徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

運動神経ゼロ犬…(其の九 また逢おうね…。)

2007-02-27 12:55:00 | 運動神経ゼロ犬
 鼻黒の鼻にいつしか白いものが見え始めて…犬も白髪になるんだということが分かった…。
おじいちゃんになっても甘えたい鼻黒…だけどこの頃少し気が短くなっている…。
ちょっとしたことで…グルルと怒るようになった。

 少し前から妙な咳をするようになっていた。
ヒューヒューと喉を鳴らし…カハッカハッと咳く…。
獣医さんが言うにはすでに身体の中にフィラリアが居て…相当悪さをしているらしい。
それが心臓を冒すと…死に至るのだそうだ…。

 最近では、ペットショップや獣医師などによって飼い主への啓発がなされているので、子犬の時から予防しておくべき病気のひとつだと知られている。

 けれども鼻黒の小さい時には…狂犬病の予防注射を受けさせることが飼い主の義務である…ということぐらいしか病気予防に関する知識は得られなかった…。
フィラリアのことを知ったのは…鼻黒がすでに感染し…発症した後だった…。

 それでも何とか元気で毎日散歩をし…御飯を食べ…みんなに甘えた…。
電気温水器のタンクの横でその冬を越し…ようよう春を迎えた頃から…少しずつ調子を崩し始めた…。

 日に日に弱ってくる鼻黒…。
御飯も食べたり…食べなかったり…水だけは飲んでいたが…。
仕事で留守の内に逝ってしまうのではないかと…オカンはひどく心配していた。

しんどいなぁ…鼻黒…。

予防の手立てがあったということを発病してから知らされても…残るのは後悔だけだ…。

傍に行けば苦しくてもにこにこすりすり…。
しっぽ…ぴりぴり…振って…。

その力も…次第に弱まっていく…。

四月の終わり頃になると…咳き込むのと同時に吐き戻すようになり…ほとんど何も入っていない胃の中から泡だけが出てくる…。

動くのもやっとという身体で…鼻黒は…それを埋める…。
吐いては…埋める…。

 獣は死に際して自らの痕跡を遺さない…と言われるが…まさに鼻黒は…今にも倒れそうでありながら…懸命に自らの痕跡を始末をしようとしていた…。

○○ちゃん…そんなことせんでもいいよ…。
えらかろうに…。

オカンがそう声をかけても…繰り返し…繰り返し…吐いては…埋め…。

それが本能とは言え…見事と言う他ない…。
果たしてそういう死に方が…自分には…できるだろうか…。
獣の潔さ…を尊しと思う…。

 やがて…倒れて動けなくなった鼻黒を…居間に運び…寝かせてやった。
眼を見開き…激しく呼吸をしながら…鼻黒はあれほど一緒に居たかった家族の中に居た…。

出かけている親父以外の家族が…涙で見守る中で…苦しそうに…息を続ける。

 あれほどしつこく身体に付きまとっていたダニは…命が尽きると分かると身体から一斉に離れ…新しい餌を求めて移動を始めて…最早…一匹も残っていなかった…。

 親父が帰宅すると…それで…安心したかのように…鼻黒は静かになった…。
命の最後の瞬間を…おそらく…その人とともに過ごしたかったのだろう…。
鼻黒は一番好きだった親父の顔を…見て旅立った…。

 見開かれた眼…。
オカンが瞼を閉じてやろうとしたけれど…無駄だった…。

よくがんばったなぁ…つらかっただろうに…。

五月五日こどもの日…それが鼻黒の命日となった…。


 人間と違って…動物の場合は焼き場で複数まとめて処分されるために遺骨が帰ってこない…。
遺された首輪と小屋だけが遺品だった…。

 主の居ない小屋は…初夏の陽気にさらされても…ぽっかりと口を開けた空洞のようだ…。
息づくものは何もない…。


 だけど…鼻黒…いつかまた逢おうな…。
何十年先になるかは分からないけど…必ずまた逢おう…。

 おまえの柔らかい茶色の耳や…巻いたしっぽや…ぞこぞこの背中の毛の感触は生涯この手の中に残っている…。
失われてしまった現し身を超えて…覚えている…。

 いつか訪れるその時が来たら…doveも一片の光となる…。
煌々と輝くエナジーの世界へと還り逝くその刹那に…永遠の光のその中で…この手が確かにおまえを見つけるだろう…。




 

完…。

運動神経ゼロ犬…(其の八 鼻黒の秋と冬)

2007-02-25 22:50:22 | 運動神経ゼロ犬
 台風の時は鼻黒も居間に上げて貰える。
それだけでも興奮状態で息が荒い…。
嬉しいんだけど不安…そんな表情でみんなを見ている…。

