鼻黒の鼻にいつしか白いものが見え始めて…犬も白髪になるんだということが分かった…。
おじいちゃんになっても甘えたい鼻黒…だけどこの頃少し気が短くなっている…。
ちょっとしたことで…グルルと怒るようになった。
少し前から妙な咳をするようになっていた。
ヒューヒューと喉を鳴らし…カハッカハッと咳く…。
獣医さんが言うにはすでに身体の中にフィラリアが居て…相当悪さをしているらしい。
それが心臓を冒すと…死に至るのだそうだ…。
最近では、ペットショップや獣医師などによって飼い主への啓発がなされているので、子犬の時から予防しておくべき病気のひとつだと知られている。
けれども鼻黒の小さい時には…狂犬病の予防注射を受けさせることが飼い主の義務である…ということぐらいしか病気予防に関する知識は得られなかった…。
フィラリアのことを知ったのは…鼻黒がすでに感染し…発症した後だった…。
それでも何とか元気で毎日散歩をし…御飯を食べ…みんなに甘えた…。
電気温水器のタンクの横でその冬を越し…ようよう春を迎えた頃から…少しずつ調子を崩し始めた…。
日に日に弱ってくる鼻黒…。
御飯も食べたり…食べなかったり…水だけは飲んでいたが…。
仕事で留守の内に逝ってしまうのではないかと…オカンはひどく心配していた。
しんどいなぁ…鼻黒…。
予防の手立てがあったということを発病してから知らされても…残るのは後悔だけだ…。
傍に行けば苦しくてもにこにこすりすり…。
しっぽ…ぴりぴり…振って…。
その力も…次第に弱まっていく…。
四月の終わり頃になると…咳き込むのと同時に吐き戻すようになり…ほとんど何も入っていない胃の中から泡だけが出てくる…。
動くのもやっとという身体で…鼻黒は…それを埋める…。
吐いては…埋める…。
獣は死に際して自らの痕跡を遺さない…と言われるが…まさに鼻黒は…今にも倒れそうでありながら…懸命に自らの痕跡を始末をしようとしていた…。
○○ちゃん…そんなことせんでもいいよ…。
えらかろうに…。
オカンがそう声をかけても…繰り返し…繰り返し…吐いては…埋め…。
それが本能とは言え…見事と言う他ない…。
果たしてそういう死に方が…自分には…できるだろうか…。
獣の潔さ…を尊しと思う…。
やがて…倒れて動けなくなった鼻黒を…居間に運び…寝かせてやった。
眼を見開き…激しく呼吸をしながら…鼻黒はあれほど一緒に居たかった家族の中に居た…。
出かけている親父以外の家族が…涙で見守る中で…苦しそうに…息を続ける。
あれほどしつこく身体に付きまとっていたダニは…命が尽きると分かると身体から一斉に離れ…新しい餌を求めて移動を始めて…最早…一匹も残っていなかった…。
親父が帰宅すると…それで…安心したかのように…鼻黒は静かになった…。
命の最後の瞬間を…おそらく…その人とともに過ごしたかったのだろう…。
鼻黒は一番好きだった親父の顔を…見て旅立った…。
見開かれた眼…。
オカンが瞼を閉じてやろうとしたけれど…無駄だった…。
よくがんばったなぁ…つらかっただろうに…。
五月五日こどもの日…それが鼻黒の命日となった…。
人間と違って…動物の場合は焼き場で複数まとめて処分されるために遺骨が帰ってこない…。
遺された首輪と小屋だけが遺品だった…。
主の居ない小屋は…初夏の陽気にさらされても…ぽっかりと口を開けた空洞のようだ…。
息づくものは何もない…。
だけど…鼻黒…いつかまた逢おうな…。
何十年先になるかは分からないけど…必ずまた逢おう…。
おまえの柔らかい茶色の耳や…巻いたしっぽや…ぞこぞこの背中の毛の感触は生涯この手の中に残っている…。
失われてしまった現し身を超えて…覚えている…。
いつか訪れるその時が来たら…doveも一片の光となる…。
煌々と輝くエナジーの世界へと還り逝くその刹那に…永遠の光のその中で…この手が確かにおまえを見つけるだろう…。
