばばさまは…アランが狙われる理由について何か知っていたんじゃないかと思うんだ…。 
アランが生まれるときにも誘拐の危険を察知して御使者やエージェントたちに連絡をしてくれたし…。 」

今思えば…という話だけどな…と西沢は言った。

 「スミレちゃんは天爵ばばさまから何か聞いていないのか…? 
後継になったのなら…ばばさまの魂はスミレちゃんの中に居るんだろ…? 」

実に信じ難いことではあるが…と滝川は内心思っていた。

 「多分…何か…差し障りがあって話せないんだろう…。
気にはなるけど…他家の事情に首を突っ込むわけにはいかないしね…。 」

 ま…そりゃそうだな…。 
けど…アランの親であるおまえにさえ話せないことって何なんだろうな…。

滝川は興味深げに言った。

 「ねぇ…先生…。 
ここんとこ…ずっと305号だったのに…輝さんと喧嘩でもしたの? 」

不意にノエルに訊かれて滝川は…別に…と答えた。

 「輝と僕は…もともと友だちだってだけだし…いつも一緒に居るってのも…ちょっとばかり苦痛な時もあるんだ…。 」

滝川は淡々とそう話した。

 「えぇ~? じゃあ輝さんとは…何もないわけ? 
同居して…半年以上…どころかもうじき一年くらいになるんだよぉ。 」

 あの輝さんと暮らして…だよぉ…ノエルは不思議そうな顔をした。
僕なんかすぐ征服されちゃったけど…。

 「まったく…何にもなかったわけじゃないけど…さ。
やっぱり…和のこと忘れられないし…輝はいい女だけど…僕には向かない…。 
輝もそう思ってるよ…。 だから…お互い息抜きも必要なんだ…。 」

 ふうん…そんなもんかなぁ…。 ノエルはチラッと西沢の方を見た。
西沢はぼんやりと天井に眼を向けていた。

 合う合わないで言ったら…輝さんはやっぱり紫苑さんがいいんだろうなぁ…。
そう考えると…なんか悪いような気もしたが…ノエルが輝から無理に西沢を奪ったわけではなかったし…そういう生き方を選んだのは輝自身だから…縁の問題としか言いようがなかった。

 子ども部屋で来人の声がした。 珍しいな…さっき寝入ったばかりなのに…。
子煩悩な西沢がすぐに反応して起き上がった。 
僕が見てくるからいいよ…と西沢を止めてノエルが寝室を飛び出して行った。
 
 「ふうん…ちゃんとお母さんしてるじゃないか…。 ノエル…偉い偉い…。 」

滝川がそう言って笑った。

 何を考えているのか…西沢はまたぼんやり天井を見ていた。
不意に身を起こすと滝川は西沢に覆い被さり、例の如く喉に唇を這わせた。

 「殺すよ…。 」

西沢が淡々と言った。

 「紫苑…妬いてるだろ…? 」

 ニタニタと笑いながら滝川は訊ねた。 西沢は答えなかった。
誰に…かは訊かないよ…。 そう言ってキスした。

 「乗られるの嫌いなんだよ。 何か…内臓圧迫されて嫌なんだ。 」

 不機嫌そうに西沢が言った。
遊びたいなら…おまえが転がれ…。 

 はいはい…何怒ってんだか…。 苦笑しながら滝川は身を離した。
いつもなら…おふざけはそこでお終い…。

 けれども…今夜はふくれっ面の西沢が本当に乗っかってきた。
おいおい…マジかよ…。

 「罰ゲームだ…恭介…。 どうしてやろうかな…。 僕の女に手を出した…罰。
恭介…覚悟しろよ…。 明日の腰痛…。 」

腰痛…って…おまえなぁ…そんな齢じゃねぇ!
あ…ちょっと…紫苑…マジでか…?

 ただいま…とノエルが戻ってきた。
おお…いきなり戦闘モード…。 お邪魔だったかなぁ…?
思わず戸口で立ち往生…。

 「う~ん…ここにも間男くんがひとり…。 ノエル…参戦…許可…!
ふたりとも纏めて切って捨てよう…。 」

何言ってんだか…。 



 超…濃い目のコーヒーがたっぷり注がれたカップが朝の食卓に並んだ。
こんがり焼けた食パンと茹でたてのソーセージ…。

 ノエルが欠伸を噛み殺しながら来人にミルクの哺乳瓶を渡し…吾蘭のお食事マットにジャムつきのテーブルロールとソーセージを盛った皿をのせる。

 「…で…なんでおまえが居るのか…だが…? 」

 滝川が…トーストを齧っている玲人に訊ねた…。
何でって…玲人はミルクをたっぷり入れたコーヒーでパンを飲み下しながら答えた。

 「お伽さまの伝言伝えに来たら…いきなり引っ張り込まれたんじゃないかよ…。
扉開けた途端…何やってんだか…って状況で…。 」

 おまえって…よくよく…巻き込まれやすいタイプなんだな…。
感心したように滝川が言った。

 「お伽さまの伝言…? 」

西沢が身を乗り出した。

 「アランが何故襲われるかを知るために…天爵ばばさまの魂にお伺いを立ててはどうか…と…。
立場上…庭田智明自身の口からは話せないことでも…ノエルの口からなら問題ないんじゃないかって…さ。 」

 また…僕がやるのぉ…?
自分ではそういう力を持っているという自覚のないノエルが不安げに訊いた。

そうみたい…。

 お伽さまの話しによれば…智明の中のばばさまの魂にノエルを媒介に使って語って頂くようお願いする…ということらしかった。

 「天爵さまは承知してるのか…? 世話人の僕も初めて聞く話だけど…。 」

子どもの将来だけでなく…この国の将来もかかっていることだから…天爵ばばさまにはこの際枉げてご承知下さるように…とお伽さまが直談判したらしい。
 
 すごい…さすがお伽さま…。
西沢はお伽さまの穏やかな笑顔を思い浮かべた。

 「で…何があるか分からないから子どもたちも連れて一緒に本家に来いって。
おまえもだぜ…恭介…。 紫苑一家の主治医として付いて来いってさ…。 」

僕…? 他家の人間だぜ…僕は…。
滝川は驚いた。

族長でもない者が裁きの一族の本家に参上するなど…普通では有り得ないことだ。
長老格になるまでは…その存在情報さえ聞かせて貰えなかったというのに…。

 「宗主のお召しだから…いいんだよ。 おまえ…一応…裁きの一族の要人待遇だからさ…。
滝川家の族長には宗主から連絡が行っているよ。 」

 ふうん…僕が必要ってことは…つまり…誰かの体調に変化が現れる可能性があるってことだな…。
けど…なんで有さんじゃないんだろう…。
有さんならちゃんとした一族の人なのに…。

 「証人が必要なんだ…多分な…。 庭田でも…裁きの一族でもない滝川が同席することで…天爵さまの話の信憑性が増す…。 
滝川一族の情報は何処の家門にも信頼されているから…。 」

滝川の疑問に答えるように西沢が言った。
おそらく…他にも立会人が居るぜ…誰だか分からないけどな…。

 「おっと…いけねぇ…ゆっくりしてられないんだ…。
さっさと済ませて出掛けなきゃ…。 」

薬のように苦いコーヒーをミルクで誤魔化して飲み干すと滝川は立ち上がった。
行きがけに…あの甘ったるい口調で西沢に囁いた。

紫苑…夜まで会えないのは…寂しいぜ…。

 あほ…冗談やってる場合か…遅刻するぞ…さっさと行け…。
不機嫌な西沢にそう急かされて滝川は笑いながら足早に出て行った。

 急ぎがないから…今日はふたりとも置いていっていいよ…ノエル。
玲人…せっかく来たんだから…出来上がってるのを忘れずに持ってってくれ…。

 さてと…アラン…どうしたの…? 
あ…きみのミルクが出てなかったのか…。 ごめんごめん…今…あげるからね…。
クルトは…まだ…飲んでるな…。

今日も慌しく…一日が始まる…。



 






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続・現世太極伝(第八十二話 引き継がれる想い)

2006-09-26 12:52:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 薔薇の咲き乱れる庭園に面した麗香の私室の窓を全開にして…智明は久しぶりに部屋の空気を入れ替えた。

 この部屋に入ると…また…スミレに戻っていく自分を感じる…。
長い年月を麗香のためにスミレとして生きてきたのだから当然といえば当然…。

 あれから何ひとつ変わってはいないけれど…主の居なくなった部屋は何処となく寒々しい。
智明は部屋のあちらこちらに残る麗香の面影を何ということもなく見て回った。

 テーブルの上に用意されたお盆の上のワイングラス…ふたつ仲良く並べて置かれてある。

仕事が終わったら…誰と飲むつもりだったの…お姉ちゃま?

 そう…問いかけてみる…。 
無論…返事なんてあろうはずもない。

ふっ…訊くだけ野暮ねぇ…。

智明…スミレはひとり笑った。

 埃を被って輝きを失いかけているワイングラス…。
まるで…売れ残りの骨董品のようだ。

 この部屋から…永久に去ってしまった人の想い出だけを相手に…どんな話をするつもりだったのかしら…?

 部屋を巡りながら…いろんなものに触れてみる…。
ベッドも…ソファも…冷え冷えとして…温もりも完全に消えてしまっている。

 ふうっと大きく溜息をついた。
そろそろ…片付けなきゃいけないかしらね…身内に形見分けもしなきゃ…。
どんなに素敵なドレスも靴も…私が着るわけにはいかないんだから…。



 ノエルの身体を離れて西沢が浴室へ行ってしまった後…ノエルはベッドの上に身を起こして大きく溜息をついた。
来人が生まれてから西沢はノエルを女性として愛することが多くなった。

 仕方のないことだとは思う…一応…奥さんだし…お母さんだし…。
ふたりも子どもを産んだノエルを男だと思え…と言う方がずっと無理がある…。

 でも…なんかやりきれない…。
戸籍上…間違いなく男なんだし…絢人のお父さんでもあるんだし…。

 馬鹿みたい…言っても仕方のない愚痴だよね…。
こんなに大事にして貰ってるのに…さ。
 贅沢言っちゃだめだぞノエル…可愛がってくれてんのに紫苑さんに悪いや…。
もう一度大きく溜息をつくとベッドから飛び出して西沢の居る浴室へ向かった。


 
 仕事の帰り際に智哉から貰い物の御裾分けだと言って、レジ袋に入った伊予柑をふた袋持たされた。
ひとつは絢人にやってくれ…と智哉はぶっきらぼうに言った。
 智哉にしてみれば…西沢には申し訳なくて仕方がないことだけれども…絢人も…可愛い孫のひとりである。
吾蘭や来人だけにお土産をやるというわけにもいかない。

