徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第三十八話 最終回 春の足音)

2005-08-26 00:00:54 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 裏の林の中の道を隆平はゆっくりと洋館に向かって歩いている。
見上げると林の木々のところどころに早咲きの桜がぽつんぽつんと花をつけてい る。隆平はこの細い道をのんびりと散歩するのが好きだった。

 この道を何度通ったことだろう。仕事中の修に修練の成果を見せに行くために。
透たちより遅れている分、修が特別に指導をしてくれている。
 但し、忙しい修はなかなかまとまった時間が取れないため、修が家にいる時にはいつでも修練においでと言われていた。

 あの時修がくれた力は、あの後すぐにまた修が取り上げた。
基礎のできていない隆平が使うには危険すぎるということで、ある程度の力がつくまでお預けとなった。

 おかげで気が楽になった。やっぱり実力で手に入れないとね…。
隆平はそう思っていた。

 この頃では全く発作を起こすこともなくなり、すっかり紫峰に馴染んだ隆平は、はるとも冗談が言えるまでになり、使用人たちとのコミュニケーションも取れるようになった。

 それは紫峰の家族のひとりとして生きる決心をしたせいでもあった。

 去年の暮れに孝太が結婚して新しい家族ができた。
結婚する時に孝太は地元に帰ってきて一緒に暮らすかと訊いてくれた。
 奥さんも隆平が孝太の子どもであることを知っていて、何にも遠慮せんと戻っておいでと言ってくれた。
 
 それは本当に涙が出るほど嬉しい話だったのだが、もともと親子として一緒に暮らしていたわけではない孝太の新しい門出を邪魔したくはなかった。
気持ちだけ有難く受け取った。

 紫峰家の面々は、まるで隆平が生まれてからずっとこの家で生活してきたかのように隆平の存在を受け入れた。
 まったく余所者扱いをされない分、はるからびしびしと紫峰家の何たるかを仕込まれ、紫峰宗主の家族のひとりとして遠慮なく仕事を任されもした。

 はるという教育係がいる分だけ、鬼面川にいた頃よりも行動規制や躾などの指導は厳しくはなったけれど、精神的には誰に気兼ねすることも何を怖れることもなしにのびのびと生活することを許された。

 透や雅人と一緒に悪戯をして叱られたり、ゲーマーのお祖父さまとお祖父さまの好物餡団子を賭けて対戦したり、成績表に一喜一憂したり…そんな普通の生活を当たり前に楽しめることが隆平にとっては夢のようだった。



 昼間は、多喜に取り次いでもらうのが面倒であれば、屋敷の裏に廻って居間側のテラスからそのまま修のところへ行けばよかった。

 修は、たいてい居間の文机で仕事をしていているので、わざわざ玄関から遠回りしなくても済む。

 屋敷に一歩踏みいれた時、いつもと違ってパソコンのキーを叩く音がしないのに気付いた。

 文机の上に突っ伏している修の姿を見つけた。修は眠っているようだった。
そっと近付くと修の前には写真が置かれてあって、中学生くらいの男の子が笑ってこっちを向いていた。 
 
 時々肩が震えて、眠っている修の睫毛を濡らしながら、一筋…また一筋と涙の滴が流れ落ちた。

 見てはいけないものを見てしまったような気がして隆平はその場を立ち去ろうとした。

 その気配に修は目を覚ました。

 「ああ…ごめん。 うっかり眠ってしまった。 」

 修はいつもの笑顔で隆平を見たが涙の後は消えてなかった。

 「招待状を…作っていたんだよ。 冬樹の追悼会のね。 
早めに作って出しておこうと思ってさ…。

 どれだけ月日を重ねても…胸が痛いよ…。 」

修は寂しそうに言った。

 冬樹が透や雅人の親違いの弟だということは聞いていた。透にとっては父親が、雅人にとっては母親が違う兄弟だ。
 この子も生まれてすぐに親を亡くして修の手で育てられたが、不幸にして中学三年になったばかりで酷い事件に巻き込まれて命を落としたという。

 子煩悩な修にとって身を切られるより辛い思い出だ。
透や雅人からその時の修の様子を聞いていたので、隆平はできるだけ冬樹のことには触れないでいた。
 本当は修から訊きたいこともあったのだけれど…。

 「冬樹は…力らしい力を持ってなかったんだ…。
僕が護ってやらなきゃいけなかったのにね…。
24時間べったりくっついてでも護ってやればよかったんだ…。

 …馬鹿だなぁ…そんなことできやしないのに…言っても仕方ないよな…。 」

修は自嘲した。

 「そんなに子どもが可愛いの? 自分の子じゃなくても? 」

隆平は修につられて思わず訊いてしまった。
修はこれ以上の笑みはないというくらい温かい笑みを浮かべた。

 「可愛いさ…。 

 子ども育てるのは口で言うよりかずっと大変だけど、育つの見てるだけで報われるね…。

 やっとここまで育ったかって感じた時のなんとも言えない満ち足りた気持ち… 幸福感がいいよ。 」

 そんなもんかなあと隆平は思った。隆弘はあまり表情を変えない男だった。
隆平を殴ったり蹴ったりする時以外はいつも仏頂面で過ごしていた。

隆弘は…どう感じてたんだろう?

 「そりゃあもう手が掛かって仕方がないし、ほんとうるさいの何の…少しは言うことを聞け!とか怒ったりもするんだけど…。

 こいつらいなけりゃもっと自分の時間が取れるのに…とかさ…。
だけど居ないと物足らないし…寂しいわけよ…。

 育ったら育ったでとんでもない覗きはするし、一端の口は利くし、生意気でどうしようもないこともあるんだが…。

 あ…これはあくまで僕の主観だからね。 」

 この人は本当に子どもが好きなんだなぁと隆平は思った。
怒っていない時の隆弘…あまり思い出せない。
暴力の記憶があまりに強烈で他の事は忘れてしまった。

 隆平が本当に知りたいのは二度と会えない人の心…そのことに修は気付いていた。他人の子を育てた修の気持ちを聞くことで隆弘の本心が知りたいのだ。
 
 「隆弘は隆平にまったく愛情がなかったというわけではないのです。
他から攻撃を受ければ、隆弘は隆平を庇ったに違いない。
他人には決して隆平の悪口を言わなかったし言わせませんでした。

 …孝太さんが前にそう言っていたな。」
 
 修が呟くように言った。
隆平は驚いたように修を見た。 

 「隆平へのあの暴力は確かに許せないけれど…隆弘は少なくとも自分でお前を殺そうとは思っていなかった。
 むしろ…生き延びて欲しいと願っていた。 そのことは僕も信じるよ。 」

 隆平も素直に頷いた。
それが愛情であったかどうかは別として隆弘が隆平を護っていたのは事実だ。 
あの久松がそう言っていた。

 修の携帯が鳴った。
 
 「メールだ。 」

文机の上に置きっぱなしになっている携帯を取り上げ修はメールを読み始めた。

 その様子を見ていた隆平の脳裏にひとつの映像が甦った。

 高校の入学式の前の日、朝からどこかへ出かけていた隆弘がいつものようにむっつりとした顔で帰ってきた。
 玄関をくぐるなり無言のまま、小さな紙の手提げ袋を隆平に渡したのだ。
驚く隆平を尻目に『これが流行だとよ。』、そう言っただけで奥へひっこんでしまった。袋の中には携帯電話や付属品が入っていた。
 思いがけない隆弘からの入学の祝いだった。

 隆平は熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
あの仏頂面の隆弘がどんな顔をしてどんな思いで祝いを選んでくれたのだろう。
あの時は怖いだけで怯えながら礼だけは言ったが…父親の気持ちにまで思いを馳せなかった。

 「修さん…。」

 隆平は震える声で修に言った。

 「僕…きっと愛されていたんだね…。」

 修は微笑んで頷いた。

 「父さんは…憎んだり愛したり…それを繰り返していたんだと思う。」
 
 それが真実かどうかはどうでもよかった。
隆平の中で納得できる何かがあれば、隆平は疑問から解放されるだろう。 
真っ直ぐ前を向いて歩いていけるだろう。

 「修さん…メールは? 」

読んでいる途中で隆平が声をかけてしまったので修は返信しなかったようだ。

 「ああ…あれね。 藤宮でなにかあったらしいね…。
でも…急ぎじゃないようだから後で連絡するよ。

 さてと…修練はどこまでいきましたかねぇ…。 」

 

 孝太兄ちゃん…。修さんは皆に頼られていつも忙しそうです。
僕にとって三人目のお父さん…そんなふうに思ったら失礼かな…。
 でもそんな感じ…。 
陽気で、子ども好きで、時々変わったこともするけど、温かい人だよ。
 だけどいっぱい悲しいことや辛いことを経験しているに違いありません。
何となく僕には分かります…。
 
 そんな手紙を孝太宛てに書いてみた。けれども隆平はそれを出さずに破いた。

 もう甘えた手紙は出さない…。一歩踏み出そう。
先ずははるさんの手ほどきで習った…紫峰式の手紙を書くぞ!
 
