活かして生きる ~放禅寺の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

般若心経を考える 6

2016年01月10日 | 般若心経

般若心経の中に

「無智亦無得 以無所得故」 

[智も無く、また得も無く、所得無きを以っての故に]

という文言(もんごん)がありますが、我見を離れた考えをもつことが出来る人を 「智者(ちしゃ)」 と言います。

 

我見から離れさえすれば、生まれたままの垢や塵もつかない 「清浄無垢 (しょうじょう むく)」 な自分というものが誕生します。

けれども、一度は死ぬほど迷ったり、不安を持ってみないと、おシャカ様や歴代の覚者といわれる方々のご苦労なさったような 「本性 (ほんしょう)」 を見極めることは難しいことです。

どんなに考えだけを働かせても我見はなくなりません。

 

ですから、「我」 をなくすことは本当に大変なことですが、おシャカ様や歴代の覚者といわれる方々のお示しに従っていけば、必ず 「我」 がなくなることも「事実」 です。