完…。
おじいちゃんになっても甘えたい鼻黒…だけどこの頃少し気が短くなっている…。
ちょっとしたことで…グルルと怒るようになった。
少し前から妙な咳をするようになっていた。
ヒューヒューと喉を鳴らし…カハッカハッと咳く…。
獣医さんが言うにはすでに身体の中にフィラリアが居て…相当悪さをしているらしい。
それが心臓を冒すと…死に至るのだそうだ…。
最近では、ペットショップや獣医師などによって飼い主への啓発がなされているので、子犬の時から予防しておくべき病気のひとつだと知られている。
けれども鼻黒の小さい時には…狂犬病の予防注射を受けさせることが飼い主の義務である…ということぐらいしか病気予防に関する知識は得られなかった…。
フィラリアのことを知ったのは…鼻黒がすでに感染し…発症した後だった…。
それでも何とか元気で毎日散歩をし…御飯を食べ…みんなに甘えた…。
電気温水器のタンクの横でその冬を越し…ようよう春を迎えた頃から…少しずつ調子を崩し始めた…。
日に日に弱ってくる鼻黒…。
御飯も食べたり…食べなかったり…水だけは飲んでいたが…。
仕事で留守の内に逝ってしまうのではないかと…オカンはひどく心配していた。
しんどいなぁ…鼻黒…。
予防の手立てがあったということを発病してから知らされても…残るのは後悔だけだ…。
傍に行けば苦しくてもにこにこすりすり…。
しっぽ…ぴりぴり…振って…。
その力も…次第に弱まっていく…。
四月の終わり頃になると…咳き込むのと同時に吐き戻すようになり…ほとんど何も入っていない胃の中から泡だけが出てくる…。
動くのもやっとという身体で…鼻黒は…それを埋める…。
吐いては…埋める…。
獣は死に際して自らの痕跡を遺さない…と言われるが…まさに鼻黒は…今にも倒れそうでありながら…懸命に自らの痕跡を始末をしようとしていた…。
○○ちゃん…そんなことせんでもいいよ…。
えらかろうに…。
オカンがそう声をかけても…繰り返し…繰り返し…吐いては…埋め…。
それが本能とは言え…見事と言う他ない…。
果たしてそういう死に方が…自分には…できるだろうか…。
獣の潔さ…を尊しと思う…。
やがて…倒れて動けなくなった鼻黒を…居間に運び…寝かせてやった。
眼を見開き…激しく呼吸をしながら…鼻黒はあれほど一緒に居たかった家族の中に居た…。
出かけている親父以外の家族が…涙で見守る中で…苦しそうに…息を続ける。
あれほどしつこく身体に付きまとっていたダニは…命が尽きると分かると身体から一斉に離れ…新しい餌を求めて移動を始めて…最早…一匹も残っていなかった…。
親父が帰宅すると…それで…安心したかのように…鼻黒は静かになった…。
命の最後の瞬間を…おそらく…その人とともに過ごしたかったのだろう…。
鼻黒は一番好きだった親父の顔を…見て旅立った…。
見開かれた眼…。
オカンが瞼を閉じてやろうとしたけれど…無駄だった…。
よくがんばったなぁ…つらかっただろうに…。
五月五日こどもの日…それが鼻黒の命日となった…。
人間と違って…動物の場合は焼き場で複数まとめて処分されるために遺骨が帰ってこない…。
遺された首輪と小屋だけが遺品だった…。
主の居ない小屋は…初夏の陽気にさらされても…ぽっかりと口を開けた空洞のようだ…。
息づくものは何もない…。
だけど…鼻黒…いつかまた逢おうな…。
何十年先になるかは分からないけど…必ずまた逢おう…。
おまえの柔らかい茶色の耳や…巻いたしっぽや…ぞこぞこの背中の毛の感触は生涯この手の中に残っている…。
失われてしまった現し身を超えて…覚えている…。
いつか訪れるその時が来たら…doveも一片の光となる…。
煌々と輝くエナジーの世界へと還り逝くその刹那に…永遠の光のその中で…この手が確かにおまえを見つけるだろう…。
完…。