Ed's Slow Life

人生終盤のゆっくり生活をあれやこれやを書き連ねていきます。

戦災モ二ュメント

2008年03月20日 | Weblog

彼岸につき、日曜日(16日)は先祖の墓参りに行って来た。小平霊園と国分寺の祥応寺の2ヶ所。
カミさんの実家が近いので毎回帰りに立ち寄って挨拶してくる。亭主の方はそうそう話もないし退屈なので散歩に出た。

外は汗ばむほどの陽気で、シャツ一枚でちょうどよい。昔勤めていた会社がこの辺りだったと思いながら、最近出来たイトー・ヨーカドーで本屋を覗き、単行本を2冊買って更に先へ行ってみた。
東大和市南公園の表示があり、案内板をみると入り口は狭いが中は運動広場などあってかなり広いようだ。付近の景観は道路も建物も勿論昔の面影はまったくないのだが、ただ何となく今立っている公園の入り口が嘗て勤めていた会社の正門付近のように思えてきた。公園の林の中の道を暫く進むと少し開けた場所にでた。フと右手に見たことがある古びたコンクリートの建物がある。紛れもなく以前勤めていた会社の変電所の一部ではないか!
驚いた、まさかこういうものが残されていたなんて!周囲は再開発でアパートやスーパーマーケットが建ち並び昔を思い出させるものは何一つないのに、ただこの一箇所だけが嘗ての会社の敷地だったことを証明している。

会社は戦前の日立航空機のエンジン工場だった所で、戦後富士自動車(現コマツ・ゼノアが製造工場として使っていた。そのため分厚いコンクリートの実験棟や給水設備が数多く残っていたが、この建物もそのうちの一つである。
自分が働いていたころここはまだ変電所の一部として使われていて、建物の外壁には沢山の弾痕が残っていたが、米軍の戦闘機による機銃掃射の跡である。戦時中は当然のことながら米軍の激しい攻撃に晒され、他の建物にも弾痕は残っていた。多分戦災のモニュメントとしては象徴的だし大きさも手ごろだったために市が記念に残したものと思われる。
それにしても、思わぬところでひどく懐かしい人に出会ったようなやや高揚した気持を味わった。そしてまた、過去の曖昧な記憶の不思議を思った。