 ノエルはその足で先に305号を訪ねた。
丁度…輝が絢人を連れて帰宅したところだった。

 「これ…親父から…ケントにって…。 」

レジ袋を受け取った輝は中を覗いてすうっと息を吸い込んだ。

 「いい香りだわ…。 有難う…。 智哉さんに宜しく言っといてね…。
ほら…ケント…お父さんよ。 抱っこして貰いなさい…。 」 

輝はベビー・カーのケントを抱き上げてノエルに渡した。

 「ケント…お母さんとお仕事行って来たのかい…。
お手伝いは…ちゃんとできたかなぁ…? 」

ノエルに頬ずりされてケントは嬉しそうにキャッキャッと笑った。
が…突然…ノエルの背後を見て身を乗り出し…手を伸ばした。

 「やあ…ケント…ご機嫌だね…。 よう…ノエル…仕事の帰りかい…。 」

 絢人は滝川が戻ってきたのを見つけて…滝川の抱っこを求めたのだった。 
明らかに…絢人は滝川の方を父親だと認識していた。

 「うん…。 絢人に伊予柑…届けに来たんだ。 」

ノエルは何とか笑顔を作った。 
そいじゃ…また…。 ノエルは滝川に絢人を渡すと…バイバイ…と手を振った。

 できるだけ足早に305号を立ち去った。
滝川に甘える絢人の姿を見たくなかった。 ひどく胸が痛んだ。

 ただいま…と玄関で呟くように言った後…無言のまま寝室へ飛び込んだ。
籐のソファに腰掛けてぼんやり自分の膝を見つめていた。

 「ノエル…? 」

西沢がすぐ脇のベッドに腰を降ろした。

 「諦めなきゃ…ね。 僕は…アランとクルトのお母さんだから…。
ケントのことは…先生にお願いするしかないよね…。

 ケントは…先生のこと…ちゃんとお父さんだって認識してる…。
僕のことはクルトんちのおじちゃんくらいにしか思ってない…。
下手したら…おばちゃん…かもね…。 

 僕もこのまま…いつまでも男でいるってわけにもいかないよね…。
お母さんになっちゃったんだから…。 僕が望んだことなんだから…。
もう…諦めなきゃね…。 」

大粒の涙が頬を伝った。 

 「ご免ね…紫苑さん…すぐには無理だけど…少しずつ努力するからね…。
普通のお母さんで居られるように…普通の奥さんになれるように…。 」

切なげに微笑むノエルを見て…西沢は胸が締め付けられるように感じた。

 「そんなこと…考えなくていい…。 ノエルはノエルのままでいいんだよ。 」

首を横に振ってノエルは俯いた。

 「気付くべきだったんだ…。 結婚するってそういうことだって…。
僕…考えなしだから…ご免ね…我儘ばかりで…。 
 覚悟決めなきゃ…ね。
だって…ずっと…紫苑さんの傍に居たいもん…。 」

 発作に苦しんでたきみを…助けてあげたかっただけなのに…。
幸せにしてあげたかっただけなのに…。
僕はきみを苦しめてる…。

 考えなしは…僕の方だ…と西沢は思った。
僕の自己満足だったんだね…。 思い上がりだった…。

 「ノエル…今からでも遅くないよ…。 やっぱり…好きな女…見つけな…。
僕の傍に居たら…そうやっていつも自分を抑えていなきゃいけなくなる。
 きみと一緒になって…子どももできて…今…僕は最高に幸せだけれど…。
それがきみにとって不幸なら…哀しいだけ…。

 いい女見つけて…今度こそ…幸せになりな…。
子どもたちのことは…僕が何とでもする。 恭介にも何も言わせないから…。 」

ノエルはまた首を振った。

 「アランやクルトを置いては出て行けないし…紫苑さんから離れたくない…。
男らしく…ないよね…。 離れられない…なんてさ…。
僕…幸せだよ…。 忘れちゃえばいいんだ…僕が男だったことなんて…。 」

ノエルはそう言って立ち上がった。

 「さてと…ふたりに…ただいまをして来なきゃ…。 」

まだ何か言いたげにしている西沢に背を向けてノエルは寝室を後にした。



 公園で暴れた連中が能力者でないことはノエルが察したとおりだった。
添田の仲間のエージェントが独自に調べたところによると、彼等は繁華街の夜の公園に屯している連中で、時には通りがかりの女性を襲ったり、金品を奪ったり、悪さばかりしているようだった。
 エージェントたちは、彼等を囮に使ってノエルの気を逸らし、吾蘭を誘拐する計画だったのではないかと考えていた。

 添田が同族の警察官から仕入れた情報では…あの日はどうやらドラッグ・パーティでエクスタシーのようなものを飲んで超ハイテンションになり…近くの児童公園へ雪崩れ込んで集団で暴れたということらしい…本人たちは暴れたとは思っていないようだが…。

 繁華街の公園には時々ドラッグの密売人も出ていることがあるから、そこから手に入れたのではないかと警察では考えているようだ。
添田の見解では勿論…入手先はHISTORIAN…連中を扇動して児童公園に向かわせたのも彼等に決まっていた。

 なぜ…そこまでして執拗にこんな小さな吾蘭を狙うのか…?
いくらオリジナルの完全体だとは言っても…あまりに度が過ぎやしないか…。
西沢も御使者たちも首を傾げるばかりだった。

 「おと~たん…。 おんも…。 」

 貰った画用紙にクレヨンで絵を描いていた吾蘭が、仕事部屋の窓の陽射しの明るさを見て強請った。
よし…ノエルとクルト呼んでおいで…いいお天気だからみんなでお散歩しよう…と西沢は言った。
嬉しそうに吾蘭は居間の方へと飛び出して行った。

 児童公園はいつものように賑やかだった。
さすがに西沢が一緒だとお母さんたちの振る舞いや眼の色が違う。
慌てて身繕いをしたりする人も居て…観察していると何だか面白い…。

 やっぱ…お母さんたちも女性なんだね…そういうとこは僕にはないもんなぁ…。
そういうの…どうやって覚えたらいいのかな…とノエルは思った。

 西沢がお母さん方と楽しそうに話している間に、ノエルは来人をブランコに乗せてやった。
吾蘭は他の子どもに混じって楽しそうにあっちの遊具こっちの遊具とはしごして遊んでいた。

 あんな頃だよな…。 僕が格闘技…始めたのは…その時のことは全然覚えてないけど…。
三つくらいの時なら…ちょっとだけ覚えてる…。
親父がいろんな技を教えてくれて…できるとすごく褒めて貰えて嬉しかったな…。

 跡継ぎが生まれたって…滅茶苦茶喜んで…いっぱい遊んでくれたんだよな…。
ご免な…親父…失望させて…子ども産んじゃうような息子でさ…。
もし…また親父のところへ生まれてこられたら…今度こそ普通の男で生まれてきてやるよ…。

 ゆっくりとブランコを揺らしながら…ぼんやりと吾蘭の姿を見ていた。
突然…吾蘭がみんなからちょっと離れたところへ駆けて行って…何やら両手両足を使って体操のような動きを始めた。

 あれは…とノエルは驚いたように眼を見開いた。
それは…この前…吾蘭を護って闘ったノエルの動きのようだった。

西沢がお母さんたちの輪から離れてノエルのところへやって来た。

 「ご覧…ノエル…きみがお父さんから引き継いだものを…アランがきみから引き継ごうとしている…。
行って見せてあげたらいいよ…高木家の男に伝わる格闘技…。
お父さんがきみに教えた心と技…。

 何も…無理に普通のお母さんになろうとしなくても…父親としていつも傍に居てやれなくても…親として伝えられるものはあるんだよ。
きみがお父さんから学んだすべてを…三人の息子たちに伝えておやり…。 」

西沢がノエルに代わってクルトのブランコを揺らしながら…穏やかに言った。

 吾蘭が真似事をしている脇で…吾蘭の傍に寄ってきたノエルが基本の形をひとつ演じて見せた。
吾蘭の目が輝いた…。
もう一度…同じ形を見せると…吾蘭は見よう見まねで動き出した。

 違う形を見せた…。 吾蘭はまた真似をした…。 そうそう…上手だねぇ…。
そんなふうにして親子はしばらく身体を動かした。
 まだ…幼い吾蘭にとっては遊びだし…気紛れもあるだろうから…覚えてくれるかどうかはまだ分からない…。

 途中で嫌だと言い出すかもしれない…。 それでも…根気よく続けていけば…それは想い出となって残る…。
吾蘭と来人には母親の…絢人には父親の…親として真剣に子どもに向き合った姿として…。

 互いに心が通じ合わなくなることがあっても…ノエルの中から父親の温もりが完全には消えてしまわなかったように…。

 形じゃなく…想いを伝えていこう…。
形が消えてしまっても…想いだけはきみたちの中に残る…。

 お父さんは…お母さんは…フツ~じゃなくて…とんでもなくハチャメチャな人だったけど…僕等を真剣に愛してくれたって…いつか懐かしく思い出してもらえるように…。

 振り向いたノエルの眼に西沢のいつもと変わらない温かい笑顔が映った。
フツ~じゃなくていいよね…紫苑さん…。
それでも僕を愛していてくれるでしょう…? ずっと変わらずに傍にいてくれるでしょう…?