 間もなく高校生活最後の年の新学期がやってくる。
隆平は確かに春の足音を感じていた。
  
  

 

二番目の夢 完了

三番目の夢へ 




二番目の夢(第三十七話 鎮魂の想い)

2005-08-24 22:53:47 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 修の中の鬼が目覚めても今度は笙子も止めには入らなかった。
修の全身を青白い焔が覆うと同時に辺りは真冬のように寒くなった。

 彰久は修の『滅』を感じ取った。
史郎もまた凄まじい気の動きを察知した。

 「末松よ…おまえの見た地獄がどんなものかは知らぬし、知ろうとも思わぬ。
だが、今のお前は人に信用され、頼られている一族の重鎮ではないか…。
何故…それで良しとせぬ? 」

 焔の中から凍てつくような冷たい声が末松に向かって響いた。

 「お前のように大家の主としてちやほやされ、何不自由なく暮らしてきた者に何が分かる!  」
 
 吐き捨てるように末松が言った。修は少し眉を吊り上げた。

 「分からぬな…分かろうとも思わぬ。 
お前を苦しめた当代長だけならまだしも、久松や孝太、隆平まで地獄へ引きずり落とそうとするその心根…。
無関係な人々の魂まで巻き込もうとするその身勝手さ…。 」 

 修はそう答えた。あたりはますます底冷えてきた。

 ぴりぴりと凍りつくような冷気にさすがの末松も身を震わせた。
冷気と言うよりは霊気というべきか…たとえ暖房を最高温度に合わせたとしても温かくは感じられまい。
 
 修は末松の方へ左手を差し出した。
手のひらの上に青い焔が舞い立った。

 「私はこれを使いたくはない…。 お前の心に少しでも救いが残っていれば使わずに済む…。 紫峰にも慈悲はある…。 」
 
 怒りを押し殺したような修の声に末松は嘲笑を以って答えた。

 「紫峰の慈悲などくそくらえだ! わしは鬼面川に生れ鬼面川に育ったのだ。
紫峰の指図は受けぬ! わしを裁くものがあるとすれば鬼面川の御大親のみ! 」



 ちょうど旅立ちかけていた久松の耳にその声が届いた。
久松は今、自分たちのせいでさまよっていた魂たちをすべて見送り、ふたりの祖霊鬼将、華翁に世話になった礼を言ったところだった。

 見れば、醜い鬼と化した末松の憐れな姿がある。
久松の見るところ紫峰宗主は只者ではなく、末松がどうあがいても勝ち目はない。

 「祭主どの…あの御方は今『滅』を使おうとしておいでだな?
とすれば…相当の使い手であられような? 」

 久松は彰久に問うた。

 「あの御方は紫峰の祖霊だ。 樹さまのお名前は御霊もご存知であろう? 」

 久松の胸が高鳴った。紫峰 樹…口伝に残る伝説の御方ではないか…。
ああ…それではとても末松は助からぬ。
決して無礼があってはならぬ御方に…刃を向けた…。

 「祭主どの…。 『滅』は完全なる死。 魂が消滅する怖ろしい業…。
これほど祭主どのに世話になったのに申し訳ないが…俺は…弟を見捨てられぬ!」

 彰久が制止する間もなく、久松は境界を抜け出た。



 「では…紫峰は末松を見放すとしよう…。 紫峰祖霊 樹の名において末松に『完全なる死』を与える。 」

 末松の態度に救いはないと感じた修は今しも末松に向かって『滅』の焔を飛ばそうとしていた。
 
 「お待ちくだされ! 宗主! 」

 久松は修の前へとその姿を現した。修は手を止めた。

 「久松…何故出て参った。 お前…逝かれなくなったらどうするのだ? 」

 修は境界の中を見た。彰久も史朗も久松のために必死で時を稼いでいる。
久松は修に対し祈り拝むようにして頼んだ。

 「俺が末松を連れて逝く。 どうか…どうかご無礼をお許し下さい。 
魂もなしでは弟があんまり惨めだ。 

 こいつは捻くれてしまってこの有様だが救いがないわけではない…。
悪ぶってはいるが本当は長兄によう仕えた真面目な男だ。

長兄が生きておれば…少なくとも俺が死にさえしなかったらこうはならなんだ。」

 そう言うと久松は鬼の身体を羽交い締めにした。

 「何をしよる! 久松! わしはまだ逝かん! 放せ! 久松!
この男を倒してどこまでも生き延びてやる! 紫峰などには負けん! 」

 久松は凄まじい力で末松を引き摺り、境界の中へと引っ張り込んだ。

 「わしは逝かん! わしは…。」

 末松は叫んだ。『こんなところで朽ちてたまるか!』

 「末松よ…思い出せ。 竹馬…缶蹴り…竹とんぼ…めんこ…かちん玉。
蝉取り…ザリガニ釣って俺らぁよく遊んだが…。
 
 あの頃はお前もこんな苦しい生き方をするとは思わんかったろうに。
まあ年も年だで楽しもうよなぁ…向こうへ行ってまた二人で遊びゃあいいに。」 

 抗う末松を久松は優しく宥めた。
大きく目を見開き、断末魔の叫びをあげたまま末松は連れて行かれた。

 御大親の見えぬ手が二人の魂をその懐に迎え入れた…。
 
 彰久も史朗も久松のために祈った。犠牲になった者たちのために祈った。
そして憐れな末松のためにも…。

 修は焔を収めた。大きく溜息をついた。

 彰久と史郎による御霊送りが終わって社はしんと静まり返り、最後の文言を述べる二人の声だけが響く。

 祭祀は『救』のすべてを終えようとしている。

 修の前に元に戻ったの末松の悲しい躯が転がっていた。



 日が翳り始めると孝太を中心として慌しく『鬼遣らい』の仕度が始まった。
朝方の騒ぎによって乱れた社は村の世話役たちによって急ぎ清められ、行事用に整えられた。

 急を聞いて駆けつけた村の医者に、加代子は爺さまが狂って人を殺せと叫んだと話した。
 村の人たちは、あまりに立て続けに死人が出たので末松が心乱れて社で暴れ、脳溢血を起こしたに違いないと考えた。
 
 数増には孝太が本当のことを話した。数増は黙って頷いていた。
複雑な思いがあったに違いないが、ただ静かに末松の死を悼んだ。
思えば、最も運命に翻弄され続けたのはこの数増ではなかったか…。



 観光行事である『鬼遣らい』と末松たち三人の葬儀が同時に始まった。
祭祀は孝太が務め、隆平は介添えを、彰久と史朗は後見を、紫峰の三人は立会人をそれぞれ古式ゆかしい姿で務めた。

 村長と弁護士は貴賓席で居眠りをしていた。
大勢の人を死なせておきながら意に介さないほどのホラー好きならば、きっと楽しく夢を見ていることだろう。 
繰り返し鬼に喰われる悪夢であっても…。

 何も知らない観光客の前で、流麗な所作と格調高い文言の『鬼遣らい』絵巻が繰り広げられた。
 人々はその美しさに魅了され、夢見心地でしばし時を忘れる。 
客たちは平安朝の祭祀を上質なパフォーマンスと受け取っているだろう。

その祭祀に込められた演じる側の鎮魂の思いを誰も知らない…。




次回へ






二番目の夢(第三十六話 極上の快感 )

2005-08-23 16:39:18 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 隆平にはしばらく事態が飲み込めなかった。
『奥儀伝授』と言われても実際には何も教わってないわけだし、何の修練もしていない。修の意図が読み取れずにいた。

 紫峰家で暮らすようになってから、透や雅人に相伝の話は聞いていたから、ふたりが奥儀を伝授される前には何らかの修練を積んだということも知っていた。

 紫峰では次期宗主と後見のみに奥儀が伝授されるので、その点からいっても、隆平には伝授される理由が無いのだ。

 うっかりそんなことを考えてぼけっととしているうちに、隆平の倍くらいはあるだろうと思われる化け物が上から覆いかぶさってきた。

 「しまった! 」

 隆平は潰されるのを防ぐため、反射的に化け物に向かって手を出した。
薄い朱の焔が隆平の両腕を覆い、それは化け物めがけて放出された。
 見る間に化け物の身体が焔に巻かれ、のたうちまわる姿が目の前にあった。
あっという間に化け物は燃え尽きてしまった。

 隆平は自分の手と化け物の燃えた跡を交互に見た。
『今の…何?』怒りの焔ともまた違う、色のわりには冷たい感触の焔だった。

 隆平は修の方を見た。修はただ静かに微笑んでいるだけだったが、透や雅人が呆気に取られているのが分かった。

 孝太は驚きながらも、先ほどの修の行動はこれだったのかと納得した。
強くなっていく隆平を見るのは嬉しくもあり、寂しくもあった。

 後ろを見ると、こんな状態でも祭祀は続けられ、彰久も史朗も決して振り向くことはしなかった。
 孝太の祖母が旅立った時と同じような空間がその場にできつつあった。
何事も無ければ魂たちは間もなく旅立つことになるだろう。



 末松の身体が怒りに震えだした。修が余りに若くのんびりと構えているので、紫峰の宗主だと知っても、その力を完全に見下していたが、本当は油断できない相手だと気付いた時にはすでに遅く、その外見に騙された自分を腹立たしく思った。
『おのれ紫峰の若造が…要らぬ手助けをしおって!』

 そこいら中に散らばっていた化け物が集まってきた。
次々と合体を繰り返し何体かの強大な化け物を作り出した。

 末松はそれを彰久たちめがけて突撃させた。
透も雅人も急ぎ境界ぎりぎりまで出て来て化け物を彰久たちから引き離そうとした。
 しかし、これらの化け物はもとが人間であるだけに人為的に作り出した魔物より知恵が働くので簡単にはこちらへ向き直ってはくれない。

 ここまで大きくなると比較的衝撃の穏やかな『消』を使っても、その反動が彰久と史郎にまで波及する恐れが出てくる。
透や雅人にはまだ修ほどの力はなく、反動無く静かに消滅させることができない。