 犬は耳が利くから…風の音が普段とは違うことに気付いている。
落ち着かない様子でハアハアと息をする…。
けれども…部屋を動き回ったり騒いだりはせず…おとなしくじっと座っている。

 時折…みんなに撫でて貰っては…嬉しそうに尻尾を振った…。
野外で暮らしている鼻黒は…家の中に居るのが窮屈そうだ…。
それでもみんなと一緒…がいいらしい…。

 早いうちに散歩へは連れて行ってもらっているから…小さい時のように頻繁に粗相はしない…。
時には…家具にマーキング…もないわけではないが…。

 みんなが寝る頃になると鼻黒も居間の隅っこの自分用の毛布で静かに眠る…。
外ではゴォーゴォーと風が唸っているが、其処に居れば安全だと分かっているみたいだ…。

 朝一番で…台風一過の青空の下へと出して貰う…。
外へ出るのが嫌だとは決して言わない…。


 すすきの穂が揺れる頃、散歩帰りの鼻黒の身体には盗人萩がいっぱいくっついている…。
ダニほどには鬱陶しくないのか意に介さない様子…。

 背中を擦りつけるように擦り寄ってきて、茶色い抜け毛と緑の種のプレゼント…。
それはあまり…有り難くないよ…。
でも…ちょっと冬毛に変わってきたんじゃない…?

 毛皮のコートもそろそろ冬支度か…。
御布団あれだけで足りるかい…?
オカンになんか出して貰おうか…。

 にこにこすりすり…。
夏の暑い時でも傍に居たがるけど…寒くなってくると余計だね…。
 doveが風邪を引いて寝てる時いつも…doveの蒲団に潜り込んでたからかな…。
お前が居るととても温かだった…。


 雪が降り始めると地面もほんと冷たいね…。
小屋の中に居ればいいのに…。
そんな白い息をして…。

 踏み石の上に座っている。
冷たい石の上に…自分の尻尾を敷いて…。

○○ちゃん…尻尾ナイナイ…と親父が声をかける。
鼻黒の顔が緊張する…。

遊んで貰えるのかな…。
その眼が輝く…。

 オカンが新しいバスタオルや毛布を小屋に入れてやると…やっと小屋に飛び込んだ。
いつもの毛布が冷え切って寒かったんだろう…。
 貰ったばかりの毛布を鼻でならして居心地を整える…。
何枚かの蒲団を器用に組み合わせて…。

 毎年…クリスマスにはケーキが貰える…。
普段は食べられない美味しいケーキ…。

 前の家に居た頃…そう…バターケーキの頃…オカンが○○ちゃんにも…とケーキをのせた皿を持って外に居た鼻黒のところへ行った。
オカンがケーキのきれっぱしを箸でつまんで鼻黒にやろうとすると…鼻黒は人間の子供のようにあ~んと口を開け…ひと口ひと口箸で食べさせて貰った…。

 ぱくっと食いつくのではなく…あ~んと…。
人間みたいだわ…オカンは今でも思い出して笑う…。


 晩年…鼻黒は冬になると風呂の湯沸しタンクのある勝手口の中に入れて貰って夜を過ごした…。
其処は外よりはずっと温かくて時々誰かが来て触って貰える…。

 勝手口の扉の内側に好みの形に毛布を整えて眠る…。
風も吹かないし…雪も降らない…温かい家の中で春まで過ごした…。


雪が降ったよ…鼻黒…。
明日積もっていたら…森へ行こうか…。

 お前が雪の中を駆けて行く姿はなかなか格好いいよ。
芝には雪がよく似合う…。

 だけど…うさぎに夢中になって雪の中でこけるなよ…。
埋もれちゃったら…見えないよ…。

なにせ足が…短いんだから…。



 


続く…。

運動神経ゼロ犬…(其の七 鼻黒の春と夏)

2007-02-23 17:37:17 | 運動神経ゼロ犬
 早朝…オカンが雨戸を開けると待っていたかのように…ウァゥォン…と挨拶…。
どうやら…おはよう…と言っているらしい…。

前の家と違って丘陵地の新しい家では、鼻黒に声をかけてくれるような近所のおばさんたちや子供たち…工事のおじさんたちも居ない…。

昼間はたったひとりで留守番をしている…。
大概…昼寝…。

 小屋に敷いてある毛布を引っ張り出して干し…その上で自分も干さっている…。
遮るものもなく天日干しされた鼻黒の毛は…毛並みが悪くてぞこぞこだが…それでもふうわりと温かい…。