まるで聞こえてでもいるかのように西沢は穏やかな笑顔のまま深々と頷いた…。 












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続・現世太極伝(第八十一話 吾蘭の危機)

2006-09-24 23:40:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 暦の上では春とは言え、まだ防寒着を放せない日々が続いている中で、珍しくぽかぽかと暖かい陽光が窓から射し込んでいた。
吾蘭が窓に張り付いて外を眺めているのを見て、ノエルはお散歩しようか…と声をかけた。

 吾蘭は大喜びでジャンバーを持ってきて一生懸命自分で着た。
仕事部屋の西沢に風邪気味の来人を頼んでおいて、ノエルは吾蘭を連れて外へ出た。

 「アラン…何処へ行こうか…?  」

 マンションの正面玄関の前で、吾蘭にそう訊ねた。
吾蘭が好きなのは近くの住宅街入り口の公園かアイスクリーム・ショップの近くの児童公園…。

 吾蘭は児童公園の方を指差した。 
児童公園には遊具が沢山あって幼い子ども向きだが、ベンチが多いのでお年寄りも結構日向ぼっこに来ている。
夜には若いカップルが多くなるけど…。

 他の子どもたちに混ざって吾蘭が遊具で遊んでいる間…ノエルはベンチに座って吾蘭の様子を見ていた。
近所の知り合いのお母さんたちが時折親しげに話しかけてくるので…うまく話を合わせて愛想よく振舞う。

 ちなみにノエルはお母さんたちの間でも…ノエルくん…と呼ばれている。
西沢の部屋に寝泊りしていた可愛い男の子…というイメージが強くて…子どもが産まれてからも…吾蘭くんのお母さんとは呼ばれない。
男の子だと思ってたけど…女の子だったのねぇ…とその場限りで納得しただけで…お母さんたちの頭の中ではずっとノエルくんのままだ。

 吾蘭は他の子どもたちと何ら変わるところなく屈託なくよく遊ぶ。
周りの子どもたちの中にはひょっとしたらワクチン系の子も居るのかもしれないが…特に誰かと喧嘩する様子もない。

 やっぱり…あれは嫉妬か悪戯…だったんだろうな…。
ノエルは少しほっとした気分になった。

 昼近くになって…少し雲が出てきた。
あたりは急に寒くなった。
周りが帰り支度を始めたのでノエルも吾蘭を呼んだ。

 吾蘭がこちらへ駆けて来ようとした時…急に反対側の木立の向こうから妙な連中が飛び出してきた。
危険を感じたノエルは吾蘭の方へ駆け寄った。

 彼等は周りに居たお母さんや子どもたちを蹴散らすように突進し…弾みで何人かの子どもやお母さんが突き倒された。
お母さんたちの悲鳴と子どもたちの泣き声が公園に響いた。

 ノエルが間一髪で吾蘭を抱き上げた。
肩透かしを食らったひとりがふたりを追い始めた。

 公園での騒ぎを聞きつけて…人が集まって来た。
その中にノエルは谷川書店の店長の姿を見つけた。

 「店長! 吾蘭をお願い! 」

 ノエルがそう叫ぶと…店長は急いで手を伸ばした。
吾蘭を店長に預けたノエルは追って来るひとりを軽くかわすと肘打ちをかました。
彼はあっけなく転がった。

 その様子を見ていた他の連中が一斉にノエルの方へ向かってきた。
誰かに操られている…というわけではなさそうで…むしろ本人たちが暴れたくて暴れている…という感じだった。

 能力者ではない…。 ノエルは咄嗟に感じ取った。
そんじゃまあ…遠慮なく暴れさせて頂こうっと…。

小柄なノエルに油断したか…彼等は警戒することもなく飛び掛ってきた。

てめぇら俺に襲い掛かるのは百年早いわ!

 そんな感じで公園で暴れる不逞の輩をあっという間に吹っ飛ばした。
きゃ~っとお母さんたちから黄色い歓声が上がった。

ノエルく~ん…カッコいい~…最高ォ!

 誰かが知らせたらしく公園脇の交番からお巡りさんが飛んで来て転がっている暴漢どもを捕まえた。

 ノエルは吾蘭を預けた店長の姿を捜した。
店長の姿は見当たらなかった。
心臓が高鳴った。

 慌てて公園の外に出てみたが…何処にも居ない。
大声で吾蘭の名を呼んだ。 遠くで泣き声が聞こえた。
声の方へ走った。

 黒い車がすぐ脇を滑るように通り過ぎた。
吾蘭が泣き叫んでいた。 

 「アラン! 」

 ノエルの中で何かが切れた。 猛烈な怒りが込み上げてきた。
騙したな…大切な仲間の顔を使って…僕を欺いたな!
僕の…僕の…アランを返せ!

 「卑怯者! 」

 大声でノエルが吼えるのと同時に走っていたはずの車がいきなり消えた。
消えた…というよりは粉々に崩れ落ちた。
運転していた男と後部席のふたりが勢い余って激しく転げた。
 そのひとり…吾蘭が泣き顔のままむっくり起き上がってノエルの方に向かって駆け戻ろうとした。
後部座席の男が吾蘭を捕まえようと手を伸ばした。

 小さな吾蘭の髪が一瞬逆立った。
男の差し出した手がボキッと鈍い音を立てた。 腕を叩き折られた男が思わず悲鳴を上げた。
 誘拐犯たちは信じ難い現象を目の当りにして身震いするほどぞっとした。
ノエルが猛スピードでこちらに向かって駆けて来るのを見て、吾蘭が向かった方とは逆方向に逃げ出した。

 吾蘭の眼には助けに来てくれたノエルの姿がちゃんと映っていた。
真っ直ぐノエルが見える方へと走った。 転がる方が速いような走り方だけど懸命に…。
ノエルが手を伸ばして吾蘭を抱きとめた。
アランは必死でしがみついた。

 「アラン…ごめん…怖かったねぇ…。 ノエルが騙されたからいけなかった。
ごめんね。 あいつ等…悪い奴だってアラン…気がついたんだよね。
小さいのに偉かったね…。 よく頑張ったね…。 」

 吾蘭が彼等にどれほど敵意を感じ取ったかは不明だが…危険な相手…もしくは敵であることを認識したのは間違いなかった。

お~い…。 大丈夫だったか~…? 怪我なかったか~…?

 背後から谷川店長の声がした。 えっ…?とノエルは振り返った。
首の後ろを押さえながら…ふらふらと店長が近付いてきた。

 「いやあ…すまん…すまん。 僕の不注意だった…。
危ないからアランを店に連れて行こうとしたら…不意にガンッとやられてな…。」

店長はまだ調子悪そうに首を左右に曲げた。

 「それにしても…よく怪我しなかったなぁ…。 遠くから見てもすごい勢いでころげたぜ…。 
車…粉々だし…。 」

 吾蘭の頭を撫でながら驚いたように店長が言った。
怯えた泣き顔からちょっとだけ笑顔を見せた。

 「紫苑さんだよ…。 
あの瞬間に…アランの身体を気のクッションでプロテクトしたんだ。
 車は僕だけど…アランを捕まえようとした男をやっつけたのも紫苑さん…。
紫苑さん…相当怒ってるから…あいつ…きっと腕をへし折られてるね…。

 店長…ごめんね…。 巻き添え食わしちゃったね…。
どこか痛めてるといけないから紫苑さんに診て貰おうよ…。
ほんの少しなら治療もできるんだ…。 」



 谷川店長の頭から背中にかけて…西沢は丁寧に調べて行ったが怪我と言えるほどの怪我はなかった。
ただ…首の辺りに何か強い衝撃を受けたような痕跡が感じられた。
西沢はその部分が受けたダメージを軽減させた。

 「すぐに…楽になりますよ。 殴られたわけじゃないようです。
言わば…電気ショックみたいなものですね。 奴等の気の力なんでしょうが…。」

 巻き添えを食わせて申し訳なかった…と西沢も詫びた。
お役に立てなくて…と谷川は恐縮した。

 吾蘭は来人と一緒にミルクを貰っていた。
今はけろっとしているが…今夜はきっと興奮して眠れないだろう…。

 「西沢家の家長から…一族のみんなに連絡が来ました。
かなり…大変なことになっているそうですね。
平気で人殺しもする奴等だから…十分に気をつけるようにと…。 」

 谷川は不安げに西沢を見た。
西沢はその通りだと言うように頷いた。

 「ご覧のとおり…こんな小さな赤ん坊までさらいますよ。
実は…誘拐未遂はこれで二度目なんです。 
 生まれてすぐのあの事件は…実際には奴等の仕業なんですよ…。
何をする気かは知らないが…執拗にこの子を狙うんです。

僕もそろそろ堪忍袋の緒が切れそうでしてね…。 」

 ノエルが言っていたとおり…西沢は相当頭にきているようだった。
店長が聞いた噂では…妊娠中にノエルが襲われたり…部屋を銃撃されたり…何度も嫌がらせを受けているというから…その上に誘拐未遂が二度ともなれば怒髪天を衝くという状態でもおかしくはない。
これだけ落ち着いていられる方が不思議なくらいで…。

 「今…族長たちが懸命に対策を練っている最中です。
何かの時にはどうか協力をお願いします。 」

 西沢は谷川にそう頼んだ。
谷川は勿論…と頷いた。 
こんな体たらくで…どれほどお力になれるかは分かりませんが…。

 いやいや…皆さんの協力があればこそ…族長も安心して動けるのですから…。
そんなふうに言われて…ますます恐縮した。

 ノエルと二~三言葉を交わした後…西沢に治療の礼を丁寧に言って、谷川店長は自分の店へと帰って行った。

 店長が引き上げてしまうと…西沢は吾蘭に遅い昼御飯を食べさせているノエルの傍に行った。

 「まだ…膝がガクガクしてるよ…。 」

 そう言いながらノエルは吾蘭の頭を優しく撫でた。
吾蘭がにっこり笑った。
西沢がそっと肩を抱いた。

 「頑張ったな…ノエル。 すごい力だった。 正直…驚いたよ…。 」

車を粉々にしちゃうなんて…さ。
あんまり浮気ばかりして…きみを怒らせないようにしなきゃな…。
まだ粉々には…なりたくないんで…。

 「でも…紫苑さんが護ってくれなきゃ…アランに怪我させるとこだったんだ。
僕…ほんと考えなしだから…。 」

 ノエルは反省しきり…。
西沢は微笑むだけで何も言わなかった。
そっと額を摺り寄せて…優しくキスした。

 吾蘭がきょとんとそれを見ていた。
僕も…と言わんばかりに西沢に向かって両手を伸ばした。

 西沢は笑って吾蘭を抱き寄せ…同じようにキスしてやった。
吾蘭が嬉しそうに笑った。
お父さんっ子の吾蘭はホットケーキのシロップでいっぱいの唇で、西沢に可愛いお返しをくれた。

 吾蘭の大好きなお父さんの顔は、吾蘭のお口のまわりそっくりに汚れてしまったけれど…なんだかとても幸せそうに見えた…。
 








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続・現世太極伝(第八十話 予兆…宿命の子…。)

2006-09-23 22:42:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 西沢が予想した通り…警察は間もなく銃の持ち主を探し出した。
智明は三宅の痕跡を消したのであって銃を拭き取ったわけではないから他の指紋はそのままで…それがどうやらその筋のお方のものだったらしく…前があるらしいそのお方はあっけなく捕まってしまった。

 しかも…有名な超美人のお告げ師殺し…を自慢げに白状したという。
お告げを受けようとしたら断られた…政財界のお偉いさんばかりを相手にして御高くとまっているのが気に食わなかったとかで…。
勿論…そんなのは奴等がそう言わせただけのことだが…。



 人間…命が係っているとなると少しはやる気になると見えて…年末までにはかなりの族長が試案を提出してきた。
代表ひとりで作成したわけではなく…担当地域の族長たちと話し合いの上でのことだが…かなり大掛かりな組織を考えているものが多かった。

 無論…それが可能ならそれにこしたことはない。
ドカンと大きな組織を立ち上げて警戒・警備にあたるなんて…そりゃあ最高だけれども…意地と面子に凝り固まったてんでばらばらなものをようようひとつに纏め上げようとしている現状を思えば…企業をひとつ立ち上げる以上に難題がついてまわる。

