徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

其の四「野鴨」…(親父と歩いた日々)

2006-11-23 17:20:00 | 親父
 それは今年の春…連れ合いを駅まで送って帰宅した朝のこと…。
ふと空を見上げると整然とV型並んでに飛んでいく鴨の群れ…。
幾つもの編隊を組んで…次々と旅立って行く…。 

渡りの季節だ…。

その統制の取れた見事な編隊飛行に我を忘れ…しばし…見とれていた。

 鴨たちは毎年秋にうちの近くの川にやってくる。
冬の間…川のあちらこちらで可愛い姿を見せてくれる。

 ここでは観察の対象だけれど…猟場では獲物…。
鴨の世界はいつも危険と隣り合わせ…。

 実家の裏手の丘陵地の森は…当時…冬場には猟場となる危険な場所でもあった。
車道を挟んでルリビタキの居る森は農地があるので安全…反対側の森の奥は猟場…そんな状態だった。

 それでも親父と自分は…時々反対側の森にも入った。
家からでも銃声の聞こえることはしばしばあったが…それは森のずっと奥…。
そんなふうに考えていた。 

 森の入り口から少し奥まった辺り…開けたところに鏡のように綺麗な池…亀の溜め池より何倍も大きくて…とても溜め池とは思えないような池があった。

 まるで絵葉書の写真ようだ…と感じた。
家の近くにこんな素敵な場所があるとは…ね。

 自分は初めてその池を見たのだが…親父は以前にも来たことがあるらしい…。
どうやら…自分を連れてきたのは新しい発見のお披露目だったようだ…。

 岸辺の葉の落ちた木々を映し出す…その絵に描いたような池には何羽もの鴨が居た…。
その頃の自分は…野生の鴨をこれほど間近に見たことがなかったので…目の前の光景にいたく感動…。

鴨って本当に渡って来るんだ…。 動物園の家鴨とはやっぱり違うなぁ…。
年甲斐もなくそんなことを思っていた。

 さすがに野鴨たちは敏感で…人間が近付く気配を感じたのか…水面に飛沫を上げて一斉にバサバサッと飛び立った…。
野生の鴨の何と秀麗なこと…。 

胸の空くような爽快な気分を味わった…。

 鴨が行ってしまうと…親父は歩き出し…反対側の森の亀の池へと向かった。
亀の池のすぐ下にはもうひとつ小さな溜め池がある…。

おやおや…そこに二羽だけ鴨が来ている…。 
番…かな…。
さっきの鴨かどうかは分からないが…自分たちが近付くのを察して…またすぐに飛び立った。

ご免ね…。
せっかく逃げて来てたんだろうにね…。
お邪魔さま…。 

 遠くで銃声がする…。
猟期が来ているから…。
 そろそろ…気をつけないと…。
森へ入るのはいいけれど…こちらが撃たれないようにしなきゃなぁ…。

 民家の近くの森が猟場というのも不思議なものだが…それは土地を開拓したばかりで…まだ町が猟を禁止していなかったからだ…。

 今では猟をする森の方が消えた…。
鴨にとっては安全だけれど…同時に憩う場所を失ったことになる…。
どちらが…彼等にとって良かったのだろう…。

 自分が今…眺めている川には…鴨の敵はほとんど居ない…。 
せいぜい…雛を食う蛇が居るだけ…ここに巣があるわけではないようだし…。
のんびりと流れに身を任せて一日を過ごしている…。

確かに…ここには彼等に銃を向ける者は居ない…。
こんな汚れた川でも追われないだけ…まし…なのだろうか…な…。