水の門

体内をながれるもの。ことば。音楽。飲みもの。スピリット。

2024年8月9日の祈り

2024年08月09日 17時08分51秒 | 「とど」の日々の祈り
早めに通所。午前は、お盆の話から安倍川餅の話になり、切り山椒の話になり、ずんだ餅の話になった。それから、アザラシ幼稚園のことが話題になり、相変わらず時流に疎い私は『ヤマネコとアザラシちょうさだん』のことと勘違いし、絵本の話になり、岡野大嗣さんが絵本を詠んだ短歌が素敵なこと、岡野さんの具体の表し方が(露骨すぎず)絶妙であることを言い、私もいずれ絵本のことは詠みたいけど、難しいと話した。(短歌)結社にいた頃は(結社の方々は全員私よりも歳上で)、私が何か詠んでも短歌を見てくれるというより、若者のプライバシー覗き的な関心しか持たれず、すり寄って露骨に詠むようになって、歌が説明的になって下手になった、と話した。また生々しいところとかは忌避される部分もあって、男性選者は女性への幻想みたいなのを抱いて、選歌・添削される場合が多かったと打ち明けた。どういう脈絡だったか、本人が優秀な成績を上げることと、教える能力は別モノだという話になり、一対一で教えるのと、一対 多数で教えるのでは教え方も全然違くなるという話になり、教えてあげる側も教えてもらう側も相互に歩み寄ることが必要だよね?と語った(私の語りが過度だったせいか、その辺でトイレに行っていたメンバーが多かった)。
午後はミニトマトのパック詰めの後、午前の作業の続きをした。車の好きなメンバーの近くで作業していたので、ダンロップとかガソリンスタンドの話題をしていた。詳述しないがそのうちそのメンバーの身近な人の話題になり、星座の話になった。私は「こういうこと言うと素性がバレるけど、相性バッチリじゃん」と言い「もう(占いの)本は全部捨てたけどね」と言い添えた。私はしばらく手先がぶるぶる震えた。そして「これは私の感想だけど」と前置きして「占いは自己弁護には役立つけど、物事を進める上では役に立たない」と明言した。どうも作業所にいた全員にズーーンと響いちゃった様子だった。まぁいずれ何かの形でその手のことは言った筈だし、あとは神様にお任せするしかないけど、、、でも私が「聖書はこう言ってるから」とか「牧師先生はこう言ってたから」とかじゃなく、私の人生のフィルターを通して、占いについて率直な思いを言えたのは良かったんだろうな。感謝。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 2024年8月8日の祈り | トップ | 2024年8月10日の祈り »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