 現在開かれている族長会議は…もともとは若手にトラブルの起きた一族からの要請によって招集されたものであるにも関わらず…裁きの一族の宗主の好意によってその開催費用が賄われている。

 これから先のことを考えれば族長たちもいつまでも宗主の好意に甘えているわけにもいかないから、族長会議の継続経費のことも連携組織の運営にかかる費用のことも早急に考えなければならない。
 宗主のようにポケットマネーで会議費用を賄えるような超富豪は別格として、家門によってかなり財力に差があるために、それぞれが負担できる費用がまちまちになることは避けられない。

 そんな中で…端から大掛かりな組織を作ろうとするのは無謀である。
出せるところが出せばいい…と言うのなら如何様にも出来ようが…それでは財力がない為に暗に発言を制限されてしまう家門が出てこないとも限らない…。

 経費のことだけではなく…あまりに大きい組織をいきなり作ってしまうと…組織がうまく機能するまでに時間がかかる。
目立った動きを見せたのはここ二~三年だが…HISTORIANはすでに十年近くこの国で活動をしている。
それを考えれば時間に余裕のないことも明白…。
 
 中央集中型の大掛かりな連携組織立ち上げ試案が多い中…地域の代表家門としての試案ではないが滝川一族は地方分散型を提案…。
さすがに滝川一族はこれまでも全国に独自のネットワークを作ってきただけあって…考え方は至ってシンプル…大仰なことは一切なし。

 中心となる常設の設備は…まずは事務所程度の規模で構わない。
新設が面倒なら…代表者の自宅に空いた部屋があれば…それで十分…。
各家門に代表の指令と必要な情報を発信することさえできればいい。

 常時にあっては地方分散型…の連携組織で構わない…。
非常時において中央の代表者の指令に即座に対処できるシステムさえきちんと作られてあれば…。

 何れは独自に展開するにせよ…先の分からない現時点では訓練・調査など大掛かりなことは…すでに体系的に整っている家門がお互いに割り振って引き受ければいい…。

 要は普段はまったく馴染みのない者たちが、家門の枠を越え、代表となる者の指令に従って素早く行動できるようなシステム…を早急に作り上げること。

 今の状況から考えれば…寄せ集めの緊急派遣部隊のようなものだから…各家門からこれはという逸材を選び…それを如何に効率よく機能させるか…が最重要課題。
それには…云々…。 

 同じようなシステム重視の試案を地域代表の西沢本家の当主…祥も提出した。
滝川一族とは同地域なので…相談の上で作成したのだろうが…祥はさすがに財界の人だけあって必要諸経費の試算まで添付してあった。

 全部の試案を族長会議だけで検討するわけにもいかないので…宗主は一族の中の専門家たちを集めて提出された試案の内容を検討させ…再構築させて3タイプほどの案に纏め直させた。
その作業も並大抵ではなく…急ぎの仕事と依頼してもかなりの日数を要した。



 両腕と脇に荷物を抱え…買い物から帰って玄関の扉を開けた途端…ノエルは思わず足を止めた。
上がり框のすぐ下の三和土の上に来人が転がっている。
どうやら落っこちたらしいが…床と土間との段差があまりないのと靴がクッションになったのとで怪我はないようだ。
靴箱にもたれていた吾蘭がちらっとこちらを見た。

 「紫苑さ~ん! 」

大声で呼ぶと西沢が慌てて仕事場から飛び出てきた。

 「どうした? おおっ? クルトくん…きみはなんでここに居るのかなぁ?
しまったなぁ…おむつ替えてサークルに入れとくの忘れてた。 」

 西沢がひょいと拾い上げ、居間の方へ連れて行った。
吾蘭がちょこちょこと後を追った。

 「玄関まで自力で転がってったんだろうか…? 」

ノエルが少し不安げに言った。

 「だろうね…多分…。 」

ふたりとも頭を掠めた不安は口にしなかった。

 いくらまだ…はいはいもできない小さな赤ん坊だとは言っても…吾蘭が抱えて運ぶには重過ぎる。
赤ん坊は転がって移動したり…足で床を蹴って背中で滑って移動したりするから…月齢がいってなくても自分で動いて行って落ちる可能性は十分ある。

 「あんまり神経質にならない方がいいかもな…。
アランにとっても逆効果かも知れないし…。 」

西沢がそう言うとノエルも…そうだね…と頷いた。

 吾蘭は来人の傍で絵本を広げ始めた。
何かぶつぶつ言っているところを見ると来人に絵本を読み聞かせているようだ。
 そんな仲の良いふたりの姿を見れば…親としては不安も何もすぐに吹っ飛んで…その微笑ましい光景に穏やかな気持ちになるのだが…。

 「アラン…おやつだよ…。 手洗っておいで…。 」

おっという顔をしてちょっとテーブルの方を覗いてから…とことこ洗面所に駆けて行った。

 それから数日経って…仕事が一段落した西沢は…この時期新入学生用の注文受付と発注で忙しいノエルに代わって吾蘭だけでなく来人も一緒に看ていた。

 お昼寝の時間…いつものように居間でふたりを寝かせていたが…仕事明けということもあって…ついうっかり西沢の方が先にうとうとしてしまった。

 何かが動く気配ではっと目が覚めた時…西沢の目にとんでもない光景が飛び込んできた。

 吾蘭が座ったまま後退りして…お尻で来人を押している…。
少しずつ少しずつ…来人は西沢の傍から離れ…だんだん廊下の方へ…玄関の方へと押しやられていく。

 西沢は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
上がり框のところまで行くと…吾蘭は玄関の方へお尻を向けて来人の身体を押し出した。

 ごろんっと来人は落っこちた。 並べた靴がふんわり受けた。
この前は泣かなかったが…今度は寝起きなのでびっくりしたらしく大声で泣き出した。

 西沢は吾蘭を現行犯逮捕…。
来人を拾い上げ…脇へ寝かせていい子いい子してから吾蘭に訊ねた。

 「アラン…今…来人に何したの? 」

吾蘭は答えずに俯いた。

 「アラン…ここにごろんしてごらん…。 」 

 西沢が上がり框を指差した。
吾蘭は素直に転がった。   

 「ごろんしたまま…お靴見てごらん…。 」

 さほどの高さではないが吾蘭の眼から見ると靴はかなり下の方にある。
西沢は吾蘭に背を向け…吾蘭が来人にしたようにそっと吾蘭をお尻で押した。

 ごろんっと吾蘭は靴の上に落ちた。
靴に当たったところが少し痛かった…実際の痛みよりもずっと痛く感じた。

 「アラン…どう…面白かった? 」

 吾蘭は俯いた。 面白くなんかない…。 怖かったし…痛かった…。
まだ二歳にもならない吾蘭では…言葉にはならなかったが…。

 「もっとやって欲しいと思った? 」

吾蘭は俯いたまま首を横に振った。

 「アラン…アランがやって欲しくないことは…クルトも嫌なんだよ。
クルトはアランより小さいし自分で起きられない。
 だから…もっと怖くて…もっと痛いんだよ…。
怪我して…血がでたり…骨を折ったりすることだってある…。
落っことしたりするのは…とっても危ないことなんだ。

アランは痛いのが好きかい…? 」

嫌々をして西沢を見た。

 「アランが嫌だと思うことは…クルトや他の人にしてはいけない。 
もし…アランが面白いと思ってもクルトや他の人には怖いだけかもしれないんだから…人が嫌がることはやっちゃいけないんだよ。

分かったかい…? 」

うんうんと頷いた。

 「よし…いい子だ…。 上がっておいで…。 」

 西沢が手を伸ばすと吾蘭も抱っこの手を伸ばした。
西沢はひょいと吾蘭を抱き上げて頬ずりした。
吾蘭はくすぐったそうに肩を竦めながらも嬉しそうに笑った。

もう片方の手で来人を抱えあげて西沢は居間に戻った。

 吾蘭は何事も無かったかのようにコルクの積み木で遊び始めた。
すぐ傍で来人がタオル生地のぬいぐるみを齧りだした。

 西沢は雑記用のスケッチブックにその様子をデッサンしていたが…やがて大きな溜息をついて手を休めた。

 ただの遊びか悪戯であって欲しい…。
そう願った。

 まだ…それほど言葉を話せない吾蘭に理由を問うても無駄なだけ…。
どれほどの考えもなく…やっていることかもしれないし…。

 アランはまだ赤ちゃんなんだ…。
赤ちゃんが敵を排除しようなどと考えるわけがない…。

 焼きもちかもしれない…そう…クルトに焼きもちをやいたんだろう…。
それなら…ライバルの排除を考えることも有り得るかも…。
よくあることだ…。

敵対するプログラムのせいだ…とは出来るだけ考えたくなかった。

どうか…ふたりが意味もなく相争うことのないように…。
西沢は天に祈るような気持ちで子どもたちを見つめていた…。


 







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続・現世太極伝(第七十九話 心優しき人々の為に…。)

2006-09-21 17:45:40 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 早朝…社外データ管理室特務課の扉を開けた途端…靴磨きのブラシのように刈られた頭が眼に飛び込んできた。
 海栗とか毬栗と言うには柔らか過ぎる髪質で…毬藻というには硬過ぎる。
なんとも表現のしようがない…。

勤務表片手に浮かない顔をして仲根が溜息ついていた。

 「お早う…っす! どうしましたぁ…朝から凹んでるじゃないですか? 」

亮が訊ねると…仲根は勤務表を指差した。

 「超…有り難いことにイブと…クリスマスと…連荘で休み頂けちゃったんだよ!
俺…全然予定なし…! ひとりで乾杯しろってかぁ…? 」

 彼女見つけろってことだと思うけどね。
くすくす笑いながら…亮は自分のデスクの上の出勤表を手に取った。

 「あ…僕はクリスマスだけ休み貰えた…。
そうだ…丁度いいや…紫苑ちのパーティに来ませんか…?