 会社と自宅が林を抜ける道一本で繋がり、眼と鼻の先の距離になったこともあって、丘陵地へ来てからの散歩は親父の日課になった…。

 それでも休日の散歩には…親父と子供たちの中の誰か…とが連れ立って出かけることもよくあった…。

 人けのない丘陵地の原っぱでは…鎖を外して自由にさせてやることができた…。
鼻黒はこれ幸いに原っぱのど真ん中を突っ走る…。
縦横無尽に駆け回る…。

 時折…ゆっくり歩いている親父やdoveの脛の辺りをするっと掠めるようにして駆け抜けていく…。
小さな身体中に満ちる喜び…開放感…笑顔…溢れさせて…。

見ていて胸が空くほど小気味良い走り…。

 足が短いだけに春の散歩は草花の間を抜ける格好になるので…戻ってきた時には鼻黒の黒い鼻が花粉にまみれていることもある…。

なんとも可愛い…。


 家族の休日は鼻黒にとって盆と正月のようなもの…。
誰かかんかに遊んで貰えて嬉しそうだ…。

 誰も家から出て来てくれないと…サッシの向こうから気が気じゃなさそうに真剣に人の動きを眼で追っている…。
そんな眼をされちゃ触ってやらずには居られない…。

 町中とは違って丘陵地にはダニが多く…鼻黒の身体には血を吸って膨れ上がったグレーの玉がいくつも食いついていた…。
小さいものは海老茶の小型の蜘蛛みたいなものだが…血を吸うと1㎝以上にもなる。
それが身体中にいっぱいくっついている…。

 鼻黒と遊んでやるたびにダニを取って潰してやるのだが…あまりに数が多くて閉口した…。
これだけ血を吸われていたら気持ち悪いだろうなぁ…。
 しかもこれらのダニたちはしっかりと皮膚に喰らいついている…。
本当に嫌な奴等だ…。


 夏になると…自分で穴を開けて作った乳母車の別荘に移動…。
ボロボロの乳母車は案外風通しがいいようだ…。
屋根代わりに乳母車から小屋へ渡した板があるので、中は丁度日陰になっているから、格好の昼寝場所なんだろう…。
 
 暑い日が続くと鼻黒も食欲がなくなる…。
犬も人間と同じで、あまり暑いと夏バテする…。
何しろ毛皮を着ているからなぁ…。

 その毛皮を通してでも薮蚊は襲うらしく…いつも首の辺りを後足で掻いていた。
蚊取り線香を焚いてやっても…それほど効果は上がらないみたいだ…。
ないよりはましというところか…。

 素麺を汁がけにして与えてやると口当たりが良いのかつるつると食べる…。
ラーメンは嫌いだが素麺はわりと好きなようだった…。

 嫌いと言えば…韮…韮粥の韮だけ残して米だけをきれいにたいらげた。
舌だけ使ってよくまあ…と感心するほど…。

 二匹目の犬の時に初めて知ったのだが、韮だの葱だの玉葱だのは犬には食べさせてはいけない野菜なのだそうだ…。
分からんままにいい加減な餌を食べさせて可哀想なことをした…。

 ペットの餌や躾けに世間が眼を向けるようになったのはまだ最近のことで、ちょっと前まで、犬は味噌汁御飯、猫は鰹節御飯が定番だった。
今時の愛犬家が聞いたら目を剥きそうな話だ…。

 親父と子供たちが川遊びに出かける時にはお供をすることもあった…。
車酔いしながらも一緒に行きたいらしい…。
雨や水溜りが嫌いなくせに…川では平気で泳ぐのが不思議だった…。


 秋風が吹く頃…オカンが小屋の中の敷物を増やしてやった…。
新しい…と言っても古毛布など人間のお下がりだが…敷物が小屋に入ると…悦び勇んで小屋に飛び込み好みの形に敷き直す…。
犬にも好みの寝心地…があるようだ…。

 これからだんだん寒くなるなぁ…鼻黒…。
雪が降ったら…森へ行こうな…。
森の冬を見つけに行こうな…。





続く…。

運動神経ゼロ犬…(其の六 怖いよ~っ!)