 「どうする? 透。 隆平は『滅』を使ったぜ。 」

雅人は透に声をかけた。

 「あれは…『熛(ひょう)』…じゃないかなあ。 よく判んないけど…。 」

 透はそう答えた。
自信があったわけではないが、修が初心者である隆平に修自身が最も使いたくない『滅』を使わせるとは思えなかった。
 それに透も一度しか見たことはないが焔の色から考えると透の知っている『滅』とは違うような気がする。

 けれども、修は時々とんでもないことをするから絶対に『滅』じゃないとは言えないのだ。

 例えば化け物の足の裏くすぐったら笑うかどうかなどというようなことを突然思いついたら、化け物ひっくり返して本当にくすぐりかねない人だ。

 「少し難しいけど僕等も『熛』を使ってみない? 」

透はそう提案した。どの道このままじゃ化け物を止められない。

 「よっしゃ! 」

雅人は威勢よく答えた。

 ふたりが気を高めると両手に朱の焔が立ち上った。その手を化け物に向けると焔は化け物に乗り移った。

 そこまでは良かった。

 朱の炎に身を包まれた化け物は猛り狂い暴れまわり祭主めがけて突進したのだ。
修が咄嗟の判断で塵にしてしまわなければ、彰久も史朗も仲良く吹っ飛んでいたところだった。 
 
 「やっべぇ! 違ったみたい。」

 透が頭を掻いた。 
呆れたように二人を見ながら修は首を横に振った。

 「減点! 『熄(そく)』だ。 」

 『熄』とは消えていく火で滅びを表す。『熛』は飛び火。どちらも紫峰奥儀のひとつだが相伝奥儀とは異なって、相伝を終えた者が『滅』を完全なものとするために修練する。
 隆平がこの業を使ったということはすでに相伝を終えたということにも繋がる。
後で長老衆と揉めなきゃいいけど…と透は思った。

 修に力をもらったおかげで隆平はずっと楽に戦えるようになった。
近付く化け物を簡単に焼き払うことができた。
 ただ、境界の向こうでも透や雅人が同じ業を使い始めたが、ふたりが修練して得た力を楽に手に入れてしまったという後ろめたさが隆平には重かった。 

 操っている化け物が次々と焼き消されていくのを末松は苦々しい思いで見ていたが、もっと忌々しいのは化け物退治を子供らに任せて、目の前で平然と祭祀を見学しているその男の存在だった。

 孝太と隆平…紫峰の血を引くふたりを利用して鬼面川を乗っ取るつもりでいるのではないか?
 彰久や史郎だって分かったもんじゃない。
後継にはならぬなどと巧いことを言って、本当は裏で紫峰と手を組んでいるのに違いない。
騙されてたまるか…。
 わしの手に入らぬような鬼面川は存在すべきではないのだ…。




 化け物がすっかり片付いてしまうと、境界の向こう側は別世界になっていた。

 彰久たちの呼び招いた天空の闇と光の世界が広がって、さまよえる魂たちは姿無き御大親の導きに従って次々旅立っていった。

 修は結構この瞬間が好きだった。鬼面川の『救』によって、魂が安らぎを得る瞬間の穏やかでありながら崇高この上ない雰囲気が…。
 
 将平の祭祀は相変わらず素晴らしい…。
何と輝きに溢れていることか…。

 精神的な快感とも言うべきその心地よい安らぎの中に身を委ね、修は千年ぶりに満たされた気分を味わっていた。

 修の背後から今や怒りと憎しみのために自らを鬼と化した末松が忍び寄ってきた。

 「邪魔をするな…老翁。 僕は今、極上の快感を味わっている最中だ…。 」

 修は振り返りもせずに言った。

 末松は牛のように巨大化し、黒々と不気味な闇を纏っていた。
修をめがけ剣のように鋭い爪を振りかざした。

 「老翁…今一度おのれを振り返ってみよ。 
そのおぞましき姿…それがお前の望みであったのか…? 」

 一瞬、末松がたじろいだ。
 
 「やかましい! すべてはわしを認めなかった奴等のせいだ! 
誰よりも優れたこのわしを蔑ろにした奴等の…! そしておまえの! 」

振り下ろした腕は跳ね返され末松は仰け反った。

 「僕…? 僕は何もしていない。 ただ傍観していただけだ。
簡単なテレパシーさえ人任せで…。 」

修は微笑みながら笙子を見た。笙子が微笑み返した。

 「嘘をつけ! 隆平に何やら小細工をして鬼面川の祭祀に干渉したではないか!
この目でしかと見たぞ。」

修はやれやれというように肩をすくめた。

 「祭祀に触れた覚えはない。 祭祀を妨害するものを制するのは立会いとして当然ではないか? そのためにご助力申し上げたまでのこと。 」 

 修の言動はいちいち末松の癇に障った。
世間知らずの若造めが…目にものを見せてくれる。

 末松が怒りに身を震わせると、地響きとともに祭主の体も揺らいだ。
彰久も史朗も辛うじて堪え事無きを得た。
 今もし中断となれば、せっかく旅立とうとしている魂のいくつかは置き去りにされてしまう。その中には久松の魂もいるのだ。
 
 「爺さま。 もうやめてくれ。 情けねぇわ。 」

孝太が境界を出て鬼と化している末松を止めに来ようとした。

 「境界を出るな! 戻れ! 」

修が激しく孝太を叱咤した。
その勢いに押されて孝太は止まった。

 「お前の役目は祭主を護ることだ! 忘れるな!」

そう言ったのはいつもの穏やかな修ではなかった。

 「お前の気が済めばあの兄の魂は救われずともよいのか…?
お前の犯した罪までを自ら背負って旅立とうとしている兄を…。
その潔い心をおまえはまた踏みにじろうと言うのか…? 」

 ぞっとするような冷たい表情を浮かべ修は末松を見た。
冷気とも思える寒々とした空気が辺りに充満し始めた。

 隆平が思わずごくりとつばを飲んだ。
成り行きを見守っていた透と雅人が言葉を失った。
それが何の前触れか二人はよく知っている。

 孝太はあの時の…本家で再会した時の修を思い出した。

 「一度だけは見逃してやろう。」

 修はそう言ったのだ。
あれは久松への言葉だと思っていたが…。

修の身体のあちらこちらから青白い焔が少しずつ立ち上り始めた。




次回へ




二番目の夢(第三十五話 霊送り妨害)

2005-08-21 22:54:33 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 社の外で見張りをしていた西野は異様な気配で空を見上げた。
夜はすでに明け切っているはずなのに、あたりは薄暗く社を中心に黒い雲が渦巻いて、今にも嵐が来そうである。

 鬼面川の鬼遣らいは日暮れ近くの行事だから観光客の姿はまだ無いが、社周辺のそこここに不気味な影が蠢いている。
 ソラが落ち着かない様子で同じところを行ったり来たりしているところを見ると何かの悪意が働いているものと思われる。 
  
 西野がふと本家に繋がる石段の小路のほうを見ると加代子が登ってきていた。

 「おはようございます。 朝食の用意が整いましたので…皆さんこちらに居られますかしら?」 

孝太に良く似た人懐っこい笑顔で加代子が言った。

 「おはようございます。 皆さんお集まりですが、社の中は準備中なので入れませんよ。 私が皆さんに伝えておきます。 」

西野は丁寧に礼をしながらそう答えた。

 「あら困ったわ…。兄と葬儀の段取りをしたかったんですけど…。
朝子さんたちを何時までもあのままにはして置かれないものですから…。」

 加代子は実際困っていた。いくら親戚とはいえ自分の家族ではない者の葬式で、しかも、本家で盗みを働こうとして心臓麻痺を起こしたとかいういわくつきのご遺体である。さっさと片付けてしまいたいというのが本音だ。

 「そうですねえ…。申し訳ないんですが…誰も入れるなとのご命令でして…。」

 西野も困ったように頭を掻いた。
加代子はその様子を見てくすっと笑った。

 「よろしいわ…。 皆さんがお出でにならなければ後からまた来ます。
お食事はいつでも召し上がれるようにしておきますわ。 」

 そう言って加代子はその場を去ろうとした。
すると突然旋風が加代子の全身を捕らえた。加代子が悲鳴を上げるが早いか、旋風は加代子を捕らえたまま社の扉を突き抜けていった。

 西野は瞬時の出来事になす術も無く、社の外から雅人に向かって叫んだ。

 「雅人さん! 雅人さん聞こえますか? 加代子さんが捕らえられました! 」

 扉の反対側では結界を破られた雅人が何ごとが起こったのか分からぬまま突き飛ばされていた。
突然扉の向こうから雅人めがけて何かがぶつかって来た。
それを背中で受け止めた格好で、加代子の下敷きになっていたのだった。

 「聞こえたけど…遅いよぉ。 」

雅人が答えた。加代子が慌てて雅人の上から身体をどけた。

 「ごめんなさい。 重かったでしょう? 」

重かったのはどうでもいいのだが、雅人の結界を破るとは尋常な力じゃない。

 「怪我は無い? 加代子さん。 雅人。」
 
透が駆け寄ってきた。 

 「私は平気ですけど…。」

 「大丈夫…だけどちょっとショック。 」

 雅人は憮然として答えながら修の方を伺った。
修は末松の方に気を向けていた。末松が動き出したのを感じ取ったようだ。



末松が声を上げて笑い出した。

 「ご覧…宗主どの。 そんな結界など役にはたたんよ。 」

修の口元が緩んだ。
分かってるよ。そんなこと…。

加代子が突然現れたので、孝太が目を見張った。

 「加代子! なんでここに? 」

加代子が孝太を見つけて傍へ寄ろうとするのを、慌てて孝太が止めた。

 「来るな! 爺さまが狂ったで! 」 
 
 加代子はまさか…と末松の方を見た。途端に加代子の身体は自由を失い、孝太と隆平の前へ引き寄せられた。

 「加代子…彰久と史郎を殺せ! 」

 末松が命じた。
加代子は自分が何を言われているのかが分からず、孝太の顔を見た。
 
 「聞くな! ふたりに近寄っちゃならん! 」

 孝太が叫んだ。
加代子の意思とは逆に加代子の身体は引きずられるように彰久たちに近付く。
 孝太は急いで加代子を抱きとめた。
加代子はすでに自分を失いかけていた。物凄い力で孝太に抗い、普段の加代子なら考えられぬ勢いで孝太をはたき飛ばした。