 ノエルの誕生日がクリスマスなんで…イブの夜からクリスマスにかけて…みんなでわいわいやるんです。
ここ2年ほど出産続きでやらなかったもんで…今年こそってんで…。

残念ながら…若い女性は居ませんけど。 面白い人ばかりですよ。 」

 行く~…もう何処へでも行く~…でもいいのかなぁ…勝手に決めちゃって…。
仲根は不安げに言った。

 「平気…構いませんよ。 出入り自由…飛び入り参加歓迎だから…。
もし…気になるってのなら…何か持ち込み料理がひとつでもあると滅茶苦茶喜ばれますよ。
たこ焼きでも豚足でも…要は何でもいいんだけど…手作りでも…レンジでチンでも構わないんで…。 」

おっし…分かった…考えよっと…! 仲根は急に浮き浮きし出した。
そういうことなら…クリスマスが休みでも悪くない…うん…悪くない…ぞ。



 出勤だった亮と待ち合わせて…仲根は西沢のマンションにやって来た。
部屋にはすでに何人もの客が集まっていた。
紅村旭とか相庭玲人など…仲根の知ってる顔もあった。
 客というよりはみんながスタッフみたいで…わいわいがやがや動いていて…それぞれに持ち寄った料理や飲み物…デザートなんかを広げていた。

 勿論…西沢と滝川がいつものように腕を振るった料理を用意し…ノエルと輝がテーブルをセッティングしておいたが…テーブルはあっという間に持ち寄り料理で埋め尽くされた。
いまやバイキング状態…。

 「お…仲根くん…ようこそ。 テキト~に楽しんでってね。 」

紫苑が声をかけると仲根は持ってきた包みを渡した。
中身はでっかいミートパイ…。

 「おおっ! すげぇ! きみが作ったのぉ? 」

周りの好奇の目が集まった。

 「あ…作った…ってか…市販のパイ生地にミートソース詰めて焼いただけなんすけどぉ…。 」

美味しそう~。 こんがり焼けたパイの香りがみんなの鼻孔を擽った。
あれ絶対食べようね…花木と田辺が囁きあった。

 ベビー・サークルはさながら赤ちゃん動物園…来人と絢人が転がっている傍で吾蘭がきょろきょろと辺りを見回している。
 みんなが時々それを覗き込むので…出せと手を伸ばす。
御飯までちょっと待っててね…と言われてしぶしぶ座り込む。

 まずはみんなで乾杯して…みんなの無事とノエルの誕生日を祝った。
西沢が吾蘭を出してやったのはそのすぐ後だった。
吾蘭は大喜びで…今まで見たこともないテーブルいっぱいのご馳走目掛けて駆け出した。
 
 吾蘭は仲根のズボンの裾をきゅっと引っ張り…仲根のミートパイを指差して軽く2回お辞儀をした。
どうやら…お菓子だと思っているらしい。

 仲根は笑いながら小さく切り取ってお皿にのっけてやった。
吾蘭は嬉しそうにお皿を持ってゆっくりと西沢の傍へ運んだ。
 西沢の膝の上にちょこんと座ってひと口齧った途端…首を傾げた。
それでもまた口に運ぶ…。
思っていた甘いお菓子とは違ったが…ミートソースは気に入ったようだ。

 花木はあまり料理が得意ではないから…仲根のお手軽パイに感心した。
田辺も…忙しい時に来客に出す料理としても見栄えがするよね…と感想を述べた。
 サケのホワイトソース入れたり…中華まん風にしちゃってもいいんじゃない…?
輝がそう言うと…あ~ぁ…そうねぇ…それもいいわねぇ…とおばさま方…。

 おいしい~! ソースは手作りみたいねぇ…水分飛ばしてから焼くのかしら? あなた…お上手ねぇ…。 
仲根…おばさま方に大もて…。

 今度こそ目指すお菓子を…吾蘭は…紅村や滝川と談笑中の西沢に甘いのをくれとねだった。
たびたび話の腰を折られても興醒めなので…西沢は大皿に果物やプチケーキ…かぼちゃプリン…肉団子やソーセージなど吾蘭の好きそうな御馳走をでんと盛り付けて吾蘭専用お食事マットの上に置いてやった。

 大好きなものがいっぺんに目の前に並んで…吾蘭ご満悦…頗る上機嫌…。
その様子を面白そうに見ていた亮が…きみにそっくりじゃん…とノエルに言った。
まさに縮小版…と玲人が声をあげて笑った。

 心の中に不安を抱えてはいるものの…みんな思い思いにイブの夜を楽しんだ。
今夜…来られなかった人たちの為に…そしてそれぞれに関わり合いのある心優しき人たちの為に…その幸せと健康を祈って乾杯した。



 観光には向かない年末の慌しい時期だというのに…観光目的の外国人グループがN空港に降り立った。
迎えに来た案内係と思われる男たちに連れられて彼等は空港から姿を消した…が、誰も観光している彼等の姿を見かけることはなかった。



 社外データ管理室特務課では…この国と同じような状況が別の国でも並行して起きているのかどうか…を調査していた。
HISTORIANの活動が世界的であることは分かっているが…どの国でも国家中枢に密接に関わろうと画策するほど活発に動いているのか…そこが確認すべき点だった。

 三宅が遺跡に呪文をかけていた頃に…ビミニロードの旅行者や金井たちとは別の海外ロケのクルーの中にも異常行動をとる者が居たという証言をもとに…現地の能力者に協力を依頼して現状を調べて貰っていた。

 海外に関しては三宅は呪文を使っていないし…最初は…三宅と同じように利用されている能力者が他にも居るのではないかと考えられていた。
だが…その後いくら調査しても…この国で起こったようなプログラム同士のトラブルが見えてこない…。

 つまり…海外においてはそれほど眼に見えた被害者は出なかった…ということで…これはDNAに乗っかったプログラムを原因と考える立場からすれば…有り得ないのではないか…?

 この国で生活する者だけが発症し…海外では誰も発症しなかったなどということがあるとは思えない。
最初に奇妙な行動をとった者たちの中には現地のスタッフも居たのだから…。
場所が世界的な観光地だから…被害が各国に分散されてしまって目立たないということだろうか…?

 もし…この国だけに起きていることなら…それは偶然ではなく予め計画されたものであり、最初からこの国に的を絞ってのことだと考えられる。
そうなると…世界中に散らばって存在するはずのHISTORIANが何故この国だけを目的地に選んだのか…という疑問も浮かんでくる。

 「う~ん…現地の報告では…やっぱり目立った事件はありませんねぇ…。
まあ…尤も…この国より治安の悪い国ではただの喧嘩沙汰に思われて処理されてしまうのかもしれませんが…。 」

 パソコン画面上の現地報告をじっと見つめながら大原室長は言った。
やっぱりな…有は頷いた。

 この件について有が何か引っ掛かるものを感じ始めたのは…西沢がHISTORIANのひとりと会って話をした頃だった。
『この国でプログラムが動き出すのはもっと後のことだと思っていた…。』
そのような内容のことを彼等が話していた…と西沢から聞いた。

 その当時はまだ三宅の呪文のことも何も分からない時だったから…有もそれほど真剣に考えたわけではなかった…が…。
しかし…まるで他の国ではすでにプログラムによる問題が起きているかのような口振り…に何処か違和感を覚えたのだ。

 問題が起きているとすれば…考えられるのは…最初にHISTORIANが施設を攻撃されたE国だが…E国内で奇妙な暴力事件が流行っているなどという情報はその頃まったく入って来てなかった。
 
 「何かの理由で…この国を急遽狙うことになった…ってところかな…。
E国で起きた襲撃事件は…ひょっとしたらプログラムを操る実験の失敗だったのかも知れないぞ…。
 自分たちがやって失敗したんで…今度は三宅に呪文をかけさせたのかもな…。 
結果的にはそれも失敗だったわけだが…。 」

 三宅の呪文を使ってオリジナル系を炙り出し…一網打尽にしておいて…権力者を思うままに操り…そして…その先…どうするつもりだったのか…?

 「海外の遺跡でおきた異常行動者の出現は…どうやら…誤魔化しだな。
海外でもオリジナル・プログラムによってとんでもない事態になっていると…我々に思い込ませるための演出だ…。 」

 本当は…この国の何を炙り出すつもりだったのだろう…?
まるで現代の救世主であるかのように振舞ってはいるが…。

救世主どころか…破滅王だ…。

 「よし…この結果を宗主と特使に報告してくれ…。
奴等の目当ては…この国の何か…だと…。
国内の奴等の動きに特に注意するように…な…。

 まあ…最終的には世界全体を狙うのかも知れんが…この国がそのための最初の的なら…その野望をここで終わらせてやろうぜ…。
奴等の野望の足がかりになって滅びるのはご免だからな…。

 エージェントや族長会議の面々には宗主を通して連絡が行く…。
きみたちは…海外の情報にも引き続き眼を向けていてくれ…。 」

分かりました…と大原は答えた。

 この国も…とんでもない奴等に眼をつけられたもんだ…。
ばばさまの命懸けの呼びかけがなかったら…知らないうちに乗っ取られていたな。
有は…若くして散った薔薇の君を思い出していた。

 先代天爵さまは…実に…偉大な女性だった…。
紫苑が愛し…愛された人…。

 紫苑が西沢の養子ではなく…木之内で育っていたなら…ふたりの想いは成就していたのだろうか…。
いや…仮に木之内であっても家門という壁は壁…越えられぬか…。
運命というものは…残酷なものだな…。

 何より愛して止まぬ息子をただ遠くから見つめるしかない父親は…運命というものの過酷さを誰よりも熟知していた…。
幸いにも…父も子も周りの人に恵まれて生きているということが…痛む心の救いではあった。

 







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続・現世太極伝(第七十八話 温もりは…生きている証…。)

2006-09-19 16:50:51 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 祥の質問が終わると…議長は会議場内を見回し…挙手している族長を指名してまた次の質問を受けた。

 「銃を持っているということに気づかないほどに操作されていながら…ばばさまを撃たずに済んだ…。
三宅くんが彼等の命令を拒絶できたのは何故だと思われますか…? 」

議長が智明の方を見た。

 「紅村先生のお宅の前で襲われた折に…三宅はどうやら奴等の命令を極力拒否できるように自らに呪文をかけたようです。 
銃の方は…銃自体にも何か細工をしてあったのではないかと考えます…。 」

智明がそう答えると…紅村が挙手した。
議長が指名した。

 「あの時…確かに呪文のような声が聞こえました。 
私はそれをお経のようだと感じておりましたが…。 」

紅村は…三宅が危険を回避しようと努力したことを証明した。

議長はまた族長たちの方を見渡し指名した。

 「女を殺して自殺しろ! おまえの役目だ!…と三宅くんに命令する声が再現映像の中にありました。
奴等は…どういう結果を望んでいたと思われますか…? 」

その質問に対して…智明は憤懣やるかたないといった大きな溜息を吐いた。
質問した相手に怒りを向けたわけではなかったが…。

 「先ほども申し上げたように…三宅は外から庭田に入った者です。
ご存知のとおり…姉は美しい人でしたから…三宅が姉に懸想して無理心中を図ったように見せかけるつもりだったのでしょう。

 遠隔操作ができるほどの能力を持ちながら…わざわざ銃を使ったのはそのためだと思われます…。
三宅の抵抗で失敗に終わりましたが…。
純粋に…姉の為に働いてくれていた三宅の気持ちや…姉の無念を思うと…卑劣な奴等に対して憎しみさえ感じます…。 」