2007-02-21 09:52:00 | 運動神経ゼロ犬
 鼻黒は打ち上げ花火が嫌いだ…。
遠くであってもパンッとかドンッとか言おうものなら…きゅ~きゅ~ぴ~ぴ~騒ぎ出す…。
丘陵地に新しく建てた家は隣町に近いので…隣町の打ち上げ花火の音がよく聞こえた…。

 小屋を庭との境の土留の上に置いた関係で、鼻黒は家の中の様子を窺い知ることができ、サッシをあけて欲しい時などは前足を硝子にかけて後足立ちになり、カリカリッカリカリッと両足交互に引っ掻いた…。

 花火の季節には鼻黒にとって…もっとおっかないものがやって来た…。
ドゴォォーン…ガラガラ…ドッシャーンッ! 
大きな音がするだけではない…。
鼻黒の嫌いな閃光や雨を連れてくる…。
バキバキバメキメキ…ズズズズッ…ズガガーンッ!
周りに高い建物のない丘陵地の雷は音も光も効果抜群…。

 前の家も大きな道路を隔てた向こう側に鉄塔が建っていたから…かなりの轟音が響き渡ったが…町中だけに車などの騒音と混ざり合って少しは緩和されていた…。  

 台風なら家の中に入れて貰えるが、雷くらいでは迎えに来て貰えない…。
ことに昼間はみんな出かけてしまって居ないから、なおさら誰も来てくれない…。

 ならば…小屋の中で縮こまっているかというと…怖過ぎて…できるだけ家族の匂いのする家の方へと近寄り…結果…ずぶ濡れになっている…。
中に居れば嫌いな雨に降られないで済むものを…。

 その日もひどい雷だった…。
仕事から帰ってきたオカンがいつもどおりに居間に入ると…なんと…鼻黒が居る…。
 見ればサッシの硝子が二枚割れ…床に散らばっている…。
鼻黒はその中で心細げにキュ~キュ~言っていた…。

怖かったよ…怖かったよ…。

オカンは一瞬…考えた…。

えらいこっちゃ…いくら掛かるんだろう…。
サッシのガラス代…二枚分…。

オカンと一緒に帰ってきた末の弟が慌てて鼻黒に駆け寄った。

 「大丈夫か…○○ちゃん…? 怪我しとらんか…? 」

口の中を切ったらしく鼻黒は血を流していた…。
末の弟は心配そうに鼻黒を撫で撫でした…。

そうかそうか…怖かったんかね…。

修理代…払う方と払わん方のこの違い…。
まぁ…分からんでも…ないけど…。

 鼻黒は雷に怯えて分厚いサッシの硝子を二枚叩き割り、さらに噛み割って穴を広げ、何とか家の中に上がり込んだのだった…。
どれだけ必死だったかが察せられる…。

オカンたちが帰ってきたのでほっとしたのか…十分撫で撫でして貰ってから鼻黒は小屋へ戻った…。

 犬も長年一緒に居ると…やって良いことと悪いことを少しは区別する…。
硝子を割ったことは悪いことだと承知はしているようで…叱られるんじゃないかとちょっと上目遣いに様子を探っていた…。
けれども誰にも叱られず…みんなに大丈夫か?…怪我ないか?…と訊かれただけだった…。

 鼻黒の場合、それで図に乗るということはなく、その後は勝手に家の中に入ることもなく…一段下の踏み石のところにちょこんと座っているか…小屋に向かい合わせの乳母車の底に自分で穴を開けて潜り込みハンモック代わりにして寝ていた…。
言ってみれば…自作の別荘持ち…犬だけど…。

 修理に来たガラス屋さんが…ニタニタ笑っている…。
硝子が割れた原因は…親父とオカンの夫婦喧嘩だ…と思っているのだ…。

 喧嘩じゃなくて…雷が怖いもんで犬が割ったんだわ…とオカンが説明しても聞かない…。
ガラス屋は…こんなもん犬が割るわけないって…奥さん…なんかぶつけよったろう…と言う…。
こりゃぁ夫婦喧嘩だわ…。

○○ちゃんのお蔭でとんだ濡れ衣だわ…と…オカンは苦笑した…。
ガラス代金は○万円…。

 言われて見れば…分厚いサッシの硝子を割るなんてことは…怪我を覚悟で体当たり或いは足蹴りにするか物でも使わない限り…つまり割る気で割らないと人間でも…なかなか…。

 まして小さな鼻黒が…体当たりしたぐらいじゃ…簡単には割れない…。
恐怖に駆られて相当なバカ力を出したんだなぁ…。
可哀想に…痛かったな…。

 痛くても痛いって言えない鼻黒…。
撫で撫でされれば…それでもにこにこ…すりすり…。

少しでも近付こうとお尻を向ける…と親父やオカンは言うが…dove的には秘かにマウンティングの姿勢だと考えている…。

いや…マウンティングは結構…遠慮しとくよ…。
doveは犬じゃないんでね…。






続く…。

運動神経ゼロ犬…(其の五 …よわっ!)

