AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

顎関節症由来の耳鳴に対する針灸

2010-07-06 | 頭顔面症状

1.難症のⅠ型顎関節症
 
筆者は以前、顎関節症の針灸治療と題して、咬筋に対する運動針を説明した。確かに咬筋に対する運動針は効果大だが、こじれたタイプはそうはいかない。元来顎関節症の9割は自然治癒するとされるので、咬筋の運動針だけで効果があるのは軽症の部類なのだろう。

顎関節に問題があれば、閉口時に咬筋の働きが抑制される。咬筋のコリを放置し、その働きが長期間低下すると、咬筋とともに顎を持ち上げている内側翼突筋に負担がかかり、強い顎のズレが生ずる。また外側翼突筋と顎二腹筋の障害(過緊張)では、開口運動力が制限される。

要するに顎関節症に直接関与する筋は、4つの咀嚼筋(咬筋・側頭筋・内側翼突筋・外側翼突筋)と、顎二腹筋であり、これらが複雑に絡み合って症状を呈すると考えた方がよい。臨床的に重要なのは、咬筋・外側翼突筋・顎二腹筋後腹であろう。

どういう症状の時に、どの筋を刺激するかの運動分析は、針灸臨床的にはあまり重要ではなく、要は各筋を触診あるは刺針してコリを見つけ、それらに筋緊張を緩める目的の針をすることが重要である。


2.咬筋の起始停止への運動針

患者に歯をくいしばらせた状態、つまり咬筋を働かせた状態で、咬筋の起始(頬骨弓下縁)と停止(大迎・頬車)に対して運動針を行う。


3.外側翼突筋起始に対する下関斜刺深刺
外側翼突筋の過緊張があっても、開口制限はあまりみられない。しかし自覚的には頬奥のコリを意識する。歯に直径3㎝程度のパイプを加えさせ、最大開口位状態にし外側翼突筋を伸張させておく。下関を刺入点とし、直刺深刺すると外側翼突筋の筋腹に当たるが、前上方(鼻根方向)に向けて深刺1~1.5寸すると同筋の起始に当たり、この方が効果的になる。針は咬筋→側頭筋→外側翼突筋中に入る。ある程度刺入するとコリを感じ取ることができる。10分程度の置針をする。




4.顎二腹後腹に対する天容刺針
 
顎二腹筋には前腹と後腹がある。前腹は三叉神経支配、後腹は顔面神経支配である。両者とも顎関節症に関係があるが、より直的に関係するのは後腹である。後腹の起始は側頭骨乳突切痕針、停止は舌骨外側面である。要するに乳様突起に胸鎖乳突筋が停止しているが、その乳突筋の前縁(天容穴)に触知できる筋が顎二腹筋後腹である。外側翼突筋に対する刺針と同様に開口を保持した姿勢にさせ、ここから下顎骨内部に1寸前後刺入する。外側翼突筋と顎二腹筋は、ともに開口作用をもつ筋なので、3と4は同時に行うのが普通である。

 


5.顎関節症と耳鳴りの関係
 
顎関節症に起因した耳鳴というものがある。中耳にあるあぶみ骨にあるあぶみ骨筋は、顔面神経に支配され、突然入ってくる大音響を内耳に伝達しないよう制止している。顔面神経麻痺で、あぶみ骨筋を制動できないと、聴覚過敏になりことがあるのは、その理由からである。発生学的に、あぶみ骨筋は顎二腹筋から分化したものである。

 一方、顎関節症の者の多くは、左右のどちらかの顎を動かして口を開く。顎が左右にズレながら開口する動きは顎二腹筋の左右差を生む。この顎二腹筋の動きが、あぶみ骨筋に影響を与えているという説がある(斎藤治療院HP)。要するに顎のズレが中耳性の耳鳴を生ずるという説である。
 

トラベルは咬筋にトリガーポイントが生ずると、耳鳴を起こす(難聴は起こらない)ことがあり、咬筋を押すと音程や音調が変化することがあると記している。

口腔外科領域では、1930年代に「奥歯が抜けると顎が後退し、耳の受容器を刺激して耳鳴が起こる」という報告後、顎関節症と耳鳴の関係性が指摘されていたようである。歯科専門誌をみると、「下顎頭の捻れによる関節包の侵害刺激が、三叉神経節から上オリーブ核を経由して聴覚路に影響を与える」という一文を発見した(竹村雅宏「日本顎口腔機能学会誌 vol.11 No.1 2004.11.30)。

 とすれば、耳鳴は顎関節部への刺激(=耳門)も効果的な筈である。実際の患者に試すと、従来に増して耳鳴に効果があった。従来、耳症状は局所として聴会からの深刺を使うこともあったが、あまり効果はなかった。しかし咀嚼筋に対する刺針に加え、耳門から顎関節包への刺針を追加してみると、効果はありなあらも、足踏み状態だった耳鳴(すでに6~7割改善)に対しても、8割改善まで効果が増したと患者は述べている。

総括:これまで私は、耳鳴に対して鼓室神経刺激目的で下耳痕穴深刺を行ってきた。鼓室神経は、舌咽神経の分枝である。顎関節症がある場合には、下耳痕刺激に加え、咀嚼筋(三叉神経第3枝支配)への刺激を追加併用してきた。ここにきて、顎関節関節包刺激(三叉神経支配)も意味あることを知り、耳門刺針を追加することになった。