智明の話を静かに聞いていた三宅が突然…身を震わせて嗚咽した。

議長が他に…何か…訊ねたが…現時点では何もないようだった。
議長は纏め役の宗主に指示を仰いだ。

 「亡くなった天爵さまに伺った話によると…奴等は…どの時代においても…突如姿を現し…時の権力者などに取り入って実権を握り…異なった価値観を無理やり押し付け…思うさまやりたい放題のことをして滅びを招く…のだそうだ。

 外敵からおまえたちを護ってやるとか…協力を惜しまないとか…内部にはびこる悪どもをやっつけてやる…などと上手いことを言って…巧みに権力者や民衆の心を惑わす。
 現代人の身体には…どうやら古い時代に彼等によって蒔かれた…災いの種が存在するらしく…よほど注意していないと…つい甘言に乗ってしまうのだという。
 
 今回の場合…各家門に送りつけられた悪戯文書のようなものに記載されていたのは…古い時代から居る魔物たちが再びこの世に騒動を起こそうとしているなどという内容だった。

ま…これは嘘ではなかったな…彼等が自分で暴露したようなもんだ…。

 諸兄・諸姉も…もうお分かりだとは思うが…この事件は亡くなったばばさまひとりに関わる問題ではない。

 このままいけば…それと知らぬうちにどのくらい犠牲者が増えるかも分からぬ。
奴等は我々すべての命を狙っていると考えていい。
命に代えてそれを伝えようとした天爵さまの死を決して無駄にすまいぞ。

 早急に…奴等に対する対策を立てなければならない…。
それにはすべての能力者が連携するための組織や…その組織を統括する代表が必要となる。

現在は…裁定人がその代行を務めているが…本来…裁定人と組織を統括する代表者とは、協力関係にはあっても…別でなければならない。

そこで…。 」

 宗主は族長たちに新しい組織の立ち上げと代表者について…できる限り迅速に話し合い、一日も早く実現させることを提案した。

勿論…いくら早急にと言っても今日の今日というわけにはいかないので…近いうちに族長会議を招集することにして…できるだけそれぞれに具体案を纏めて提出して貰うように指示した。

 麗香の非業の死をきっかけに族長会議はようやく目的に向かって動き始めた。
未だ亀のような歩みではあったけれど…。



 来人にお休み前のミルクを与えているノエルの傍で…吾蘭がごろごろしながらお土産の大きなビスケットを頬張っている。
ひとつだけの約束で…封を開けた。

 宗主のお召しで…急にノエルが出かけることになったものだから…吾蘭と来人は今日一日…智哉や倫と過ごしていた。
今…食べているのは…お利口にしていたご褒美…。

 最後のひとかけらを食べてしまうと…吾蘭は小さな歯ブラシを持ってきた。
とことこと西沢の仕事部屋へ駆けて行く…。
小さな手でとんとんと扉を叩いた。

 西沢が顔を覗かせると…歯ブラシを差し出して…軽く二回頭を下げた。
西沢は歯ブラシを受け取って片手でひょいと吾蘭を抱き上げ…居間へ連れて行った。

 吾蘭をごろんと寝転がして…あ~んと口を開けさせ…西沢が丁寧に歯を磨く…。
吾蘭はノエルが不器用で下手っぴなのをちゃんと知っているので…歯磨きは必ず西沢のところへお願いに行く。
西沢が居ない日は歯磨きするのもなんとなく不安げだ。

 今のところ…吾蘭に変わった様子はなく…来人に対して攻撃的な態度や行動を取ることもない。
来人が幼すぎて…まだ敵意のかけらもないからだろうか…。
それとも…まだきっかけとなる何かのスイッチが入っていないからだろうか…。

 何気ない日常の…家族の集う穏やかな空気の中に居てさえも心の奥底にひっかっかって離れないものがある。

 吾蘭と来人の持つ相反するプログラムが将来的に彼等の感情や行動にどう影響を与えるのか…。
敵対するプログラムの完全体同士のトラブルを回避することは可能か否か…。

 それを解くことは西沢に与えられた最大の課題である…。
西沢が生きてこの世にある限り…避けては通れない…。

 歯磨きが終わってしまうと西沢は仕事部屋へ戻り…ノエルはふたりを連れて子供部屋へ行った。

 ベビーベッドは来人が使っているので、吾蘭は亮が使っていた大人用のベッドの両側に柵をつけて貰い、そこでごろんごろんしながら眠る。
ベビーベッドよりはるかに広いところで転がれるので余裕で遊べる半面…ちょっと広過ぎて寂しい時もあるようだ。

 子どもたちを寝かしつけるのは別にノエルの役目というわけではない。
明日渡しの仕事が少し残っているので仕事部屋に籠もっているだけで…普段は西沢の方が積極的…子どもを観察するのが面白いらしい…。

 ふたりが眠ってしまうと…ノエルは寝室へ向かった。
まだ…いつもより随分早い時間だったけれど…寝転がりたかった。
ベッドに倒れ込みながらふうっと溜息をついた。

 何か…疲れたぁ…。
なれない能力を使ったから…ぐったりだ…。

 薔薇のお姉さん…綺麗な人だったんだなぁ…。
紫苑さん…なんで別れちゃったのかな…?

会議場中央に掲げられた天爵ばばさまの遺影で今日初めてその姿を見た。
何処か…スミレに似ていた。

 オネエぶってなければ…スミレちゃんも結構いい男だもんね。
あんまり真面目な顔をしてたから…別人かと思ったよ…。

そんなことを思っている間にとろとろと眠り込んでしまった。

 何処かの扉を開け閉めする音がして…寝坊助のノエルにしては珍しくはっと眼を覚ました。
時計を見るとまだ夜半前…。

 いけない…目覚まし…かけ忘れた…てか…紫苑さんの夜食作り忘れた…。
取り敢えず…これ以上忘れないように目覚ましだけかけて…ベッドを降りようとした時…西沢が入って来た。

 「何…どうした? ひょっとして…起こしちゃったか? 」

西沢の方が驚いてノエルに訊ねた。

 「夜食…。 」

済まなさそうにノエルが言った。

 「ああ…いいんだよ…。 もう…終わったし…。 」

 西沢はそのままベッドに腰を下ろした。
サイドテーブルの読書灯をつけて…いつものように本を手に取った。

 「ねえ…紫苑さん…三宅は…どうなると思う…? 」

ノエルがポツリとそんなことを訊いた。

 「そうだね…この件では…おそらく…あの銃の持ち主が…奴等の代わりに警察に捕まることになるだろう。
三宅はその時点で…誰の眼も気にしなくていい立場になる。
もともと犯人ではないしね…。

 そうなったら智明が秘書かなんかに使うんじゃないか…。
少なくとも…智明は三宅を追い出したりはしないよ。
智明にとっても三宅のように気心の知れた部下は必要だからね。 」

 智明…。
ノエルは西沢がスミレちゃんと呼ばないのを不思議に感じた。

 「智明さん…って呼んだ方がいいの…? 僕も…? 」

恐る恐る西沢に訊ねた。

 「いや…ノエルは今までどおりでいいよ。 
智明もきみの前ではずっとスミレちゃんで居たいらしいから…。
もう…自分を隠すためにじゃなくて…お喋りを楽しむために…ってさ…。

 麗香を失って智明は…あの家に引き取られる前の自分に戻ることに決めたんだ。
庭田の当主として…新天爵さまとして…その務めを果たすためにね…。
だから…僕もそれに従っているだけだよ。

 ここだけの話…あんまり長いことスミレちゃんをやっていたんで…ついついあの口調が出ちゃうらしいぜ…。 
ほんと…困っちゃうのよ…って嘆いてた。 」

 ぷっとノエルが噴き出した。
何のかんの言っても…やっぱ…半分は地だと思うな…。
あの底抜けの明るさはお芝居だけじゃできないよ…。

 本を読む気が失せたのか…西沢は読書灯を消した。
邪魔して悪いことしたかな…とノエルは思った。

 温かいよ…ノエル…。 
ひとりじゃないって…こういうことだよな…。

 ノエルに身を寄せて…穏やかにそう呟きながら…西沢はまどろみ始めた。
寝床の温もりに耐えかねて睡魔に襲われたらしい。

 初めて出会った時に…西沢が言っていた…。
この温もりは…生きている証…。

 『僕の体温がきみを温めているけれど…きみの体温で僕も温かい。
命があるって…そういうこと…。
どんなに愛してやまない人でも命の火が尽きてしまえば…僕を温めてくれることはない…。
ここに居るだけで…きみは僕を幸せな気持ちにさせている…その温もりで…ね。
僕にとってはそれだけでも十分に意味がある。 』

 その時から始まった…。
まだ…好きも嫌いもなかったあの時…ただ添い寝をしてくれただけで…。
心と命を救われた…最初の日…。

 薔薇のお姉さんのようなわけにはいかないけれど…ずっと温めていてあげる…。
それが僕にできる…すべてだから…。

 愛する人を失ったあなたの悲しみが…痛みが…少しでも和らぐように…。
思い出に変えられるように…。






 




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続・現世太極伝(第七十七話 不思議能力者…事件当夜の再現映像)

2006-09-17 23:10:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 怜雄…英武…すごいや…と舞台の袖で成り行きを覗き見ていた亮はふたりの活躍を誇らしく思った。
 
 「カッコいいじゃん…あのふたりも…。
さすが紫苑さんと血が繋がってるだけあるなぁ…。 」

仲根が感心したように言った。
血だけなら僕が一番近いんだけどね…と亮は胸の中で呟いた。

 銃を持ち込んだのが姿の見えない男…ではなく三宅本人だという事実は…族長たちを戦慄させた。
敵は…人の意識を奪うことなく人を操ることが出来る。
 三宅の怪我の状況から考えて…三宅がばばさまを撃ったとは考えられないが…下手をすればそれも可能ではないか…。

 例えば極端な話…核爆弾の発射ボタンを管理している基地のトップが…いつもと変わりなく厳めしい顔して部下に小言をたれながら…何気なく発射ボタンを押している…本人はそれと気付かぬままに…ってことも起こり得るのではないか…?
今…この国に発射ボタンがなくて幸いだと…西沢は思った。

 予想以上にとんでもないことが起こりつつある…族長たちは今更ながらにばばさまの予見の正しさを思い知った。
ばばさまの言葉を借りれば…居眠りしていた族長会議がやっと眼を覚まし始めた。