2007-02-18 17:02:00 | 運動神経ゼロ犬
 鼻黒の小屋を家の横の小さな庭…庭と言っても隣の土地との間に僅かにあいた三角の土地だったが…其処に移した。
普段、親父の車を入れている場所で、車が戻ってくると鼻黒は上手いこと小屋の中に逃げて、親父が車から降りてくるのを待っていた。

 運動神経は鈍くても嗅覚や聴覚は良いらしく、まだ車の見えない状態でも親父が帰ってくることが分かるらしい。
鼻黒がきゅ~きゅ~鳴き始めてしばらくすると必ず車が入ってきた。

 裏の通りを通ってくるので姿は絶対に見えない。
それなのに車が到着する前に必ず鳴き出すのだった…。

 雨が嫌いで前足を振って歩いた鼻黒だが…実はもうひとつ前足を振ってしまうものがあった。

 それは…イモムシ…。
三角の土地には少しだけ植物を植えていたが…どうやらその隣が空き地だったせいもあって草が多く…イモムシや毛虫がよく出てきた。

 それも太さ2cmくらいのデカイモムシ…黄緑色のまあまあ綺麗なもこもこちゃんである。
イモムシが庭をもこもこ歩いてくると…鼻黒は動物の習性として追っかける。
追っかけるのはいいのだが…どうにも気味が悪いらしく…ウ~ウ~唸ってぴょんと飛びつくわりにはなかなか触れようとしない…。

 やっと決心したか…前足でペンッと叩いてみるが…ダメージを与えられない…。
イモムシは平気でそのままもこもこ歩いて行く…。
ところが叩いた方の鼻黒は…あまりの気味悪さに前足をブルブルッと振るのだ。

 今度は噛み付いてみる…。
けど…歯をたてる気にはならないらしく…これもイモムシは平気…。
鼻黒の方がいかにも嫌そうに顔をブルブルッと震わせるのである…。

 結局…最後には逃げられてしまった…。
イモムシ相手に毎度こんなことを繰り返す…気弱犬だった。


 そう言えばまだ木の小屋が出来上がっていなくって…段ボールの小屋で過ごしていた頃…こんなことがあった。

 或る日…オカンがdoveを呼んだ…。
近所に物凄いデブ猫が居るのだが…これが干してあった鼻黒の大事な段ボール箱を占領してすっぽり嵌り込んでしまっているという。

 行ってみると確かに…デブ猫が箱の中で満杯になっていた。
周りで鼻黒はわんわん吼えてはいるのだが…一向に相手にされていない…。
デブ猫は堂々と箱に収まりこんでいる…。

 やれやれ…犬が猫にバカにされてどうするんじゃ…。
オカンも…このでか過ぎる猫は怖いらしく近づかない…。

 doveが近づいてもこの猫は動こうともしない…。
のんびりしたもんだ…。
仕方がないので、段ボール箱をひっくり返した…。

ほら…出てけ…この箱はおまえんじゃないよ…。

箱をひっくり返されて…猫は渋々ゆっくりと立ち去っていった…。
堂々としたもんだ…。

鼻黒はその間中吼えていたが…弱い犬ほど…ってまんまだなぁ…と思った。
その頃はまだ子犬だったけど…。

 小屋ができて…鼻黒が成犬と言っていいくらいの大きさになった頃…オカンがまたdoveを呼んだ…。

あの猫が…再び小屋を占領したのだ…。
鼻黒は必死で唸り吼えているが…何処吹く風…。

よわっ!

 今度はひっくり返すわけには行かないので…箒かなんかでよいしょと引きずり出した…。
デブ猫はまた堂々とゆっくり歩いて去って行った…。

 その後…老いてボケた野良犬にも小屋を乗っ取られたことがある…。
野良犬の方が逆切れして吼えていたが…。

 たんびに…オカンがdoveを呼ぶ…。
わしゃ…犬のレスキュー隊か…?

しかし…鼻黒よ…。
おまえもオスなら少しは自分で何とかせいや…。

何を言っても意に介さず…にこにこすりすり…超甘えっ子な犬だった…。
 






続く…。

運動神経ゼロ犬…(其の四 これ僕の…だよ!)

