夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

往事渺茫として…

2012-05-22 20:15:01 | 日記
中間考査は今日で終了。私の教科担当のクラスは、今日がテストのところが多かった。

ノートや提出物の点検の後で、夕方から採点作業に入る。ここ数年の生徒は、ノートの取り方から指導しなければならない者が多く、コメントや再提出の指示などを書き添えているうちに、思いの外時間がかかってしまった。

現代文のテストは、珍回答が少なく、これは問題の精度が高かったと喜んでいいのかもしれないが、採点の辛気くさい作業の疲れを癒してくれるような、笑える解答がちょっとはあってもいいじゃないか、と余計な感想を持つ。

ただ、珍回答ではないが、漢字の問題の採点をしている中で、

  黒部〔キョウコク〕を訪れる。

の解答として、正解の「峡谷」でなく、「郷国」を書いている生徒が何人かいて、『白氏文集』への連想を誘われてしまった。

  生涯共に寄す滄江(そうこう)の上(ほとり)
  郷国は倶(とも)に抛(なげう)つ白日の辺り  
  往事渺茫として都(すべ)て夢に似たり
  旧遊零落して半ば泉(せん)に帰(き)す
  酔(ゑ)ひの悲しび、涙を灑(そそ)く春の盃(さかづき)の裏(うち)
  吟の苦しび、頤(おとがひ)を支(ささ)ふ暁燭(げうしよく)の前  (白氏文集卷十七)


  お互いの生涯は旅の明け暮れだ。
  二人とも生まれ故郷は白日の辺りに捨ててしまった          
  昔のことは果てしなく遠くなり、すべては夢のようだ。
  昔の友達は落ちぶれて、半ばは黄泉(よみ)に帰ってしまった。
  酒に悲しく酔っては、春の盃の中に涙をこぼし
  詩を苦しく吟じては、明け方の灯の前で頬杖をついている。


この漢詩は、『源氏物語』「須磨」巻に引用されており、そういえば、大学時代に、源氏物語ゼミでその場面を取り上げたとき、白居易の詩についても話題になったっけ、と採点の手をとめて、しばし思い出に耽ってしまった。

あの頃、毎週火曜日の夕方に研究室に集まって、『源氏物語』を読み味わい、またその魅力を語り合った同好の士たちは、今でも元気にしておられるだろうか。当時のことを思い出すと、鮮明なようでいて、半ばは夢に似ているような感じもする。