 「おそくなりましたぁ! 」

突然…中央の扉が開いて…大声が響き渡った。
会議場内が一瞬しんとなった。

聞きなれた声に西沢が眼を丸くして宗主を見た。

 「ああ…僕が呼んだんだ…。 お伽に頼んで連れて来て貰った。 」

ノエルが…お伽さまを従えてこちらに向かって近付いて来た。

 「媒介能力者が到着したので…これから先の西沢兄弟のリーディングは諸兄・諸姉に直接映像で見て頂くことにする。
言葉で伝えるより見て貰ったほうが分かりやすいだろうからね。

 この媒介能力者はうちの先代と同じで変わった能力に長けてはいるが…あまり訓練を受けたことがないので…出力にむらがある。
おそらく持続力もそれほどはないだろう…。

 しかし現時点では…この手の能力者でこれ以上の力を持つ者は居ない。
時には途切れたりすることがあるかもしれないことを予めお断りしておく…。 」

 裁きの一族の宗主がノエルのことをそう説明した。
壇上に上がる前にノエルは族長衆と壇上の人々に向かってそれぞれに一礼した。
お伽さまに促されて壇上中央に用意された椅子にかけた。

宗主が立ち上がり…ノエルの前に進み出て膝をついた。

 「太極の化身…ようこそ…。 
今から…英武や怜雄たちリーダーがきみにリーディングした内容を伝えるからね。
きみはそれを…会議場中の人に映像化して見せてあげて欲しいんだ。 」

宗主は優しくノエルに話しかけた。
ノエルはちょっと不安そうに頷いた。

 映像化…って…ノエルにそんな力があったっけ…?
西沢は首を傾げた。
再現能力は確かに…あるけれど…。

宗主の指がそっとノエルの額に触れると…ノエルは眠ったように動かなくなった。

 「西沢兄弟…化身の傍に来て…きみたちに見えているものをそのまま伝えてくれないか…。」

控えていた怜雄と英武はその言葉に頷いてノエルの傍らに寄った。
ふたりがノエルに軽く触れながら事件当夜の現場の状況を読み始めた。

 「では…リーディングを再開する…。 」

議長が宣言した。
 
 宣言と共に次第に会議場内の空気が霞んできたように感じられた。
実際にそうなっているのではなくて…その場の人たちの眼に何やら再現フィルムのような映像が見え始めたためにそういう感覚が起こっただけなのだが…。



 そこは…天爵ばばさまの私室ではなく…報告や予定を聞いたり…指示を与えたりする部屋…言わば…薔薇の館における仕事部屋…。

 ばばさまが呼んでいるというので三宅は急いで仕事部屋に馳せ参じた。
三宅は問われるままに能力者とのコンタクトの状況を報告した。

今後の予定を聞かれて…手帳を取り出すべく…ポケットに手を入れた。

えっ…と来週早々にですね…。

 そう言って取り出したのは…見覚えのない銃だった。

なに…これ…僕のじゃない…。

 怯えた顔をしてばばさまを見る。 銃を持つ手ががたがたと震えた。
ばばさまも蒼い顔をして三宅を見た。

 三宅…奴等がおまえを嵌めたのよ…。
おまえのせいではないわ…。
ばばさまは三宅を落ち着かせるように言った。

撃て…。 その銃でその女を殺せ…。

何処からか…三宅に向かって命令する声が響いた。

嫌だ! そんなことできない! 

 三宅は銃を放り出した。
三宅の手から離れたはずの銃は…何と空中に止まっていた。
愕然とした。

さあ…銃をとれ! 女を殺して自殺しろ! おまえの役目だ!

声が再び響く。 三宅は耳を塞いだ。

もう…騙されないぞ! おまえたちなんかに利用されるのは真っ平だ!

ばばさまの方へ駆け出した。

麗香さん! 逃げて! 早く逃げて!

 ばばさまを庇おうとした三宅の背中に…宙に浮いた銃から容赦なく弾丸が撃ち込まれた。
もんどりうって倒れた三宅の眼にばばさまの胸から飛び散った真っ赤な花びらが映った。

麗香さん…!

ゴトッと鈍い音を立てて銃が床に落ちた。

大勢の近付いてくる声や音が聞こえた。

お姉ちゃま…お姉ちゃま大丈夫? 

どんどんとドアを叩く音と共にスミレの叫ぶ声がした。

 スミレ…さん…早く…早く…。
三宅は痛みを堪えて声を搾り出したが…外までは聞こえていなかった。

開けるわよ! お姉ちゃま!

スミレが慌ててばばさまに駆け寄った。

お姉ちゃま…しっかりして…お姉ちゃま…。

ばばさまに声をかけながら…倒れている三宅の怪我の様子にもスミレは眼を向けているようだった。

皆を振り返ったスミレは叫んだ。

 「三宅は背中から撃たれているわ…。 銃は傍に落ちているけれど…これは三宅のしたことじゃない…。 」

 

 不意に…映像が消え…辺りは再び霞がかかったようになった。
ふうっと会議場のあちこちから息を吐く音が聞こえた。

緊張が解けて…会議場は再びざわめき始めた。 

壇上の英武と怜雄もさすがに疲れて大きく息を吐き、首や肩を動かした。

宗主がそっとノエルに近付き、再び額に触れた。

 「よく頑張ったぞ…。 よい映像を族長衆に見せてくれた…。 」

眼を覚ましたノエルに宗主は優しく微笑みかけた。

お役に立てましたか…?

そうノエルが訊ねると…十二分に…と宗主は満足げに答えた。

族長たちがそれぞれ近くの者たちと話し合いを始めたので…会議場内のざわめきがいっそう大きくなった。

 「化身…もうひとつ頑張って欲しいのだが…いいかな…? 」

宗主が訊ねた。

何でしょう…? 僕に出来ることなら…。

 「会議場の人たちに…三宅を襲った男たちの姿を見せたいのだよ…。
他にも…きみを襲った奴等の顔とか…紫苑が直接会って話をした男の顔を…。
そうすれば…みんなそいつ等が危険人物だとすぐに分かるだろう…? 」

あ~あ…分かりました。 
ノエルは西沢の方を見た。

西沢が三宅を支えてノエルの傍へと連れて来た。

 「三宅…ノエルに触れて…。
きみの知っている限りの奴等の顔を思い浮かべてくれ…。 」

 再びノエルが眼を閉じた。
今度は辺りが霞むほどではなく…ただ中にぽっかりと浮かぶような形で男たちの顔が浮かびあがった。

 最初のふたりがばばさまの事件に関わった者たち…と思われた。
三宅の記憶では…そのふたりを含めて5~6人…人種は様々だった。
 ノエルを襲ったふたり組みもその中に含まれていた。
西沢が出逢った料理店の店主と店員…。

 いったいどのくらいの人数がこの国に入り込んでいるのかは分からないが、西沢が居る地域だけでも、これだけの人数が動いている。
族長たちの背筋に冷たいものが流れた。

 「化身…有難う…あちらに亮たちが居るから…そこで少し休んでくれ…。 
リーダーのおふたりもお疲れさま…。 」

 どう致しまして…とノエルは笑った。
お伽さまに連れられてノエルは舞台の袖…亮たちの控えているところへ引き上げ、怜雄と英武は席に戻った。
宗主も…西沢に支えられた三宅ももとの席についた。

 「さて…三人のリーダー諸君…奴等の顔はともかく…事件当夜の状況に間違いがないかどうか確認してくれ…。 」

議長の言葉で再びリーダーたちは確認作業に入った。
その辺りは自分たちの方が先に読んだことなので…すぐに確認は終わった。

 「間違いありません。 我々が見たものと同じです…。 」

三人を代表して水晶球の使い手が答えた。
議長は大きく頷いた。

 「これで…大方…事件当夜の状況は分かって頂けたとは思うが…諸兄・諸姉…何か御意見・御質問などありますかな…? 」

最初に手を挙げたのは…西沢祥だった…。
息子たちが全員壇上に居るという栄誉に族長としては頗る満足していた。
しかも…あの次男の問題児ならぬ問題嫁?までが…。

 「最後のところで…庭田の御当主はわざわざ三宅がしたことではない…と断言されましたな?
御当主は…三宅くんが銃を持ち込んだことに気付いておられたのですかな…? 」

おおっと族長衆から声が上がった。

 「新天爵さま…いかがかな…? 」

議長が智明の方を見た。

 「仰るとおりです…。 」

瞬時…間をおいて…智明はそれを認めた。

 「部屋へ入った瞬間に…それと分かりました。
しかし…我々能力者ならば…たとえ三宅が持ち込んだとしても…三宅のせいではないということが分かりますが…警察はそうは行かないでしょう。

 銃についた指紋は…消しました。
何の責任もない三宅に疑いをかけられては困るからです。

 三宅は外から庭田に加わった者ですから…非常に疑われやすい立場にあります。
罪のない三宅がつらい思いをすることは姉の本意ではありませんから…。 」

 新天爵となった智明は各家門を回って皆を説得していた頃よりも、さらに人間が大きくなったように見受けられた。
今や…誰憚るところの無い家門の長…。

 それだけではない…。
最早…何事にも動じぬ…。 麗香の意思を継ぎ…己の為すべきことを為す…。
麗香の志は僕が果たしてみせる…必ず…。
そうした覚悟が見て取れた。

智明のそんな健気な姿を…西沢は頼もしく思い…哀しくも感じた…。



 






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続・現世太極伝(第七十六話 リーディング開始…銃の出処)

2006-09-16 17:12:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 庭田事件検証のためのリーダー選びが始まった。
選りすぐりのリーダーたちが各家門から召集され…そのリーディングの能力を試された。
 彼等に要求されるのは単に読みの正確さだけではない。
御使者長と総代格…エージェントの総長と部長が秘密裡に取り決めた基準をクリアしなければならない。
如何に高度な能力を示しても、その基準をクリアできなければ残れなかった。

 勿論…残れなかったリーダーたちやその家門には…取り決めた基準が特殊である為に外れただけで能力的な問題ではないことをきちんと説明した。
彼等の自尊心や家門の体面を傷つけてはならないという配慮からだった。

 「その基準が何なのかは分からないんだけど…僕と怜雄は残ったんだ。 」

英武が肩を竦めながら言った。
僕等より…できそうなリーダーがすんなり外されてたのに…。

 「僕等は最初から選ばれるわけないと思ってたから…素直に言われたとおりに言われたことをやっただけで…。

同じグループにかなり細かいところまで正確に読み取れる奴がいて…テスト用の的の背後関係だとか関連情報なんかを滅茶苦茶詳しく説明したんだ。

 すげぇなこいつ…とか思ってたら…外されてんの…。
わけ分かんねぇ…。 」

秘密の基準ねぇ…何だろうな…と西沢は考えた。
 
 「召集に応じるのを随分…迷ったんだよ…。 殺人事件だからさ…。 
リーディングしてるうちに発作がぶり返したらどうしよう…なんてね。
また…紫苑につらい思いさせちゃうんじゃないかって…。