2007-02-16 17:48:17 | 運動神経ゼロ犬
 犬は散歩が好きだ…。
ちゃんと散歩の時間を覚えていて…その頃になると毎日のように…キュッキュッキュッキュッキュ~ッ…と鼻を鳴らす…。
そろそろ時間だぞ~っと請求するのだ…。
放っておこうものなら…ワォ~ンワォン…ワォーンワォン…と悲しげに鳴き始める…。

散歩の時間を心待ちにしているので…引き綱(リード)を手に取ると途端に…もう我慢できないってくらいに騒ぎ出す…。

じっとしとれ…。

動かれると引き綱を首輪(カラー)につけるのが大変…。

 ようよう付け終わると…躾けの悪い奴だけに待っているということをしない…。
勇んで先に出ようとする…。

 今でこそ一般家庭の犬も躾と訓練が必要になってきているが…その頃は訓練される犬と言えば警察犬か盲導犬だった…。
放し飼いにしている人も結構居た…。

 鼻黒は雨の嫌いな犬で…オカンが雨あがりに散歩へ連れて行った時など…前足が濡れるたびに人間のように手(前足)を振り…水気を掃いながら歩いていたそうだ…。
その様子が相当可笑しかったらしく…オカンは笑い転げた…。

 縄張りを示すために並木や植え込みにマーキングするのだが…このあたりの犬はみんな同じところを歩いているわけだから…野生の動物のようにここは俺の縄張りだ…と主張してもまったく意味を成さないように思える…。

 だって…同じ木に一日何匹の犬がマーキングすることか…。
すぐ後ろ歩いている犬だって同じとこでやってるぞ…。

 それでも…彼等にとってはそれなりに意味があるんだろう…。
また…誰かここでやりやがった…ここは俺んだよ…とでも思っているんだろうか…な…。

鼻黒の散歩は親父が居る時は親父が、他はその時々で家族の誰彼が連れて行った。

 散歩道の芝生の切れ目あたりに金属の杭をチェーンで繋げたものが設置してあって、小学生くらいにもなれば簡単に飛び越せるくらいの低い位置まで鎖が垂れていた。

 引き綱引いて…自分が飛び越した後で…勢いよく飛び越そうとした鼻黒…鎖に前足蹴躓いて顎からくしゃっと芝生にこけた…。
怪我はしなかったようだが…見ていたこっちが固まった…。

おまえ…本当に…犬か…?

まだ廊下を走っていた頃にこけたのは偶然じゃないことが判明した…。

鈍…。

足が短いせいなのかどうかは知らないが…運動神経かなり鈍い…。
犬でも居るんだねぇ…。

えっ…?
飼い主に似たって…?
う~ん…確かに小学校の時はそうだったなぁ…。
鈍くさかった…。

いいのよ…doveは人間だから…。

 本犬は別にショックでも何でもないようで、そのまますたすたと先へ進んだ…。
周りより一段高くなっている芝生の植えてあるところをぐるっと回ってきた後で、段差に腰かけて休憩した…。

 こちらが休憩している間、鼻黒はあっちを眺めこっちを眺めしていた。
と…何を思ったかいきなり近づいてきて…あろうことかdoveの背中にマーキング…。

うぉぉぉぉ~何してくれてんねん…!

飼い主なめとんのかぁ…!

鼻黒…顔を覗いてにっこにこ…。
これ…僕の…とでも言いたげにすりすり…。

ううぅ~怒るに怒れん…。

仕方がないのでそのまんま散歩を続行して…戻った…。

後にも先にも家族の中で鼻黒におしょんかけられたのはdoveひとり…。
泣くべきか…笑うべきか…。

それが問題だぁ~!!






続く…。

運動神経ゼロ犬…(其の三 末は番犬…こりゃあかんわ…。)

2007-02-15 15:45:00 | 運動神経ゼロ犬
 硫黄風呂の効果で皮膚病の治った鼻黒は、その後は病気に罹ることもなく元気に家の中を駆け回っていた。
元気なのはいいんだが…少々難あり…。
 四足なのに…何も障害物のないところでこける…。
それも顎から…コテンッと…。
勢いよく走ったというわけでもないのに…。
まだ小さいし…廊下だから滑ったんだろう…とその時は気にも留めなかった。

 お手…お座り…待て…伏せ…といったこと以外に犬の躾けなどという考えが世間一般に普及していない30何年も前のことだから…鼻黒が廊下で粗相すると…ここでしてはだめ…と叱るに止まる…。
時々…こちらが気付かないでいると全部食べてしまうのには閉口した…。

 わんこ式リサイクル…ではあるけれど…それだけは止めて欲しい…。
後々…口の周りがとんでもない状態に…。
そのままの顔で甘えてくるんだから…。

 そのうちに陽気も好くなってきたので…親父はどこからか持ってきた廃材を利用して小屋を作った。
玄関の横の通りに面したところを金属の柵で囲いをしてその中に犬小屋を置き…其処が鼻黒の新居となった…。

