徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第九十九話 闇の翼)

2006-11-06 20:00:30 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 お伽さまの行方を捜しているエージェントの中に…何食わぬ顔の添田が居た。
そう…添田がそこに居たのでは見つかるはずもなかった。

 添田は何も言わない…。 嘘の指示は出さない…。 
車や周辺に残された記憶からお伽さまの行方を捜させる…。

 極めて普通の手段…。 何の妨害工作もしていない…。
たとえ…残された記憶の中に添田の姿があったとしても…そこに添田が居る限り誰も疑いを持たないから…。

 同じことが御使者にも言えた。エージェントと御使者は言わば縁戚関係にある。
お互い特別に仲良しというわけではないが…組織として最も信頼のおける存在であることは間違いない。

 御使者の中でただひとり…外から見る立場である西沢は…無表情な添田から目を離さなかった。
疑っているというよりは…心配の方が先に立った。
 切羽詰って添田が愚かな行為に走ってしまったとすれば…それは西沢の責任…添田の苦衷を察し得なかった自分に非があると考えていた。

 外から見ているもうひとり…祥からこの件を担当するように言われた金井も…添田の様子に何かしらいつもと違う不自然なものを感じていた。
付き合いの長い者にしか分からない微妙な相違…。
それがお伽さまの行方に関係があるなどとは思ってもみなかったけれど…。




 連携組織はまだ実験段階…本部中堅の要としては島田克彦を置き…智明と金井をアクティブに動き回らせる。
祥はできるだけ選ばれた人物の性格と仕事を有効に活用したいと考えていた。

 勿論…組織への就職という形をとった若手はともかく…すでに生業を持つ中堅たちにとってお務めは負担以外の何ものでもないし…彼等がそのことで悩んでいることも分かっている。
 今回…祥は試験的にある制度を取り入れてみようと思っていた。
勿論…既成の形では無理があるかもしれないので…その点を改良しながら…。

 それは…ジョブシェアリング…。
執行部は金井や智明の他にも何人かの有能な中堅どころを選び出している。
彼等にチームを組ませてお務めにあたらせようというのだ。

 これはひとりあたりの時間的負担の問題を解決してくれるし、それぞれの特性が生かされれば…総合的には組織にとって大きなメリットになる…。
 但し…チームを組んだ者同士はお互いによく話し合い…意思の疎通と方向性の同一化を図らねばならない…。
行動や方針がばらばらな方向を向いていたのでは若手に混乱を招くことになる。
 何しろ彼等は管理職…下手をすれば組織崩壊に繋がりかねない…。
この新しい組織が成功するや否やは彼等のチームワーク如何にかかっていた。

 そして…それは何も本部内部の運営に関することにとどまらない…。
支部の運営は各地域に任されているが本部での成果がその方向性を左右する…。
 何にしてもまだ寄せ集めの状態だから…多少地域色が出るのは仕方がないとしても組織運営の骨子だけは一貫したものにしておかなければならない。
せっかく始動しても地域ごとの別組織になってしまっては意味がないから…。



 横たわった磯見の齢に似合わぬやつれた顔を見ながら…何とかしてやらねば…とお伽さまは考えていた。
このままでは…直接殺されないまでも磯見の体力が持たない…。
おそらく…奴等は磯見の身体のことなど少しも考えていないに違いない…。
一刻も早く…呪縛を解いてやらねばならない…。

 添田は屋敷を封印して出掛けた。
お伽さまが出られないようにするために…。

 けれど決して…死ぬまで閉じ込めておこうとか危害を加えようとかいうわけではなくて…磯見の命を護りたい一心だった。
お伽さまが口を閉ざすと約束してくれるまで…それまでの間だけ…。

 「ごめんなさい…。 こんなところに閉じ込めてしまって…。 」

申しわけなさそうに磯見が謝った。

 「なあに…その気になればいつでも出られます…。
あなたの身体のことが心配なので…残っているだけですよ…。 」

 磯見はきょとんとした眼でお伽さまを見つめた。
お伽さまはにっこり笑った。

 「僕は…祭祀の能力以外にこれと言って取り柄のない人間ですけれど…御大親のお力をお借りすればある程度のことは出来ます。
あなたの場合…相手の能力がよく分からないので僕には手が出せませんが…宗主夫妻や紫苑なら或いは突き止められるのではないかと思うのです…。

 悪いことは言いません。
出来る限り早いうちに…あの方たちの指示を仰ぎなさい…。
きっと手を貸して下さいますよ…。 」

 紫苑…磯見の脳裏に西沢の屈託ない笑顔が浮かんだ…。
海に落ちた自分を助けてくれた恩人だ…。
信頼できないわけではないが…自分が動けば…すぐにでも奴等に伝わる…。

 「心配は要りません…。 あなたはここで待っていればいい…。
そう…多分…誰が話さなくても…紫苑は間もなくここへやって来るでしょう。
紫苑が現れたら…隠れたりしないで…何もかも話してしまいなさい…。 」