 ずっと発作のたびに…紫苑のこと殴ったり蹴ったりしてたもんね…。
二十年以上も…紫苑は黙って我慢しててくれたから…ぶり返したら申し訳なくて…。 

 でも…有さんが試すチャンスだと言ってくれたんだ。
発作が完全に治ってるかどうか…それが分かれば自信が持てるだろって…。 」

英武は少し俯いてそう話した。

 あれは…長い悪夢だった…。 
普段は誰よりも優しくて思いやりのある英武が…発作を起こすと急に西沢に対して暴力を振るいだす。
赤ん坊の時からの仲良しなのに…その時だけは英武は狂ったようになる…。
 英武は心の病気だ…おまえの母親の自殺を見てしまったせいだ…と養父に言われて…西沢は英武の暴力に黙って耐えるより仕方なかった…。

 最近になって、英武が幼い時に西沢と間違えられて殺されかけた記憶が断片的に残っているせいだということが分かった。
 事件の記憶を中途半端に消したために、理由の分からない恐怖だけが英武の中に残っていて発作として現れるのだということがはっきりした。

 発作時の状況は英武自身もはっきりとは覚えていなかったが、暴力を振るう時の英武には西沢が自分を殺そうとして襲いかかってくる女に見えていたらしい…。

英武は治療を受けてやっと発作から解放され…西沢もようやく何の不安もなしに義理の兄弟と付き合えるようになった。

 「心配ないよ…英武…。 もし…ぶり返したって前と違って原因が分かっているんだから…また治療すればいい。
気長に行こうよ…。 僕なら平気だから…。 」

そう言って西沢は微笑んで見せた。

 大丈夫…そのくらい耐えられる…。
あの事件で英武や怜雄の受けた心の傷が癒えて…完全に治るのなら…。
だって…僕等は生まれた時からずっと一緒に育った兄弟だもの…。



 関係者以外立ち入り禁止のプレートが扉という扉にかけられ、その両側を御使者やエージェントたちが警備する中で庭田事件検証のための族長会議は開かれた。
会議場内は勿論…会議場の外にも警備の目が光っていた。

 表向きは天爵ばばさまの追悼会になっているので会議場の回りにはありとあらゆるところに故人が好んだ艶やかな花々が供えられてあった。

 花と遺影で飾られた壇上には纏め役の裁定人の宗主…議長の滝川一族の族長…庭田家当主の智明と世話人の西沢…まだ事件の衝撃から立ち直れない三宅…証人の紅村…選抜されたリーダーたちがそれぞれの席についていた。

 舞台袖には護衛の仲根と亮…反対側には三宅の護衛についている添田たちエージェントの姿があった。

 宗主の簡単な挨拶と会議の趣旨説明の後、議長が進行役を務めて事件の検証が始まった。
まず…事件当夜の状況を簡潔に纏めたものを議長が読み上げて…智明に内容に相違がないかを確認した。

 概ねそのとおりだと…智明は答えた。
ただし…事件の起きた瞬間を目撃したわけではない…と付け加えた。

三宅にも同じことを訊いたが…三宅はただ頷くだけだった。

 「では…その瞬間に何が起きていたのか…をここに集まって貰ったリーダー諸君に読んで貰うことにする。
 
 今回…選ばれたリーダー諸君はリーディングの能力もさることながら…必要な情報をピンポイントで読み出せる正確さを備えている。

 故人のプライバシーに配慮して…事件に無関係な…余計な情報を読み出さないように気をつけて貰いたい。
 ただ…関連性からどうしても余分に読み出してしまった場合は絶対に他言は無用…できれば記憶の消去をお願いしたいので…可能な限り申し出て欲しい。 」

 議長は席に控えていた5人のリーダーを端から順番に指名した。
最初に呼ばれたリーダーは故人の写真や持ち物に触れてリーディングするタイプの女性だった。

 「天爵ばばさまの前で三宅さんが何かを報告している時にそれは起きました。
何者かが三宅さんに銃を渡そうとしています…。
ばばさまを撃てと命令しているようですが…三宅さんは嫌がっています。

 三宅さんが逃げてと叫んでいるのに…ばばさまはその場を動けないようです。
ばばさまを…庇おうとして…背中を撃たれたように思います…。 」

相手の人間の姿は見えますか…と誰かが訊いた。

 「銃を渡そうとしたのは…三宅さんより…背の高い人だとは分かります。
男性のようですが…その場に実際に居たかどうかは…確認できません。
意識だけがそこにあったようにも考えられます…。 

意識だけ…? どうやって銃を持ち込んだんだろう…?

 「う~ん…なぜか…そこにはないはずの黒いバッグが…気になるんですが…。 
その理由は私にも分かりません…。 」

ふたりめは…何かと会話をしながら…情報を組み立てていく霊媒タイプ…。

 「ふたりは何をしていたの…?
ばばさまと何かの仕事について話していると精霊…は言っています。

 三宅さんが撃たれた状況は…?
ばばさまを庇った瞬間に背中…肩に近い辺りを撃たれた…ということです。 

 ばばさまを撃ったのは…?
姿は見えないそうですが…気配は感じられるようです…。 
銃口がばばさまに向けられたのは三宅さんが打たれた直後のことで…。 

 銃は何処から…?
男が入れた…。 

 入れた…? 何処に…? 
バッグ…のようですが…現場にはそんなものはありません…。 」

 内容は始めのリーダーとほとんど変わりはない…。
銃を渡そうとする男性の気配はするものの…このリーダーもはっきりとした姿形を視覚的に捉えることはできなかった。
やはり…その場には男性の実体が存在しなかったと考えるべきなのか…。

 三番目は水晶球に映る霊的画像を読み取るタイプ…。
一般によく知られているのは水晶占いだが…この人は占い師ではないようだ…。
水晶球を媒体にしているだけで…。

 「やはり…男性の姿は見えません…。 意識だけは強く感じられますから…どこか遠隔から力を送って…三宅さんを操ろうとしているのだと思います…。

 三宅さんには通じなかったようですが…。
それでも…遠隔地から銃のように重いものを動かせるというのは…相当な能力の持ち主だと考えられます。 」

あ…と小さく声をあげて…このリーダーは首を傾げた。
何事かと会議場の空気が揺らいだ。

 「微かに…姿が浮かびました。 確かに男性で…外国の人のように見えます。
ですが…これは事件当日の姿ではないように思います。 
 その人がバッグに触っています…。
三宅さんは…前にどこかでこの人に会っているのではないでしょうか…? 」

会議場にざわめきが起こった。
じっと眼を伏せて項垂れたままの三宅に視線が集中した。

過去に出会った者なら…どうして誰だか分からなかったんだ…?

 そうは言うが…事件は突発的なことだから気づかなかったかも知れんぞ…。
よく知っている人ならともかく数回会っただけなら…分からんこともある…。
姿は見えていないんだし…。

 「静粛に…。 諸兄・諸姉の御意見や御質問は後で伺う…。 
次に…西沢兄弟…ひとりずつ読むかね…? 」

 議長が訊ねた。
ふたり一度で構いませんよ…と英武は答えた。

 四人目は英武…五人目が怜雄…彼等はふたり同時にリーディングを始めた。
英武は三宅の傍まで行って…失礼…と三宅の額に少しだけ触れた。
怜雄は別段…何に触れることも何を使うこともしない

 「事件の数日前に…三宅くんはふたり組みの男に襲われました。
これは…紅村先生のお宅の前だね…怜雄…? 」

英武は怜雄に同意を求めた。

 「そう…確かに紅村先生が窓から覗いていらっしゃる。
三宅くんを助けようと慌てて出ていらした…。 」

 会議場の族長たちの眼が一斉に壇上の紅村に向けられた。 
その通りだと言うように紅村は頷いた。

 「三宅くんを引き摺るようにして連れ去ろうとしている…。
男のひとりがこっそり…三宅くんの黒いバッグの中に銃を入れた…。 」

 紅村がそれは知らなかった…というような顔をした。
それだ…と他のリーダーたちは互いに顔を見合わせた。
そのバッグに違いない…。
英武はにっこり笑った。

 「三宅くんは気づいていないね…。
紅村先生に助けられてそのままバッグを持って帰ったよ…。 」

怜雄がそう言うと英武も頷いた。

 「バッグはそのまま三宅くんの部屋に置かれてあった…。
出勤時には使っていないみたいだね…。 ずっと部屋に置いてある…。 
誰にも気づかれないはずだね…。
 
 それで間違いないかどうか皆さんも…事件当夜だけでなく…三宅くんが紅村先生を訪ねた日のことを読んでみてください…。 」

 英武は他の三人のリーダーにそう促した。
ピンポイントということで事件当夜だけに的を絞っていたリーダーたちは急いで意識をその日に集中させた。

 「どうかね…? 」

議長は三人に眼を向けて訊ねた。

間違いありません…と三人は答えた。

 「では…続けてくれたまえ…。 」

議長の指示にふたりは頷いた。

 「事件当夜…仕事から帰宅した三宅くんは…ばばさまに呼ばれて事件のあった部屋へと向かいます。
自分の部屋を出る際に…例の黒のバッグを取り上げ…庭田での仕事用の手帳を取り出し…ポケットに入れます。
ばばさまから質問があった場合に、すぐに調べられるようにいろんな情報を書き込んだものです。

ここがポイント…! この時点で彼等の誘導が始まった。 」

英武がそう言うと会議場の族長たちは思わず身を乗り出した。

 「手帳をポケットに入れる際に…三宅くんは何気なくもうひとつの物をポケットに入れた…。
無論…それが何であるかなんて三宅くんは考えていない。 
彼等の誘導でそういう動作をしているだけで…。

 急ぎばばさまの部屋へ行き…ばばさまに用向きを訊ねた。
幾つかの質問に答えるためポケットに手を入れる…三宅くん自身はそれを手帳だと思って取り出す…。 」

 突然…劈くような悲鳴が会議場に響き渡った。
それまで静かに座っていた三宅が頭を抱えて床に伏せた。
僕じゃない! 僕は撃ってない!

隣に座っていた西沢が急いで三宅の傍に行き…そっと支えて三宅を抱き起こした。

 「三宅…落ち着け…。 分かってる…。 大丈夫だ…。 
きみじゃないことはみんな知ってる…。 
英武も怜雄も…それを証明しようとしているんだよ…。 」

 西沢に宥められて…三宅は少し落ち着きを取り戻した。
支えられたままゆっくりと席へ戻った。

 銃を持ち込んだのは…三宅自身…それとまったく気づかぬままに…。
三宅を操作していた…と思われるその男たちの底知れぬ力に…それまで悠長に構えていた族長たちの顔が引きつった。








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