AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

陰部神経刺針の適応について

2011-04-05 | 経穴の意味

陰部神経刺針は、「シモ」の穴の症状に用いられるが、内科・泌尿器科・婦人科・整形外科などの縦割り科目分類では、全体像を把握しづらい面があるので整理を試みた。

 

陰部神経(S2~S4)は、体性神経で運動成分と知覚成分に分けられる。運動成分については排尿排便運動になるが、骨盤神経(副交感)や下腹神経(交感)の要素がからみ、また重篤な器質的疾患の結果として排便排尿の障害が生じている場合が多いので、一般に針灸で改善させることは難しい。しかし痛みに関しては、針灸にはさまざまな適応があると思われる。

1.陰部神経の運動作用  
骨盤神経は排便・排尿に促進的に働く。下腹神経は排便・排尿に抑制的に働く。
陰部神経は、肛門挙筋と外肛門括約筋の運動を支配している。陰部神経は、畜便・畜尿時に漏れを防ぐ役割と、排便・排尿時に意志により、大小便排出を我慢する役割がある。陰部神経の運動作用はなくとも生存には困らないが、社会生活を営めなくなる。

1)畜尿・畜便運動
①畜尿時、無意識的に外尿道括約筋を閉じることで、尿失禁を防ぐ。
②畜便時:無意識的に外肛門括約筋を閉じることで、便失禁を防ぐ。
 ※排尿排便の我慢は、外尿道括約筋や外肛門括約筋の強度収縮により可能となる。

2)排尿・排便運動
①意志により外尿道括約筋を緩めることで、排尿できる状態になる。
※陰部神経が異常興奮すると外尿道括約筋が過緊張し排尿障害になる。逆に陰部神経が出産などの際に障害を受けると、筋の収縮性が低下して尿失禁を生ずる。
②意志により外肛門括約筋を緩めることで、排便できる状態になる。
③肛門挙筋は、便を排出するとき、肛門が下方に押し出されるのを制止する役割がある。

2.陰部神経の知覚興奮と針灸治療

※陰部神経刺針の方法については、筆者の過去ブログの腰下肢症状のカテゴリー中の<馬尾性脊柱管狭窄症に対する陰部神経ブロック刺針>で記述済み。

1)膀胱炎・尿道炎での痛み
陰茎背神経の興奮による。
※前立腺、直腸の知覚は、副交感性である骨盤神経支配。慢性前立腺炎(肛門奥の不快感)に針灸を試みたが無効だった経験がある。
※陰部神経は、肛門の知覚や運動を支配する会陰神経が分かれるので、中極や関元からの刺針は、肛門に針響を与えることも原理的にはできるはずだが、実際にはペニスに響いてしまうことが多い。下腹部に刺針して肛門に響かせることが、便秘治療の秘訣だと記している文献が多いのであるが・・・。

2)ED
陰茎背神経は、ペニス全体を知覚支配している。中極・大赫:陰部神経の終枝である陰茎背神経を刺激できる部位であり、ペニス先端まで響かせる方法がよいとされる。 

3)痔痛
肛門裂創での痛みや外痔核での痛みの直接原因は、陰部神経の分枝である会陰神経の興奮による。
肛門裂創や外痔核に対しては陰部神経刺針が効果ある場合が多い。内痔核に対しては陰部神経刺針を行うことで外肛門括約筋の血流をよくすることで静脈鬱血状態を改善するのではないだろうか。筆者の痔の針灸治療は、2.5寸#8相当中国針を使い、会陽穴から直刺深刺を行うことが多い。
これは陰部神経直接刺激ではいが、肛門部諸筋の緊張緩和および血行改善作用だろう。患者は刺針中、肛門の温感と緩む感じを実感する者が多い。

4)肛門挙筋由来の痛み
立ち座りの時、尾骨~骨盤底に感じる強い痛み。肛門挙筋の過剰収縮、肥厚によるという。尾骨外縁に圧痛が出現する。筆者は、その圧痛点に2寸#4程度の鍼で深刺すると良好になった治験を数例もっている。

5)分娩第2期の痛み
分娩第2期(娩出期)は、膣道や会陰が、胎児により伸展されて痛む。これは体性神経である陰部神経の興奮による。昔、筆者は家内の初分娩に立ち合い、出産直前の陣痛緩和目的で、家内の痛いという場所(仙骨部)を強く指圧すると、いくらか痛みは軽減した。陣痛とは周期的に訪れる激痛であるが、波のピークには同じような場所が再び痛むというので、そのたびに押圧を繰り返した。これは対症療法として一定の効果があったと思っている。
※分娩第1期(開口期)は、子宮上部の平滑筋の強い収縮による痛みであり、交感神経性の下腹神経(Th10~L1)が痛みを伝達する。子宮口が開口する時、陰部神経を受けるので、陰部神経の興奮の要素もある。
※下腹神経:Th10~L1レベルから出て骨盤内臓器を支配する交感神経。

6)馬尾性間欠性跛行症的症状 
坐骨神経は梨状筋下孔から骨盤外に現れる。梨状筋下孔からは陰部神経も出るが、小坐骨孔から再び骨盤内に戻るように走行している。

陰部神経障害が膀胱直腸障害をもたらすことがあるのは上述の通りである。陰部神経障害をもたらす原因として脊柱管狭窄症が知られているが、梨状筋の緊張が陰部神経絞扼状態を惹起していることが考えられる。

間欠性跛行といえば馬尾性脊柱管狭窄症と下肢閉塞性動脈硬化症が2大疾患となるが、梨状筋緊張による陰部神経絞扼でも間欠性跛行は生じるのではなかろうか。脊柱管狭窄症という器質的疾患が針灸で改善するとは思えないのである。

しかし間欠性跛行症状を訴えて針灸に来院する者のうち、陰部神経刺針を行うことで、5割程度は効果があるという印象がある。そして針灸が効果ある者は、比較的軽症の間欠性跛行が多い。梨状筋緊張性による間欠性跛行(そして膀胱直腸障害)であれば、梨状筋 刺針や梨状筋起始部刺針(≒陰部神経刺針点)が有効となるのではかろうか。

3.仙骨神経障害症候群(高野正博)
1)高野正博医師は、直腸肛門痛、括約不全、排便障害、腹部症状は互いに合併しやすいことを指摘し、これら四症状と仙骨神経障害をもととする症候群を、仙骨神経障害症候群と名づけた。この症候群の患者では、仙骨の左右で陰部神経に沿って圧痛を伴う硬結があることがわかった。陰部神経ブロックを行ってみると、65%の患者で疼痛消失をみた。この結果、上記症状は陰部神経由来の疼痛であることが推測できたとしている。

2)便失禁患者においても、陰部神経に沿って圧痛を伴う硬結を触れることが多く、逆に陰部神経痛患者に肛門括約筋不全を伴うことが多かった。  

3)過敏性腸症候群(IBS)
IBSの精神ストレスが結腸運動に悪影響をもたらした結果であるとされる。しかし陰部神経痛患者が訴えるIBSは、中枢のストレスではなく仙骨神経障害症候群としての直腸性排便障害があるため、口側の結腸が便を出そうとして痙攣状態になりIBS様症状を呈している例がある。この例も陰部神経に沿って圧痛を伴う硬結を触れ、骨盤痛を伴うことが多い。
文献:高野正博:会陰痛を主訴とする仙骨神経障害の病態の解明に向けて-仙骨神経障害症候群-;日本腰痛学会雑誌、第11巻・第1号