尾張徳川家十四代の徳川慶勝(1824~83)様は
幕末から明治の動乱期のお殿様で、当時の最先端技術である写真撮影で有名です。
TV番組で 偉業をしり、忘れたくないのでメモします。
学問熱心で海外の科学の進歩を知り、軍事力の差も感じていたこと。
坂本竜馬さんの「日本人同士が戦うとる場合じゃないき」と同じ意見だったのでしょう
長州征伐の一切を帝から委任された時に、内乱で双方の力を失わないように
のろのろ進軍しつつ、裏で和平交渉をすすめたり、
新政府軍が戦うことなく江戸城まで行軍し、無血開城できたのも
彼が街道の各藩主に抵抗せず通すよう説得活動をしたから。
「各地で内戦が起きれば、外国有利となり、明治は来なかったかもしれない
徳川御三家にありながら、徳川家よりも日本を救おうとした判断に
殿様の高貴さがある」と黒丸氏が感動されてました。
よく学び、よく理解し、感情よりも理性的に 現場で活かす精神力がすごいと思います。
情報収集のみで終わっているぞ、今の私。
廃藩置県で名古屋城を去る時に、
資金不足で困っている新政府のために、黄金のしゃちほこを提供しましたが、
残念なことに、徳川家が没落したとアピールする広告に使われました。
親の心、子知らず の子が親になって初めて気づくように、
思慮深いものは、史実をふりかえると初めて見えてくるのですね。
切ないことです。
日常の暮らしの中でも、良かれと思った行為が、裏目にでたり、理解されなかったり、悔しいことがあります。
その時の判断を自分で納得できれば、結果がどうであれ 私はそれで、よし!といたします。
言い訳を重ねても、うまく伝わったことがないし、いつか 伝わればいいなあ~と祈りつつ。
明治になって、失業した家臣が暮らせるように、北海道の開拓事業を始め、多額の仕送りを続けました。
今年の3月に起きた震災や原発事故で、自分のことより社員の救済に奔走した経営者が多いときき
重なります。上に立つ人の徳の高さに感動しているのですが、言葉が浮かびません。