黄振鳴氏医案 腎陰不足 湿熱蘊阻案
20歳男性。初診1990年6月13日。
病歴:3年来、常に咽頭部の刺すような痛みがあった。3ヶ月前に、咳嗽が加わり、医院(病院)で検査を受けたところ、尿蛋白(2+)潜血反応(2+)顆粒円柱が沈渣に認められた。末梢血液検査で、白血球12000で、上気道感染と隠匿性腎炎と診断された。抗炎症剤、対症療法とステロイド治療後に症状はすぐに改善したが、顕微鏡学的血尿と蛋白尿が持続し、プレドニゾロン一日10mg維持量となっていたが、病状は一進一退であった。
症状:口干咽燥、睡眠が浅く不足気味で、小便が赤く、大便は乾燥していた。
血圧16/9.6kPa(1kPa=7.5mmHgで換算すると120/72mmHg)、面色が暗く艶がなく、精神的にも芳しくなく(活き活きした感じが無く)、舌紅苔少 脈細数であった。末梢血液検査で白血球6800、好中球0.75 リンパ球0.24 好酸球0.01 血沈20mm/h;尿検査で蛋白(2+)赤血球(2+)。
弁証:腎陰不足 湿熱蘊阻(うんそ)
治則:滋陰補腎 清熱化湿
方薬:滋腎化湿湯:熟地黄24g山茱萸15g崩大碗24g澤瀉15g茯苓、露蜂房各18g
牡丹皮12g女貞子15g川萆薢24g 以上が煎じ薬 1日量
土狗干60g水亀250~350g 以上が食剤として毎週2~3回
再診:1990年6月29日。服薬14剤後に諸症状が好転。睡眠が安定し、小便大便の調子が良くなり、(しかし、依然として)舌紅苔少、脈細やや数。尿蛋白(1+)赤血球(1+)。上方に黄耆18g、薏苡仁18gを加えた。
三診:1990年7月14日。14剤服用後尿蛋白(1+)赤血球(-)。上方を継続服用させた。
50剤服用後、尿蛋白、赤血球は消失した。
六味地黄丸毎日2回一回9gに変更し、土狗虫湯を常服3ヶ月。幾度も尿検査を行ったが尿検査正常。2年後再診したが再発は無い。
(奇難雑症続集)
評析:
本案の症状、口干咽燥、夜寝欠安、小便赤、大便干、舌紅苔少、脈細数などは、典型的な腎陰不足 湿熱内蘊と診断するのは難しくない。腎陰不足を本とし、湿熱内蘊を標とする。ゆえに標本兼治となる。
熟地 山茱萸 女貞子は腎陰不足に滋補腎陰に働き、茯苓 澤瀉 崩大碗 萆薢 牡丹皮 露蜂房は清熱化湿に働く。
久病入絡になっているので、土狗虫湯を以って活血養陰、利水祛湿を行い、後期に六味地黄丸に改め滋補腎陰して、一歩一歩さらに治療効果を固めるのである。
ドクター康仁の印象
黄氏医案に、再び土狗干と崩大碗が出現してきました。いずれも中国の生薬商店でお眼にかかったことはありません。黄氏のお気に入りだったのでしょうが、現在では入手は困難です。
土狗干(?蛄):咸寒で利水通便 活血化瘀に作用する。
崩大碗 苦、辛,寒 清熱利湿,解毒消腫 湿熱黄疸にも効能がある。
土狗虫湯の虫は冬虫夏草を意味します。中国では単に「虫」と記載してある場合は、冬虫夏草です。土狗干の寒と、冬虫夏草の温でバランスが取れていますね。
土狗干60g水亀250~350g 以上が食剤として毎週2~3回
水亀も現実的に陸生の亀を丸ごと入れるのか、或いは現在流通している亀板(きばん)を用いるのか判然としませんが、黄氏はおそらく丸ごと1匹を入れて使用したのでしょう。これも現在では、日本では真似はできません。水亀は中薬学では極めて強い陰の性質である至陰と表現される性質を持ちます。この食材は大寒に偏るものでしょう。
評析に、本案の症状、口干咽燥、夜寝欠安、小便赤、大便干、舌紅苔少、脈細数などは、典型的な腎陰不足 湿熱内蘊と診断するのは難しくないと記載がありますが、湿熱内蘊に関しては弁証に耐えうる症状がありません。この点に関しては、いわゆる「腎炎に対する弁病論」が大きく関与しています。評析には、腎陰不足を本とし、湿熱内蘊を標とする。ゆえに標本兼治となる。とありますが、一般に「本」よりも把握しやすい「標」の証候を示しているのは小便赤と尿検査異常だけなのですから、通常の湿熱弁証からは離れています。思うに、腎炎は下焦の湿熱であるという弁病論がない限り、簡単に湿熱内蘊と弁証し、断定することは出来ない筈なのです。
露蜂房(ろほうぼう):私は免疫力の改善目的で悪性腫瘍の患者さんに使用しています。過去の記事を参考にしてください。
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20061023
原文を読み進めるうちに、真似のできない自慢話を聞かされている気がしてきます。もう1例ぐらい解析してみましょう。真似ができない内容なら、黄氏医案から一時、離れることにします。経過中に補気薬の黄耆を加えていますが、徹底的に滋陰清熱、活血化瘀(当初は利湿も)を行ったと言えるでしょう。