 彰久たちは危険が迫っていることは感じていたが、その場から動くことも単に振り返ることもできなかった。ただひたすら祭祀に打ち込むしかなかった。

 加代子が彰久に触れる寸前で隆平は加代子をその場から突き放した。
突き放された勢いで倒れた加代子の傍に跪くとその額に触れ気を放った。

 加代子の中の末松の意識が消えた。

 末松は訝しげな顔をして隆平を見た。
隆平は修に動かされているわけではない。ちゃんと自分の意思で行動している。
簡単な業とはいえ、教えられてもいないことをやってのけたのだ。

 それは修が、逆上して正気を失いかけた隆平に施した業で、隆平はそれを身体で覚えてしまったようだ。

 末松はたとえ微力な楯でも侮れぬことを知った。

 正気に戻ったのはいいが怯えて動けない加代子を透が扉の近くまで避難させた。
扉の前では雅人が新しく結界を張ろうとしていたが、外からまた西野の大声が響いてきた。

 社を取り囲んでいた無数の影が社目指して突進を始めたのだ。
西野がいくら強くても多勢に無勢、西野とソラだけでは到底対処できない。
取りこぼしたものたちが次々と社に入り込む。 
 
 ただの魔物ではない。
これまでに『救』を受けることのできなかった過去の魂がこの世に居残って異形の者と化した性質の悪い化け物である。

 結界を張ろうとしていた雅人にうじゃうじゃとたかり始めた。

 「やってられんわ!」

雅人は結界を諦めて化け物退治を始めた。

 透は加代子を庇いながら、襲い掛かってくる化け物を倒したが、相手を倒した際にあることに気が付いた。
ばらばらになった部品が復活を始めたのだ。

 「雅人! こいつ等復活型の化け物だ! 下手に倒すと増殖するぞ!」

透は猛スピードで化け物退治をしている雅人に注意を促した。

 「どうする? 透! 許可なしで『滅』は使えないぞ! 」

 雅人に問われて透は修の方を窺った。
相変わらずたいして動きもせず、化け物を消し飛ばしている。
修が良く使うのは…『解』…『散』…『消』。

 「『消』でいこうぜ! けど失敗したらとんでもなく増えちゃうかも…。」

透は言った。
 
 「やってみましょ。 男は度胸ってね! 」

雅人は一発勝負に出た。まとわり憑く不気味な化け物を一気に消滅させた。
 
 「いけそうでっせ! 」

透の方を見るとやはり巧くいったようだ。
ただし、透に庇われながら化け物との戦いを初めて目の当たりにした加代子はほとんど失神状態だった。

 「まあ…。寝ていてもらった方が世話無くていいかも…。」

ふたりはそう思った。



 後から後から湧いて出る化け物たち…救われぬ魂がこれほどこの地に多く存在するのか。これは当代長だけの責任にとどまるまい。いい加減な長が他にも存在したという証拠でもある。

 化け物は増殖するだけでなく合体もするらしく、相手が強いと分かると何体かがくっついて大型の強力な化け物へと変化した。

 彰久と史郎を狙い突進していく。
大半は修と笙子が消してしまうが、孝太や隆平に襲い掛かるものもいる。

 鬼面川の聖域なので、一族でない修と笙子は祭祀の間、孝太や隆平よりも向こう側には近づくことは許されない。

 孝太や隆平が四苦八苦している姿を末松は面白おかしく眺めていた。
 
 戦い慣れてきたとはいえ、今の力では化け物退治も思うに任せないだろう。
しかも、夕べから一睡もせず、水一滴飲んでいないふたりである。
修行を積んだ修たちとは違って体力的にも不安がある。

 修はそれまで敢えて動くことをしなかったが、急に隆平の傍まで移動すると、隆平に近付くように指示を出した。

 笙子が援護に入り、修の代わりに近付く化け物を消滅させた。

 隆平の額に中指と人差し指を当てると修はなにやら呟いた。
あの青みがかった紫の焔が、修の中からすうっと隆平の額に吸い込まれた。
僅かな量ではあったが隆平は驚きの声を上げそうになり、歯を喰いしばって堪えた。

 隆平には確かに聞こえた。

 修は間違いなくこう言ったのだ。

 『奥儀伝授』と…。





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二番目の夢(第三十四話  思いの丈)

2005-08-20 23:38:55 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 傍目から見れば、この末松の野望など虚しいの一言に過ぎない。 
末松という男の年齢を考えれば、今更、鬼面川の実権を握ったところで残された時間がその先何年…。悪くすれば明日にでもお迎えが来る。
しかも、その実権を継がせるべき実の子はすでに災害で先立ってしまっている。

 実の子でなくとも数増なり、孝太なりを本当に心から身内と思い、愛情から彼らに引き継がせようと考えているのなら話は別だが、そういうことでもないらしい。

 ただただ、失った権利を取り戻したいがため、一族に真の実力を認めさせたいがため、末松はたとえ一瞬だけでも鬼面川の覇権を握らずにはおかれないのだ。

 その一瞬のために、どれほど大勢の心を踏みにじり、何人もの身内を殺し、己の心を満足させようとしてきたか…。

 久松の魂は今どんな思いで弟を見つめているのだろう。
自殺も復讐も久松が決めたこと…だがそれは末松に野望達成のための足がかりを与えることになってしまった。
供養されることもなく、ただ利用されて…。



 御大親への報告を終えた後、彰久が大勢の魂を救済するべく、ひとりひとりの魂と問答を始めた。
 今まで彰久の補助を務めていた史朗も緊急の場合と考えて、彰久の隣で同時に問答を始めている。

 その様子を久松は静かに傍観していた。久松とすれば自分たちが集めてしまったさまよえる魂を一刻も早く安らげる所へ逝かせてやりたいのが本音だ。

 彰久に『救』の力があるのであれば、もはや隆平が絶望という存在であろうがなかろうがどうでも良いこと。

 久松は大きく溜息をついた。

どうしてこうなってしまったのだろう。
 そもそも鬼面川という家は村の人々の安全と幸福を祈るために存在したのではなかったのか? 
 
 普通の人間の手の及ばない領域で災いをなすものを退治したり、封じたり、そうやって人々を助けてきたのではなかったのか?

 先代である長兄は長のあるべき姿を良く知っていて、権勢欲にとりつかれるようなことは無かった。 

 俺はそんな長兄に憧れ、万が一の時には長兄のような立派な長にならねばと思っていたのに…。

 それがどうだ。『救』を行うべきこの俺が『救』に救われようとしている。
自ら異形の物と化したり、人の命を奪ったり、こんな情けないことで祖霊の手を煩わすとは…。

 俺は生きるべきだったのか…?
生きて次兄を正すべきだったのか…?
俺が自殺さえしなければ、末松をこのような権勢欲の化け物にしてしまわなくてもすんだのか? 
 
 ああ…すべては遅きに失した。

 『いいえ…遅くはありませんよ。 』

久松の意識の中に修の意識が入り込んだ。

 『もうじき彰久があなたを呼ぶでしょう。 
あなたはその思いの丈を遺された人々に…そして末松に伝えて逝きなさい。

 それがあなたに課せられた使命でもある。
目的を果たせなかった末松は鬼面川を滅ぼすつもりでしょうから…。』

 久松は末松を見た。祭祀の邪魔をすることも無くひとり静かに座っている。
何を思う末松よ…。
双子に生まれながら俺たちは心底分かり合えてはいなかったのだなあ…。



 「面川久松の御霊よ。 我等はあなたの告白を御大親に奏上仕った。
 あなたのしたことは決して許されることではないが、生ける物すべての親にてあらせられる御大親は人の過ちにも寛大な処置をなされよう。
御大親の慈悲に御すがり申せ…。 」

 彰久の呼びかける声に久松は答えた。

 「鬼面川の祭祀をも司る我が身にありながら、その責任を忘れ、死を選び、あまつさえ異形の者に身を落とし、人に仇なしたる罪は重く…もはや御大親の慈悲を以ってしても贖うことはかなわぬと存ずる。

 ただ、ここにあるあまたの御霊は我が過ちにて集められし者達。
どうか御大親の御慈悲を以って寛大なる処置をお願い申し上げ奉る。 」

 彰久は久松の話を聞きながら、口の中でなにやらぶつぶつと文言を唱えた。

 「久松に申す。 あなたの置かれていた状況から判断して、あなたが過ちを犯したのはすべて末松の言によるものと思われるが、御大親の御前で申し開くことあらば述べてみよ。 」