そう言ってお伽さまはまた優しく微笑んだ。

 「僕のことはいいんです…。 
ただ…僕を庇ったために兄が白い眼で見られるようなことがあったら死んでも死に切れない…。 
何の罪もない兄が責められるなんて…そんなこと…申しわけなくて…。」

涙ぐんでいる顔を見られたくないのか…磯見は顔を逸らした。

 「添田くんを…白い眼で見るなんてこと…あの紫苑に限っては有り得ませんよ。
他の者たちもまた同じです…。
そう…多少…抜けたところは有りますが…彼等は志の高い者たち…必ず力になってくれます…。 」

 何か面白げなことを思い出したのか…微笑がクスクス笑いに変わった。
そういうお伽さまの笑顔を見ていると…何となく安心できるような気がして…少しだけ磯見の口許が緩んだ。



 西沢が部屋に戻るや否や玄関のチャイムがけたたましく鳴り…金井が血相変えて飛び込んで来た…。
どうやら何か重要なことを掴んだらしいが…この先…どう行動すべきか迷っているようだった…。

 「まさかとは…思ったんだ…。 こんな馬鹿なことあるはずがないって…。
添田の様子がおかしいのには気付いていたけど…。

 あの場所にお伽さまの痕跡があるのは当たり前だけど…添田自身にお伽さまの痕跡が残っているはずがない。
残っているとすれば…添田がどこかでお伽さまに触れた証拠だろ…。

添田自身を調べた者は他には居ないから…このことは僕しか知らない…。 」

金井はひどく興奮していた。

 やはり…と西沢は呟いた…。 
添田が何か問題を抱えていることはある程度予測していた…。 
かなりどうしようもないところまで追い詰められているに違いない…。

 「添田は…以前に僕に何かを伝えようとしたことがあるんだ…。
はっきりとは口にできないようで…別ごとみたいな話をしていたから…頓馬な僕には分からなかったけど…あれは暗示だったんだろう…。

 あの時…気付いてあげていれば…こんなことにはならなかったのに…。
添田はちゃんと危急を知らせようとしていたんだから…これは僕の責任だよ…。

 けど…きみもよくお伽さまの痕跡を見つけられたね…?
添田はきっと…誰にも知られないようにお伽さまの気配を消しておいたに違いないのに…。」

西沢は感心したように金井に言った。

 「読みは得意ではないけど…添田とは長い付き合いだからな…。
添田の中に…物質的な痕跡ではなくて別の魂の触れた気配を感じ取ったんだ…。
多分…お伽さまのメッセージだな…。 」

 ああ…それで…と西沢は納得した。
お伽さまは…祭祀の力によって御霊とも話ができる方だから…金井とは能力的に通じ合うものがあるに違いない。

 「添田は…何か自分だけでは解決できないトラブルを抱えているんだ…。
何処まで力になれるか分からないが…このままにはしておけない…。
当たってみようぜ…。 」

 そう言うと西沢は何処かへ連絡を取り始めた。
添田のことにはまったく触れず…場所を指定した。

 「治療師が必要になるかもしれない…恭介を呼んでおいた…。
それと…ノエル…ノエルはお伽さまのお気に入りなんだ…。
何故だか分からないんだけど…連れて来いと言われているような気がする…。 」

不思議そうに首を傾げながら西沢が言った。

 「うん…その人選で間違いないと…僕も思う…。
今まで触れたことのない感覚だけれど…何か…伝えようとする力が働いている…。

 取り敢えず…今は…本部には連絡しないでおくよ…。
捜査中ということで…ね…。
ことがはっきりしてからでも…遅くない。 」



 庭田のお告げ所は本家の奥にある。
代々の天爵さまの御霊を祀った霊廟の前で智明は今…ばばさまの魂に導かれ…お告げを受けようとしていた。

魔物が…動き出すぞ…。

智明は眉を顰めた。
ばばさま…それは…HISTORIANのことですか…?
奴等がまた…何かを企んでいるのですか…?

すべては…人の中に潜む…。
あらゆる人の中に…。

智明の中に何か閃くものがあった。
誰しも魔物に為り得ると…?

新天爵よ…すぐに宗主どのにお伝えせよ…。
あれは…余程の者でなければ…抑えられぬ…。
でき得れば…覚醒する前に封印されるが宜しかろう…と…。

分かりました…。
お知らせして参ります…。

智明は立ち上がると霊廟から飛ぶように走り去った。

急げ…魔物が闇の翼を広げ…この世を覆わぬうちに…。
怒りの炎がすべてを焼き尽くさぬうちに…。







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