蘇東坡の詩2 2019年01月26日 | 法理 「未だ到らざれば」とは、自分も一度そういう所へ行って、この眼で景色 のいい状態を自分のものにしてみたい、何とかそこに一度行ってみたい という意味です。 「千般の恨み消せず」とは、どうにかしてそれを見てみたいと、しょっち ゅう気にかかって消えないということです。 「廬山と浙江」だけは、自分の心中から離れないということで、今の私 たち衆生の様子をいっているのです。 畢竟(ひっきょう)、「求心(ぐしん)」と同じことです。 « 蘇東坡の詩1 | トップ | 蘇東坡の詩3 »
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