 鼻黒は愛想の良い犬で…隣近所のお母さんたちにも随分と可愛がって貰った。
その頃は隣近所との付き合いがずっと近しいものだったので…○○ちゃんに…と惣菜の残りや鰻の頭などを持ってきてくれたりした。
今ならたとえ犬用であっても残り物や廃棄物を他人さまに差し上げるわけにはいかないが…当時としてはあげる方も受ける方も頓着無し…みんなに可愛がって貰えて大変有り難いことだった…。

 御近所さんだけではない…。 
当時…家の周辺ではあちらこちらで工事をしていて、従事している人たちがうちの隣の空き地の廃材の置いてあるところに集まってよく弁当を食べていた。

 愛想を振りまいた結果…鼻黒は工事のおじさんたちからも弁当のおかずや御飯を貰っていたのだ…。
おじさんたちが其処で弁当を広げる日には与えた餌を残すことがあった…。

 柴系の犬は主人に忠実で…他人に愛想を振りまかないはず…なんだが…。
やっぱり…偽柴…だからだろうか…ねぇ…。

育て方…の問題…?
うん…それはあると思うよ…。
だって…  …だもんね…。
 
 そんなわけで…誰にでも愛想を振りまいてしまう鼻黒は…たとえ玄関の真ん前に繋いでおいたとしても…絶対…番犬にはなりえないのだった…。

 




続く…。

運動神経ゼロ犬…(其の二 甘えんぼ…。)

2007-02-14 16:40:00 | 運動神経ゼロ犬
 鼻黒はめちゃめちゃ甘えん坊だった…。
自分ではあまり餌を食べようとしないので、病気かと思ったオカンがペットショップのおばさんに電話したところ、呆れるような答えが返ってきた…。

 「抱っこして食べさせたって頂戴…。 いつもそうやっとったで…。 」

抱っこして…犬に…餌を…食べさせるぅ~…!
なんだそりゃぁ…?

 ペットショップでもあのおばさんにかなりべたべたに甘やかされていたらしく…超甘えっこになっていた。
そう言えば…他の子犬はあのベビーベッドみたいなケースの中で子犬同士固まっていたのに…こいつだけはおばさんが大事そうにずっと抱いていた…。

 オカンが試しに抱っこして餌を与えてみると…なるほど食べる食べる…。
面倒見が悪くて自分の子供でも抱っこして食べさせたことはないのに、ワンコ抱っこして食べさせなあかんとはねぇ…。
そう言って…オカンはケラケラ笑った…。

こいつ…生存競争には負けるな…。

 そう思った…。
鶏襲った野犬たちとは大違い…。
まさに、過保護犬だった…。

 しかし、そんな過保護犬でも、犬社会の序列は本能的に分かっているとみえて、自分は末の弟よりひとつ上の位だと勝手に決めたようだった…。
だから末の弟の前では偉そうにしていた。

 家族が寝る頃になると鼻黒は段ボールの小屋を出たがり…いつの間にか親父の蒲団で寝ることを覚え…親父と一緒に親父の枕をして寝るようになった…。
親父の枕は中国製の長めの枕で…一人前半くらいの大きさがあったから…ひとりと一匹が並んで寝るには窮屈ながらできないことではなかったが…。

犬が枕を使う…ということを目の当りにしたのは生まれて初めてだった。

ぐっすり寝ちゃってるけど…犬って…確か…夜行性じゃなかったかぁ…?
ぽんっぽんっ…くふっくふっ…妙な寝言つきで…。

 「○○ちゃん…偽柴…過保護犬…五千円…。 」

…ってなことを言いながら…親父は鼻黒をあやしては遊んでいた…。

 メロメロ状態…。
子供にはこんなデレデレした態度をとったことは一度もない…。
女子大小路の綺麗どころには…どうだったか知らんが…。

あかん…親父トロケとる…。

 そんな生活をして居れば…犬にとっていいわけがない…。
この犬種は番犬にもなる外飼いの犬であって…お座敷犬ではないのだ…。
何しろ…段ボールの小屋には毛布だけでなく電気行火まで装備…。

 しばらくすると…鼻黒の毛があちらこちら禿げだした。
腹がすっかり禿げると…犬の腹にもともと毛があるかないかで…親父オカン…。

心の声:(親父よ…オカンよ…漫画じゃないんだから…在るに決まってるだろ…。
漫画の犬や狸はわざと腹を白く描いてあるの…。)

 そのうちに…犬にへそがあるとかないとかで…。
親父は理屈屋で数学には強いが…どっか抜けているので犬が哺乳動物だってことを忘れている。
オカンも生物学的確信があって言っているわけではない…。
漫画などの犬の腹に×マークがついているからあるんじゃないかなぁと思っているだけ…だ。