 彰久が御大親への弁解を促した。
久松は一呼吸置くと思いの丈を述べ始めた。
その声は社の中に居るすべての者に届いた。
 
 「この期に及んで何を申し開きすることがあろうか。
何を申し上げても言い訳に過ぎぬものを…。

 自殺、復讐、殺人に至るまですべて我が身の過ちにて、これは動かせぬ事実。
末松が俺に何を言ったとしても、最終的には俺自身が決めたこと。

 たとえ末松に俺を利用して悪事をさせる意思があったとしても、口車に乗ってしまったのは俺の罪。

 孝太…隆平…末松を恨むな。

動いたのはこの俺だ。 手を下したのはこの俺だ。 」

 孝太も隆平も声のする方へ顔を向けた。

 「聞くがいい…。 お前たちに確かな伝授もせぬままに鬼面川の伝授者は皆亡くなってしまった。 

 彰久や史郎のおかげでお前たちふたりは所作と文言だけは受け継いでくれたが…鬼面川にはもっと大事なものがあるのだ。

 お前たちの四人の祖父である先代長は、力があってもその力を誇示しようとはせず、力のない者を見下すこともなかった。

 鬼面川の本当の力は特殊な能力ではない。人を想い、人を支え、人に尽くす心。
それがあってこその祭祀。
 いかに大きな能力が備わっていても心無き祭祀は本物ではない。
そんな伝授者からは人の心が離れていく。

 もともとは村の縁の下の力持ち的な存在であったものを…何時の頃からかその立場を逸脱し、権勢を誇るようになってしまったが…先代は良くその立場をわきまえていた。

 また、伝授者は何があっても責任を逃れようとしてはならぬ。
おのれが苦しいからといってすべてを捨てるようなまねをしてはならぬ。
ましてや他人に転嫁するなど以ての外だ。
そのような愚か者の成れの果てがこの俺だ。

 生きて生きて生き抜いて戦うべきであったものを…。
 
 お前たちが長になるかどうかは別として、鬼面川の伝授者としての心得を絶対に忘れてはならぬ。 

 必ずや次代に伝えよ。 」

 久松はそう言って黙した。
孝太や隆平が思わず目礼したのを見て、晴れ晴れとした笑顔を浮かべて頷いた。
ふたりにはその姿は見えなかったけれども。


 
 「潔し…。」

 彰久は思わずそう呟いた。
この男が生きてここに存在しないことを残念に思った。

 末松は久松の想いを何と聞いたのか。
表情ひとつ変えず、微動だにしなかった。

 『救』で行われる問答を『諭』と鬼面川では呼ぶが、禅宗における禅問答とは意を異にする。
 さまよえる魂の話を聞いてやることで、できるだけ心のこりをほぐして、苦しみや悲しみを軽減してやるのが目的の問答で、どちらかと言えば精神科医のような役目を伝授者が担う。
 
 彰久と史郎はその場の魂たちとの問答を終え、『導』の文言と所作を始めた。
すべてのさまよえる魂を御大親の温かい懐へと導くための祭祀であるが、祭祀の間は他に気を向けることができない。

 ただただ、御大親と魂の橋渡しのため一心不乱に所作と文言を続けなければならない。途中で途切れることは祭祀の失敗を意味する。
 相手がさほど難しい霊でなければやり直せるが、酷い場合には伝授者が信用を失って殺されるようなこともないわけではない。命懸けの祭祀である。 
 
『動く!』 

修の脳裏に突然閃くものがあった。

電撃のようにピリピリと身体中の神経が刺激を受けているように感じた。

まるで合図のように。




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二番目の夢(第三十三話  舌舐めずり)

2005-08-19 22:56:30 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 人間は何度も同じ話を聞かされて内容を覚えてしまうと、その話しに対して関心を持てなくなる。
 さらにしつこく同じ話を聞かされると『またか…その話は隅から隅まで全部知っている…もう聞きたくない。沢山だ。』、そう感じるようになる。

 飽きてしまった話は聞き流すようになり、細部まで聞こうとはしなくなる。
全部知っているつもりになっているので聞き落しがあっても気付かない。

 多少今までと違うところがあっても、だいたいよければ見逃してしまう。
たまに…間違っているぞと文句をつける輩もいるが…。

 また同じ内容を何度も繰り返し聞かされると、脳に情報がすりこまれ、それが本当に正しいことなんだと思い込んでしまう。

そこが間違っているのかもしれないのに…。

 修たちも同じような内容の話を何度も聞かされた。

 ベースになっている復讐劇にそれぞれの立場から来る想像が加わり、思い込みが加わり、個人的な見解が加わり、感情が加わり、そうやって作られた話を聞いているうちに、知らず知らず自分たちもその話の型に囚われてしまう。
 
 修が先ず手をつけたのはすべての話から感情的な部分を取り去ること。
酷いとか、嫌いとか、悪いとかそういう先入観を持たせるような部分を削除する。

 不要と思われる飾り部分を切り捨てていき、いつ、どこで、何が起こったか、誰が、何を、どうしたというような骨組みを抜き出す。

 嫌というほど繰り返される共通部分…それを正しいと考えるか、或いは間違いと考えるかで二通りにわけ結論を導き出す。
 
 いくつかのパターンができたところに、先に捨てた中で関連性があると思われる部品を加えていくとそれぞれのパターンの間で矛盾点が出てきたりする。

 勿論、修の導き出した答えが必ずしもあっているとは限らない。
後は会話の中から臨機応変にパズルを組み替える。



 末松の前でそんなくだらない話をするつもりは毛頭ない。

そんなことどうだっていいじゃない。
重要なのは何故分かったかじゃなくて…あなたがどうでるか…だよ。

 末松の前でくだらない行動にでてみるかな。

 修はすぐ脇に座っている笙子の膝の上に手を置いた。
笙子は修に微笑みかけながらすぐにその手に自分の手を重ね軽く握った。 

 末松は呆気に取られた。『これだから若いもんは…。 人前でいちゃいちゃするもんだないで…』苦虫を噛み潰したような顔になった。

 笙子の手の中で修の手が語った。

 『奥儀を再開させろ…。』

 笙子はゆっくりと目を閉じた。
彰久の脳へ、史朗の脳へ修の言葉が伝達されていく。

 『早急に! もう限界だ! 鬼将…周りを見てみろ! 』

 彰久は浄几の方を見た。
久松を取り囲むように大勢の魂が落ち着き無く動き回っている。
その場の会話が鬼面川のことに終始するため、他の魂たちがじれているのだ。

 『華翁…先ずは御霊を落ち着かせろ。 忘れてはいないことを伝えるだけでいい。 できるな? 後は鬼将が何とかする。 』

 史朗は浄几の前に進み出て、片膝をたて剣を頭より高く捧げて拝礼し、略式の慰霊の文言を述べた。
 辺りを旋回していた魂たちはまた浄几の上辺りに集まり始めた。

 史郎が急に動き出したので末松は訝しそうにそちらを見たが、別段、史郎を攻撃することも無く落ち着き払っていた。

 彰久は史郎と隣り合う形で中央に座し、久松と末松の告白について御大親への報告を行った。
 
 隆平は一歩下がって控えた。隆平は今や自分の使命に気付き、健気にも隆弘の遺志を継ごうとしている。
 
 末松と隆平の間辺りに座っている孝太も事あらば身を呈するつもりでいるようだ。その目が警戒するように落ち着き無く辺りを観察する。

 彰久たちが動き出したのを見て修は少し安堵した。
彰久も史郎も確かに将平、閑平の生まれ変わりではあるが、現世での育った環境があまりにも普通だったため、危機感や緊張感に欠けるきらいがある。

 千年前の鬼将、華翁なら修の指示など仰ぐまでも無く自己の判断で機敏に行動しただろう。戦うことに慣れていたからだ。

 今のふたりにそうしろと言う方がどだい無理なのだが…。

 その点からすれば、隆平はとんでもない育ち方をしているだけに身の危険に関しては敏感だ。
 孝太にいたっては隆平を護るためにこの十何年もの間気持ちの上で戦い続けてきている。

 まさに、楯としてはうってつけかもしれない。
 
 『慶太郎…ソラと一緒に外を見張れ…人を近づけるな…。
鬼遣らいは祭祀だ。 開催時刻まで社に近付くなとでも言っておけ。』

 西野は頷くと社の外へ出て行った。

 『雅人…扉に結界を張れ。 誰も入れるな。 そして出すな。 
透は雅人の援護に回れ。 』
 
 雅人は社の入り口に陣取った。 その前あたりに透が座した。



 「やれやれ。 忙しいことだな。 宗主どの。 
わしに対する備えなら何をどうしようと無駄だで。 」

末松は可笑しげに言った。

 「あなたに…? とんでもない。 久松さんたちを送ってあげなければ気の毒じゃありませんか。 何時までもこのままじゃね。 」

修は皮肉な笑みを浮かべた。

 「もう二度と利用されずに済むようにね。」

あなたのことはそれからだよ…。

修の目に冷酷な光が宿った。
心の中で獲物を狙い唇を舐めている鬼を修自身が感じていた。




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二番目の夢(第三十二話  食わせ者)

2005-08-18 21:15:29 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 鬼面川の本家に四番目に生まれた子供は双子だった。

 ひとりは幼くしてその秀でた力を高く評価され、長兄とともに長候補としての指導を受けさせられた。

 いまひとりは全く評価の対象にはならなかった。
本当はこちらの方が大きな力を持っていたのに、そのことが逆に大人たちを警戒させ、ひたすらその力の存在を隠すようにと仕向けられた。
度を超えた力は災いを招くと考えられたからだ。

 周りから正当な評価を受けることができなかった末松は次第に屈折していった。
無能力の評価に甘んじるふりをし、自分で秘かに力を蓄えた。
 正直で、性格の良い、親切な人を演じ続け、一族の信頼を得て世話役など何かと重要な役を任されるようになった。

