現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

池井戸潤「空飛ぶタイヤ」

2016-08-18 09:36:45 | 参考文献
 三菱自動車のトラックの欠陥による死亡事故や、リコール隠し事件に着想を得て書かれた作品です。
 かなり露骨に、三菱自動車、三菱銀行、三菱重工などを想起させる書き方をしていますが、純然たるフィクションです。
 吉川英治文学新人賞や直木賞の候補になりましたが、いずれも落選しました。
 その理由が、「文学性がない」とのことですが、これらのエンターテイメント系の賞で、文学性を問われてもどうかなという気はします。
 この作品は、荒唐無稽なストーリー、ご都合主義の展開、デフォルメされた登場人物、偶然の多用など、純然としたエンターテインメントの手法で書かれていますが、ストーリーテラーとしてはなかなかのものがあります。
 たしかに文章は常套的な表現が多用されていますし、多様な登場人物(事故をおこした中小運送会社の社長、被害者の遺族、自動車メーカー社員、銀行員など)の視点で書かれているので個々の人物造形が薄まってしまった感は否めません。
 また、作者は元銀行員なので、銀行内部の描写はリアリティはあるのですが、メーカーは外からしか眺めたことがないようで、リアリティのない描写が散見されます。
 第二主人公とでもいうべき自動車メーカー社員は、マーケティング志望なのですが、三十年近くマーケティングの仕事をしていた私の眼には、ほとんどマーケティング知識は持ち合わせていないように映ります。
 特に、新商品開発プロセスに関しては荒唐無稽すぎて、苦笑を禁じ得ませんでした。
 このくらいの規模の会社では、新製品開発に関しては、5年あるいは10年レンジのプロダクトロードマップ(もちろん上位の事業部なり会社のビジネスプランとすり合わせてあります)を作ってあるのが普通です。
 そして、このプロダクトロードマップを実現するために必要な、技術開発、マーケティング、製造技術、品質保証、人員計画などのロードマップも作られます。
 実際に、これらの環境を整えるのには数年スパンでの準備が必要です。
 もちろん、プロダクトロードマップは、周到な市場調査、顧客からのフィードバック、競合他社の動向の分析などをもとにして作成されます。
 そして、個々の製品の企画は、このプロダクトロードマップから、下位のプロジェクトにおろされるわけで、この作品に書かれているような個人の思い付きで急に商品になることはありません。

空飛ぶタイヤ (Jノベル・コレクション)
クリエーター情報なし
実業之日本社


 


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