心の声:(だからね…親父よ…オカンよ…見難いけどあるんだよ…犬にも…。
いや…そこのそれはおっぱい…いぼじゃねぇよ…。
オス…オスだってあるさ…人間と同じだよ…。)

 親が変人と言って憚らないdoveはまったく可愛くない小学生…。
勉強できないくせに要らんことだけは知っている…。
両親の頓珍漢な会話にひくひくと顔が引きつっていた…。

 腹の毛や臍の在り処はともかく…子犬の禿げをどうにかしないと…。
毛が抜けて象さんの子供みたいになってしまって痛々しい…。
ようよう…其処に辿り着いた親父は鼻黒を医者に連れて行った…。

蒸れて皮膚病に罹り毛が抜けた…らしく…鼻黒はしばらくの間…毎日ム○ウハ○プの硫黄風呂に入れらることになった…。

 首から上だけふさふさの毛の残った身体は珍妙…。
その格好で毎日…卵の腐ったような匂いのする犬用に準備した盥の温泉に浸かる。
シュ~シュ~と嫌そうな声…。

 硫黄臭い日々を過ごすうち…だんだんと毛はもとに戻った…。
鼻黒が全快する頃には…人間の方が匂いに慣れて風呂にム○ウハ○プを入れるようになっていた。







続く…。

運動神経ゼロ犬…(其の一 ひと目惚れ…。)

2007-02-13 16:42:42 | 運動神経ゼロ犬
 doveが最初に飼った犬は(恩師が教えてくれたところによると)三河柴。
鼻黒で足の短い小型犬だった。

 誰…飼い主そっくり…と笑ったのは…?
そうなのよ~短いのよ…。
  …は置いといて…。

 小学生高学年…普段ものを強請ることのない長子doveがいきなり毎晩…犬が欲しいとしつこく親父に迫るようになり…時には夜中に泣きを入れたりして親父を困惑させた…。
doveとしては意図して騒いでいるわけではなく…無性に犬が欲しかっただけなのだが…相当…喧しかったらしい…。

丁度…鶏が野犬に襲われて食われた後で…うちには人間の他に動物が居なかった。

 根負けした親父は…見に行くだけだぞ…と固く言い含め家族を引き連れてデパートのペットショップへと出かけた。
店には何匹もの子犬が居た…。

 ただし…この頃は犬種が少なくて…柴犬・秋田犬・甲斐犬・紀州犬など日本犬がほとんど…。
チンも…日本犬かなぁ…? 多分…そうだね…。

 洋犬は…スピッツ・プードル・マルチーズ…。 ダックスフント居たかなぁ…?
他には…居てもシェパードくらいだったと思う…。
とにかく今みたいに洋犬が簡単に手に入る時代じゃなかったから…。

 今のペットショップみたいに一匹ずつケースの中に居るわけじゃなくて…ベビーベッドみたいな囲いの中に幾匹もの子犬が押し合いへし合いしていた…。

どれも可愛い…ふっかふか…。

見ているだけで夢心地…。

欲しい…絶対…欲しい…。
けれど…見るだけだって親父が…。

チラッと親父の顔を見ると…なんとデレ~ッと子犬を見つめている…。

 しかも…ペットショップのおばちゃんの抱いている柴の子に釘付け…。
その眼は…欲しい…絶対…欲しい…と言っている…。

 「その子…幾ら…? 」

おばちゃんはにっこり笑って近づいてきた…。

 「えぇ子だよ…。 五千円…。 」

 抱っこされてタレタレになっている柴の子は鼻黒でめちゃ可愛かった…。
オカンも気に入ったみたいでにこにこしながら見ている…。

 「この子にしよか…? 」

おいおい…見るだけじゃなかったんかよ…?

 このどこぞのCMにあったような…成り行きに驚いたのは子供たちの方…。
訊く間もあらばこそ…親父はさっさと鼻黒を買ってしまった…。
まあ…目的は達したので訊かんでもどうということはなかったが…。

 親父のひと目惚れで決まった鼻黒は…タレタレのまま箱に入れられ…バスには乗れないかもしれないというので…タクシーで家まで運ばれた…。

 車酔いでタレタレがクタクタになりながらも…鼻黒は家族の一員として我が家に到着…。
めでたく居間の端っこに置かれた段ボールの小屋をあてがわれた。

犬が欲しいと騒いだのはdoveなんだが…鼻黒はなぜか…親父の愛犬になった…。  






続く…。