 だが、いつも心の中ではいつか必ず鬼面川を支配してやろうと考えていた。

 先代の長が生きている間はそれでも末松は比較的おとなしくしていた。
先代長である長兄は気のいい男で、小さい頃から末松を可愛がってよく面倒をみてくれたし、いつも気遣ってくれた。

 力もそれなりにあったから、力を持ちながら封じられている末松の立場に気付いて同情を寄せてくれ、事がある時には下へは置かず、末松のことを何かと持ち上げてくれていた。

 ところが長兄が亡くなると、指導すら受けていない次兄が強引に本家の跡を継ぎ長兄の妻子を追い出し、対立候補の久松を迫害し出した。

 勝手に長を名乗り、候補ですらない末松はまるで使用人のような扱いを受けた。
末松はもはや自分を抑えている必要は無いと感じた。

 そんな時に村に災害が頻発し出したのだった。久松の話したとおり、久松と末松の家族はその災害に巻き込まれてしまった。

 

 「もしあのまま長兄が生きておったなら、わしはずっと自分を封じたまま、長兄の腕となり、足となって働いたやもしれん。

 それほど先代は穏やかで心根の良い男だった。
隆弘を弟子にする前に、ほんの少しだが何かの時に役立てよと祭祀を教えてくれたことがある。

 ただし、わしを怖れる者たちへの配慮もあって触り程度のことだったがな。
それでも初めて人に認められたことがわしの心の慰めではあった。 」

 末松は先代の人柄に思いを馳せた。
彰久にとっても史朗にとっても初めて聞く祖父の姿だった。

 孝太にとっても先代は実の祖父であるが、一度も会ったことのない先代よりは長年一緒に暮らしてきた末松の方がそれらしく感じられた。

 孝太は戸惑っていた。すべてを動かしているのは末松だとずっと分かっていて、その魔手から隆平を護ろうとしたこともあった。

 ただその時は普段の末松が自分にとって普通のお祖父ちゃん以外の何者でもなかったことから、何かに憑依されているか、二重人格ででもあるのではないかと考えていた。

 だから祖父とそっくりな双子の兄久松が黒幕だと教えられて、やっぱり、祖父は曾孫を殺そうとするような人ではなかったんだ…修に助けられた時のあの黒い影は久松だったんだと安心したのだった。

 ところがそれも束の間、黒い影は久松でも、本当に裏で糸を引いていたのは末松だったなどと言われ、二転三転の状況変化に頭がパニックを起こしそうだった。

 何にせよ、たとえ義理の仲とはいえ、曽祖父が曾孫を殺したがるなどは考えたくも無いことだし、その点だけでも違うと言って欲しかった。

 「久松が自殺を図った時にわしは今だと思った。
自ら動かずとも、この久松の魂を使って復讐を果たせばいいではないか。

 復讐したいと考えている魂は他にも大勢いるだろう。
片っ端から使えばいい。 
 どうせすべての復讐が終われば魂は満たされ、この世から消える。

 その跡をわしが引き継ぎ鬼面川を立て直す。

 だが結果はご覧のとおり…そして久松の話したとおり…復讐すればするほど魂たちは救われない状態に陥っていった。 」

 
  
 久松やさまよえる魂を口車に乗せ復讐を果たしてきたはものの、末松には奥儀『救』が使えるはずも無く、しかも、身近に隆平という『絶望の種』が存在した。

 取り敢えずは何としても『絶望』の恐怖を取り除かねばならない。
このことは久松にさえ言えぬこと。ならばいっそ久松に片付けさせよう。

 「ところが隆弘の奴め、普段あれだけ苛めておきながら急に隆平を護る側にまわった。
 わしとしては、祖母さんが隆弘を殺してくれて万々歳だったわ。

 しかし、隆弘は自分の死と引き換えに最後まで隆平を護って逝った。

 紫峰にもらわれていく隆平を殺せるのはその時しかないと…人目が無くなるのを手薬煉引いて待っていたのだ。

 それに気付いた隆弘はいつもに増して痛めつけ、少しでも早く紫峰の手に隆平を逃れさせるため、隆平に救いを呼ぶ声を上げさせた。 」

 隆平の目から思いがけず涙がこぼれた。それが父親としての愛情によるものではないことは分かっていたが、隆弘が命を懸けた事には違いない。
 命を懸けて隆平に託した隆弘の先代と鬼面川に対する強い想いを今更ながらに感じていた。

 「隆平を殺さねばならぬ理由はもうひとつある。
わしが鬼面川を牛耳るにはどうしても孝太を跡に就けねばならぬ。

 そのために隆平が邪魔だというのもまあ理由と言えば理由だが…もっと邪魔な連中をわしは自ら招きいれてしまった。

 彰久や史朗が鬼面川の所作、文言を孝太や隆平に伝授したことにあの隆弘が気付かぬはずは無かった。

 人に伝授するからには当然自分が伝授を受けていなければならない。
伝授を受けている者は長になる資格を持つ。
 それは彰久や史朗が狙われる立場になったことを意味していた。

 先ほど隆平が言ったように、隆弘は先代の血を引く彰久や史朗を隆平に護らせようと考えた。たとえ微力でも何かの時にはふたりを護る楯になるだろうと…。 

 わしとしては迷惑千万。 楯など早いことぶち壊しておかねば…。」

  末松はそこまで言うと自嘲するように笑った。

 「だが…計画の方がぶち壊された…。 

 思うに…すべては紫峰の宗主を甘く見ていたわしの油断だ。
こんな若造に何ができるかと…。

 この男…何をするでもなく飄々とそこに座しながら、すべてを探り出しおった。
何人もの話と行動の中から真実だけを抜き出して…。
優しい顔をして相当な食わせ者だわ。

 先代譲りの人のいい彰久と史朗だけなら…あるいは巧くごまかせたかも知れぬものを…。

 もう…隆平の口を借りずとも良いぞ…宗主どの。 」

末松は修の方を見た。修は不敵な笑みを浮かべた。

 「さすが…と言うべきでしょうね。 末松さん。 」

修の白々しい褒め言葉に末松はふふんと鼻先で笑った。

 「それはあんたも同じだわ。 よくも惑わされずにいたものだて…。

孝太などは、はや何が本当なのか見当もつかんようになっとるで。

 彰久も史朗も馬鹿正直で人を疑うことを知らん。 」

横目で三人を見ながら末松は溜息混じりに言った。

 「宗主どの…。  あんたは孝太、数増、うちの祖母さん、久松、わし…少なくともそれだけの者から話を聞いた。

 それぞれが同じ内容を繰り返し、似たようなことを何度も聞かされたはずだ。
そこからどうやって真実だけを抜き出せたのだ?  」

 末松が不思議そうに訊いた。

 「それはまあ…なんと言うか…僕の性格が捩くれているせいなんでしょうね。」

 いかにも可笑しそうに修は答えた。

 末松相手にゆったりと構えているように見える修だが、心はすでに次の段階へ飛んでいた。

 できるだけ早急に『救』を再開させなければ…。

 そう…悠長な現世の人間同士の戦いに、集められた魂がそろそろじれてくる…。

 彰久…史朗…早く気付け!




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二番目の夢(第三十一話 隆弘の遺志)

2005-08-16 23:35:51 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 隆平自身には誰かに操られているというような感覚は全くなく、本当に問いたいことを問うているに過ぎないのだが、彰久には隆平の背後に修の影が見えた。

 本来、他の一族の奥儀に手を出したり、口を挟んだりすることはルール違反であるし、礼儀に悖る行為である。

 そのことは紫峰宗主である修が誰よりも良く知っているはずであるのに、なぜか無遠慮にも、隆平を使って奥儀に関わろうとしている。

 彰久が修に全面的な信頼を置いていなければ、族間のトラブルにも発展しかねない行為である。

 それにしても何故…?と彰久は考えた。

 修は理由もなしに他の一族の祭祀を侵害するような人間ではない。
それは分かっている…。

 彰久の力を信頼していないわけでもない。

 むしろ彰久の力を高く評価するがゆえに、その一本気な性格が時には災いして自滅を招くことを懸念している。

 そういうことなのだろうか…?

このままでは彰久自身に危険が及ぶと修は考えているのだろうか?
彰久は場合が場合だけに、修と直接会話できないもどかしさを感じていた。



 隆平に問い詰められて末松はたじろいだ。

 「おまえの目的は単に隆平を殺すことにあったのだ。
久松の考えのた救済の生贄とか当代長への復讐などとはいっさい無関係に。

 たかだか16~7の子どもを葬ろうとするわけを訊こうか。」

 隆平はさらに答えを迫った。

 「馬鹿な。わしは何も殺したいわけでは…。ただ面川を護りたいがために…。」

しどろもどろな答えに隆平は納得しなかった。

 「正直に話さぬとあらば…こちらから言ってやろうか? 
この隆平は鬼面川すべての防御壁になっている…隆平が死なぬ限りおまえの目的は果たされぬ…。

 邪魔者は久松に始末させて、自分は良き長老を演じていればよいと高をくくっていたのに…な。

 そうであろう? 末松よ…。」

 隆平は嘲るような笑みを浮かべた。
末松は驚いたように目を見開いて隆平を見つめた。

 「わ…わしは…。」

完全に見透かされた末松は反論する言葉を失った。

 「鬼面川のお歴々に申し上げる…。」

 隆平は彰久、史朗、孝太…そして久松に対しても深々と礼をし、まるで大人のような語り口で話し始めた。

 「隆弘が何故、自分の子でもないこの隆平を護ろうとしたのか…それを考えておりました。
 確かに…育てた子に対する愛情が無かったとは言えませんが…それだけでは無いことに気付きました。

