一本針伝書の下歯痛の針と、耳鳴の針はよく似ている。その相違点を調べていくことにする。
1.下歯痛
1)下歯痛に対する裏頬車水平刺(「秘法一本針伝書)
東洋療法学校協会の頬車は、下顎角の前上方で歯を噛み締めると咬筋が緊張し、力を抜くと陥凹するところにとる。 しかし一本針での頬車は、下顎骨の裏側縁にとり、下顎骨裏面に沿って刺入する。したがって、下歯痛の一本針は標準的な頬車ではないので、これを「裏頬車」と称することにする。
①体位
痛む歯を上にした側臥位。上歯と下歯との間に手拭いをまるめて噛ませるようにする。
②取穴
下顎骨隅を指でナデ上げるようにする。初めは軽く、除々に強くなでると骨の欠け目がある。上にゴリゴリした筋肉様のものがある。この下の陷凹部を穴とする。
③刺針
針尖が口吻(こうふん)(=口元)の方向に向くようにし、針尖を下顎骨中(内に非ず、外に非ず、骨中を標的)に刺し透すような心得で刺入。深度は1寸~1.6寸位。(中略)痛む歯に針響あれば手をもって合図させる。響いたならば除々に抜除し、後揉捻しない。
☆注目すべきは、「耳の中に針響がある場合には針尖を下方に向ける」という一文である。この考察は耳鳴の一本針の項で説明する。
2)裏頬車水平刺の意味
通常の頬車は、下顎骨の表層を取穴するのに対し、素霊は下顎骨の裏側に入れる。頬 車水平刺は内側翼突筋中に刺針することで、下歯槽膿神経刺激をしている。「骨の欠け目」というのは、下顎骨と内側翼突筋のつくる陥凹だろう。
下顎孔から骨中のトンネル中を走りつつ、下歯に知覚神経の枝を出し、最終的にオトガイ孔から下顎骨表面に出る。このオトガイ孔部を刺激することのできる部分は裏頬車など狭い範囲に限定され、ここ以外の下歯槽神経は骨トンネル中にあるため、針で直接刺激できない。たとえば大迎(下顎角の前1寸3分で顔面動脈拍動部)からでは刺激できない。
2.耳鳴
1)「一本針伝書」の耳鳴りの針頬車水平刺
耳鳴りの一本針は、下歯痛の一本針と同じく裏頬車水平刺のことをさす。技法と深度も下歯痛と同じだが刺針方向が異なる。
下歯痛の治療は、患側上の側臥位でタオルを咬ませ、頬車から下顎骨内壁に沿うように水平刺すると下歯槽神経を刺激し、針響は下歯に至るというもの。
耳鳴りの治療は、まず下歯痛の一本鍼をして針響を下歯に得た後、今度は針先をやや上方(耳介方向)に向け、1寸ほど刺入するというもの。すると耳中に響きを感ずる。
2)「耳鳴の一本針」の考察
耳鳴に対する一本針である頬車水平刺の施術は、顎二腹筋後腹刺激になると考えた。
顎二腹筋後腹の起始は側頭骨の乳突切痕(乳様突起裏側の陥凹)、停止は舌骨であり、顔面神経支配。下顎角あたりの顎二腹筋後腹にはトリガーポイントがあり、このトリガー活性化は耳鳴りと関係があるという見解が散見できる。
3)顎二腹筋後腹筋腹への刺針
一本針伝書にみる頬車は水平刺しているが、顎二腹筋後腹筋腹際に刺すには直刺が適している。仰臥位で、顎を上げて健測に顔を向け、指先で顎下部を軽く押圧してスジバリを触知して刺針。寸6#2で1~2㎝刺入する。
一本鍼伝書の症状別治療の区分は大雑把なものだが、耳中疼痛と耳鳴は個別に説明している。耳中疼痛は中耳症状で、痛みは鼓室神経(舌咽神経の分枝)興奮によると私は推定しているが、頚筋や顎関節由来でもその関連痛として耳中疼痛は生ずるだろう。
4)蝸牛神経と連絡している脳神経
耳鳴は内耳症状であるが、針灸で治療可能なのは、いわゆる体性神経姓耳鳴で、具体的には顎関節症や頸部筋痛症など筋や関節運動により引き起こされたものになると思われる。ここでは顎二腹筋後腹のトリガーポイント活性による耳鳴として把握している。
難聴・耳鳴は蝸牛神経症状である。蝸牛神経は、脳幹レベルで種々の脳神経と連絡しているので、三叉神経・顔面神経・迷走神経などを刺激したりしても、耳鳴治療として効果があるかもしれない。
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