徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第九十八話 断ち切れない鎖)

2006-11-02 17:00:45 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 冬の声を聞いているのに…全身に感じる心地よい暖かさ…。
御大親の腕に抱かれているのだと…何となく思った。
 誰かに声をかけられたような気がして…お伽さまは目を覚ました。
レースのカーテンを透して穏やかに射し込む陽だまりの中に居た…。

 同じ姿勢のまま窓際のソファで眠っていたらしく…首の付け根と腰が痛んだ。
見回すと…何処かの民家の一室のようで…わりと上等な調度品に囲まれていた。

 お伽さまの位置から隣の寝室らしい部屋が見通せて…ベッドの上に西沢より少し年下くらいの青年が居た。
眠っているのか青年は身動きひとつしない…。

 そっと…近付いてみると…青年は目を開けていた。
天井に向けられた眼は…何も見ていないようだ。
生きてはいるが意識がない…。

 「時々…そんな状態に陥るのです…。 
奴等の中に磯見の力を操れるものが居て…磯見の意思とはまったく関係なく…力だけを利用します…。 」

 ベッドの向こう側にもうひとり男が居た。
彼は西沢より少し年上か…。

 「あなたは…確か…北殿のエージェントですね…? 」

お伽さまの問いに…男は頷いた。

 「添田といいます…。 無断でこんなところへお連れして申しわけないと思っています…。
あのままには…しておけなかったものですから…。 」

あのまま…? お伽さまは…ここへ運ばれる直前の状況を思い出してみた…。

 月例会に向かう途中…いきなりフロントガラスが割れた…。
前方の視界を奪われたために運転は無理…。
すぐ近くのスーパーの駐車場までは何とか移動させた。

 会場までは歩いて行けない距離ではないが…あまり時間がない…。
通りに出てタクシーを拾おうと考えた。
何れにせよ…このままにしておいては迷惑だから…本家に車の処理を頼もうと携帯を取り出した時…雷に打たれたような強い衝撃を受けて気を失った。

 「磯見が直接手を下したのであれば…お伽さまもすぐに狙われていることに気付かれたのでしょうが…生憎…磯見は道具に過ぎません…。
動かしている者は別のところにいるのです…。

 磯見がこういう状態に陥るたびに…飛び回って被害の後始末をしてきました。
さすがに…西沢先生の周りの人の時には近付けませんでしたが…。
磯見が…加害者にされてしまわないように必死で庇ってきました…。

 ですが…もう限界です…疲れました…。
預かったという責任だけで…それほど近しい関係でもない磯見を護るために…神経を磨り減らして生きることにも…。 」

 添田は悲しげにお伽さまを見つめた。
責任だけではない…添田は磯見と何か特別な繋がりがあるのではないか…とお伽さまは感じた。

 「ずっと考えていました…。 
三宅が遺跡に細工をするずっと前に…試験的に呪文をかけた公園で…私はその実験対象にされました。
 でも…何故…私だったのだろう…?
そのあたりに人はいくらでも居るのに…と…。

 遺跡に細工がなされた後なら…偶然でも片付けられますが…その時はあくまで…実験段階だったのです…。
たまたま…私は発症しませんでした…。

 けれども…もし発症していたら…どうなっていたでしょう…?
私が暴れだせば…私を止めることのできる者が動くまでの短い時間の内にでさえ…とんでもない数の人々が被害を受けたはずです。

 磯見が発症した時…奴等自身が襲われたことで…計画を中止せざるを得なくなった…というようなことを三宅が言っていたそうですが…奴等の計画とは…本当は何だったのでしょう…? 」

 HISTORIANの計画の根本は…国の中枢部に入り込んで国を動かし…自分たちの理想国家を作り上げること…。
しかし…その理想国家とは…とんでもない妄想国家…人類を破滅に導く道…。
それを未然に防ぐために天爵さまの魂と王弟の記憶が存在する…。

お伽さまが天爵ばばさまの魂から伝えられた過去からのメッセージだった。

 「磯見がもし…奴等を襲っていなかったら…起こり得たこと…。
奴等は普通の人だけでなく大勢の能力者を発症させることで…世間を恐怖と混乱に陥れようと考えていたのではないかと思います…。

 能力者には見えない磯見が対象になったのは偶然でしょう…。
私が発症しなかったので…対象は誰でもよくなったのかもしれません。
要は国中がパニック状態になればよかったのです。

 その上で…同じ能力者である奴等が発症者を抑え込み…世間と政府の信頼を得られれば簡単に中枢へ入り込める。
何しろ…官僚の中にはすでにそのための布石が置いてある…。
始めは…そういう計画だったのでしょう。 しかし…失敗に終わった…。 」

 磯見によって計画は失敗したが…しかし奴等は…磯見が極めて特殊な存在であることに気付き眼をつけた。
眠れる磯見の能力を操って…無関係な者を動かし…若い能力者を扇動したり…赤ん坊を誘拐させようとしたり…誘拐の目晦ましに悪どもを暴れさせたり…滝川や祥を襲わせたり…やりたい放題…。