 隆平の持つ力は隆平自身より隆弘がよく見抜いていたと思います。
隆平は生まれながらに防御の力に優れ、母親が亡くなったというのにその胎内で生き延びたほど…。
 隆弘はその防御力とともにもうひとつ、隆平の中に紫峰の『滅』の力が存在することを知っていたと思われます。 」

 彰久も皆も真剣な面持ちで隆平を見ていた。ことに彰久は隆平の言葉を修の言葉とも受け取った。

 「今はまだ未完成な『滅』の力が隆平の中で完成されること、復讐する魂たちにとっても末松にとっても、これは脅威以外の何者でもありません。

 救いを求める魂にとって『完全なる死』は絶望なのですから。

 特に末松は絶望の存在を隠し通さなければなりませんでした。
そんなものがあると知れば、魂たちは末松の言うことを聞かなくなってしまうでしょう。
 皆に知られる前に生贄として始末せねばと考えたのです。

 逆に末松の本音を知った隆弘は、隆平の力が完成されれば鬼面川を護る者として、このままいけば一族を全滅させてしまうかもしれない末松に立ち向かうだろうと考えました。

 隆弘は彰久さんや史朗さんに出会った瞬間に、おふたりが奥儀の伝授を受けた者であることを見抜きました。
 しかも、おふたりは先代の血を引く正当な後継者です。
末松がいつか彰久さんと史朗さんの命を狙うであろうことは疑う余地もありませんでした。 」

 彰久も史朗もその言葉に驚愕した。まさか後継を辞退した自分たちが狙われているとは思ってもいなかった。

 「隆平の存在は鬼面川を崩壊させないための防御壁。
隆弘は万が一、彰久さんと史朗さんが久松たちを救おうとした場合に、奥儀祭祀を執り行うだろうということも想定して、隆平という護衛役を遺していったのです。

 命懸けの祭祀に集中しているとどうしても自分自身についての防御が手薄になります。
 奥儀祭祀に関わることには、たとえ関係の深い紫峰といえど別の一族である限り、そうそう短絡的に手を出すことはできない。

 そこを狙われたらいかに鬼将、華翁でも無事では済まないでしょう。 」

 彰久ははっとしたように修を見た。修は口元には微かに笑みを浮かべたが、その目は真剣そのものだった。

そうだったのか…。 それで隆平を動かしたのか…。
あなたにはまた助けられた…。

 「それだけの力が、本当は末松にもあるのです。 」

 驚きの声を上げたのは久松の魂と孝太だった。近しい身内であるのにそのことは全く知らずにいた。

 「その力は久松以上、先代と匹敵するか或いはもっと上をいくかというぐらい大きなものです。」

 隆平は言葉を無くして俯いている末松を見た。



 「まあ…ばれたら仕方がないでな。 」

 しばらく黙り込んでいた末松は苦笑いしながら言った。

 末松はそれまで勘が働く程度の小さな力はあるものの、長に就くほどの力はないと言われていたし、自分でもそう言っていた。

 だから長選びとは無縁の人…祭祀にも関われない人とされてきた。
人畜無害ということで鬼面川では世話役に徹していた。

 表向きは世話好きで親切な男を演じ、先代の愛人が病気になって働けなくなったと聞くや後妻に迎え、その子を養ったということも村では美談になっていた。

 「先代やわしの親の代がわしを祭祀に関わらせなかったのは…そりゃ身の危険を感じてのことだろ。

 わしの力を怖れてのことだわ。

 次兄…当代の長はわしの力には気付いてなかったが…。 」

 あの愚か者が…とでも言いたげに皮肉っぽく笑った。

 「そんなに聞きたけりゃ話してやるで…。
ただし、話したからといって、そして聞いたからといってどうなるということでもなかろうがな…。 」

くっくっと喉の奥から搾り出すような笑い声を上げた。

 うるさ型ではあるが面倒見のいい祖父のこのような姿を孝太は初めて目にした。
この祖父が曾孫である隆平を殺そうと企んでいたなど孝太には信じられなかった。
孝太にとっては、ごく普通のお祖父ちゃんだったからだ。

こんな馬鹿なことが…なんで爺さまが隆平を…?

 信じられないことを一時にたくさん体験したが、こればかりはたとえ真実でも信じたくは無かった。




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二番目の夢(第三十話 揺さぶり)

2005-08-14 23:57:35 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 「妻子を失った時…。」

久松はまず自分の過去を振り返った。

 「俺はまだそれが単なる自然災害によるものだと信じていた。

 この年はいろいろな災害が続いたので村のあちらこちらが脆くなっていて、多くの人たちが公民館の方に避難していた。

 俺の妻子と末松の妻子は炊き出しのために公民館へ行っていたんだ。
公民館の裏手は崖のようになっていたが、防災のための補強工事をしたばかりで皆安全だと思っていた。

 ところが突然崖崩れが起きて、俺や末松の家族とともに公民館を飲み込んでしまったんだ。
 多くの人が犠牲になった…。 」

そのことは隆平も聞いていた。公民館の跡地には追悼の碑が立っている。

 「俺も末松も悲嘆にくれた。 長兄が亡くなってから、次兄の対立候補だった俺は、次兄には良く思われてはいなかったから、この村では妻子だけが心の支えだったのに…。

 裏があるとは知らず、俺はただ悲しんでばかりいた。
しばらくして末松が後妻をもらうと、余計に寂しさが増してな。
もうこの世には未練はないと思って自殺を企てたのだ。

 毒を飲んで死に掛けている俺の傍で、末松がしっかりしろと声をかけたのを覚えている。」

 久松の魂がチラッと末松を見たようなふうに感じた。

 「その時末松は言った。 長兄は次兄によって殺された。 しかも次兄は村長や弁護士と手を組んで自分が長になり、長として権勢が及ぶのをいいことに、公民館などの村のあちこちの防災工事を手抜きしていて、浮いた資金を流用していたのだと…。

 仕返しもせずに死んではならんと末松は言ったが、俺は死んで怨霊となり、仲間を率いて仕返しをするつもりだからこのまま死なせろと突き放したのだ。」



 久松は死んでも恨みを忘れることができず災害で死んだ救われぬ魂を集めた。 
自分で集めたのか誰かが集めてきたのか…そのところははっきりしないが。

 ただ、さまよえる魂たちには必ず逝くべき所へ逝かせてやると約束し、手を貸すように仕向けた。自分でそう仕向けたのかどうかは…それもはっきりしない。

 鬼を装って、隆弘と共謀し、隆弘の子供を二人死産させ、三人目が生まれる鬼遣らいの日に、当代つまり次兄の娘を出血多量で死なせた。

 久松としては、最初は単に長兄や妻子を殺された復讐として次兄に家族を失う苦しみを味あわせてやりたかっただけだった。
 
 ところが、当代長を殺してしまっても一向に癒されず、自分だけでなく協力した魂たちが救いを求め騒ぎ出した。

 その時に末松が、これは目的を達成していないからではないかと言った。
命を失った責任者は当代長だけではなく、村長や弁護士、当代の血を引く者などまだ何人も残っている。

 彼らは人を死なせておいてのうのうと生きているのだ。
彼らを血祭りに上げれば自分たちの心に平安が戻り、逝くべき所へと導かれるのではないかと…。

 そして長選びを口実に関係者を次々と呼び出したのだ。勿論、呼び出しの手紙などを書いたのは末松である。疑われないように、先代の忘れ形見である彰久や史朗の父親宛にも手紙を送った。

 

 「思えば、それが誤算だった。 まさか…おまえたちに力があろうとは…。 」

 久松は唸った。彰久と史朗がこの村に来たことで、紫峰家までを引っ張り込み、計画に大きな支障をきたしたのだ。

 「わが父隆弘もそれに加わっていたというのか? 」

 隆平は訊ねた。隆平に酷い仕打ちを繰り返したとはいえ、人殺しができる父とは思えなかった。

 「隆弘の目的はあくまで、先代の長を亡き者にした当代の長に仕返しをしたいということだけだった。
 隆弘は先代には我が子のように可愛がってもらったので、黙ってはいられなかったのだろう。

 当代長が亡くなると俺たちとは手を切った。隆弘は俺たちに協力はしたが、自ら手を下してはいない。 」

 久松は溜息をついた。隆平も隆弘が身内殺しに直接手を下したのではないことに少しほっとした。

 「隆弘はおまえを赤ん坊の時から苛めてはいたが、俺たちと手を切るまでは命にかかわるような苛め方はしていなかった。

 それが俺たちと袂を別つ瞬間から、まるで本物の鬼にでもなったようにおまえを折檻しだした。前から酷く殴ったり、蹴ったりはしていたがその度合いが違う。
 
 それはおまえの命を護るためだったと…俺は思う。

隆弘がおまえを苦しめ、痛めつけている間は俺たちも手が出せない。 」

 隆平は愕然とした。
あの父親が自分を護ろうとしていた? 
自分を死ぬほど辛い目に遭わせて置きながら…?

 今すぐには信じろと言われても信じられないことだった。
ただ、隆弘が頑ななまでに長になることを反対していたのは事実で、そのことを思えば全くありえない話しではなかった。
 
 『動揺してはいけない。』彰久がそう囁いた。
隆平は頷いた。
そう…落ち着け…。いま大切な祭祀の真っ最中だ…。
隆平はしっかりと心に言い聞かせた。

 「長になりたがる当代の血を引く者を次々と片付け、これで後は村長と弁護士、そして最後に隆平を…と考えていたのに。

 しかし、本当言えば、ひとりまたひとりと殺すほどに心は平安から遠ざかり、苦しみは増すばかりで…。
 俺も末松ももはやどうにもこれらの魂を抑えることができなくなってきていた。
下手をすれば当代の血を引くものだけではなく、鬼面川の血筋全員を殺すまで収まらないかもしれない。

 鬼面川はともかく面川までも消してしまってはもともこもない。
一族の全滅を防ぐためには誰かを生贄に捧げるしかない。
最後のひとり隆平を…。 」



 その場が一瞬しんとなった。

 「それで解決できると…思ったのか? 」

 隆平の声が静寂を破った。

 「愚かなことだ。 この隆平を殺せば面川を囲む防御壁が無くなるようなもの、ますます面川が危険にさらされるということが分からなかったのか?

 隆平という的があればこそ、鬼面川全体には目が向かなかったものを…。」

突然、隆平は姿勢を変えると末松の方に向き直った。

 「末松。久松を利用してこの隆平を亡き者にせんとした本当の理由を述べよ。」

 思いがけない隆平の言葉に皆の視線が末松に集まった。
末松は言葉に窮した。

 「な…何のことだ…? 」

 隆平は見透かすように末松の顔を見た。

 彰久はまた修の表情を探った。
目が合うと修は口元に笑みを浮かべた。
『まあ成り行きを見守ろうじゃありませんか…。』
そんなふうに見えた。

 だが彰久には分かっていた。
末松に揺さぶりをかけているのは隆平本人ではない。
本当は誰なのかを…。




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二番目の夢(第二十九話 告白せよ!)

2005-08-11 23:44:02 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 怒りと憎しみに喘ぐ多くの魂の前で将平は今、名乗りを上げた。
それは取りも直さず、彰久なら許される弱さと未熟さを捨て、鬼面川の祖霊としての責任を負わねばならなくなったことを意味していた。

 かつて修が紫峰の祖霊樹として命懸けで戦ったように、将平もまた命懸けでこれらの哀れな魂を救済せねばならない。

 『俄かには信じ難いことだ…。 』

久松は唸った。

 「信じるか否か…そんなくだらぬことを長々と考え、論じても始まらぬぞ。
あなたがすべてを話してくれれば、私は『救』を行うことができる。
それで証明されよう。」

 将平は挑発するかのように言った。

 「末松の後妻はすでに先に旅立った…。」

久松は動揺した。取り巻いている魂たちが騒ぎ出した。
このような姿で何時までも現世にさまよっていたい者などいないのだ。
生き返ることなどできるはずもなく…。



 将平の出現に驚いたのはさまよえる魂たちばかりではなかった。
孝太は腰を抜かさんばかりだった。夕べからずっと不思議なことばかり経験してきたが、自分に所作や文言を伝授してくれた彰久が将平の生まれ変わりとは想像だにしていなかった。

 しかも息子閑平までがご丁寧にも同時期に生まれ変わっているとは…。

 思い当たることと言えばあの史朗の戦い方である。あの剣は確かに華翁の剣でこの社の宝物殿の奥に厳重にしまわれている筈のものである。
 それがなんと勝手に剣の方から史朗の手に現れて優雅な剣舞を披露してくれたではないか。

 その時は自分のことで手一杯で、孝太も不思議とは感じなかったものの、今考えてみれば絶対ありえない話である。

 先代長の孫二人が将平、閑平であるなどという奇跡は、いま親族間の無益な争いによって滅びようとしている鬼面川を救えという御大親のご意志によるものであろうか…。
 孝太はそんなふうに考えた。



 「そんな馬鹿げた話は信じちゃならんで!」
突然、扉が開いて末松が現れた。

 「千年も前の祖霊が今になって現れるなどありえようはずが無いわ。
彰久も史朗も少しばかり力があるだけのことよ。」

末松はずかずかと皆の中に割り込んで彰久のすぐ前に進み出た。

 史朗が彰久を護るように間に入った。手には華翁の剣があった。
それを目にした末松はそれ以上前には進めず、そこに腰を下ろした。

 「おまえたちは何を企んどる。鬼面川を乗っ取るつもりか?」

 将平の表情が曇った。

 「愚かなことを…。 私も閑平もここへ戻って来ようとはつゆほども思わぬ。
我等が今ここにあるのはこれらの魂を救えという御大親の御意志によるものだ。」

 将平が言った。

鼻先でふふんと笑うと末松は意地悪い目で将平を名乗る彰久を見た。

 「どうだかな。 身内の不幸に付け込んで悪さを仕掛けよるのかも知れんで。」

 「無礼な! 我等祖霊に対してなんという態度をとるのか。 
まことに嘆かわしい。 鬼面川の礼は地に落ちた。」

閑平が怒りをあらわにした。

 「閑平…そのように怒るでない。 急に現れて祖霊を名乗る者を信ぜよと言う方が無理なのだよ。」

将平は穏やかに微笑んだ。

孝太がおろおろと前に出て来て、彰久と史朗に対して手をついた。

 「申し訳ない。 どうか堪忍してやってください。 年寄りのすることだで。」

孝太は末松の方に向き直った。

 「爺さま…。爺さまは鬼面川の祭祀に関していっさい口を挿むことはできない。
先代長の時にも当代長の時にも一度たりとも祭祀に関わることを許されなかったお人だ。」

 いつに無くきつい口調で孝太は末松に詰め寄った。
曲がりなりにも孝太は隆弘によって選ばれて祭祀に関わることを許された者。
そのけじめはつけずにはおかれない。

 末松の唇が怒りに震えた。

 「生意気な口をきくな! ろくろく祭祀もできぬ者が。」

 「俺は半端者だが、祭祀を司る者の端くれとして言わせてもらえば、このおふたりは少なくとも隆弘よりずっと格が上だ。

 話に聞く先代長の上をいくかもしれない。 祖霊か否かを別としてもだ。
俺は確かにこのおふたりから『救』を教わった。 」

 孝太は譲らなかった。末松に対して孝太がこれほどはっきりとものを言うのは初めてのことだった。養子である数増の末松に対する遠慮から、孝太も祖父に対してはめったに反論することはなかったのだ。

末松は怒りのあまり口も聞けなかった。

 「僕が…。」

 突然、隆平が声を出した。皆がいっせいに隆平の顔を見た。
隆平はちょっと戸惑ったがすぐに後を繋いだ。

 「僕が祭祀を執り行います。 鬼面川の奥儀『救』を…。」

 皆は唖然とした。それまで全く口を利かないでいた隆平がこともあろうに祭祀を行いたいという。

 「隆平。それはちょっとやばいって。」
 
 「そうだよ。 奥儀なんてすぐにできるもんじゃないよ。」

 雅人も透も慌てて止めに入った。
隆平は二人を見て少しだけ笑みを浮かべた。

 「僕には鬼面川本家を代表するものとしてこれらのさまよえる魂を救済する責任があります。
 これが祖父のした悪行の結果と言うのなら、なおさらのこと僕の手でそれを正さねばならないのです。」

 隆平の決意に将平は微笑みながら頷いた。

 「隆平。 よくぞ決心いたした。 おまえの志まことに嬉しく思う。
好きなようにやってみるがいい。
 おまえが『救』を極めるには少し無理があるが、我等が介添えを務めよう。
さすれば巧くいくだろう。

 ただし、おまえは鬼面川の長にはなれない。 
おまえの根底にあるのは完全なまでに紫峰の『滅』だ。 

 孝太は力の属性こそは紫峰だが、鬼面川の特性が色濃く残っている。」

 将平は浄几の前へと隆平を誘った。
隆平は、久松らを前に腰を下ろすと、一度目を閉じて深呼吸をした。

 

 やがて、静かに目を開くと隆平は別人のように見えた。普段のような子供っぽさは消えて、久松と対峙して遜色ない強さを感じさせた。

 「久松よ…我が大叔父よ。 この隆平を生贄に捧げどうするつもりだった?」

 皆は驚いたように隆平を見た。『生贄』とはただ事ではない。
隆平を狙ったのは単に復讐のためではないと言うのか…。

 彰久は修の表情を伺った。修は別に驚いた様子もなく楽しげに隆平を見ていた。
『あなたという人は…。』彰久は溜息をついた。
 隆平は多分、修に動かされている。それも全面的にではなく、本人にもそれとは気付かないくらいの軽さで…。
 そうするように仕向けられていると言った方がいいのかもしれないが…。

 「復讐の名を借りて、この隆平を人身御供に差し出した。 何のためだ?」

再び、隆平が問うた。

 『おまえを殺せばすべてが終わるはずであった。』

久松が答えた。

 『面川への憎しみと怨みはもはやどうしようもないまでに膨らんでいたのだ。
このままいけば面川と血の繋がりのある者はひとり残らず殺されてしまう。
由緒ある面川一族が絶えるようなことは避けねばならん。』

 「当代長の血を引く者を全部殺せば、他の親族には手が及ばないと考えたのか?
それは…おまえの考えではないな?」

隆平がそう言い放つと久松はあきらかに動揺した。

 「よいか久松。 このままいけば誰一人救われるものはない。
これらのさまよえる魂を逝くべき所へ導けるかどうかは、すべておまえの心ひとつにかかっている。
 皆の安らぎを願うのであれば真実を告白せよ。
鬼面川の一族として恥じぬ行いを致せ。」

少年とは思えぬほどの気魄が久松を追い詰めた。

 「俺も鬼面川の血を受けた者だ…。 これらの魂をこのままにはしておけぬ。」

久松はぽつりぽつりと真実を語り始めた。




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