 「何度…西沢先生に事実を打ち明けようと思ったか分かりません…。
ですが…口にすれば…磯見の命に関わります…。
 磯見の行動の記録を渡し…実験台である私にも発症の虞があると話すことで…気付いて貰おうとしたこともありますが…無駄でした。

 どうやら奴等は磯見のことを知られないようにするために…私にも何か細工をしたらしく…西沢先生に警戒心を抱かせてしまったのです。
 あの人懐こい先生が…私に対しては無意識に距離を置く…。
本能的に何か危険な気配を感じているのでしょう…。 」

 磯見が小さく声を上げた…。
あん…ちゃん…。 

添田の身体が震えた…。 
慌てて…磯見の傍に駆け寄った。

 「苦しいか…? 可哀想に…道具のように使われて…。 」

 兄弟…? ふと…そんな気がした。 よく見れば…何となく面影かある。
それで添田は必死になっているのか…。

 「磯見は…高倉族長の実子です…。 私にとって本当は異父弟にあたります…。
私の実母は磯見家の出身で…私が生まれるとすぐに実家に戻りました…。

 もともと…高倉氏と想い合った仲でしたが家格の差から認められず…追われるようにこの土地に来て父と出会いました。
結婚しても…高倉氏のことが忘れられなかったようです…。
結局…実家に戻ってから内縁の道を選び…磯見を産みました…。

 別れてから半年経たない内に父の許へ嫁いできた継母は…名前は異なりますが…偶然にも高倉族長の親族の女性でした。
この街で就職した磯見を預かったのは…事情を知っている継母の口利きだったのです…。 」

 だんだんと…磯見の意識が戻り始めた…。
頻繁に使われているらしく…酷く疲れている様子で顔色も冴えなかった。

 「あんちゃん…ごめん…。 とうとう…ばれちゃったんだね…。 」

磯見はお伽さまを見て…申しわけなさそうに言った。

 「お願いです…兄を悪く思わないでください…。
みんな…僕のせい…。 奴等から逃げられない僕のせいなんです…。 」

 起き上がろうとしたが…磯見は思うように動けなかった。
添田の話では…このところ仕事の時以外はまるで泥のように眠るだけの生活。
それでも起きられないこともあるとか…。

 「添田くん…このままでは…いけない…。
磯見くんの身体が持ちません…。 あの者たちの呪縛を解かねばなりません…。
どうしてあなた自身が磯見くんの身体に結界を張らなかったのですか…? 」

何時になくきつい口調のお伽さまの言葉に…添田は無念そうに項垂れた。

 「効かないのです…。 理由は分かりません…。
奴等の防御力のせいなのかどうか…私の力がまったく通用しなかった…。 
信じられなくて何度も試したのですが…奴等の意識を追い出せませんでした…。」

 まさか…とお伽さまは眉を顰めた。
外勤のエージェントには御使者の場合と同じように一族の中でも特に優れた能力を持つ者を選ぶ。

 添田は役付きのエージェントだ…。
添田自身が発症を怖れたほど大きな力を持っているのだ…。
その添田でさえ抑え込めない相手…撥ね除けられない力…とは…?

 「御霊に関してのことなら…僕にも心得がありますが…未知の特殊能力となると…宗主の或いは北殿の力が必要です…。
北殿や宗主に相談なさい…。 きっと良い方へ導いてくださいますよ…。 」

 追い詰められて行き場を失っている添田に…お伽さまはそう勧めた。
添田は大きく溜息をついて…いいえ…と首を振った。

 「私の立場などはどうでも良いことですが…高倉族長に恥をかかせることになります…。
高倉族長が…極秘で磯見に会いに来た折りに磯見を通じて情報が漏れてしまった。
そのせいで…西沢家の御大が襲われてしまったのです…。

 勿論…奴等が勝手に情報を読み取ったのであって…族長は何も話してはいませんが…磯見に会えてよほど嬉しかったのか…油断されたようで…。 」

雁字搦め…真面目な男だけに…余計に抜け道を探せないでいる…そういう添田が酷く哀れに思えた。

 「では…紫苑を呼びなさい…。 それから…そう…金井と滝川…。
彼等なら…磯見くんを救えるかも知れない…。
そうだ…もしかしたらノエルが突飛な手段を思いついてくれるかも…。 」

 救えるかも知れない…が…HISTORIANは彼等の動きを監視している…。
西沢に連絡を取るだけでも磯見の命が危険にさらされる虞がある…。
 けれど…このままずっと…周りを誤魔化し続けることなどできやしない…。
それは…裏切り行為に等しい…。

 添田は頭を抱えた…。
実弟への愛情とエージェントの責務…どちらも断ち切ることのできない鋼の鎖…。

開けない道…。






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